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▽レス始

「Fate/黒き刃を従えし者33(Fate+オリ)」

在処 (2007-03-12 00:33/2007-03-12 19:25)
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ひっそりと沈みかえる居間。
そこに至る廊下も、音一つ無い静寂に包まれていた。
時刻は4時。
早くに起きて食事の仕度をする士郎や桜もまだ起きる時間ではない。
……それ以前の問題として、桜が起きてくるかどうかは判らないのだけど。
リンとセイバーは言わずもがな。
リンは物凄く朝に弱いし、セイバーもそれほど早起きな方ではない。
セイバーの場合、魔力の消費を抑える意味もあるんだけど。

「……さて」

何故私がこんな時間に起きて来たのかと言うと。
お弁当を作る為。
昨日の夜思いついた事。
それを今日実行しようというのだ。
誰の許可も取っていないけど、ここは強引にでも押していこう。
そう、何も問題は無い。
日がな一日屋敷に篭っていては解決する事も解決しない。
こんな時には、どこかで気晴らしするのが一番いい。
その下準備としてお弁当。
平行して朝食の仕度もする。
さて、今日はどんな一日になるだろう?
楽しいといいな。
違う。
楽しい一日にしよう。
私だけじゃなく、皆で。


Fate/黒き刃を従えし者


「おはよう、アーチャー。
 なんだ、朝ごはん作っちまってたのか」
「……おはよう、士郎。
 ちょっと、野望の為に」
「……野望?」

士郎が私の顔をじっと見る。
まるで聞いてはいけない事を聞いたかのように。
……うん。
自分で言っといて何だけど。
野望は無いよね。
……でも、その位がちょうどいいだろう。
昨日知った弱気な自分。
なら、私にはその位大それた言葉の方がいい。

「……セイバーは?」
「ん? あぁ、もうすぐ起きて来るぞ。
 所で野望って……」
「……じゃあ、私はリンと桜起こしてくるから後お願い」
「へ?
 あぁ……って、野望って何だ!?」
「……ないしょ」

唇に指一本。
言葉にするには少し恥ずかしい。
今日一日、皆で楽しく過ごす。
それが今日の私の野望。
小さな事だけど、大切。
私一人じゃない。
皆でって所が重要なんだ。
士郎に殆ど出来上がってる朝食の仕上げを任せ、私はリンを起こす。

「……リン、朝だよ」
「ん……もう、ちょっと……」
「駄目。
 ……今日はもう起きて」
「ん〜、まだ眠いわよ……それに学校は休校でしょ〜」
「……うん。
 でも起きて」
「えぅ〜」

……うん。
いい加減にしないと怒るよ?

「……えぃ」
「ひゃぅ!?」

―――バサッ!

っと。
リンの体の上から布団が消える。
下手人は私。
布団は私の手の中に。
体を包んでいた物が取り払われたのと、急激な温度変化によって無理やり意識を覚醒させられたリン。
きょろきょろと周りを見回すその姿はすごく可愛いと思う。
思わず、クスクスと笑いがもれる。

「……アーチャー」
「……ごめんね」

恨みがましい眼で、う〜っと私を睨みつけてくるリン。
でも、今日は早く起きて欲しい。

「……朝ごはん出来てるから、居間に行ってて」
「……はぁ。今日はまた、随分と機嫌がいいのね」
「そう?
 ……そうかも」
「そうよ」

うん、そうかも。
確かに今、私はすごくいい気分だ。
今の私に不可能は無い。
困難苦難なんでも来いって感じ。

「……ちょっと野望があるから」
「やぼっ!?」
「……じゃあ、また後でね」
「へ?
 ってちょっと、野望って何よ!?」

私はリンの部屋を出る。
その後もわめいていたけど、追ってはこれない。
なぜならリンは寝間着だから。
完璧主義者でいつでも優雅たれという家訓を持つリン。
いや、それでなくてもリンは恥ずかしがりやなんだから。
家の中とは言え寝間着で自室以外の所に出るなんて考えもしないだろう。
……いや、この家だから、とも言えるか。
士郎や桜にみっともない所見られたくないみたいだし。
……まぁいいや。
次は桜の部屋。

「……これはまた」

その部屋の前に立った途端、その違和感はやってきた。
扉からは、『近付かないでください』『放って置いてください』そんな気が漏れ出している。
この場でこれじゃ、中は一体どんな事になっているのやら。
……まぁ、入らないと何も始まらないか。

「……おじゃましまーす」

小声で挨拶して、部屋に入る。
桜は……いた。
ベッドの上で顔を隠すように布団に包まってる。
と、言うか。
出てるのは頭のてっぺんだけ。
微かに薄紫色の髪の毛が見える。
……苦しくないのかな?

「……桜?」
「放って置いてください」

うわ、いきなり拒絶?

「……桜」
「放って置いてください」
「……桜」
「放って置いてください」
「……桜」
「放って置いてください」
「……ねぇ」
「…………なんですか?」
「……苦しくない?」
「………………苦しいに決まってるじゃないですか!」

バッ! っと。
勢い良く布団を弾き飛ばして。
私に指を突きつけながら桜はそう宣言した。
……なら顔ぐらい出しておけばいいのに。
…………いや、そういう意味でない事くらい判ってますよ?

「あの家に行ってから、苦しくない事なんて一度もありませんでした!
 人間らしい暮らしも、優しい言葉も一度もかけてもらった事なんか無い!」

桜は悲痛な叫びを上げる。
……それはどんな苦しみから出る言葉だろう?
私には判らない。

「死に掛ける事なんて毎日だった……
 死のうと思って、鏡を見るのなんて毎日だった!
 判りますか?
 存在する事自体が苦痛だったんです。
 毎日毎日、ご飯にすら毒を入れられて、蟲倉に放り込まれれば息を吸うことすらお爺様の許可が必要だった!
 そんな……そんな汚れ切った人間なんですよ私は。
 醜いでしょ。
 汚いでしょ。
 でも、死ぬ事は怖い……
 毎日死のうと思っても、自分を傷付ける事が怖かった」

桜の独白は続く。
私に何ができるだろう?
私には、桜の経験してきた痛みの1割だってわからない。
私には桜の慟哭がどれほどのものか判らない。
だから、私は聞き続ける。
それを理解する事は出来ない。
だから。
それを伝えて欲しい、と。

「死ぬのが怖くて、一人で消えていくのは嫌だった。
 そんな時、先輩と会ったんです。
 先輩は色々な事を教えてくれました。
 掃除も、ご飯の作り方も、洗濯も。
 楽しいと思う事も。
 ……人を、好きになるという気持ちも」

桜の声が沈む。
激情をぶつけていたその言葉は、零れ落ちる物を惜しむ言葉に代わる。

「あは。
 莫迦ですよね、私。
 細胞の一つ一つまであの人たちの玩具にされて汚され尽くされた私が。
 人を好きになんてなっても、それは何時か絶対に壊れるのに。
 お爺様があんなことしなくても、きっと遠くない時にこうなったのに。
 何で、こんなに悲しいんでしょう?
 一緒に居られない事くらい知ってた。
 先輩に近付けば近付くだけ私の中の誰かが言うんです。
 『汚れきったお前を認めてくれる訳が無い』って。
 そうですよ。
 だから今まで隠し続けてきたんです。
 こんな、汚されきった私……誰も受け入れてなんかくれない」

桜はそういって泣き崩れる。
両腕で自分を抱いて。
自分以外は何も無いのだと。
自分に言い聞かせて。

「……でも。
 もういいんです。
 ばれちゃった物は仕方ないですから。
 すっぱり諦めます」

そうやって。
無理に笑顔を作って私を見る。

「アーチャーさん、私を……殺してください」

―――パン!

「っ!?」

何か言葉にするより先に、いや、何かを考える時間すらなく。
私は桜の頬を叩いてた。
何だそれは、と。
ふざけるなと。
私の心の中で昨日の様な感情が渦巻く。

「な、何するんですか!?」
「……桜」
「な、何です、か?」

あぁ、きっと今。
物凄い顔をしてるんだろう。
私の顔を見た桜が恐怖で固まってる。

「……聞いて。
 私は、桜の事好きだよ」
「―――っ!?
 同情なんて要りません!」
「……私は、桜の事情なんか知らない」
「っ!」

桜が、私の方を呪いの篭ってそうな眼で睨む。
でもそんな物で、私を止められると思わないで。

「……私は桜がどんな気持ちで生きて来たのか知らないし、知る事も出来ない。
 そして、軽々しく理解るなんていえる事でもない。
 だから……私は私から見て桜が信用出来るかどうかでしか図る事はできないの」
「―――ぇ?」
「……私はね、桜。
 ……覚えてる?
 何時か、私にはこっちに来る前の記憶が無いって言った事」

あれは確か、士郎が回路にスイッチ作った影響で寝込んでた時の事だったか。
そんなに前の事じゃないはずなのに、何故かすごく懐かしく感じる。
それだけいろいろな事がありすぎたのか……

「は、はいっ!?
 えぇっと、覚えてます。
 って言うか、えぇ!?
 あれ本当だったんですか!?」
「うん。
 ……だからね。
 私は自分で触れて、信じられると思ったものしか信じない。
 その人がどういう存在なのかって言うのは、正直二の次なの。
 その相手がどれだけ悪い事をしていたとしても、私が信じるに値すると思ったなら信じるし、
 逆に何も悪いことしていなくて信用できない人は信用できない。
 ……まぁ、そういう事は滅多に無いと思うけどね」
「そ、そうなんですか」
「……うん。
 だから、桜の事を私は信用してるの。
 桜が今までどんな生き方をしてきたのかなんて関係なくね。
 ……私には桜の辛さは理解できないから。
 それに対する言葉なんて何も掛けてあげられない。
 ……私、不器用だから。
 何とかしようと思っても、いい考えなんか浮かばない。
 だから、私はただ自分の気持ちを伝えたいだけ。
 ……桜、私は桜の事、好きだよ」
「ぇぐ……ず、ずるいですよ……」

ぽろぽろ、と。
呆けた様な顔のまま桜は涙をこぼす。
頬を伝って落ち、服を濡らすのも省みずただなき続ける。

「せっかく、諦められると思ったのに……
 ……せっかく、全部終らせられると思ったのにっ!
 そんな事言われたら、何も捨てられないじゃないですか……」
「……なにも、捨てる必要ないよ」
「ぇふっ……うぐ……うあぁうううぅ」

桜が恥も外聞もなく、私に抱きついて嗚咽を漏らす。
今までの苦しみを全て押し流そうとでも言うように、抑えられない感情のまま泣き続ける。

「ずっと、我慢してたんです。
 ……私には何もないって諦めて。
 でも、先輩に会って楽しいって事を学んで……それを無くしたくなくて。
 全部隠して、いつまでも一緒にって在り得ないってでも一緒に居たいって……
 無理って悲しくて、辛かった」
「……うん」
「居て良いんですか?
 私っ!
 ここ、居ても良いんですかっ!?」
「……如何したいの?」
「私は……私はっ!!
 居たいです。
 ずっとここに居たいですっ!!
 先輩と一緒に居たいです。
 姉さんと一緒に居たいです。
 藤村先生と一緒に居たいです。
 皆とっ!
 皆と一緒に生きて行きたいですっ!!」
「……なら、ここに居ればいいよ。
 大丈夫。皆受け入れてくれる。
 だって、知ってるでしょ?
 士郎は士郎で、リンはリンなんだよ?」
「……知ってます。
 知ってましたっ!
 私がどれだけ汚れてても、きっと受け入れてくれるって。
 でも、怖かったっ!
 ……信じたいから、拒絶されるのが怖かったんですっ!
 それを知っても受け入れてくれるって思うから、もしも受け入れてくれなかったらって怖かったんです!
 だから、わたしっ」

それは、怖いだろう辛いだろう。
信じていても、それと同じくらい自分に自信が無い桜なら。
士郎をリンを信じられない訳が無い。
でも、自分が汚れていると信じ込んで、実際それだけの事をされてきたのだから。
信じれば裏切られると。
そんな事を続けてきたのなら。
それは当然の反応なんだろう。

「わたしっ、ここに居てもいいですかっ!?
 私、この家に居てもいいんですか!?」
「あぁ、当然だ。
 桜は俺の家族だからな」
「あら、それを言うなら桜は私の妹よ?」
「ぇ?」

いつの間に来たのか。
桜の血を吐くような訴えに答えたのは。
他でもない士郎とリン。
桜が誰よりも信じたいと思い、それ故に最も恐れた人達。

「……大丈夫」
「……セン、パイ……遠坂先輩も……」
「あら、もう『姉さん』って呼んでくれないの?」
「……先輩、ねぇ……さん」
「桜、ここに居てもいいんじゃないぞ。
 俺が、桜にここに居てほしいんだ」

桜の顔が涙で歪む。
それは悲しみでなく、歓喜。
桜にとって希望とは裏切られる物。
それが、初めて報われた。
その嬉しさは、それこそ私に理解できるものじゃないだろう。

「……良かったね」
「はい……はいっ!」

いまだ泣き続ける桜の髪を梳く。
桜が泣き疲れて眠るまで、私は桜を抱きとめる。
よかった。
本当に良かった。
今まで苦しい事ばかりだったなら、これから楽しい事を見つけていけば良い。
……私は、そう長く付き合えないかもしれないけど。
士郎もリンも桜を蔑ろにする事はないだろう。
なら、ここからだ。
桜にとってここが始まり。
桜の行く末が、幸福に包まれる物でありますように。


おまけ

「……で、野望って何なわけ?」
「あぁ、それ俺も聞きたい」

桜が寝入った後、リンと士郎は私に詰め寄る。
……そんな大した事でもないんだけど。

「……大した事じゃない。
 いつまでも家に篭ってても鬱になるだけだから、皆でどこかに遊びに行こうと思ったの」
「……それって野望か?」
「……今日一日、皆で楽しく過ごしたいって言う野望」
「…………あーもぅ!
 何でこの娘こんなに可愛いのよ!?」

リンが私に抱きついてくる。
可愛い?
私の事?
……まぁいいか。
いわれて嫌な言葉じゃないし。

「……お弁当も、作ったんだけど。
 無駄になっちゃったかな」
「……いや、いいんじゃないか?」
「えぇ。桜は暫く寝かしておくにしても、こんな時間から開いてる店なんてないもの。
 9時頃出れば新都につく頃にはお店が開き始める時間よ」
「あぁ。たまには気を抜いて遊ぶのもいいだろ。
 ……桜も一緒にな」
「えぇ、そうね。
 桜も一緒にね」

……なんだろ。
すごく。
そう、すごく嬉しい。

「……今日は、楽しく過ごせるといいね」
「あぁ」
「そうね」

……大丈夫。
きっと、楽しく過ごせるよね?


更におまけ

「……シロウ、リン、アーチャー……朝ごはんはまだですか?」

ぐぅ……と。
騎士王のお腹の虫が食べ物を催促した。
……テーブルに伏せったセイバーの体が薄っすらと消えかけて。
戻ってきた三人は大慌てで朝食を運んだそうな。


後書き
あれぇ?
今回で桜がライダーのマスターだってばれる筈だったのに何でこうなったんだ?
……まぁ、いいか。
後セイバー哀れ。


レス返し
<<シヴァやんさん
そして桜フラグー
……をい。
後、私絵は描けないのでご了承ください。

<<遊恵さん
私からもプリーズ(壊

<<七誌さん
桜は起しに来るどころか布団に篭ってますが。

あー、確かに言ってる……
まぁ、ランサーのマスターだし知ってるのは当然として。
……うっかり?
凛のが伝播したか?
それとも遠坂時臣殺した呪いか?
……ただの私のうっかりか(爆

<<最上さん
桜についてはこうなりました。
……むしろこの方法は凛や士郎では効果が薄れるんじゃなかろうかと。
思ったり思わなかったり?
それでも決めてはやはり士郎と凛でしょう。
アーチャーだけでは完全に立ち直らせるのは無理です。
桜が求めてるのはアーチャーではなくて士郎と凛ですから。

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