シーン4 「反則ダイビングヘッド」
「女は見かけによらない」ってのは家の親父の言葉だったな…。
「遅刻しちゃうよぅ…」
涙目で見上げる少女に「ひまわりの種と思って食べたら柿の種でした」と涙ぐむハムスターを連想してしまう横島。ホフッとひとつため息をつくと彼女の頭に手をのせ、自分が作ったたんこぶを撫でてやる。
「時間無いのか?」
コクコクッと激しくうなずく少女。もう涙目を通り越して目尻から涙のしずくがぶら下がっていたりする。
(おおっ!これは伝説の「ダイザエモン涙」!この娘なかなかの使い手!)
奇妙な感動を覚えながら、彼女を強制射出したママチャリに近づく。
点検してみても壊れている箇所はないようだ。
普通、あれほどの勢いでぶつかれば前輪なんかはクヂャグチャになっていてもいいようなもんだが、ママチャリなりに自転車として生を受けたのに、攻城兵器モドキとして生涯を終えるのが嫌だったのかも知れない。
「ん、乗れそうだ「ああっ!シロキチ君!!」な…はい?」
「シロキチ君無事だったんだね!!良かったぁ…」
ママチャリに頬擦りしつつ安堵の笑顔を見せる少女。
ちなみに涙はすっかり消えていたりする。
「シロキチ君?」
「はいっ!この子の名前です。シロキチ君」
何ゆえピンクのママチャリがシロキチなんだろうか?
横島の頭上でラインダンスを踊る疑問符の群れに気づいたのか、少女は横島の方に向き直ると人差し指を立て「あ、こう書くんです。」と宙に字を書く仕草をする。
白基地
「…」
「…?」
「…何ゆえ白…?」
「…ピンクしか売ってなかったですから…」
「…何ゆえ基地…?」
「…英語苦手ですから…」
どこか気だるげに問う横島から目線をそらし顔の陰影を暗くしつつ答える少女。
会話として成立していないような気もするが、横島の思考はすでに別の時空に飛んでいたから問題は無いだろう…多分。
(まあ、白基地だったらカタパルト装備していても当たり前かぁ、しかしなんでまたママチャリに強襲揚陸艦の名前つけますかね、この娘は…)などと全身にまとわりつく脱力感がなんだか心地よくなりつつ考える横島。
そんな横島の様子をチラチラと伺いながらもなんか周りに漂う空気をあっさり受け入れている少女。
一種異様な空間がそこに展開していた。
見る人が見ればそれは「マヌケ時空」と呼ばれるものだと気づいただろうが…。
さて、一人取り残される形になったシロにしてみれば面白いものではない。
自分が敬愛する師匠が自分以外のオナゴとなにやら異様な空間を作っているのだ。
例えそれがラブラブ空間とは月とガチャポンの空ケースぐらい離れたものであったとしても俄かに首肯できかねるだろう。
かといってその空間に踏み込むのも気が引ける。というか…はっきりいって人狼の本能が「あれは触れてはいけないもの」と告げている。
どうするか…と考え、ほどなく作戦を立案する。
そう、相手が異様な絶対障壁に包まれており近づくのも危険だとしたら…
(遠距離から大出力による一撃しかないでござるな!!)
ただちに脳内会議開始。シロの脳内で三頭身シロたちが意見交換を始める。
(以下 シロの脳内会議)
シロ1「賛成でござるっ!」
シロ2「拙者も賛成でござる」
シロ3「条件付で賛成でござる。」
その様子を見て満足げにうなずいた作戦部長シロが司令シロに振り返る。
作戦部長シロ「司令!ご決断を!!」
シロの脳内の一番奥深くで机にひじをつき、顔の前で手を組んだままの司令シロ。
生意気そうな態度だが三頭身だけになかなかプリティ。
かけてもいない眼鏡が光ったような気がするのはご愛嬌だ。
司令シロ「反対する理由はない…やりたまえ…」
ハッ!と敬礼する作戦部長シロ。方針は決定した!!
(会議終了)
シロは横島たちからニ・三歩離れると大きく息を吸い込みトリガーを引いた。
「時間はいいのでござるかっ!!!」
バリーンと何かが割れるような音を聞いたかどうかは知らないが、とにかく横島と少女は現世に復帰した。
再び時計を見て涙目になり始める少女を見た横島はやれやれと肩をすくめつつ少女に近づいた。
「しょうがないな。送っていってやるよ」
「へ?」
「だから送っていってやるって…。でもその格好のままってわけにはいかないよな。一回、着替えに帰るか?」
「へ?着替えって…」
言われて少女は自分の服装を確認する。そして一気に涙ダム決壊…
「へあぁぁぁぁぁぁ、ゴミまみれ〜」
泣きながら体をパタパタ叩いてゴミを落とす少女から目を逸らしながら冷や汗を隠しつつ横島は会話を続ける。もちろんまたマヌケ時空に引き込まれないように細心の注意を払いつつではあるが。
「な。だから着替えに戻るか?」
「あ、えと。着替えなら持っているから大丈夫ですっ!」
体の生ゴミを全部落とし終わったのだろう。横島にニパっと笑みを向けながら少女は答えた。
(さっきまでの涙は?っていうか涙の跡さえないとはどういう超常現象じゃ〜?)
心の中で激しく突っ込むものの口に出すことはしない。それはマヌケ時空への入り口だと思えるから。
「えと…今日は遅刻しそうだったから第一種対遅刻緊急装備で来たんですっ!」
「そ…そですか…」
第一種対遅刻緊急装備とは何か聞きたい。激しく聞きたい。だが本能は聞くなと警鐘を鳴らす。だから聞かないことにした…
「んー。あのリュックにお着替えとかお化粧品とか入っているんですよね〜」
そういって少女は近くに落ちていたリュックを拾ってくる。どうやら白基地君の前籠にでも入れていたらしい。
なるほど…
「そ、そか。だったら送ってやるよ。六道女学院でいいんだよな?」
「え?なんで六女って…」
「だってそれ六道女学院の学校ジャージだろ。あ、俺さ同僚の娘があそこに通っているから見たことあるんだ。」
「あ〜これですかぁ。これは学生の時のなんですよ〜。私って貧乏性だから昔の服とか捨てられないんですよね〜」
ハイ?
今…何か不穏当な発言を耳にした気がするんですが…
危うく脳がフリーズしかかる。思わず助けを求めて目線だけでシロを探す…。
あ、シロが気づいてくれた。なんか心配そうな顔でこっちに走りよってくる。
きっと俺の顔色は紙のように真っ白なんだろう。
うん。自覚はある。大丈夫。まだやれるっ!
ともかく心配ありがとう。マイ弟子よ。
今度の給料日にはホネッコ買ってやるからな…。
よし…気を取り直して再度整理…
えーと。目の前にいる少女…少女だよな。だって確かに可愛いけど、胸無いし、くびれないし、小っちゃいし、どうみても…俺より上ってことはないよな。
つまり学生のときってことは中学の時ってことだな。
よしOK。証明終了。
ふと気がつくと目の前の少女が「ムー」ってな顔をして睨んでいる。
うわ…なんか膨らんだほっぺたがタネを詰め込んだハムスターみたいで可愛い…。
と少女の顔が赤く染まる。
「へぁぁぁ。可愛いってそんな〜」
手をパタパタ振りながら身もだえする少女。
「先生…声に出ていたでござるよ…」
こっちはムッとしつつシロ。
ああ、またやっちまったいジーザス!と後悔するも、まあ言ってしまったものは仕方ない。とりあえず話を進めることにする。
「あ〜だったらどこへ送っていけばいいんだ?」
その質問にパタパタしながら照れていた少女は「ほへっ?」ってな表情を浮かべたが、やや上目遣いに横島を見ながら申し訳なさそうに言った。
「あのですね。よろしければ城南署までお願いできますかぁ?」
「城南署?警察の?なんで?何か落し物でもしたの?」
再び頭上に疑問符の群れを浮かべながら尋ねる。横ではシロも同じように疑問符を浮かべていたりする。
「あ、自己紹介してませんでしたね。え、えと…」
そういいながら少女はリュックの中をゴソゴソとあさる。やがて目的のものが見つかったのだろう。ニパっと笑うとリュックから取り出したそれを横島たちにピシッと見せながらハッキリと言う。
「オカルトGメンより城南署捜査九課及び霊識課の課長として出向中の天野 唯ですっ!よろしくお願いしますっ!!」
………
………
「「なんですとぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
師弟、完璧にフリーズ…
その様子をぼへら〜と眺めていた唯だったがタイムリミットが迫っていることを思い出した。
大いに慌てるも、頼みの綱の二人は完璧にフリーズ&石化中である。
ひょっとしたらあまりの衝撃に気絶しているのかもしれない。
自分の発言のどこに彼らの意識を刈り取る要素があったのか、まったく自覚は無いが事実は事実。なんとか二人に覚醒してもらわねばならない。
唯は両手の人差し指を自分の頭に当てるとくるくると回しだした。
途中でたんこぶに指が触れ「へうっ…」と涙が出そうになるもなんとかこらえる。
作業続行…どこからかのどかな木魚の音がポクポクと聞こえてきそうな風情だ。
くるくるくるくる 「へうっ(泣)」 …く…くるくる
ポクポクポクポク ポクゥッ …ポ…ポクポク
チーーーーン
結論が出たらしい。
以前、Gメンの研修やテレビで見たことがある。
気絶した人間には活をいれてやれば「うーーーん」とか言って目覚めるのだ。
よし!やったことはないがやってみよう。
そう決意すると唯は横島の正面に回りこみ、石化中の彼から5メートルほど離れると、右拳を天に突き上げ「へあっち!!」とどこかの星雲の光の国の戦士の雄たけびに聞こえなくも無い微妙な掛け声とともに横島に向かって全速力で駆け出した。
目標…前方少年の胸部中央。ユイ・アマノ!吶喊しま〜す!!
残念ながらここには、みぞおちめがけて正拳を叩き込むというのは「活」ではなく「当身」というのでは?という常識的な突込みを入れる人物は存在しなかった…。
まあ、この手の人物が全速力で走ったら何も無いところでも躓いてコケるというのは天地開闢以来のお約束であるわけで…。
お約束に忠実な唯は横島の手前でものの見事にけっつまづいた。
コケッ
「へうっ?!」
全速力が仇になり唯は体勢を立て直すこともできずに頭から横島の股間に突っ込んでいった。
コリッ…
「へううっ!!」
「ま゛っ!!!」
その直後、覚醒したシロが見たのは両手で頭を押さえて「いやぁぁ〜!なんかコリってしたぁぁぁ!!」と泣きじゃくる唯と、股間を押さえ額を地面つけながら痙攣する師匠の姿だった。
後書き
ども。犬雀です。今回で少女の名前と正体が明らかにすることができました。しかし、相変わらず横島君を学校に行かせることができません。
次の話でなんとか事件を起こして物語を進めたいと思ってます。
うーん。もっと精進せねば…。
>シロガネ様
労働の後の汗は定番ですね。もちろん光っていましたとも。
>草薙京弥様
「白基地君」無事でした。ところで彼には今後、活躍の機会があるんでしょうか?(汗)
>九尾様
ギャグ体質というかマヌケ時空発生体質ですハイ。
>水カラス様
お届け先は警察署でした。事情聴取…うーん。あるかも。
>柳野雫様
なんとか今後もお楽しみいただけるようにがんばります。