居合の達人は自分の体に刀身を隠し、正面に対峙した人間に見せる事の出来ないようにする事が出来ると言う。そして、九能市は居合の達人だった。
「ぬぅおおおおお!!」
首の皮を掠める日本刀。横島はギリギリで回避する事が出来た。
「中々の反射神経ですわ。この刀はヒトキリ丸。ああ…ヒトを斬るのは初めてですわ……。」
少し、恍惚の表情を浮かべる九能市。それに対して横島は審判に文句を言っている。
「あれは、銃刀法違反じゃないのか!!」
しかし、返ってきた審判の言葉は
「事前にキチンと届出が出ている。君も先ほど口にしていたが、この試合で例え死者が出たとしても、事故扱いだから。心置きなく戦ってくれ。」
との事。
「あああああ!!や〜ば〜す〜ぎ〜る〜!!!!」
依然として斬りかかって来る九能市の刀を必死に避けて回る。その内、コーナーに追い込まれた横島。
「さぁ、もう後は在りませんよ。さぁ!!」
九能市の言葉に横島も腹を括った。
(一か八かだ。このまま死ぬわけにもいかん!)
止めとばかりに斬りかかって来た九能市の刀に横島も霊波刀を切り結んだ。
元来、日本刀と言うものは切れ味を優先するがあまり、酷くもろい。勿論、自分の伎で鉄や岩を砕く者も存在するのも事実。しかし実際にはそんな者は極僅か。そして九能市の実力はそこまで及んではいない。勿論、霊力を付与してはいるが元は日本刀である。変わって横島の霊波刀。美神らが横島とくっ付いていたいがために行われていた終業後の基礎訓練。本来ならば、十分であったにも拘らず続けた訓練のお陰か、やはり地道な訓練の成果と言うべき結果が得られていた。今の霊波刀はその硬度は、とてつもない物と化していた。そんな二つが切り結ばれたのだ。結果は火を見るより明らかである。
キン
そんな澄んだ音と共に九能市の刀が真っ二つに折れた。
「な!」
たった一回の切り結びで折れた刀に驚きを隠せない九能市ではあったが、そこは忍びの者。素早く思考を切り替えて横島から間合いを取った。
「刀を失ったぐらいでは、まだまだですわ。忍びはこの体こそ武器!」
そう言うと纏っていた上着を脱ぎ捨てた。
「いっ!(っぎゃああああああああ!!!)」
叫び声を辛うじて飲み込む横島。目の前には生足丸出しのレオタードのような姿の九能市が立っていた。
(こ、ここで我を失って暴走すれば俺の秘密が公にばらされる事のなる……。落ち着け……落ち着け俺。この場をうまく収めれば大丈夫だ……。)
自分を落ち着けて横島は霊波刀を再び構えた。対する九能市も武器を持つ相手に油断無く間合いを詰めて行く。再び、静寂した空間が生まれた。
(体から受ける疲労感からすると、言霊も残りあと僅かって感じだな。切り札は取っておくべきか……。)
言霊は雪之丞戦を見れば理解できるが、発現すれば一方的に相手を倒す事の出来る技ではある。しかしその分霊力の消費も大きい。今の横島にとってはそんなに連発できる技ではない。
(先ほどの戦いで見せた技は脅威ですわ。しかし、見た所連発できるような技ではない様子。決めるなら今のうち。)
横島の状態を見切った九能市は回復させる暇を与えずに接近戦持ち込むつもりで、間合いを詰めた。その速さは今だ素人に毛が生えたような横島の対応できるものではなかった。しかし、その九能市の判断は間違いだった。
「ひ!わ、我命ずる!吹き飛べ〜!!!」
頭では横島もここで言霊を使うのは勝ち進んだ場合、霊力のスタミナ切れを起こしかねない。最悪、サイキック・ソーサーすら出せなくなる恐れがある事は解っていた。しかし、頭で解っていても、素人に毛が生えた程度の横島には目の前の恐怖に思わず使ってしまったのだ。そこまで読め、と言うのは事情を知らない九能市には酷だろうか……。結界をぶち破って場外まで吹き飛ばされた九能市は意識はある物の、立ち上がる事は出来なかった。よって、審判は横島の勝利を宣言した。
「……だ、大丈夫ですか。」
急に結界を破るほどの勢いで吹き飛ばしてしまった九能市を気遣い、横島は悔しそうに俯く九能市に声をかけた。
「あの……そんなに落ち込まなくても…十分強かったし……。」
その言葉に、九能市は首を横に振りながら答えた。
「いえ。あなたの能力については事前に知っていてのこの様です。解っていながら貴方の霊力を勝手読みしての特攻。カウンターを受けるべくして受けた。これが今の私の現実です。」
「そ、そんな事……また、さ。実戦訓練ぐらいならさ……付き合うから。」
一度は、そんな事ない!と言うつもりだった横島だが、勝者が言って良い言葉ではないと思い、励ますためにそう口にした。それが自爆行為である事に気がつくのは嬉しそうな九能市の顔を見た瞬間である。
「ほ、本当ですか!ぜひ、お願いします!」
今更、あれは嘘、とも言えずに心で自分をボコボコにしながら「ああ。」とだけ答えてその場を離れる横島。もう少し注意深く九能市の顔を見れば、必死に前言撤回をしたであろうに。その顔はまさに、恋する乙女の顔であった。
続いて少しのインターバルを経て準決勝。横島の目の前には、信じられない人物が立っていた。
「た、タイガー!お前が相手かよ!」
目の前に対峙するは紛れも無く、タイガーであった。
「間違いなく、ワッシはタイガーですケン。横島さん、覚悟してツカーさい。」
審判の合図と共に、タイガーは自分自身に自己催眠に入った。
「ワッシはトラ。トラになるんジャー!!!」
その瞬間、タイガーの姿は二本足歩行のトラの姿となった。そして立て続けに横島に向かって催眠波を送った。
「横島さん。横島さんの弱点は、申し訳ないですが、付かせて貰いますケン。何、安心してツカーさい。結界の外には何も見えんですから。」
そう言うと、辺りが歪み何やらその歪みが人型を取っていく。
「た、タイガー……お前……。」
横島もタイガーを行おうとする事が解ったが、時既に遅し。タイガーの姿は既に空間の歪みの中に消えて気配すら感じる事が出来ない。何処からともなくするタイガーの声。
「横島さん、ワッシもこんな手は使いたくはなかったですけど、エミさんから『美神事務所の助手に負けるな!』ときつく言われとりまして……スマンですケン。」
その言葉が終わった瞬間、歪んだ人型は形を成した。
「「「「お久しぶり〜!!」」」」
「またお前らか〜!!」
過去、横島の前に立ちふさがったあの四人組の女性が再び横島の目の前に現れた。
「だ〜って、私達横っちの『恐怖』の産物でしょ?だから前回同様、今回もあのタイガーってのが呼び出した『恐怖』から私達が出てきてもおかしくないわよ。」
そう言いながら、女子高生風美女が宙に浮いたまま、横島に近づいてくる。
「そう言うことね。」
その後ろから、逃げ道を塞ぐように妙齢の女性。左右両側からはメガネっ娘と妹風が寄ってくる。
「あああ……。」
あまりの恐怖に横島は言葉らしい言葉すら出す事が出来ない。横島の霊力はしばらく休んだ身とはいえ、完全では無い。今だ言霊を発現するに至ってはいない。精々、霊波刀が良い所である。よって……
「ぐ、ぐんな〜!!よるな〜!!触れるな近づくな離れろ〜!!!!」
その霊波刀を振り回すのが精一杯。その上、前回の修行のときとは違い、これは横島の見ている幻である。寄り代による式ではない。つまり滅する事が出来ないのだ。当然、お構いなしに四人は寄ってくる。横島、そろそろ壊れてしまいそうである。
「横島さん、どうしたんでしょうか……。」
観客席から心配そうにそう言ったのはおキヌ。
「相手がタイガーだったから、恐らく催眠攻撃を受けているんだと思うわ。くっ!やっぱり休憩中に横島君を探してでも、注意するべきだったわ。」
準々決勝と準決勝の間の休憩中、横島はずっと、トイレの中に隠れていた。自分の周りにいる女性が自分を探している事に気がつき、逃げ込んでいたのだ。よって、美神は横島にタイガーの催眠攻撃の対処方法を教える事が出来なかったのだ。
「オーホホホホホ!さすがウチの助手ね!令子の所ごときの助手に敵う訳が無いわ!」
美神の横でエミが声を上げて笑っている。しかし、普段なら噛み付くところだが、今の美神は目の前の横島の試合に釘付けである。
話は変わるが、人間は衝撃的な事や現実として認識するにあまりの出来事に対して、自分の中にもう一人の自分を作り上げてしまう事がある。解離性同一性障害。いわゆる多重人格と呼ばれているものだ。人間のもつ心が壊れてしまわないように、もう一つの人格に押し付けて、心を守ると言う一種の精神的な病気とされている。そして、今まさにその病気を発病しようとしている男がここにいた。
「がああぁぁぁ!!!」
叫び声と共に、凄まじい霊波が結界内を駆け巡った。その衝撃でタイガーの幻も掻き消えてしまった。
「ん〜……久しぶりの外だぜ。前回は無理やり出ちまったから、体の方が付いてこなかったが、今回は『奴』も了承しての交代だ。問題無しってやつだ。」
口調が変わり、体から発せられる霊波もまるで、今から初めて戦うような感じである。
「それじゃ、タイガー。終わらせようか。」
タイガーも自分の催眠攻撃を体から発せられる霊波だけで跳ね除けた事に対して、少なからず驚きを隠せないでいた。しかし、まだ自分にかけている自己催眠が解けたわけではない。野獣の力とヒトの英知を併せ持つ獣人。その力を持って、横島に挑んでいった。だが、
「飛べ。」
横島がそれだけ言うと、タイガーは結界壁に貼付けられた。
「な、なんで…ジャ……。キーワード……」
「ん?ああ、『我命ずる』ってやつね。『今』の俺には必要ないよ。タイガー、お前惜しかったなぁ。だが残念な事に、『あいつ』を追い詰めすぎた。だから『俺』が出てきちまった。しかも、完全な形で。こりゃ、もう勝ち目無いぞ。」
タイガーは、横島が何を言っているのか、よくわからない様子。まさか横島が多重人格者であるなど思ってもいなかっただろうから。少し知識があれば思いつく事も出来たのかもしれないが……。
「ん〜……ここで、お前にさっきの仕返しをしても良いけど……ま、友達だし勘弁してやるよ。」
そう言うと、横島はタイガーの胸に手を当て一言。
「バイバイ。」
すると、タイガーは結界を突き破ってもんどりうって、場外に吹き飛んでいった。
「しかし便利な技だな、言霊って。俺のイメージ通りに事が起こる。」
そう言って、肩をまわした。その瞬間審判は横島の勝利を宣言した。
その時隣でも勝利宣言が響いた。
「勝者、孫選手!」
そこには倒れたピートと無傷の孫の姿があった。
「決勝は、あいつか……。何者なんだろうね。」
そう横島は孫を見ながら呟いた。
続く
後書きもかねて……
と言う事で、横島です。俺の本当の人格は女性恐怖症の方。俺はそいつが作った、完璧な横島って所かな。女にビビル事も無く、自分の能力を100%扱う事の出来る存在って奴だ。だが、俺が表に出てくるには本当の俺が強く願う必要がある。それこそ死ぬ思いって奴だ。そうじゃないと、体が強い拒否反応を起こして、瞬く間に失神しちまう。これから、俺が再び登場するかどうかは、その時次第だ。ま、本体に取っちゃ、そんな事は二度と起こって欲しか無いだろうけど。それじゃ十一話まで、ごきげんよう!
と言う訳で、横島君の第二の人格登場編。どうでしたか?このネタはこの作品を読んでくれた妹の「横島君、その内壊れるんじゃないの?」の一言から出来たものです。ヒトが壊れないように行う行動の中で最たるものがこの『第二の人格を創造する』であると考え、こうなった次第です。次回は孫の秘密が……
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