雨の降り頻る中、美神除霊事務所内の一室に三人の女性がいた。
美神令子、氷室キヌ、美神美智恵の三人である。
美神が横島の事で相談する為に美智恵を呼び、現場に共にいたおキヌちゃんと一緒に迎えたのだ。
「それで、おキヌちゃんはどういう幻覚を見せられたの?」
そう問い掛けられたおキヌちゃんはその時の事を思いだし、身震いをしながら語り出した。
「はい。 いろいろな光景を見させられましたが。 実際に見たことのある光景もあれば、見たことが無い光景もあって、しかも関連性の無い光景でした。 共通点と言えば、全部が全部恐ろしかったことです。」
「・・・・・・・・・・・・そう。 わかった、もう良いわ。」
その身震いをさせながら答える様子を見てこれ以上思い出させない方が良いと判断した美智恵は、そう言って一度会話を打ち切った。
「お手上げね。 おキヌちゃんが見た幻覚から彼が何を見たのかを推測して、それを材料にして何とかできるかと思ったけど。 無理っぽいわね。 恐怖と言ったショックによる治療法は、既に試したんでしょ?」
すでに様々な方法、それこそ前回のように美神のヌードを見せるという方法までも美神達の手によって試されており、最後の手段として美智恵に頼ったのだが、彼女でもお手上げと言う結果しか出せなかった。
美神はそれを見て、いらついた様子で頭を掻き毟りだした。
「あ〜〜〜〜、たくっ、あの馬鹿は! 丁稚の分際でこの私にこんなに苦労させるなんて、元に戻ったら絶対に折檻してやる!!」
美神がそう叫んだのを聞いて美智恵は咎めようとしたが、その顔に浮かぶ焦りのような不安のような感情を見て取り、口をつぐんだ。
先程見た横島の様子は、いつもの横島とは違いすぎた。
その顔に何時も浮かんでいた笑顔は無くなっており、感情そのものが希薄になった様子であった。
記憶が無くなったことに対しても何も感じた様子も無く、戻そうと思っている様子も無い。
それが既に1週間も続いているのだ、焦りや不安と言ったものも出てくるだろう。
自分でもあんな様子の彼など見たくは無いと思うのだ、今までずっと一緒にいたこの子達は自分以上にそう思っているだろう、と美智恵は思い、そっと目を閉じながら瞑想するかの様に横島の記憶を取り戻す為の手段を模索し始めた。
* * * * * *
その頃、事務所の一室で、横島はソファーに静かに座っていた。
その目はどこを見るわけでも無く、呆然と焦点の合わない眼で前を見ていた。
その視界の片隅に人影が入ったのを感じそちらの方を見ると、目に薄っすらと涙を溜めた様子のタマモが怒ったような表情をしながら立っていた。
「・・・・・・・・何か?」
向こうから何かを言ってくる様子が無い様子なので、横島はそう尋ねた。
その言葉を聞いたタマモは、その顔を少し俯かせ、体を震えさせ始めた。
「・・・・何で思い出さないのよ。」
その声は小さく、しかしはっきりとした響きを持ち様々な感情を込められ、横島の耳に届いた。
だが、横島はその言葉に込められている感情に対して何も反応を示さず、タマモの方を見ているだけであった。
それを見たタマモは、弾ける様に横島に飛びついて胸倉を掴み、今度は大声で叫び始めた。
「なんで、何で思い出さないのよ! 大体、何時もどんな奴にボコボコにされても次の瞬間には平気な顔をしているようなあんたが、ちょっと幻術を掛けられた程度で何で忘れちゃうのよ!! 私の事も、シロの事も、美神やおキヌちゃん達の事も! そんな程度で忘れちゃうようなどうでも良い事なの!!」
タマモのその叫びを聞いても、横島の表情に動きは無かった。
だが、その様子を見て、怒っていると判断したようで一言こう言った。
「ごめん。」
と。
その言葉を聞いたタマモは、横島の顔を一度キッと睨んだ後、横島の胸に顔をうずめるようにした。
「・・・・・・・・何で謝んのよ。 私はワガママを言ってんのよ。 いつもみたいに苦笑いみたいな顔しながら、無茶言うんじゃねえ、って言ってよ。 いつもみたいに、いつもみたいに・・・・・・」
その声は段々と小さくなり、最後の方はすすり泣く様になっていた。
それを見た横島は、おもむろにタマモの頭に手を乗せると、撫でるような動きを始め出した。
その手の動きを感じ、タマモは驚いた様子で顔を上げ、横島に何故そんな事をするかを尋ねるような視線を向けた。
すると横島は、少し困惑したような様子で、
「何故か知らないけど、こうしなくちゃ駄目な気がした。」
と言った。
タマモはそれを聞くと、もう一度横島の胸に顔をうずめるようにして泣き始めた。
頭の中で様々な事を思いながら。
いつもワガママを言う度に、横島は苦笑いみたいな顔をしながら一言言った後に、そうやって自分の頭を撫でていた事を。
子供扱いするなとか、気安く頭に触れるなと言いつつも、その手の暖かさを味わいたくて事有る毎にワガママを言っていた事を。
今自分の頭を撫でる手の暖かさが、何時もと変わらぬ暖かさであるという事を。
* * * * * *
それから二日後、その日は美神達の心情を表すかの様に雲に覆われていた空が約1週間振りに青空を見せていた。
久方ぶりに洗濯物を天日で干すべく用意していたおキヌちゃんの視界に、ふらふらと歩くシロの姿が見えた。
「あ、シロちゃん。 どうしたの?」
その様子を見て声をかけたおキヌちゃんの声に振り向いたシロは、力の抜けた笑顔を見せながら答えた。
「ああ、久しぶりに晴れたので、少し散歩にでも行こうと思ったのでござるよ。」
「あ、そうなの。 ・・あれ、横島さんは誘わなかったの?」
おキヌちゃんのその質問にシロは顔を俯かせ、そのまま力無くははっと笑った。
「さっき誘って、断られた所でござるよ。」
そのシロの様子を見て、おキヌちゃんは気遣う様な表情を浮かべながらシロに近づいていく。
「・・・シロちゃん、大丈夫よ。 きっともうすぐ記憶も戻るから、そうしたらまた何時もみたいに一緒に散歩に行ってくれるようになるから。」
「・・・・・・・そうでござるな。 うん、きっとそうなるでござる! よし、気合を入れるために散歩に行って来るでござるよ!!」
おキヌちゃんの言葉を聞いたシロは、目尻に浮かんだ涙を振り払った後に笑顔を見せ、大きな声でそう言いながらドアを開けて走って行った。
その元気を取り戻したような様子を見ても、おキヌちゃんの気遣わしげな表情は晴れる事は無かった。
なぜならシロの笑顔の中には、隠そうとしても隠しきれない不安と悲しみが見えていたから。
忠夫SIDE
ソファーに座りながら、俺は何をするとも無くボーっとしていた。
記憶喪失の人間が全員こういう状態になるのかはわからないが、俺の場合は記憶が無い事に不安は無く、むしろ思い出さない方が良いと心のどこかで思っている部分が有る。
だから、周りの人達が俺の記憶を取り戻させようとしているのを迷惑に感じているが、自分のことに対して必死になってくれている人達に対してそんな事を感じる自分に嫌気がさしている。
さっきも、シロと言う女の子の散歩の誘いを顔も見ずに断ってしまった所だ。
「・・・気にする事無いわよ。」
自分の隣りから聞こえてきたその声に顔を向けると、そこには金髪の女の子が自分にもたれながら雑誌を読んでいる姿があった。
タマモ―自分の周りにいる人達の中で、唯一記憶を取り戻させようと言う行為をしていない存在である(最初の邂逅の時は、文句を言われたが)。
「あの馬鹿犬の散歩に今のあんたが付き合ってたら、怪我程度じゃすまないから。 断って正解よ。」
そんな事を横で言うタマモの方に顔を向けて、一言尋ねる。
「普通、こういう時は断られて落ち込んでいる方を庇う言い方をするんじゃないか?」
「シロへのフォローは、おキヌちゃん辺りがするわよ。 だったら私は、あんたへのフォローをした方が良いでしょ。」
そのタマモの答えに、俺は少し苦笑した。
この少女には、他の人達には気づかれていない俺の内心での事も見抜かれているらしい。
一応表情に出さないようにしているのに、色々と心の中で葛藤している部分等を言い当てられたりした事もあった。
本人曰く、 「皆は記憶を取り戻そうと必死になってるからわかってないみたいだけど、記憶を取り戻す事に拘ってない私はそこら辺を冷静に見れたから、気付けたのよ。」 だそうだ。
記憶を取り戻したく無いと思っている理由に関してはわかってないらしいが、それを追求しようとはしてこなかった。
「なあ、タマモ。」
「なに?」
俺が再び声をかけると、タマモは雑誌から目を離さずに声を返してきた。
「何で、タマモは俺の記憶を取り戻させようとしないんだ?」
「他の皆と違って、私はあんたとの付き合いは元々短かったから、あんま重要じゃないからよ。」
「だけど、最初のあの時は記憶を無くした事に文句を言ってただろ。」
タマモの答えに対してそう返すと、タマモは読んでいた雑誌を閉じてこっちを振り向いてきた。
「あの時は、記憶が無くなったのと、あんたがあんたじゃ無くなるのとを同等に思ったからあんな事になっただけよ。 あんたがあんたのままなら、後はどうでも良いわ。」
その言葉を感じて少し嬉しくなった俺は、タマモの頭に手を置いて撫で始めた。
最初の時もそうだったが、この少女はいやがるような事を言いつつも、頭を撫でる度に嬉しそうな笑顔を見せてくれるのだ。
まあ、本人は否定しているが。
そんな風に、俺はタマモと一緒に時間を過ごしていた。
タマモSIDE
ふと窓の方を見ると、真っ赤な夕日が見え始めていた。
気付かぬ間に、結構な時間が過ぎていたらしい。
「しかし、結局帰ってこなかったわね、シロの奴。」
今朝のアレはそれほどに答えたのだろう。
もしかしたら、今もまだ何処かで走っているのかもしれない。
「お腹が空いたら帰ってくると思ったけど、結構長引くかもね。」
まあ、散歩と言う自分と横島の最大のコミュニケーションを断られたのだから、無理も無いかもしれない。
私はあの時、頭を撫でられるという行為の中で変わらない横島を感じたが、シロはそれに当たるものを感じ取っていない。
だけど、心配は無いだろう。
前と違って表情やらが希薄ではあるが、横島がシロの事を心配しているらしい事は見て取れるから、帰ってきたときには何らかのフォローをするだろう。
そして、あの単純バカの事だから、それだけで立ち直ってしまうに違いない。
「ま、頭撫でられたくらいで立ち直った私に、言える事じゃ無いけどね。」
小さく呟くようにそう言った所で、後でカタンという音が聞こえた。
後には横島しかいないから、誰がその音を立てたかは確かめるまでもないが、一応私は振り返って見た。
すると、そこには・・
「・・横島?」
「あ・・あ・・・・ああああああ。」
こちらの方を見て、目を見開きながら、怯えたようにうめく横島の姿があった。
「ちょっと、よこし 「うわああああああああああああああああああああああああ!!!」」
そして、私の呼びかけを遮る形で、横島の絶叫が上がった。
おキヌSIDE
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!」
取りこんだ洗濯物を持って廊下を歩いていた私の耳に、横島さんの絶叫が聞こえてきた。
「横島さん!?」
驚いた私は持っていた洗濯物を放り出して、横島さんがタマモちゃんを一緒にいるはずの部屋に向かって行った。
そして、ドアを開けて部屋の中に飛びこんで行った。
「横島さん!!」
「おキヌちゃん!」
私の声に返事を返してくれたのは、タマモちゃんだった。
彼女は部屋の隅でうずくまっている横島さんの頭を抱えるようにしていた。
「どうしたの、タマモちゃん!? 横島さんに何があったの!」
「何でってのはわかんないけど、原因は多分・・・」
そう言って、彼女はカーテンによって閉ざされた窓の方に指を向けた。
「夕日を見た所為でこうなったんだと思う。」
私は、タマモちゃんが言ったその言葉が信じられなかった。
夕日は横島さんにとって『あの人』を思い出させるもののはず、例え記憶喪失の状態であっても、怯えさせるなんて事は、・・・
「・・・そんな、ありえない。」
私がそう呟いたのを聞いて、タマモちゃんは訝しげな顔をしたけど、すぐに言葉を続けた。
「何でありえないかは知らないけど、それしか無いわ。 横島がこうなったのは夕日を見てからだし、現にカーテンで遮ったら様子が沈静化したし。」
その言葉を聞いてもまだ信じられない気分でいた私に、タマモちゃんはこう尋ねてきた。
「・・・・・ねえ、おキヌちゃん。 横島にとって、夕日ってなんかあるの?」
後書き
・・・・・・・・・・・・・すまんこってす!!!
いや、本当はもっと早く更新する予定だったんすが、ちょっとしたハプニングで負傷してモニターの前に座ることが出来なかったんすよ。
肉離れを腿にやっと、椅子に上手く座る事ができないんでつらかったっす(涙)
痛みに耐えつつ、少しずつ書き上げたものなんで、どっか変なとこあっかも知れませんが勘弁してください(汗)
一応大まかな修正はしたんすけどね。
ネットから離れてる間に、色々更新されてたりするんだろうな〜〜。
見たいけど、更新遅れた分このまま続きを書き上げちまってからにしよ。
ではまた次回にて。
しーなら。
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