「おう、いつでも良いぜ、老師!」
その老師にそう言って返したが、俺の頭の中では今までのここでの修行風景、そして、ここで武神流を修める切っ掛けとなったあの事件の事が頭をよぎっていた。
* * * * * *
「ちはーーーーっす! 横島忠夫、只今参りましたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
応接間のドアを開けながら、俺は大声でそう叫んだ。
「あ、横島さん。 今日は早かったですね。」
ソファーに座りながら女性週刊誌を読んでいたおキヌちゃんが、顔を上げてそう声を返してきてくれた。
まあ、近頃は留年回避の為の補習で来るのが遅くなってたから、その反応は当たり前だわな。
「ああ、補習をしてくれてる先生が休んでてね、とっとと帰ってこれたんだ。 ところで、美神さんたちは?」
そう言いつつ部屋の中をキョロキョロと見まわして、何時もなら飛びかかってくるシロや、それに対して馬鹿犬などと言ったりするタマモの姿を探した。
「今日は二件依頼が入ってて、その内の急を要する方に皆行っちゃってます。 もう一件の方は、低級霊が群れてしまっているのを祓うだけで良いから私達だけで大丈夫だって言ってました。」
ま、確かにどんなに数が多くても低級霊だけってんならおキヌちゃんの笛でOKだろうから、ガードする人間さえいりゃあ大丈夫だわな。
「OK! じゃあ、早速準備して行こうか。」
「はい。 でも、横島さんと一緒に除霊に行くのって、久しぶりな気がします。」
そういやあ、近頃はタマモと組まされる事が多かったな〜〜。
沢山の雑魚が群れてるような方は美神さんたちが行って、それなりの大物の方は俺とタマモで行くってのが続いてたから。
美神さん曰く、「二つに分けるなら、私と横島君は別れたほうが良いから。 後の人間の能力を考えると、これが一番バランスが良いのよ。」だそうだ。
「そうだね。 ・・・でも、今回はおキヌちゃんと一緒ってのは嬉しいな。」
「え、ええええええええ! そ、それって、ど、どう言う事ですか!?」
おおう、顔を真っ赤にして迫ってきたよ。
な、なんやっちゅーねん?
「い、いやね。 給料日前だから、懐がもはや限界に来てんだよ。」
「・・・・・・はい?」
んん、なんか今度は呆けたような顔になっとんな。
マジでどうしたんだろ、おキヌちゃん?
「タマモの奴、除霊が終わる度にキツネうどんをおごれってせがむんだよ。 しかも、おごらねえと腕にしがみ付いてくるんで、周りの目が痛いのなんのって。 んだもんで、毎回おごるはめになっから、今の懐具合ではそれが致命傷になりかねんからさ。」
説明が終わってからおキヌちゃんの方を見ると、なにやら俯いてぶつぶつ言っていた。
・・・・・・・な、何気に黒いオーラが見えて怖いんすけど、おキヌさん(汗)
「あ、あの。 おキヌちゃん?」
「ふ、ふふふふふふふふふ。 いえ、何でもありませんよ。 そんな事だろうと思ってましたから。 ・・・・・・・さあ、早く行きましょう、横島さん。」
ひ、ひぃいいいいいい!
目が怖いっす、目が!
顔は笑ってんのに、目が思いっくそ笑ってねえええええ!!
「何してるんですか? 行きますよ、横島さん。」
「さ、サー・イエッサー!」
お、俺が何をしたっつーんやー!!
* * * * * *
今俺は、あれから何とか機嫌を直してもらったおキヌちゃん(あのまんまじゃあ、俺の寿命が縮む(涙))と一緒に除霊現場である廃ビルの前に立っている。
「あ〜〜〜〜、この感じはもしかして・・・」
嫌な感じがするんで、横にいるおキヌちゃんに確認の意味を込めて目配せしてみた。
「ええ、多分霊を操っている存在がいますね。」
あ、やっぱし。
なんか周りを漂っている霊の様子がおかしいと思ったら、ドンピシャかい。
「あ〜〜〜〜〜、尻尾巻いて逃げたら、後で絶対に美神さんにしばかれっからな〜〜〜〜。 おキヌちゃん、周りに漂っている奴らだけでも何とかできんかな?」
「一応やってみますね。」
そう言っておキヌちゃんは笛を取り出して、一息吸った後にそれを吹き出した。
ピュリリリリリリリッ
俺の目の前で笛から出た音が霊波に変換され、それによって周りの霊達が消えていく。
「おお、なんか思ったより簡単に散っていったな。」
「ええ、どうやら霊達を操っている力はそんなに強いものではないみたいですね。 大体、霊達をここに留まらせるくらいの力のようです。」
霊が散っていったのを確認してから笛を吹くのを止めたおキヌちゃんが、俺の言葉にそう返してくれた。
「そいじゃあ、中にいる奴にも効くのかな?」
「それはわかりませんけど。 一度中に入って試してみましょうか?」
まあ、ここで手をこまねいていてもしょうがないし。
とりあえず、文珠を手元に出して警戒しながら行ってみるとすっかな。
* * * * * *
結論から言うと、中の霊にもおキヌちゃんの笛が効く事がわかった。
入口から入って直ぐにかなりの数の霊団が突っ込んできたが、文珠の結界で防いでいる間におキヌちゃんが笛を吹き始めたら、とっとと成仏して行ってしまったのだ。
コレには相手の霊を操る力が弱いこともあるが、別の理由もあった。
その理由が胸糞の悪くなる事だったので、自然に俺達の歩みも速くなっていった。
そして、
「ここみたいだね。」
「そうですね。」
霊達を集めていた黒幕がいるらしい部屋の前に俺達はたどり着いた。
何やらバイオリンのような音が聞こえてくるんで、おキヌちゃんと同じように音を霊波に変換して霊を操るタイプの奴みたいだと思う。
どうやら魔族みたいだけど、はっきり言ってタマモと組んで戦った奴等に比べりゃあ全然対したこと無い奴みたいだ。
一応の警戒はすっけど、俺一人でも対処できそうだな。
「おキヌちゃん、文珠をいくつか渡しとくから、それで後から援護お願い。 ああ、もち自分の安全優先でね。」
「はい。 でも、気を付けてくださいね。」
文珠を受け取りながら、おキヌちゃんは心配そうにこっちの方を見てくれている。
うう、ええ娘や、ホンマ。
タマモの奴だったら、わかったからとっとと突貫しろ、とか言い出す所なのに。
「うん、わかってるさ。 大丈夫、大丈夫。」
俺はおキヌちゃんを安心させる為に笑った後、一回深呼吸をしてから部屋の中に押し入った。
「そこの魔族、とっとと霊達を解放してここから出て行かねえと、このGS横島様が、極楽に行かせてやっぞ!!」
勢い込んで突っ込んでそう叫んでみたが、中にいた魔族はこっちを見ると、はっと鼻で笑う仕草をした後にこっちを無視するかのようにバイオリンを引き続けた。
こ、この野郎!
「テメエ、何無視しくさってやがる! 聞いてんのか、コラ!!」
再度大声で叫んでみると、今度はやれやれとばかりに首を振った後に声を返してきた。
「まったく、人が静かに芸術を探求している所に大声を出して邪魔をしてくるとは。 無粋な男だね、君は。」
「芸術だあ! あんな成仏しようてしていた霊を無理やりに操るのが芸術だってか、テメエは!!」
そう、あの霊達のほとんどが死後にそのまま成仏していこうとした霊達だったのだ。
そのせいで、おキヌちゃんの笛で奴の力を少し妨害してやっただけで直ぐに成仏して行ったのだった。
「ああ、それかい。 彼等はただの悪霊を操る時より、よっぽど良いうめきを聞かせてくれるからね。 特に、生前は善良で人を傷つけた事の無いような奴に他人を傷つけさせると、それは良い叫びを聞かせてくれるんだよ。」
野郎はその声を思い出したかのように恍惚とした顔をしながら、俺達にそれを語ってきやがった。
はっきり言って、今までで一番胸糞の悪い野郎だぜ、こいつは。
もうコレ以上こいつの戯言を聞きたくない! ぶった切る!!
「うおおおおおおおお!!」
右手に栄光の手を発動させ、奴に向かって突っ込んで行く。
だが、奴はそれを見ても何の防御の動きなど見せず、只バイオリンを奏でるのを再開しただけであった。
何を狙ってるかは知らねえが、とりあえず一発ブチかます!
そう思って突進していった俺の耳に、おキヌちゃんの悲鳴が聞こえた。
「き、きゃああああああああああああああああああ!!!」
「え、お、おキヌちゃん!」
慌てて振り返ると、おキヌちゃんが怯えた顔で何かを手で払うような仕草をしていた。
「ひっ、いや、いや! いやあああああああ!!」
「おキヌ ドガ ぐあ!」
急いでおキヌちゃんの側に寄ろうとした所に、後からいきなり衝撃を受けた。
「ふう、呆れるくらい直情的な男だね。 私の事を忘れるとは。」
倒れた俺を踏みつけるようにして、野郎がそんな事を言っているのが聞こえた。
「おキヌちゃんに何をしやがった、この野郎!!!」
何故か思い通りに体が動かない為に、俺は口でそう言うしかできなかった。
「ん、ああ。 私の芸術の中には、相手の嫌悪、又は恐怖を感じる風景や相手を幻覚として見せるものがあってね。 彼女にはそれを聞いてもらったんだよ。」
「だったら、なんで俺には効いてないんだよ!」
おキヌちゃんと同じ曲を聴いたんだから、俺もそれにかかっててもおかしく無いはずだ。
「私の音色は、相手の霊波に合わせたものにもできるのだよ。 その場合、効果は単体にしか効かないがその分強力で、一度効果が始まったらもう演奏は必要無くなるんだよ。」
そう言い終えると、踏みつけている俺の顔を見下ろしながらにやりと笑いながら、
「君は強そうだからね。 少しでも隙ができればと思って彼女を標的にしたんだが、まさか纏っていた霊波を全部解除してしまうとは思って無かったよ。」
と楽しそうに言いやがった。
おキヌちゃんの悲鳴があったからって、動揺してこんな隙を見せちまうなんて。
ちくしょう! 俺の馬鹿さ加減でおキヌちゃんまで!!
「良いね、その悔しそうな顔は。 それが見たいから、君にはまず体の自由を奪う事しかしなかったんだよ。 ・・・・さあ、今度は君も彼女と一緒に恐怖の叫びを聞かせておくれ!」
その言葉の後に耳に届いた音色によって、俺の目の前の風景は変わっていく。
くそ、どんなもんが出てくんだよ!
俺が恐怖したり、嫌悪したりするふう、け、い。
「あ、あ、あ、あ、あああああ。」
恐怖の叫びでなく驚愕の声が出た俺の前には、
「嘘だ、嘘だ!」
あの日見たのと同じ、
「こんなのは、でたらめだ!」
全てを赤く染め上げる、
「あるわけがねえ!!」
真っ赤な夕日が見えていた。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
否定をしようとして叫んだが、俺の頭の中の冷静な部分はどこか納得してしまっていた。
気づかないようにしていたが、いつも夕日を見るたびに俺は、ルシオラへの想いとは別の何かを感じていたから。
何か、暗い感じがする感情を。
それが嫌悪や恐怖といった感情だったのだろうと頭の中で答えが出て、なぜそんな感情を俺は抱いていたのかと言う事の答えまで出た瞬間、俺は目の前が真っ黒に染まるのを感じた。
* * * * * *
Other Side
「う、う〜〜〜〜〜〜ん。」
魔族によって見せられた幻覚によって気絶してしまっていたおキヌちゃんは、うめきながら意識を取り戻した後、さっきまで見ていた幻覚を思い出し、身震いなどをしながら自分の現状を把握し様とする
「え、え〜〜〜っと、横島さんが走って行った後に、援護しようとしたら・・・・・・・って、横島さん!!」
横島の事を思いだし、直ぐに現状把握を放り出して辺りを見まわした。
「・・・・・・・えっ?」
横島の事は直ぐに見つける事ができたが、彼女は一瞬目の前の光景が現実とは認識できなかった。
その、先程の魔族のモノと思われる肉片と血だまりの上に静かに佇む、横島の姿が。
「よこ、し、ま、さん?」
呆然と呼びかけるが、返事は返ってこない。
いくら待っても返事を返してこない横島に、彼女はふらふらと近づいて行こうとする。
「横島さん?」
今度はさっきよりもはっきりと声を出し、そのまま肩に手をやろうとする。
そして、その手が肩についた瞬間に、
ドサッ
「よ、横島さん!? 横島さん!!」
崩れ落ちるように横島は倒れた。
「横島さん!! なんで! どうして! 横島さん!! 横島さん!!!」
魔族の血だまりに倒れた彼を、自身も血だらけになるのも構わずに抱え起こしたおキヌちゃんは、揺さぶるようにしながらそう叫び続けていた。
* * * * * *
白井総合病院のある病室の前に、横島を除いた美神除霊事務所の面々が揃って座り込んでいた。
あの後、おキヌちゃんは渡されていた緊急用の通信機によって美神に連絡して合流し、横島をこの病院に連れて行ったのだった。
「・・・おキヌちゃん、何があったの? はっきり言って、あの状況は異常過ぎるわ。」
肉片が散らばる血だまりの上にいる二人の姿を思い出しながら、美神は俯いて黙り込んでいたおキヌちゃんに話しかけた。
「・・・・・・・はい。 私も途中で意識が無くなってたんですが・・・」
自分がわかる全ての事を、彼女は話し出した。
低級霊が群れているのを祓うだけだと思っていた依頼に、魔族が黒幕としていた事。
そして、その魔族の能力によって、自分は幻覚に捕らえられていたと言う事を。
「そう。 ・・・多分、横島君もその幻術を食らっていたのね。 そして、精神が耐えられないほどの光景を見させられたせいで、暴走してしまった。」
神妙な顔をしてそう呟く美神に、病室のドアの前にじっと座り込んでいたシロが心配そうな声で話しかけてきた。
「・・・・先生は、先生は大丈夫なんでござろうか?」
その質問に美神が答える前に、シロの隣りで静かにしていたタマモが怒鳴るように答えた。
「大丈夫に決まってるでしょ! あの馬鹿がちっとやそっとでどうにかなる筈が無いじゃない!! どうせけろっとした顔で 「お、皆どうしたんだ。 んな暗い顔しちゃって?」 なんて言うに決まってるわよ!!」
そう叫ぶタマモの顔を見て、シロも頷くようにして再びジッと病室のドアが開くのを待つ。
その二人の様子を見て、美神は思う。
そうだ、あいつがこんな事でどうにかなるわけ無いんだと、あいつの元気な顔を見たら、まずは一発ぶん殴ってやると。
美神がその思いに至った瞬間に病室のドアが開き、横島を見ていた医師が廊下へと出てきた。
「せん「こしま「しまさんは!?」」」
「は? いや、え?」
その瞬間にそれを待ち望んでいた三人の声が重なり、声をかけられた医師は困惑したようになってしまった。
美神はそれを見てため息をつき、三人を下がらせた後に代表して質問をし始めた。
「あの、それで横島君の容態は?」
「あ、ああ。 彼に怪我自体は無いんだが、・・・」
「無いんだが?」
その医師の言いよどむ姿に微かな不安を感じつつ、美神は冷静さを保ちながら聞き返す。
「・・・いや、会ってもらった方が早いし、その方が納得がいくだろう。 入りたまえ。」
そう言って病室に迎え入れようとする医師に従って四人が病室に入っていくと、病室のベッドの上ですでに起き上がっている横島の姿があった。
その姿に四人はほっとして、ぼうっとした様子の横島に話しかけていく。
「大丈夫ですか、横島さん!?」
「こんなに心配させたんだから、後でキツネうどんを奢ってもらうからね!」
「せんせ〜〜〜〜〜い、無事で良かったでござるよ〜〜〜〜〜〜!」
「全く、横島君の癖に私に心配かけさせるなんて。 後で折檻と説教のフルコ−スよ!」
だが四人の思い思いの言葉をかけられても、横島は反応する事が無かった。
いや、反応する事はするのだが、それは彼らしい反応では無いのだ。
彼は、何か目の前の人物達が言ってくる事を理解できていないような、困惑した表情を返していたのだった。
それにいち早く気付いた美神は、不思議に思い言葉を重ねる。
「ねえ、どうしたの、横島君。 何か様子が変よ?」
美神のその言葉に、ようやく横島は声を返す事となった。
だが、その言葉は四人に安心では無く、失意を与える事となる。
「・・・・・・・・・・・あ、あの。 横島ってのは、俺の事なんですか?」
「「「「え?」」」」
四人はその言葉を聞き一瞬呆然となり、次の瞬間にはふざけているのだろうと思い当たり医師の方に顔を向けた。
しかし、医師からの答えはそれを否定するものであった。
「・・・・残念だが、本当の事だ。 彼は記憶喪失になっているんだよ。」
後書き
過去編開始ーーーーーーー!
今回はまず記憶喪失になりましたーーーーーーー!
わかる人はわかっと思いますが、3話で言っていた記憶喪失うんぬんはこの時の事です。
唯ちゃんと小竜姫の会話は一区切りがつく毎に出てくる予定なんで、今回は有りません。
多分次々回のラストにまず1回目が出ます。
過去編終了時のものも含めて3つある予定なんで、楽しみにしとってください。
次回の更新は少しばかり遅れそうです。
理由は・・・・・・・・祭りが、祭りが俺を呼んでいるんです!!!(激走)
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