「・・ふむ・・見事なもんじゃのぅ・・」
砕けた指輪の欠片を拾い上げ、しみじみと呟く。
「・・ギリギリの所で壊れる様、計算しとったらしい・・。いやはや、人間とは恐ろしいのぅ」
さも愉快そうに笑って。
「・・のぅ。そうは思わんか?魔神アシュタロス」
言葉を、向けた。
「・・アレは魔王だ、魔王」
憮然としながら返す。
魔力の殆ど残っていない──それでも一般人並にはあるが──そんな状態で、ふてくされた様に座り込んでいた。
魔神の言葉を受けて、カオスは愉しそうな笑いを漏らす。
「くっくっく。まぁ、あの男はバケモンじゃからなー。ちょくちょくわしの発明品を買っていったが、纏う空気が尋常じゃなかったぞ。まぁ、わしは助かったがな」
・・主に経済面やらで。
「イエス・ドクター・カオス。家賃を・久し振りに払えて・大家さんの折檻・免れました」
「こ、こりゃマリア!!余計な事を言うでないっ!!」
・・相変わらずの生活状況だったらしい。
「・・しかし貴様・・知っていたな?」
カオスとマリアのやり取りには興味無く。
アシュタロスがじろり、とカオスを睨む。
「む?何の事じゃ?」
すっとぼけてるのか何なのか、カオスは緊張感の欠片も無く返した。
そんなカオスに、苦虫を噛み潰した様な顔で、アシュタロスが口を開く。
「・・色々だ。自分は被害を受けんとはいっても、落ち着きすぎだ、アレは。放っとけば目の前で大量虐殺ショーが始まる所だったというのに」
その言葉に、カオスは些か苦笑気味に、
「・・ま、確かにヤバくなったらわしが止める手筈にはなっとったがな。本人も様々な事態を想定しておったし、手段も無数に用意しておった様じゃが・・。ま、何にせよ、流石に小僧の知り合いを死に至らしめる気は無かったらしいのぅ」
「・・横島クン中心に回っているからな・・あの魔王は」
息を吐きつつ魔神が漏らす。
それは自分も同じ筈なのだが、タチはあっちの方が悪い。それには絶対的に自信がある。
・・それもどうかという突っ込みはともかく。
「・・で、どーするんじゃ?小僧共々、奴は逃亡中という訳じゃが・・」
「あ゛」
カオスの言葉に思わず止まる。
・・既に何の脅威にも成り得ないだろう魔神様である。
因みに救出部隊の一同は、霊力やら魔力やらの吸われすぎにより、全員気を失っていた。誰一人死んではいないが、消耗は激しく、暫く目覚める事は無いだろう。
「うぅ・・わっしは・・わっしは〜・・」
・・片隅の方にはちょっぴり死にかけの虎がいたりしたが──・・まぁ、死にはしないだろう。・・多分。
そんな一同は無視して。
「くっ・・おのれ・・あの外道っ!!」
拳を震わせつつ、悔しげに呻くアシュタロス。
・・魔神に言われたらおしまいであるが、事実なのだから仕方が無い。
そして。
「私は諦めんぞ!!横島クンをあの魔王から奪還する!!」
気合いを入れる為か、力一杯宣言しながら勢い良く立ち上がり、ダッシュ。
・・よろけてたりしていたが、それでも気力でカバー。
「・・なんじゃ、すぐに行くのか?今なら殺せるぞ?此処にいる連中を」
そんな魔神に余計な事を言ってみるカオス。
軽い口調だが、内容はかなり物騒だ。
本当にそうなったら洒落にならんというのに。
しかしアシュタロスは忌々しそうに目線だけを寄越して。
「・・こんな所で無駄な力を使ってられるか。それに・・そんな事をすれば、横島クンに嫌われる」
そう言って、今度こそ姫の元へとダッシュ。
そんな魔神を見送って。
「・・ドクター・カオス。今ならば・封印も・倒す事も・可能だと思われますが・・いいの・ですか?」
「ふむ・・。まぁ、よかろう。アレなら、世界に仇為す事もないじゃろうしな。それに、何より──」
マリアの問いに軽く答え、そして。
「・・楽しそうではないか♪」
・・笑って言った。
銀一が醸し出す得体の知れない恐怖やら何やら。
魔神らしくもない、ただ一人の反応を気にする様子。
実に興味深い。
「小僧も大変じゃのぅ。中心にいるのはあやつ・・。ふぅむ、顛末が楽しみじゃわい」
呟きと共に漏れるのは、くっくっくっ、と。
この上無く愉しそうな、正にヨーロッパの魔王としての、喉の奥からの笑い。
・・タチの悪い者は、この世の中──結構多く、いるらしい。
一方、廊下。
「・・追ってきそうやなー。ま、当然か」
なんとなく気配を感じたりしたのか、ぽつりと呟く。
銀一は、合流した数体のハニワ兵達と、横島と鬼道が他のハニワ兵達に連れて行かれた『宇宙の卵』がある場所を目指していた。
──と。
「・・ぽ!!」
「ぽぽーーー!!」
「ん?どないした?」
「ぽ!!ぽぽー!!」
「は?何かが来る!?」
にわかに騒ぎ出すハニワ兵達。
アシュタロスではない、他の何かを感じた為らしい。
・・他の場所にいたハニワ兵達の何体かは、既に気付いていたりする、その何か。
『ぽーーー!!』
一斉に、ある方向を指し示す。
そこにあるのは、ただの壁。
「・・何や?」
怪訝そうに眉根を寄せる。
微かに、何か音が聴こえた。
空気が切り裂かれる様な・・隕石か何かが近付いてくる様な・・不吉な音が。
この塔の外から、こちら・・その壁部分へと一直線に。
その音は次第に大きくなってきていて。
「・・何か・・ヤバイか?」
思わず汗ジトになりつつ、後退る銀一。
その音は一段と大きくなり──
ズガアァァァァァン!!!
轟音。
その壁が、銀一達にロクに逃げる暇も与えず粉砕された。
そして、壁に開いた穴から姿を現したのは──
「横島さーん!!貴方の小竜姫が今やっと貴方の元にーーーーーーー!!!」
「心配するな横島ぁっ!!話はつけてきた!!そして私の任務はお前の保護だ!!・・その際にはチビタダ化を是非希望したい!!」
「オバハン達は引っ込んでるでちゅ!!ポチ!!・・ううん、ヨコシマ!!今私が行きまちゅからね!!泣かずにいい子で待ってるでちゅよっ!!」
「横島さぁぁぁんっ!!僕と真実の愛を世界に見せつけてあげましょおぉっ!!」
・・やっと参戦妙神山メンバー、小竜姫、ワルキューレ、パピリオ、ジークである。
因みにパピリオが何故こっちのメンバーに入っているのか。
それは単に、美神達と共に行動するのが嫌だったからである(爆)
・・そりゃ嫌だろう、いつも皆して萌え血に沈んだり式神の暴走で自滅する様な部隊にいるのは。
まぁ、アシュタロス陣営の一人として狙われる可能性もあるという事で、妙神山に保護されていたというのも嘘ではないが。
とにかく、やっと介入する許可を得て、救出部隊突入のドサクサに紛れて塔に侵入。
そして只今暴走中の面々である。
「私もいるのね〜っ!!ううっ、皆愛の力で横島さんの居場所解るとか言って・・私の唯一の武器である千里眼がさっぱり意味無いのね〜〜っ!!」
・・ヒャクメもいたか。
確かにそれでは、抜け駆けも出来ない。
流石役立たずの称号を持つ神族だ(酷)
しかし愛の力といえど、今姫は膨大にある『宇宙の卵』の中にいる。
実際は横島の霊力を頼りに捜しているだけなので、霊力の残滓漂う部屋を回った挙句、何らかのトラップにでも引っ掛かって行動不能に陥りそうである一同だ。
「おのれぇっ!!よくも余の家臣にっ!!父上め!!早く来たかったというのに渋りに渋りおってー!!横島ーーっ!!余が来たからにはもう心配はいらぬぞっ!!」
「・・な、何故ワシ等まで・・」
「言うな、右の・・!!」
・・天龍童子も来た。ついでに鬼門の二人もいたりする。
・・何が何だか。
そしてその一行は、塔の中へ侵入する為壁をぶち壊した時にそこらに散乱した瓦礫やら、充満する煙やら、舞う砂ボコリやらに構わず、横島の元(?)へと飛び去った。
「・・ムチャクチャやりおる・・」
瓦礫の下。
上に乗っかっていた大き目の壁の破片を押し退けて。
充満していた煙と舞う砂ボコリの中から現れたのは、銀一である。
どうやら壁が破壊された時に一緒に吹き飛ばされた様だが、全くの無傷だ。
服は所々汚れていたりするが、それだけである。
「・・ったく・・横っちから貰った文珠、使うハメになったやないか・・」
ブツクサ言いながら、舌打ちをかます。
へたれといえど、銀一には勝てないといえど、相手は魔神である。
心配した横島から何個か貰っていたのだ。
銀一としては使いたくなかったのだが、死んでしまっては元も子もない。
用心として、『護』の文字の刻まれた文珠は常に身に付けていた。
・・結局の所、自分はただの人間なのだから。
因みに、銀一に危険が迫った時、自動的にその身を護る様に設定されていたりしたのは、勿論横島によるものだったりする。
何だかんだ言っても、友人やら身内やら、近しい者にはとことん甘い横島らしい行為だ。
「・・しっかしまー、危なかったなー。文珠無かったら俺、ただじゃすまんかったぞ?・・しかも気付かんと行ってまうし。・・後で横っちにチクッたろ」
そんな独り言と共に、にやりと笑う。
・・いい性格だ。
「・・ついでに鬼道さんにも言っとくか。・・それにしてもこんな事ならハニ達に空間繋げてもらっとれば良かったなぁ・・」
とにかくこちらも横島の元へ歩を進めながら、そんな呟きを漏らす。
──ハニワ兵達には、空間を繋ぐ能力が備え付けられている。
合流した所でそれを行ってもらえば早かったのだが、そうすると居場所や目的地がバレる恐れがあったし、準備にはそれなりの時間が掛かるという事と大した距離ではないし、という判断での足での移動だった訳だが──どうやら失策だったらしい。
・・まぁ他にも、準備の最中に他の誰かに気付かれでもしたら抜け駆けされる恐れがある、とか。
ハニワ達はアシュタロスの魔力供給によって動いているので、魔力の大部分を指輪で失わせた今の状態だとそういう事をやらせるのも危険だろう、とか(失敗の可能性とかハニワ自体動けなくなるとか)・・。
色々あった為なのだが。
「ぽぽー!!」
「ん?どないした?」
そのハニワ達──先程の豪快な壁爆破時も器用に避けたり、意外に頑丈で少々瓦礫にぶち当たっても平気っぽく銀一と並走していたハニワ兵数体が声を上げた。
「ぽー!!」
「ぽぽー!!」
「あん?・・何か来る?他にも?・・あの神魔共だけやないのか・・」
今更ぞろぞろ来おって・・とかなんとか、瘴気を放出しつつ考える。
しかも他にも得体の知れない嫌な予感がしていて、その瘴気は増大していく。
更に言えばその嫌な予感の方が大きくて、苛立ちが募っていき。
・・それがもたらす結果が今更ながらに見えて、複雑な感情も相俟って。
何だかコワイものを背負う銀一に、ハニ達ちょっぴり怯えてたり。
──そして。
「いたな人間っ!!」
「・・あぁ?」
先程の塔に開けられた穴から入ってきたのか、背後から聞こえた声に。
銀一は、機嫌が物凄い速度で降下中なのを見せ付ける様な声と視線を向けた。
・・考えてもいないのは。
多分、きっと。
・・自分だけ。
元々、保護者。
男同士というのもあったし。・・此処に来てからは大して性別を気にしなくなったが。
それに教育者として関わった為か、意識的に『そういう風に』考える事は、避けていた節があった。
・・大体、相手にしたのが魔神。
そんな事考えてる暇なんて無かったし。
今ではすっかりヘタレと化した"ヤツ"だが、それでも当初は得体の知れない、強大な魔神。
・・まぁ、横島を攫って好き勝手しているふざけた魔神だとは聞いていたが・・。
それまでに何度も救出に赴き、ことごとく失敗してきたGS一同。
その中にはルシオラや一時期はパピリオといった力ある魔族の者達もいたというのに、成果は無く。
・・基本的にはノータッチ。しかし娘の余りの不甲斐なさに業を煮やした六道理事に、その娘、冥子のお目付け役に任命されて。
同行する事になり、その際にライバルではないと判断したのか妙神山の神魔に神器なハリセン託されて。
・・南極に行ったはいいが。
塔の前。
萌え血に沈む一同を呆然と眺め。
冥子の暴走に巻き込まれたタイガーや神父達に黙祷を捧げつつ(酷)取り敢えず全員輸血の為病院に搬送し、改めて塔へ赴き、チャイムを見付けてそれを押したらあれよあれよと通されて。
・・まぁ、ライバルが増える事を恐れたのか、その時塔の中までは連れていってはもらえなかったし、塔の中で萌え血に沈んだ連中はハニワ兵達に外へ放り出されていたので、結局自分の姿そのものは魔神にも横島にも見られる事はなかったらしく、二人して驚いていた様だが・・。
とにもかくにも、最初がそんなんで。
第一目に入った二人の姿が・・ベッドに押し倒される病人と、押し倒してるヘンタイ。
・・一目見て、自分の役割が瞬時に決まった。
そして、今までそれを貫いてきた訳だが──
「・・鬼道?」
「はっ!?」
考えに没頭していた鬼道が、横島の呼び掛けに、現実へと戻ってくる。
今二人がいる場所は、何個目かの『宇宙の卵』の中。
今度は何故か広大な海を目の前に、砂浜に立っている。
ハニワ兵達はその砂浜に、次へ行く為、空間を繋げる為の魔法陣を書いているのだが──
「ぽー!!」
「ぽぽー!!」
「ぽー!?」
・・波に近かった為に打ち消されまくってたり(爆)
そんなハニ達に突っ込む余裕も無く、鬼道は横島に意識を移し。
「ああ、すまんすまん。ちと考えに没頭しとったわ」
「考え・・?」
苦笑と共にそう言われて、横島は首を傾げる。
きょとん、とした歳より幼く見えるその表情と仕草とに、また苦笑が浮かんで。
(・・ああ、やっぱり、この子は護るべき対象や・・)
再確認する。
それは間違いないだろう。
──けれど。
それだけなのかどうかは──
「・・横島」
「・・ん?」
「・・これから、どうする?」
「え・・」
「いつまでも逃げ回っとっても、どーしよーもないで?・・他とも合流せんといかんし・・」
「ん〜・・。そーだなぁ・・。アシュはともかく銀ちゃんとハニ達は・・」
困った様に眉根を寄せて悩む横島。
逃げ回った所で、決着をつけないと、終わりなんてないのだ。
それは解っているのだが、決着なんてどうつければ良いのかが解らない。
アシュタロスからは解放されたと言える。
ただ、それは護られているからこそで。
(・・俺って、鬼道と銀ちゃんに依存しちまってるよな〜・・)
今更ながら、しみじみとそう思う。
対抗する手段やら抵抗する手段やらが無く、実力差も圧倒的だった為、好き勝手されていた自分。
それを救ってくれたのは鬼道で、銀一で。
(・・あのまんまが良かったのになぁ・・)
そう思ってしまう。
アシュタロスを強気ではたいたりできる様になって。・・そのアシュタロスも、少しは変わってたみたいだったし。
ハニワ兵達とも仲良くなって、慕ってくれて、味方になってくれたし。
(・・鬼道が説教して、銀ちゃんとアシュが小競り合いしてて・・。俺が飯作って、ハニ達と掃除とかやって・・)
・・いつの間にか日常になっていた、非日常。
(・・いや、それもどーかとは思うんだけどさ)
息を吐く。
ちらりと鬼道に視線を向けると、先程と同じく、真剣な顔で俯き、何事かを考え込んでいた。
そして、横島は。
ただ、何気なく。
(・・・・もし、俺が、選んだら)
そんな鬼道を見詰めながら、ぼんやりと。
(終わるんかなぁ?)
思う。
そして、その傍で。
「ぽー・・」
「ぽぽー・・」
その二人を見ながら。
無表情ながら、色々と思う事もあるっぽいハニワ兵達が。
ざぷーん
「ぽー!!」
「ぽぽ・・ぽっ!?」
「ぽー・・」
「ぽーーー!!」
・・いつの間にやら波に攫われてたりしていた。
「・・ク・・クククククッ!!先日はよくもコケにしてくれたな人間っ!!」
・・あんまり、というか。かなりタイミングが悪いであろうその時に現れたのは──いつぞやの名も無き魔族。
禍々しい角。黒き肢体。そして憎悪に燃える眼。
「アシュタロスの前に・・まず貴様を殺すっ!!」
魔神にやられ、更にはただの人間に、ハリセンなんぞでぶっ飛ばされ。
・・かなりの屈辱であったらしい。
目を血走らせて叫び、両手を拡げ──その掌から現れるは、おぞましい声を上げ、生ある者達を呪う、醜悪なる怨霊。
いずれも巨大な頭部──頭蓋の形で浮遊していた。解り易く言えば、原作でのアシュ戦の際に足止め食らってたGS陣の周りを飛び回ってたアレだ(爆)
・・で。
「・・なんやねん、それ?」
随分と冷えた眼差しと、絶対零度の声で、不機嫌そうに銀一が尋ねる。
そこには畏怖も恐怖も、驚きの欠片さえ、微塵も無く。
しかし、魔族は気付かない。
「ククク・・貴様の全てを喰らい、地獄へ引き摺り込む為の道具よ!!この日の為にこの身に宿らせ、糧とし、武器とした怨霊共・・たっぷりと喰らうがいい!!!」
ズッパァァァァァァァンッッッ!!!!!
『ギャアアアアアァァァァッッ!!!』
・・第一波、銀一の無言で振るわれたハリセンにより消滅。
「・・・・・・・・・・ひ、怯むなっ!!!行けっ!!!」
数秒呆然としていた魔族、気を取り直して第二波発射。
「コロスコロスコロスッ!!」
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!」
「ニンゲン!!ニンゲンーーーッ!!!」
「喰ってヤル・・喰ってヤルウゥゥゥ!!!」
両の掌から湧き出た悪霊やら怨霊やらの群れが、銀一に向かって一直線。
その途中で融け合い、吸収し合い、され合いつつ、一つに──
『ギャヒヒヒヒヒッ!!死ネ死ネ死ネーーーッ!!!』
・・なっても下品というか、理性ゼロ、本能欲望丸出しに、ストレートに頭悪い雄叫びを上げながら、向かう先には。
「・・邪魔や」
・・まぁ当然の事ながら銀一が。・・正確に言うならば、とっても機嫌の悪い魔王様がいて。
ぎぢっ!!!
『ギィィィィ!!?』
・・その巨大な頭部を真正面から片手で押し止め、指に力を込め、握った。
ぎぢぎぢぎぢぎぢっっ!!!
『ヒギャアァァァァァァッッ!!?』
悲鳴が上がる。
そんな脳髄に響き渡るかの様なそれに、更に機嫌悪そうに眉を顰めて。
「・・さっきから煩いで・・オドレ等・・。俺の邪魔して、タダですむ思てないよなぁ・・?」
みぢみぢみぢぃぃっっ!!!
『ヒギャアアアアアァァァァッッ!!!!!』
至近距離で睨まれ、指が食い込み、そこから銀一の怒りやら苛立ちやらの負の感情が。そして得体の知れない凄まじい何かが流れ込んでくる。
「なぁ・・あのクソ神魔連中・・どう思う?姫の幼馴染み殺しかけておいて、気付きもせず一直線や・・姫の居る場所も知らんと、なぁ・・」
『ヒ、ヒギィ・・!?』
己の頭部を握り締めたまま、突然静かに語り出した銀一に、戸惑う怨霊。
「ク・・クククッ・・!!ええ度胸やと思わんか・・?・・横からかっ攫う気らしいで・・?ウチの姫をなぁ・・」
瞳が、昏い光を放つ。
口許は歪められ──しかしそれは笑みの形で。
未だ食い込んだままの指から、絶対的で圧倒的な力を持つ、シンプルな一言──たった一つの意識が流れ込んできた。
「・・・・・・潰す・・・・・・」
その意識が、静かに吐かれた声にも乗った。
『ヒィィギャアアァアアァァアァァッッ!!!!!』
凄絶やら、壮絶やら。
そんな表現さえ生易しい銀一の様子に、狂った様に泣き叫びながら──一体どうなっているんだか、その闇に濁った瞳からも言葉通り涙を吹き出しながら、怯え切っている怨霊、悪霊の集合体。
(ほ・・本当に人間かこいつ!?)
思わず魔族も一歩引く。
「・・けどなぁ・・相手は腐り切っとっても神魔、万が一姫の元へ行き着くかもしれん・・。・・で、今からやと追い付くの時間掛かりそうでなぁ・・。あんま時間掛けてまうと、鬼道さんも丸め込まれて、みすみすウチの姫、かっ攫われるかもしれんでなぁ・・」
静かに、静かに、静かに。
しかし地の底より這い上がってくるかの様に不気味に響くその声に。
「・・そうなんの、ムカツクと思わんか?なぁ・・?訳解らん部外者の乱入のせいで、間に合わん事になるやなんて・・。そう思うやろ・・?オドレ等も・・」
そう同意を求められ、必死で頷く怨霊の塊達。
「・・なら・・手伝えや・・。オドレ、俺を横っちのいる所まで運べ・・全速力でなぁ・・。人の邪魔して無駄に時間潰させたんや・・・・・・そんくらい、ええよな?」
にぃっ、と。
笑む。
『ヨロコンデーーーーーーーーーーーーー!!!!!』
・・支配完了。
「ってオイーーーーー!?」
思わず上がる魔族の悲鳴。
「そんじゃあいくでぇっ!!」
『ガッテンダーーーーー!!!』
「待てコラァッ!!?」
魔族の叫びは徹底無視で。
その怨霊に言葉通り乗り、、命じる。
右手で怨霊の額辺りを、深く指を食い込ませつつがっちりと掴み、頭の天辺にしっかりとバランスを取りつつ、片膝をついている。
空いた左手は何か起こった時に迅速に対処する為なのか自由にしてあった。
怨霊は振りほどく事も出来ず──既に支配下に入っている為、そんな発想自体浮かばない。
大体が複雑な思考の出来ないモノである。
反抗する、などという行為に行き着ける訳も無く。
そんなこんなで。
「んじゃ行けやオドレ等ァァ!!!」
『オーーーーーッッ!!!』
唸りを上げて、鬼道と横島を追う、怨霊を乗り物としてゲットした銀一。
それを成す術も無く、余りの展開に動けないまま見送ろうとする魔族。
「・・はっ!?ま、待てっ!!貴様・・ッ!!」
だが、何とか正気を取り戻し、銀一へと攻撃の手を伸ばし──
「やかましいわボケがっ!!」
銀一は、そんな魔族に向かって、空いていた左手に持った瓶から、何かの液体を撒き散らす。
じゅわああああああぁぁぁっっ!!!
「ギャアアアアァァァッ!!?」
・・(対魔神仕様の)酸だった(爆)
「きっ・・貴様ァッ!!!」
しかし、流石に魔族。
致命傷には至らない。
だが──
「オドレは後から来る魔神と愉しく殺し合っとれや!!今なら力も落ちとるし、良い勝負になるでーーーっ!!まぁ、怨霊なんぞに頼って偉そうにしとるオドレみたいなだっさいカス野郎じゃあ、そこらのGSにも勝てんやろーけどなーーーっ!!!」
「お、おのれーーーーーッッ!!!!!ぐぶっ!!?」
銀一の罵倒に頭に血が上った魔族、いつの間にやら目の前に設置されてたトリモチに捕まってすっこけた。
「な゛っ・・!?なんじゃこりゃああぁぁっっ!!?」
「魔族専用トリモチや!!しかし本当に掛かるとはビックリやなぁ!!わははははっ!!ダッサーーー!!!」
「ヌガアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
・・何だかちょっぴり哀れな名も無き魔族。
涙も滲んでたりするし。
しかし、魔族の不幸は終わらない。
もう既に姿の見えない銀一。その消えた先を睨みつつ。
「こっ・・殺してやる・・殺してやるっ!!あの人間・・ッ!!」
「おのれあの魔王ーーーっ!!ハニワ兵達まで従えおってーーーっ!!!」
ぶぎゃるっ!!!
「へぶっ!?」
「む!?今何か踏んだ様な・・。まぁいい!!今は姫奪還が第一だーーーっ!!!」
・・魔神アシュタロスに気付かれずに踏まれて沈黙。
そして魔神は気付かぬままに走り去る。
──塔の中。
開いた穴から流れてきたものなのか。
寒々しい風が、細い音と共に、魔族の傍らを通り過ぎていった。
「クククッ・・本当にトリモチ掛かるか・・。神魔も、ああいうペース乱されてコケるトコは人間と一緒やな・・。あぁ、そういえば美神とかゆーのの常套手段やったか?」
ゲットした乗り物と共に、目標へと近付きながら銀一。
どうやら色々と調べたりしていたらしい。
「ま、何にせよ、また文珠使うハメにならんで良かった良かった♪」
・・嬉しそうに言う銀一へ。
描写は無かったが、何気に被害も無く、その後をきっちりと追いながら一言。
『ぽぽー・・(魔王・・)』
「喧嘩売っとんかオドレ等はぁぁ!!?」
・・なかなか怖いもの知らずなハニワ兵達であった。
その後ろ。
「おのれぇっ魔王ーーーーーーっっ!!!」
──叫びながら。走りながら。
考える。
私は、本当に滅ぶと思っていたのだろうか?
(・・ヤツならやりかねん事ではあったが・・)
脳裏に浮かぶのは、魔王。
紛う事なく人間の筈なのに、色々規格外すぎて圧倒されまくってしまった、腹黒俳優。
今更ながらに、考える。
(ヤツは何故、私を滅ぼさなかった!?)
GS達の存在があった事は認めよう。
だが──他に、幾らでも方法はあった筈だろう。
例えば、どこかの異空間に誘い込んで、核ぶち込んで空間閉じるだとか。
ヨーロッパの魔王だかのアイテムの中には、それ位出来るものもある気がする。
大体、あちらにはハニワ兵がいるのだ。・・空間を繋げたりする能力を与えたのは、失敗だったかもしれない。
しかし──それを、使っていないのは何故なのか。
あの腹黒が、それらに気付いていない可能性は、低い。
・・この塔も、私の造った兵鬼も、私の魔力がなければ、消える。なくなる。動かなくなる。
ハニワ兵達も、土くれへと還るだろう。
・・だが──それは、すぐにではない。
蓄えられた分の力で暫くは持つし、大体、他で補充する事は可能なのだ。
ハニワ兵達なら、姫の霊力で事足りる。
あれだけ周りをウロチョロしていたのも、漏れる霊力を欲しての事。
その微々たる霊力でも、ハニワ兵達には充分なのだ。
・・勿論、それだけであそこまで懐いていた訳では無く。惹かれ、慕っていた為のあそこまでの懐きっぷりだった訳だが──・・。
(どちくしょう!!!)
思わずその仲睦まじかった色々を思い出してしまい心の中でシャウト。
・・話を戻そう。
基本的に、ヤツは姫至上主義者だ。
全ては姫の為に。
中心にあるのは姫の幸せで。
・・ならば、私を潰すのは最善だろう。・・自分で言ってて物悲しいものがあるが。
下らん感傷は持ち合わせてはいない筈だ。加えて慈悲も。
共同生活らしきものはした様な気がするが、だから何だというのか。
・・姫関係では、他の要素など入る隙間も無い筈で。躊躇などある訳も無い。
ならば、何故──
・・それで。
私は、あの時。
本当に、現実に、滅ぶのだと。
・・滅ぼされるのだと。
思っていたのだろうか?
・・そして。
私は何故、そんな事を、考えているのだろうか。
まるで、あの時。
滅びる事など有り得なかったと。
・・確信していたかの様に。
──同時刻。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
モニターを眺めつつ、沈黙している人物二名。
その一方が、口を開く。
「・・人間、恐ろしいなぁ・・」
そしてもう一方も、溜め息と共にそれに応じた。
「・・それには同感です・・」
モニターに映るのは、塔の様子。
魔神やら魔王やら神魔やら人間やらの混戦模様。
「・・でも、あの魔王・・いえ、腹黒俳優さんの持つハリセン・・あなた、手を加えたでしょう?」
「・・ワイは『ヨーロッパの魔王』とやらのこさえたモンに、ほんのちょこっと力を乗せておいただけやで?・・一応夢枕に立って、その威力の旨は伝えておいたんやけど・・」
「・・私だってちょこっとですよ。寧ろ妙神山の神魔達の執念やら激情やらの方が強く込められてますしね・・」
二人して遠い目で呟いたりしてるのは──
「・・ま、何にせよ、どーなるかは神のみぞ知る、やな」
「・・私達が言う事ですか?それ・・」
「・・ほんなら宇宙意志」
「・・とことん無責任な発言ですね・・」
・・最高指導者の、お二方だったりする。
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