じり…
私の手には神剣。
じり…
彼の手には『栄光の手』と呼ばれる霊波刀。
お互いに向き合い、得意とする武器を構えた状態で静止している。
武術の心得がない人が見れば今の私たちは何もしてないように見えるだろう。
だが、当事者である私にとっては恐ろしく神経を擦り減らされる攻防を強いられている。
切っ先を少しずらす。
じり…
また少し間合いが縮まる。
彼の体が僅かに揺れる。
じり…
こちらから少し詰める。
お互いの一挙一動
それらを注視し、偽物の中から本物を見つけようとする。
後、もう、半歩。
同時に距離を
詰めた
「あぁぁぁぁぁっ!」
間合いに入った瞬間を見逃しはしない。
一足で横島さんの懐に潜り込む。
「おぉぉぉぉぉっ!」
だがそれは彼も同じ事。
私と同じく一足で踏み込んでくる。
上と下
示し合わしたかのように繰り出された剣閃を合図に激しい打ち合いが始まる。
押さば退き、退かば押し、自らに有利な間合いをとり神剣を振るう。
剣だけではない、足を、膝を、肘を、拳を、全てを用いて切り結び、相手を打ち据える。
剣術一辺倒であった私が体術まで使うとは、今まででは考えられない事だった。
それほどまでの強さになっているのだ、今の横島さんは。
彼の攻めも多彩だ。
近づけば『栄光の手』を剣に、拳に瞬時に切り替えながら攻撃し、
離れればサイキックソーサーと呼ばれる霊気の楯を投げつけてくる。
一瞬たりとも油断はできない。
私の神剣を流し、切り裂こうとする霊波刀を後退し、かわす。
しかしこれ以上下がるのはマズイ。
牽制の為の一撃を振り下ろす!
しかし―
「なっ―」
その一撃は『栄光の手』によって掴みとられていた。
私は咄嗟に膝蹴りはな―
私の首に冷たい感触がした。
―てなかった。
「…一本スかね」
冷たい感触の正体
それは一本のナイフだった。
何時の間に手にしたのか全く気付けなかった。
「えぇ、負けちゃいましたね」
そして私は負けを認めた。
「いぃよっしゃぁぁ!」
体術訓練で私から初めて一本をとった喜びをあらわにし
遂に俺の時代がきたんじゃぁぁ
と、叫ぶ横島さん。
まったく…
「私から一本とったからといって慢心しないように。戦では百戦百勝とはいかないものなのですから」
お互いに訓練の終わりを示す礼をしながらたしなめておく。
「わかってるっスよ。でも嬉しくて」
喜色満面といった表情だ。
「これを励みにして更なる精進をしてくださいね。それでは汗を流してきていいですよ」
冗談混じりに押忍、と笑いながら浴場へ向かう横島さん。
「そうだ、心眼置いていってもらえますか?少し相談したいことがあるので」
「あ、はい」
と、私の手にバンダナを渡してから、今度こそ横島さんは浴場に向かっていった。
さて―
「どう思います?心眼」
呼び掛けるとバンダナの一部に筋が浮かび上がり目がゆっくりと開かれる。
『うむ、恐ろしいほどの成長だな』
そうですね。
まさかここまで早くモノにしてしまうとは。
今まで私と心眼が横島さんに霊能力の基本といい修行させていたもの。
あれは断じて基本などではない。
本当の事を言えば、基本と言われている事はものの一、ニ週間で修めてしまっていた。
では、今まで一体何を横島さんに教えていたのか。
以前、横島さんは戦いの時になると早く走れたり、跳べたりすると言っていた。
せいぜいその程度のことなのだ、一般のGSが霊力を体にまわして出来ることは。
人間と神、魔族の身体能力が何故これほどに違うのか
それは肉を持った生き物と霊体が皮をかぶった生き物の違いだ。
根本的に体の作りが違うのだ。
人は限界以上力をだせばただ壊れるのみ。
神、魔族は自らの霊気がある限り際限なく速力をあげる事ができる。
これが人と私たちを隔てる壁の正体。
しかし、かつてその壁を超えたものが一人いた。
遠い昔、この国に一切の術を用いず、ただ刀のみをもって鬼を討ち倒した一人の武者。
彼が生み出した秘法
『鬼(擬)神法』
それが横島さんに覚えさせていたものの正体だ。
本来外に放出されてしまう霊気を内に、深く体中の細胞全てに浸透させる。
それによって人の身を擬似的に神魔―霊体が皮がかぶった生物―と同じにする秘術だ。
強化服を着るようにして人外の力を得る魔装術の対極に位置する業。
しかしその制御の難しさから誰にも伝えられなくなり、次第に消えていった秘法。
だが極めれば人の身で超加速にさえ耐えうる肉体を手に入れる事だろう。
「自分の技がああも簡単に習得されて悔しいですか?」
手元にいる心眼に語りかける。
『何、アイツなぞまだまだ未熟者だ』
やや悔しそうに、だけども嬉しそうに答える心眼。
素直じゃないですね。
「まぁ、そういう事にしておきましょう」
私はクスリと笑い、立ち上がった。
「そろそろ客人がくるはずです。出迎えに行きましょう」
私は連絡にあった、冥界からの使者を迎えに外に向かった。
無意識に笑い声が口から漏れる。
浴場だけあって良く響く。
傍から見たらおかしな光景だろうが、今は構いやしない。
肩まで湯につかり、先ほどの訓練を思い出す。
遂に一本をとったのだ。しかもあの小竜姫様からだ。
たたきのめされる事百回以上。
最近では流石に気を失う事はなくなったとはいえ、今まで一度も一本をとれなかったのだ。
やはり、嬉しい。
ただ幾分卑怯な手であった事も確かだ。
親父にもらったナイフ。
小竜姫様に見てもらったら格は低いが一応妖刀の一種なんだとか。
俺はそいつに少し手を加え、文珠を埋め込めるように加工したのだ。
さっき使ったのは『隠』の文珠。
最後の瞬間までその存在を隠しておき、詰みの一手での使用。
これで何とか拾えた一本。
だが、いつかは正攻法でも勝てるようになりたいものだ。
そこに至るまでの遠い道のりを考えて思わずため息がもれてしまった。
さて、今日は冥界からの使者がくるらしい。
喜びに浸ってないで、いい加減風呂からあがらねば。
「小っ竜姫様ぁ〜、冥界からの使者さん達に僕らの熱々ぶりを見っせつけてやりましょ〜」
汗も流したし、気分爽快風呂上がり。
今なら背景に花を背負いながら笑っていられそうだ、
なんて訳のわからない事を考えながら小竜姫様の部屋に飛び込む
―弾ッ!
瞬間に襲って来た弾丸を髪の毛数本を犠牲にして避ける。
な、な、な…
「―何すんだぁぁ!」
「シャーラップ!上官に対して何たる口の聞き方だっ!指導してくれる!」
俺の魂からの抗議の声も高圧的な声によって掻き消される。
「やかましいわっ!いきなり人の頭に銃弾撃ち込んどいて言う事がそれかぁ!?」
『栄光の手』を発動させ、銃弾を撃ち込んできた人物を睨みつける。
ってジーク?
「おやめなさいっ!これ以上もめるというならば私が相手をします!」
怒号一発、吹き出す霊波。
記憶にある顔見て、気が緩んだ俺は吹き飛ばされかかるも何とか堪える。
あ、ジークの帽子も飛んだ。
「魔界軍情報士官ジークフリート少尉です。
今回、魔界と神界の人材交流の一環として妙神山にきました。よろしく」
びしっと敬礼しながら挨拶してくる。
騒動は小竜姫様の怒号によりなんとかおさまった。
「貴方が横島さんですね。話は小竜姫から聞いています。中々の使い手だとか…」
そんな敬意を払った視線をむけられると少し照れる。
「いや、俺なんてまだまだ…。こちらこそよろしく」
差し出された手を握り、握手。
そのままジークは頭の後ろをかきながら、バツが悪そうにこちらをみてくる。
「それと先ほどはどうもすいませんでした。
どうにも正装すると軍部のいるときの調子になってしまって…」
なるほど、相変わらず難儀な性格だな。少しばかり同情する。
と、今まで黙っていた小竜姫様が口を開く。
「まぁ挨拶はそれくらいでいいでしょう。ジークさん、老師に挨拶してもらいましょうか。 あ、横島さんも一緒に来て下さいね。そろそろウルトラスペシャルデンジャラス&ハードコースを受けてもらおうと思っていましたから」
ちょうど良いから一緒に済ませてしまいましょう、と小竜姫様。
もう、このコースの修行をやるのか…。
しかし…俺は構わないんだが、使者の挨拶と修行を一緒に行ってしまっていいのだろうか?
少々の疑問を残し、俺とジークは顔を見合わせながら小竜姫様に連れられて妙神山でも一番奥にある部屋に向かった。
妙神山の建物は全体的に中国の様な雰囲気をだしている。
普段は通らない長い廊下を抜け、ようやくたどり着いた六角形の部屋。
以前と同じように薄暗い部屋、中にはニ脚の椅子が用意されていた。
「さ、この椅子に座ってください」
小竜姫様に勧められるがままに椅子に座る俺達。
一瞬、世界がぐにゃりと曲がるような奇妙な感覚。
気が付けば薄暗い部屋は変わり果て、陽光の降り注ぐ建物の中に俺達はいた。
建物自体の作りは変わってないが、俺達の通ってきたはずの廊下。
それが渡り廊下に変わっており、そこから覗く景色は明らかに違う場所に来たことを示していた。
「ここに…神界屈指の実力者と言われる猿神、斉天大聖様がいらっしゃるんでしょうか?」
世界が変わった時の奇妙な感覚が抜けていないのか頭を振りながら呟くジーク。
種がわかっている俺としてはあまり面白いものではない。
多分な、と一言言ってから俺は渡り廊下を渡った先の建物を目指すとそこには。
「ウッキャー!」
ゲームにのめり込んでいる猿がいた。
「これが…武神斉天大聖老師…?」
頭痛いとばかりに天を仰ぐジーク。俺にもその気持ちはよっくわかる。
あの時の俺は半ば放心状態だったから気にも止めなかったが、
雪之丞もきっとこんな気持ちだったんだろうなぁ。
「ウキッ」
差し出されるコントローラー。
俺は目でお前がやれ、とジークに合図する。
「え?え…?」
武神の実態をしり、可哀想なくらい戸惑いながらコントローラーを手にするジーク。
そんなジークを尻目に俺は昼寝でもする事にした。
ここんところずっと修行漬けだったから良い骨休めになるだろう。
「ちょっ…横島さん?横島さん!」
「ウキキー」
おやすみ。
とは言っても昼寝ごときで潰せるほど滞在期間は短くない。
目覚めた時には猿相手に一度も勝てず、見るからに憔悴しているジークがいた。
確かに異常なほどゲームに強いからなぁ、この猿。
俺も雪之丞も一度勝てた事はなかったはずだ。
腐っても武神ということなんだろうか?
とにかく、そんなにゲームばかりしていられない。
どうせ腐るほど時間があるんだから、とジークに組み手の相手を申し込んだ。
いい加減ゲームの相手をするのにも辟易としていたのだろう。
快く了解してくれた。
実際に手合わせしてみたところ、流石に軍出身だけあってジークは手強かった。
しかし、それ以上に汚い。
正攻法で勝負をかけてくる小竜姫様とはまったく逆のタイプだ。
利用できるものは全て使い勝利を力づくでもぎとってくる。
俺も美神さん仕込みの汚さをフル動員し、何度も何度も組み手を繰り返す。
そうして一年程たった頃。
「まったく、貴様らのようなイキの良いのを相手にフィールドを張り続けるのは骨が折れるわい」
いつもの様に修練を終え、夕食を食べている時だった。
猿、いや老師が決して離そうとしなかったコントローラーを離し、理性ある瞳でこちらに話し掛けてきた。
ようやく次のステップに進めるのか。
やれやれと俺がため息をついていると
「な…っ!喋った!?」
物凄い勢いでジークで驚いていた。
「おい…お前何だと思ったんだ?」
「いえ…僕は新参者だから、ここで痴呆老人の世話を押し付けられたのかと思って…」
何か物凄い事を平気で言っている。
「横島さんは、気づいていたんですか?」
「まぁ、カラクリぐらいはな」
ってゆうか、知っていたしな。何かもの凄くズルをした気分だが、仕方ない。
「ふん、今度の修行者は目端が利くようじゃな」
老師はそういい、袖口から馬鹿でかい根を取り出し、まっすぐに振り下ろす!
世界が―割れる。
割れた先から世界は虚空に飲み込まれ、元いた世界に書き直されていく。
そして世界はまた六角形の部屋の中に戻る。
「小竜姫よ、今度の修行者は中々面白い奴じゃの」
「ええ、そうでしょう」
老師と小竜姫様が軽く笑いながら話している姿が見える。
俺が完璧に覚醒しているのを見て、こちらですと、案内される。
行き先は以前シャドウを用いた修行をした異界。
その壇上に今度は生身で立たされる。相対するは元の巨猿の姿に戻った武神斉天大聖老師。
「よいか、お前の魂はワシの精神エネルギーを受けて加速状態にあった。
今はのその過負荷を受け、一時的に出力がアップしている筈じゃ、今の内に自分の殻をうち破れぃ!
出来なければ―」
言葉が終わらぬ内に動きだす老師。
くっ…やはり速いっ!
「―死ぬだけじゃっ!」
振り下ろされる根、いやおそらくあれは如意棒だろう。
俺もろとも地面を砕こうとする一撃が迫り来る!
瞬間的に霊力を体の内に浸透させ、疾風のごとき速さで回避行動をとる。
―爆砕
地が砕け、岩盤が空に舞い上がる。
なんつー馬鹿力だ。あんなもんマトモに食らったら…やられるっ!
「『鬼(擬)神法』とは小癪な術をつかっとるじゃないか小僧っ!」
「なんの事だよっ!そ・れ・はぁっ!」
文珠に『爆』の文字を込め投げつける。
巻き起こる爆煙、『栄光の手』を発動させる。
この爆煙に乗じて―討つっ!
10メートル程の距離を一瞬で駆け抜け、老師を霊波刀できりつけ―
―銀ッ
な、刃が通らねぇっ!
「この程度ではワシには傷ひとつつかんぞっ!」
嘘だろぉ!?
煙を纏いながら繰り出される如意棒。
クソッ、よけきれねぇ!
咄嗟につくりだした『護』の文珠。
―破ッ
それでさえもあっさり貫通される。
「ぐ―はぁ…」
無様に転がり、受身さえもとることができない程の衝撃。
圧倒的な力の差。
「いかんのう、小僧。中途半端に強いから己の力が引きだせんのじゃよ」
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
如意棒で―体が―押しつぶ―されるっ
文珠!文珠をっ!
「―使わせやせんよ」
薙ぎ払われる。無造作な動作一つ一つが既に必殺。
「ごはぁっ!」
また―虫けらのように転がされる。
もはや、抵抗する力無しと見たのか、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる老師。
それは確かな事実。
体中の骨はバラバラ。内臓も何箇所かやられているだろう。
無事な所など一つもありはしない。
だが諦めない、諦めてはいけないんだっ。
「何を思って小僧がワシの修行を受けにきたか知らんが…」
こんな所で…
「これで終わりじゃな」
ルシオラにも逢えずに…
如意棒が振り上げられる。
「惜しい才能じゃったが…焦りすぎたの。…サラバじゃ」
「―終わってたまるかよーっ!」
そして如意棒は振り下ろされた、寸分違わず俺のいる場所に向かって。
<後書き>
まぁ、ありがちなパターンでの終わりです。
このような未熟者が俺設定、俺スキルなんて大それたものを導入してまで横島君を強化しましたが、
武神さまには敵わず…次回を待て!というある意味ドラゴン○ール的終わり方(笑
さてさて、妙神山での修行も後僅か…それでもルシオラがでてくるアシュタロス編までの道のりはまだまだ遠いです。
これからも精進していきますので、どうかよろしくお願いします。
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