シーン5 「オクラホマ?スタンピート」
肉体的な外傷と精神的な外傷はどっちが深刻か?というのは医学界にとっても深遠なテーマといえるかもしれない。
しかしその実例が「可愛い女の子の頭突きを股間で受け止めた男」と「不可抗力とはいえ男の股ぐらに頭突きをかました女」というものであれば議論する気も失せるというものであろう。
しかし人狼の少女シロは師匠の苦悶を見て「ヒーリングすべきか?どうか?」という当人にはかなり深刻な命題を前に苦悩していた。
結局、往来で18禁的な行為をするわけにもいかないと、瀕死の状態から理性を働かせた師匠の言に従って腰骨の上あたりをトントンと叩くにとどまっている。
なぜ股間のダメージに対して背中を叩くのが有効なのか?彼女にはさっぱりだがこればっかりは女性には理解できないだろう。
横島の「う〜下がって来た〜」というつぶやきも彼女にとっては謎である。
その間、放置されていた唯はなんとか自力で精神の再建を果たしていた。
基本的に打たれ強い性格らしい。
そんなドタバタを続けているうちにも時間は経過するわけで…。
時計を見て「へうぅぅぅ〜」と慌てまくる唯を放置するわけにもいかず横島は自ら体に鞭打って立ち上がった。
「と…とにかく…早く行かないっすか?…」
まだちょこっと腰が引けていたが…。
さて、ここから城南署までは横島の足で15分。シロなら5分というところか。
本来なら横島も10分程度で行ける距離だが、今は無理。ここで無理をしたら再起不能で二丁目な人生の可能性もある。
となると、「白基地君」に二人乗りしてシロに引いてもらうというのが最善か?
そう考えて唯に提案するが、「自転車の二人乗りはいけないんですっ!」と手をブンブン振り回しての猛抗議された。まあ唯の立場としては当然であろう。
だとすれば文珠で『転』『移』させようかとも考えたが、見知らぬ女の子?を相手に三個も文珠を使ったなんてことが美神に知れたら折檻は確実だ。
それはとっても遠慮したい。しかもいかに霊能者とはいえ、このドジっ娘に文珠で転移なんかさせたら、南極あたりで「へうぅぅぅぅぅ。寒いです〜」なんてことになりかねない。
第二案却下
そこで第三案として折衷案を考えた。脳内でシミュレーションしてみる。
うん、いけそうだ。唯さえ納得すればなんとかなる。そこまで思考を進めて横島は唯に向き直った。
唯はもうほとんどあきらめの境地なんだろう。虚ろな目で「へうう〜おっこられる〜♪」と歌っている。
沸き起こる頭痛を股間の痛みで紛らわしつつ横島は彼女に話しかけた。
「あの…唯さん?」
「へうっへうっ♪」
…まだ歌っている。微妙に壊れ始めてきたらしい。話が進まないのでとりあえず正気づかせるために脳天にチョップを落とす。
「ていっ!」
「へあうっ!!」
脳天を押さえながらしゃがみこんでプルプルと小刻みに震え始める唯。
(あ〜。そういや、あのあたりたんこぶあったなぁ…)と今更ながら思い出す加害少年A。罪悪感をごまかすためかポリポリと頬を掻きつつ唯の方を見ないようにして話を続ける。
「あのですね。考えたんですけどやっぱし白基地君で行こうと思うんすよ」
「ふ、二人乗りはいけないんですぅ!」
と言うなりまたしゃがんでプルプルしだす唯。涙目のまま横島を見上げる様は期待と警戒心が入り混じって、なんだか「餌あげるよ〜と言われて近づいたらミカンの皮の匂いを嗅がされた子猫」の風情だ。
その様子が嗜虐心を刺激したのか、はたまた何かに取り憑かれたのか横島はビシっと唯に指を突きつける!
「甘い!甘いぞ!天野唯!!」
「へうっ!?」
「そもそも二人乗りとはなんぞや!!さあ!答えよ!!」
「え…えと…一台の自転車の後ろにもう一人が乗って〜」
(おいおい大丈夫か…警察関係者…)などという考えはおくびにも出さず、この勢いを壊さぬよう横島は次々へと畳み掛ける。
「然り!ならば荷台に乗らねば二人乗りではあるまい!!」
「え!…でもでも…いくら私が小さくても籠には入らないよう!」
立ち上がりぶんぶか手を振って抗議する唯。確かに身長150センチ程度ではあるが前籠に入るサイズではなかろう。
だが横島はその問いこそ待ち望んだものだとばかりにニヤリと笑うと、ポケットに手を突っ込んだ。
「チャンチャカチャーン!『縮』の文珠〜♪」
某ネコ型ロボットのように文珠を取り出す横島。擬音は自前だ。
はっちゃける横島の後ろには、どうやら本人自覚のないまま、またまたマヌケ時空に取り込まれたらしい師匠を見て「先生ぇ〜」と涙する弟子がいたりする。
目の前の少年の顔と文珠という霊能力に記憶中枢が刺激されたのか、それとも話の流れに思考が追いつかなくなったのかポカンと硬直する唯を見て、チャンスは今しかないと横島は有無を言わさず文珠を発動させる。
服だけ残して体を小さくするというお約束が頭をよぎったが、今それをやれば二度とこの異世界から脱出できなくなると思い直して文珠をコントロールする。
見る見る十分の一程度に縮小され、茫然自失といった様子の唯をそっと胸ポケットに収めるとペガサス級強襲揚陸艦もとい「白基地君」にまたがりシロにアイコンタクト。
そこはさすがに弟子と師匠。なんだかんだ言っても以心伝心である。
常に師匠と散歩できるように持ち歩いているリードを「白基地君」と自分に結わえ準備OKと師匠を見る。
一瞬、「行くぞ。シロ」とニコっと笑う師匠の笑顔に見とれかけるもプルプルと頭を振って前方を見据え、腰を落として発進準備。いざ出撃!!
「犬塚シロ!行きま〜す!!」
どうやらシロもあの時空の影響を受けていたようだ…
兎にも角にも妙なテンションが伝染したシロの走りは狼というより野牛の暴走にもにて凄まじく、目的地にあっという間に到着した。
いつになく激しいシロの走りに乗りなれない自転車を操ること、更にまだ痛みを残す股間の保護に全神経を集中していた横島もホッと一息をつく。
だが…一息ついたところで気がついた。
胸ポケットの唯から何のリアクションも無いことに…。
すわ落としたか?!と慌てて胸ポケットを見れば、完全に白目をむき、口をあけて気絶している唯がいた。
そういえば爆走中に胸元から「へあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」とか「ひうぅぅぅぅぅぅ」とか叫び声が聞こえていたが、途中「うけけけけけけけけ」に変わったあたりで聴覚情報を意図的に遮断(平たく言えば聞かなかったことにした)したなぁ…と思いつつ地面にそっと寝かせて文珠の効果を解く。
光とともに元の大きさに戻った唯だが気絶したままだ。
見れば鼻から何か出てる。
どうやら唯の魂らしい。唯そっくりの姿形でちんまいながらキャイキャイと横島に向かって文句を言っている。
その様を脱力しつつ見ていた横島は…
「ていっ!」
目潰し…。
ピャッと魂が鼻に引っ込んだとたんに唯がパチっと目を開けた。
「へう〜。死ぬかと思いました〜。なんとなく目も痛い気がしますぅ」とマイペースな唯に「あはは〜」とごまかし笑いをする横島。
何はともあれ使命達成と一息ついてあたりを見渡せば、微妙に殺気立った警察関係者の方々がいたりする。
そりゃぁ、突然、猛スピードで構内に突入するママチャリがあったかと思えば、いきなり光ってみたりすればテロと思われても仕方ないだろう。
ましてや光の収まった後を見れば、この署の人間が横たわっていたりすればなおさらである。
(おわっ!何だ?テロか?)
(なにぃ!唯ちゃんが人質だとぉぉぉ!!)
(いてこましたろか?!おう!)
(国家権力を舐めるなよぉぉぉ!)
(臭い飯食わせたらぁ!)
(体操着の唯ちゃん…ハアハア…)
などと言う台詞が署内を駆け巡ったかどうかは定かではない。変なのも混じったようだが…。
俄かに膨れ上がる城南署の殺気。
しかしそこは殺気に敏感な横島とシロ。
すでに逃走していた。
徐々に騒がしくなる城南署の玄関前に一人佇む唯は…
「横島…忠夫クン…」とポツリ呟いていた。
さて、危うく犯罪者となりかけた横島師弟だが、横島は自分が遅刻確定であることにやっと気づいてルルルーと涙を流している。反面、シロは城南署からの逃走時に横島に手を引かれ、大好きな師匠と手をつなぐという望外の幸運に舞い上がっていた。
「まあ今から行けば二時間目の授業には間に合うかぁ…」
肩を落としつつあきらめの境地にある師匠を慰めようとシロが話しかける。
「学校まで拙者もお供するでござるよ♪」
「ん〜。でももう走らんぞ。っていうか走れん」
「ゆっくり行くでござるよ」
「そだな」
「ところで先生」
「ん?何だ?」
「先生はなぜ唯殿に「せくはら」しなかったでござるか?」
「お前なぁ・・・うーん。なんでだろ?俺にもわからん…」
「面妖な話でござるなぁ・・・」
「おいっ!」
「あはは。すまんでござる〜」
などと笑いあいながら横島の学校に到着するが…
何か普段と様子が違う。
見れば校門のゲートは閉ざされており、生徒たちがその前に集まってざわざわとやっている。
その集団の中にピートとタイガーを見つけた横島は「おはよっさ〜ん」と声をかけるが二人の反応は暗い。
「ん?何かあったのか?」
問う横島に対してピートが答えた。
「ええ、何でも昨日の夜、この学校の生徒が校舎から墜落死したそうです。」
「それがノー。愛子さんが犯人って疑われておるらしいんジャー」
それが事件の始まり…
後書き
はあ…なんとか事件までたどり着けました。
正直、唯ちゃん、私の手を離れて勝手に動き始めています。
ううっ…どないしょ。
コメント下さった皆様。ありがとうございます。
まことに恐縮ですがコメントに対するお返しは明日ということでご容赦くださいませ。