「母と娘」
「俺は現在(いま)を生きる事を選びます。そしてアイツが守った世界を失わない為に戦い続けます」
これがルシオラとの再会を目的とした逆行を勧める者達に対する横島の回答であった。
そこに煩悩少年と言われていた頃の面影は、微塵も感じられなかった。
そんな横島の表情に見とれてしまう女性陣。
しかし、なかにはその事を頑なに否定する者もいたのである。
その女性の名は美神令子。
思い返せば、横島の表情が大人びたモノに変わり始めたのは約3ヶ月前の事であった。
さらに自分を見つめる眼差しが変わってきた事に気が付いた。
分かりやすく言えば、性的な欲求を象徴するギラついたものが薄れてきたような感じだった。
しかし令子はその現実を認める事が出来なかった。
何故なら、それを認める事は令子にとって今までの“日常”の終わりを意味していたからであった。
◆◆◆
小竜姫達の“衝撃的な”訪問から数日が過ぎた……。
事務所にいるのはアタシと人狼少女“シロ”&妖狐少女“タマモ”だけだ。
ちなみにおキヌちゃんと横島クンは仕事中の為、今はここにいない。
「オーナー、来客です」
人工幽霊壱号がアタシに告げた。
「誰が来たの?」
人工幽霊壱号へ確認を取ろうとしたが、答える前に当人達が入ってきたのである。
「一体何があったの? 偉く不機嫌そうに見えるんだけど?」
入ってきたのは、ひのめを抱いたママであった。
「訪ねてきて早々、娘に対し失礼な発言じゃないの?」
ただくつろいでいるだけなのにと考えたのだが、第三者から見ると違っていたようだ。
その証拠に2人(匹?)は、ママの顔を見るなり“助けてほしい!”という視線を向けていたのである。
取り敢えず、ママにはこう言ったのである。
「別に何でもないわよ!」
だが、自分でもよく分かる位に不機嫌な口調に内心驚きを隠せなかった。
その様子にママは“何か”を感じたのだろう。
2人(匹?)の方に顔を向けると、おもむろに口を開いたのである。
「シロちゃん、タマモちゃん、悪いけどひのめの子守を頼めないかしら?」
それは、2人(匹?)に対する依頼であった。
「いいわよ(でござる)!」
普段は必要以上に渋るクセに今回に限って言えば、2人(匹?)とも直ぐに承知したのだ。
そして逃げるようにひのめを連れて屋根裏部屋へ行ったのである。
アタシはあとで2人(匹?)にキツイお仕置きをしようと心に決めたのは言うまでもなかった。
これで邪魔者はいなくなった、とママは判断したのだろう。
漸くアタシとの会話を再開したのである。
「じゃあ、じっくりと話をしましょうか?」
「何を?」
「令子が不機嫌な理由に決まっているじゃない」
「ママには関係ないじゃない?!」
余計な事ばっかりと思いながら怒鳴ったのだが、次の“一言”に思わず絶句した。
「最近、横島君が構ってくれないから?」
「……」
アタシは、咄嗟に反論ができなかった。
そして反撃の言葉を探していたが、逆に問い詰められてしまった。
「さぁ、どうなの?」
「そっ、そんな事ある訳ないじゃないの?!」
「いい加減に素直になれば?」
呆れた表情でアタシを見ながら言ったのだ。
「だから何が言いたいの?!」
思わずアタシは叫んでしまった。
しかしママはアタシに言い聞かせるようにこう呟いたのである。
「いつまでも男の子のままじゃいられないのよ……」
ママの呟きに対し、何か言い返そうとした時、事務所のドアが突然開いた。
そしてアタシ達は、驚きを隠せなかったのである。
何故なら、横島クンがおキヌちゃんの支えがなければ立てないほど憔悴していたからだ。
アタシが話しかける前に、ママがおキヌちゃんに事情を尋ねた。
「おキヌちゃん、横島君に何があったの?」
「実は「どうしたの? その怪我は?!」……」
おキヌちゃんがママに事情を話そうとするのを遮って、アタシは問い詰めたのである。
何故ならおキヌちゃんの左手にあったかすり傷が目に入ったからだ。
「除霊中にちょっと……」
おキヌちゃんは言葉を濁しながら話そうとしたのだが、アタシがそれを許さなかった。
正確には言えば許さなかったのではなく、横島クンの不注意によって生じたモノだと決め付けたのだ。
だからアタシは問答無用で横島クンの胸倉を掴みながら怒鳴りつけたのである。
「このバカ横島! 除霊中はいつも気を抜くなって言っているでしょうが?!」
アタシはいつもの様にビンタの1発でも食らわせようとしたのだが、ここで思いがけない事が起こった。
「お、おキヌちゃん」
力ない横島クンの声にアタシは我を取り戻し、驚きを隠せなかった。
何故ならおキヌちゃんが横島クンを庇っていたからだ。
つまりアタシは横島クンでなく、おキヌちゃんの頬を叩いてしまったのである。
「だっ、大丈夫?! でも何でこんな丁稚の身代わりになったのよ?」
アタシは、思わず横島クンを庇ったおキヌちゃんの行為を非難してしまった。
だがおキヌちゃんから返されたのは、アタシに対する叱責の言葉であった。
「いい加減にして下さい! 横島さんがこうなってしまったのは美神さんの所為じゃないですか!?」
「えっ!? それはどういう意味かしら?」
温厚なおキヌちゃんがここまで怒るなんて珍しい事だった。
そしてその事にただならぬモノを感じたママが、おキヌちゃんに事情を尋ねたのである。
「ここ数日、横島さんは無休でハードスケジュールをこなしていたんです」
「それは何故なの?」
「ギャラが安いから経費削減の為という理由で、ほとんど1人で除霊作業をさせていたんです」
ママは少し呆れた表情をアタシに向けながらも事務所の近況を聞き続けたのである。
「貴方達はサポートをしなかったの?」
「私達は別の除霊作業があり、サポートする事が出来ませんでした」
「つまり、そのハードスケジュールの所為で横島君の集中力が散漫してしまったのね?」
ママは聞いた事を自分なりにまとめた上でおキヌちゃんに確認を取った。
しかしおキヌちゃんからの回答は、ママだけでなくアタシの予想すら上回っていたのであった。
「いいえ除霊中に気を抜いてしまったのは、寧ろ私の方で横島さんの不注意ではありません。
そして逆に横島さんが身代わりになってくれなければ、私が大怪我をしていました」
「そうだったの」
でもこれは極めてマズい状況だわ……。
あとでママに何を言われるか分かったモンじゃない!?
しかしママの追及がこれだけで終わらなかったのだ。
何故なら今回も含めた過去の除霊内容をおキヌちゃんに確認し始めたからである。
そして詳細を聞いたママの表情は険しくなる一方だった。
だが今の横島クンのレベルなら大した仕事ではないはずだ。
例えば、今回の仕事はある古ビルで集団発生した悪霊を退治するものであった。
この仕事の最も注意するべき点は、ネクロマンサーの笛の使い手であるおキヌちゃんのガードを怠らない事にある。
つまり、悪霊を惹きつける囮と除霊が完了するまでの護衛を欠かさなければ問題ないはずなのだ。
確かに普通のGSでは、それらを1人でこなす事は不可能に近い事だろう。
しかし、横島クンは“文珠”使いなのだ。
それくらいの事は、簡単にこなせるはずである。
そして、他の仕事も1人で十分に対応できるモノであった。
だからアタシは悪くない!
横島クンの実力を正当に評価しているのだから……。
そして何より丁稚をコキ使うのは主人の“権利”なのだから誰にも文句は言わさない!
例えそれがママであっても……。
大まかな事情を把握したママが、おキヌちゃんに横島クンの介抱を頼むと同時に退室する事を促したのだ。
アタシは2人が退室していくのをただ黙って見ているだけだった。
2人が退出したのを見届けてから、ママがアタシの方へ顔を向けるや否や右手を振り上げたのである。
一瞬、何が起こったのかを理解できなかったのだが、左頬の痛みからママに叩かれたのだと理解した。
アタシは左頬を押さえながらママを睨み付けたが、それ以上にママの怒りの方が凄まじかったのだ。
「令子! アンタの方がGSという仕事を馬鹿にしているんじゃないの?!」
「……」
「この仕事は一歩間違えれば、どういった結末が待っているかを知らないとは言わせないわよ?」
「それぐらい分かっているわよ」
アタシはこう答えたのだが、ママは容赦してくれなかった。
「いいえ、全く分かっていないわよ! それに第一アンタに雇用者としての自覚はあるの?!」
「アイツは雇っているんじゃなくて“丁稚”なの! だから無条件でアタシに尽くすのは当然の事よ!」
これはアタシが持っている正当な権利なの!
それをママにとやかく言われる筋合いはない。
だがママは呆れた表情でアタシを見ていただけだ。
そしてアタシにとって衝撃的な事をママは話し始めたのである。
その内容とは……。
「あ〜あ、いつまでもこんな扱いだったら、横島君が独立を望んだっておかしくはないわよ?
実際それだけの実力は身に付けているし、さらに顧客第一という事で評判はいいみたいだしね?」
「へっ?!」
アタシは思いもよらぬママの言葉に頭の中が真っ白になった。
そんな事、一言も聞いた事がない……。
何も言い返せないアタシに対し、最近の横島クンの評判についてママが話してくれたのである。
話によれば、顧客に対するアフターサービス方法に高い評価が得られているらしい。
つまり法外な除霊料を貰っているから無償で行わなければ、罰が当たると顧客に言っていたとの事だ。
そしてアフターサービスを充実させれば、美神除霊事務所の評判がより高くなると考えていたらしい。
しかしこれではただのボランティアだ!
神父じゃないんだから、こんな一銭の得にもならない事をする必要なんてないのに……。
しかも世間話でもしに行くかのように顧客の所へ顔を出していたらしい。
そしてちょっとした会話の中から今後に役立つ資料等を集めていたとの事だった。
「何で、アタシの耳に入らなかったのよ!?」
「追加料金を請求されると思い、依頼主達がガードしていたんじゃないの?」
アタシは熱くなる一方だったが、ママの口調は何とも冷やかなモノであった。
今になって考えてみれば、除霊後の後始末等について相談や質問されていたのである。
つまり横島クンなりに努力はしていたのだが、それとこれとでは話が違う。
「だからって勝手な事をされたら困るわ! 一応、美神除霊事務所の看板を背負っているわけだし……」
社会人としては当たり前の事を言ったのだが……。
「でも横島君が“1人”で除霊した仕事だけだったみたいよ?」
ママは平然と言い返したのであった。
さらにGS協会も横島クンの実力を高く評価しているとの事だった。
その証拠にアタシの横島クンの扱い方に対し、密かにママの所に苦情を寄せていたのだ。
もし横島クンが独立を望めば、アタシの意思に関係なく協会側はそれを認めるらしい。
つまりアシュタロス事件解決から1年間でGSとしての実績は十分に積んだという事だ。
だからママがこんな事を言ったのである。
「もう横島君を一人前として認めてあげたら……?」
「はん! ママったら冗談も程々にしてよね?」
アタシはママの言葉に耳を傾ける事が出来なかった。
何故ならそれを認めた瞬間、アタシが美神令子だという事ではなくなってしまうような気がしたのだ。
しかしママの一言は、アタシの心に冷水を浴びせるモノだったのである。
「強がりという名の仮面を被り続けているアンタが何を偉そうな事を言っているの?」
冷やかだったママの表情が悲しげなモノに変わった……。
そんなママの変化に驚きながらもアタシはこう言い放ったのである。
「何言ってんのよ?! 私は1人でここまで強くなったんだから!」
アタシはその場から逃げるようにして離れたのだ。
もしこのまま居続けたら、泣き言しか言えなかったから……。
さらにそれを認める事が怖かったから……。
アタシがいなくなった後、ママがこう呟いたのである。
「ねぇ令子、どうして家族の絆を取り戻せたか? 考えてみた事はあるの?」
何が言いたいの?
「横島君がこの世界を救う為に最愛の女性(ひと)を捧げたからでしょ?」
それがどうしたっていうの?
「ほんの少しだけでもいいから勇気を出して現実を見つめてみなさい」
見てるわよ!
「そうすれば、横島君の強さが分かるはずよ?」
分かったところで何なの?!
「その強さを手に入れる為に現実を直面し続けていたわ」
アタシが逃げているっていうの?!
「それは最愛の女性を自分の手で殺めたという現実を……」
それは横島クンに決断をさせたアタシの所為だっていうの?!
「身近にある絆に意地張って心を開かないあなたをどれだけ歯がゆい思いで見つめているのか?」
ママに何が分かるの?!
「傷つく事を恐れて、横島君の成長を否定するあなたはもう憧れの対象ではないのよ?」
だから何だって言うの?!
「そうでしょう? 彼女は横島君の隣に立つ為、全てをなげうってきたのだから……」
アタシと比較しないでよ!
アタシには関係ないでしょ?!
「それに私は謝罪する事さえも許されていないの……」
ママが何で横島クンに許されなければならないの?!
ママは何でアタシに対して労いの言葉すら言わないの?!
アタシは人工幽霊壱号を通じてママの言葉を聞いていた。
きっとこれがママの本音なんだろう。
「それぐらい分かっているわよ」
理屈では分かっている、けど感情がその事を認められない状態だった。
横島クンにハードスケジュールを課したのは、アタシだけを頼りにしてもらいたかったからだ。
つまり彼女に出会う前の横島クンに戻って欲しかっただけなの。
しかし横島クンは音をあげる事なく、アタシの課したハードスケジュールをこなしてきた。
やはり彼女への“想い”がそうさせているのだろうか?
それを横島クンに問いただす勇気をアタシは持っていなかった……。
「あの頃に戻りたいなぁ……」
これがあの時から抱き続けていたアタシの偽らざる“本音”である。
だが時が流れている以上、それが不可能だという事ぐらい分かっていた。
だからアタシは横島クンとどう接したら良いのか分からなかったのだ。
◆◆◆
美智恵は令子の気持ちを掴みきれていなかった為、面と向かって自分の本音を話す事が出来なかった。
いや、それすら美智恵の言い訳なのかもしれない。
何故なら“過去から来た”という理由で令子達とは、距離を置いて接していたふしがあったからだ。
その証拠に心のどこかで“仲間内で解決すればいい”という考えを持っていた。
だから美智恵は、過去の自分の行動が未来の娘の人間関係に干渉したという事実を忘れてしまったのだ。
そしてそれが原因で“空白の5年間”を埋めるどころか、逆に令子との溝が深まってしまったのである。
――世界を捨ててまで守ろうとした娘に自分の存在を否定される。
現時点において美智恵は、自分の行動によってこのような状況が生み出される可能性があった事を見落としていたのだ。
〜あとがき(もどき)〜
投稿した文章の面影がほとんどないかも……^^;
う〜ん、それにしても美神親子の扱いが……。
今後の扱いとして、令子はそんなに悪くないけど美智恵はもう“ボロボロ”かもしれません。
ファンの方は読まない方がいいかもしれません。
私なりに言えば、原作での行動を見れば“自業自得”といった感じがしますので……。
世界と娘を天秤にかけて娘を選んだ割には、娘に対するフォローは何もしていないし……。
そして何より自分の選択で娘達から色々なモノを失わせる“きっかけ”を作ったにもかかわらず、
美智恵は何も失っていない様に感じたからです。
アシュタロス事件解決後、復帰してからでも腹を割った話し合いというモノが出来たのではないかと考えています。
だから、世の中そんなに甘くありませんよって事を書いていこうと考えています。
最後にこれはあくまでも私の思った事であります。
決して特定のキャラを陥れようとはするつもりはないので、勘違いされないよう願います。
では失礼します。