任務が終了したあくる日、ポチとホワイトウルフは朝からガレージに詰めていた。
彼等の額には包帯が巻かれ、顔にもばんそうこうやらガーゼやらが貼り付けられている。
身体の動きもなんとなくギクシャクとしていて痛々しい。
けれども彼等はそのズタボロの身体に鞭打って、自分達のACを一生懸命修理していたのだ。
彼等の視線の先には、あっちこっちコゲて装甲板の端々が捲れ上がり、ついでにそこかしこが欠けた二機のACがあった。
「「はぁ〜〜〜」」
二人は声を合わせて溜息をつく。
そんな彼等を見かねて格安で修理を手伝っていた整備工達が、慰めの声をかけた。
余談ではあるが、直営ガレージの規約上、彼等は無料で手伝う事はできなかったりする。
「…のう。そんなに落ち込む事もあるまいて。結局はなんとか依頼は果たしたのであろう?なあ左の」
「おう、そうよなあ右の。ほれ、アークの評価値…レイヴンポイントも二人とも一気に跳ね上がったではないか」
「そうともさ。これならいずれ報酬の高い依頼が来るようになるだろうて。さすれば今回の赤字などあっという間に…」
そうは言われても、ポチはさほど嬉しくなかった。
なんと言っても、そういう報酬の高い依頼は今回のように難易度が無駄に高かったり、危険度が異様に大きかったりするのだ。
報酬小額の楽勝ミッションをこよなく愛する小市民レイヴン代表のポチとしては、己の評価が不相応…彼は不相応と思っている…に上がる事は極めて不本意なのである。
それに、ほとんど大破してしまった機体の修理代の事も頭が痛い原因だった。
一方のホワイトウルフもまた、さほど嬉しそうには見えない。
彼女はポイントが上がる事は素直に嬉しかったのだが、それ以上に彼女と彼女の友人の事情で敬愛する『せんせいv』に大迷惑をかけてしまった申し訳なさの方が勝っていた。
更に言えば、亡父の形見たる自分の機体と、大事な師匠の愛機の両方を首の皮一枚辛うじて残ったというレベルにまで傷つけてしまった事実も、彼女の落ち込みに拍車をかけている。
二人は顔を見合わせた。
「…」
「……」
「あー…」
「うー…」
「「とほほほ………」」
前回の出撃において、結局の所なんとか任務は成功に終わっていた。
あの最後の瞬間の味方からの突然のミサイル攻撃は、彼等のACにも大打撃を与えたものの、それ以上のダメージを敵部隊に与え殲滅したのだ。
結果としては彼等はあの呪われたテスト機、キング・モルダー2世に救われた事になる。
…いや、最初からあの機体が使えるACでさえあれば、あんなピンチにはならなかったのではあるが。
今回の収支は、先ほど整備工が言っていた通り、やはり赤字になっていた。
元々契約時に提示されていた報酬が高額であったため、さほど厳しくはないものの、それでも十二分に痛い額の赤字である。
ポチの側は予備武器のハンドガンまで含めてほぼ弾薬を使い切っており、ホワイトウルフは機体パーツに高額な部品が多い事もあって、彼等の口座からはけっこうな大金が翼を生やして飛び去っていた。
ホワイトウルフが申し訳無さそうに呟く。
「今回は…本当に申し訳なかったでござる。こっちの勝手な事情で、大恩ある先生にご迷惑を…」
「まったくだな」
ポチの台詞にホワイトウルフは項垂れる。
だがポチは彼女の頭にぽんと手を置いた。
「だからこの貸しは必ず返してもらうぞ?まずは今日の晩飯はカレーにする事!」
「せ、先生っ…」
「ははは…。まあ右や左が言ってた通り、ポイント今回かなり上がってたし。ま、だから当初の目的は一応達成されたんじゃねーの?オペレータの評価だって上がったろうし、お前の友達もこれで安泰、だろ?」
ポチは照れくさそうに笑う。
まあ、その笑いはまだ多少引きつり気味ではあったが。
ホワイトウルフは涙目で彼を見上げた。
ポチは潤んだ瞳にまっすぐ見つめられ、一瞬焦る。
なにやらヤバさげな雰囲気が漂いかけたその時、大きな音を立ててガレージの扉が開いた。
「うわっ!?」
「おお、運送屋の親父ではないか」
「今日は何の用だ?」
「おう右、左!ポチっちゅー奴とホワイトウルフちゅーのんはどいつや。アークからの依頼で荷物運んできたんや。受け取りにサインよこさんかい!」
ポチは大きく安堵の息を吐く。
頭を抱える彼の口からは小さく、俺はロリコンやないーちがうんだー、とか言う言葉が聞こえている。
一方彼の後ろでは、ホワイトウルフが何やら悔しげな様子であった。
「せっかく良いフンイキでござったのに…」
彼女は残念そうな恨めしそうな目で運送屋を睨みつける。
ポチはその運送屋に声をかけた。
「ああ、俺がポチだ。こっちのがホワイトウルフ。何の荷物だ?」
「ああん!?おるんならちゃっちゃと返事せんかいダボがぁっ!」
「うひっ!…が、ガラの悪いオッサンやな…」
ポチの正直な感想に、運送屋は怒鳴り声で応えた。
「あん!?アホンダラ!!この商売身体が資本じゃい!!お上品になんかやっとったらラチあかんわい!!このセント・ニコラウス運送舐めたらあかんでっ!?」
そのオッサンの台詞とともに、ガレージに並んだ栄光Ver.2と雪狼の足元に巨大なコンテナが運び込まれて来る。
ちなみに運んできた作業員は何故か全員が馬面…正確に言えばトナカイ面…だった。
不思議な事もあるものである。
「さあちゃっちゃと受け取りにサインせんかいっ!ワシはこれからナーヴィス領全土の良い子達にACパーツ届けてまわらなアカンのやっ!」
「良い子って…れ、レイヴンでござるか?」
「ああその親父の言ってる事は気にしたら負けだぞ。のう右の」
「うむ」
ポチは運送屋の親父から伝票を受け取って確認する。
彼は驚きの声を上げた。
「な、何いいぃぃっ!?」
「ど、どうしたんでござるかっ!?」
「だからサインせんかいっ!」
ポチは慌ててロッカーに走り、携帯端末を取り出す。
彼は急いでメールをチェックした。
この日彼は朝からガレージに詰めていたので、昨夜任務の収支報告を見た後はまだメールチェックをしていなかったのだ。
ACが壊れているので、緊急の依頼などは回されないようペスに念押ししていたから、急な連絡などはあるまいと油断していたのである。
メールを確認した直後、彼のアゴがカクンと落ちた。
【特別報酬(送信者:レイヴンズアーク)
依頼に対する貢献度の高さにより、レイヴンズアークから特別報酬としてACパーツを用意しました。
CR−WR93RL
新機構を搭載した高火力、高熱量型リニアライフル】
【初ランクイン(送信者:オペレータ)
おめでとうございます。
アリーナランキングにランクインしました。
これでレイヴンとしては一人前ですね。
今後も腕を磨いていきましょう。
報奨としてACパーツを提供します。
インサイド
CR−179DD
クレスト製デコイ、有効時間が長いのが特徴】
ポチに送られてきたパーツはこの二種類だったが、先ほど彼がうっかり見てしまった運送屋の伝票によれば、ホワイトウルフの所にもミラージュ製のYH06−LADYBという重装甲型の頭部パーツが送られて来ている。
ランクイン報奨のインサイドを除けば、リニアライフルも重装甲頭部もまだナービス領付近では未だ販売ルートに乗っていないパーツである。
そのような物が彼等の手に入ると言うのは、どう考えてもおかしい。
まあポチが呆然としているのは、自分が最下位の30位とは言えランカーになってしまったという衝撃のせいだという可能性が極めて高いが。
本人は全然なりたくなかったのだが、ポイントを稼いでしまった以上どうしようもあるまい。
ふとポチは、もう一通メールが来ているのに気付く。
彼はそのメールを開いた。
【読んだらすぐ消して!(送信者:オペレータ)
やっほ〜。
ランクインおめでとうなのね〜♪
おかげでこっちもボーナスが出て、なんとかローンが払えるわ。
ウルフちゃんのオペレータにもボーナス出てるわよ。
ところで今回の特別報酬だけど、あれ実はキサラギ社が手を回したみたいよ。
パーツも表向きアークからって事になってるけど、データバンク覗いてみたら、あれらはキサラギが他社製品の分析用に入手した物を流して来たのね〜。
要は、今回の醜態をおおっぴらに口外するなって、口止め料込みの追加報酬ってことね。
ちなみに頭部パーツはナービス領での販売開始が近いから売っても大丈夫そうだけど…リニアライフルは下手に売却しない方が安心なのね〜。
もともとクレストから違法なルートで入手した物を流してきたみたいだし。
それじゃあまた!なのね〜♪】
ポチは徐にメールを削除した。
ペスの公用メールと私用メールの口調の差の激しさは、頭が痛い物がある。
だがそれ以上に頭がイタイのが、彼女の覗き癖だ。
あちらこちらをハッキングで覗きまくるのは、どうにかならんだろうか、とポチは頭を抱える。
まあそれでも今回に限っては助かったと言えなくも無いだろう。
送られてきたリニアライフルをうかつに売り払っていたら、エラい事になっていたかもしれなかった。
まあ多分、アークあたりが揉み消すだろうが…ポチの身柄までもが諸共に揉み消されてしまう可能性もあるし。
突然大声がする。
「先生っ!ランクインしたのでござるかっ!?」
「わぁ!!」
「だからサインしろっつーに」
彼が振り向くと、そこにはホワイトウルフの満面の笑みが待っていた。
「凄いでござるよっ!今晩はお祝いをするでござるっ!」
「あ、いや…。さっきも言ったけどカレーでいいよ…」
「ならカレーパーティーにするでござるっ!」
「おーい受け取りのサイン…」
ポチはためいきをつくと、苦笑いした。
彼はきゃんきゃんまとわりつく少女の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。
「んじゃ、そうすっか!おーい右、左っ!おまえらも来るか?」
「良いのか?」
「かまわんなら伺わせてもらうが」
「なに、デコイ投射機は今積んでるヤツでいいからな。だから今回もらったのを売っ払えば金に余裕もできるし」
「おーいサイン…」
ポチは内心を押し隠して笑顔…引き攣り笑いで整備工達を誘う。
そんな彼をホワイトウルフも笑いながら見やった。
彼女の本音としては師匠と二人きりになりたい所であっただろうが、整備工の二人には色々世話にもなっているし。
彼女も笑顔を浮かべながら会話に加わる。
「拙者もせっかく頭部パーツを貰ったでござるが、重くて機動力が落ちるでござるし…。センサー何も積んでないでござるから売って資金の足しにするでござるよ」
「わー!待て、待てっ!あー、あとちょっと待て、な?ナービスで販売開始されるまで。そーすりゃ目立たずに売れるから」
「?わかったでござる」
「受け取りのサイン…」
ホワイトウルフは怪訝そうな顔をする。
ポチは引き攣った笑顔を向けた。
やがて彼は声に出して笑い始める。
「ふふ、ふはは、あはは…あーっはっはっはっはっは!」
「…先生?」
それはもーなんか、安堵とか喜びとか不安とか悲しみとかその他諸々とかが色々と混じり合った微妙に重たくて微妙に開き直ったような笑い声だった。
「…いい加減サインよこせ」
本日のレイヴン情報ならぬ整備工情報:
あだ名:右&左
本名:右門鬼平&左門鬼一
備考:レイヴンズアーク直営ガレージ所属の整備技師。
別に双子では無いが信じられないほどそっくり瓜二つ。
似ているのは外見だけでなく性格もまたそっくりである。
一応という程度ではあるが人情に厚く、一応という程度ではあるがマジメ。
腕は悪くは無いが良くも無い。
逆境に弱い。
本日のレイヴン情報じゃなくて運送屋情報:
あだ名:親父
肩書:セント・ニコラウス運送社長
本名:不明
備考:レイヴンズアーク100%出資の子会社、セント・ニコラウス運送の雇われ社長。
この会社は別にアークの輸送を一手に引き受けているというわけではない。
単にアークが経営を握っているいくつもの小規模会社のひとつであるというだけである。
もともとこの親父は負傷により引退したレイヴンであったらしい。
それがどういう経過を辿ってこういう立場になったのかは不明である。
口が悪く乱暴だが悪い人間ではない。
それどころか実は親切で面倒見が良かったりする。
(あとがき)
えー、今回は救済策話です。
まあ、色々ポチやウルフなら売り払って金に替えてもいいモノをプレゼントしてみました。
ああいや、リニアライフルは違いますが。
というわけで、次回から主武器がバーストライフルからリニアライフルになります。
重いけど。
弾代かかるけど。
それとポチにとっちゃ30位ランクインは本ッ気で不本意なんで、幸せとは言えないんですが(笑)
そんなワケでレス返しです。
>柳野雫さん
赤貧師弟に一応救済を与えてみました。
でもポチには微妙に救済になってないけど。
ちなみにキサラギの上のヒトは上のヒトで、色々と大変なんですよ。
あそこの研究者は一癖二癖どころじゃないヤツばかりなんで、端々まで目が行き届かないんで。
ちなみに問題のコアはRAKANと言います。
無茶に軽いです。
けっこう脆弱です。
OB積んでます。
でもカテゴリーや大きさは中量級なんです(笑)
>ろろたさん
まあ今回ちょっとばかり救済してみました。
だけどポチは微妙に胃壁に負担がかかってる模様で(笑)
でもそれはそれで、きっと幸せは幸せなんですよ。
たぶん。
おそらく。
>九尾さん
セイレーンのお嬢さんとジェームス伝次郎…原作で絡まなかったのが不思議なぐらいですね。
でもカラオケで混ざっちゃったら下手したら皆で沈んじゃうんじゃ(笑)
ミサイルポッドはバレバレでしたか(苦笑)
>MAGIふぁさん
ええ限界です(笑)
まあそのうち目覚める日も来るでしょう。
というわけで、次回もサービスサービスぅ♪(予告風に)
>無貌の仮面さん
それがわかってないから、ああいう奴なんですよ(笑)
でもたしかに…Xファイルですねえ…。
ぎゃふん(^^;
>朧霞さん
板野サ▼カスを避けられる人間が居たら、我輩はその人を神と崇めて神棚に祀りますよ、ハイ。
でもって年に一度、正月にしかお供え上げない(笑)
まあポチ達には救済策用意したんで、なんとかなってはいます。
でも今度はポチの胃壁が唐巣神父化をはじめた兆しが(笑)
けど、キサラギいいですよね〜。
使えるシロモノは最高だけど使えないのは使えな〜い♪
RAKANは傑作だと思います!!