「はぁ…」
美神令子は大きく溜息をついた。
ここは教室、そして今は朝のホームルームの真っ最中である。
教室の前では教師が何やら連絡事項を伝えているが、そんな事はお構いなしと机に突っ伏している。
だいぶ情けない恰好であるが、今はそんなことを気にする気力すら彼女は持ち合わせていなかった。
(…不覚、この美神令子ともあろうものが…)
あんなミスを仕出かすとは。
またも溜息がもれてしまう。
今朝だけで相当数の幸せが逃げていったことだろう。
美神がこのようになってしまった原因は、昨日の夜にあった。
無事、横島と運命の再会を果たした美神は、彼を自宅に誘って夕食を御馳走したのだ。
そこまでは全く問題はなかった。
元から「自立した女になる」という信念を持っていたため料理は出来たし、横島と付き合いだしてからもそれなりに長い。
大体の好みは把握している自信があった。
事実、彼は少し多めに用意した筈のおかずをぺろりと平らげてしまった。
「美味い、美味い」と涙を流しながら食べる姿を見ると美神も嬉しくなるというもの。
全く、作り甲斐のある相手だった。
問題はその後だ。
夜、恋人同士、彼女の自宅で二人きり。
ここまで状況が揃っていれば、横島が煩悩を抑え切れるはずもない。
そして今までに似たようなシチュエーションも何度か経験があったため、美神もその気になってしまっていたのだ。
後はなし崩しである。
誤算だったのは、横島の持つ17歳の煩悩と22歳のテクニックの相乗効果で色々と凄まじかったこと。
そして、自分でもすっかり忘れていたのだが、美神が「乙女」であったことだ。
お陰で今は腰が痛いわ、何か挟まった感じがするわ、散々な体調だった。
溜息が出るのも仕方ないというところだ。
(せめて文珠があれば…)
回復も出来たのだが。
無い物ねだりをしても仕様がない。
あぅ〜、と無意味なうめき声をあげてみたが、虚しいだけだった。
「美神さん、大丈夫ですか?」
突然かけられた声に振り向いて見ると、そこにいたのは先程まで前にいた教師が直ぐ傍に立っていた。
「随分怠そうよ?一昨日は突然倒れたって聞いたし…どうしたの?」
「あぁ、いえ、大丈夫です〜」
と、幾分気の抜けた返事を返す、体は机に伏せたままだ。
まさか処女喪失と盛り過ぎ、盛ったのは主に横島だが、で疲れている、と言うわけにもいかない。
「そう?無理はしないように、辛くなったら保健室で休みなさい。」
と、心配そうな顔をして教室を出ていった。
「令子さん、だいじょぶ?」
入れ替わりに声をかけてきたのはクラスメイトの一人、名を相川早紀という。
私のそれほど多くはない友人の一人だ。
因みに少々霊感があって、「見え」てしまうこともよくあるらしい。
そんな彼女は美神に仲間意識を持ったらしく、よく一緒に遊びに行ったりもしていた。
「相当気ぃ抜けてるみたいだよ?」
「あ〜先生にも言ったけど大丈夫よ、ちょっと体が怠いだけだから。」
そんな本気で心配されると悪い気がしてしまう。
「すまないわね、心配かけて。」
…クラス中の時が止まった。
「あなた誰っ!?あの傲慢を絵に描いたような令子は何処へ行ったの!?」
「いやぁぁ!世界の終わりよっ!」
「ハルマゲドンが近いのか!」
「神は死んだ!」
ノリの良いクラスなのは知っていたが、これは酷過ぎるのではないか?
単に心配をかけた友人に感謝の意を伝えただけではないか。
少々頭にきたので少しだけ霊気を出しながら睨んでみる。
「あ、あははは、冗談よジョーダン!そんなに睨まないでよ、綺麗な顔が台無しよ?」
全く調子のいいものだ。
それにしても、この娘らといい昨日の唐巣神父といい…
(私ってそんなに性格悪かったかしら?)
何故かママがおもいっきり首を縦に振る姿が浮かんできた。
「そんなことより、今日は一限体育だよ、急いで着替えないと。」
「…マジ?」
完全に脱力してしまった。
こんなことならさっき大丈夫何て言わずにさっさと保健室に行けばよかった…
こうして美神令子受難の朝は過ぎていくのだった。
次なる受難は放課後にやってきた。
今日も特に興味のない授業も終わり、帰路についていた。
いつもならば師事している唐巣神父の教会へ行くのだが、先日倒れた美神を心配したのか、休暇を言い渡されていた。
(そんな心配は無用だったんだけどね。)
身体的には全く問題はないし、霊的にいえば以前より能力が上がっているくらいである。
本来ならば少々「慣らし」をした方が良いのだろうが…
(どうせろくな依頼入ってなかったしね…飛び入りとかがなければ。)
以前から知らされていた依頼は、怪しげな壷や宝石などの解呪が主なものだった。
そんなものでは実力の発揮の仕様がないし、
(実入りも少ないしね)
幾分大人になったと言っても、そこはやはり美神令子。
稼ぐ時はしっかり稼ぐ、そして使う時もまた豪快に使っていた。
とはいっても、除霊料金はあくまでも適正価格+α程度で、それもまぁ「美神ブランド」的なものだ。
依頼料が高いのはそれだけ危険度も高いという事。
本当に悪徳なGSというのは、先ほど出たような危険度の低い解呪程度で除霊並の料金を取る輩である。
「あ、美神さん!」
丁度交差点を渡りきろうかというその時、側方から声がかけられた。
振り向いてみると十数メートルほど離れたところから横島が駆けてくるところだった。
「ええ、丁度よかったです、美神さんのところへ寄る…」
と、そこまで横島が言った時点でそこは丁度美神の間合い。
掬うようにして振られた鞄が横島の顎に直撃した。
「痛っ!突然何するんやー!」
「うるさいっ!今日はアンタの所為で散々なメにあったのよ!このぐらいですませてあげるんだから感謝しなさい!!」
結局のところ八つ当たりでしかないのだが、そこは美神。
それでもダメージがあまり大きくないように手加減しているところが随分と大人になったものだ。
横島の方も、この程度の八つ当たりは既に慣れきってしまっている上、手加減されている事がわかったために少々ぼやく程度だ。
結局のところこの二人、仲は良いのである。
「で、何?私に用があるんでしょ?」
「あぁ、これから先の事を相談しようかと思いまして。」
大体の事は昨日食事をしながら話し合ったのだが、もっと詳しい事を相談したい、という事だそうだ。
それならば、と今日もまた美神宅で話し合う事に。
勿論今日は夕飯を食べたら丁重に、場合によっては実力行使で、お帰り願うつもりだったが。
程なくして自宅へ着くと、鍵を開け「ただいま」と扉を開けた。
挨拶などしても返ってこないのはわかっているのだが、癖のようなものである。
しかし…
「あら、おかえり。思ったより早かったわね?」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「どうしたんすか?美神さ…!?」
先ほどの声が聞こえなかったのか、横島が中をひょいと覗き込んだ。
と、思ったらその場で驚愕を顔に浮かべたまま固まってしまった。
「あら?令子、そちらの彼はどなた?」
「ママ?!何でここにいるのよ!」
二人を出迎えたのは、現在ヨーロッパへ出張中のはずの母、美神美智恵であった。
美神令子の受難はまだまだ続く。
漸く三話目です、更新ペース遅くて申し訳ありません。
やはりプロット立てもそこそこに勢いだけで書いているので見苦しいと思うようなところも多々あります。
お付き合い頂いている方達には感謝いたします。
これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします。
以下、レス。
>D,様
美神は確かに唐巣神父に弟子入りしていますが、横島は一応17歳と美神と同い年に設定しています。
一応本文中に書いてはいるのですが、わかりにくかったようですみません、多少修正してみました。
ワルキューレのショタ属性は入れないつもりですのでもし期待していたならすみません。
>紅蓮様
メインコンセプトとして「良い美神」みたいなものがありますので。
弟子入り関係はもうちょっと先になります、選択肢が元々少ないので直ぐわかるかと思いますが、まぁお楽しみに。
>PPY様
別に狙ってほのぼのにしたわけではないんですが、いつの間にやら、という感じです。
美神がぼろくそ言われる作品は数多くあるのでそれに対するアンチテーゼ、というと大袈裟ですが。
>R/Y様
なんとか皆様に受け入れられる「美神」を作ってみました、どうなるかはこれからをお楽しみに。
実際それほど楽しみにするほどのものじゃないかもしれませんが…
>高沢誠一様
お褒め頂きありがとうございます、否定的な意見がもっと多いかと思っていたので一安心です。
これから先もお付き合い頂ければ幸いです。
>九尾様
妙神山での修行はまだまださせる気はありません、まだ正規GSにさえなっていない二人に紹介状を書けるはずもありませんから。
二人には地道に鍛えていってもらう事にします。
>皇 翠輝様
自分でもちょっとやりすぎたかなと思います、まるっきり別人ですからねぇ…
少しは「美神成分」を入れた方がよかったかな?と思う事しきりです。
>偽バルタン様
やはり自分と同じ立場のものがいると連帯感も強まるかと思い、仲の良さを強調させてみました。
違う世界、といっても一応二人とも「この世界の自分」との融合ですのである意味「住み慣れた世界」でもあるのですが。
>Dan様
遅レスでも感想頂けるだけで嬉しいです、感想は作者の栄養剤だって誰かが言っていましたが、わかる気がします。
横島に一人暮らしをさせるため、両親には出張してもらってます。
そのうち戻ってくる可能性もありますが、相当後になる事でしょう。
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