母と娘が互いの感情をぶつけ合っていた頃、少女は少年を優しく抱き締めていた。
――自分を守る為に無茶をした少年を労わるかのように。
――または少年の持つ傷心を少しでも癒したいと思いながら。
「今日はありがとうございました。幽霊の時からずっと横島さんに私は守られてばかりですね?」
自分の不甲斐なさに溜息をつくおキヌだが、横島へ囁きかけるように自分の気持ちを打ち明けていた。
「ルシオラさんとは違ったやり方で、私は横島さんの隣へ立ってみせます」
おキヌは令子達と出会ってから過ぎ去った日々を次々に思い出す。
特に自分の価値観を一変させるきっかけとなった事件を……。
「だから何でも一人で背負い込もうとするのはやめて下さい……」
◆◆◆
初めて出会った時から私は美神さん達の後ろに憑いていました。
(この場合、漂っていたと言う方が正しいのかな?)
そして生き返った後も私は美神さん達の後ろに付いているだけでした。
(積極的じゃなかったっていう意味ですよ)
美神さんと横島さん、そして私……。
そんな私達三人の関係はいつまでも続くものだと思っていました。
今になって考えれば幽霊だった頃、横島さんが純粋な心の持ち主だと朧気ながら感じていました。
しかし生き返った後は“煩悩”という見た目ばかりに囚われていたのです。
(まぁそれだけ世間に揉まれ、私が擦れてきたとも言えるのですが……)
一度だけ勇気を振り絞って告白した事がありました。
けどその時は横島さんの煩悩だけが先走ってしまい、真剣には受け取ってもらえなかったのです。
でもこの関係が続く限り、チャンスは何度でもあると思っていました。
しかしそれは永遠に失われる事になってしまったのです。
――ルシオラさんの“登場”と“消滅”によって……。
ルシオラさんは“情熱”という名の炎に熱せられた石と言っても過言ではなかったと思います。
そして私達三人を一言で言い表せば、ぬるま湯そのものでした。
そんな私達三人の中へ彼女が投じられたのです。
結果として私達三人の関係は瞬時に熱湯へと変わってしまい、その急激な変化に対応する事が出来ませんでした。
しかし横島さんだけは私達の視線を気にする事なく、彼女の想いを全て受け止めたのです。
そんな二人の間に入る事など私には出来ませんでした。
いえ出来なかったのではなく、二人の絆が強まっていく現実を直視したくなかっただけだったのかもしれません。
だから私達と横島さんとの間に“溝”が生じていた事に気付けなかったのです。
やがて時が流れ、アシュタロスとの最終決戦を迎えました。
(とは言っても、そんなに長い月日が流れた訳ではなかったのですが……)
私達はコスモ・プロセッサによる秩序の崩壊を防がなければなりませんでした。
そして、その要となる“エネルギー結晶体”は美神さんの魂と一体化していたのです。
だから美神さんが魔族達に狙われていたのですが、ここで話す事ではないので省略させていただきます。
結果として、横島さんがエネルギー結晶体を破壊する事でアシュタロスの計画を阻止する事が出来ました。
しかしその為に受けた横島さんの代償はあまりに大きかったのです。
何故なら“ルシオラさんの生命”もしくは“この世界”のどちらかを選択しなければならなかったからです。
――良く言えば、横島さんとルシオラさんの問題だったから……。
――悪く言えば、私達が責任を取りたくなかったから……。
今にして思えば、私達はルシオラさんという“存在”から逃げていたのでしょう。
だから私達は、横島さんに全て委ねてしまったのです。
もしあの時、私達が力を合わせて破壊すれば良かったのではないかと考える事があります。
何故なら、私達三人の関係を取り戻す為のきっかけになったかもしれなかったからです。
さらにそれだけでなく、ルシオラさんを失った横島さんの慟哭が耳から離れないのです。
全てが解決した後、私達は以前のように横島さんへ接していました。
――まるでルシオラさんが存在していなかったかのように……。
そうした方が横島さんを苦しめなくて済むと思ったからです。
しかしそれは、私達の一方的な思い込みだった事に気付かされたのです。
何故なら、私達が無意識の内にルシオラさんの存在に恐れを抱いていたからです。
そんな私達の態度に気付いていたにもかかわらず、横島さんはいつものように振舞っていました。
情けない事に私達は、また横島さんに甘えていたのです。
そう横島さんに全てを押し付けてしまった“あの時”のように……。
それに気付いたのは、事件解決から数ヶ月が経ったある日の事でした。
私が気付いたのは偶然だったのかもしれません。
しかしそこで初めて横島さんの現実を目の当たりにしました。
事務所の窓から夕日を眺めていた横島さんの表情は、いつもの横島さんのモノじゃありませんでした。
つまりその姿は、私達の知っている横島さんから想像できるモノではなかったのです。
それを一言で表現するのならば、脆弱という言葉が相応しかったのかもしれません。
そんな横島さんに対し、私はどう接したらいいのか分かりませんでした。
戸惑いを隠し切れない私に気が付いた横島さんが話しかけてきました。
「おキヌちゃん? 俺の顔に何かついているのかい?」
そう話す横島さんの表情はいつも通りでした。
「いえ、そういう訳では」
この時になって、“いつも”という表現の仕方がおかしかった事に気付かされたのです。
それを一言で言い表せば、私達を安心させる為に作られた偽りの仮面だったのです。
その所為で、私は気の利いた言葉を咄嗟に言う事が出来ませんでした。
「まぁいいか。ついでだけど俺はもう帰るからって美神さんに伝えといてくれないかな?」
「いいですよ。美神さんには伝えておきます。お疲れ様です」
「ありがとう! じゃこれで!」
そんな横島さんを見送りながら、私は何とも言えない思いに駆られました。
それは、横島さんが私達の手に届かない所にいってしまうのではないかという不安です。
だから私は隊長さんに相談してみる事と妙神山へ訪問する事を考えました。
一つ目は兎も角、何故二つ目が必要だったのかと言いますと、それはヒャクメ様より譲られた心眼に関係があります。
私は少しでも横島の力になりたいと考えていますが、
ネクロマンサーの笛やヒーリングだけでは何かが足りないと感じたのです。
だからその能力をより有効に活用する方法や修行の仕方等について相談したかったのです。
まず美神さんには内緒で隊長さんへ電話をかけました。
そして私が感じた横島の様子を話してみたのです。
その事に対する隊長さんの回答は“近い内に横島さんと話をしてみる”という事でした。
そちらに関しては隊長さんに任せておけば問題ないと思われます。
だから私はもう一つの問題を解決させる事に集中したのです。
その為に私は美神さんから休みを貰い、妙神山へ出かけました。
妙神山の門まで辿り着いた時、私は体力不足である事を痛感させられました。
疲労の余り座り込む私に鬼門さん達が勝負を挑んできたのです。
しかしネクロマンサーの笛によって“あっさり”と決着がついてしまいました。
鬼門さん達の許可を頂き、私はふらつきながら門をくぐりました。
そこで私は一人の少女と再会したのです。
その少女はパピリオちゃんといい、今は亡きルシオラさんの妹さんです。
実のところ彼女がルシオラさんより先に横島さんの事を気に入っていたのでした。
「久しぶりでちゅね! ところでヨコチマは来ていないのでちゅか?」
「ええ、ちょっと私個人の事で相談したかったから」
「そうでちゅか。小竜姫達はちょっと手が離せないらしいでちゅから、戻ってくるまでわたちと話をするでちゅ!」
「いいですよ」
その時は小竜姫様達が戻ってくるまでという軽い気持ちからでした。
しかしこの会話が私の進むべき道を示してくれたのです。
ルシオラさんの想いがどれ程のものであったのかを理解できたから……。
「あの時はわたち達の為によく働いてくれたでちゅよ」
隊長さんの指示により敵地へ送り返された横島さんの逆天号での様子を語ってくれました。
「ははは、相変わらずですね」
私は苦笑を浮かべながら返事をしました。
「戦闘後も含めてなんでちゅが、労いの言葉をかけるとこっちが驚くくらいに感激していたでちゅよ」
「へぇ〜、そうだったんですか〜?」
「その表情が見たくて、お願いと労いを“何度も”繰り返したもんでちゅよ?」
――強大な力と引き換えにルシオラさん達の寿命は1年しかなかった。
横島さんはその事で任務中に苦悩したと話してくれたのを思い出しました。
――少しでも多くの思い出をパピリオの為に作ってあげたかった。
横島さんはルシオラさんの願いでもあったからだと苦笑しながら言っていました。
だから私は次のように答えていたのです。
「横島さんらしいと言うべきなんでしょうね」
そして横島さんに無茶をさせる時、私達もそうやって持ち上げていましたっけとも考えていました。
しかし次の言葉に私は驚きを隠す事が出来ませんでした。
「でもあなた達のところにきてからは、労いの言葉をかけられても無邪気な表情で感激したのを見た事がなかったでちゅよ」
「えっ?!」
「あんな扱いをしていたら当然かもしれないでちゅがね」
「それはどういう意味ですか?」
普段の横島さんの態度を見ていれば、そんな事は言えない筈だと思いながら私は聞き返しました。
「あなた達はヨコチマに“何か”してもらうのが当たり前だと思っていなかったでちゅか?」
「そ、それは」
「労いの言葉はおざなりでちたし、それに扱いも捨て駒のようでちたよ」
「そ、そんな事は」
普段の行動を振り返ってみると、それを否定する事が私にはできませんでした。
「ルシオラちゃんはヨコチマの隣に立とうと必死だったでちゅ!
その最たる行動が自分の命を以てヨコチマを救った事でちゅ!」
残された横島さんの気持ちを考えれば、その行為が正しかったのかどうか分かりません。
しかし横島さんに対する想いの強さは痛い程理解する事ができました。
「……」
私は反論すべき言葉を見つけられませんでした。
「あなた達にルシオラちゃん程の覚悟があるんでちゅか?!
それがないのにヨコチマの心を縛り付けるのは止めるでちゅよ!」
「し、縛り付けてなんか」
「いいえ、縛り付けているでちゅ! ヨコチマの前でルシオラちゃんの話題を避けているらしいでちゅね?!」
「そ、それは」
「ヨコチマがここに来るたびにいつも寂しそうに話していたでちゅよ?」
――パピリオ、ルシオラの事を話せるのは“お前”だけだよ。
――みんな“腫れ物”を扱うように避けるんだ。
――ルシオラの“思い出”すら残しちゃいけないのかよ?
――俺は、過去に囚われず“前へ”進もうとしているのに……。
「よ、横島さんが?」
初めて聞かされた横島さんの苦悩に私は衝撃を受けたのです。
「言い方を変えるでちゅ。ルシオラちゃんに縛られているのはヨコチマじゃなくてあなた達でちゅ!」
「……」
「人間には本音と建前という都合のいい言葉があるでちゅ。
建前はヨコチマを気遣っているという事でちゅが、
本音はヨコチマに受け入れられず傷つくのが怖いだけでちゅね?」
「そ、そんな事はないです」
パピリオちゃんの言葉は、確実に私の目を“現実”へと向けさせました。
「ヨコチマがどんなに傷つこうが構わないんでちゅかね?」
「そんな訳ないじゃないですか!」
その瞬間、私は何も考えられなくなりました。
そして、次のように叫んでしまったのです。
「私にどうしろって言うんですか?! ルシオラさんみたいに振舞えって言うんですか?!」
「誰がそんな事を言うもんでちゅか! ルシオラちゃんはわたちの掛替えのない家族なんでちゅよ!」
私はパピリオちゃんの激昂で落ち着きを取り戻しました。
しかしそれと同時にパピリオちゃんの心に土足で入り込むような発言をした事に気付いたのです。
「ごめんなさい。私は何て事を」
「構わないでちゅよ。わたちもちょっと言い過ぎたでちゅから」
パピリオちゃんがバツの悪そうな表情を浮かべながら答えてくれました。
「けど初めて見たでちゅよ? あんなに感情を露にちたところを」
パピリオちゃんの言葉に私は思わず頬を赤らめてしまいました。
「はっ、恥ずかしいです」
「まぁ、ヨコチマへの想いが分かったから良かったでちゅよ」
「へっ?!」
私は間の抜けた返事をするのが精一杯でした。
「ヨコチマの幸せはルシオラちゃんの幸せでもありまちゅ。
だからそれが出来そうにない人達には退場ちてもらうでちゅよ?」
「パピリオちゃん、お手柔らかにね?」
「「はははははは」」
小竜姫様達が戻ってくるまで私達は笑い合っていました。
そして私はその日を境に前を向いて歩いていこうと決心しました。
何もせずに後悔する事だけは二度としたくなかったから……。
◆◆◆
おキヌは前に進む事を選択したが、そう行動してきたのは何もおキヌだけではなかったのである。
そしておキヌは、後にそれを“イヤ”と言うほど思い知らされる事になる。
それは、ある女性が横島のアパートに転がり込んできた事がきっかけであった。
その結果、暗黙の内に保たれていたバランスが一気に崩壊し始めたのである。
しかしそれらの出来事は、彼女達にとって都合が良かったのかもしれない。
何故なら、彼女達は自分のありのままの想いを横島にぶつけるようになったからだ。
――ルシオラをも受け入れようとする彼女達の想い……。
――自分の気持ちを偽らない行動こそが横島らしい……。
それらは鈍感な横島ですら気付いてしまう“熱い”モノであった。
だから横島は彼女達に対して頭が上がらなくなってしまったのだ。
“あとがき”かなぁ……?
すでに投稿したモノの修正だから2〜3時間位で終わるかなって思ったんだけど、
かなり修正したから2〜3日間かかちゃった……。
しかも投稿した時の面影が殆どないし……。
相変わらず文才がないなぁと思い知らされます。
では失礼します。(次回も気長にお待ちいただければ幸いです)
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