美神令子は病院食をつついていた。
まずい。
今までに何度か病院にも世話になった。その経験から病院食にはもとより期待はしていないが、それでもまずいものはまずい。
たまには予想を裏切るような美味しい病院食があってもいいではないか。
(栄養のバランスだけはいいんだけどね)
だからといってそれで満足かといったらそんなわけはない。
大体何で入院なんてしなければならないのか?
体は、少なくとも今は、完全に健康体であるし、検査など無意味としか思えない…
勿論、こんなことを考えても現状が変わるわけではない。
所詮単なる愚痴でしかないことは美神自身自覚している、してはいるが…
(愚痴でも言わないとやってられないわよ)
優秀なゴーストスイーパーである美神美智恵を母に、強力な精神感応者である美神公彦を父に持つこの美神令子は、否応なしに生まれた当初より怪奇な体験をしてきた。
自らがGSになった後はいっそうで、月に行ってかぐや姫と会ったり世界を滅ぼそうとする魔神と戦ったり、そういえば中世ヨーロッパに行ったりもした。
しかし、最近は神魔界共にデタントの進行により落ち着いてきたので、そうそう大事件など起きなかったのだ。
もうあのような世界規模の大事件などそうそう起こらないだろうと彼女の勘が告げていた。
そう、確かに今回の事は決して世界規模の大事件などではない、せいぜい新聞の三面や週刊誌で騒がれる程度のものだ。
しかし、美神にとってはあのアシュタロス事件に勝るとも劣らない大事件であった。
命の危険は特にないだろうが、これほど奇妙な体験は生まれてより25年と17年の間のしたことはなかった。
いや、もしかしたら史上初かもしれない、自叙伝でも出したら売れるかも…
などと考えて、ふと本題から大幅に外れた思考をしていることに気付いた。
いけない、まだ少し混乱しているようだ。
前後不覚に陥って騒ぎ立てるのはもう食事の前にすませたというのに…
と、気付くとまずい病院食はすっかり無くなっていた、いつの間に食べたのだろうと思い、また外れかけた思考を修正する。
今問題なのは自伝がヒットすることでもいつの間に食事を食べたかでもない。
私が25歳であり、17歳であるということだ。
わけがわからない。
取り敢えず、こうなった原因を考えてみよう。
「17歳の私」に原因があるとも思えない、私はただの高校生で、いつも通り学校でつまらない授業を受けていただけだった。
突然頭痛に襲われ、まもなく気を失ったのだ、次に目を冷ましたときは既にベッドの上だった。
と、なれば原因は「25歳の私」にあるのだろう。
久しぶりの大物依頼に張り切って出てきてみれば、相手は大物どころではない超大物の妖怪だった。
運悪く私と横島以外のメンバーは六道女学院の臨海学校に行ってしまった。
実際は、私が引率を頼まれたが面倒だったのでおキヌちゃんに押し付けたというのが真相なのだが。
ともかく、現場に向かったGSは私と横島の二人だけであり、相手は私達より遥かに強かったのだ。
あれならば調査書に空欄が多かったのも納得がいく、あんなものに相対してまともに逃げられるものがどれだけいるか…
あの調査書は恐らく被害状況からの推察のみで書かれたのだろう。
相手は明らかに上級神魔級の戦力を有していた。
アシュタロスと比べたらそれこそヘビー級ボクサーと三歳児並に差があったが、それでも妖怪と私達、世界最高のGS美神令子と「魔神殺し」と名高い助手の横島忠夫の二人、の間にも同じ程の差があった。
もしかしたらアシュタロスの時と同様に「同」「期」の文珠が使えたなら勝てたのかもしれないが、相手はそんな暇さえなかなか与えてはくれなかった。
ようやく好機と文珠を発動させた瞬間、そこからはよく覚えていない。
確か相手が巨大な霊気弾、いや妖怪だから妖気弾か、を私達に向かって撃ってきたのと、確か上空から光が射したような…
そこまで思い出してから、美神はふぅと一つ溜息をついた。
恐らく、上空からの光は雷だったのだろう、確かにあの時は曇ってきていたし、妖怪の猛攻をかわそうと「飛」の文珠を横島が使い、私を抱え上空に逃れた後だった。
雷に撃たれたとしても不思議ではない。
そして今の状況は恐らく時間移動なのだろう、「17歳の私」の記憶がそれを肯定する。
しかし、時間移動したなら何故この時代の私と融合しているのだろうか?
それに、「私」は母美神美智恵が生きている事を知っている。
「25歳の私」ではなく、「17歳の私」が、である。
母、美智恵が現在オカルトGメンの日本支部で働いていることも、そして今仕事で欧州へ行っていることも知っていた。
「25歳の私」が17歳の頃、私は母が死んだものと思っていた。
他にもよく思い出してみれば、「25歳の私」の記憶と「17歳の私」のとでは細かな違いがあるのがわかる。
大体、「25歳の私」の記憶によれば現在の状況に当てはまる経験をしたことがないのは明確だ。
と、なると此処は単なる過去というわけではないのだろう。
恐らくは「25歳の私」と「17歳の私」は別の世界に属するのだろう、所謂平行世界、パラレルワールドというやつだ。
しかし私には時間移動は制御出来ないながらも可能だが、次元を跳躍するような能力はない。
では何故平行世界などに来てしまったのか?
もしかしたら、あの妖怪の妖気弾、雷、そして「同」「期」の文珠のエネルギーが一点に集中したことにより、空間に穴が空いたのではないか。
そして、時間移動における魂、霊体の移動とと肉体の移動には僅かに時間差が存在し、魂と霊体の跳躍は出来たものの、続く肉体の移動が起こる前に妖気弾が直撃し、肉体が消滅したのではないか。
そのため、魂と霊体だけがこの世界に飛ばされ、最も親和性の高い17歳の私の体に憑依、融合を引き起こしたのではないか。
あくまでこれは美神令子の推測でしかない、結局、全てが完璧にわかるものなど存在しないのだ、例え神族であったとしても。
そこまで考えて美神は思考を切り替えた。
現状把握は出来た、原因の究明はこれ以上は不可能だろう、ならば次に考えることは…
「横島君…」
彼はどうなっただろう?
生きているだろうか?
私と同じようにどこかの世界に飛ばされてしまったのだろうか?
この世界か、全く別の世界か…
それとも、考えたくはないが、あの妖気弾によって完全に消滅してしまったのかも…
恐ろしい想像に思わず身を震わせた。
だが、私の勘はそれを否定する、GSたるもの、自らの勘を信用しなくてはやっていられない。
横島は生きているに違いない、どこにいるかまではわからないが、彼も時空を超えたとするならあくまで私に引きずられてのものだ、この世界に引きずられての可能性が高い。
と、思うことにした、彼に二度と会えないなど考えたくもない。
千年越しの恋が漸く実ったばかりなのだ、こんなことで終わりを迎えてなるものか。
美神は欠伸をかみ殺した、疲れている。
体ではなく精神が疲弊している。
まだ時間は早いが、今から寝ても問題は何もない…おっとその前に歯を磨かなくては。
急に襲ってきた睡魔を何とか抑えながら寝る支度をした。
寝る直前に思い出したのは、横島の笑顔だった。
良い夢が見られそうだ。
今までROMに徹していた濁水です、皆さん初めまして。
皆様の作品を読むうちに自分でも色々と設定を考えて楽しんでいたのですが、今回初めての公開となります。
色々と至らないところがあると思いますので、御意見・御感想等ありましたらお待ちしています。
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