某県某山にての横島によるシロの修行が始まる。しかし横島には剣術の心得は無い。よって、霊力の安定した練り方が中心となった。これは横島が命を削って美神、おキヌ、小竜姫から学んだ事。体に嫌と言うほど染み付いた技術である。それをシロに教える事で今だ、不安定なシロの霊波刀の出力を安定させようとしたのだ。シロもそれを大人しく熱心に学んでいる。その姿を見つめるのは孫一人。他のメンバーは今、この山の周りに結界を施している。罠であるため出力は出してはいないが、一度霊力を放出させればおいそれと抜け出す事は出来ないだろう。孫はその間の護衛役だ。
「孫くん。異常は?」
結界を施して、後はポチが訪れるのを待つのみとなった美神達が孫に声をかける。
「特に異常は無いよ。」
視線は横島の方に向けながらの報告。しかし美神も大して気にもせず、横島の姿を見ていた。
「……何だか、くっ付き過ぎない?」
横島の指導に少し、不服そうに呟く美神だが、そんな美神に苦笑交じりに孫が答える。
「ガキ相手に焼き餅か……まぁ、指導のためだしあんな物でしょ。しかし……」
そう答える孫に、更に不服そうな顔をしながら宿泊の準備に取り掛かる。よって、孫の『しかし』の後の言葉は美神の耳には入らなかった。後にこの言葉を耳にしなかった事を、美神は後悔する。
「それじゃ、今日はここまでだ。」
「ありがとうございました……。」
普段と変わらぬ横島と少し息の切れているシロの修行終了の言葉の直後、おキヌより夕食の準備が整ったとの言葉が聞える。
「横島。シロの奴はどうじゃ?」
夕食のために先に行ったシロを見ながら孫は横島に声をかける。
「どうもこうも、まだ初日だし。まぁまぁじゃねえか?」
横島の答えた言葉に孫は
「あまり悠長な事は言っておられんぞ。まず間違いなくこの場に犬飼が現れるじゃろう。ワシもおるしのう。いきなり現れて、対応出来ませんでしたでは元も子も無かろう。」
と反論する。
「んな事言ったって、人に教えるのって難しいんだよ。」
他人に物事を教えると言うのは非常に難しい。自分が十分熟知している事でも、自分流に解釈している事が多いため、中々そのニュアンスを教えるのが難しいのである。事、霊力などはセンスも要求されるために、その難しさも必然的にあがる。
「ワシの見た所、十分な素質は持っておる。後は、お主が道しるべを作ってやれば問題ないじゃろう。人に教える事によって自らも成長する。精進するがよいわ。」
「……なんか、サルから初めてそんな言葉を聞いたような気がする。」
「……お主、ワシを何だと思っておる。」
「……暇をもてあました、俺に取っちゃ最悪なサル野郎。」
「……否定はせんわ。」
夕食後、に一人不寝番をつけてテントにて休む事となる。そこでもめるのが、テントの部屋割りだ。この場に居るのは、美神、おキヌ、タマモ、蛍、シロ、孫、横島。その中から、孫は不寝番をかって出たので残りは六人。この場にあるテントは四〜五人用と二〜三人用の二つ。本来なら横島と孫が小さい方に。女性陣が大きい方に分かれるのだが、不寝番の孫のお陰で孫の寝る場所を狙う人影が現れたのだ。
「最高責任者として、私が一緒に寝るわ……」と美神。
「そんな!最高責任者である美神さんを狭いほうに寝かせるわけには行きませんよ。ここは私が……」とおキヌ。
「でしたら、一番後輩に当たる私が小さい方に……」と蛍。
「一番、体の小さい私が向こうに言った方が、横島の迷惑は少ないと思うけど?」とタマモ。
そんな口調は静かだが、強い何かしらの力を放出させながらの会話に横島は冷や汗で汗だくになりながらも、
(ああ……誰が来ようとも、俺の命が無くなる気がするのはどうして……。)
と、涙流さんばかりである。いっそ、自分が不寝番になると言おうとも思ったが、孫の
「横島の言霊はいざという時に、必ず必要になる。ここは休むべきだ。昼間のシロとの修行で少なからず、霊力は減っているはずですし。」
と言う言葉の手前、文句のつけようが無い。必死に事態の向上のためのアイデアを考える横島。その時、目に入った人影。横島は思わず神に感謝した。……そのアイデアが根本的に間違っていた事に気がついたときに神をのろった事はとりあえずこの場では内緒。
「シロ!さっさと寝るぞ!」
そう言って、シロの手を引いて小さい方のテントに入り込んだ。その姿を見た残りの女性陣。
「「「「あ〜……」」」」
その横島の素早い対応に何も言えずに、ただ呆然とするのみ。そんな姿を見た孫。
「(う〜む。もっと面白くなるかと思ったのだが……まぁ、続きは明日の朝じゃな。)皆さん、ここに何しに来たのか、解ってます?」
孫の言葉に気まずそうに、テントに入る一同。こうして初日は更けていった。
そして次の日。
「横島さーーーーーーーーーーん!!!!!」
おキヌの絶叫で朝を迎えた一同。何事かと声のした横島の眠るテントに集まる。(孫はニヤニヤしている。)そこで目にしたものは、トランクスにTシャツ姿で大の字になって寝ている横島と、その腕を枕にして横島に寄り添うように眠るタマモと同じぐらいの外見年齢の美少女だった。更にその少女は身には何も着けておらずに、Tシャツのみで横たわっている。言わずもがな、シロである。
横島はおキヌの絶叫にも何の反応も起こさない。昨日の修行の相手の肉体的疲れと寝る前の騒動による精神的疲れによるものだろう。一同、噴火寸前である。しかも最後にテントに入ってきた孫が更に火に油を注ぐ。
「なんだ横島。体を休めろと言ったのに、何ぞ体を酷使したのか?」
冷静に辺りを見回せば、そんな事実は無かったと言う事は解りきっているのだが、横島に対しては盲目的な彼女らにはそこまで周りを見渡す余裕は無い。
「「「「横島ーーーーーーーーー!!!!」」」」
四人揃っての更なる絶叫に流石の横島もその目を開けた。
「……何すか?あ〜、まだ俺昨日の疲れが残ってるみたいだ……」
横島の言う疲れはシロとの修行の疲れを指しているのだが、この状況でその台詞を盲目的な彼女らに言えば、その意味は……。その騒ぎにシロも目を覚ます。目をこすりながら一言。
「…おひゃようでござう〜………拙者、まだ腰が痛むでござるよ。」
霊力を練る基本的な構えは中腰。慣れぬまでは腰に負担がかかる。よってのシロの台詞。
世間にはこんな言葉が存在する。
『偶然は二度重なれば奇跡となり、三度重なれば必然となる。』
この言葉、今の横島にはピッタリだ。まず、Tシャツ一枚姿のシロが横島の腕枕で寝ていたのは、単にシロが寝ぼけて寄り添っただけ。次に横島の寝起きの台詞。そして最後にシロの寝起きの台詞。今この瞬間、偶然は必然へと変わる。
と、思ったがいち早く横島の絶叫が当たりに響く事となる。
「だれだ、お前ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの絶叫にその場で臨界点突破寸前の美神らもびっくりして、唖然とする。そしてその声にシロも耳を塞ぎながら
「せ、先生!声が大きいでござる!」
と反論する。
「先生?先生って……お前……お前シロなのか?!」
横島も問い掛けにシロは不思議そうな顔をしながら頷き返す。
(……フ…フフ…フハハハハハ……俺の宿命は…魂の業って奴は……こうまでも俺の事をもてあそぶのか……抗うことの出来ない魂に刻まれた業…宿命は、この俺をこうも蝕んでいくのか…………いいさ、この魂の業とやらの宿命、いつかきっと抜け出してやる……それが、俺の宿命とやらに対する復讐だ!!)
顔を俯かせ、肩を震わせながら、横島らしからぬ黒いオーラに身を委ねる横島に孫を含めた一同は少しひく。その時だ。
「こんな所に居たか!まとめて、その力頂く!!」
近くの藪より、一人の侍の姿をした男が刀を振り上げて襲い掛かってくる。全員、狭いテントの中にいるために対応が遅れた。その男、犬飼もそれを狙って襲ってきたのだ。しかし、間が悪かった。
「やかましい!!!」
完全な死角になっていたはずの横島がテントごと犬飼を、霊波刀でたたき伏せた。
「お前が……お前がいらん事をしなければ、これ以上増えずにすんだのに……ああ、お前もか……お前も俺の宿命に抗おうとする俺に対するカウンターなのか……。」
そう言いながらテントから出てきた横島。完全な半狂乱。そんな矛盾した状態の横島だ。女性に対する恐怖がMAXになった時現れる横島2は確かに最強ではあるが別人格であるため、至って冷静な奴だ。しかし、今の横島は中途半端である。よって力のリミットは外れてはいるが冷静では無い。正味な話、イッちゃってるのだ。自然放出される霊波に犬飼は、今だかつて無い恐怖に覆われる。
「ま、待て!一体、なんの話だ!!」
起き上がろうと、必死に努力するが足腰に力が入らない様子。
「俺は……俺は復讐する者……俺の宿命に、立ち向かい業を断つ復讐者!」
その手に極限まで洗練させた霊波刀を発現させてゆっくり犬飼のほうへ歩み寄る横島。そんな姿を遠巻きに見つめる女性陣。
(よ、横島君……あなた、一体何を背負っているの……)と美神。
(横島さんの背中が……酷く、大きくて小さく見えます。)とおキヌ。
(ヨコシマ……あぁ、私の記憶の奥底にある力があればヨコシマを救って上げられるの……)とタマモ。
(横島の見ている先には何が見えるの?私には一緒に見る事は出来ないの?)と蛍。
(せ、先生の宿命とは一体……拙者は先生のために何が出来るでござるか……。)とシロ。
シロを含めた事務所女性陣全員は目の前の横島の背負う業の一端を垣間見た気がした。そんな中孫は、
(……中途半端にキレたか…。内包霊力は凄まじい物を持っておるからのう。しかし、相も変わらず、しょうも無い理由で覚醒しおってからに。)
と、横島が女性に対する恐怖でイッてしまったことに気がついている故の、ため息を吐いていた。
「さぁ……今、俺の反逆が始まるんだ……」
そう言って横島は霊波刀を大きく上段に構えた。その時だ。犬飼が大声で叫んだ。
「す、すみません!!俺……俺、女性が怖いんです!」
その言葉に横島の手がピタリと止まる。しかし犬飼は尚も話を続ける。
「何故かは知りません!気がついた時には何故か、女性の視線に恐怖する自分が居たんです。女王様と下僕と言うか…ご主人様とペットと言うか…そんな視線に見えてしまうんです!だから……だから自分が強くなれば、この体質も治ると思ったんです!!すみませんでした〜!!」
その言葉にハッとした美神は犬飼に尋ねた。
「そんな理由で人を傷つけたと言うの!」
「た、確かに犬塚には怪我を負わせてしまった……。それは悪い事をしたと思っています。」
頭を垂れてそう呟く犬飼。しかし美神はなおも続ける。
「それもあるけど、いくらGSだからって人々まで怪我させるなんて!」
その言葉に犬飼が反論する。
「ま、待って下さい!確かに犬塚には怪我をさせましたが、人間には怪我などさせていませんよ!」
「え?」
犬飼の言葉に思わず聞き返す美神。他の者も何を言っているんだ、こいつ?といった表情だ。
「人間からはその霊力の一割をこの『八房』で奪っただけです。本来ならば、命を絶ってその血から全ての霊力を奪うのですが、流石に私の個人的な事で命を奪うのは気が引けまして。それで峰打ちで一割ほど霊力を奪っていったんです。勿論男性限定で……。」
人狼がGSだけだとは言え、本気で片っ端から命を狙っていけば、もっと犠牲者が出てもおかしくは無い。それだけの身体能力はもつ種族だ。しかし、犬飼はその体質と性格から男性のみを狙っていたのだ。今回も、狙っていたのは横島と孫だけで他の者に対しては相手にするつもりは毛頭なかったのだ。
「と言う事は、拙者から逃げたのも……。」
本懐を遂げるのであれば、その場で切り倒せばむしろ獲物が進んで自分の前に現れたような物であるにも関わらず、逃げた理由。それも犬飼の体質ゆえである。
「……やはり邪道を求めたは、間違いでした。私には過ぎた力だったんです。」
座り込んだままの犬飼はそう呟くと八房を鞘にしまってその場に置いた。
「怪我をさせなかったとはいえ、危害を加えたは事実。大人しく縛となりて裁きを受ける所存にございます。」
そう言って、頭を下げた。そんな姿に横島はいつの間にか霊波刀を納めて涙を流していた。その姿に孫は静かに女性陣に「二人にしてやれ」と声をかける。しばらくして、その場には横島と犬飼だけになった。
「犬飼……いや、同士よ!お前の気持ち、痛いほど解るぞ!!」
犬飼の前に座り込み、涙を流して叫ぶ横島。
「!……では、おぬしも?」
「そうだ!俺もお前と同じだ!」
それだけ言葉を交わすと二人は泣いた。お互いのために。同じ宿命を背負ったのであろう同士のために。漢による漢のための漢の涙をだ。しばし、二人して涙を流すと双方立ち上がると握手をした後、自分は里に戻り裁きを受けると言って、犬飼は姿を消した。横島はその顛末を告げるため、少し離れた場所で自分の帰りを待つ人たちの所へ向かった。向かう先は違えど、生きる場所は違えど、今この時自分と同じ宿命に苦しむ同士がこの世に存在することに勇気をもった二人。彼らの宿命に対しての戦いはまだまだ続く。
ちなみに、シロは本格的な修行を行うと言うお題目で美神事務所に住み込む事となるのを横島が知るのは、次の日である。そして、犬飼も里でもう一人の業を背負いし男としてこれから生きていく事を決心していた。
後書き
第十二話の最後に書いてあった新たなる出会いとは、同じ宿命を背負った犬飼ポチのことでした。彼は前世でアルテミスに連れて行かれた後、えらい目にあったと思われます。その結果が魂にまで残るトラウマとなって再び現世に舞い戻ったようです。彼にとっても横島君と出会えたのは、救いだったんです。だって、出会わなければまたアルテミスを召喚されて、トラウマの上にトラウマを刻む目に会いかねなかったのですから。
ちなみに、某サル氏は最初からシロが女性だと言う事は気がついていました。知っていて黙っていたんです。ああ……なんかここの斉天大聖、性格ワルっ!当初はこんなキャラじゃなかったはずなのに……。
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