タイガー寅吉17歳(推定)。この物語は彼が2度目のGS資格試験に挑むお話である。当然ながら、彼はまだサイコメトリーに目覚めてはいない。
第一章
「さて…行きますカノー…」
気合の入った、低い声でそう呟くタイガー。
彼は1度目の資格試験では2次試験での戦いで不覚を取ってしまって資格を得る事は出来ず、今回の試験には今度こそという思いと、自らの雇い主小笠原エミの「今度ミスったらショーチしないワケ!」という温かい言葉を胸に、必勝を期して戦いの場に臨んでいた。
1次試験では意気込みすぎて獣化しかけてしまったが、そこにタイミング良く試験官の「そこまで」の声がかかり、なんとか我に返る事が出来た。
危なかった。
獣化してしまったら、理性を失いセクハラの虎と化す。この試験会場で暴走し、自分の雇い主の顔に泥を塗ったらどうなるか……
危なかった。
彼は人一倍分厚い胸を撫で下ろした。
そして進んだ2次試験の第一試合。そこで彼にとって因縁の相手が立ち塞がる。
「お…お前はっ!?」
「お?………おー、おー。誰かと思えば前回俺にボコにされたヤツじゃねぇか。こりゃ助かったぜ」
「なんじゃとぉ!?ワッシを前回と同じだと思ってもらっては困りますノー!目にモノ見せてやりますケエ!」
相手の名は陰念。前回、彼を獣の爪のような霊波でズタボロにして敗北を味わわせた人間である。
…その次の戦いで横島を買いかぶって必要も無いのに魔装術を使い、制限時間を超えて暴走した挙句、自爆していたが…それは余談である。
「オラオラオラオラァッ!!」
開始早々、陰念が霊波攻撃でラッシュを掛ける。雪之丞と同じく、陰念もメドーサの教えを受けた人間。戦い方はどこか似ている。
「ふん!そんな攻撃じゃーちぃとも効きませんケェ!」
タイガーはその攻撃を霊気を纏わせた両腕で捌き、捌ききれないものは体で受け止める。
2メートルを越す頑強な体と、日々エミの生きた盾として霊体撃滅波の為の時間稼ぎに使われたり、容赦ないお仕置きでシバかれたりしているのは伊達ではない。陰念のラッシュに何も出来ずに負けた前回よりも防御テクニックが大幅に進歩している。
「チッ!確かにちったぁマシになってるみたいじゃねぇか!……しゃーねぇ、てめぇにゃ勿体ねぇが使ってやるぜ!」
陰念が距離を取り、霊気を体全体に纏う。
「そこジャァァァァ!!」
だが完全に霊気が収束する前にタイガーが距離を詰め、一撃を叩き込む!まともに食らって、結界まで吹き飛ぶ陰念!
「ぐ……て、てめぇ……変身途中は攻撃しちゃいけねぇっていうお約束をしらねぇのかよ……」
「……魔装術を発動しながら霊波を放つような器用な真似は出来ないから、その間は攻撃しないでくれ…と言う事ですカイノー?」
よろけながら立ち上がった陰念に、馬鹿にするような口調でタイガーが言い放った。まるでタイガー寅吉ではなく、某スピリッツのタイ○ーロイドのようにニヒルに口元を歪めて嘲笑う。
「うぉぉぉぉ!」
それにムカついたのか、陰念が再び魔装術を発動する。今度は距離がありすぎてタイガーもつけ込めない。そして現れた陰念の魔装術の姿は……
「…………………全身タイツ?」
「言うなぁぁぁぁ!!!全身タイツって言うなぁぁぁ!!」
実は陰念は前回の試験で横島との戦った時に魔装術の制御を失い、一時魔族化していた事がある。その後人間に戻る事は出来たのだが、その副作用で魔装術の精度が上がっていたのだ。
しかし精度が上がり、霊気が収束する事で体にピッタリとフィットするようになったそれは……額に角らしきものがある以外何の装飾も無く、白一色のそれは……
どう見ても全身タイツと呼ばれるもの以外の何物でもなかった。
「前は着ぐるみみたいジャと思ったら…今度は全身タイツですかいノー。雪乃丞さん達とは大違いジャ」
「ドやかましぃ!!大きなお世話だー!!」
怒りに任せて真っ直ぐ突っ込む陰念。しかしそれはタイガーの狙い通りだった。
「挑発に乗りやすい所は成長しとらんみたいですノー?」
フッ
「!?」
タイガーの姿が消え、陰念の一撃は何の手ごたえも無くすり抜けた。勢い余って、結界を突き破る陰念。
「場外!陰念選手失格!」
審判の判定が下される。
「な……一体……」
魔装術を解く事も忘れ、全身タイツ姿のままで呆然と呟く陰念。
「お前さんを吹き飛ばした時から、精神感応でワッシの姿を本来いる所から少しずらして見せていただけジャー。お前さんが自分で何も無いところに突っ込んだだけですケン」
「ち……ちっきしょぉぉぉ!折角コツコツオカルトGメンの手伝いやってブラックリストから外してもらって試験を受けられるようになったのにぃぃぃ…おぼえてろぉぉぉぉ〜〜……」
アッサリ騙されて自爆したのが余程悔しかったのか、説明的な台詞を叫びながら走って去っていく陰念。
「見掛けに似合わず、そんな事をやってたんですかいノー…」
彼はリベンジを果たした充実感を味わいつつ、意外と地道な人生を歩みそうな相手の努力を無にした事にちょっぴり同情した。
何はともあれ、タイガー寅吉17歳(推定)、GS2次試験第一試合…突破。
第二章
「なぁにシケタ面してるワケ!」
「エ…エミさん!来てくれたんですカー!!何だかんだ言ってワッシの事を……」
「何言ってるワケ!オタクが暴走したら誰が迷惑すると思ってるの?」
「…そんな事だと思っとりました…」
妄想モードに入りかけたところであっさりストップをかけられ、意気消沈するタイガー。しかし彼はそれでもエミが来てくれた事が嬉しかった。
前回一緒に試験を受けた彼の知り合いは彼以外全員合格していて、今回会場に来ていない。その関係者まで含めて、わざわざ彼一人のために応援に来てくれるほど人のいい連中では無い。
おキヌやピートなど来てくれそうなメンツもいるにはいるが、彼らは平日なので学校だ。応援も無く孤独な戦いを覚悟していた彼にとって、その理由はともあれエミが来てくれた事は嬉しかった。
「それより、よくやったワケ!前回同様いいとこ無しで終わったら軽く呪いの2つや3つかけてやろうかと思ってたけど、ホントによくやったワケ、タイガー!」
「……(呪いって……)あ、ありがとうですジャー。エミさん!」
負けていたらどうなったのか非常に気になるが聞いてはいけない。彼はバンダナをした友人なら間違いなく踏んでいるであろう地雷を野生のカンで察知し、回避した。
「ところで、次の相手はどんなヤツなワケ?」
「それが…オナゴなんですジャー。ワッシはどーしたらいーんですカイノー…」
セクハラの虎の衝動を押さえ込んでいる反動なのだろうか?普段の彼は女性恐怖症である。
日本に来て学園生活を送る事で大分緩和されたが、直接殴りあったりであっても肌が触れ合うのは苦手意識があり、全力を出したりなど出来ない。
「ふ〜〜ん。ねぇ、タイガー?」
「な、な、なんですか?エミさん!?」
タイガーに近付き、頬をなでながら色っぽくささやくエミ。動揺するタイガー。
これは…これはもしかしてーー!
「オンナが怖いんなら…その前にここで…知っておくべきだと思うワケ…」
「な…何をですかいノー?」
「怖いのは、よく知らないからよ…だから教えてあげるワケ…オンナを…」
「エ、エッミさ〜〜ん!!」
「何をとち狂ってるワケ!!!」
すぱこーーん!
タイガーは妄想の世界からエミのツッコミで現世に復帰した。
「ったく、オタク最近本当に令子の所の横島にソックリよ?私が言いたかったのは…負けたらどうなるか…わ・か・っ・て・る・わ・ね?ってワケ!!」
「は、はい!わかっとりまっす!」
直立不動で気を付けをして返事をするタイガー。似ているのは弟子だけではないと思ったが、野生のカンがそれは黙っていろと訴えた。
「で?もう一度聞くけど次の相手はどんなヤツなワケ?特徴とかは?」
「確か…スカートを穿いていて
三角帽子を被っとりました。そうそう、それと何故か
箒を持っとりましたノー…」
「ふ〜ん…まぁ聞いた限りじゃ接近戦を想定したカッコじゃないワケ!中、遠距離での戦いにしないで距離を詰めて戦えばオタクの敵じゃないから、しっかりやるワケ!」
言われてみれば確かにそうだ。大きなつばのある帽子やスカートは格闘をやるのには向かない。箒も打撃用の武器としては貧弱だ。
「わっかりました!絶対に勝って、今度こそGS免許を手に入れて見せますケェ、見ていてつかーサイ!」
彼は正直女性を殴るのは気が進まなかったが、師のアドバイスを無にするわけにもいかず、その心遣いが嬉しくもあったので少し大げさに意気込んで見せた。
……それが後に仇となるのだが……
第三章
「ウヲォォォォ!」
試合開始の合図と同時に獣化したタイガーは、どこぞの暴走する決戦兵器のような叫びを上げて対戦相手に突っ込んだ。当然相手には心理的に迷彩を掛け、自分の姿を見えなくする。
「あら?」
効いている。相手は自分を見失ったようだ。これで相手の懐に踏み込み、押さえ込めば勝ちだ。彼は自分の勝利を確信した。
「!?」
その矢先、対戦相手は持っていた箒にまたがり空中に浮いた。驚きで精神集中が乱れ、一瞬精神感応が途切れる。
「今、すこーし見えましたよ。そこですねっ!そこっ!そこっ!そこっ!」
ガン!ガン!ガン!ガン!
手の届かない上空から連続で霊波砲が降り注ぐ。食らい続けるタイガー。しかし、2発目以降にクリーンヒットは無い。肩や腕できっちりガードしている。
「う〜んタフですね。だったら……えいっ!イカズチよ!」
バチバチバチッ!!
「ギャンっ!?」
まともに食らい、全身の神経を強烈な電流が駆け抜けていくのを感じるタイガー。
「ダウーン!ワーン、ツー…」
審判がカウントを唱える。彼は立ち上がろうとするが、全身に力が入らない。スタンガンを食らったのと同じで、全身がマヒしているのだ。
「シックス、セブン…」
「タァイガァァアーー!!分かってるワケェ!!」
しかし、そんな彼の事情とは関係なく無常にカウントは進み、危険な予感を感じさせずにはいられない師匠の声援が飛ぶ。
その声援にピクリと反応し、色んな汗を流しながら必死で立ち上がろうとするタイガー。
「エ〜イト…、ナ〜イン…」
彼に同情したのか、心持ち審判のカウントが遅くなる。
「………テン!」
しかし、それでも彼は10カウントまでに立ち上がる事が出来なかった。
「すいませんです…すいませんですジャー、エミさん……」
早くも土下座モードに入る彼の耳に審判の声が響き渡る。
「勝者、魔鈴めぐみ選手!」
タイガー寅吉17歳(推定)。GS2次試験第二試合において……敗退。
第四章
「すいませんでした。すいませんでしたーーーー!!!」
試合後医務室に運ばれ、ベッドに横たわっていた所にやってきた雇い主兼師匠の小笠原エミにいきなり土下座し倒すタイガー。
シバかれる前に自ら謝った方が傷が浅いと判断しての必死の土下座である。
「もういいワケ。あれは仕方なかったワケ」
怒っていない?と、いう事は自分は見捨てられたのか…?そう思ったタイガーは更に必死になって、滝のように涙を流しながらエミの足元に縋りつく。
「うおぉぉ〜〜!!エミさん、ワッシを捨てないでくだっさーい!!」
「あ〜もぉうっとおしい!落ち着け!じゃないと本当に捨てるワケ!!」
「え?ど…どーいう事なんですかいノー?」
予想外の展開に、うろたえるタイガー。
「一言で言えば、相手が悪かったってワケ。と言ってもさっき思い出したんだけど、あの魔鈴めぐみってのはオタクの手に負える相手じゃ無かったって事。だから、オタクが怖がるほど怒っちゃいないワケよ」
「お知り合い…ですかいノー?」
「聞いた事があるだけよ。あの魔鈴って女は失われた魔法をすでにいくつも現代に復活させてる天才的な魔女なワケ。…ほら、オタクとの試合でも箒で飛んでたでしょ?あれなんかもその一つよ。空飛ぶ箒なんて最早世界的な価値がある程レアなワケ。それを復活させたんだからそれだけでも凄さが分かるでしょ?」
「はー…正直、凄すぎてよく分かりませんノー…」
「私も黒魔術を使ってる関係で聞いたことがあったけど、魔鈴はイギリスにいたはずなワケ。だから気付くのが遅れたワケ。分かってれば忠告くらいは出来たと思うから……その、悪かったワケ」
「エ…エミさん…」
照れくさそうにそっぽを向いて謝るエミ。色々あったが、やはりこの人に付いて良かった…と感動するタイガー。しかし、そう思うのは早計だった。
「ところでタイガー。オタク今回の試験受けなかった事にしなさい」
「は、はい?何でですかいノー?」
「2回も連続で弟子が落っこちたなんて令子のヤツが聞いたらどうなると思ってんのよ!!あの女の事だからとこっとんバカにするに決まってるでしょうが!いいからオタクは黙っときゃいいのよ!!」
「し、しっかし…」
「あァん!?何か文句あるワケェ!??」
「わ…わっかりました…」
この時、タイガーは睨みに負けて黙るべきではなかった。
言っておくべきだったのだ。すでに、試験を受ける事をピートと横島に学校で話してしまっていた事を……
そして、横島経由で美神に話は伝わっており、当然タイガーが落ちた事もバレてしまい……
後日。
「あああぁ!許して!エミさん、許してつかーサイ!」
「やかましぃ!オタクのせいで……オタクのせいでぇぇ〜〜!!!」
小笠原GS事務所にて、霊力の篭ったブーメランの的にされるタイガーの姿があった。
「申し訳ありまっせん!しかし、この次は……この次こそは〜〜!」
しかしこの次の試験の時は丁度アシュタロスによる事件が発生しており、GS協会は試験どころでは無かった。彼がGS免許を獲得できる日は…少し、遠い。
がんばれ、タイガー寅吉17歳(推定)。負けるな、タイガー寅吉17歳(推定)!その手に幸せを掴むその日まで!
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