ランスは珍しく戸惑っていた。
「ランス……最強になりたくない…?」
「あん?」
LP4年5月。
ランスは人類圏全体に戦争を仕掛けていた。
自由都市群やJAPANやヘルマンのほとんどは既に征服したが、ゼス王国がその特化した魔法力を持って強固な抵抗を続けていた。
イタリアまでは攻め込んだものの、サイアスの軍団を除くゼス軍の主戦力の大半は温存されていた。
そんなある日のことだ。
シィル・プラインが戦死したという報がリーザス城に届いたのは。
ランスは、その報を理解するよりも先に感情が先走り、暴れ狂った。
だが、それも諸将の活躍により治まりをみせる。
ランスは暫く、誰も近づけないようマリスに命令すると、彼女の遺体を一人で海辺が見える丘に埋葬し、暇を見つけてはそこへ赴いていた。
……今日もそんな日になるはずだった。
「馬鹿が……俺様の許しもなく勝手に死にやがって……」
ランスは十字架に向かってつぶやく。
やりきれない想いが顔に表れていた。
「死ぬなよ、ばーか……」
乾いた声で呟いたランスは懐からピンク色の桜貝を二つ取り出し、じっと見つめる。
彼の脳裏に甦るヴィジュアルは、ふわふわと揺れるボリュームのあるピンクの髪……。
「お前の髪みたいな色だな、きれいなピンク色……」
そしてその内の一つの桜貝を墓前にそっと添える。
「やるよ、桜貝をもう一つ見つけたからな。二つあってもしょうがねーし。あっ、だからって大切にしなかったら、承知しねーぞ」
そして、次に金の首飾りを取り出すと、その十字架にかけてやる。
「あと、この金の首飾りもつけてやる。どうだ、嬉しいだろ?贈り物が一杯だ。俺様が主人でよかったろ?お前は、そんな優しい主人より先に死んでしまったんだ……あの世で、深く後悔しろよ……あの世で……な……」
知らず知らずのうちに涙で潤んだ瞳、だけど涙は流さない。
どうして自分の断りもなく死んでいった奴隷に涙を流さなくてはいけないのか。
彼はどこまでも素直ではなかった。
「シィル、俺様は……やりたいことをやるぞ……」
「お前が生きていたら止めてくれるようなことも、平気でやってしまうんだろうなあ……」
風がランスの頬を撫でる。
「……おまえはここでそれを見ていろ、仕方ないよな死んじまったんだから……」
「死ぬなよ、ばーか………ばーか」
何度も同じ言葉を呟き、後ろを振り向く。
「なあ、お前もそう思うだろ、サテラ?」
いつからいたのか、一人の少女がそこにいた。
そして、話は冒頭に戻る。
「ランス……最強になりたくない…?」
「あん?」
サテラの前置きのない問いかけ。
ランスはそれに「どういうことだ?」と怪訝な表情になる。
「サテラはランスが……ランスが気に入っている。お前がその気なら力を与えてやる」
「好き」と、間違ってもいえない彼女。
そこもまた彼女の可愛らしさの一つなのかもしれない。
でも、それも時と場所を間違えば愚かでしかない。
「サテラはそうやって苦しむランスを見たくない。いつも、自信満々で豪快でどんな苦境も「ガハハハハッ」と笑って突破するそんなランスがいいんだ」
でも、彼女だって今言う事が愚かだと言うことは分かっている。
耐えられなかったのだ。
彼の苦しむさまを見続けるのは。
「ランス、最強になりたくないか?」
再度、同じ質問。
サテラは人間など及びもつかない力を手に入れることで、ランスは悲しみから立ち直ってくれるとそう純粋に思っていた。
……でも、それは魔人故の発想。
力が全ての魔人だから……
「お前は、俺様を魔人にしようというのか?」
ランスの顔は無表情だった。
何を思ってるのか、読み取れない。
でも、サテラは引き下がらない。
ここで引き下がってはいけないのだ。
「違う!ランスは魔人じゃ駄目だ。私達を統べる王、魔王になって欲しいんだ」
「魔王か……」
「ランスは人間の王なんかでおさまる器じゃない。だからってサテラ達と同じ魔人も違う。ランスは魔王になるべき男なんだ!」
サテラは声を荒げ、ランスがいかに魔王に向いてるかを力説する。
本人はいたって真面目。
でもその様子が、ランスのつぼに嵌ったのか
「……ククッ」
と苦笑してしまった。
「ムッ、何がおかしいんだ!」
「悪い悪い。まさか、サテラが俺様をそこまで買ってくれてるとは知らなくてな。それに気づかなかった事に、自分に笑いたくなったんだ」
「……ランス、でも今のは」
今のはそんな自虐的な笑いじゃなかったよ、とサテラは言いたかったが、それもランスの次の言葉に阻まれた。
「まあ、何はともあれ、サテラよ。俺様は魔王になる気はない」
「えっ?!」
「不思議なもんだ。俺様は人間というものに未練があるらしい。シィルを殺したのは人間だっていうのにな」
そう言ってチラッと十字架に目を向ける。
十字架にぶら下げた首飾りが光に反射してキラキラと輝いていた。
「……」
「それにだ。俺様が魔王になるということは美樹ちゃんを殺さなくてはいけないのだろう?」
「ッ!……よく気づいたな」
「まあ、グレートでスーパーな俺様だからな。だが、だからこそだ。俺様はどんなことがあっても、可愛い女の子を殺すことはできん。それは世界の損失だ」
分かったか!と笑うランスはいつもの豪快なランスだった。
サテラはそんなランスが眩しかった。
「強い……な、ランスは」
自分の半身を失ってもランスは人前で「俺は大丈夫だ」と笑える強さがある。
それは並大抵の心の強さではない。
サテラはランスに対しての想いがさらに強くなっていくのが感じられた。
「だから、俺様は魔王にはならん。ガハハハハハッ」
だが、悲劇と言うものはどれも突然に起きるもの。
ランスが笑い声をあげる中、別の甲高い笑い声が響いた。
《キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ》
いきなり大きな笑い声が響いた。
いや、正確には辺りにその声は響いてはいない。
その笑い声が聞こえているのはランスと常に帯剣しているカオスだけだ。
『この声は!!』
今まで黙っていたカオスが驚きの声を上げる。
「なんだ、耳障りなあの笑い声は……カオス、今のはなんだ?」
『……まさか、まさか……』
だが、ランスの問いにカオスは答える余裕がない。
ランスは舌打ちし、声が聞こえてきたであろう空に目を向ける。
だが、空には何もいない。
雲ひとつない青空が広がるのみ。
「ランス……どうしたの?」
「サテラ、お前今の笑い声が聞こえなかったのか?」
「笑い声?」
サテラは首を傾げる。
だが、それも次の瞬間、驚愕のポーズに成り代わる。
「ランス、ちょっと、えっ、なんで?!」
ランスの身体が徐々に透き通っていく。
まるで、この世からいなくなるようなそれは、サテラに焦燥感にも似た感情を抱かせた。
だが、焦っているのはサテラだけではない。
「くそっ!一体、どうなっちまったんだ」
自分の身体には触れられるのに、サテラには触れられない。
ことごとく空を切るのだ。
「いやぁ、ランス。いなくならないで!」
だが、サテラの願いも空しく、次の瞬間にはランスの姿はなくなっていた。
蒼い、蒼一色に染め上げられた世界。
そこにランスはいた。
「ここは、どこだ?」
「神の住む湖じゃよ」
答えはすぐに返ってきた。
髭ずらの精悍な男。
「カオスか……」
「驚かないのじゃな」
「驚くかよ。色々ありすぎて、もう並大抵の事じゃ驚かないぜ」
「そう……そうじゃろうな」
カオスの顔に沈痛な表情が浮かぶ。
ランスとはなんだかんだいって、長い付き合いだ。
彼の傷ついた心を想うと、カオス自身も辛くなってくるのだ。
「ふん、お前にそんな顔は似合わねーよ。馬鹿なら馬鹿らしく、いつものように女の事でも妄想してろ」
「なっ、なんじゃと!それではまるで、わしが変態みたいではないか!」
「変態以外の何者でもないだろうが、この馬鹿剣!」
「かーっ、こんな奴に同情したわしが馬鹿だった。身体を取り戻した今こそ散々酷い扱いされた恨みを晴らしてくれる!」
「いいぜ、こいよ。どっちが格上か知らしめてやる!」
そして、始まる二人の殴り合い。
しかし、殴り殴られつつも二人の顔には喜色の面があった。
俺達はどこにいても変わらない。
そう全身で表現しているのかもしれない。
《キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ》
だが、その殴り合いも中断される。
あの耳障りな声が聞こえてきたのだ。
「カオス……ここは神の住む湖だといったな」
「うむ」
「なら、この笑い声は」
「ランスの思ってる通りじゃよ。神の登場じゃ」
そして、現れたのはでかいクジラだった。
《初めまして、だね。僕は創造神ルドラサウム。ランス、君の生き様に惚れた神様さ》
そう言われても、ランスには嫌悪以外なにも持つことはできなかった。
後書き
覚えている方はほとんどいないと思いますので、新たに連載することにした雪鏡です。
夜華がつぶれてしまい、それと共にSSを書くのを一時辞めていましたが、また書き始めようと思います。
GS、ダイの大冒険、ドラえもんと書いてきた俺ですが、今回は鬼畜王ランスです。
なにぶん、古い作品で知ってる方が少ないかと思っていたのですが、他の方も投稿していらっしゃったので自分もそれに便乗したしだいです。
それでは今後とも、よろしくお願いします。
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