いよいよ空が茜色に染まろうかという深い森の、うっそうと茂る木の葉に光を遮られた奥深く…
そこに、誰の目から見ても明らかに異常だと感じられる空間が広がっていた。
鉄球やボールを地面に押しつけたかかのような、巨大な円形の凹み。
直径が2百かそこらはある 周囲を取り囲んでいる森の一部をそのまま「えぐり取った」かのような不自然な地形。
上を異常に伸びた木々の枝葉が空を隠している、その空間のほぼ中央に…
「っ…ぐぅ…」
意識を失ったままうめき声を上げ身体を捩る、美神令子の姿があった。
地面から4メートル上に浮かび上がった彼女の周囲には、幾重もの青白い光のラインが走り、それぞれが絡み合って複雑な模様を描き出している。
ラインの周囲には、細やかな文字がリングのように回っており、へこんだ巨大ステージを埋め尽く無数のラインと合わさって、まるで光り輝くアスレチックのようだった。
「何故だろうねぇ…そろそろ魔族化が始まっても良い頃なのに…」
光のアスレチックの最外周を構成するラインの側で、馬面の男…フォロフスは眉をひそめていた。
下へ首を曲げると、凹みのほぼ中央に赤い点がいくつも見える。
それはつい先ほど、巨大な立体の魔法陣の中で苦しんでいる美神がはき出した物だった…
「吐血の量も増えてるし…そろそろ霊力が魔力に負けて放出されて…」
光のラインを手袋を填めた手でなぞると、3枚ほどの光のプレートが出現し、無数の文字が羅列され始める。
「一気に魔族化するはずなのに……
まあ流石世界最高…あのアシュタロスさえも下した伝説的GSなだけはある、と言うことか…
いや…もしかしたら前世が魔族だったこともあるから、その辺も関係しているのかもねぇ」
腕を組み「ふむふむ」と、フォロフスは長い頭を縦に振った。
「しかし、これ以上まごつくわけにも行かないなぁ。
いくら何でもここの所在を、そろそろ神魔の連中も気が付いている頃だろうし…
それに…」
今度は、巨大な凹みを囲む、以上に枝の伸びた木々を見上げる。
本来持つ大地のエレメント以外の属性である木々を操作して、空からの監視を逃れるためのカモフラージュにするには骨が折れた。
「さっき妙な攻撃がシールドをかすめた…
どこからかは解らないけど、今は調べている暇はない。
多分その時漏れた魔力で、勘の良い奴なら気が付くだろうなぁ……だが一体誰がどこから…?」
力学に従って自らの自重を支えるためにドーム状になってはいるが、よほど近くに来なければ他の森とは区別が付かない。
そもそも森の木々が、一定の高さで安定しているわけがないのだから、ここが異常だと感じることなどあり得ないだろう。
加えて、霊力や魔力を遮断する結界を幾重にも張り巡らし、トラップを張り巡らせ難攻不落の要塞の様に強化されている。
正に、完璧だ。
「まあいいや…この日この時のため偉大な名もない錬金術師が残した、最強にして最高の古代エレメント『エイエン』を手に入れるために作り上げたステージ…そう簡単にはたどり着けないさ…」
正面に浮かぶ美神へと視線を移したフォロフスは…
「この偉大な目的のために…美神令子、お前にはがんばってモルモットになってもらうよ…
この、最高の錬金術師フォロフスのためにねぇ!!
あ、でもがんばってモルモットは変か!」
芸の掛かった動作で両手を上に上げ、フォロフスは耳障りとさえ感じられる笑い声を上げる。
そんな下品きわまる大声を浴びせられることがあっても…
美神は、目覚めることなくうめき声を上げるのみだった。
GS美神極楽大作戦
『エイエン』
第5話 梟、かく語る
「本当に、こっちでいいのかヒャクメ!?」
「間違いないのねぇ〜
富士山麓青木ヶ原樹海…その一部分に、妙な霊力値を確認したのね〜!」
後ろの方から、「ぜーぜー」という声を交えヒャクメが答える。
「東京郊外で人が滅多に寄りつかず、なおかつ霊力に溢れた場所。
まさに儀式やら何やらを行うにはうってつけだろう!」
更に後ろの方から、ワルキューレの大きな声が聞こえてくる。
「周囲を深い森に囲まれ、しかも霊力が入り乱れている所為で探知も難しい…
本当によく見つけましたねヒャクメ!!」
今度はすぐ後ろで、小竜姫様の声がきこえる。
「ほんの一瞬、樹海の方で魔力の反応を見つけたのね!
それをよく調べたら、その周囲に幾つもの微妙な霊力の違いがあったのね〜!
すごく丁寧に隠されているけれど、大規模な魔法陣が動いている反応もあったし〜!!」
声を張り上げ、普段の口癖で解説するヒャクメ。
風の音がうるさくはあるが、大きな声なので聞き取るのは難しくはなかった。
「横島君!! ぼぉっとしていないで、ペダルをこぎたまえ!!」
前からはっきり聞こえてくる、シルバーオウル卿の声。
マントを脱いだ状態の、今は人の顔になっている紳士。
ズボンの片方をベルトで縛っているのは、『ペダル』で裾を汚さないようにするためらしい。
そう…今現在、オウル卿と小竜姫様にワルキューレ、そしてヒャクメ。
最後に横島を加えた計5名は、現在樹海へ向かう道路を『自転車』に乗って疾走していた。
しかも滅多に見かけないような、5人同時乗りタイプ。
ヒャクメが青木ヶ原樹海に反応を見つけてからすぐに、横島を初めとしたメンバーは即座にその場所へ向かうことにした。
だが最初に小竜姫様達が乗ってきた車だと、人数が足りずに乗ることが出来ない。
そこで飛べる者は空へ、と意見が出かけたところに…
いつの間に用意したのか…オウル卿が、この5人乗りの自転車に跨って全員の前に現れたのだった。
何でも、錬金術の応用で近くのゴミ捨て場のゴミを利用して作ったと言うことらしいのだが…
ちなみにシロとタマモは念のため事務所で待機させている。
当然の事ながら、除霊の仕事は本日臨時休業だ。
「ですが、何故自転車なのですか?
車や空を飛んでいけばすぐに…!」
当然わいてくる疑問を、ワルキューレがオウル卿にぶつける。
そういえば…ワルキューレのベレー帽はこの風でも飛んだりしないのだろうか?
こんなくだらない事を考えられるほどには、まだ余裕がある…
思いついてから、横島はそんな事を思った。
「まさか車で樹海へと入るわけにもいかんだろう!!
それに徒歩では、奴の場所へ到着する前に『エイエン』を手に入れる可能性が高い!
多分フォロフスは、エイエンがこちらの世界に出てきた瞬間を狙って美神君を洗脳するかするはずだ。
主に何かあれば、エレメントは逃げてしまうから殺されることは無いはずだが…」
さらに付け加えると、空を飛ぶと最悪人里のど真ん中にいる時フォロフスが攻撃してくる可能性がある。
フォロフスという男は、それくらい平然とやってのける相手なのだそうだ。
危険なその状況を避けるには、霊力と魔力を出来る限り隠蔽して、樹海へと近づく…
そこなら人はいないから、気づかれて攻撃を受けても被害は最小限で済む。
…と言うことらしかった。
だが……
「だからって、5人乗りの自転車はないでしょう!」
そう、オウル卿が用意してきたのは普通の二輪車ではなく…
時々バラエティで見かけるような、6個の車輪が連なって付いている長い自転車なのだった。
色は座るところも含めすべて真っ白…夜間でも見やすいから安全に走れると言うことなのだが…
原理不明の速度(明らかに100キロは超えている)で走っていては、結局安全度などあまり関係ない気がする。
「この自転車は、霊力や魔力をエネルギーにして走っている!
魔力の隠蔽にもなるし、おかげで下手な車などよりよっぽど速いし樹海の中でも突っ走れる!!
それに…」
「それに?」
「オフロード仕様だ!!」
あの樹海の中を走るのに、オフロードもホバーも関係ない気がするのだが…
「オウル卿、結局聴いていませんでしたが…」
道路の周囲を囲む森が深みを増し、車の数が減ってきた頃。
ワルキューレがしばらく続いていた沈黙を破った。
「貴男は何故、美神令子に接触しようとしたのですか?」
「……」
問いかけに、オウル卿は全く答えない。
足の方はせわしなく動いているので、それは何ともアンバランスだった。
先ほどまで、あれほどしゃべっていたので、余計にそれが不自然に感じられる。
「エイエンを関知したにもかかわらず、それを秘匿しその主となりうる人物に接触する。
貴男は軍や魔界に貢献した人物ではありますが、軍属でも要職でもない錬金術師…
情報の隠匿に関しては、我々魔界軍がどうこう言うことはできませんし、しません。
しかし…」
理由はわからないがオウル卿は、美神さんとエイエンが同じ場所にいる(正確には空間的の表と裏にそれぞれ背中合わせにいると言うことらしい)事を知りながら、何故黙っていたのか?
目の前で黙ってペダルをこぎ続けるオウル卿は、しばらく沈黙した後…
「…私の生い立ちに関する資料には、目を通していたりするのかね?」
と、一言口にした。
「…ええ、魔界軍で保存されている最低限のデーターなら…」
「そうか…」
感慨深げ…と言えばいいのだろうか?
ため息にも似た、静かな声。
自転車のペダルのきしみ…周りに吹く風の音が耳を騒がせる中、その声は妙にはっきりと耳に届く。
「私も…いや、私は…元は人間なのだよ」
「! オウル卿が? …まさか」
信じられないと言った風な、ワルキューレの声。
横島も声には出さなかったが、その言葉の内容に驚いていた。
今目の前でペダルを漕く魔族の紳士が、元人間だった…
最初に出会ったときとは違い、今は解る…オウル卿からにじみ出る強大な魔力…その実力が。
「中世ヨーロッパ…ちょうど魔女狩りが行われオカルトが弾圧されていた頃だな。
私は教会から逃げながら、ありとあらゆる実験を行っていた…
あ、非人道的なのはやっていないので念のため」
中世魔女狩りの時代…確か魔鈴さんも、その頃の技術を復活させようとしていた…
その頃、まさにオウル卿は生きていたというのだ。
「よく逃げられましたね…その頃の教会から」
自分たちと同じようにペダルを回し続けているのに、冷静に呟く小竜姫様。
確かその頃の教会は、もの凄くしつこくそういう類の人達を追いかけていたと、いつだったか魔鈴さんに聴いたことがあった…
「正確には、捕まる直前に魔界へ落ちた、だな…ああ、次カーブだ」
その言葉通り、道路がカーブを描いているのが見える。
全員が軽く曲がる方向に身体を軽く傾けると、自転車はスピードを殺すことなく曲がり道を突破した。
「…身体の変調がひどくなり、それが自分の魔族化が原因だと気が付いたときは…」
「きつかった…ですか?」
横島が問いかけると、オウル卿は「うーん」としばらくうなり…
「……微妙なところだな」
と、苦笑いをしながら返してきた。
「正直、あの頃は人間すべてに絶望していた…まああんな体験をすれば誰だってそうなるか」
自己完結した言葉に、オウル卿は「ふふっ」と小さく笑う。
その時一体、どれだけの事を味わったのか…
同族である人間に追い回される気持ち…それを理解する事は、横島には出来なかった。
いや…もしかしたら…
「ろくに動かぬ身体で、一か八か…本にちらりと書いてあった魔界への門を開く術を死に物狂いで起動させて…
迫り来る追っ手から逃げた…その後いろいろあって……あとはワルキューレ君。
君の読んだ資料通りだろうな」
空が茜色に染まり、まもなく夜が訪れる空を見上げ…
オウル卿はその頃の事を思い出しているのだろうか?
「オウル卿…すいませんでした」
申し訳ないですと続けるワルキューレに、「気にすることはないよ」と手をプラプラさせる。
「君のしたことは全く問題なく、そして正しい行動だ。 君に否は全くない」
「…はい」
「……最初私が発見したのは、エイエンの反応だった…嬉しかったよ。
長い間探し求めていた存在を、もしかしたらかいま見れるのではないか…とね」
ワルキューレが最後に謝ってから数秒かたった時、オウル卿は口を開く。
「だが同時に魔族化の反応があるじゃないか…私は慌ててそれが本当に間違いがないか調べた。
もしかしたら、自分と同じ状況なのではないか? とか、そんな事を考えてね…」
「では、最初に発見したのはエイエンの反応だったんですか?」
小竜姫様がそう問うと、「その通り」と返すオウル卿。
「まあよく考えれば、あの時代と今は全く違うのだから、そんな事はないだろうと思ったが…
もしかしたら、と思い来た…美神君の、ほんの僅かばかりの助けになるかと、ね」
「オウル卿…貴男は…」
「疑われても仕方はないと思う…事実今でも、エイエンの存在には興味があるからね。
だが…そのために…研究のために何かが犠牲になったりするのは、出来る限り避けたい。
研究者である以上犠牲を避けることは出来ないのは宿命だが、それを認めてしまっては研究者たり得ないのだ。
……信じるのは…少々無理があるかね?」
後ろを軽く振り返り、「ははっ」と小さく苦笑する。
「オウル卿! 前を向いてください! ……いえ、信じるに足りると私は思います」
「それは、軍人としてかね?」
「その通りです」
即答するワルキューレ。
だがすぐに、「そして」と言葉を繋げる。
「貴男のような行動をする人間を、私は何度も見ておりますので…
私個人としても、信じるに足りると感じました」
顔は見えないが、多分声の感じからして…笑み、浮かべてるんだろうなぁ…と。
横島は声を聴いて、ワルキューレの顔を想像する。
「ありがとう…」
前へ向き直ったオウル卿の表情を見ることは出来ない。
だがおそらくは…
「ともかく、早く美神君の所へ向かおう。
ヒャクメ君、方向は今は走っている道でいいのかね?」
「ふ、ふぇ?
あ、はい。 この道で間違いないの…です!」
「そうか…では早く向かおうか、横島君」
「…そうっすね!」
頷き、横島はペダルに力を込める。
それに会わせるかのように、周囲を流れる景色の速度が速まった。
既に空は暗く、森はすっかり深まっている。
目的地は…もう近いのだろうか…
「所でワルキューレ。
何度も見てるっていう人間って、誰だ?」
「……本気で言っているのか?」
「? ああ」
「……さあな」