※絶対可憐チルドレンの超能力の定義はこの作品では色々と変更されているのでご了承ください。それにろろた独自の解釈も加えられています。ですから大きな心で見て下さい。
「エンジェルラブ!」
「エンジェルハート!」
「二人揃ってツインエンジェル!!」
「おい薫。テレビ見ながらご飯を食べるんじゃない」
皆本光一は明石薫に口をすっぱくして注意した。
時刻は八時、どうやらみんなで朝御飯を摂っているようだ。
テーブルの上にはアジの開き、卵焼き、白菜の漬物、それにお味噌汁と白いご飯。
至って普通な内容だが、作ったのは皆本だったりする。
だがこの場を囲っている面々は普通ではないかもしれない。
三人の一〇歳児程の少女と、一人の二〇歳ぐらいの青年。
全く似てないから兄妹、親戚の集まりには見えない。
かといって親子と言うにも無理がある。
「ひひひゃん。へへひふりゃい」
薫はご飯をかきこみながら答える。
椅子の上だというのに胡坐をかいているのは、どことなくオヤジ臭い動作だ。
「あのなあ、喋る時はちゃんと食べてから言え」
「……ぷはっ。いいじゃん。テレビぐらい」
薫は律儀にも飲み込んでから答えた。
「薫、よく噛んで食べんとアホになるで」
野上葵はからかう様に薫に言った。
「な、何だと!?」
当然、声を荒げる薫。
「太る原因にもなるわ」
物静かに述べたのは、三宮紫穂だ。
「う、分かったよ」
乙女の禁句「太る」で大人しくなった薫はゆっくりと噛んで朝御飯を食べていった。
(何だかなあ)
皆本は心の中で呟いた。
とは言っても例の一件から、この三人は能力を皆本に使う事は確実に減った。
だが、前より懐かれてしまい、ある意味大変な日々を送るようになってしまった。
先ず第一に彼が住んでいるマンションに頻繁に泊まる様になった。
これはもう宿泊というよりは同居(彼女らに言わせれば同棲らしい)と言ったほうがいいだろう。
第二は彼女達が積極的になってしまった。
ベッドに潜り込むは当たり前、お風呂も一緒に入ろうとする。
皆本がいくら言っても聞かなかったし、これはもっぱらの頭痛の種だ。
前にこんな事があった。
その時も何だかんだで一緒のベッドで寝る事となり、翌朝薫が定規を持って『すげえな皆本。日本人の平均以上じゃん』と鼻息荒く述べた。
これは妙齢の女性に言われたら嬉しいだろうが、年端もいかぬ少女に言われればそれはもう羞恥心とかいろんな負の感情でその日は仕事にならなかった。
(桐壺局長は甘すぎる)
上司の顔を浮かべ、溜息を吐いた。
見た目ヤクザ屋さんの組長っぽい桐壺帝三だが、内務省特務機関超能力支援研究局―バベルの局長を務めている。
が、この三人娘に関しては孫の如く可愛がっている。皆本の所に住みたいと彼女達が申し出たら二つ返事でOKを出した豪傑だ。
「ほら、もうそろそろ行く時間だぞ」
朝食を摂り終え、皆本はバベルへ出勤する為にまだテレビを見ている薫に言った。
「もうちょっといいじゃん。この後に超高速マスク・ザ・ユエが始まるし」
「駄目だ。遅刻すると僕は色々言われるんだぞ。アニメなら録画しておけばいいだろ?」
そう言って皆本はリモコンを取りスイッチを切った。
「あー!! 何すんだー!!」
バキィッ!!
薫は思わず念動力(サイコキネシス)で皆本を壁に叩きつけた。
「あっ、しまった……」
「何やっとん? あ〜あ、皆本はん、白目剥いとる」
「薫ちゃん、減点一ね」
呆れた様に葵と柴穂は呟いた。
それにしても減点とは一体何の事だろうか?
「しっかりしろ〜!! 皆本ー!!」
薫は皆本の襟を掴み、揺さぶるが反応は返ってこない。
遅刻は決定したようだ。
「狗がっ!! これでも喰らえ!!」
男―見た感じ二〇前後の男が目に見えない念動力を放った。
それを横島忠夫は感だけでかわす。
「ああ、もう!! 相手がエスパーなんて聞いてないぞ!!」
横島は叫びながら、念動力をまた避けると後ろの壁が陥没した。
あの男は超度(レベル)は4、5ぐらいだろう。有効範囲が狭いのが救いだ。
有効範囲―つまり男の半径数メートルは念動力で問答無用で捕縛されるが、それから外れれば衝撃波しか撃てない。
横島は例の鉄仮面と蒼いボディスーツを着用していた。
つまり組織の密売人と戦闘の真っ最中だ。
今回は取り引きの現場を押える為にここ―東京都心に程近い廃ビルまで来たのはいいが、突如襲われたのだ。
ここまで用意周到だと、どう考えても横島達をおびき寄せる為の罠だ。
そしてさらにまずい事は横島がたった一人だという事。
今回は一人で任務を行っていた。仲間達も単独だ。
何故なら掴んだ情報では、ほとんど同時間にこういった密売が行われているからだ。
(ちっ、雪之丞達は大丈夫か? こうなったら文珠を使うしかないか)
右手の中に文珠を二個、取り出す。
ばれない様にしっかりと拳を握ったまま念を込めた。
ここで唸りを上げて念動力が襲ってくる、横島は文珠を発動させた『無』『効』と。
「なっ!?」
男は驚愕の声を上げる。
何故なら念動力が掻き消されたからだ。
男は何度も念動力を発動させるが、その都度よく分からない力で無効化された。
横島はもちろんこの隙を逃さない。
さっと近づき、鳩尾に拳をめり込ませた。
男はばたんと倒れ、気絶する。
「はあ、よかった。こいつ自身は特に強くなくて」
残心―横島は周囲に気を配りながら、西条に鉄仮面に内蔵された無線機で連絡し仲間達の安否を聞いた。
ここで安堵の息を吐いた。仲間達はみんな無事、エスパーが居たのも横島の所だけだった。
(しかしモグリのGSだけでなく、はぐれエスパーも使うとは)
横島は心の中でそう考えると、窓の外へ視線を移した。
太陽はもう頂点に差し掛かっていた。
横島はここへ来ると感心せざるを得なかった。
「ほ〜ら、ひのめ。に〜によ〜」
オカルトGメンの青い制服に身を包んだ美神美智恵はもうすぐ三歳になるひのめを抱いていた。
ここは内務省の超能力支援研究局―バベルと呼ばれる建物内。
その地下室で横島達三人はここに預けられているひのめに会いに来たのである。
地下室と言っても広大であり、どことなく特撮にある秘密基地の様にも見える。
「ひのめちゃん。こんにちは」
「にーに!」
横島は手を差し出すと、ひのめはしっかりと握った。
ひのめは横島の事をお気に入りのようだ。
「全くひのめは姉である私より横島クンに懐くなんてねえ」
そう言ったのは美神令子、昔みたいにボディコン姿ではなくシックなスーツで身を包んでいる。
西条輝彦と結婚したせいか、表面上は落ち着き大人の色気を醸し出してきた。
「ふふ、横島クンも暇があればひのめの面倒を見ていたしね」
「何よママ。私だってひのめを可愛がっているのに」
美神美智恵と美神令子、先程の令子がママと呼んだからこの二人は親子である。
だが初対面の人に少し年の離れた姉妹と言えば、信じるであろう。
それほど二児の母(長女はすでに成人)だが美智恵は若々しい。
そして何故ひのめがここに預けられているかというと、一年程前とある密売組織に狙われたからだ。
狙われた理由は至って簡単、ひのめは類稀なる念力発火者(パイロキネシスト)だからだ。
その事件はちょうど令子がひのめを見ていたから事なきを得た。
犯人達は令子の対セクハラ折檻スペシャル(横島用)のショートアッパーからの空中コンボ、ジャンプパンチからの連続コンボ、さらに神通棍から神通鞭へ変えタコ殴りする乱舞技によって半殺しにされた。今でもベッドの上で悪夢に魘されているらしい。
そういった訳で美神親子と横島はちょくちょくここへひのめに会いに来る。
「でもママ。幼稚園とかもうそろそろ考えないといけないわね」
「そうね。六道女史が経営している幼稚園にしようと思うの」
「う〜ん、それで大丈夫なの?」
「ええ、警備の方は頼めば何とかなると思うわ。それに子供をずっと閉じ込めるわけにはいかないでしょ?」
「その通りです!」
ここで野太い声が割って入って来た。
横島達三人が声の方に視線を動かすとそこには二人の男と一人の女が居た。
「こんにちは。桐壺局長」
「どうも、美智恵さん」
桐壺は美神姓が三人も居る為にあえて名前で呼んだ。
「いやぁ朧さん、相変わらずお美しい」
「ありがとうございます。横島さんはお上手ですね」
そして横島は美人である柏木朧に先ず挨拶を交わしていた。
「そんなこれは事実ですよ。あだっ!?」
「ったく何やってんのよ。あんたは?」
もちろん叩いたのは令子であった。
これは嫉妬とかそういった事ではなく、横島の恋人であるシロとタマモの事を考えての行動だ。
「美神さん!? いやだなあ、これは挨拶ですよ」
「ほ〜う、だったらシロとタマモの前でも出来るのかしら?」
「うっ!?」
分かりやすく言葉を詰まらせる横島だが、これは邪な考えを持っていたというよりも二人のお仕置き(狐火と霊波刀)が脳裏を過ぎったせいだろう。
「横島も相変わらずだな」
「お、元気にしていたか皆本」
フレンドリーに話し合う横島と皆本。
出会ったのはここ数ヶ月前だが、妙に気が合うせいか二人は仲が良い。
「元気……か。今朝ちょっとね……」
皆本はふっと自嘲的な笑みを浮かべる。
「そうか、また……か」
「ああ。薫は手加減を知った方がいい」
「はは、その内いい事あるさ。それで例の小さい恋人達は?」
「こ!? 横島、頼むからそんな事言わないでくれ」
泣きそうな顔で皆本は訴えると、横島は悪い気がした。
「まあ、チルドレンは外へ遊びに行ったよ。最近友達が出来たって言ってたよ」
「へえ、それっていい事じゃないか」
「まあね。あの子達は自分がエスパーだからってノーマルと付き合えないと思っている節があるから、他に友達が出来たのはいい事だよ」
皆本は笑顔で言った。
超能力者(エスパー)と霊能力者―これらは同じ分類に嵌る。
正確に言えば超能力の一つに霊能力があるのだ。
どちらも魂の力と言われている。
超能力、霊能力というふうに分けられているのかというと理由は至って簡単。
超能力では悪霊や妖怪に大したダメージは与えられないからだ。
一つ例を挙げると、横島は昔、厄珍に『カタストロフ―A』なる三〇〇秒だけ超能力者になれる薬を渡された。
その効き目は素晴らしく厄珍堂から旧美神除霊事務所まで瞬間移動(テレポート)してみせた。
横島はその能力に酔いしれ令子に断りを入れず、偶然きた除霊の仕事を引き受けてしまった。
だが結果は散々、念動力を当てても悪霊は倒せず限界まで力を使い―いわゆる暴走でようやく倒せた。
横島も危うく廃人になる所だった。
「うおおっ!! あの子達にも友達がーー!!」
その話を聞いていた桐壷は感動で号泣した。
ここ―バベルでは日本で僅か三名しか居ない超度7のエスパーが所属している。
今朝、皆本を吹っ飛ばした念動能力者(サイコキノ)の明石薫。
瞬間移動能力者(テレポーター)の野上葵。
精神感応能力者(サイコメトラー)の三宮紫穂。
以上、しかしこの三名は僅か一〇歳の少女であった。
そしてこの三人は今、何をしているのかというと―
シロとタマモは学校帰りにとある公園に拠って行った。
公園は程々の広さがあり、滑り台、ジャングルジム、ブランコといった物が一通り揃えてある。
それに公園のほぼ真ん中に、ちょっとした丘があり林を形成していた。
「シロー! タマモー! こっち、こっちー」
二人が声のした方を見やるとベンチで薫達三人が座っていた。
「薫どの、お元気そうでなによりでござる」
「当たり前だろ。人生くよくよしてたら勿体無いって」
薫とシロは気が合うらしく、元気よく話していた。
「葵、紫穂、久し振りね」
「タマモはん、一週間だけやないか」
「いいじゃない葵ちゃん。それぐらいは」
タマモは葵と紫穂と話が合うようだ。
この五人が知り合ったのはほんの一月前。
シロとタマモが帰宅の途中に公園で暇そうにしていた薫、葵、紫穂を見掛けシロが何となく離し掛けたのが切っ掛けだった。
すぐにお互い、普通とは違う事に気付いたがそれでも意気投合した。
紫穂に至っては触れた者の思考を読み取る事を知っても、差別も嫌悪もしないシロとタマモは特別な存在だ。
「しかしシロ。お前は本当にいいチチしているなあ」
薫は無遠慮にシロの胸に揉み始めた。
セクハラ親父みたいな行動だ。
「ははは、薫どの。くすぐったいでござるよ〜」
「え!? 気持ちよくないのか?」
少しショックを受けた様な顔をする薫。
「ただ揉めば気持ちよくなるのではござらんよ」
「がーーーーん!?」
本当にショックを受け、薫は落ち込んだ。
テクニックにでも自信があったのだろうか?
「あんたら一体何をやっているのよ」
「ホンマやなあ」
タマモと葵は冷めた眼差しで二人を見ていた。
「うう、ナイチチの方が感度がいいって本当なのか?」
「薫〜、それはウチに対しての挑戦と見ていいんやなあ」
「事実だろ?」
薫と葵は取っ組み合いのケンカを始めた。
「拙者は不感症ではござらんよ〜」
涙目でシロは言うが誰も慰めようとはしなかった。
「ぜえ〜、ぜえ〜。そういえばシロとタマモは恋人が居るって前に言ってたよな」
「はあ〜、はあ〜。そういやぁ、同じ人だって言うてたなあ」
息も荒く薫と葵は言った。
一〇分近くもいがみ合ってたらしょうがないだろう。
紫穂はいつもの事だと傍観していたし、シロとタマモは昔の自分達を見ている気がしたので止めなかった。
「私も知りたい」
紫穂も興味津々といったふうだ。
「先生はそれはもう立派な方でござる」
先ずシロは雄弁に先生―横島忠夫の事を語った。
シロ視点で語られている為に色々と美化されている所もあったが、嘘は吐いていない。
「シロ。それは美化しすぎなんじゃない?」
と突っ込んできたのはタマモだった。
タマモは最初は横島に対して特別な感情を持っていなかったので、冷静な視点で横島を見ていた。
「しかしタマモ……」
シロの発言の途中に紫穂が割って入ってきた。
「ねえ、横島さんってあの横島さんかな?」
紫穂は薫と葵に尋ねると、二人とも頷いた。
「先生を知っているのでござるか?」
「たぶん偶に来て皆本と話してる奴の事だったよな?」
「そうやなあ。バベルは一介のGSが来られへん所やし、シロはんの言う事も最もかも知れへん」
葵の言葉にシロは自分が褒められた様に尻尾をぱたつかせた。
「そうでござろう。そうでござろう。さすが拙者の先生!!」
「タマモちゃんはどうなの?」
「私?」
紫穂が言いたいのは最初、横島の事をどう思っていたかと言う意味も含まれていた。
当然、タマモはそれを理解していた。
「バカで極度の女好きでセクハラしまくっていたわね」
「どうしてそんな奴を?」
ある意味、薫は自分の事を棚に上げて聞いてみた。
「でも優しくて差別しなくて、いつの間にか好きになったのよね」
タマモは今でも不思議に思う。
どこが好きなの?と聞かれてもシロみたいに明確に答えられない。
だからシロのあんなはっきりと語れる所は羨ましく思った。
「で、あんた達はどうなの?」
「え!?」
途端におろおろとしだす薫達三人。
その様を見てタマモは噴き出した。
「な!? 笑う事はないだろ」
薫は怒るが顔が真っ赤な為、可愛く見えた。
「ごめんね。でも薫達も好きな人が居るんでしょ?」
三人はこくりと頷いた。
それは年相応に見えて、微笑ましかった。
「実はな……」
と薫は皆本の事を話し出した。
「ふ〜ん、なるほどね」
「でもあたっくばかり続けるのは逆効果でござらんか?」
「あんたが言う?」
タマモはジト目でシロを睨んだ。
「うっ、拙者はサンポのおねだりのしすぎでよく先生を怒らせたでござる。ほら、経験者は語るって奴でござるよ」
慌ててシロは言い繕う。
が、薫達は沈んだままだ。
「あのなぁ、偶にウチらの気持ち、皆本はんには迷惑かなって思う時あるねん」
「それにこの気持ちは一過性かもしれないって……ただ優しくされたから私達が舞い上がってるだけかも」
「あたし達は親にも疎まれたから皆本の事さ、親代わりにしてるんじゃないかって」
三人は顔を俯かせ、悲しそうに呟いた。
「う〜ん……」
タマモは唸った。この時はどう答えればいいのだろうか? それに安易な慰めはこの子達を傷つけるかもしれない。
「いいのではござらんか?」
「どういう事?」
突然のシロの言葉に紫穂は聞いてみた。
「拙者は父上を殺され、仇を追う為に街を放浪していた時に先生に出会ったでござるよ。拙者は今思えばその時は先生を父親代わりにしていたでござる。でも時が経ち、拙者は本当に先生の事を愛している事に気付いたでござる。だから……」
ここでシロは一拍置いた。
「だからいいのではござらんか? 今の気持ちを大切にすればいいでござるよ。そしていつかはその気持ちが皆本どのに届くと思うでござる」
そう言ってシロはにかっと笑った。
「シロ。あんた……」
タマモは素直に感心した。
この純真な想いがシロの強さだと気付いた。
「ありがとう。シロ」
「シロはん。おおきに」
「シロさん……」
うるうると瞳を潤ませ、三人は感謝の言葉を述べた。
「え!?」
「な!?」
「きゃ!?」
突然の事であった。
シロは薫と葵を、タマモは紫穂を抱きかかえベンチの奥の草むらへ突っ込んだ。
瞬間―
けたたましい音が公園内に響き、薫達が座っていたベンチを瞬く間にゴミ屑に変えた。
「な、何なんだ一体?」
「敵でござる」
シロは疾走しながら薫に答えた。
タマモもちゃんと横を並走している。
「シロ! 気付いた?」
「殺気を感じるまで気付かなかったでござる。もしかして……」
「そう。くっ、匂いもないなんてどういう事?」
タマモが悔しそうに言う。
絶対の自信を持っていた嗅覚で敵を察知できなかった事が腹立たしい。
シロとタマモの脚力を持ってすれば、あっという間に頂上に着いた。
「あーっ!?」
「どうしたでござる?」
「サイコキネシスが使えない!?」
顔面を蒼白にし、呆然と薫が呟いた。
「ウチもテレポートが使えへん!?」
葵も能力を発動させようとするが、何も出来なかった。
「……敵の居場所が分かったわ」
ポツリと呟いたのは紫穂。
地面に手を当てて、額には汗がびっしりと張り付いていた。
「紫穂、お前は使えるのか?」
「ちゃう! 紫穂、まさか無理して使うてへん?」
「顔色が悪いわ」
タマモはハンカチをポケットから取り出し紫穂の額の汗を拭った。
顔色は蒼白を通り越して、紫色に近かった。
「あの人達は『普通の人々』よ」
「ちっくしょう!! またあいつらか!!」
薫は唾棄すべき、相手の名を聞き語気を荒げた。
葵も苦虫を噛み潰した表情をしている。
「普通の人々って何でござるか?」
聞きなれない単語を聞き、シロはタマモに聞いた。
「あんたねえ、ニュースを……。まあいいわ。簡単に言えば超能力排斥団体よ」
「そんな……。薫どの達をまさか!?」
「そのまさかよ」
タマモがそう言うとシロはショックを受けた。
「……話を続けるわ。ちょうどこの丘の左右に大型のトラックがあるわ。その中に公園内を限定に超能力・霊力を封印する装置があるの。それさえ破壊すれば……」
トラックの方向を指差して、紫穂は気を失った。
「紫穂!! 紫穂!!」
薫は紫穂を抱きしめる。
「大丈夫、気を失っただけだわ」
「ESPリミッターが効いている所で無理矢理、超能力を使うたらあかんて、皆本はんが言うてたやろ」
葵は叱責しているふうに見えるが、その瞳は涙で濡れている。
「くっそ!! あいつらぶっ飛ばしてやる!!」
「止めなさい。超能力を使えない薫には無理よ」
タマモは今にも飛び込んで行きそうな薫を戒めた。
「でも!!」
「落ち着いて。ここで焦ったら何にもならないわ」
薫の肩に手を置くと、唇を噛んだまま嗚咽を漏らした。
「私とシロが何とかするから。シロ、文珠は使える?」
タマモの問いにシロはネックレスの文珠を握り締めたまま、頭を振った。
「駄目でござる。霊気を送る事は出来ても文字は浮かばないでござる」
「あ〜もう八方塞がりじゃ……ないわ!!」
タマモは何か思い付いたのかシロの肩に手を置き、揺すった。
「つっ!!」
途端にシロは顔を歪める。
「あんた、まさか!?」
シロを無理矢理後ろを振り向かせると右肩の後ろが血塗れになっていた。
「撃たれたの!?」
「すまぬ。だがタマモ何か思い付いたのでござろう?」
シロは申し訳なさそうに頭を垂れたが、その瞳はまだ死んでいなかった。
「全くバカ犬なんだから。いい? タダオから聞いた事があるんだけど、文珠って上手く精製出来ないと暴走して爆発するの。だから私達の霊力を文珠に送れば暴走するかもしれないわ」
「タマモ、それはまた無茶な……。でもやるしかないでござろう」
シロは決意を固めて立ち上がる、タマモもだ。
「待ちや。それはいくら何でも無謀すぎるわ。それに文珠って何の事か分からへんけど、その口振りからすると試した事あらへんのやろ?」
「そうだぜ。ここは素直に逃げた方が……」
『我々は普通の人々である。エスパー並びに妖怪! この国にお前達は不要だ。だから抹殺する!!』
拡声器での言葉はどこにも『普通』はなかった。
「無理みたいね。私とシロが必ずトラックを破壊するから、後はよろしくね」
「でも、でも止めてくれよ。シロは怪我してんじゃん」
「薫どの」
シロは薫の頭に手を置いた。
「拙者は誇り高い人狼でござる。人狼は仲間を……友を見捨てたりしないでござる」
「そうよ。私は妖狐だけど、友達が危ない時は絶対助けるから」
二人はそう言って反対の方向を向く。
「バカ犬。あんたが死んだらタダオは独り占めするから」
「何をクソ狐。そっちこそくたばったら、拙者は先生と楽しく暮らすでござるよ」
「「その言葉、後で覚えておきなさいよ(おくでござるよ)!!」」
二人は一気に駆け出した。
シロが駆け下りるとそこには武装した複数の人物が居た。
そいつらは最初は驚いたものの、銃口をシロに向けた。
「うおおおおおおおっ!!」
大声でシロは自らを鼓舞し、その中を駆けて行こうとしたが痛みで思う様に足が上がらない。
銃口からシロを殺すべく弾丸が発射された。
(避けれない!?)
『シロは集中力があるというより、視野が狭くなっているんだよ』
何故だかここで先生である横島の言葉を思い出した。
『戦いの時に相手しか見えないのは集中しているからでござろう?』
『まあ、確かにそれも集中とも言えなくないが、除霊の最中は大体がたくさんの悪霊を相手にしないといけないんだ』
『ふむふむ』
『だから周りにも常に気を配っていないといけない。そうすれば例え多方向からの攻撃されても、かわす事が出来るって猿神(ハヌマン)が言っていたぞ』
『がくっ!? もしかして先生、自分が出来ないのに拙者に言っているのでござるか?』
『さすがにそれはない。俺もほんの数度だけど究極の集中力状態になったことがある』
『それはどういったものでござるか?』
『そうだな。言葉で説明するのは難しいが、自分以外がスローモーションで動いている様に見えるんだ』
『おお!! さすが先生』
究極の集中力―
瞬間、シロの意識はクリアとなり肩の痛みがなくなった。
(見える!?)
先生が言った通り、シロの視界に移るもの全てがスローになった。
目前の弾丸も遅く感じ、難なくそれを避けるシロ。
また別の人物が銃を発射してもシロは避ける。
擦れ違い様にたぶん男にケリを当て倒す。
それを何度か繰り返すと目的のトラックが見えた。
シロはありったけの霊力を込め、ネックレスの文珠を引きちぎりトラックに放り投げた。
(ああ、折角先生から貰ったのに……)
最後にシロはそう思った。
タマモが駆け下りた先には多数の武装した連中が居た。
銃口を向けタマモに発射される弾丸。
それを何とか避けていくタマモだが、弾丸は頬をわき腹を太ももを掠り赤い線を作る。
(せめて幻術が使えれば……)
段々と体の傷が増えていく。
けどタマモは止まらない。本当にギリギリでかわしトラックへ突き進む。
刹那―左手に激痛が走った。
見ると二の腕から大量の出血、だがタマモは歯を食いしばり前へ進んだ。
徐々に意識が朦朧としてくる。
(駄目なの?)
タマモが諦めかけた時に脳裏にタダオとの会話を思い浮かんだ。
『タマモは読みに特化させるのがいいかもしれないな』
『読み?』
『そう。相手が次に何をするのか予想するんだ』
『難しくない、それ?』
『確かに難しい。俺もそう上手く出来ないからな』
『あのね〜。自分が出来ない癖に私に言うの?』
『タマモってそういう事、得意そうじゃん』
『笑いながら言うと、説得力がないわ』
そこで一歩左へ足を運んだ。
すると弾丸は今まで居た所を過ぎ去っていく。
(え?)
次の人物が銃口をこちらへ向ける。
また一歩ずらす。
やはり弾丸は今、居た所を通過した。
(そうか銃って真っ直ぐしか飛ばないんだ)
特別な弾丸でない限り、その考えは正しかった。
そいつらは驚愕した。
いくら銃を撃っても当たらなくなったからだ。
それにどうも次を読まれているみたいに思われる。
タマモは何とかトラックまで辿りつき、髪留め文珠にある分だけの霊力を込め、投げ放った。
(あ〜あ、タダオがくれたのになあ。後でこいつら燃やしてやる)
タマモは最後にそう思った。
どがああああああああああんっ!!
「葵!!」
「分かっとる!!」
爆発音を聞き、すぐに葵はテレポートを行いシロとタマモを救出した。
「ひでえ事しやがって……」
満身創痍で気を失っている二人を見た薫は奥歯を噛んで怒りに身を強張らせた。
「行ってくる……」
「うん。こっちはちゃんと病院に運んでくるわ。でもやりすぎちゃ駄目やで」
「分かっているよ」
この瞬間、幼い破壊神が降臨した。
「そんな事があったのか……」
皆本は現場を見ながら呟いた。
そこは公園だった所だ。丘は見る影もなく逆にクレーターと化していた。
皆本はこの惨状を見て頭が痛くなったが、三人が無事だったのでよしとしておいた。
紫穂はもう目を覚まし、皆本に寄り添っていた。
顔色は悪いが、体には異常がないと診断が出たからだ。
「しかし誰も死ななかったのは幸いだ」
『普通の人々』の連中も数ヶ月は入院しなけらばならない怪我だけだった。
「なあ、皆本……」
「何だい?」
薫は疲れた顔で言ったので、皆本は優しく聞いた。
「泣いていいかな?」
「ああ」
皆本が短く答えると、三人は抱きつき大声で泣いた。
(エスパーとノーマルは戦わなくてはいけないんだろうか?)
その問いに誰も答える者は居なかった。
「これは困った事になったね」
「はい、局長」
桐壺と朧はそれを少し離れた所で見ていた。
朧は鞄から数枚の紙を取り出す。
「これは……」
朧から手渡された資料を見て桐壷は絶句した。
「『普通の人々』は美智恵さんが追っている組織と繋がっているみたいです」
「本気かね!? 組織の方ははぐれエスパーを雇っているというのに」
「ですが調査員からの報告ではそうなっているとしか言えません。例えエスパーを使っていても『普通の人々』を騙す力があるみたいです」
「そうか。なら我々はあの子達を守ろう。それぐらいしか出来ないからね」
「そうですね」
桐壷は決意を新たに固めた。
「ねえママ。シロとタマモの容態は?」
「怪我は横島クンの文珠で完全に治ったわ。でも……」
美智恵はちらりと病室の二つのベッドを見た。
シロとタマモは霊力を使い果たし、元の狐と狼の姿で寝ている。
ここは獣医の病院だが、無理言って普通のベッドを用意してもらったのだ。
「霊力が戻らないからずっと寝たままなの」
「許せないわ。私の連れを酷い目に合わせなんて、絶対に潰してやるわ」
親指の爪を噛みながら令子は決意を固めた。
「ところで横島クンは?」
ここに居るはずの横島の姿が見当たらず、美智恵に聞いた。
「横島クンはどこへ行ったのか分からないの」
「!! まさか『普通の人々』の所へ乗り込んだのかも!?」
「それはどうかしら? まだアジトやら隠れ家も見つかってないし、いくら横島クンでもそんな無茶な行為は……」
「でも、あいつは大切な人が傷つけられたら考えもなしに突っ込んでいくタイプよ」
「……」
沈黙がこの場を支配し、美神親子は苦渋に満ちた表情をした。
「すんません。ただ今、戻りました」
扉を乱暴に開けて入って来たのは横島だった。
「横島クン!!」
「って今までどこに行ってたのよ!?」
「あのこれを取りに行ったんです」
横島は小瓶を見せた。
「それって天狗の霊薬!?」
「はい。霊力が回復しないもんで天狗に貰いにいったんす」
「天狗に勝たないと貰えなかったはずよね?」
よく見ると横島は体中に小さな傷跡があった。
だが大きな傷は見当たらない。
「そりゃあ、もちろん戦ったすよ。でもあいつシロの時より強くって……。いけね、早く上げないと」
横島はシロとタマモに霊薬を与えようとしたが、寝ている為にそれぞれ口移しで飲ませる。
すると二人は目を開け、人間に変化した。
「せんせい!? 拙者は、拙者はーー!!」
「タダオーー!!」
二人は猛然と横島に抱きつき、喜んでいた。
「ああ、そんな!? 裸で抱き付かれるといろんな所が暴走してしまうーー!!」
(全くあんたって子は……)
令子はそんな三人を見て笑みを浮かべた。
美智恵も同じ様に微笑んでいた。
そして三日後。
横島達が住んでいるマンションにみんなが集まっていた。
みんなと言っても横島、シロ、タマモに皆本、薫、葵、紫穂だけだ。
美神親子と桐壺、朧は仕事が忙しいと辞退した。
とは言ってもこのメンバーにする為の嘘だと誰もが分かっていた。
「シロー、タマモー、元気かー」
薫はそう叫んでシロの胸の中に飛び込んだ。
「もちろんでござるよ。武士を目指す拙者はそう簡単にくたばらないでござる」
「薫も元気そうで良かったわ」
「シロー! ああ、もうこの胸ははっきし言って宝なんだからな!!」
グリグリと顔で胸を堪能する薫。
「やっぱりくすぐったいでござるよー」
きゃっきゃと騒ぐシロ。
「全く薫は素直やないなあ」
「そうね」
葵と紫穂はくすくすと笑った。
「そうか皆本達は同じマンションだったんだな」
「そうだね。今日まで気付かなかったとは」
横島と皆本は男同士で話していた。
いくら仲が良いからと言っても携帯の番号ぐらいしか教え合ってなかったのである。
「そういやあ、偶にヘリが近づくのもお前んとこか」
「ははは、迷惑かけてすまない」
「別にいいって。所でお前やつれてないか、悩みがあるのなら聞くぞ。やっぱあの子達のことか?」
横島は妙な所で鋭い。
いきなり確信を突かれ皆本は動揺した。
「そうなんだ。エスパーとノーマルに共存の道はないのかなって」
さすがにあの予知の事は言えないので、こういうふうに言った。
「そうか、でも何とかなるんじゃない?」
「そうかな?」
「そうさ。ほらシロタマとあの子達仲良くしてるじゃねえか。シロは人狼でタマモは妖狐、種族はまるっきし違うけど上手くいっている」
横島は彼女達を顎でさし、言った。
そこにはおしゃべりに夢中になって彼女達が居た。
「横島の言う通りだ。僕が落ち込んじゃいけないね」
「そうそう。皆本もノーマルだけど上手く付き合ってる。それでよしとしないか?」
「……付き合うって、別の意味で取られそうだ」
「そうか? どう見てもあの子達はお前の事、好きそうだけど」
横島がからかうと皆本は黙ってしまった。
少しやりすぎたかな?と横島が思った時―
「こらー皆本。そんなとこ居ないでこっち来いよ」
「そうやで。男同士やと誤解されるんとちゃうん?」
「非生産的な行為」
「な!? 先生にそんな趣味はござらん」
「シロ、真に受けてどうすんのよ」
彼女達は笑いあっていた。
「さて行こうか皆本。お姫様が待ってるぞ」
「そうだね」
まだ何も始まっていないのに諦めるのは早すぎる。
横島と皆本はそう思った。
あとがき
シロとタマモを痛い目に合わせてすいません(土下座)
チルドレンがあんまり活躍してなくてすいません(土下座)
そんな訳で第五話です。
今回はどっちかて言うとシロタマを活躍させようとしました。
特にシロはこういった場面では大活躍をするのは当然って事で書くのにも力が入りました。
原作を見ても群れの為、仲間の為なら力を発揮するタイプですから。
いやあ書いていて面白かったです。
さてこんなに風呂敷を広げましたが、後はどうするか考えていません(マテ)
次回は天龍とパピリオ、小竜姫さま辺りを出そうかなと考えています。