宮間夕菜を抱きしめながらその体を堪能し始め二分ほどだったころ、そろそろ押し倒そうと考えていた式森和樹だったが、エリスがいることに気付いたため断念して夕菜を放すことにした。
(まあ、今はそんなに飢えてないし、それに、これっきりというわけでもないしな)
―――時と場所と相手を選ぶが、その半生の経験と仙法の回復方法から恐ろしく貞操感が薄い和樹は、しっかりと宮間夕菜嬢を“獲物”として認識した。
そんな考えを和樹が抱いているとも知らず(というより和樹が感じさせるような振る舞いを今のところしていない)、優しく和樹に抱きしめられ(左手の動きも不自然だと思ってない)夢見心地の夕菜だった。
そんな時和樹が自分を放そうとしたので、抵抗しようとしたが和樹の巧みな動きによってあっさりと放されてしまった。
膨れる夕菜に
「話をこれから君の住むところに戻すぞ」
と和樹は言った。
その言葉を聞いて、あれだけ優しく抱きしめてくれたのだからここに住ませてもらえると思ったため渋々といった感じだがコクリと夕菜は頷いて眠ってしまったエリスを膝の上にもう一度置いた。
そんな夕菜に
「夕菜は、夕霜寮に入る予定なのか?」
「え!?いえ、朝霜寮ですけど?」
「分かった」
と言って、和樹は携帯電話を取り出して
「あ、もしもし。昨日の午前中彩雲寮の荷物を一時期引き取ってもらった宮間ですが……ええ、そうです。それで、昨日の荷物なのですが、朝霜寮はご存知ですか?……そうですか、それではそこに荷物を持って行ってください。よろしくお願いします」
昨日、料金を宮間家持ちにすることを忘れずに言っておいた和樹が電話を切ると同時に、目の前で剛速球の速度で起こった出来事に呆然としていた夕菜が、自分を朝霜寮にやろうとしているようにしか聞こえなかったので
「あの、和樹さん、それってどういう」
否定の言葉を聞きたくて言った。が
「荷物を君の家に送ったんだが」
どうかしたのか、という表情で和樹は言った。
「そ、そんな!和樹さんさっき私を抱きしめてくれたじゃないですか!だから」
「だから?」
「一緒に住ませてくれるんじゃ」
「どうして?」
「どうしてって、それはやっぱり夫婦」
「抱きしめたら結婚って所は在るけどさ、君はどうか知らんが、俺はそういう文化に染まってないからそんなことにはならないよ」
「じゃ、じゃあ!どうして抱きしめてくれたんですか」
「抱きしめたかったから」
先程から少々混乱し始めていた夕菜は、和樹のある意味究極の台詞に呆然として
「そ、それだけ、ですか」
「理由が要るのか?」
夕菜が呆然としている理由に見当をつけた和樹の問いに、夕菜は人間の限界に近い速度で頷いた。
「嬉しかったからだよ、両親のために怒って泣いてくれて、だから抱きしめたくなったから抱きしめたんだ。」
首を心配したくなる夕菜に和樹は微笑んで言った。
……その間少女の体を味わっていたことなど全く感じさせない表情と声で
その表情と言葉と抱きしめられたことを思い出し、夕菜は真っ赤になって俯いた。
その少女をにこやかに見ながら
「それじゃあ、送っていくから、朝霜寮に行こうか……エリスは寝てるか……それじゃあ、置いていくしかないな」
エリスに対して慈愛の表情を浮かべながら和樹は言った。
その和樹に夕菜が顔を上げ
「私は、和樹さんと一緒に住みたいです!……それとも和樹さんは私と暮らしたくないって言うんですか?」
その不退転の意思と悲愴な感情を瞳に宿した見目麗しい少女に
「ああ」
式森和樹は躊躇せずあっさりと答えた。
その態度にくじけそうになったが、気丈に自分を保ちながら夕菜は
「そ、そんな、なんで」
請うように和樹に聞くと
「だってさ、2人部屋をせっかく1人で使えているんだぞ。わざわざ1人容れて窮屈にする必要なんてないじゃないか」
女の子とは一緒に住めないという建前ではなく、本音の二人部屋をひとりで使うというささやかな贅沢をなくしたくないという理由を答えたあたりは、和樹が夕菜を身近な人間と認め始めたところだ。
が、健気に聞いた夕菜からしてみれば
「そ、そんな理由ですか」
としか言いようがない、鬼のような台詞だ。そして、その夕菜に
「それ以外の理由が?」
心底不思議そうに、一時期有閑マダムに拾われていた経験(一対一の同棲はこれが唯一)を持つ和樹は止めを刺した。
その台詞に続けるように
「そのボストンバッグ持ったら、早く――」
荷物を女性に持たせないという考えを持っていない和樹が、固まった夕菜を急かそうとして言葉を止めた。
夕菜は、こちらをじっと見ている
そしてその目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
「ゆ……夕菜」
なんとなく気圧されながら和樹が呟くと同時に
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
顔を床に埋めて夕菜は、泣き出した。
「ひどいです……冷たすぎます……容赦なさ過ぎです……」
先程の泣き方と違い子供のような泣き方だった。
そのため直ちに冷静さを取り戻した和樹は
「泣いても、一緒に住まないからな」
(エリスに聞こえないくらい広ければ考えたんだが……)
突き放しながら外道なことを考えていた。
夕菜が落ち着きを取り戻して(うるさくなってきたので和樹が背中を撫でた)から和樹は何か言おうとしたが
「……誰か来るな、玖里子さんか」
「え!?」
夕菜が、和樹に聞くと同時に足音が聞こえ始め
「はーい、元気ぃー!」
と普段と比べて僅かに硬い声でいいながら玖里子が飛び込んできて、和樹に避けられ床に顔から滑り込んだ。
「おはよう、玖里子さん」
何事もなかったかのように言う和樹の声が、沈黙した玖里子の臀部に投げ込まれた。
「ところで、朝から人の家になんのようですか」
朗らかに続けるが、玖里子は沈黙。というより身動きひとつしない、そのためようやく我に返った夕菜が
「く、玖里子さん!大丈夫ですか!」
と、絶叫すると
「放っといていいぞ。狸寝入りだから」
「え!?」
その言葉と同時に玖里子が、がばっと起き上がり
「な、わけないでしょう!?ついさっきまで冗談抜きに気絶してたわよ!あんたの声で起きたんだから!」
怒り狂う玖里子に和樹は普段通りの口調で
「じゃあ、もう一度おはようですね。無理しないようになったんだから」
その和樹の言葉を聞き夕菜はキョトンとし玖里子は顔を朱に染め
「ありがとう」
と和樹が乱暴な方法だが、自分の和樹への昨日の出来事に対する引け目や緊張をほぐしてくれたことに気付き横を向きながら小さな声で言った。
その玖里子から目を逸らし、開け放たれたドアの影に向かって
「突っ立ってないで、凛ちゃんも入ってきたらお茶ぐらい淹れるよ」
と言うと
「え?凛さんも」
「気付いてたのね」
夕菜の驚きの声と玖里子の驚嘆の声が響き、両手で刀を持った凛が現れた。が
「どしたの、凛ちゃん。まるで急に大切な刀が抜けなくなったから、一晩中がんばって抜こうとしたけど、何をしても抜けなくて憔悴したところに玖里子さんが訪ねてきて俺のところに行くからついてきてって言われたから、昨日俺が刀を持っていたことを思い出して、ピンときたからそれを確かめるような顔して」
…………まあ、そういう表情だった。
その和樹の台詞を聞き、凛は体を震わせて
「や、やはり………貴様が」
憤怒と怨念に満ちた声を出した。
その声を聞き夕菜は寝ているエリスを抱きかかえて後ろに下がり、玖里子も夕菜のところに下がった。が当の和樹は普段通りの柔和な表情で不思議そうに
「ん?まさか俺がやったのかと思っているのかい?」
「無論だ!!」
即答した凛の答えを聞いて和樹は肩をすくめて
「証拠もないのに?」
「先程の貴様の言葉と、この刀に触れたのが貴様だというだけで証拠は充分だ!!」
「そんなのは状況証拠だ。状況証拠に法的根拠はないし、それに触れたから抜けなくなったと決め付けるのはまずいだろ?」
「なん、だと」
意表を突かれたのか惚けたように呟く凛に和樹は
「こんな話を知っているかい?」
その言葉を聞き、話を聞こうとする凛達を見て
「武器には、魂が宿るという話を」
「魂ですか?」
「そうだよ、意思と呼んでも良いけどね。そういうものが宿った武器は自身の望みを持つことがあるという話しだ」
「望みって、どういうの?」
「武器だからね、強い敵と戦いたいとか誰かを守りたいっていう願いらしい。そして、それらはその願いを叶えてくれる者のところに、その者からしてみれば“偶然”現れたような感じで現れるらしいんだ。その話ではヤマタノオロチの草薙の剣とかアーサー王のエクスカリバーとかもそれに入るらしい。けど」
「けど、何だ?」
「全ての武器がそうなる訳じゃないらしい。魔力みたいなものが足りなくて“偶然”を起こすことができないとか、封印とかの縛りをされていたりするものもあるらしいんだ……まあ、それらは今関係ないんで省くよ。大事なのは、そういう望みを叶えてくれる者が持っている武器が自分の所持者に不満を持つってことがあるらしいってことだから」
「「「不満?」」」
何時しか、和樹の表情と口調によって話しに引き込まれている三人を見ながら
「うん。例えば、その者が鍛錬をさぼっていたり、関係ないときに抜いたりしたりすると」
「するとどうなるんだ」
心当たりのある凛が和樹に掴みかからんばかりに焦燥に駆られて言った。
その凛に対し和樹は次の言葉を話すことを迷うような素振りを見せたため、さらに焦燥に駆られた凛が次の言葉を言おうとする時(一番和樹の言葉に引き込まれた時でもある)を見計らった和樹が
「槍なら穂先が何処かに行ったり、兜や鎧ならなら結び目が結べなくなったり、弓だと」
「刀は!刀はどうなんだ!」
どこまでも焦らす和樹の術中に凛が完全にはまったことを確認すると
「刀剣類だと……その鞘から抜けなくなるという話だ」
重々しく和樹は言った。
その言葉を聞くと共に凛は、崩れ落ち刀を抱きしめ
「そうか、そうだったのか……私の稽古不足と不甲斐なさを戒めてくれたんだな、お前は」
優しい表情で刀を撫で始めた。
そんな見ているだけで穏やかな気分になれる光景を夕菜と玖里子は優しく見守っていた。そんなところに
「お〜い、凛ちゃん」
という和樹の言葉に感動の表情をした凛は顔を上げ
「すまなかったな、式森。お前を疑ってしまって、これからは」
「もしかして、さっきのサギ教団の嘘っぱち信じたの?」
「「「へ?」」」
瞬時に固まった三人が肯定したと判断した和樹は可哀想なものを見る目をしながら、陽気な声で
「(神様とかに付けられたのならともかく)普通武器に魂なんて宿るわけないだろ、子供の御伽噺にもならないものに騙されちゃだめだぞ♪」
「「「……………」」」
可愛らしく締められても、何の反応もできずに呆然としている凛たちだったが、玖里子がなんとか立ち直った。僅かに震えて冷や汗を流しているのはいたのはご愛嬌
「全部、嘘 だった の?」
「と言うより、ちょっと昔ある宗教団体が秘宝とかを集めるときに言った事なんですよ。そういうのが宿るから我らの神に寄進しろ、って言ったのを省いて全体を穏やかにしただけで」
「ちなみに……そこ、どうなったの」
「集めた物全部売っぱらってどこぞに逃走、その後音沙汰なし。国の偉い人とかが国立博物館の物まで出しちゃったから公にはしてないんですけどね〜」
何でそんなことをあんたは知ってんの!と突っ込みたかった玖里子だが、できたのは頭を抱え込んだだけだった。
「それじゃあ、凛さんの刀は」
いまだ放心状態の凛の横で、恐る恐る夕菜が聞くと
「俺が、特注の瞬間接着剤でくっ付けた」
あっさりととんでもないことを言い放った。
「「………え!?」」
ビクリと震える凛の横で夕菜と玖里子の二人は声を合わせた。そしてお互いの顔を見合わせるとその場を代表して夕菜が恐る恐る
「さっき、和樹さん。自分はやってないって」
「何時言ったんだ?そんなこと」
―――言ってなかった。ただ、それらしく聞こえるように言っただけで一言も………………
それに気付いて愕然とした二人の前には、俺は嘘だけはついてないと言わんばかりの態度の和樹が居た。
―――そして、凛は身動きもしない
その凍りついたような場で、和樹は自分が騙した少女たちをたしなめるような口調で
「だめだぞ、チョコレートあげるからついといでって言われてついてくのと同じぐらいの手で引っかかるようじゃ。気をつけなよ、悪い奴に引っかかると一生逃げられなかったりそのことを何時までも引きずったりするんだから」
お前が言うな!お前が!と言えるだけの気力が残っている者はそこには誰も居なかった。
反応がない周囲を見回した和樹は、前を向いたまま感動の表情で固まったままの凛に目を向けると
「ああ、そうだった」
と呟き立ち上がって机まで行くと、机から小瓶を取り出し固まったままの凛の前に置きながら
「これかけないと、接着剤溶けないんだ」
そして、ポンっと凛の肩をたたき
「一晩ご苦労様♪これに懲りたらあまり振り回さないようにね♪」
それを聞くと同時に固まっていた凛は動き出し、ノロノロとした速度で小瓶の中の液体をかけて、刀が抜けるようになったのを確認し―――無言で最初から自分をからかって遊んでいた男に斬りかかった。
一撃目はそれを読んでいた和樹にかわされ、追撃しようとしたところを和樹の逃げる進路上に居た(もちろん和樹の予定通り)夕菜と玖里子に止められた。
「とめないでください!!あの男だけは、刺し違えても」
「ちょっと凛落ち着いて!」
「凛さん!」
その後玖里子が気持は分かるけど無理だといったり、夕菜が悪いのは和樹さんですけど待ってくださいと言ったりしてなだめ始めた。
その間、張本人の和樹は和麻の「生真面目で、冷静そうに装っているが本当はすぐにこっちの挑発や嘘に引っかかる奴をからかうことは、人生に潤いを与えてくれる」という台詞に全面的に賛同しながら、少女たちの狂騒をつまみにお茶を飲みつつ、至福の時間を味わっていた。
―――しっかりと結界を作って、自分の部屋を守りながら………
数分後、疲れきって大人しくなった少女たちがテーブルに座り(凛が貴様の茶が飲めるか!と言ったりしたが、和樹に“説得”され大人しくなった)お茶を飲み始めると
「ところで何の用なんです?」
癒されたような顔つきの和樹が、お茶を飲んで落ち着いたとはいえ正反対の顔をした玖里子に向かって言った。
「え?ああ、そうそう。実はね……」
と、玖里子は夕菜が朝霜寮に入るはずなのだが来ないので管理の人が心配したので、知り合いである自分たちが来たことを告げると、夕菜がここに住むといい始め少しゴタゴタした後
「じゃあ、向かいはどう?」
と、玖里子が言うと夕菜が「向かい、ですか?」と確かめるようにいい、和樹が一瞬何か企んでるような表情をしたが誰にも気付かれないうちに消し「確かに、空いているが」と言ったので、そこに結界を張って暮らすということになった。
その合意(和樹は狭くなるのが嫌なだけで近くに住むのはOK)に至ると、玖里子は叔父の不動産業の手伝いをするから帰り(その時和樹はある確信を持った)、凛はこれから用事があるかと聞かれ特にないと答えたら、いつの間にか和樹によって一緒にいくことになっていた。
そして、弾むような足取りの夕菜、何で自分が行くことになっているのかという疑問に囚われた凛、エリスを専用ベッドに寝かせ鍵を閉めた和樹の順で前の部屋の扉を開けて入ろうとしたが、夕菜と凛は知らない幽霊の少女が部屋に座っていたためその場で硬直した。
が、少女が居ることを予め知っていた和樹は、固まった夕菜と凛の間を縫うようにして通り遠慮せずに部屋の中を見始めた。
三人を見た少女が
「何用――」
外見に似合わないが違和感のない威厳のある口調で何事か言おうとすると同時に、いつの間にか少女の脇を通り過ぎて窓枠の埃を確認していた和樹が
「長いこと使ってない割には綺麗だな。ある程度掃除すればすぐに使える……夕菜、凛ちゃん、俺の部屋に簡単な掃除道具があるから一度取りに行こう」
夕菜と凛を促して部屋を出ようとしたので、硬直していた夕菜と凛もそれに引きずられるように扉を開けて出ようとしたところを
「ちょっと待て!」
幽霊少女の絶叫が響いた。その言葉を聞いて足を止めた凛と夕菜だったが和樹が忘れてたと呟いたため、怒りに震えたながらも和樹が自分に気付いたことに対して安堵した幽霊少女に目もくれず
「夕菜は料理するのかい?」
見事といいたいくらい幽霊少女と関係のない部屋の気になることを言い始めた。突然振られてあわてながらも夕菜は
「え?ええ、はい一応」
「ふうん、それじゃあ……大丈夫、キッチンの保存も良いから掃除すればすぐに使えるよ」
すぐさま、台所を熟練した主婦のような手つきで手早く確認して夕菜に向かって頷いた。それを目にした幽霊少女は
「おぬし、人の話を」
「夕菜、凛ちゃん家事得意?」
「は、はい。一通り」
「え、いや、私は、その」
和樹のみならず頷く夕菜とあたふたした凛にも無視されたと感じた幽霊少女は衝撃を受け
「おぬしらも……」
シーザーのような心境で呟くが、和樹は目もくれず
「うぃ、じゃあ夕菜と凛ちゃんは部屋を掃除してくれ、俺は台所をやるから」
家事無能っぽい凛を、さりげなく夕菜に押し付けた。
その答えに頷きを返した夕菜と凛を見た後、さらに一通り部屋を見回し
「日当たりも良い、良い部屋だね〜」
「は、はあ」
「そ、そうだな」
朗らかに語る和樹に対して、夕菜と凛は頭に漫画汗を流しながら、横目でいつの間にか部屋の隅に移動してこちらに背中を見せながら俯いて体を震わせている幽霊少女に同情的な視線を寄せていた。
そんな三人を目で見なくても何をしているか分かっている和樹は
「それじゃあ、行こうか」
と夕菜と凛に声をかけて出て行こうとして――弾かれたように後ろに下がり目前で起こった雷撃をかわして
「何をするんだ!?」
不当な攻撃をされた被害者のような声を可愛らしい顔を膨れさせながらこちらを睨みつける幽霊少女に対して言うと
「うるさい!散々無視しおって!!おぬし、わらわを誰だと心得ている!!」
正当な怒りを爆発させる幽霊少女に対して、和樹は即答した
「風椿の狗」
「い、狗!?じゃと……」
それ以上は声にならずに口を開けっ放しにする幽霊少女に対し
「ああ、だから君のことはポチと呼ばせてもらうよ」
決定事項を告げる役人の口調で言い放った。
「ポ、ポチ……」
屈辱に体を震わせるポチ(幽霊少女)を他人とは思えなくなった凛が義憤に満ちた口調で
「式森、それはあまりにも酷すぎるぞ」
言うと、夕菜も
「そうですよ、和樹さん。この……幽霊さんが何をしたって言うんですか」
聞いてくるので、和樹は
「ポチは朝霜寮の近くにある、あの幽霊屋敷の幽霊なんだよ」
「「え!?」」
「な、何でそれを!」
驚愕の声を上げる三人のうちのポチに目を向けながら
「ちょっと前にチラッと見て(付近に幽霊がいると聞いたので、見に行った)ね。ところが、その洋館が再開発に入っちゃってポチ追い出されちゃったんだよ」
「…………」
ポチに関して突っ込むことも忘れて和樹の話に耳を傾ける幽霊少女だった。が
「それで、その再開発をする会社が風椿の系列でね」
和樹がそういうと余裕と嘲笑を混ぜた表情をして
「確かにわらわの屋敷も開発の区域に入っているが……おぬし、もしかしてわらわが洋館惜しさに風椿に臣従したなどと思っているのではないだろうな」
和樹が自分のプライドを軽く見てそう考えているのだろうと、ポチは嘲笑して言った。が、自分の考えとは違うことを言われ、あわてるに違いないとポチが考えた相手である和樹は
「いや、別に」
あっさりと否定したので、逆にポチが虚を突かれて呆然としてしまい
「で、では、なぜ」
慌てたように聞き返したら
「ちょっと小耳に挟んだけど」
和樹は、一度言葉を切って聞き手を引き込みながら
「その再開発の計画地には、朝霜寮も入っていてそのことで苦労しているらしいんだよ」
普通は小耳に挟むはずのない爆弾を投下した。
瞬時に表情が強張るポチを見ながら和樹は冷静に
「加えて君は今日の早朝にこの部屋に来たばっかりだ」
「な、なぜそれを……いや、そ、それがどうかしたのか」
口では冷静さを保っているが表情が裏切っている幽霊少女を見ながら
「普通深夜から早朝にかけて幽霊を追い出すようなことはしない。幽霊が最も強いとされてる時間だし、それ以前にそんな時間好き好んで建物の解体するような馬鹿はいない」
さらにポチを追い込んだ上に
「それに、この部屋のことを俺たちに話したのは風椿玖里子さんだ。叔父さんの不動産を手伝っている、な」
そこまで聞くと夕菜と凛も理解したような表情になった。
それを確かめるかのように和樹を見ると
「その玖里子さんが、夕菜に教えた部屋には屋敷から追い出されて行くあてのないはずの幽霊がタイミングよくいて、こっちに対して喧嘩腰でいる。そして、良家の子女が沢山いるから勝手に壊せないし買い取るにも時間のかかる朝霜寮………これだけの材料から――」
「もう、よい」
和樹の言葉をさえぎって、敗北感に身を浸したポチが言った。
「おぬしの言う通りじゃ。わらわは玖里子と手を組んだのじゃ」
「報酬は、屋敷に新しい家でも建てるってところか?」
「お見通しというわけじゃな。その通りわらわは新しい家を得ることができ、玖里子はおぬしに魔法を使わせて、おぬしの魔法の力を確認すると共に朝霜寮をこの場に移すことで時間とカネを節約する一石三鳥の作戦をねったのじゃ……おぬしの考えている通り、な」
あきらめの笑みを浮かべるポチを見ながら、玖里子が自分の魔法のことを知っている理由―隣の夕菜―に対しため息をつきたくなったが、和樹は後ろで騙しましたねと絶叫して暴れそうな夕菜と止めようとする凛の争いを尻目に
「へえー、そうなんだー」
感心したように頷いた。
その声を聞いた幽霊少女はとてつもない不安を覚えた。そのためその不安を確認―否定してもらいたくて―するために
「お、おぬしは、玖里子とわらわの企みを知っていたんじゃよな」
そうだといってくれと全身で言っている少女に
「いや、全く、全然」
きっぱりと和樹は否定した。
「嘘……じゃろ。おぬしは、わらわがあの洋館に住んでいたことも朝霜寮が計画地に入っていることだけではなくそれ以外にもいくつか知っていたではないか!」
必死の幽霊少女に和樹は右の人差し指を立てながら
「確かにそうだけどさ。それは、それ以外は何も知らないって事でもあるんだ」
「な、に」
「だから、君があそこで俺の言葉を遮ってペラペラ喋らなければ見当はずれの推測していたかもしれないんだ。正直、玖里子さん以外の風椿家の誰かが君と手を組んでいるかもしれないと思っていたし、玖里子さんの叔父さんの不動産屋がここら辺を手がけているとは知らなかったんだ」
「……では、わらわは」
「ありがとう♪(狙い通りの)いいタイミングで声かけてくれて♪」
恐れていた通り自分がこの男の口車と挑発に乗り
「それに、玖里子さんの作戦まで知ることができた」
余計なことまで喋ってしまったことを悟ったポチは
「に、しても玖里子さんもえげつないこと考えるな。人の力をただで使って建物を動かして儲けるばかりか、力の強さまで測ろうとするとは……きっついお仕置きしても正義はこっちにあるよな、この場合」
後半を小声で呟いた後悪魔の笑みを浮かべた玖里子より遥かにえげつない男を見て
「さて、いくつかまだ聞きたいことがあるんだが」
―――本能的な恐怖に駆られて逃げ出そうとして捕まった。
精神体である幽霊少女を和樹が魔法も特別な道具も使わずに素手で捕まえたことに対して、当の幽霊少女と退魔の家の出である凛は驚愕した。が、その後の反応は和樹に対する理解度で大きく異なった。
幽霊少女はありえない状態に対する混乱と和樹に対する恐怖で身動きできなくなり、和樹が懐から取り出した霊を縛るための特殊な縄(その場にいた全員が「何で持っているのか?という疑問よりも、どこにしまっているのか?」という根本的な疑問に囚われた)であっさりと縛られたのに対し、凛は「あの男(和樹)だから」という理由で納得(精神的に逃避)した
外見が幼い幽霊少女を奇怪な縛り方(亀甲縛りだが和樹以外は名前を知らない)で縛りつけ
「うんうん。なかなか可愛いよー、ポチ」
と言う和樹は変態以外の何者でもなかった。が、和樹の縛り方のおかしさに気付かない三人はそれぞれ、逃げることさえできず虜囚の身になったことを嘆き、少女を可愛いといった和樹に対しむくれ、多大な精神的な疲れから帰りたいなと願っていた。
「それで、わらわにまだ何のようじゃ」
この期に及んでも気丈さを失わず和樹から目をそらさない幽霊少女は画家がいたらすぐに筆をとったくらいに絵になった―――亀甲縛りでなければ……
その少女に対し和樹は
「まず君の事を聞きたい」
表面上温和だが内面は悪魔が可愛く思えるほど非情な尋問官の態度で語りかけた
「わらわのことじゃと……よかろう」
が、和樹の自分のことを聞かれたことが嬉しかったのか、表情を明るくさせ
「話せば長くなるが、わらわは、神聖ローマ帝国直参―――」
「手短に言えよ」
冷たい和樹の言葉に半強制的に止められ不満げな表情になり
「これだから、東洋の民は学がない。先人を尊敬しその言葉を敬うことから学ぶというものは始まるというのに……」
「現在を知ることも大切だぞ♪」
「そうじゃな、まず今じゃ」
愚痴を途中で止めた和樹の言葉、というよりいつの間にか和樹の手の中にあった少女を百回滅ぼしても余裕があるだけの力を持った鈍い色に輝くごつごつした対幽霊用の棍棒を見て少女は素早く言い直した。
「わらわはエリザベート。ノインキルヘン伯ゲオルク・フリードリヒの娘じゃ」
その誇りを込めた言葉に三人は
「神聖ローマ帝国の伯爵家のお姫様って、ずいぶん由緒正しいんですね」
「ノインキルヘン伯ゲオルク・フリードリヒと言えば歴史の教科書にも載っている人物ですよ」
「ポチじゃなかったのか……」
口々に感心していった。
夕菜と凛の言葉に満足げに頷き(和樹の言葉は無視した)
「そう、由緒正しい家だったのじゃ。じゃが三十年戦争でわらわの家は新教の砲兵と魔術騎兵に無念の敗北を喫し――」
「没落したと」
よほど口惜しかったのか途中で言葉を止めたエリザベートに和樹は言った。
それに頷き
「あのスウェーデンの田舎国王め。父が名誉ある講和を申し込んだのに「ウィーンで藁でも抱いてろなどど――」
「敗者が勝者に対して文句言っても負け犬の遠吠えだぞ。だから、負けたときはガタガタ言うよりも負けた要因を見つけてそれを何とかしたほうがいい……それにさっきも言ったけど、君の家の歴史なんかどうでも良いから言わないで済ませて手短にしようね♪」
「はい」
幽霊なのに物理的な重さを感じたエリザベートは、冷や汗をたらしながら棍棒を自分の首から離すように和樹に頼み話を続けた
「そして、オランダで死んだわらわは幽霊となって、この国に来たのじゃ」
「家名の再興のために?」
「最初はそう考えていたんじゃが、時はうつろうものでな。神聖ローマ帝国も滅んだ今となってはその気はない」
その言葉を聞くと和樹はエリザベートの縄を解き驚くエリザベートの頭を撫でながら
「つまり、君は新しい屋敷を手に入れて静かに暮らすのが目的で玖里子さんと手を組んだってことだろ」
「う、うむ」
「それ以外の風椿の人間とは手を組んでないんだよな」
「というより、あの無礼者どもは話を聞こうともしなかったのじゃ。そんな時玖里子が自分に手を貸してくれれば屋敷は何とかすると言ったので、玖里子と手を組んだのじゃ」
「玖里子さんしか幽霊である君の話を聞いてくれる人がいなかったと」
「うむ」
そこまでの話を和樹は嬉しそうに聞き、夕菜も玖里子に対する怒りを和らげた。
玖里子がなんだかんだ言ってエリザベートを助けようとしたことが分かったからだ。
「そうか。じゃあ、玖里子さんのところ言って話をするか」
「何の話じゃ?」
「君の家と寮についての話と俺を騙そうとしたことをね……ああ、そんな顔しなくても大丈夫だよ。お仕置きは二人一緒にしてあげるから」
その言葉もかなり恐かったがそれ以上に和樹の笑顔をその場で唯一見てしまったエリザベートは、五百年近い年月の中で最大の恐怖を覚えたので、逃げるのは無理でも玖里子に危機を伝えようと思い魔法を使おうとしたが、魔法を発動する直前に和樹がプラスチックのような半透明のひょうたん取り出し
「エリザベート」
という呼び声に反射的に返事をしてしまい
「なんじゃ!」
ひょうたんの中に吸い込まれてしまい。ひょうたんの力で魔法が使えなくなってしまった。
「わ、わらわをどうする気じゃ」
半透明のひょうたんの中で恐怖の表情を浮かべて抗議するエリザベートだったが、和樹が
「着くまで、おとなしくしてようね。あんまり喋ったり、暴れるたりすると――溶けて酒になっちゃうぞ」
というと同時に自分の霊体でもある服の一部が溶け始めていることに気付き大人しくなった。
そのエリザベートに
「大丈夫、溶けたところは後でその酒を君にかければ元に戻る……精神体と幽霊は似てるから多分大丈夫だ」
多分って何だーと言いたかったが、暴れるわけにいかず俯いたエリザベートを見て
「あの、和樹さん」
「式森」
夕菜と凛が口々に同情的な言葉を言い始めたが、和樹が「騙そうとしてきた奴を許すのか」と言ったので、夕菜はある程度引っかかったが素直に納得し、凛は和樹がそれを言うことに対して、少しいやものすごく納得いかなかったが一応正論なので頷くことにした。
二人が納得したのを見て取った和樹が
「さあ、行こうか。人を騙して漁夫の利をとって悦にはいろうとしている毒婦の待つところへ」
先程の自らを棚に上げながら宣言すると夕菜は頷きエリザベートは諦め凛は
「私はこれ以上付き合えない。だから帰らせて――」
決然として去ろうとしたがその目前に昨日の縛られている夕菜を上にのせて身をくねらせながら嬉しそうに笑っている(実際はがんばって息をしようとしていたのだが写真からは嬉しそうに笑っているとしか見えない)写真を出しながら
「帰ってもいいけど、その場合うちのクラスの新聞部部長たちにこの写真を提供することになる」
淡々と和樹が言ったので、凝固してしまった。その凛に和樹は続けて
「凛ちゃんってさ〜、女の子から人気あるよね〜。その凛ちゃんが転校生を縛って上にのせて嬉しそうにしてるなんてことが、憶測で書かれた記事付で広まったら――」
「いつか、いつの日か……」
感動のあまり血の涙を流さんばかりに泣いて刀を手が白くなるまで握り締めている少女に、和樹は血の池や針の山がある天国に連れて行く天使のような笑顔で言った
「さあ、いこうか」
その和樹にこれを聞かなければ死んでも死にきれない病人の表情で
「何故私を連れて行くか教えてくれ」
「そのほうが面白そうだから」
血を吐く思いで言った言葉に対し和樹は即答で答えて、凛はもはや何も言えなくなった。
そして、風椿不動産に向かう途中和樹は自分の魔法のことを夕菜が両親及び凛・玖里子に話したことを聞き出して――紅尉の耳におそらく入っていると思えたのでため息をついた。
夕菜は和樹と出かけられる喜びのためスキップしそうな足取りになるはずだった――死人の表情でふらつく凛を支えることと玖里子・エリザベートのことがなければ……
「どうも」
「えっ、はい。あのどちら様でいらっしゃいますか」
「ご苦労様です。風椿玖里子さんはどちらにいらっしゃいますか。こちらにいらっしゃると聞いたのですが」
普段着の少年と二人の少女の組み合わせに少し戸惑った受付嬢だが、少年の自信満々な態度と玖里子の知り合いらしいので門前払いはしなかったが、不審人物かどうかが分からなかったので中途半端に話した。
「三階にいらっしゃいます」
「そうですか、それでは」
迷うことなく少年が見つけにくい階段のほうに行ったので、疑いをある程度消し玖里子に来客の連絡をすると、「もう来たの!」と玖里子が驚いたように言ったので、好奇心は刺激されたが先程の三人を不審人物から完全に消してお茶の用意をするかと聞き「いらない」と答えられたので受付嬢は速やかに三人のことを脇へ追いやり業務を再開した。
――入れた三人のうちの少年が危険人物だと知らなかったことについてこの女性を責めることは出来ないだろう。
風椿玖里子は嫌な予感に身を震わせていた。
和樹たちが予定よりも早く―洋館に寄らなかったし、エリザベートの話を短縮したため―ここに着いたのもあるが、何よりもエリザベートからの連絡(成功しても失敗してもあるはず)がないのがそれを強めた。
そして、その予感は死人のような態度の凛と怒るべきか迷うような夕菜といつも通りの人畜無害そうな気配をだす和樹が入ってきたことで強まり。
三人がテーブルを挟んだソファに腰をおろし軽いあいさつをした後、和樹が懐から半透明なひょうたんを出し(断じて懐に入るサイズではない)テーブルに載せたので見――そこにエリザベートが入っているのを見て絶望に変わった。
その玖里子に
「幽霊お届けです」
と朗らかな声がかけられたと同時に、玖里子は正直死を覚悟した。
その後、和樹の質問(脅迫の一歩手前)と確認に頷き、全てばれていることを確認し断頭台にのせられて目隠しをされたような心境で
「どうする気なの」
というと和樹は
「いくら出します?」
と、とんでもないことを言った。
「え〜と、いくらってどういうこと」
「玖里子さんは俺に朝霜寮を彩雲寮の隣に移動させてもらいたいんですよね」
「ええ、くっつけるようにしてくれればありがたいんだけど」
「そう、すると夕菜の住むところも寮監に大して説明しなくても解決するし、住んでいること隠す必要もないから俺もその考え自体は賛成なんですよ」
「……じゃあ、どうしていくらって言うの」
斜め前で騙されそうになった完全に怒りを消して「それなら、万事解決ですね」玖里子さんありがとうございますと表情で語る夕菜を見ながら聞いた玖里子の耳に
「玖里子さんにも夕菜にも……風椿にもメリットはあるんですが――取り立てて俺にメリットってないんですよね。使える回数少ない魔法を玖里子さんと夕菜ならともかく風椿家に対して使う割には」
和樹に対して自分や姉がやったことから見て風椿家に手を貸したくないという気持がものすごく理解でき、それでも自分相手には別に使ってもいいということが純粋に嬉しくなる言葉が飛び込んだ。だから
「たしかに、そういうことになるわね」
「ええ、だから俺にもなんか得があればいいな〜って思ったんですよ。というより、風椿家に安値で使える奴って思われたくないといったほうがいいですね」
今回のように自分個人の頼みでも“家の仕事”という表札が張られる場合、その理由ならお金を請求することは理にかなっている。
新興の風椿からしてみれば、お金ほど相手を判断する基準にしやすいものはない。もっとも、金額が安い場合相手に侮られるし無茶苦茶高い場合相手ににらまれるため調整が必要だが……
そのため和樹がどれだけの金額を求めるか若干楽しみにしながら
「じゃあ、あんたはいくらくらい求めんの」
「その前に、朝霜寮を建物込みで買い取る場合の試算って出したんですか」
「ええ」
そう言いながら、三人が入ってきた時に自分がいれた紅茶を飲む玖里子に対し
「その三割いただきましょう」
あっさりと十億以上の大金を式森和樹は要求した。
その言葉を聞くと同時にお茶を噴出しかけながらも何とか飲み込み、反論しようとした玖里子に
「損な取引じゃないでしょう。その工事を始めることに対する葵学園をはじめとする関係者との交渉と工事そのものの時間と、おそらく交渉の結果寮を建て替える場合にかかる金額から考えれば……いや、その試算より増えるかもしれない費用がそれに加わることを考えれば、破格といえるはずです」
交渉した場合新しい寮は和樹の言った通りこっちの負担になると思っていた玖里子は、和樹の言葉に頷きたくなったが
「ちょっと、三割は無理よ」
言葉ではそういうしかなかった。その言葉を聞き和樹はすぐに
「それは、その金額自体が無理って意味ですか、それとも玖里子さんに権限がないってことですか?」
「金額自体もだけど、権限がないわ」
あっさりと頷く玖里子に
「風椿不動産の社長である風椿洋志さんに権限があるってことですか?」
質問の言葉に確認の意味を込めて和樹は言った。和樹が何でそんなことを知っているのか分からなかったが
「そ、そうだけど」
「電話を借ります」
答えると同時に和樹が机の上の電話を手に取り、おもむろにボタンを押し始めそのボタンが一部の人間しか知らない叔父である風椿洋志への直通番号であることを見て取り驚愕する玖里子の耳に
「お久しぶりです、式森ですが」
叔父らしき人物の悲鳴が電話越しに聞こえた。
その悲鳴を聞いて固まる玖里子・凛・夕菜・エリザベートの目前で和樹は朗らかな表情と声で
「やだな〜目の前にベヒーモスがいきなり出てきたような声を出して……え、用件ですか実は……」
それから、和樹は玖里子の名前を全く出さずに、朝霜寮の移転の話を聞いたので葵学園の一生徒として反対したいが、無力な一人の学生の話等聞く耳など持たないだろう(その瞬間電話から和樹が無力だと言うことに対する罵声が飛び出した)からせめて朝霜寮を彩雲寮の隣に持って行くことの許可と寮を移動させる自分に対する労働費と自分の繊細な心(前より激しい罵声が来た)に対する慰謝料をさっきの試算の四割(増えている)頂きたい。
と言うと否定のことばが電話の向うから出ていることが和樹の表情から理解できた。
玖里子が何を喋っているんだろうという周囲と自分自身の好奇心に負け、スピーカーフォンボタンを押したのはこのころだ。
そして、電話の否定の言葉が終わるとほぼ同時和樹は
「出せないんですか」
「当たり前だ!誰が貴様に――」
「そうですか、悲しいです。悲しみのあまり、ご令嬢のDNA鑑定の結果を世間に公表したくなるくらいに」
本気で悲しそうに言った
「き、貴様」
「もしくは、風椿義一さんにあなたが先月の会社の株をかけて勝負した賭けがイカサマだったという証拠を高額で買い取ってくださいって匿名の電話をかけたくなるくらいに」
「脅迫する気か……」
憤怒と恐怖と悲哀に満ちた言葉を搾り出した男に対して、和樹は悲しそうな声をやめ陽気な(だが凛たちに対する言葉にあった暖かみなど全くない、鋼の刃のように冷たく硬い)声で
「やだな〜脅迫っていうのは、相手を相手の家族や友人や愛人などの大切な人と一緒に魔法を封じて縛り上げてどこかにある部屋に監禁したあげく、その部屋に火をつけ何時自分たちが燃えるのかという恐怖を味合わせながら、脅迫したい人間の目の前で本人と周りの人の指や手を切り落としたり目を潰したり薬物を飲ませて痙攣させたりして、相手を火に対する恐怖と自分と周りの悲鳴と助けてくれっていう周りの哀願で追い詰めてから、様々なモノを要求することを言うんですよ♪人聞き悪いこと言わないでください♪」
「……要求を……呑もう」
「試算の四十五%払っていただけるってことですね♪」
「……そう……だ」
「どうしたんですか、歯軋りなんかしたりして歯が減りますよ。気をつけてくださいね♪後、それからもし前みたいに終わった後になって払えないなんてことがあったら……」
わざと言葉を途切らせて、これ以上は言えないというように首を振る和樹の想いが通じたのか
「もち……ろんだ。……先に金を振り込もう……」
「そうですか。じゃあ、スイスの銀行に振込みが確認されたらやります。まいどどうも〜」
「ああ、それではな」
電話を切ろうとしながら、このような苦行は自分の放った者たちによって昨日和樹の部屋に全て置かれていたことを確認した自分の弱みを取り戻すまでだと、自分に言い聞かせて電話を切ろうとする男に
「そう、そう最近物騒なんですよ〜昨日というより今日の深夜なんか怪しい人影がうろついていたんですよ」
「……………ほ、ほう」
「それで彼らと“話し合い”をしたところですね。彼らは自分たちが風椿洋――」
「私ではない!!」
「へえ〜そうですか〜ふう〜ん」
「っ見逃してくれ!ほんの出来心なんだ!」
電話の向うで土下座せんばかりにして泣き叫ぶ男に
「ほう、それじゃあんたは、自分の家に重火器で武装した連中が入ってきて部屋を荒らすだけじゃなく家ごと焼き払わせようと命令した奴にそういわれて許せるのか」
速やかに口調を変えながら、男が言っていないことまで付け加えて和樹は言い放った。 「な、待て、待ってくれ!私は寮を焼き払えなど一度も……」
「あんたが言ったかどうかは関係ない。奴らがどう取ったかだ……まあ、今回は見逃そう」
「ほ、本当か!?」
「明日の風椿の幹部だけを集める最重要会議、あんた、でるんだろう」
「なぜ、それを一族でも知る者はごく一部なのに」
その一言を聞き先程から部屋の隅に避難していた夕菜と凛の視線が、エリザベートが入ったひょうたんを持った玖里子に集中して、玖里子の驚愕の表情を見ることになった。
「俺が、何で知っているのかはどうでもいいだろう。出るのか出ないのか」
「で、でる、出る!」
「ならその時、式森和樹及び風椿玖里子に対する秘密裏の監視を取りやめるように発言しろ。理由はあんたが考えて、な」
それを聞いて一瞬停止した後、我に返って電話のほうに走って掴みかかろうとする玖里子を和樹の視線が押しとどめた。
「わかった……だが、他のものからの反対が」
「安心しろ、半数以上は反対しない」
数瞬後その言葉の意味を理解した男は呼吸困難に陥ったようにあえぎながら
「きさま……まさか風椿の幹部のうち半分以上の弱みを――」
「あんたがやるのは、発言とその理由を考えることともし反対意見が半数を超えたとき『山の貴人を倒した少年を敵に回すつもりか』と言ってくれるだけでいい」
「わか……った」
「それじゃあ、ご令嬢によろしく。自宅の中庭で何人かの人間が倒れているのを確認するはずだから」
その言葉を聞き返答しようとした男の返事を待たず電話は切れ、男は自分の切り札が完膚なきまでに叩きのめされたのを理解してしまい。
娘がさらわれたとき様々な伝手を使って間接的に雇った和樹が寝ている娘を取り返して家に来たとき、高校生ほどの外見から侮ってガードマンたちに追い返そうとして返り討ちにあい全員叩きのめされた挙句、右手に拳銃左手に娘のDNA鑑定書を突きつけられ最初の謝礼金の十倍払わされたことを思い出し
――あのときの自分に罵声を浴びせたくなった……自分の行為を反省せずに
そのころ式森和樹は、掴みかかろうとする玖里子に監視のことの説明と何故か元気な夕菜と凛に対して今回のことの説明と震える(正常な反応でホッとした)エリザベートをひょうたんから出してやっていた。
話が全く進んでいません。
そのため今回麻衣香を出す予定だったのですが、次回になってしまいました。
ではレスを
>紫苑様
そうなんですか!バスト引くウエストがその人の胸の大きさなんですね。初めて知りました。
>皇 翠輝
申し訳ありません『酸の雨』の元ネタよろしければ教えてください。探しても調べても分からなかったもので
>プランター様
ご指摘いただきありがとうございます。適切かどうかは分かりませんが、個人的に適切だと思えるように対処しました。
>アポストロフィーエス様
アルマゲストは最初数千人居たと思っています。神凪のような“家”で百人以上居るようなので
>D,様
今もちょっかい出されてますが、大概は結界とかを作って先に知ることで何とかしのいでいます。
実は、今回の返り討ちにあった人間とかも結界に引っかかったりしてます。
>柳野雫様
そうです。和麻が教えたんです。
最も和樹にも充分責任あります。自分で、その方法がいいと判断してやるようになったんですから
>ぴええる様
これ以上引っ張れませんでした。
あるとき、和樹の過去を他の人の口から聞いて知った夕菜がショックを受け、和樹との仲が疎遠になるってパターンもいいかなーと思ったのですが、無理だと思いあきらめました
>MAGIふぁ様
言葉責めが出来る相手は凛が一番です!
凛にセクハラは、もう少し先です。
>雷樹様
初めまして
外伝で、ドラゴンの王と龍の王との契約をやってみたいなーって思っていますけど、何時になるのか
>グラーフツェッペリン様
初めまして
読んでいただきありがとうございます。
>わーゆ様
初めまして
笑っていただきありがとうございます。