目の前にに大きな、自分の矮小さを嫌でも自覚せざるを得ないほどの大きさを持つクジラがいた。
瘴気を神気として身に纏い、狂気を正気として認識し、絶望を奇跡として人々に分け与える創造神ルドラサウム。
この世界に君臨する神たるそれは今、もの凄く上機嫌だった。
《実を言うとね、君の事は最近になって目をつけたんだ。でも、君に惹きつけられる期間としてはそれで十分すぎた。ただ一人の女性の為に世界を巻き込む戦争という動乱を巻き起こし、一方で臆病な魔王を庇って魔人と戦う。君の行動は、その全てが感情に任されたものだけど、その規模は世界の命運を絶え間なく揺るがすほど。……ふふ、君のおかげでシナリオを何度も大幅に変更させられたよ》
ルドラサウムはどれだけランスに目をかけているか、無邪気に話す。
それはまるで、子供が大切なおもちゃを自慢しているかのようだった。
《本当に君は見ていて飽きないよ。今までは国同士の戦争を大局的に見ていただけだけど、これからは君一人に焦点を当てようかと思ったぐらいさ。事実、既にもうそれに近い》
やや興奮気味に話す言葉に嘘はなく、本当に純粋にそう思い語っているのが見て取れる。
だから、それ故にランスの気分は最悪だった。
「お前に見られてても全然嬉しかねえんだよ!女でもない、しかもいけ好かない神に四六時中見られていると思うと、気持ち悪くて悶絶もんだ!」
本当に気持ち悪いとそう表現するように、ぺっと唾を吐くランス。
「前口上はいいから、さっさと本題に入りやがれ!俺様はお前の話に付き合えるほど暇じゃねえんだ!」
仮にも神に対してのこの暴言。
AL教団の者が聞いていれば、あまりの不敬に卒倒してしまうかもしれない。
だが、これがランスだ。
いつでも、どこでも、どんな相手でも、その口調に変化などありはしない。
カオスはそんなランスに呆れる一方で、勇気付けられ神に対し、昔の鬱憤を今こそ晴らそうと口を開く。
「そうじゃ!お主の腹黒さは、以前にわしらの願いを捻じ曲げて叶えたあの時からとうに知っておる。いいかっ!お主に剣に変えられてからというもの、まさに不幸の連続じゃった。自分の足で歩けず、食事はまともに食べれず、敵を切り裂き、血飛沫を浴びて、その日々がわしの心を容赦なく削り取っていく毎日……」
「……カオス、お前……」
長年、共に歩んできたがそのような不満を持っていたとは、露にも思っていなかったランスは少なからず動揺した。
だが、それもすぐにおさまった。
剣である以上、それは仕方のないことだからだ。
剣は飾るものじゃなく、敵を屠ってこそ価値の出る存在。
だから、ランスは(俺のせいじゃない)と開き直ったのだ。
まさしくその通り。
原因は目の前にいるやつなのだから。
「辛い、過酷な運命じゃ。だが、わしは耐えた。時には狂いたくなる衝動を抑え、強く生きてきた。しかし、ランスがわしの使い手になってからというもの、わしの忍耐もそろそろ限界に近づいてきておる」
ランスの眉がピクッと動く。
カオスの話が徐々におかしくなってきた。
だが、それに気づかないカオスは拳を握り締め、目には炎を宿し、話に熱を込める。
「常日頃、思っとった事じゃが、なんでわしに身体がないんじゃと!あれば、ランスに独り占めされずにわしも、美女とウハウハできるのに!ランスがとっかえひっかえ様々なタイプの女性を抱くたびに、わしはこう、狂いたくなるような、泣きたくなるような、こう……ああ、このくそったれがーーーーっ」
そう言って、カオスがランスの背中を思い切り蹴る。
不意をつかれ、倒れるランスに追い討ちをかける様に更に蹴りを加える。
「お前に、わかるか、いつも、脇に、寄せられて、セックスに、耽るお前に!」
区切るごとに感情に任せて、蹴りを加える。
ランスはそれを甘んじてくらいながらも、額には血管が浮き出ている。
爆発は近い。
「セックスはせめて一週間に一度にしろというんだーーーーーっ!」
「やかましいわーーーーーーーっ!」
「ぐっふぅぅーーーーーーっ!」
最後にとどめとばかりに足を大きく引くと、その隙を逃さず、突き上げるようにアッパーカットをカオスに食らわす。
立場が逆転して、今度は倒れ付すカオスにランスが蹴りを放つ。
「今、相手、する奴は、俺、じゃ、ない、だろうが、この、馬鹿剣がーーーーー!」
そして、カオスは物言わぬ骸と化した。
自業自得。
「すまねぇな。馬鹿剣のせいで話がかなり脇道にそれちまった」
そう言って、ランスは強引に話を戻す。
だが、当の神様は笑い悶えていた。
《キャハハッ、な、なんで君達はいつもそうなの?ま、まさかこの僕の前でも、そんな漫才をかましてくれるとは思わなかったよ、キャハハハハハハッ》
「漫才じゃねー。いいから、早く本題には入れ」
《キャハハハッ、オッケーオッケー。えっと………………あれっ、なんだっけ》
「おいっ!」
《ああ、大丈夫。思い出したよ。それでだね。君にプレゼントを渡したいんだ。君は本当に僕を楽しませてくれる存在だからね。そのお礼にさ》
ルドラサウムの巨体が大きく揺れる。
甲高い笑い声こそ上げてないが、明らかに笑っていて、それはいかにも悪巧みを企んでいる時の一癖ある笑い。
ランスは顔を顰める。
「プレゼント?」
《ふふっ、絶対に気に入ると思うよ。だって、君が欲しくてたまらないものだからね》
その言葉を合図に薄い繭みたいなものに包まれた球体がランスの前に現れた。
ランスはその中にいる人に驚き、声が出ない。
《気に入ってくれたみたいだね。そう、君の大好きな奴隷、シィルちゃんさ》
「シィルッ!」
ルドラサウムの言葉に反応するようにランスは繭に駆け寄ると、中にいるシィルに呼びかける。
だが、彼女はピクリとも反応しない。
「シィルッ、くそ、この繭が邪魔だ!」
ランスは繭をなんとか引きちぎろうと力を込めるがビクともしない。
目の前にいるのに。
あんなに会いたくて、あんなに焦がれた女性が目の前にいるのに。
ランスは自分の無力さに唇を噛む。
「おいっ、ルドラサウム。お前、何を考えてやがる!」
《別に。ちゃんと、元の世界に帰してあげるよ。言ったでしょ?プレゼントだって》
「お前が、そんなたまかよっ!」
無償でくれるならそれでいいが、このクジラはそんな良い神様じゃない。
ランスは会って間もない神様の本質を正確に見抜いていた。
《いい、いいよ。ランス、君は最高だ。僕をちゃんと理解してるよ。そう、これを世界に帰すのはいいけど、ちょっとした条件がある》
「条件?」
やっぱりか……とランスはルドラサウムを睨む。
だが、なんにしてもシィルが戻ってくるんだ。
ランスは、ルドラサウムがどんな過酷な条件を提示してもそれを了承する覚悟をしていた。
だが、ルドラサウムのだした条件は非常に簡単なものだった。
《僕は、ランス、君とシィルちゃんを別々の場所に転送する。で、その時の君に課す条件は二つ。一つは君がシィルちゃんを探す事を禁止するって事。偶然、見かけてもあえて無視するように。もう一つは、ランスは引き続き人類統一に向けて頑張ることさ。簡単でしょ?》
確かに思ったより簡単な条件で、逆にこれは何か裏があるなと思わずにはいられない。
だが、今それに触れても仕方がない。
それよりも……
「ふざけるなっ!それじゃ、俺様はシィルに会えないということか!」
そう、それでは困る。
せっかくシィルが生き返るというのに、会えないというのは生殺しもいいところだ。
もう一度、彼女の温もりを感じたいというのに。
《安心して。日がたてば、彼女がランスに会いに行くよ。その時まで、待ってって言うこと》
「それは……本当か?」
《本当さ。天地神明、僕の名にかけて誓うよ》
「なんか嘘くせえな」
本当に嘘くさい。
このクジラは、一体何を考えているのだろうか?
《そんな事言わないでさ。あっ、あとプレゼントが二つほどあるんだ。これらは本当に無償で上げるよ。いやあ、太っ腹でしょ、僕。でねでね、一つはそこに転がってるカオス。人に戻ってるでしょ?》
「戻ってるな。だが、戻ってもらうのは困る。これでは、魔人と戦えなくなるからな」
魔人と戦えなくなるだけでなく、ランスは本気で戦えない。
ランスが本気を出せば、並みの武器はへし折れてしまうからだ。
良い武器を探せばいいのだが、ランスはめんどくさがりだった。
ルドラサウムはそこも考慮していたのか、ケラケラ笑いながら
《大丈夫。任意に剣に戻ることができるからね。人と戦うときは君と二人で、魔人戦はカオスが剣に戻って、今まで通りに一人で。ね、便利でしょ》
「……日光さんみたいだな」
ランスはポツリとそう溢す。
然りである。
カオスはまさに日光の能力を身につけたのだ。
違うとすれば……
《それは少し違うよ。日光はマスターを多数持つことができけど、カオスは後にも先にもランスだけ。つまり、ランスが死ねばカオスを持つことのできる人間はいなくなるの。別にそれくらい構わないでしょ》
「ああ、全然構わねえな」
《ふふ、で二つ目のプレゼントは、ランス、君を強くしてあげるって事さ》
「断る」
0.1秒。
即答である。
《理由を聞いていい?》
でも、ルドラサウムは気分を害しているように見えない。
どうやら、ランスのこの拒絶は予想の範囲内のようだった。
「俺は人外になるつもりはない。人間のままで、十分最強だからな。その内、お前も俺様は超えるぜ。だから、仮初の力はいらん」
《それは本音かい?》
「本音さ。そして、もう一つ理由がある。気色悪いのさ。お前のその気前よさが。お前、俺様に何を期待してやがる?お前の思ったとおり動くつもりはねえぞ」
ランスの目がギラリとルドラサウムを睨む。
《ふふっ、僕は全然信用されてないみたいだね。別にランスを直接どうこうしようと思ってないんだ。ただね……》
その時、ルドラサウムの顔が大きく歪んだ。
狂気、愉悦、期待、様々な感情が織り交ざりくつくつと笑う。
ランスはその様に多少気おされる。
非常にやな予感がする。
漠然とだけど、でもそれだけは確実だ。
《ただ、君がどんな奇想天外な行動をしても、僕の舞台から退場はできない。だって、もう僕の舞台はもう始まっているんだからね》
「……」
《で、それはそれとして力は受け取ってもらうよ。なに、そんな大層な力じゃないよ。ランスに魔力の素養をつけるだけだからね》
「なんだと?」
《勉強なんかしなくていいよ。思った通りに唱えれば、それがちゃんと発動するから》
そういうと、ランスの頭上に光が現れる。
「ぐっ」
その光は無遠慮にランスを照らし、しかも催眠効果があるのか身体が突然言うことをきかなくなり、酷い眠気に襲われた。
「ルドラサウム、てめぇ……」
だが、そこまでだった。
ランスの意識は闇に飲まれ、崩れ落ちる。
「ふふふ、ランス、僕を楽しませてくれよ。でないと、君はまた大切な人を失うからね」
そして、あとには神の哄笑が響くのみ。
相変わらずの激しい雨が、窓を叩く。
街から離れ、林の中にひっそりと建てられらた邸宅は、もう夜が近い。
いつの間にか薄暗さを増した外界は、すでに深夜のように森閑と静まり返っていた。
少女はかき抱いた布団の温もりを感じながら、ずっと雨を見ていた。
雨は嫌い。
見ていると、悲しい気分になるから。
でも、何もすることがないから、少女は仕方なく雨を見る。
すると、しばらくして外界に変化が起こった。
二人の男性が何もない空から突然現れて、落ちてきたのだ。
「え、えっ……?」
少女は余りの出来事に脳の思考が追いつかず、ただ声を漏らす。
だが、二人の男性がピクリとも動かないのを見て、少女はこのままでは二人の命が危険だと判断し、大声をあげた。
「ダニエル、ダニエルーーーッ」
後書き
予定より、早く書き上げることができました。
雪鏡です。
えっと、今回の話はいかがだったでしょう?
最後に現れた少女。
恐らく気づいた方はいらっしゃるんでしょうね。
一応、次話で名前を明かすつもりですが、う〜ん、意外性をついた話というのが中々できない。
なんとか上手くやりくりして行きたいものです。
で、返レスです。
IZEAさん
はい、頑張りますので今後ともぜひ付き合いの程、よろしくお願いします。シィルが死んでも魔王にならないランス。意外でもなんでもないですよ。俺はこれこそがランスらしいと思いますので。
けるぴーさん
そうですねー。カオスが身体を取り戻すSSは俺も見たことがない。でも、今回の話で分かるように、カオスは完全に身体を取り戻したわけじゃないんで、もしかしたら期待を裏切ってしまったかなーっとちょっと心配。
D,さん
まあ、確かに美樹ちゃんを復活させる方法がないわけじゃないでしょうが、ランスはその方法が思いついたとしても、女性第一主義だからそんな荒々しい真似をするかどうかはなはだ疑問ですね。
>まさか!!??ずっと一緒に居させてやるとかいってシィルとランスを混ぜちゃうとか〜〜
いやあ、それこそまさかですよ〜(笑)
アーベンさん
アイスフレーム……いや、別にアーベンさんの案を取り入れたつもりはなかったのですが、なんか結果としてそうなっちゃいました。ははは、どうしましょう。
葵さん
葵さん、もしかして二つコメント入れてくれたのかな?ちょっと混乱。でも、まあ違う人だったらいけないんで別々にコメントを返します。鬼畜魔王ランス伝、あれ面白いですよね。あれくらいの作品を書けたらな〜。
B-クレスさん
ああ、すいません。俺も普段はROM側なんです。鬼畜将ランス、楽しく拝見させてもらってます。一から再構成しているあたり凄いですね。キャラはそのまま使っても、ほとんどオリジナルに近い。だからでしょうか?元々のランスのハチャメチャさがなりを潜めていますが、でもそれも嵐の前の静けさというか眠れぬ獅子みたいで、今後が非常に楽しみです。お互い頑張りましょうね。ところで、です。
>ケイブリス、リトルプリンセス、ランスの三人が魔王になって世界を三分割して来たもの等・・・・・
このSS知らないんですけど、よければ教えてください。
匿名希望さん
ですよね、ですよね。ランスはシィルが死んだからってそんな安易に力を求めませんよね。いやあ、ここに俺の考えに共感してくれる人がいてくれて嬉しいな〜。
葵さん
まあ、そうですね。クジラは不吉の前兆みたいなもんですから。勿論、俺のSSもそうです。
shinさん
ランスのSSがそんなに増えたんですか?俺が知ってる最近のSSはB-クレスさんのとあと一つくらいかな〜。もしよければ教えてくださいね。
矢沢さん
あっ、これはご丁寧にどうもです。はじめまして、雪鏡と言います。サテラの救済ですか。俺もサテラは好きだけど、救済があるかどうかはまだ未定です。まあ、前向きに考えときますね。
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