ICPOには大きく分けて二つの派閥が存在していた。
一つは極東本部長(現本部長の祖父)を中心とした魔物の徹底管理を掲げる強硬派と、『アシュタロス戦役』において歴史に名を残した数少ない民間GSであるピエトロ・ド・ブラドー中佐(現大佐)を中心とした、魔物との共存を名目に掲げる穏健派である。
当初はその二つの派閥のバランスが非常に取れており、極東に関して言えばこの当時が最も優れたオカルト統制が出来ていた。
しかし、このバランスは脆くも崩れることとなる。
2070年ヴァチカン国家元首に新法王が誕生した・・・初の女法王であった。
この法王が就任して一年、世界を轟かせる法案が宣言された。
『妖魔生殺与奪の法』
これはその名の通り、妖魔をヴァチカンが管理していくものであった。
しかし、管理とは名ばかりでその法案が制定されてから更に一年の間に捕らえられた妖魔の大半を殺し、残った妖魔はヴァチカン直属の研究機関に送られることとなる、まさしく残虐非道の振る舞いを繰り返していた。
その強大な支配力は極東にまで及び、それに呼応したかのように強硬派は力を増やしていくこととなる。(非公式ではあるが、この時ローマ法王と強硬派との間で密談があったとの情報もある)
そして、勢いづいた強硬派は、邪魔な存在である穏健派の力を削ぎ落とそうとした。結果、力の大半を失う穏健派ではあったが、その中核を担うピエトロ・ド・ブラドーの英雄という肩書きと、ICPO内での彼に対する大勢の支持者によって何とか持ちこたえている状態ではある。
しかし、力の大半を無くした状態では強硬派の暴走を止められる訳では無い。このような状態を正すにはまさしく「神の天罰」が必要なのでは無いか?
反社会的な記事を掲載したとして 一日で出版停止をうけた
幻の出版本「オカルトのあれこれ」内のコラム「警告」より抜粋
GSB横島修羅黙示録!!リポート2
東京新市街地区
『首都海上化計画』
地価高騰化問題・・・これの解決策として提案されたのがこの『首都海上化計画』である。これは2000年から着手されていた工事で東京湾を丸ごと埋め立てるという、壮大な計画であった。(勿論、東京湾に住む住民や漁業組合からの強い反発はあったが一生遊んで暮らせる程の示談金を渡して和解していた)そして完成したのがつい最近の2150年の事であった。今で言う東京旧市街地区より地価がはるかに安いとの事でどんどんと旧市街地区からの移住者が殺到したのだ。これにより地価高騰化問題はようやくの解決を見たのであった。
新しいビルが立ち並ぶ市外地区。その上空には人口精霊石から放出される霊力を燃料とした、全く新しい原動力によって動く車・・・エア・カーが所狭しと飛び交っている。これは二百年前から提唱されていた化石燃料枯渇問題の解決策として100年前から既に実験を重ね、50年前にはもう実用化が済んでいた。
閑話休題、この新市街地区の中央に位置する所に回りを圧倒するような巨大な建物がそびえ立っていた。『ICPO超常犯罪課極東本部』である。ここには東南アジア、中国大陸そして日本のオカルトを統括する総本部が存在した。
オカルト犯罪捜査第一課
ここはオカルトを使用した殺人や強盗などの強行犯などの捜査を一手に引き受けている部署である。
「大佐、例の人物の身の回りを全て捜査した結果が出ました」
「あぁ、こちらに回してくれ」
そのとても広大な部署の最奥にある個室・・・その個室の扉に掛かっているプレートには『オカルト犯罪捜査第一課課長執務室』と彫られていた。
パラ・・・パラ・・・
今時珍しい紙の調査票をその部屋の主は一語も抜けないよう、慎重に紙上の上に目を走らせる。
「結果は限りなく黒に近い灰色か・・・」
「えぇ・・・ですが、決め手となる証拠が全く無いのも事実です」
部屋の主は部下に労いの言葉をかけ、部屋を下がらせると溜まった息を吐き出す。
「証拠は何処にあるんだ・・・」
思わず吐き出す弱音・・・それは決して彼の・・・ピートの部下には見せない顔であった。
「・・・・・・・・」
両肘を机の上に置き、じっと真正面に位置する部屋の入り口を睨み付ける
「そろそろ・・・時間か」
部屋に飾られているアンティークな時計は夜の七時を過ぎたことを彼に教えている
(気は進まない・・・進まないが、わざわざ「上」に弱みを作れる余裕も無い・・・か)
重い足取りで部屋を出る。
今まで騒がしかった部署がシン・・・と静まり返る
ピートは彼の部下・・・頼りになる仲間達 を見渡すと声を上げる
「作戦開始!!」
東京旧市街地区 東京タワー
「さて、そろそろ行くか」
もう日が落ちて夜が始まろうとしていた
「うん」
「と、その前に蛍の肉体を形成さえなくちゃいけないな」
その言葉に蛍は首を傾げる
「魂が剥き出しのままってのは、とても危険な事なんだ・・・分かる?」
フルフル
「まぁ、その説明は体を作ってからにしようか」
横島は苦笑しながら右手に力を込め、文殊を形成しようとする・・・だが
「ん・・・?なっ!?」
文殊をうまく形成できず、霊力が空気中に霧散していくだけであった。
「まさか?!」
横島はすぐさま、目元にかけてあるバイザーに搭載されている暗視装置と望遠機能を併用させ辺りを見回す。
ちなみに横島が掛けているバイザーは、彼女の形見であったのだがその材質が地上には無い物だということでそれを調べてみたいと頼み込んできたある男に一日だけの約束で貸したのだが、約束の日に取りに行ったら
「坊主!喜べ!この大天才がバイザーにレーザーや更に更に自爆諸々の機能を付けておいてやったぞ!」
とイイ笑顔で親指を立ててきたものだから、こちらも(たぶん)イイ笑顔でシバキ倒したという心温まるエピソードがある(レーザーや自爆装置は取り外させた)《文句を垂れながらの作業ではあったが、[粉砕]の文殊を見せると素直に従い即座に除去した》
閑話休題、辺りを見回すとかなり遠くに旧市街地区を三角形で覆うように設置されている三つの大型装甲車が見えた。(この時代、ガソリン車はもう過去の遺物でありとても珍しい物であった)
その装甲車の車上には大型の電光掲示板のような物が取り付けられており、魔術文字が浮かび上がらせているようであった。
(俺の霊波に合わせてジャミングしているのか!?)
横島は、即座に今携帯している文殊とその数を調べる
(浮かれていて、周りに気を配るのを怠っていたツケが来たな・・・)
無地の文殊一つ、それと
(何時も囲まれていたときは強行突破で済むのだが・・・今の俺には蛍がいる)
片方のブーツの足首の部分に埋め込んである[加速]の文殊を取り出すと、その文字を消し[探査]を書き込む・・・書き換える程度ならジャミングされている今でも何とかなる。
「蛍、よく聞いてくれ」
横島はバイザーを額まで上げながら、蛍の目線に合わせる為に片膝を地面につける。
「今、この周りには俺を狙う人間が沢山いる」
蛍は横島の瞳をじっと見つめている
「俺と一緒にいたら蛍にまで危害が及ぶ」
その視線は何処までも真っ直ぐで
「それでも・・・俺を信じてついてきてくれないか」
横島はその瞳に応えようと、目を逸らさず見つめ返す
「私・・・タダオの事信じてるから」
・・・亡くしたと思っていた涙腺はまだ残っていたようだ
[探査]の文殊を起動させる。
ギギ・・・ガガガ・・・
「ぐぁぁあ・・・ぐ・・・ぅうう」
ジャミングされた横島の霊力では文殊を完全にコントロールする事が出来ず、欲しい情報・・・市街地内にいる敵の情報だけでなく余計な情報までもが頭の中に詰め込まれていく。
(まるで脳みそがミキサーでシェイクされていく気分だ)
横島の顔色は悪く、嫌な汗が次々と流れていく
「・・・ッ」
蛍はそんな横島の様子を心配そうに見つめる
横島の頭の中には様々な情報がごった返しになっており、その中から欲しい情報を懸命に探していく
今はもう閉鎖された学校の情報
崩れた瓦礫のまま放置されてある建物の情報
その過去から現在に至るまでの過程の情報
数十年前にここに連れてこられリンチされ死亡して悪霊と化した青年
・・・あとで除霊しておこう
そして
(見えた!)
辺りを窺うように慎重に歩を進める白いアーマーを着込んだ二人組みの姿
5〜6mmの小銃を構えており、そのアーマーの肩当には「陸上自衛隊」と書かれている
(対オカルト特殊部隊じゃねぇか!)
この情報に関連する情報を更に引き出す
(頭がガンガンする・・・これ以上は無理だ・・・!)
ブチ
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
滝のように流れる汗・・・それにかまいもせずに先ほど得た情報を元にこれからの指針を考える
(兵士の分布を考えると、最も手薄な場所がここから北西の所・・・
そして、一番強固であろう部分は・・・丁度、東京新市外地区の部分だ)
(どうする・・・俺の霊波が分かってるだろうから、俺の霊波を目指してくる筈・・・ここは二手に分かれてあとで落ち合う、それが無難か?)
「蛍」
「何、タダオ?」
横島は指を北西の方向へ向けると、これからの作戦を蛍に伝えようとする
「二手に分かれて後で落ち合おう、蛍は一番手薄な北西へ。俺は一番兵士が集まっている新市街地に騒ぎを起こしながら逃げるからその隙に・・・蛍?」
蛍は横島が指を指した方向をじぃっと見つめて話を聞いてるように見えない
「どうした蛍、何かあるのか?」
・・・コク
体を震わせながら、首を縦に振る
「・・・ッ、まさか罠か・・・」
横島は北西に顔を向けながら黙考する
(昇華したばかりとはいえ、かなりの力を持っている精霊の蛍が何かを感じている・・・あっちには何かあるのか・・・)
「・・・よし、蛍は新市街地区を向かってくれ・・・・あ、場所はあっちの方向だ・・・わかるかな?」
蛍は新市街地区と聞いても首を傾げるだけであった為、横島が場所を指で指す
「途中までは一緒に行く、あとは・・・これを渡せば大丈夫だな」
横島は無地の文殊に[転移]と書き込み、更にその文殊に霊力を込めて二つに分けようとする
(こればっかりは慎重にしないと、やばいからな・・・)
やがて、陰陽の模様の文殊は粘土をちぎる様に分かれた二つの文殊・・・白と黒に別れ、それぞれに[転][移]と書き込まれていた
その白い方の玉を蛍に握らせる
「ン」
蛍はその白い玉を掌に転がしながら眺める
「それを大事に持ってていれば、必ずまた会える」
横島のその言葉にしっかりと頷きながら、それを大事に握り締めた
「よし・・・行こうか」
「うん」
そう言うと横島は蛍に背を向けるとしゃがみ、
「背中に乗って」
と言う。しかし蛍は不思議そうな顔をして
「どうやって?」
と聞かれて固まる
蛍の格好・・・和服である
足を広げて跨れるような服ではない
「こうするしかないか」
横島は左手を蛍の膝の裏に回し、右手を蛍の左脇から体に回し固定する
いわゆる、お姫様だっこであったりする
恥ずかしがる蛍では無かったが、ここまで横島の素顔に近づいたことが無かったので、じっと横島の顔を覗き込んでいた。
(うわぁ恥ずかしいてか、霊体には匂いは無いはずなのにいい匂いが・・・て落ち着け落ち着け・・・・そう俺はロリじゃないロリじゃないロリじゃないてこの癖はもうとっくの昔に無くなったはずだろ!?俺はもうアノ頃のスチャラカじゃ無いはずだ!?そうだろ、もうギャグキャラじゃないんだー!?)
混乱していた
(て、そんな時間の余裕は殆ど無いだろう!)
気恥ずさを打ち消すために、多い切りよく東京タワーから飛び降りる
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
落下する風きり音が耳を刺激する
ギュウ!!
こういった経験など当然無い蛍は、横島に目を瞑りながらしがみつく
(!?!?!て、もう十分だろこのネタは!?)
迫る地面に備え、全身の筋肉を収束させる
ズン!
足元から響く衝撃を全身の筋肉を使い、バネのように衝撃を吸収させる
蛍には衝撃は届いていない
蛍を足元に降ろすと、少しフラフラとして頼りない足取りを見せる
「大丈夫か?」
と苦笑しながら問いかける。
・・・コク・・・コク
「さて、」
バイザーを目元に下げ、掛けなおす。
もう口元に笑みは無い。
「行くか」
あとがき
今回は二つの話に分けてみました。といっても今回の前編に比べたら後編は短くなるかもしれませんが・・・批評感想お願いします。