東京のどこにでもある様な中学校。
そこの2年A組の教室で真友康則は頬杖をついてボーっとしていた。
もうすぐHRが始まるので、クラスメイトは続々と教室に入って来ている。
「真友、どうした? ボーっとして」
真友に話しかけてきたのは茂呂征大だ。
やや小柄で逆立った髪の毛が印象的だ。
「茂呂か……聞いてくれるか?」
「いいぞ。話ぐらいなら聞いてやろう」
と茂呂は尊大に返した。
真友は茂呂のそんな態度に慣れているので話し出した。
話は先週の土曜日に遡る。
その日、暇だった真友は街をぶらついていたら偶然見つけた喫茶・蜘蛛之巣に入った。
そこで彼は運命の再開をした(この時は真友は本気で神に感謝した)。
そこには二人の美少女がウェイトレスとして働いていた。
一人は前髪だけ赤く染めたのか、銀髪のナイスなスタイルをした快活な少女。
もう一人は稲穂の様な金髪を九つの房に分けた一風変わった髪形をしたクールな少女。
どちらも高校生ぐらいに見える。
だが真友は金髪のナインテールの少女から目が離せなかった。
三年程前、両親は離婚の危機に陥り弁護士事務所で調停する為に、彼は一人寂しくデジャブーランドで遊ぶ事になった。
もちろん『楽しく』遊べる訳もなく、フリーパスのVIPカードを捨てようとした時に彼女と出会った。
そこで一騒動起き、彼女が人間ではないと気付いても一緒にその日は『楽しく』遊べた。
帰り際、彼は彼女にこう言った。『今度、また一緒に遊ぼう』と。
その彼女は目の前のウェイトレスに似ていた。
たぶん成長すればこんなふうになるんだと想像していた通りだったので、最初は夢かと思ったほどだ。
ちなみに今でも真友姓なのは父親について行ったのではなく、離婚を免れたからだ。
真友が両親と向き合い、一生懸命の説得が通じたからだ。
今では仲睦まじい夫婦に戻っていた。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
「タマモちゃんだよね?」
真友は勇気を振り絞って、注文を聞きに来たウェイトレスに話し掛けた。
すると彼女は真友に気付いたのかハッとした様な表情をし、
「もしかして、真友くん?」
と返した。
真友は嬉しかった。三年ぐらい経っても覚えてくれていて。
「そうだよ。三年振りくらいかな?」
「へぇー、カッコよくなったじゃない」
タマモが感心した様に言った。
真友は背も伸び、眼鏡ではなくコンタクトをしている。
タマモが言ったように、カッコいいと言われても不思議ではない。
真友自身は気付いていないが、中学でも女子からの人気がある方だ。
これはタマモに吊り合う様に、努力した成果もある。
「そ、そうかな。タマモちゃんも可愛くなったよ」
真友はその言葉で、顔を赤くしながら返した。
「ふふ、ありがと。お世辞も美味くなったわね。もう彼女が居たりして」
「い、居るわけないじゃないか!」
「あ、ああ、そうなんだ」
タマモがからかう様に言ったのを、真友はついきつい口調で返してしまった。
思わずタマモは萎縮してしまう。
「ご、ごめん。怒鳴ったりして……。今、時間いいかな?」
アルバイト中に暇とか聞くのは何とも間抜けだが、今の真友はタマモと思わぬ再会を果たした為に気持ちに余裕がないせいだ。
「え、ええ、ちょっとだけなら」
タマモは店内を見渡してから、返事をした。
今はちょうど真友と常連の老夫婦しか居ない。
何故なら先程まで、もう恒例と化したヤツメVS蜜子の戦いが行われたせいだ。
戦いと言っても罵り合いだが、それでもお客が店から居なくなるのは仕方がない。
「き、君の事がずっと好きだったんだ。付き合って欲しい」
真友は一気にまくし立てた。
喫茶店で告白とはある意味凄い事だが、真友は次にいつ会えるか分からないと思い込み、実行に移した。
「……ごめんね」
タマモは消え入りそうな声で呟いた。
「え!? どうして?」
その言葉の意味をすぐには理解できず、真友は問い返してしまった。
「私は今、付き合っている人が居るの。その人に一生ついていくって決めたの。だから……」
「そうなんだ……」
タマモは目を逸らさず、自分の気持ちを素直に告げた。
その真摯で純粋な想いに気付いた真友は、それ以上何も言えなかった。
「……コーヒーをお願いします」
真友は搾り出す様に言った。
「はい。コーヒーを一つですね」
そう言ってタマモは踵を返した。
もしタマモがこれ以上、何か謝罪の言葉を言っていたら、真友はここから飛び出していただろう。
真友をすぐにお客として扱ってくれたタマモに感謝した。
こうして真友の恋は終わりを告げたのである。
「……というわけなんだ。あはは、笑えよ。こんな無様な俺をよ〜」
乾いた笑いをし、真友は自虐的に呟いた。
あまりにキャラが変わっている為に、茂呂は思わず「お前は誰だ?」と言いそうになった。
「お前が振られるとはなあ……」
茂呂は誰ともなく呟いた。
真友は校内でも女生徒の人気が高い。
年上には通用しないものなのか、と茂呂は考えた。
「さっきから何を騒いでいるんだ?」
「みんなが見ているよ」
割って入ってきたのは伊能せいこうと香山夏子。
伊能は眼鏡をかけてはいるが、ひ弱には見えず健康そうな顔と程よく鍛えられた体付きをしている。
それは伊能家に居候している女性が鍛えたという噂を、真友はどこかで聞いた事があった。
香山は快活で美少女と言っていい風貌をしており、はきはきとした性格をしている。
「お前らか。いいよなあ、仲良くて……」
溜息混じりに真友が言うと、伊能と香山は顔を真っ赤にした。
「ち、違うよ。僕と香山はそんなんじゃなくて……」
「そ、そうよ。ただの幼馴染なんだから!」
と慌てて否定したが、大きな声だったので聞こえため、クラスメイトはそれに苦笑した。
本人達は首を縦に振ろうとしないが、誰がどう見ても恋人にしか見えない。
伊能が忘れ物をすれば、香山が貸す。
お弁当を伊能の分も作ってくる香山。
「あれ」や「これ」で通じ合える仲。
とまあ、もはや長年連れ添った夫婦みたいに以心伝心な二人。
通じ合っていないのは恋心ぐらいだろう。
「そうだよな。伊能はこの前の日曜日に氷雅さんと腕組んで歩いていたし」
少し意地悪く真友は言った。
「伊能くん! どういう事よ!?」
「嘘に決まってるだろ! 真友、心臓に悪い冗談はよしてくれ!!」
浮気を見つけた彼女の如く、香山は伊能に問い詰める。
それを悪戯が成功した様な表情を浮かべ、真友は見ていた。
「だいたい……。あれ、妖岩くん?」
制服の裾を掴み、香山を止めたのは妖岩。
氷雅の弟で黒の忍び装束を纏い、見た目は小学生の高学年ぐらいだろうか?
「…………」
「ん? ああ、そうなんだ。ゴメンね、伊能くん」
「いや、いいんだ。分かってくれて」
妖岩は滅多に喋らない、と言うより喋った事がない。
だけど彼と親しい者は、何を伝えたいのか分かるのが何とも不思議な話だ。
「ほらほら、いい加減にしたら?」
言ってきたのは一人の少女―小田切あゆみ。
黒髪を肩口に切り揃え、普段は温和な表情を浮かべているが今は少し憮然としていた。
「どうしたんだ? 小田切」
「どうしたもこうしもないでしょ!? 委員長が何をしているのよ!!」
そう言われ、ようやく真友は思い出した。
「あ!? そうか今日はあれか!!」
「そうよ。だから早く行きましょ」
「分かったよ」
真友は面倒くさそうに席を立つ。
真友と小田切はこのクラスの委員長なのだ。
「何か今日の真友くん、変ね」
「まあな。あいつも色々あるんだ」
香山に茂呂は言葉を濁して伝えた。
五分後―
真友と小田切が戻ってくると担任がすぐに入ってきた。
名は美里祐子(みさと ゆうこ)、年は23で新人の女性教師だ。
天使の輪が見えるほどの綺麗で長い黒髪、菩薩様の様な笑顔を浮かべている。
が、怒った時は般若と化すのは皆が知っている。
「起立!」
委員長の小田切が声を出した。
「礼!」
「おはようございます!!」
「着席!」
と一糸乱れぬ動きでクラスメイトは挨拶をする。
学級崩壊とは無縁のクラスだ。
「みなさん、おはようございます。今日は何と転校生が二人もきました」
美里のこの言葉にクラスがざわめく。
男子は女の子だったらいいなと言い、女子は男の子かしらと言っていた。
「なあ、もしかして朝のって……」
茂呂はピンときたので右隣の真友に聞いた。
「ああ、そうだよ。その件で先ず委員長の俺達が行って、先に挨拶をしたんだ」
「そうか、ではどんな奴らだった?」
興味津々に茂呂は瞳を輝かせた。
「教えない。もうすぐ美里先生が言うじゃないか」
「ケチ臭いな」
そこで「静かにしてね」と美里が言うと、シーンと静まり返った。
とんでもない反応の良さである。それも般若バージョンを知っているからだろう。
あれは見るとトラウマ必至なものだった。
「はい。では入ってください」
美里が言うと、引き戸が開き一組の男女が入って来た。
男女は教卓の横に立つと、歓声が沸き上がった。
男子は短めの赤毛で背もそれなりに高く、凛々しい雰囲気を放っていた。
女子はショートカットの金髪で、小柄で可愛らしい容姿をしていた。
「みなさん、お静かに。では自己紹介をお願いします」
先ず男子が黒板に名前を書いた。
「余は天城龍斗(あまぎ たつと)じゃ。まだ引っ越したばかりで、よく分からぬ事が多いがよろしく頼む」
横柄な態度だったが、女子からの評判は上々だった。
それは茂呂で慣れているせいもあるかもしれない。
次は女子が黒板に名前を書く。
「私は芦パピリオです。え〜と、好きな物は甘いもの。特技は体を動かすものなら大抵は出来ます。みんなよろしくね」
こちらも簡潔に自己紹介を終える。
男子からは割れんばかりの歓声が起こった。
「可愛い!」はもちろん「彼氏は?」とか聞く者も居た。
一週間前、横島が住むアパート。
「俺が保護者になってくれって?」
横島忠夫は素っ頓狂な声で目の前の女性に聞き返した。
「はい。横島さんにしか頼めない事なんです。それと隣が空き部屋なのでそこに住まわせてもいいでしょうか?」
それに頷いたのは小竜姫、俗界に来ているのでいつもの竜神族の正装ではなく、ジャンパーにタイトスカートといったラフな格好をしている。
「それは願ったり適ったりです。ここ、人が少なくて寂しいですから。それにしても天龍とパピリオがねえ……」
元は霊的不良物件だった為、このマンションに住んでいる家族は少ない。
更に知り合いなのは、皆本の所だけだったりする。
それは竜神王が突然言い出したのが始めだ。
天龍を立派な竜神王にすべく、先ずは人界に留学させようと決めたのだ。
だが、人界に詳しい神も少なく尚且つ、天龍を任せる事が出来る者はいなかったらしい。
そこで白羽の矢が立ったのは横島忠夫。
先のアシュタロス事件の功労者で、天龍の臣下(あくまで天龍視点で)であり人界に詳しいので選ばれたのだ。
パピリオは元々、人界に行きたがっていたのでちょうどいいと、竜神王が即決で決めた。
余談だがどうやらパピリオと天龍をくっつけたいらしい。
天龍がちょくちょく妙神山に出掛ける様になったのも、パピリオと遊ぶのが目的と知ったのだ。
竜神王は子煩悩で有名だ。
横島と天龍が知り合う切っ掛けになった事件も、神界に置いていけばいいのに妙神山に連れて行ったのがその証拠である。
「しかし竜神王って、話を聞く限り軽そうだなあ」
横島はポツリと言うと、小竜姫はあははと軽く笑った。
「竜神王様はいろんな意味で規格外な人ですから……」
「あの子にして、あの親ありか……。ちょっと会ってみたい気がするな」
「横島さんが望めば、いつでもお会いできますよ」
その言葉に横島はびっくりした。
「そうなのか!? 俺なんてただの人……じゃなかった半人半魔だろうに」
「そんな事ないですよ!! あなたは神・魔界でも超がつく程の有名人ですよ。アシュタロスを倒した人間という事で」
「でも、あれはみんなが協力してくれたからですよ。俺一人じゃとても、とても……」
一瞬だけ寂しそうな顔をする横島を見、小竜姫は失言をしたと気付き頭を下げた。
「すいません、無神経な事を言ってしまって」
「やだなあ、頭を上げてくださいよ。それで天龍とパピリオの件ですけど、俺は構いませんから。どこの学校に行くんですか?」
急に話を変えられ、小竜姫は慌てて学校の事を教える。
「ふ〜ん、割と近いですね。これだったら無理なく通えますね」
そこは中学校だった。
天龍は角が生え変わったので、急に背が伸びそこら辺の中学生と何ら変わりない。
パピリオも成長して若干小柄だが、中学生を名乗っても不思議ではない。
「無理言ってすいません。私もなるべくあの二人の面倒を見ますから」
「俺と小竜姫さまの仲じゃないすか、遠慮なんかしないで下さい」
横島が笑顔で言うと、小竜姫は照れたように頬が赤くなった。
放課後になり、パピリオと天龍は友達になった真友、茂呂、伊能、妖岩と香山、小田切を連れてマンションに帰った。
案内されたのはパピリオの部屋の方で、可愛らしい小物で埋め尽くされている。
本棚の上には水槽があり、緑亀が飼われていた。そして机には真っ黒な野球のボールが置かれいる。
「いらっしゃい。ゆっくりなさって下さいね」
小竜姫はテーブルに緑茶と団子を置いていき、部屋から出て行った。
「今のお母さん? だいぶ若いわね」
そう言ったのは香山だ。
「違うよ。あれは天龍のお姉ちゃんだよ」
「え? そうなの、ごめんなさい」
香山は慌てて頭を下げる。
「気にせんでいい。あ奴は物腰がおばさん臭いからな。のう、妖岩」
怖い物知らずの天龍、彼は後日この発言を死ぬほど後悔した。
そして何故だか、天龍と妖岩は気が合うらしく積極的に話しているが、天龍が一方的に話しかけている様に見えるのは仕方がない。
「でもどうして、天龍のお姉さんがここに居るの?」
伊能が疑問に思い、聞いてみた。
みんなが天龍と呼ぶのはパピリオがそう呼んだのが切っ掛けで、みんなはそれに習っている。
天城龍斗を短くして天龍とパピリオはそう説明した。
「私と天龍ね、幼馴染なの」
そうパピリオは切り出した。
天城家と芦家は家族ぐるみの付き合いをしている。
何故なら両親は皆、同じ会社の同僚であるからだ。
更に同じ開発グループだったので転勤も同じだけど、今回はここに引越してすぐに海外へ出張する事になってしまった。
子供の転校手続きも済ましてしまった後だったので、仕方なく成人している姉達に任せる事にした。
そんな訳で今は親だけで外国で暮らしている。
……とまあ、一般人向けの説明の為に横島が考えたシナリオだ。
余談だが天龍が姉(小竜姫)と二人暮らしでパピリオは姉(ベスパとワルキューレ)と兄(ジーク)の四人暮らしという設定でマンションの部屋は隣同士である。
「へぇ〜、そうなんだ」
感心した様に頷く小田切だが、彼女の鞄が大きく動き出した。
「え!? きゃっ!?」
「ぷっはあ……! おい、あゆみ! いつまでこんな所に閉じ込めておく気だ!?」
そこから出てきたのは白いネズミ。
真友達は天龍とパピリオに見られない様に移動し、白いネズミをガードした(手遅れだが)。
小田切と仲が良いので、ネズミの正体を知っているからこの様な行為を取った。
だが天龍は何も言わず、パピリオは瞳を輝かせている。
「すっごーい。あゆみちゃん、式神を持っているんだ!!」
すっかり興奮したパピリオは回り込み、白いネズミを手に取った。
その動きは疾風の如く、真友達の目に映らなかったし、ネズミも逃げ出す暇がなかった。
「ねえ、ねえ。あなたお名前は?」
何の疑問も持たず、パピリオは聞いた。
「……ムラマサだ」
ムラマサは素直に答えた。
いつもなら悪態を吐く所だが、パピリオの剣幕に押されたのだ。
「私のも紹介するね。キャメラン! 大魔球!」
「「はい! (へい!) パピリオ様」」
真友達はその声にびっくりし、慌ててそこを向くと更にびっくりした。
緑亀が高く跳んで水槽を飛び越し、黒いボールはふよふよと宙に浮き始めた。
「俺はキャメランMk.2。キャメランでいいぜ!」
「私は大魔球2号。大魔球で構いません」
緑亀―キャメランは鼻息荒く言い、黒いボール―大魔球は静かに述べた。
「お、おお、よろしくな」
ムラマサは面を食らうが、何とか言う事が出来た。
真友達も何とか自己紹介をした。
「こちらこそよろしく」
「以後、お見知りおきを」
キャメランと大魔球はアシュタロスが作ったコスモプロセッサで“こっそり”蘇り、“こっそり”暴れていた。
が、横島の手によりコスモプロセッサが破壊され、この二匹は残った魔力で日々カツカツで生きながらえていた。
それを偶然、遊びに来ていたパピリオに拾われたのだ。
しかしパピリオではどうする事も出来ず、清水の舞台から飛び降りる覚悟でドクターカオスに相談したのだ。
カオスはアシュタロス事件以降、頭が冴えいとも簡単に二匹を治した。
けどだいぶ力は弱まり、二匹とも手の平サイズしかないが。
「ふ〜ん、これが式神ね。始めて見たわ」
「式神っつっても俺と変わんねえな」
小田切は珍しそうに、ムラマサはよく分からないので眉を顰めながら、キャメランと大魔球を見つめた。
オカルトは段々と人々に知られてきてはいるが、やはり一般人には珍しいものだ。
「そういえば二人は付き合っているのか?」
何気なく茂呂は聞いた。
これは興味本位なもので、それ以上の感情はない。
「ええ!? 余とパピリオはそんなんじゃないぞ!!」
「そうだよ! 誰がこんな奴!!」
とまあ、しどろもどろに言い合う。どっかで見た事のあるのを披露してくれた。
この二人は好き合っていると全員が気付き、微笑んだものだ。
「パピリオ様も素直になった方がいいと思わないか、兄弟?」
「相棒、私が思うにすぐにカップルになるのは勿体無いと思います」
キャメランと大魔球はこそこそと話し合った。
誰かに聞かれたらまずいので、カオスが二匹を治す際に取り付けた機能の一つ、指向性会話機能を使った。
感単に言えば、音波に指向性を持たせ、話したい相手の聴覚へダイレクトに伝えるものだ。
もちろんオカルト技術が使われ、動力源は二匹の霊力となっている。
「どういう事だ? パピリオ様の幸せは俺達の幸せだろ?」
「確かにそうです。けどパピリオ様の成長には、色々と試練が必要だと思うんです」
くっくっくと笑う大魔球。
「うわっ!? 腹黒キャラだったのか、兄弟?」
「ははは、嫌ですねえ。相棒もパピリオ様の事を録画しているではありませんか?」
「うっ、それは……」
痛い所を突かれ、キャメランは言葉を詰まらせた。
大魔球はキャメラン専用に搭載された撮影・録画機能の事を言っている。
それには『パピリオ様・メモリアル』と名付けられ、キャメランはこっそりと隠しているのだ。
内容は日常的なものから、入浴シーンや寝顔まで記録されている。
キャメラン(大魔球も)はもちろん性欲なんてものはこれっぽちもなく、ただ純粋にパピリオの成長を記録しておきたいだけだ。
もしパピリオにこれがばれたら想像がつくので、話してはいない。
大魔球専用機能はもちろん、電気を蓄える事だ。既に一戸建て、一年分を賄える程の電力を蓄えている。
「持ちつ持たれつの関係で行きましょう。ねえ、相棒?」
「どうしたんだ、兄弟? 一体、お前に何があったんだ?」
だが、ノーとは言えないキャメランであった。
日が落ちかけている中、真友は歩道をとぼとぼと歩いていた。
あの後、そろそろ帰る時間となりみんなと別れたのだ。
家が隣の茂呂は帰り道も一緒だが、用事である場所へ向かって行った。
はあ、と溜息を吐く。
自分は振られたというのにカップルが多くてやるせなくなったのだ。
伊能と香山はもうすぐで付き合いそうだし、年上の氷雅は伊能に夢中みたいだ。
小田切は隣のクラスの岸上と仲がいいらしい。
今日転校してきたパピリオと天龍は、分かりやすい関係だった。
茂呂は……よく分からない。女子の話なんか全然しないからだ。
何か自分は一人っきりなのではないかと、真友は錯覚していた。
「真友さん、こんばんわ」
「え!? フミさん」
思考に没頭していた所だったので、真友は裏返った声で返事をしてしまった。
それを見てフミはふふ、と笑う。
「いけませんよ。考え事をしながら歩くのは危険ですから」
「はい……」
彼女は茂呂の保護者と言うべき存在だ。
外見は二〇歳ぐらいだろうか、長い黒髪をリボンで一つに束ねている。
柔和な笑みを絶やさない人だ……メイド服を着用だが。
これには理由があり、彼女は六道家でメイドとして働いているからだ。
「でも久し振りです。こうやって話すのも」
「そういえばそうですね。偶にしか帰ってこれませんから」
フミはメイドとして優秀で大変働き者であり、六道当主からも頼りにされているので偶にしか家に帰れない。
食事の方も充電だけで済む。
これで分かる通り、彼女は人間ではなくアンドロイドだ。
あのカオスが「ワシに匹敵する程の天才が居ったとは」と言わせた程で、今あるロボット技術をぶっちぎりで追い越している。
製作者は茂呂の祖父で、茂呂は今、カオスの所に弟子入りして知識を教わっている。
茂呂の用事とはカオスが住むアパートに行く事で、ほとんど同居と言っていいぐらいそこに居る。
「それにしてもさっきはどうしたんですか? 今も元気がない様に見られますが」
「ええ。ちょっとあって……」
好きな女の子に告白したが、玉砕した事を述べた。
真友は悩み事は大抵、フミに相談している。
両親が離婚しそうになった時も、フミは茂呂を連れわざわざ東京まで、しかも家の隣に引っ越してきた。
そうした訳があり、真友の一番信頼しているのはフミなのだ(同率一位で茂呂も居る)。
「それで、俺って一人ぼっちじゃないかなって、思えて……」
そこでフミが歩みを止める。
真友は一瞬疑問に思ったが、既に家の目の前に来ていたのだ。
「ダメですよ、そんな事言っちゃあ……」
フミは真友のすぐ傍まで行き、彼を見上げる。
いつの間にか真友の方が背が高くなっていた。
そう思うとフミは嬉しい筈なのに、少し寂しく思える。
ふっと唇が触れ、すぐに離す。
「ね♪ 私は真友さんの事を好きですから、一人じゃないですよ」
そう言ってフミは駆け足で家へと帰った。
頬が赤い所を見ると、照れているのだろう。
「あう、あう、あう、あう、あう……」
真友は唇に手を当て、それしか言えなかった。
……正気に戻ったのは日が暮れ、月が中天に差し掛かった頃だ。
横島はそれを横っ飛びでかわす。
寸での所で羽根は脇腹を掠った。
「あっぶねー!!」
口ではそう言っているが、緊張感があまり感じられない。
横島は両手にサイキック・ソーサーを作りハーピーへ投げ放つが、余裕で避けられた。
「クケェェェェェエエエエエッ!!」
雄叫びを上げるハーピーへ、横島は両足に霊気を込め高く跳ぶ。
待ってましたとばかりに、ハーピーはフェザーブレッドを放とうと、羽を高く―
瞬間。
ハーピーの後ろから爆発音が聞こえた。
その勢いで前方へ飛ばされたハーピーへ、横島は霊波刀を突き出す。
「クギャロォォォォオオウッ!?」
霊波刀は腹部へ深々と貫くと、ハーピーは断末魔の絶叫を上げ、虚空へと消えた。
あの爆発はサイキック・ソーサーのもので、わざと外しハーピーの後ろに置き、隙を見て爆発させたのだ。
『一〇〇鬼・クリアー。おめでとうございます』
合成音が聞こえ、横島は息を吐いた。
「横島クン、上がっていいわよ」
スピーカーから美智恵の声が聞こえてきた。
ここはオカルトGメンの地下にある霊動実験室―通称バトルシミュレーターと言われている。
新都庁地下にあるものとほぼ同じ物だ。
「先生、お疲れ様でござる」
コントロール室に戻った横島にシロはタオルを渡した。
「サンキュー、シロ」
横島はタオルを受け取り、汗を拭う。
さすがにぶっ通しでやっていただけに、結構な量でシャツも汗だらけだ。
「はい、これもどうぞ」
「おう」
タマモは横島に暖かいお茶を渡す。
横島はそれを少しづつ飲んでいく。
疲れている場合は冷えている物より、暖かい物の方が体にいい。
タマモは横島の体に気を遣っているのが分かる。
「さすがね」
横島は声がした方に振り向く。
そこには美智恵が椅子に座ったまま、こちらを見ていた。
「そんな事ないっすよ」
「謙遜しなくてもいいわよ」
美智恵は感心した様に言った。
雪之丞、ピート、タイガー、氷雅もこれに挑戦した事がある。
誰も百人抜きは出来たが、横島みたいに立っていられる余裕を持ったままクリアーした者は居ない。
「そうでござるよ。拙者はくりあー出来なかったでござる」
「……そうね。私も無理だったわ」
タマモの遅い反応を見て、シロは眉を歪める。
二人の成績はシロは八二鬼、タマモは六八鬼となっている。
シロはともかく、サポート向きなタマモのこの成績は自慢できる数字だ。
「それでどうだった? バトルシミュレーターは?」
「そうっすね。ただ強いだけでした」
「それってどういう意味かしら?」
強いだけとは、とても奇妙な意見だ。
「何回か挑戦して分かったんですけど、どれも動きにパターンがあるんですよ」
「パターンね」
「はい。パイパーですとある一定の距離で空振りすると、こっちに突っ込んできたりします」
「凄いわね。そんな事が分かったの?」
「ええ、それでどの敵もパターンがあって、それに嵌めれば、何とかなります。言い方は悪いですけど、格闘ゲームでCPUと戦っている気分でした」
美智恵は驚嘆したが、納得もした。
令子から聞いていたが、横島は遊びの才能は天才的らしい。
クレーンゲームで仲間を助け、ミニ四駆では前人未到の三連覇を成し伝説にもなっている。
こういったシミュレーションでは遊びの才能が発揮されるのかもしれない。
ちなみ格闘ゲームを頻繁にしているのは、パピリオや薫の相手をしているからだ。
だが彼女達の扱いは難しく、調子に乗って勝ち続けたり、ご機嫌を取る為に下手に負けたら霊波砲と念動力の洗礼を受ける。
それで初めて霊動実験室で三六鬼以上倒し、こう言っていた。
「弱点も攻撃パターンも、最初に会った時と変わってる!?」と。
彼は一度戦った、または見ていただけの敵の攻撃パターンと弱点を覚えているという事だ。
だからほんの数回やっただけでも、敵のパターンを見切れてもおかしくない。
「それから他に何かあるかしら?」
「え〜と、やっぱりある程度、あいつらも知能があった方がいいと思います。下級な悪霊ならまだしも、強い悪霊や魔族には、はったりや口八丁が必要不可欠ですから」
「なるほど、考えてみるわ」
美智恵はキーボードで要点を打ち込む。
何故横島がバトルシミュレーターをしているかというと、GS育成の為にGS協会、他国のオカルトGメン、それに六道女学院に配備しようという動きがあるので不都合がないかモニターをしているのだ。シロやタマモもそうだ。
「ありがと、またよろしくね」
「はい。それではお疲れ様でした」
「ご苦労様」
こうして横島達はオカルトGメンから帰路に着いた。
「先生! 拙者、今日の晩御飯の買い物に行ってくるでござる」
帰り道の途中でシロは元気よく言った。
「ああ、そうだったな。俺も行こうか?」
家事は当番制となっているが、横島は忙しい事が多いのでほとんどがシロとタマモがしている。
「平気でござる。それではタマモの事、頼むでござるよ」
シロは言いたい事だけ言うと、あっという間に走り去った。
「……バカ犬。変な気を遣って」
横島もそう思ったが、シロが上手く気を遣う姿を想像できなかったらだ。
タマモは先週の土曜日から様子がおかしかった。
いつも上の空で、ボーッとする事が多い。
「聞いていいかな?」
横島は遠回りな言い方は出来ないので、単刀直入に聞いてみた。
「えっとね……」
タマモは真友と再会した事を語った。
告白され、それを振ったのだ。
自分は好きな人が居るからと。
「そうか……、それで落ち込んでいるのか?」
「うん、何か変な気持ちでいっぱいなの」
「ちょっとは分かるよ」
横島は夕日を見ながら言った。
シロとタマモと付き合っているのを横島がみんなに言う前にばれてしまい、女性達を泣かせてしまった。
だからといって、横島は少しも悪くない。一々それを気にするのもおかしいが、横島はいたたまれない気持ちになった。
「でもさ、俺気付いたんだ、振った後に色々と気にするのは結局、その人を馬鹿にしているんだよ」
「馬鹿に?」
「そう。好きな子が居るのに、その人を気にするのは一段と高い所から哀れみの眼差しで見下ろしているんだ。それって馬鹿にしているって事だろ?」
「……そうね。確かにそうだわ」
タマモは横島を見上げ、頷いた。
その瞳は悩みをある程度は、吹っ切った輝きを放っている。
「よし、そんじゃ帰るか」
「うん!」
横島は腕を差し出すと、タマモは嬉しそうに握る。
空は既に星が輝き始めていた。
あとがき
前より間隔がだいぶ空いてすいません(土下座)
横島、シロ、タマモの出番が少なくてすいません。
今回は閑話休題に近い気がします。
パピリオ達の中学生日記みたいになってしまたかな。
それとこのSSで分かる通り私は真友×タマモ派ではなく、真友×フミ派です。
友人曰く「どマイナー」らしいですが。
次回は横島に襲い掛かる危機。
シロとタマモの前には新たなライバルが……。
端的に言うと獣っ娘大行進、つまりオリキャラばっかしです。
予定としては狐娘、犬娘、鎌鼬娘、雷獣娘かな。
「……私の出番……」
まあ、こういう訳です。
でも表記がダーク、バイオレンス、肉になりそうだ。