「それ」に気付いたのは病院からの帰り道だった。
もとより大事をとっての入院、簡単な検査を受けただけで退院することが出来た。
とはいっても、全ての検査が終わった時にはとっくに昼は過ぎていたが。
結果は勿論「異常なし」。
恐らくあの頭痛と、看護婦に聞いたところ高熱も出していたらしい、は「17歳」と「25歳」の魂の融合によるものだろう。
終わって落ち着いてしまえばなんて事はなかった。
それにしても、今の私の精神年齢は何歳なのだろう?
17歳か、それとも25歳?
平均して21歳だったりして。
「美神君?どうかしたのかい?」
ふと声のする方を見ると、唐巣神父が怪訝な顔をしていた。
下らないことを考えていたのが顔に出たのだろうか?
ちょっと苦笑して、なんでもないと伝えると、そうかい、と顔を前に向けた。
本当に大したことではないのがわかったのだろう。
「すみません、わざわざ来て頂いて。」
まだ未成年であった上、突然のことで財布自体は持っていたものの入院費用までは持ちあわせていない美神だけでは退院の手続きが出来なかったのだ。
そこで保護者代理として師匠である唐巣を呼び出したのだった。
本当なら母である美智恵を呼ぶべきなのだが、残念ながら彼女に連絡を取るのは至難だった。
唐巣神父に入院費が出せるかどうかちょっと心配だったが、何とかなったらしい。
「い、いや、構わないよ。弟子の面倒を見るのが師匠の役目だからね。」
声が微妙に裏返っている、顔も少々引き攣っているような。
よく気をつけて聞いてみると、小声で「おぉ、主よ・・・」などと呟いているのが聞こえた。
何をそんなに、と思いはたと気付く。
そういえば自分は天上天下唯我独尊を地でいくような性格だった。
確かに以前の私だったら礼など言わなかったかもしれない、言ってももっとあっさりしたものだっただろう。
それが変われば変わるものだ。
こうなったのも「25歳の私」の影響だろう。
思えば自分も大人になったものだ、これも横島やおキヌちゃん達のお陰だろうか。
それにしても…
(ここまで大袈裟に感動されると、なんかムカつくわね)
見ればうっすらと涙さえ浮かべている。
幾らなんでも、これは酷いのではないか。
ちょっと憮然とした顔になってしまったのは、仕方ないだろう。
「唐巣神父?」
「あぁ、いや、すまない。それにしても、大変だったね?何事もなくてよかったよ。」
ええ、ご心配かけました、というとまたも神に祈りそうな雰囲気を醸し出し始めた。
駄目だ、暫く放っておこう。
軽く溜息をついておく。
その時だった、「それ」に気づいたのは。
後ろにわずかな気配。
つけられている。
暫くそのまま歩いて様子をみてみたが、つかず離れずの距離をキープしている。
間違いない。
どうやら唐巣神父はまだ尾行者に気付いていないらしい。
どこか晴れ晴れとした顔で、例えるなら正月とクリスマスと復活祭が同時に来たような、歩いている。
幾ら少々心此処に在らずになっているにしても、唐巣ほどのGSにその気配すら覚らせない、それほど尾行者の隠行は見事だった。
美神が気付けたのは偶然か、あるいは…
(ワザと私にだけ気づかせた?)
恐らくは、私と二人きりになりたいのだろう。
上等だ、のってやろうじゃないか。
「神父、私はこれからちょっと用事がありますからここで。」
「ん、そうかい?それじゃあ、私はこのまま教会へ帰るとするよ。気をつけて帰りなさい。」
「ええ、では。」
離れていく唐巣が「美智恵君に教えてあげなくては…」などと言っているのが聞こえる。
ともかく、この先に公園があったはずだ、そこへ向かおう。
目的地の公園は、都合よく無人だった。
公園といっても、ちょっと開けた土地の周りに木を植えただけのものだ。
子供向けの遊具も、砂場さえもない。
小さな木のベンチが二つ、公園らしいものはそれだけだ。
その中央付近に立って、尾行者を待つ。
相手の望むシチュエーションにしてやったのだ、これで動かないわけがない。
重心を落とし、脚を軽く開いてすぐに反応出来るように構えた。
後ろから徐々に近づいてくる気配がする。
後15m、10m、7、5、3…
来るっ!
「ずっと前から愛してましたーーーっ!」
「感動の再会にやっぱりそれかーーーーっ!!」
やはりというかなんというか、尾行していたのは横島忠夫その人だった。
あの後、某フェザー級日本チャンピオンもびっくりするようなガゼルパンチが決まったり、「あぁ!初めてなのにいつも通り!」とか言いながら横島が綺麗な放物線を描いて吹っ飛んだり、「またつまらぬものを殴ってしまった…」などと某大泥棒の相棒のような事を美神が呟いたりなどのイベントがあったりしたがそれはそれ。
そんなこんなで美神と再会、あるいは初対面をすました横島の頭は、今はベンチに座った美神の膝の上にあったりする。
「…まったく、アンタってホントに懲りないわね。最近はやっとマシになってきたと思ってたのに…」
「堪忍や〜仕方なかったんや〜」
などといいながら顔を私の太腿にすりつけている、やれやれだ。
軽く頭を小突いてやる。
こんないつものような掛け合いが出来ることが酷く嬉しい。
実際、もう二度と会えない可能性も充分にあったのだ。
まぁ、横島はそこまで考えてはいなかっただろうが。
思わず微笑みがこぼれてしまうが、構いはしないだろう。
「ほら、ちょっとは大人しくしてなさい。それにしても、いつもより回復が遅いわね?」
「仕方ないっすよ、美神さんのお仕置き受けるの初めてなんですから。チャクラもまだ上手く開いてませんし。」
あぁ、と納得がいく。
そういえば私もコイツを殴るのは初めてだ、それどころか、つい先ほどが初対面だった。
「早めにチャクラは開いておかないと、これから辛いんじゃない?煩悩が抑えられるなら別だけど。」
つまりは抑えきれなかったらお仕置きよ、ってことだ。
「努力します…出来るだけ。」
微妙に冷や汗を流しながら言う。
流石に今の状態でお仕置きを受け続けたらマズいことになるのは理解しているらしい。
横島君の驚異的回復力は一種のヒーリングによるものだ。
チャクラを開いて霊気を回し、負傷箇所を内部からヒーリングする。
勿論度を超えた怪我は治せないが、軽傷ならば瞬時に治癒が出来る。
ただ、他人をヒーリングするのは苦手、というか出来ないらしい。
兎も角チャクラがまだ開いていない現状では、その回復力も期待出来ない。
「それで、現状はどれくらいわかってる?原因とか思い当たることはある?」
取り敢えず、今優先されるべき事は現状把握だ。
昨日一人で考えてもわからなかったことも、二人で多角的に見れば何かわかるかもしれない。
期待を込めた視線を送り、返答を待った。
「いや、実はなにがどうなってるかさっぱり。」
この馬鹿。
よく聞けば、過去の自分、聞けば彼も17歳らしい、と融合したらしいことは理解しているらしい。
だが、その原因等はさっぱりだということだ。
仕方ないので私が昨日必死で考えたことを披露する。
まぁ、コイツは元から難しく考えるのは苦手だしね。
それにしても、まさか横島君と同い年になるとは思わなかった。
改めて此処が元の世界とは違うということを実感してしまう。
「どう?横島君から見て何か気づいたことはある?」
「そうっすねぇ…」
と、さっきまでの腑抜けた顔を引き締める。
横島君もこういう真面目な顔なら結構格好いいんだけどね…
「文珠使いの感覚から言わせてもらえば、あの時発動、というか暴発した文珠は「同」「期」だけじゃありませんね。」
「と、いうと?」
聞けば、ストックしていた分の文珠まで全てがあの時暴発していたらしい。
原因は恐らくあの妖気弾、それに「同」「期」の発動にひきづられて、らしい。
文珠は発動させようとする意志を持ち、僅かな霊気・妖気などを注ぐことによって発動する。
発動させる意志は「同」「期」から、妖気は妖気弾から受けたのだろう。
普段なら文珠を使っているときに攻撃を受けたからといって暴発することなどない。
「文字込め」の段階が加わるため、発動の意志に指向性が生まれるからだ。
しかし、今回使用したのは予め文字を込めてストックしておいた文珠であった。
また、焦りに焦っていたが為にとにかく「文珠を発動する」とだけ念じてしまい、「どの文珠か」まで指定しなかったのだ。
僅かでも発動までの時間を縮めようとしたのが裏目に出てしまった。
更に運の悪いことに、文珠に霊気を込めた正にその瞬間に妖気弾が直撃して文珠が暴発した、というわけだ。
そうして無文字のまま暴発した複数の文珠が指向性を失って純粋なエネルギーとして連鎖発動、それが次元に穴を開ける要因になったのではないか、ということだ。
それが本当なら、雷も含めてどれだけ低い確率で今回の事が起こったのか、想像もつかない。
まぁ、少しでもタイミングがずれていたらそのまま御陀仏だったことを考えると、運が良いと言えない事もない気がする。
あの時は相当焦ってましたから正確にはわかりませんけどね、と再び微妙に腑抜けた顔になった横島が付け足した。
結局のところ、大して状況は変わっていない、文珠の暴発によって異世界に来たらしい、ということが推測できるだけだ。
そして恐らくは…
「元の世界には…」
「ええ、多分行くのは不可能でしょうね。」
今までの推測が正しければ、妖怪の妖気弾によって私たちの体は完全に消滅してしまっているだろう。
加えて現在「17歳」と「25歳」の魂は完全に融合してしまっていて、もう自分でも区別する事は出来ない。
横島君も同じ状態だろう。
こんな状況だというのにいやに落ち着いているのは横島君と一緒だからだろうか?
単に非常事態に慣れきってしまっただけかもしれないが…
「文珠は使えるのよね?」
「ええ、ただ美神さんを探すのに一つ使っちゃって、暫くは出せそうにありませんけど。」
すみません、と謝られたが、それは仕方ないことだろう。
霊力はある、練り方も知っている、しかし体がついていかないのだ。
こればかりは徐々に慣らすしかないだろう。
かくいう私も25歳の時と比べると相当霊力が練りにくい。
それでも17歳の頃よりはマシだが。
横島君なら文珠が使えるならば威力は兎も角他の霊能力もほぼ全て使えるだろう。
結局のところ、横島君の霊能力の究極は文珠なのだ。
それが使えるのに他の能力が使えない道理はない。
私の場合は、そもそも特殊な能力など時間移動ぐらいなものだ、元から制御出来たものでもない、使えなくても問題はないだろう。
ふと気が付けば、辺りは既に赤く染まっていた。
随分と長いこと此処に居たらしい、日がだいぶ傾き、これからの夜の訪れを告げている。
「昼と夜の一瞬の隙間、か…」
見ると、横島君が懐かしむように、それでいて少し寂しげに夕陽を眺めて微笑んでいた。
私は何も言わず、そっと横島の髪を撫でてやった。
「…ありがとうございます…」
夕陽もすっかり沈んで、夜が訪れた。
いつまでもこうしているわけにもいかない。
私は未だ膝の上に頭をのせている横島君を起こして立ち上がった。
「さて、これからどうする?」
「そうっすね、とりあえず適当なGSに弟子入りでもして免許を取ろうかと。」
横島君は何か勘違いをしているらしい。
「そうじゃなくて、これからよ。」
「へ?」
わけがわからない、という顔をした横島君、なんか可愛いと思ってしまった、不覚にも。
「家に帰ってもどうせろくなもの食べてないんでしょ?ウチにくれば夕食ぐらい作ってあげるわよ?」
「何処までもついていきますっ!」
シッポがあったら千切れるんじゃないかというくらい振っていそうな笑顔で返事を返してきた。
よし、っと満足した顔で私は歩き出した。
そういえば材料はあったっけ?
スーパーにでも寄らないといけないかもしれない。
「じゃ、いくわよ、ついてらっしゃい!」
「はい!」
今夜の夕食は楽しくなりそうだ。
濁水です、二話目にして小説書きの難しさを痛感しております。
これからもペースは不定期となりますが、よろしくお願いします。
御意見・御感想等ありましたらどうぞ。
また、前回御感想頂いた方々、ここでまとめてお礼をさせて頂きます。
ありがとうございました。
以下、個別レス返しとなります
>九尾様
実はそこまで複雑に考えてなかったりします。
まぁ、何か良いアイディアがでたら何とか矛盾がでないようにして組み込むかもしれませんが…
>偽バルタン様
二人の進展は見ての通りです、美神は漸く年齢相応の精神年齢を手に入れたと考えてください。
簡単に言えば、私の願望・好みだったりするんですけど。
因みに妖怪が再び出てくるかはわかりません、出ても外伝か何かでかと、書くかわかりませんけど。
>R/Y様
どちらが主人各、というわけでもなくどちらでもある、といった感じです。
ただ、やはり人生経験が豊富な方の感性に強く影響を受けますので、25歳の方のテイストが強くなっております。
因みに推敲はざっとしかやっていないので誤字脱字がこれから先出てくるかもしれません、その時はご指摘頂ければ幸いです。
>名称詐称主義様
自分でも『不思議の国の横島』そっくりだと思います、いっそパクりじゃないかと思うぐらい。
なので公開するかどうか迷ったのですが、まぁこれから先差別化を図ればいいかということで公開しました。
問題があるようなら即削除しますが…
>司様
初めまして。
未来が変わる、というより完全に異世界であると考えていますから、相当先が違う事になると思います。
一応わかりやすくするために本編にあったイベントも出しますが、どう辻褄を合わせるか考えてなかったりします。
ハーピーとかどうしよう…?
とにかく頑張りますので、これからもよろしくお願いします。