バスローブを纏った女性が、リモコンを操作する。
その瞬間、今の今までアリーナ戦の中継を映し出していた壁掛けのTV画面から、光が消えた。
安物のTVとは違い、電源が落ちる際にもわずかな音も立たない。
『彼女』は、頭を纏め上げたタオルからこぼれたひと房の亜麻色の髪をいじりつつ、コーヒーを啜る。
「…マズ」
『彼女』は苛立たしげにマグカップをテーブルへ置いた。
その目が周囲を見回す。
そして薔薇の花弁のような唇が、大きく溜息を吐き出した。
「はああぁ〜〜〜…。はやくおキヌちゃん帰ってきてくれないかしら…。ナンバー・ワンも居ないし〜」
『彼女』の視線の先にあったのは、部屋中に散らばったゴミやガラクタ、書類などの山だ。
かつては上品で豪奢で華麗だっただろうその部屋は、見るも無惨に荒れ果てていたのである。
散らかしたのは無論、その『彼女』当人だ。
だが自分で片付けようと言う気は起こらないのだろうか。
…いや、片付けようと努力した痕跡はかろうじて見て取れるようだ。
だがそれは明らかに無駄な努力に終わっていた。
悄然とする『彼女』の耳に、突然電話のベルが聞こえてくる。
『彼女』はあわててゴミや雑誌やディスクや書類やその他諸々をひっくり返し、古色蒼然としたダイヤル式の電話機を掘り出す。
ちなみにダイヤル式とは言ってもソレは黒電話ではなく、見た目芸術品のような西洋風の装飾が施された代物だ。
無論内部構造は最新の通信端末であり、外観は単に部屋に合わせてデザインされているだけである。
『彼女』は受話器を取った。
「はい、こちらはB…ああなんだママか♪」
『…』
「わかってるわよソレくらい。え?」
『…!!……!!』
どうやら電話の相手はかなり激怒しているようだ。
『彼女』は相手に必死で謝る。
「ご、ごめん!ごめんってばぁ!スイマセンでしたっ!」
『…!……。…』
「だってぇ…。仕方ないじゃないの…。お金が好きなんだもの」
『彼女』の口からポロっと本音が漏れる。
かなり小さな声だったのだが、電話の相手はそれを聞き逃さなかったようだ。
電話口から怒鳴り声と思しき騒音が聞こえてきた。
『…!!!』
「ご、ゴメンなさいっ!!わかった、わかったってばぁ!!もう未調整の機体で無茶はしないって!そ、それよりおキヌちゃんとナンバー・ワン早目に返してくれない?色々と大変なんだけど」
『……。………』
「う゛っ…。い、いやーね。あたしだけでも、ちゃんとやってるってば」
額に流れる大粒の汗を、『彼女』は頭に巻いていたタオルで拭う。
亜麻色の長髪がばさりと流れ落ちた。
「わかってるわよ。壊したとことか作り変えた上、わざわざ本社でチューニングしてくれてるんだし。それ関連の教育とかで、どうしてもあの子らをそっちに行かせないとってのは、さ」
『…♪』
「べ、べべ別に寂しくなんか無いわよっ!そそそれよりそっちの動き、どーなってんのよママ!」
『彼女』は話を逸らそうと慌てる。
だが段々とその口調はシリアスな物に変わっていった。
「…ええ、そう。あたしの見立てじゃ、まだナービス切るのは早いわ。タイミング見誤ると、ね。ミラージュと正面からぶつかり合うのは無謀よ。相手は『ビューティ・ローズ』を投入してきたし…。まだナービス領には現れてないけど、その上司と言えば…」
『……。…』
「あたしも『SerpentQUEEN』の『VIPER−5』と戦り合うのはゴメンだわ。負けるとは思わないけど、勝っても確実にズタボロだし。そうなったらまたしばらく修理と再調整で休まないといけなくなって、仕事ができなくなっちゃうじゃない!そーなったらお金が入ってこなアウ…」
再びポロリと本音が漏れる。
電話口の向こうでもまた再び怒鳴り声が響いた。
『…!!…!!!』
「わーかった!わーかったってばぁ!!…まあそれに、そいつらを考えなくても単純な物量の問題もあるし。ナービスを切るのは、もうちょっと待ってからにするよう進言してくんない?」
『……。……?』
電話の相手は何事か尋ねたようだ。
『彼女』はそれに答える。
「う〜ん…ダメっぽいわね。いえ、使えそうなのは居なくは無いのよ?でも、まだ今の段階じゃ…」
『…』
「え゛!?あ、あの娘はダメよっ!ぜんぶブチ壊しにされちゃうわよっ!」
『…♪』
「じょ、冗談ってね〜。いくらなんでも…。あ〜…う〜ん…。有望そうな新人って言ったら…まだランカーにはなってないけど『BuddhistMonk』って娘と『倍王錬徒(バイオレント)』って娘、かなあ。でも正直まだまだ…。あ」
『彼女』は突然何かを思い出したかのように、妙な声を上げた。
「…そう言えば、今日のアリーナ中継見た?」
『……』
「ふーん?後からでも録画見たほういいわよ?新人じゃないけど、なんか面白いのが居たから。ま、半分冗談だけどね♪戦歴はろくなもんじゃなし。ああ、セミファイナルの勝者よ?くすくす…。な〜んかどっかで見覚えのある機動をする奴なんだけどね」
そう言って『彼女』はひとしきり笑った。
電話の相手も同じように笑っているらしい。
『…。…』
「ああ、そうなんだ…。それじゃ、頑張ってね。またね、ママ」
『彼女』は受話器を置く。
そして『彼女』はクシャミをした。
「びぐしゃはっ!!」
…残念ながら全然色っぽくなかった。
普通にしていれば、10人が10人振り返るほどの美人だと言うのに。
どうやらバスローブ姿でアリーナ中継を視聴し、そのまま長電話していたため、御風邪を召したようである。
人目が無いとは言え、再び『彼女』は、あまりにも色っぽくないクシャミを放つ。
「びっぐしゃんっ!!やっば〜。もっかいシャワー浴びてこよっと。う〜さむさむ」
そう言って『彼女』…レイヴンズアークのナービス領近隣におけるNo.1レイヴン『BABEL』は、小走りにバスルームへ駆け出して行った。
レイヴン名:BABEL(♀)
本名:美神令子
AC名:ヘヴンズ・ゲート:981300C
頭部:CR−H97XS−EYE(実防60%・E防40%):73300C
コア:CR−C98E2(実防60%・E防40%):188000C
腕部:CR−A88FG(実防70%・E防30%):69200C
脚部:CR−LH89F(実防20%・E防80%):88000C
ブースター:CR−B83TP(発熱100%):63000C
ジェネレータ:CR−G91(出力100%):59800C
ラジエーター:CR−R92(冷却100%):88500C
FCS:CR−F91DSN:45000C
インサイド:CR−I79DD:38800C
エクステンション:CR−E81AM:37700C
右肩武装:CR−WBW98LX:109000C
左肩武装:同上:0C
右手武装:CR−WR81RS2:78000C
左手武装:CR−WL88LB3:43000C
機体解説:元は『パーチャリティ』という機体名だったが、ある時突然改名される。
時を同じくして、機体構成からクレスト社以外のパーツが消えた。
搭乗レイヴンの『BABEL』も、その時から微妙に性格が柔らかくなったと噂される。
なお、以下の情報は根も葉もない噂であり未確認情報である。
・肩装備のレーザーキャノンを空中で撃った。
・同じくレーザーキャノンを射撃姿勢無しで撃った。
・普通ならチャージ状態になるような長時間飛んでいられる。
繰り返すが、あくまで噂である。
ちなみに手持ち武装はよく変更される。
上記の諸元表はもっとも多いパターンであり、それに次いで以下の物が良く見かけられる。
パターン2:火力重視タイプ
右手武装:CR−WR88RS3:65000C
左手武装:CR−WL79LB2:38000C
パターン3:射撃戦特化タイプ
右手武装:CR−WR88RS3:65000C
左手武装:CR−WL85RS:55700C
ただし肩装備の大口径レーザーキャノンは、これまで何があっても変更された事は無い。
備考:レイヴンズ・アーク所属のNo.1ランカー。
金に汚い性格で、色々と黒い噂もあるが、実力は疑う余地が無い。
ある時、自機の名称を突然変更。
周囲の人間によれば、その辺りから何か肩の荷を下ろしたように人当たりが良くなったらしい。
もっとも金に汚い性格は直らなかったようだ。
更に何やら別の悩みも抱えたようで、眉間に皺を寄せて電話している姿が目撃されている。
クレストと裏で専属契約を結んでいるという噂有り。(事実)
クレスト社エース『プロフィテス』と血縁があるらしい。(事実)
ランキング10位『ジャスティスソード』は昔の男だと言われている。(巨大な嘘。ただしレイヴンには珍しく直接顔を知っている間柄であり、少なくとも相手側は明らかに好意を持っている。BABEL側は悪い気はしていないが煮え切らない状態)
あだ名:おキヌちゃん(♀)
本名:氷室キヌ
備考:レイヴン『BABEL』の専属オペレータ。
BABELと同居している。
家事全般が得意であり、BABELの日常生活は彼女無しでは成り立たない。
少々大ボケでお人よしな所はあるが、真面目で優秀なオペレータである。
公私共にBABELの片腕。
あだ名:ナンバー・ワン(♂)
本名:アーティー・フィッシャー・ル・ゴーストン・渋鯖
備考:レイヴン『BABEL』が契約している民間ガレージの社長兼整備士長。
その実体はBABELの個人的な執事。
超一流の技量を持つ技術者であり、同時にBABELの隠し財産の金庫番でもある。
(あとがき)
というわけで、なかなか美神さんが絡まないので別口で出してみました。
さらにはおキヌちゃんと渋鯖人工幽霊壱号も。
美神さんなので、背景は山吹色です。
何故って『山吹色のお菓子でございます』って良く言いますから(笑)
あと、誰だかわかるかな〜わかんないかな〜いやたぶんわかるだろ〜な〜…ってレイヴン名のヒト達をば何人か。
わかった人は当ててみましょう。
当たっても何も無いけど(爆)