ここは教会。
ある一室で、一人の女性が白いドレスを纏って待っている。
愛する男性に己が心を捧げると誓う瞬間を。そして何より・・・
ドタドタドタドタ 妙にニブい足音が聞こえる。アレは・・・
少々顔をしかめる。
バタン!
トビラが開きいささか横に大きめの男性が姿を表す。
「さあ、助けに来たよ!ボクに任せればすべて大丈夫だからね。一緒に行こう」
彼の脳内では自分はダスティン・ホフマンのようだ。
やれやれとばかりに頭を振ると、彼女は一応答える。
「あなたは確か・・・サイン会に来てくれた人ですね」
「そそそそ、そんな他人行儀なしゃべり方しなくていいんだよ。いまボクらしかいないからね。
さあ二人で永遠の幸せに向かって旅立とう。約束したじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・・覚えがありません。それに、わたしはあのひとを愛してるんです、心から」
ぶふ−ぶふ−と妙な息をつく男性。
「そ、そそそそそそんなにヒドいネタでアイツに脅されてるんだね」
「脅されてるって・・・おかしな言い方止めてください。それにあのひとを侮辱するのは
あのひとを愛した私を侮辱するのと同じです」
などと問答をしながらさりげなく右手は背後をまさぐっている。
「そそそそれじゃあ、殺してあげよう!あの世で永遠に幸せになろう!」
懐からナイフを取り出すと逆手に持ち替え、女性に踊りかかろうとするが
「遠慮しておきます。あなた一人で行ってきてくださいませ」
ふっと前に回した右手には「ひゃくとん」と書かれたハンマ−が握られていた。
「そ−おれっ!」どごん
その強烈な一撃に沈黙する男性。
「あ、これですか?こういう仕事上妙なトラブルに結構巻き込まれるんですよ。
それで一ヶ月ほど休みを取って噂に聞く『新宿のハンマ−クィ−ン』に弟子入りしたんです。
ひどくタフなセクハラ男が一緒に居たんで我ながらずいぶん上達したんですよ。ハンマ−の扱いだけでなく罠の仕掛け方も」
言いながらハンマ−を、勢いをつけるかのように二、三度振り回す。
「先日師匠が交通事故にあったって聞いたけど軽症だったそうで何よりです。
それじゃ行きますか・・・やっぱりハンマ−使う以上この言葉言わなきゃいけないですよね。
せ−の 光になれぇ−」
その一撃で吹き飛ばされる闖入男性。
「これで今日十二人目、と」彫刻刀を取り出し、ハンマ−に星マ−クを掘り込む女性。
ここは教会。
ある一室で、一人の女性が白いドレスを纏って待っている。
彼女の傍らに置いてある木製ハンマ−が鮮血で染められ、刻まれた星もまもなく三十個、というのは多分目の錯覚だろう。
そして彼女は待つ。
愛する男性に己が心を捧げる、と誓う瞬間を。そして何より・・・
たったったったったったったったった 天使の羽ばたきのような足音が聞こえる。
これを、この足音の主をずっと待っていたのだ。
バタン!
トビラが開きちいさな少女が姿を表す。
「かあちゃん、オレ刑事になったよ!」
どんがらがっしゃ−ん
「・・・何やってんの?」
「・・・それはこっちのセリフよ。大体なんだって『刑事くん』なのよ。まあいいわ、そんな事」
「そうだね、久しぶり・・・十年ぶりね、恵」
「十年ぶりね、ティオ女王様」
続きます
エピロ−グなのに続きます。
ちなみに『刑事くん』というのは二,三十年ほど前テレビで放送された刑事もので
主人公は「日本の刑事番組史上もっとも優秀な刑事」と呼ばれています。
だって他の番組は皆解決に一時間かけるけど彼は三十分で解決しちゃうんだもん。