▽レス始▼レス末
「リレー小説『カモナ マイ 魂の牢獄』第4話(GS)」ノ定 (2004.08.23 21:09)
「・・・横島さん」

 待ち人が敷地内に入ってきたのを感じ、人工幽霊壱号はそっとその名をつぶやく。横島は自分の所まで来てくれるだろうかと、不安になってしまう。彼は玄関の左脇に向かって、ゆっくりと歩いてくる。実際はそんなにゆっくりと動いているわけではないのだが、待ちこがれた人工幽霊壱号にとってはそう感じられる。
 通風孔の前ではたと横島は立ち止まった。このまま引き返してしまうのではないかと、不安はますますかき立てられる。仮初めの身体ではあるが、心臓は大きく強く脈打ち、息は浅く速くなる。頭の中はかき混ぜられたようにぐるぐると回ってしまい、思考をまとめることができなかった。
 いつもの聡明な彼女であれば、過去の経験から人の行動などたやすく予測できる。しかし、横島の事となると途端に冷静な判断を失ってしまうのであった。
 粗末な小さい部屋を、ランプが薄暗く照らしている。彼女はただ、そこで待つ。



 横島は、すっと通風孔へと手を伸ばしていった。その動きに何の躊躇も見られない。入り口の柵を外し、普段通りの、どこか間の抜けた顔を暗い穴の奥へと突っ込んだ。
 このお人好しの青年にとってみれば、何も悩むことではない。仲間である人工幽霊壱号の願いを断るという選択肢は、彼の中では存在することすらも許されないのである。

(スイッチって言うのはこれか?)

 通風孔に入ってすぐに、横島は闇の中に浮かぶ淡い光を発見した。他にボタンのような物もレバーのような物も見あたらないので、恐らくこれが彼女の言っていたスイッチなのだろう。
 それは、今にも砕けて散ってしまいそうな弱々しい光であった。横島は光が消えてしまわないように、そっと手に収めた。
 その瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。



 ランプが煌々と輝きだしたことで、人工幽霊壱号は横島が自分の元へ向かっていることを知った。部屋は光で満ちあふれた。
 自然と笑みがこぼれてくる。横島が来て明るくなるのは、部屋ばかりではないようだ。胸の高鳴りは未だに治まっていないが、先程と異なり嫌な感じはしなかった。もっとも何がどう違うのか、愛することを知らない彼女には解らなかった。
 長い年月を経てぼろぼろになったベッドから立ち上がり、部屋の大きさに見合った小さな扉に身体を向けた。そして、静かに目を瞑って胸の前で手を組んだ。

「こちらへ」

 横島へ短く呼びかける。
 少しだけ、気持ちが落ち着いたような気がした。



 気がついたら、横島は真っ暗闇の中にいた。ただの闇ではない。上下感覚もなくなり、宇宙のはてを漂っているかのようだった。寒いか暑いかもよく判らない、何とも気味の悪い空間であった。
 自分というものが周りに溶け出して意識だけが残ったようで、そのまま消えてしまいそうな恐怖を味わっていた。

「こちらへ」

 人工幽霊壱号の声と共に、自分の輪郭を取り戻し、コンクリートでできた階段が現れた。全く灯りがないのに自分の姿と白い階段だけがはっきりと見えた。
 階段はどこまでも伸び、あたかも地の底まで続いているかのように思えた。彼女の言葉の通りに、勇気を持って一歩を踏み出した。
 一段下りた瞬間であった。突然頭の中に、呪文のような物を唱えている中年の男の映像が、流れ込んできた。
 その中年の表情は鬼気迫るものがあり、まさに全身全霊といった風である。

「これは一体・・・?」

 横島の口から呟きが漏れる。その呟きに答えて人工幽霊壱号の声が響く。

「この館の記憶です。これから横島さんに全てを見て頂きます」




 階段を降りるにつれて新たに映像が流れ込んでくる。
 人工幽霊壱号が目覚める所から始まって、渋鯖男爵とのささやかな幸せの日々。そして、突然訪れた破局の時。
 横島は映像の奥に何を見ているのであろうか。その表情からは何も読み取ることができなかった。ただ、全てを抱き止めるように一歩一歩踏みしめながら、奥へと進んでいくのであった。

『幽壱。お前には、今日からここで過ごしてもらう。そして、お前が誰か人を愛せるようになるまで、この部屋を出る事は許さん』

 横島の脳内に、苦渋に満ちた表情でそう言い放つ渋鯖男爵の姿が映し出される。実際はむしろ冷徹なものであったが、横島にはその仮面の裏にある表情がありありと見えた。冷たい声は、涙で凍ってしまったかのように聞こえたのだった。
 映像は更に続く。

『だめだ!これでは幽壱を助けてやることはできん!』

 渋鯖男爵は寝食を忘れ、ひたすら研究に没頭した。彼の明晰な頭脳は、すぐに原因を突き止めた。霊力が足りないというのだ。十分な霊力を与えてやれば彼女は安定するはずである。
 毎日、己の限界を超えて霊波を放出した。男爵は日増しにやつれていった。

『私の霊力では足らないというのか・・・。私がどれだけ霊波を出しても幽壱は安定しないと・・・』

 悲痛な呟きがこぼれ落ちる。そして、彼は手紙を残し館を出て行った。



 はての無いかのように思われた階段もついに終わり、行く先に木の扉が見えた。全てを知った横島は、どこか決心した顔で冷たい金属製のノブに手を掛けた。
 そこに彼女は、いた。
 腰まで伸びた艶やかな長髪は、吸い込まれそうなほどの黒であった。真っ白い手術着のようなものから覗く素肌は、服と同様抜けるような白である。全体の線は細く、抱きしめたら折れてしまいそうだ。捨てられた子犬のような瞳も相まって、弱々しく儚かった。そんな中で、わずかに赤く染まった頬が印象的だった。
 ここまで辿り着いた横島は、もう何をすべきか解りきっていた。意を決して囚われの姫を抱きすくめた。



 がちゃりとノブの回る音が聞こえ、人工幽霊壱号は目を開く。目の前には待ち続けた男が立っていた。しばらく二人は無言のまま向き合っていた。
 横島は彼女が今まで見たことのないような表情だった。彼女を見つめる横島の目はとても優しくて、でもどこか泣いている気がした。
 彼はすっと歩を進めると、目をそらすことなく彼女を抱きしめた。あまりに突然のことで、彼女は驚き俯いてしまう。

「それが、愛だ」

 横島は、力強くそう言いきった。今までそれが何であるか判らなかった気持ちに名前を与えられ、ふと横島を見上げた。その人工幽霊壱号の唇に横島のそれが優しく押しつけられた。

 初めてのキスは、甘かった。


      続く


    後書き

5万HITおめでとうございます〜^^
と言うわけで、18禁シーンには入りませんでしたw
次に書かれる仙台人さんに期待しましょうw

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△記事頭
  1.  お疲れ様でしたぁ。
     やっと横島クンと幽壱ちゃんが邂逅を果たしましたね。
     表現もとっても綺麗です、むしろ綺麗過ぎて、自分の書いたやつが汚く見えて(′Д`;)

     次回は仙台人さんですが、これはもう18禁に行かなきゃだめな展開ですよね。
     それが今回で無かったのが残念ではありますが、次回に期待を寄せましょうかw
    zokuto(2004.08.23 21:20)】
  2. うおー、寸止めだ(笑)
    次はもうピンク色になるしかねぇ(笑)
    しかも、もっていきかたがウマイ。
    こうなると、あとは仙台人さんが頑張るしか(笑)
    米田鷹雄(2004.08.23 21:22)】
  3. ねぇっ ねぇっ

    ピンク色じゃなかったの??(泣)

    ココはひとつ次の仙台人さん頼みってことっすね・・・(血涙
    ひでよし(2004.08.23 22:44)】
  4. いい仕事してますねぇ^^
    いあー。純愛路線まっしぐら。仕向けた甲斐がありましたw(ぇ
    さてさて、幽壱っちゃんに幸せの鐘は鳴るのかな?
    仙台人さんに、期待ですぅ〜^^
    (2004.08.23 22:53)】
  5. 順調に続いていますが、完結するのでしょうか・・・?w
    大抵リレーSSって完結せずに流れてしまうのが多いので・・・
    作品内容が良いだけに、それだけが心配だ
    シルバーRK(2004.08.24 00:02)】
  6. そうだよな!ここまできたらやることなんて決まってるよな!
    ・・・あっ、言っときますけど18禁とかのことじゃないですよ?横島が幽壱を抱きしめてあげるシーンのことです。
    18禁は次回に期待してま〜す。
    九尾(2004.08.24 01:41)】
  7. >「それが、愛だ」

    こんな台詞を恥ずかしげもなく言ってのける横島君…漢(オトコ)です…
    しかもちゃんと抱きしめてあげるあたり…解ってますな。

    …この流れ…もーこの後は18禁しかありえませんね!(笑

    偽バルタン(2004.08.24 02:32)】
  8. がふっ!! (吐血)

    なに!? この横島!? 何てこと言ってんの!? 抱いて!! (錯乱中)

     でもまぁ、好きな女のために自分が何もしてやれない悔しさっていうのは、横島が一番良く分かっている事でしょうし、ね。

     仙台人さま、まだ18禁パートをかわす手段は残ってますよ! 綺麗なパターンから、シモいパターンまで!!
     がんばってくださいね〜。
    まちす(2004.08.24 11:58)】
  9. 密室、オカルト、旧男爵、そして白い服の少女。江戸川乱歩の世界になってきましたねー。もちろん推理小説の方でなく退廃小説の方で。

    後は添い遂げるだけと♪(マテマテ
    カラカッタの村(2004.08.24 13:58)】
  10. レスありがとうございます〜^^
    皆様方からのお褒めの言葉に感激いたしております^^


    ・・・それにしても初キッスの味ってどんなだろ?(ぉ
    ノ定(2004.08.24 22:41)】

▲記事頭


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