騒ぎに気がついた美神のお陰で、ようやく開放された横島は他の三人と共に会場入りを果たした。そして間も無く一次試験が開始された。当然、何の問題もなく四人は合格した。そのまま、昼から始まる二次試験を待っていた横島の目の前に現れたのが蛇神竜子であった。
「あ、横島。良い所で会った。」
そう声をかけられ、よって来た。そして何をするかと思いきや、いきなり横島を人影のない場所へと素早く引っ張り込んだ。
「な!何を「シッ!静かにしな。」……。」
いきなりの行動に文句を言おうとしたが、ギロリと女性に睨まれた横島は反論など出来るはずもなく、蛇神に口を押さえられたまま、うなずくのが精一杯。その時
「横島君、どこ〜!」
と美神の声。別の場所からも
「横島さ〜ん、どこですか〜!」
「ヨコシマ〜!!」
とおキヌとタマモの声。どうもこの二人、同盟を組んだらしい。そして
「あなた〜!どこ〜!」
「未来の婿殿〜!」
「ヨコチマ〜!」
「どこに行ったのでしょうねぇ。」
電波一家の声もどこからかする。そんなあちこちから聞える声に横島は顔を青ざめる。
(今現在、敵はこの場所に集中しているのか!何とかこの場から、無事に逃げ出さねば……しかし……)
今の状況を何とかしようと考える横島だが、その内次第に全員の声が遠のいていく。
「何とか、逃れたようだね……。」
ため息を一つ吐くと蛇神は緊張を解く。
「ふぐー!!」
「アン♪そんなに興奮する事ないじゃないさ。」
蛇神はいつの間にか、横島の口を塞いでいるのが手ではなく、自慢の胸に変わっている事に気がついていなかったらしい。まるで自分の胸に包み込むように横島を抱き締めている。横島も最初はそのまま卒倒しそうだったが、他の連中の声を聞いた時に、ここで卒倒してはマズイと思い、必死に状況の打破について考え込んでいたのだ。
「そんなに良かったかい?私の胸は。」
「苦しいと言っているんです!!」
蛇神の問いに、横島が必死に答える。依然として蛇神と横島の距離は非常に近い。しかし、その現実を受け入れると横島自身どうなるか解ったもんじゃない。よって、とりあえず事態が好転するまで横島はその事実から逃げていた。ビバ、現実逃避!!
「いや、悪かったね。アンタにちょっと話があってね。令子達に聞かれるとまずいし。」
その言葉に横島は、先日の老師の言葉がフラッシュバックする。
(今回の試験になにやら不穏な動きがある)
もしかして、この蛇神がその事についての情報を持っているのだろうか。最悪、張本人だ何てこともありうる。横島は、少しシリアスモードに変更した時、蛇神から出た言葉は
「うちに来ない?」
だった。その言葉に横島は半分呆れて、半分シリアスモードになった自分に恥ずかしくなっていた。
「あ〜……どういう事ですか?」
今一、話が読めない横島はそう答えた。
「だから、令子の所辞めてうちの事務所に来ないかって言ってんだよ。」
蛇神からでた言葉はいわゆる引き抜きである。しかし横島は
「いや…実は契約書では……」
そう、契約書では横島の一存では美神事務所を辞める事は出来ない。性格には辞めると美神側からの一方的な条件を飲まなくてはならない。よく考えるととんでもない条件である。
「だけど、アンタの事情は知ってるのよ?」
その言葉に横島の顔が一瞬、こわばる。
「……何の事ですか?」
「しらばっくれても無駄。雪之丞から全部聞いてる。」
「あんの、ボケカスぐぁ〜!!」
蛇神の言葉に横島はこの会場のどこかにいる親友に対して呪いをかけんばかりの勢いで毒ついた。蛇神がその表情から雪之丞の言葉が真実であると推測するに十分である。
「でさ、アンタのその体質だけど私の所に来れば、どうか出来るかもよ?」
「……具体的には。」
この手の話は昔から腐るほど聞いている。しかし全てがガセだった。横島も早々食いつく事はなかった。
「私の所のやり方は知ってるだろ。その中に『己の宿命に立ち向かう秘術』ってのがあるのさ。」
蛇神事務所の特徴は魔族の力を人の身に降ろして使うと言ったやり方。最たるは雪之丞達が使う『魔装術』だ。魔族の中には己の宿命に我慢がならない連中も存在する。そんな連中が挑む秘術なのだ。もちろん、大きな危険が伴うが成功すれば如何なる宿命からも逃れる事が出来るといったものだ。その危険性から挑んだ者は極僅かだがそのいずれも宿命からは逃れる事が出来ている。横島もその話は聞いていた。しかし、方法が分からず諦めていた方法である。
「そ、その方法を知っている…と?」
「もちろん。」
この話が本当なら、横島にとっては願ってもいない事。どんな代償を払っても克服したい。しかし横島も馬鹿ではない。
「それで、それを教えてくれる代価は?事務所変わるだけなんて事はないでしょう。」
通常、他の事務所の人間のためにそんな事を調べるなんて事はありえない。その上、蛇神とはそんなに面識はない。しかも仕事中なんて事はまったくない。よって引き抜きの理由が見当たらないのだ。
「そんな大した代価はないさ。ただ、私だけを見て私だけを愛してくれれば。」
軽い口調でそう答えた。「晩飯何がいい?」に「何でもいい」と答えるぐらい軽い口調。しかし横島にはその言葉の内側にある思惑におぼろげながら何かを感じる。
(何だ!この軽い口調のくせに、この酷く苦しくじわじわと締め付けられるような感覚は。この条件を飲んだ時、今以上の苦しみを負うような……いや、負うとはっきり感じる。)
<さすがやなぁ。自分の置かれている状況を本能的に悟っとる。>
<確かにあの方法を取れば、自分の宿命を覆す事が出来るでしょう。しかしあのメドーサの転生体の求める代価を支払えば、自分が恐ろしい修羅場に巻き込まれる事を瞬時に感じたのでしょう。>
某所でそんなやり取りが行われている事など横島は知る由もない。横島は今自分の前の事しか考えられないでいた。
「ねぇ横島。どうする?」
蛇神の甘いささやきにぐらりと来たが横島は
「すみません。この話はなかったことに。『我、命ずる。我が身をこの会場内へ転移させよ』」
と、言うだけ言ってその場から姿を消した。
「ちっ!逃がしたか……だけど諦めちゃいないよ、横島。アンタの全てを私の物にして見せるさ。」
さして、残念そうにも見えずにそう口にする蛇神。これだけで横島を自分の物に出来るとは考えてはいなかったらしい。当然、次の手も考えてはいるのだろう。人界で唯一横島の事情をしる女、蛇神竜子。次は如何なる手で横島に迫るのであろうか……。
「ゆきのじょおぉぉぉ!!ベッコベコにしてやるぅぅ!!!」
うなる横島。
「ファ〜ックション!!……誰か、俺の噂でもしてんのか?」
自分のこの行く先を知らず、のんきな雪之丞。
それらひっくるめて、運命の第二次試験が今始まる。
続く
後書き
蛇神竜子の攻撃の編でした。ユッキーはポロリと口にした横島の事情を竜子に締め上げられ、やむなく口にしてしまったのです。決して、面白いから等と言うどこかのサルのような理由ではない事をここに明記しておきます。
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この作品の番外編として掲載させていただいた『伝説の男』について、「不味くない?」と言う意見を頂き、私自身の判断により削除させていただきました。尚、レスに関しては大事に保管させて頂いています。お返事は出来ませんが、本当にありがとうございました。