現在、美神宅のリビングは異様な雰囲気に包まれていた。
先ほどから美智恵の入れる紅茶の良い香りが漂ってきているが、それはこの奇妙な空間を彩る要因の一つにしか成り得なかった。
イライラとした表情を曝け出し、不機嫌を隠そうともしない美神令子。
その隣でどうしたらいいかわからずに曖昧な笑いを浮かべる横島忠夫。
そんな二人を全く意に介さず、3人分の紅茶をカップに注ぐ美神美智恵。
あの後、美神は直ぐにでも美智恵に噛み付こうと思った、実際その場で詰問しようとした、のだが、そこはやはり美智恵である。
その場は上手く美神を受け流し、横島を招き入れ、「お客様にお茶でも出さないと失礼でしょう?」と二人を残してキッチンへ消えていったのである。
二人の前にカップを差し出した美智恵は、自分の分を口に含み、その味と香りに満足したのか薄く笑みを浮かべた。
美神としては、早く美智恵に噛み付きたいのだが、このタイミングでは受け流されてしまうのが目に見えている。
既に美智恵の作った舞台の上にいる以上、不利なのはこちら。
これ以上あちらのペースに巻き込まれるわけにもいかないのだ。
長年母にからかわれてきた経験が、美神を抑えていた。
「さて…」
最初に切り出したのは美智恵だった。
「まずは自己紹介をさせて貰うわね?私は美神美智恵、令子の母よ。」
「あ、ご丁寧にどうも…」
実際はそれほど丁寧でもないのだが。
「僕は横島忠夫といいます、初めまして…」
緊張している様子の横島を見て、美智恵はクスリと笑った。
「そんなに緊張しなくても良いわ、気を楽にしてね?」
「あ、すみません…」
漸く横島の緊張も解けてきたらしい。
ここらが頃合いか、と美神が口を挟む。
「自己紹介もすんだし、もう良いわね?何で日本にいるのか、説明して貰うわよ?」
「せっかちねぇ、もっと色々と聞きたい事があるのに。例えば、令子と横島君の関係とかね?」
美神の動揺を誘ったのだろうその一言は、しかし美智恵の望むような反応を引き出す事はできなかった。
「そんなことは後でいいでしょう?それよりも早く説明して頂戴!」
美智恵は意外に思ったがそれを表情に出す事はない。
仕事柄、ポーカーフェイスが身に付いてしまっている。
これくらいで動揺していたら腹黒い政治屋共の相手などしていられない。
(もっと慌てるかと思ったんだけどね?)
半信半疑だったが、唐巣神父の言っていた事も本当かもしれない。
「わかったわよ、説明するから睨むのを止めなさい。」
美智恵の言う事を要約すると、ヨーロッパでの仕事を早めに切り上げてきた、という事だった。
今回の美智恵の仕事はヨーロッパ各国を廻り、世界規模の霊障などが起きた場合の協力体制を整える事にあった。
本来ならばもっと多くの国々を訪問予定だったのだが、イタリアを訪れた際、ローマ法王が気を利かせてその権力が及ぶ国々における体制を整えてくれると約束してくれた。
そのお陰と、部下が思いの外優秀であった事なども手伝い、予定よりも大幅に早く帰国と相成ったわけである。
と、此処までが美智恵が美神達にした説明の概略である。
勿論これが嘘というわけでははないのだが、もう一つ、美智恵が帰国を決めた要因がある。
それは「唐巣からの電話」である。
つい先日、漸く仕事が一段落した美智恵のところに日本の唐巣神父から電話が入ったのだ。
曰く、令子が突然倒れて入院し在はもう退院した、それと令子の雰囲気がだいぶ変わった、との事だった。
唐巣神父は「だいぶ変わった」ではなく「漸くまともになってくれた」と言っていた、しかも喜色を隠そうともせず、のだが長年母を務めてきた美智恵としては眉唾物だったのだ。
そこで、前述した理由もあり、残った雑務を部下に任せ、自らの帰国を決意したのであった。
一度そうと決めた美智恵の行動は素早かった。
その日の内に帰国の便を手配し、本日の昼少し前には既に日本の土を踏んでいたのであった。
「納得は出来たかしら?」
「えぇ、一応ね…」
美神は裏があるかもしれないと、実際あったのだが、探るようにして話を聞いていたが、一応嘘や不自然なところは見つからなかった。
当然である。
嘘は何一つ含まれていないのだから。
「それじゃ、今度はこっちが質問する番よ。横島君とはどういう関係?」
それまで会話にはいる事が出来ず、所在なげにしていた横島に視線を向けて言う。
横島は突然自分に関する話になってしまって慌てているようだ。
「えぇっと、僕と美神さんは、その…」
「彼氏よ。」
端的に言い放つ。
隠す事でもないし、混乱気味の横島が何か口走ってボロを出すの防ぐためでもある。
美智恵はというと、その内容とあまりにもあっさり言った事に僅かに驚きの表情を浮かべる。
再び横島に目を向ける、今度は観察するように。
こちらも美神があっさりと言った事に少々驚いたようだが、すぐに落ち着きを取り戻した。
制服を着ている事から高校生。
顔は、悪くはないがお世辞にも格好いいとは言えない、平凡な顔立ちだ。
着ている制服はそう遠くない公立高校のもの、恐らく学力も並程度。
その高校の中でトップクラスという事はあるかもしれないが、見ただけでわかるはずもない。
財力など高校生に期待する方がおかしい。
身長は座っているためにわかりづらいが、恐らく美神よりも少し高い程度。
何処を見てもプライドが高くお子様で外面を気にしていた娘が認めるような要因は見て取れなかった。
唯一目を惹く、というより感じる、ものは先ほど初めて顔を合わせた当初より感じている霊力ぐらいなものだ。
彼の霊力は確かに非凡なものを感じる、恐らくいっぱしのGS並の霊力は持っているのではないだろうか?
しかし、「あの」美神令子がその程度で惹かれるとも思えない。
となると、少なくとも「装飾品」としての彼氏ではないのだろう。
(「あの」令子が外面じゃなくて内面に惚れた、ってこと?)
美智恵の知る娘像では考えにくい事だ。
美神は、幼少の頃より美智恵が仕事で家を空ける事が多かったため、寂しさからか非常に素直でなく子供っぽいところのある性格となっていた。
また、父と離れて暮らしている事もあり、自覚していたかどうかは知らないが、ファザーコンプレックスも持ち合わせていたのだ。
そんな娘が、同年代の彼氏を作ったと言うだけでも充分に驚嘆に値する。
これはいよいよ唐巣神父の言が真実味を帯びてきたようだ。
それにしてもいつの間に彼氏など作ったのだろうか?
ここ最近まともに話せる時間もとれなかったから、自分が気づかなかったとしても無理はないが…
「あの…」
「あぁ、御免なさいね?ちょっと驚いちゃって。」
随分と長い事凝視してしまったようだ、件の横島が居心地悪そうにしていた。
「いえ、気にしないでください。」
「にしても、令子に彼氏ねぇ…この子子供っぽいから大変でしょう?」
「ちょっと、ママ、止めてよね!」
美神はこのままでは埒があかないと止めにかかった、が…
「そうでもないですよ、確かにちょっとそういうところもありますけど、美神さんはちゃんと俺の事考えてくれてますし。」
横島がさらっと応えてしまった、しかもかなり恥ずかしい内容を。
それを聞いた美神は、逆に冷静になってしまった。
美智恵は今度は傍目にもわかるほどはっきりと驚きの色を浮かべている。
「横島君も、本人を前にそういう事言わないの!まったく…」
すみません、と、微笑みながら横島が返す。
「ママ、私たちはちょっとこれから二人で話したい事があるから席を外すわね?」
美智恵の帰宅によりだいぶ遅れてしまったが、そろそろ今日横島が美神宅に来た本来の目的を果たさなければならない。
「いえ…待ってください、美智恵さんにも聞いてもらった方がいいと思います。」
と、座っていたソファーから立ち上がりかけた美神に横島が待ったの声をかけた。
一瞬だけ考えたが、帰宅路で聞いた相談の内容を考えると、確かに美智恵に相談するのはいい案かもしれない。
そう考えた美神は、いったん上げかけた腰を再びソファーに沈めた。
「それもそうね…ママ、ちょっと相談にのってくれるかしら?」
美智恵は美神と横島の相談内容を聞いて、ふむっ、と少し考える仕草をした。
令子達の言う相談とは、簡単に言えば「誰か良いGSを紹介してくれないか?」ということだった。
何でも、横島君が弟子入り、そして出来るならば給料付きのバイトとして雇ってもらえるところで、を希望しているらしい。
中学時代に霊能力に目覚めて以来、我流で鍛えてきたのだが、知識面の問題やそもそもGSになるためにはどこかへ弟子入りしなければならない。
それと、一人暮らしをしているのに両親からの仕送りが生活最低水準程度しかないため常に貧困に喘いでいる、との事。
確かにGSを探しているのならば私に相談するのは良い案と言えるだろう。
私はオカルトGメンに所属している立場上、色々なGSを知っている。
条件に合うGSを見つける事も難しくはないだろう。
「本当は美神さんの師匠に頼んで誰か紹介して貰おうと思ってたんですが…」
とは横島君の言だ。
横島君の霊能力を少し見せてもらったが、あの霊気の小手のようなもの、ハンズオブグローリーは見事なものだ。
込められた霊気自体はそれほど強くはないが、収束率が非常に高く、霊気ではなく何か金属で出来ているのではと思ってしまうほどだ。
しかもある程度形を変えられ、霊波刀にすることも可能、左右どちらの手にも展開可能らしいので、非常に応用力の高い能力といえる。
あれならこれからより多くの霊気を紡げるようになれば、かなり強力な武器となるはずだ。
令子曰く、「直接戦闘ならコイツの実力はかなり高いわよ。」とのこと。
どの程度のものかは見てみないとわからないが、令子が誉めるほどなら期待しても良いだろう。
話を聞いて考え出した美智恵に、タイミングを計った美神が問い掛けた。
「それで、誰か心当たりはある?」
横島は見てしまった、この美神の問いに答えた時の美智恵の顔を。
「ええ、丁度条件にぴったりの人がいるわ。」
それは、何か楽しい悪戯を思いついた子供のような、何か含むところのある笑顔だった。
やっと4話目です。
3人が同時に会話するのは初めてだったので書きにくかったです…
と言ってももとからあまり会話の多くなる書き方はしていないのですが。
会話だけで個性を出す自信がないもので…
これからも精進しますので、御意見・御感想・誤字脱字等ありましたらお願いします。
以下、レスです。
>suger様
二人の関係は確かに夫婦に近いものがありますが、一応未婚です。
融合後の変化を際だたせるためにクラスメイト達をちょっと大袈裟に騒がせすぎたかもしれませんねぇ。
>IZEA様
此処だけの話、実はコミックは持っていなかったりします。
だから読み返したりはしてないんで、言われてみて初めて「そんな場面もあったか!」って感じです。
二次作品作家としては大幅に間違っているんだろうなと思う今日この頃…
>九尾様
影法師は自分でも一寸見たい気はするんですが、どうなっているのか考えてないので暫くは見送りです。
17歳の二人の活躍はGS試験後がメインとなる予定なのでしばしお待ちください。
予定は未定と言う言葉もありますが…
>D,様
はい、平行世界です、詳しくは一話をご覧ください、まぁ詳しい世界観はまだ出揃っていませんが…
因みにハーレムとか形成しちゃうと作者の手に余るので勘弁してください、平に、平に。
>高沢誠一様
意識して書いたわけではないのですが、偶然にも原作と似た感じになってくれてよかったです。
これから先どうなるかはわかりませんが…
>R/Y様
肉はちょっと技術的に書けません、勘弁してください。
脳内補完して頂ければ…
>紅蓮様
美智恵登場後、こうなりました、大して面白い展開じゃなくてすみません…
肉は作者の経験値が足りないので…
>偽バルタン様
いつまでも美智恵にいぢめられている美神じゃありません、勝てはしませんが負けない戦いをさせてみました。
いぢめられてた方がお気に召したのかもしれませんが…ご希望に添えず申し訳ありません。
反応が似たのは正に横島への反応を参考にしてしまったためかと。
>古人様
お褒め頂きありがとうございます。
横島が神父のところに行っちゃうとバイト代が出ませんから。
二人同時に弟子をとる事で指導の進みが遅くなって同時にGS試験受けられない、って自体になりかねませんし。
そんなわけで神父のところへの弟子入りは没にしました、最初はその案でいこうと思ってたんですけど。
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