第一話・焔の瞳
「た、頼む!!俺はただの下っ端なんだよっ!!上層部の命令でっ!!」
一人の神族特殊部隊兵士が、跪いて命乞いをしていた。自分以外の兵士は、目の前の戦乙女に殺されてしまった。“瞬殺”と形容していいほどの素早さと、“残酷”というにはやばすぎるほどの光景だった。そんなものを見せつけられて、命乞いをしないわけがない!!
「お願いだ!!助けてくれたら、上層部の情報を提供する!!“司法取引”したいんだよっ!!たのっ・・・!!」
次の言葉は、空気とともに虚しく吐き出されただけだった。戦乙女の持つ精霊石銃から、紫色の煙が立ち上っていた。
「“司法取引”?そんな言葉は知らないな・・・・それに、戦士でありながら命乞いをするなど、言語道断、笑止千万!!」
そう言いきると、まだ息をしている兵士の顔面に凄まじい勢いで弾丸を撃ち込んだ。
ホルスターに銃をしまうと、ふと思い出したように呟いた。
「ああ・・・思い出したよ。“軍憲法第20条・戦う意志を持たない兵士に対しての拷問、及び殺害を禁ず”だったな。・・・・すまんな、物覚えは悪いんだ」
そう言い残して、戦乙女は黒い翼を雄々しく羽ばたかせて空へ消えた。
魔界西暦:20XX年・対神族過激派殲滅作戦・通称・“暁の虎”は、こうして終了した。
「失礼します!!魔界軍特殊部隊所属・リリィ准将、ただいま帰還しました!!」
歯切れのよい言葉に、サイサリス将軍が振り返った。愛用の葉巻を口にくわえ、慌てて消そうとして灰皿をぶちまけてしまった。何だか頼りなさげに見えるが、数々の戦歴と輝かしい経歴を持った彼女の恩師である。
「ご苦労!!楽にしろ」
「いえっ!!立っている方が楽です!!」
その言葉に、将軍は苦笑してしまった。なにしろ、リリィを教育したのは自分だからだ。そのため、彼女にも自分の気質がうつってしまったらしい。
「やれやれ・・・ところで、今回の作戦も無事成功したようだな?」
「はっ!!これも偏に将軍の教育のおかげです!!」
「リリィ、今は下級兵士も、うるさい輩もおらんから“素”を出してもかまわんのだぞ?」
「ほんまですか?!いやーーー!!常に緊張するんは疲れますわぁ!!ははははははは・・は・?あの、将軍?何でずっこけているので?」
「あほう!!お前のギャップについていけんのだ!!」
盛大にずっこけた将軍は、痛い腰をさすりながらコーヒーを飲んだ。そして、ほっと一息つくと、“将軍”から“担当官”に戻って会話をしていた。
「で?今回もやったのか?」
「はあ・・・第20条に違反しまして・・・ですが!!うちは、戦士として命乞いや仲間を売る真似をする輩を生かす気はありませんのや!!」
「ふむ・・・確かに、あの神魔大戦のときは誰一人命乞いせず、辱めを受けるとして皆、命を絶った。それが、戦士のプライドだからな。
リリィ・・・儂やお前のような輩はもう古いのかもしれん・・・」
「な、何を言われますのや?!緊張が解かれたからといって気を弛ませたら、また、いつ過激派の連中や不満分子の抗争やテロが発生するか!!」
将軍は、彼女を見つめながら優しく話した。
「いいか。確かに軍人はフクロウのごとく眼を見開き、餓狼のごとく牙を研いでいなければならん。
だが、そんな時代はいつか終わりがくる。考え方も時代とともに移り変わるのだ。お前の同期の桜たちは、どうしている?」
「はい・・皆、引退するか部署替えをしています。・・・うちには、できません。引退するなんて、余程のことがない限り。絶対に・・・・!!」
将軍は頑ななまでの彼女を見ながら、昔のことを思い起こしていた。大戦で両親を殺され、炎を宿した瞳で彼女は軍養成学校に入学した。それこそ、血反吐を吐くような訓練に耐えきれず脱走する輩が続出する中で、彼女はどんな扱きやいじめにも耐え抜き、若くして准将にまで上り詰めた。
だが、それにより女性としての楽しみや話題から遠ざかり、気の合う友人さえ存在しない。そんなふうにしてしまったのは、自分に少なからず責任がある。
だからこそ、将軍は彼女に日常生活への復帰を促したかった。すぐには慣れなくても、華やかな世界や人に触れることで、少しずつ変わって欲しかった。
「リリィ・・・少し休暇を楽しんでこい。軍の生活から離れ、自分自身を見つめ直すことも上に立つものとして必要なことだ。」
「ですが・・・!!」
「文句は言わせん!!このままだと、いつか病気になってしまうぞ!!少し自分を労ってやれ・・・・リリィ」
「はい・・・失礼します!!」
リリィは敬礼して、勤務室から出ていった。自分の勤務室へ行く道すがら、考えた。自分は准将、下級兵士を導き作戦を遂行しなければならない。そのためには冷静な判断と、強い気質が求められる。今まで戦士としてすべての楽しみを捨て、戦うことに専念してきた。その自分が、いまさら・・・・!!
『いや・・・考えてみれば、将軍の言うことはもっともなことや。少しぐらい骨休めしても、罰はあたらへんわ!!
引退は・・・・あってたまるかい!!うちは、死ぬまで軍人や!!』
リリィは言い聞かせると、旅行鞄に荷物をまとめ休暇届を提出しに情報部まで出向いた。ここでは、すでに引退した軍人や情報知識に秀でたエリートが勤務している。そんな平和な場所へ、突然!!あの“スカーレット・リリィ”が現れたのだからたまったものではない!!散らかったデスクを整理するものや、いそいそと茶菓子を探すもの。極端な輩は、辞世の句まで詠んでいる。あまりのけたたましさに、リリィは叫んだ。
「アッテンショォォォォォォォォォン!!これぐらいのことで慌てふためくとは、貴様らそれでも戦士か!!おい!!そこのお前!!」
リリィは縮こまっている哀れな訓練兵に声をかけた。
「はっはい!!な、なんでしょう?!」
「慌てふためくな!!情けない!!名は何という?」
「はいっ!!ジークフリード訓練兵であります!!先日づけで、情報部に配属となりました!!」
「よろしい!!だが、情報部員といえども訓練を怠るな!!
さて・・・これから休暇に出る。すまんが、書類の書き方を教えてくれ」
この間の抜けた言葉に、全員ずっこけたのであった・・・・・
無事書類を提出したリリィは、廊下を歩いていた。初めての休暇なので、うっかりして前を歩いてきた宅配屋にぶつかってしまった。
「あっ!!すまない!!荷物は大丈夫か?」
「はい・・・大丈夫です。あの・・・サイサリス将軍の勤務室は?」
「ああ・・・それなら廊下を突き当たって、右だ」
「どうも・・・」
宅配屋は、頭を下げると行ってしまった。
そして、その数分後・・・・将軍の部屋で大爆発が起きた・・・・
続く
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