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「退屈シンドローム 第20話(涼宮ハルヒの憂鬱+ドラえもん)」

グルミナ (2007-03-03 18:59/2007-03-10 13:56)
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 ハルヒは午前中に引き続いて午後の授業も寝て過ごし、僕達一年五組はクラスが始まって以来初めて平穏無事に一日を終わろうとしていた。結局ハルヒは一度も居眠りを咎められる事は無かったが、これは教師が気付かなかったと言うよりも知ってて敢えてスルーしていたと言うのが僕のファイナルアンサーだ。その証拠に隣で寝てた僕は三回位チョークの爆撃を喰らって叩き起こされた。

 ホームルームも終わった放課後。キョンに肩を揺すられて漸く目を覚ましたハルヒは、起き抜けに今日は体調不良だから帰ると言い出した。まぁ身体がキツいと言うのならば充分納得出来るし寧ろこのまま普通に復活されてたらお前は本当に人間かと本気で問い詰めたくなっていただろうからそれは別に良いのだが、帰るにしてもせめて掃除当番の代理立て位はやっていけ。

 一応ハルヒの体調はそれなり心配しながらも取り敢えず刺すべき釘は刺しておこうとする僕の指摘に鞄を片手に帰りかけていたハルヒはゆっくりと振り返り、結果的に一日中寝てた癖にまだ寝足りなそうな視線を僕に固定して一言。

「じゃあ、……今日もあんた宜しく」

 ……言うと思っていたよ。

 別にハルヒの悪口を言うつもりは無いが、この一年五組の教室内でハルヒとまともに意思疎通を試みようとして、尚かつハルヒ自身も多少なりともコミュニケーションを受け入れている人間なんて僕とキョン位しかいない。前者の条件だけなら朝倉や阪中も頭数に入れて良いかもしれないけど、一方通行に終わってしまうのがオチだ。したがってこの場合掃除当番を押し付けられる生贄役は必然的に僕かキョンの二者択一となる訳だ。

 ……でもさ、ハルヒ。二日連続で僕って言うのはどうにも納得出来ないんだけど? 昨日は僕だったから今日はキョンとか、朝倉か誰かに頭を下げて頼んでみるとか、もっと四民平等的な采配を下しても決して罰は当たらないと僕は思うんだけどそこの所どうなのさ。

「黙りなさい。」

 非情にも僕の精一杯の未成年の主張を僅か五文字で切って捨て、ハルヒは一瞬前とは一転して据わった眼で僕を睨みつけた。見るからに相当不機嫌そうだ、ハルヒって意外と寝起き悪かったんだね。

「良い? これは純然たる団長命令なのよ。神聖かつ不可侵なる絶対的存在、SOS団団長たるこのあたし直々に命令してあげてるんだから、つべこべ言わずに紀元前の暇なギリシャ人みたいに素直に有り難く拝命しときなさい!」

 寝起きで頭が回っていないのかハルヒは普段以上に支離滅裂な俺様理論を捲し立て、反論は許さんとばかりにそのまま踵を返した。色々と言いたい事は山積みだけど、取り敢えず古代ギリシャの方々に一言謝れこの暴君め。

「……あ、そうだ忘れてた」

 忘れ物でも思い出したのかハルヒは唐突に足を止め、再び僕へと振り返った。

「あんた、掃除のついでにちょっとおつかい宜しく。演劇部まで」

 僕にそれだけを申し置き、ハルヒはもう用は済んだとばかりに教室から出て行ってしまった。一体何のおつかいなんだとかそもそも演劇部って一体何所だよとか人をパシリに使うのも大概にしろとか、他にも言うべき事は山程あったのだが残念ながら間に合わなかった。明日纏めて物申そう。

 ちなみに、キョンの奴は僕が掃除を押し付けられている時点でさっさと部室に逃亡していた。薄情者め。


 さて、昨日に引き続きまたもやハルヒに押し付けられた掃除当番を不承不承ながらやり終えた僕は、ついでに申し付けられたおつかいを遂行するべく目下演劇部を探して奔走中だった。だって逆らうと後が怖いし。

 演劇という事はそのジャンルは当然文化系に分類されているだろうから取り敢えずまずは文化系部活の集合住宅である旧館で演劇部の部室を捜索し、一階廊下の真ん中辺りで目標を発見。しかし肝心の部室のドアは施錠されており、「劇団きたこう衣装室」と書かれた張り紙がセロハンテープで貼られている。偶々近くをカメラと三脚担いで歩いていた通りすがりの写真部員を捕まえて話を聞いてみるとどうやらこの部屋は物置として使用されており、演劇部の活動拠点は別にあるらしいと言う。手掛かりを求めて仕方無く部室棟内で聞き込み調査を開始した僕は演劇部のアジトが本校舎の空き教室に一つにあるらしいと言う情報を入手、急遽本校舎に引き返し一階から順に手当り次第に空き教室巡りを敢行した。その結果一階から三階までは全滅、四階も空き教室四つの内三つ目まではハズレに終わった。

 そして今僕の目の前には最後の一つ、四階廊下の最東端に位置する空き教室の扉がある。空き教室の筈なのに教室内の蛍光灯は点灯し、引き戸の向こうからは人の話し声も聴こえて来る。間違いない、演劇部は此所にいる。本当に長い道のりだった、三十分は歩き続けたのではないだろうか。今この場に至るまでの長い長い道程を思い返し、僕は感慨と達成感に酔い痴れながらもしみじみ思った。素直に職員室か何所かに訊きに行けば良かった、と。

 気を取り直して僕は目の前の引き戸を軽く叩き、なるべく音を立てないようにゆっくりと開いた。失礼しまーす。きっとハルヒならば書道部の時みたいにノックも挨拶も無しに問答無用で開けるのだろうが、僕はあの暴君とは違うのだよ。

 教室の中には生徒が男女合わせて十数人、思い思いの机に座っていた。男女比は女子の比率が圧倒的に高く、男子は全体の三分の一程度だろうか。多数決の時には不利そうだ。何故か全員一人残らず椅子ではなく机の上に腰掛けているが、あれは果たして何か意味でもあるのだろうか。

 そんな奇妙な集団の中の一人、足を組んで机の上に座っていた女子生徒が僕の存在に気付き、机から降りて僕の方へと歩み寄って来た。ショートカットの利発そうな人で、黄色い縁取りの上履きを履いているから三年生だろう。

「こんにちは一年生クン、入部希望者かな?」

 突然の乱入者に全く動じもせずにそう尋ねてくるこのボーイッシュな先輩に、僕はどう答える正直返答に困った。ハルヒからはただ演劇部におつかいに行って来いと命じられただけで、一体何をしろとまでは全く説明されていないのだ。そもそも、此処が本当に演劇部なのかどうかすらも解らない。

「……涼宮ハルヒの代理で来たんですが、此処が演劇部ですか?」

 僕は取り敢えず素直に直球勝負に出る事にした。いつかハルヒが部室にバニー衣装を持ち込んだ時の話を信じるならば、演劇部の部長はハルヒの奇行に幾らかの理解があるらしいし、仮に此処が本当に演劇部だったとするならばハルヒの名前を出せば万事解決するかもしれない。別に明確な根拠がある訳ではないけれど、まぁ一番の根拠と言えばハルヒがハルヒだからとしか言い様が無い。

「あぁ、ハルヒちゃんのお仲間なんだ。SOS団だったっけ?」

 案の定と言うべきか、目の前の先輩は僕がハルヒの名前を出した瞬間にまるで総てを理解したような顔で頷いた。この自然体な反応を見るに、やはり此処が演劇部で間違い無いらしい。その確信を裏付けるように、目の前の先輩が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。

「此処が演劇部で間違いは無いよ。あたしは部長の紅井あまめ、ようこそ劇団きたこうへ」


 県立北高演劇部、通称劇団きたこう。『古典的悲喜劇から、現代的エンターテイメントまで』をモットーにその演目はジャンルを問わず幅広い分野を取り扱い、その公演活動も校内だけに留まらずボランティアで地域の幼稚園や老人ホームを回って公演するなど精力的に活動しているらしい。

 僕も四月に新入生勧誘の公演を観た事がある。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」をモチーフにした第三次世界大戦下の近未来の話で、対立する二つの超大国に引き裂かれた恋人同士の愛を描いた悲劇だったのだが、クライマックスで「悪いのは愛し合ってしまった自分達ではなく、バラバラで纏まりの無い世界の方なのだ」と開き直った二人が世界征服と言う形で戦争を終わらせてハッピーエンドと言うトンデモ話で終わった。ご都合主義極まりない結末だが僕の今までの人生も似たようなものだから別に大した問題ではない。ただ一つ気になる点を挙げるとするならば役者が全員女子で主人公の恋人達も女性同士だったと言う事だが、きっとそう言う演出だったのだろう。件の主人公の同性愛も劇中でネタにしてたし。

 現在劇団きたこうでは次の演目について会議中と言う事で、僕は教室の奥で待たされる事になった。演劇部員達は紅井部長の帰還を待たずに既に会議を再開しており白熱した論議が四方八方から飛び交い、黒板には今まで意見に出た候補らしきタイトルが十篇前後、付け加えられたり削除されたりしながら自己主張している。

 現在の生き残りタイトルを、僕は何気なく眺めてみた。

 「三猫無双〜長靴の聖戦〜」、「七人の桃太郎」、「新世紀世直し伝説SAIYU-KI」、「不思議の国のお面ライダー」、「鉄(くろがね)の城と空飛ぶ豆の木」、「狂科学者ウエストの華麗なる冒険」、「夢幻三剣士」、「戦うシンデレラ的ヒイロイックラヴストーリー(題名未定)」、etc、etc……。

 ……見なきゃ良かったと心の底から後悔した。

 これは会議が難航しても志方が無いと言うか当たり前だが、しかしあのまるでハルヒの頭の中のような演目の数々を真面目に話し合う部員達の眼は限り無く真剣だった。……大丈夫か、演劇部?

「……あの、本当にあの中から演目を決めるんですか?」

 混沌とした黒板を指差し、僕は一人議論をサボってちゃっかり僕の隣に居座っている紅井部長に思わず尋ねた。

「素人目に見ても色々と問題があり過ぎるようにしか思えないんですけど……?」

 一観衆として控えめに意見を述べる僕に紅井部長は顎に手を当てて「んー」と唸り、まるで奥歯に物が詰まったような顔で一言。

「確かに問題はちょっとあるね。……どれも役者の数が足りない」

 そっちかよ。それは問題云々の前に構造的欠陥だろ。と、思わずツッコみそうになる自分を僕は辛うじて自制した。この人とは初対面なのだ、ハルヒや長門相手のように軽々しく接してはいけない。

「……ところで、貴女は会議に参加しなくて良いんですか?」

 現実から目を背け取り敢えず別の話題を振る僕に、未だ僕の隣で油を売っている演劇部最高責任者はあっけらかんとした顔でこうのたまった。

「うん、良いの良いの。あれ全部脚本書いたのあたしだから」

 ……最早言葉も出なかった。

 などと僕と紅井部長が無駄話している間に演劇部員達の演目討議はいつの間にか佳境に入っていた。

「えー、色々意見が出た訳ですが、結局『戦うシンデレラ的ヒイロイックラヴストーリー』が一番妥当と言う事で宜しいですか」

 司会者らしき男子部員の纏めの言葉に、他の部員達は拍手で賛同の意を示す。題名すらも未定と言う行き当たりばったり感抜群なタイトルが最終決定って、それで良いのか演劇部?

「じゃあ演目も決まった事だし、あたしもこれからお客さんの相手しなきゃだから今日はもう解散しようか。あ、題名は誰か適当に格好良いの考えといて」

 今まで会議に参加していなかった癖に締めの一言だけは横から引っ攫い、何気に題名考える作業も丸投げしている紅井部長の鶴の一声に、演劇部員達は文句一つ言わずに続々と帰り支度を始める。この専制君主的な紅井部長の独裁ぶりは自称神聖かつ不可侵な絶対的存在らしい某SOS団団長に通じるものがあるが、同時にあの暴君の恐怖政治とは根本的に違う何かがあるような気がしてならなかった。……これがカリスマと言うものだろうか。

「それじゃあ、行こうか?」

 にこやかな笑顔で紅井部長は何の前触れも無く唐突にそう促し、僕が「何所へ?」と聞く前にさっさと歩き始めた。置いて行かれてもどうしようも無いので、僕は大人しく紅井部長の後を付いて行く。階段を一気に一階まで下り、一旦外に出て旧館に入り、薄暗い廊下の真ん中で紅井部長が立ち止まったのは演劇部を探していた最初に僕が最初にやって来た衣装室だった。

 紅井部長はポケットから鍵を取り出た鍵で錠を開け、衣装室の中へと入って行った。文芸部室と同じく十数畳程度の間取りの衣装室の中はハンガーラックが整然と並び、古今東西様々な舞台衣装が丁寧に保管されている。それだけを見るならば資金力のある普通の劇団の衣装室と大して変わりはないだろう。品揃えが良過ぎるような気もしないでもないが。

 ……そう、それだけならば別に良い。

 問題は舞台衣装の所々にさり気なく紛れ込んでいるネコ耳イヌ耳ウサ耳キツネ耳と言ったマニアのツボっぽい所を網羅した獣耳コレクションやら某コンセントが無ければ五分しか動かない人型決戦兵器のパイロットスーツやらやたらディテールの凝ったメイド服やら無駄にフリル満載のミニスカワンピースやら、そんなどう見ても舞台衣装とは関係無いと言うか趣味以外の何モノでも無いような代物が堂々と置かれている事にある。

 更に衣装室の奥に視線を移してみれば何かの怪獣映画にでも出ていても違和感無さそうな着ぐるみが無造作に置かれていたり、そのまた更に奥には紅白歌合戦に出ていてもおかしくないような巨大衣装が鎮座していたりと、此所は本当に高校の一部室かと目を疑いたくなるような未確認物体がゴロゴロと転がっている。

「……何さこの人外魔境は」

 普通じゃない演劇部の衣装室はやっぱり普通じゃなかった。……古泉、世界はとっくの昔に狂っていたよ。主に北高限定で。

 視界の端で紅井部長が嬉々とした表情で怪しげな衣装を吟味しているような気がするが、それを気にかけ警戒する精神的余裕は情けない事に今の僕には全く無かった。この僕の怠惰が後に朝比奈先輩の更なる悲劇を生む事になる訳だが、今は関係の無い別の話である。

 襲い来る頭痛の軍勢と闘いながら、僕は現実逃避にハンガーラックの一部を占領する獣耳コレクションへと視線を移した。思い出せばまだ未来謹製猫型タヌキが僕の部屋の押し入れに棲みついていた小学生最後の二年間、クラスのアイドルが銀河の向こうの動物の星で見せてくれたウサ耳姿や三億年前の犬猫文明国家で着けていたネコ耳はそれはもう大変良く似合っていた。そして当たり前だが、未来謹製自称猫はネコ耳を着けてもやっぱりタヌキにしか見えなかった。

 改めて演劇部の所有する獣耳コレクションを見てみよう。ネコ耳ウサ耳イヌ耳キツネ耳エルフ耳と最近流行の所謂「萌え」なポイントを確実に衝く一方で、ゴリラ耳やゾウ耳と言うような正直言って使い道に困るような代物まで手当たり次第に取り揃えているこの品揃え。耳だったら何でも良いって訳じゃない。

 そんな無節操かつ混沌とした獣耳シリーズの中で一番僕の目を引いたのは、クマ耳の後ろにちょこんとぶら下がっている黒いリスのような耳だった。あれは何だろう、モモンガ? 直接手に執り眺めてみても、微妙過ぎて一体何の耳なのかさっぱり解らない。と言うか何故僕がこんなにも獣耳に神経を注いでいるのか、それがまず解らない。……実は僕ってもしかして、獣耳萌え?

「ん? オオコウモリ耳に興味があるの?」

 新たな自分を見つけてしまい不覚にも呆然自失としていた僕は、厳選した衣装を両手にいつの間にか戻って来ていた紅井部長の声に現実に引き戻された。コウモリ耳って、一体何処からこんな用途不明なモノを調達してるんですか。

 呆れ過ぎて最早声も出ない僕の心の叫びを受信したのか、紅井部長は意味深な笑みを浮かべて口を開いた。

「これは先代の部長の作でね、イソップ童話のコウモリ役用にリス耳を改造して作ったんだ。尤も何の耳か今イチ解り辛かったから結局使われる事無く死蔵されちゃったけど」

 僕の手の中のコウモリ耳を懐かしそうな目で見遣り、持って来た衣装を一つ一つ丁寧に畳みながら紅井部長は独白を続ける。

「ーーで、より解り易いイメージをと言う事で当時の衣装担当が三日位徹夜して作ったのが、あれ」

 そう言って紅井部長が指差した先には、某昼は大富豪夜は正義の味方な有名アメコミヒーローのコスプレ衣装だった。……いや確かにあれもコウモリだけど、コウモリだけどさ。

「……きっとさぞかし素敵なヒーローショーになったでしょうね」

 そうコメントするしか無かった。

「でも著作権的な問題があってね、下手すれば国際問題にも発展しかねないと言う事で泣く泣くあの衣装も没。結局手芸部に応援を頼んで本番直前に何とか組み上げたのが、あっち」

 そう言って紅井部長が指差した先には、日曜朝七時半位にテレビの中で大暴れしていそうなコウモリを模した怪人の着ぐるみだった。ちなみに雰囲気的には登場から二十分も掛からずに特撮ヒーローに殲滅される一話限定使い捨ての下っ端怪人ではなく、出番は少ないが毎話レギュラー出演して四クール目の半ば辺りで華々しく散華しそうな幹部級だ。何と言うか、威厳がある。全くどうでも良い話ではあるが。

「……手作りだったんですか、あれ」

 手芸の域をナチュラルに超えているような気がするのはきっと僕の気のせいではないと思う。と言うか回を追う毎にどう見ても演劇からかけ離れて逝っているのは果たして如何なものだろうか。

「……そのオオコウモリ耳、気に入ったんだったら君にあげるよ」

 畳み終えた衣装を紙袋に詰め込みながら、紅井部長は僕をこの衣装室へと誘った時と同様に何の前触れも無くそう言った。別に気に入ったと言う訳ではなくそもそも蝙蝠自体過去の苦い経験から苦手や嫌いを通り越して天敵の部類に入っているのだが、それ以前に一つ気になる事が僕にはあったか。

 ……良いのか、本当に?

 あの紙袋の中身がきっとハルヒのおつかいなのだと言う事は此処まで来れば簡単に予想出来たし、実際紅井部長は当たり前のような顔をして紙袋を差し出して来た。大方中身は朝比奈先輩のコスプレ衣装の類いに使われるだろうと言う事も大して想像に難くない。紅井部長は何でもないような顔をしてハルヒに衣装を提供してくれているが、その応対が自然であればある程逆に僕は違和感と、ある種の後ろめたさを感じてしまう。本当に良いのか、と。

 一見使い道の無さそうな珍品揃いな演劇部の舞台衣装だが、その一つ一つが小さな思い出の塊であると言う事は紅井部長で良く解った。手探りな試行錯誤の積み重ね、演劇部の軌跡と歴史。それがこの山のような衣装なのだろう。些か方向性を間違っているようにも思えなくもないが。

 だけどだからこそ、僕は思うのだ。そんな思い出の詰まった品を僕達のような得体の知れない輩に軽々しく貸し出してしまって良いのだろうか。そしてハルヒもまた、演劇部の「足跡」とも言えるこの衣装を軽い気持ちで受け取ってしまって良いのだろうか。

 ……本当に、これで良いのか?

「良いんじゃないの? 別に」

 衣装の入った紙袋を受け取る事に躊躇する僕に、当の紅井部長はそう言ってあっけらかんと笑った。衣装とは着る為に存在する、薄暗い部屋の中で寂しく飾られておくべき物では決してない。それが紅井部長の言だった。

「このオオコウモリ耳やあっちのヒーロースーツだけに限らず、作られたは良いけど一度も袖を通される事無くこの部屋の奥で眠ってる衣装も結構あるんだよ。ハルヒちゃんがこの衣装を何に使うかは知らないけどさ、着てくれるんでしょ? だったらきっと幸せだよ。衣装も、衣装を作った誰かも」

 紅井部長の言葉はある意味では何の特別な教訓も無いごく普通なものだったが、何故か僕の胸の奥に重く響いた。理由は解らない。だけどこの衣装を受け取っても良いと僕に思わせる何かが、紅井部長の言葉の中に確かに存在した。

「解りました。ハルヒに渡しておきます」

 そう言って小さく頷き、僕は紙袋を受け取った。この際オオコウモリ耳もついでも貰っておこう、蝙蝠自体は僕の天敵だけど。

「細かい調整用にミシン糸も入れておいたから、ハルヒちゃんに伝えといて。透明だからどの衣装にも対応出来るけど、アイロンかけたら溶けるから気をつけてね」

 そんな紅井部長の小さな忠告を背中に聞きながら、僕は衣装室を後にした。

 これでハルヒのおつかいは完了。ミッションコンプリート、かな。


 ● ● ●


 紅井部長から受け取った衣装は取り敢えず部室にでも置いておこうと階段を登り部室棟三階文芸部室に足を運んだ僕だったが、着いた時にはまたもやドアは施錠されていた。時計を見れば五時四十分を過ぎた辺りを指している、この時間ならば皆帰っていてもおかしくはない。律儀に鍵を掛けている文芸部室本来の主である長門に恨めしさ全開に思いを馳せながら、僕は仕方無く目的地を変更した。

 踏み締める度にぎしぎしと軋む木製の古びた階段を下り、旧館から外に出て本校舎に戻り、また階段を登って渡り廊下を渡り、やって来たのは僕にとっては部室と並んでお馴染みの一年五組の教室。衣装はハルヒの机の上にでも置いてさっさと帰ろう。

 歩かされ放しだったおつかいイベントに漸く終止符を打てる事に、僕は思わず安堵の息を吐いた。そしてこのまま何事も無く帰れるであろうと言う未来を夢想しながら僕は引き戸を開け、次の瞬間不覚にも固まってしまった。

 まるで予想だにしなかった光景が、僕の目の前に拡がっていた。

 夕焼け色に染まる一年五組の教室。誰もいないと僕が勝手に思い込んでいたその教室の中には、見知った人影が二人分存在していた。窓から差し込む逆光で顔は見えないけど、そんなものが見えずともこの二人の人影が一体誰なのかと言う事は一目で解った。

 朝倉涼子と、キョン。

 夕日の差し込む放課後の教室と言うのは逢い引きのシチュエーションとしては古典的かつ一種の定石であり、実際僕も最初の一瞬は二人が逢い引きしているのだと真剣に思った。そしてこの意外なカップルの誕生にそれなりに驚愕の念を抱きながらも友人としてキョンを祝福してやろうと思い直し、明日盛大にからかってやろうと心に決めながら今日の所は恋人同士の逢瀬に水を差す邪魔者は退散してやろうと何も見なかった顔をして踵を返そうと真面目に決意した。

 朝倉が右手に無骨なナイフを握り、その切っ先がキョンの首筋に触れてさえいなければ。

「……何、これ……?」

 僕は呆然と呟いた。ちょっと待て、この状況は何だ? 何で朝倉がキョンにナイフを突きつけている? キョンは確かハルヒの『鍵』で、朝倉達にとっては重要なファクターじゃなかったのか?

「……野比君、来ちゃったんだ……」

 まるで悪戯の見つかった子供のようにバツの悪そうな朝倉の声が、僕の鼓膜を打った。その声だけを聞いただけでは、現在進行形でクラスメイトを襲っているなどとは間違っても想像出来ない。いつも通りの朝倉の声、いつも通りのクラス委員長の声。だけど、現実の姿は確かに僕の目の前にある。

 ナイフの切っ先をキョンの首筋から引っ込めながら、朝倉はゆっくりと僕の方へと振り向いた。夕日の逆光が邪魔して朝倉の顔は見えないけど、朝倉が今どんな表情を浮かべているかは何となく予想出来る。きっといつもの委員長の顔だ。あらゆる感情を微笑みの下に閉じ込めた、クラス委員長朝倉涼子の仮面。

「何やってるのさ、朝倉……?」

 混乱し錯綜する思考をそのままに、僕はふらふらと教室内へと足を踏み入れた。この際ハルヒやら朝倉の黒幕やらと言った些事はどうでも良かったのかもしれない。クラスメイトがクラスメイトを襲う、そんな異常事態が目の前で起こっていると言う現実を僕は認識したくなかった。信じたくなかった、朝倉がキョンを襲っているなど。

「来るな野比! 逃げろ!!」

 自分の方が命の危険に晒されていると言うのにそんな戯けた事を叫ぶキョンの声に、僕は漸く正気に戻った。だけど僕が改めて現状を把握するよりも前に、朝倉が動いた。

「……無駄よ」

 朝倉がそう呟いた瞬間、突如僕の視界は闇に覆われた。違う、教室の方が闇に閉ざされたのだ。天井の蛍光灯が独りでに点灯し、この閉ざされた密室の全貌を照らし出す。そう、密室。今の教室の状況を形容するにこれ以上適切な表現を僕は知らない。ドアが消えていた、窓が消えていた。廊下側の壁も校庭側の壁も、まるでコンクリートの箱の中にでも放り込まれたかのように総てネズミ色の壁に置き換わっている。

「この空間はあたしの情報制御下にある、出る事も入る事も出来ない」

 冷たく響く朝倉の声が、逆に僕の頭を冷静にさせる。どんなカラクリを使ったのかは知らないけれど、どうやら教室を一瞬でコンクリートの密室に変貌させたのは朝倉の仕業らしい。

「……どう言うつもりだ、朝倉?」

 幾分か落ち着きを取り戻した思考の中、僕は再度朝倉に問った。朝倉の顔から、微笑みが消えた。人形のように無機質な瞳が僕を射抜き、薄紅色の唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……やらないで後悔するより、やって後悔した方が良い」

 瞬間、僕の背筋は凍り付いた。やらないで後悔するより、やって後悔した方が良い。それは三年前の七夕の夜、僕自身が口にした言葉だ。

「現状を維持するままではジリ貧になる事は解ってるけど、どうすれば良い方向に向かうかは解らない。今のままでは何も変わらないなら、取り敢えず何でも良いから変えてみようと思うでしょ?」

 本当に三年前の僕の焼き増しのような事を口にしながら、朝倉がゆっくりと僕に寄って来る。

 自然と、僕は背後へと後退った。別に朝倉の握っているナイフが怖い訳ではない、と言うかそんなものが怖くて未来相手に喧嘩を売ろうなんて思わない。僕が怯えたのは、朝倉の眼。まるで総てを呑み込んでしまいそうな、深い深い暗黒色の眼。

「でも上の方にいる人達は頭が固くて、急な変化には付いて行けないの。変える事を恐れる者は、自分が変わる事も有り得ないのに。だったらもう、現場の独断で強硬に改革を進めていくしかないでしょ?」

 ドアの消えたネズミ色の壁に、僕の背中がぶつかった。朝倉はまだ歩みを止める気配は無い。リノリウムの床に延びる薄い影が、段々と僕の足下まで近づいてくる。

「……だから、あたし決めたんだ」

 朝倉の顔に見慣れた微笑みの仮面が戻り、その視線が僕からキョンへと移る。右手に握るナイフの腹をそっと撫でながら、朝倉は委員長の顔のまま僕を一瞥し、一言。

「彼を殺して、涼宮ハルヒの出方を見る」

 それはどうしようも無く間違い無く、朝倉涼子の宣戦布告だった。


ーーーあとがきーーー
 最近、利用規約に則りタイトルに壊れ表記を追加しようか迷っているグルミナです。『退屈シンドローム』第20話をお届けします。今回の文章量はシリーズ中最多です、第0話を超えました。
 演劇部が出て来ましたが、こいつらSOS団に負けず劣らずの変人集団になってしまいました。部長はオリジナルキャラの紅井あまめ、名前の元ネタは『ガラスの仮面』の紅天女です。当初の予定ではのび太の他に長門や朝比奈先輩も一緒に顔見せさせるつもりでした。そしてのび太と紅井部長が与太話している横で朝比奈先輩がハルヒに剥かれていると言うシーンも、全部没にして書き直しました。ちなみに作中の面白演目の幾つかは過去自分が書いていた未公開のオリジナルssのタイトルです。……狂っているのはグルミナの頭か。
 遂に朝倉戦が始まりましたが、三話位かけてじっくりと書いていくつもりです。次回はvs朝倉編前編、コンクリートの密室の中のび太が孤軍奮闘します。

 p.s. 先日、高校を卒業しました。

>砂糖菓子さん
 常識人を気取っているキョンですが、その常識が所詮砂の城程度のものでしかない事をこれから思い知っていくでしょうね。
 朝倉戦、遂に始まってしまいました。戦闘シーンは実は書くのが苦手なのでこれからちょっぴり不安です。
 のび太のポテンシャルはそんなに高くはありません。無駄にスキルを持ってるだけで基本スペック自体はSOS団中最弱です。所詮のび太ですので。

>さくらさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 誤字指摘ありがとうございます、修正しておきました。

>ロクバさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 のび太のプロフィールはウィキペディアに記載されている情報に準拠しているので、本当にのび太が変装の達人なのかどうかは当方にも解りません。もしかしたら某種ガンの盟主王の妻子持ち設定のように、ソース不明の都市伝説の可能性もアリです。でも、『退屈シンドローム』ののび太は変装の達人です。
 自分は中学も高校も山の上だったので、校舎内を普通に鳥が飛んでましたね。一番凄かったのは中学時代の授業中、窓からカラスが錐揉み回転しながら突撃してきた事ですね。……ドリルくちばしをリアルに見る事になるとは思わなかった。

>パーマニズムさん
 のびたはスペックアップと言うよもバージョンアップですね。OSを新しいのに変えただけでハードはそのままみたいな感じです。
 Vsのび太、まさに次回がそれです。命を賭けた真剣勝負、商品はキョン(爆

>ジャバハさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 のび太の裏プロフィールはキョンもその内知っていく事でしょう。でものび太の経歴って現在進行形で更新継続中なんですよね。きっと某終わりの無い物語のように永遠に増え続けるんでしょうね。

>蒼夜さん
 あの温泉旅館は存在します。エピローグで結婚した某触覚ヒロインもその内出したいですね。一応、のび太の隠し芸的あやとりスキル習得の元凶ですし。
 朝倉戦は今後の流れ的に避けては通れません。アニメを目標に書いていこうと思います。

>HEY2さん
 のび太vs朝倉、遂に来るべき時が来てしまいました。朝倉もバッチリ宣戦布告しちゃいましたし、もう後には退けません。
 ラブ○なとのクロスが微妙に実現したので、これでこのssの元ネタは角川×小学館×講談社の三社にまたがる事になりました。……著作権的な問題が怖い。

>meoさん
 お久しぶりです。
 誤字指摘ありがとうございます、修正しておきました。
 のび太は魔法の才能も無かったと思いますよ? スカート捲りの魔法は元々初歩の初歩な浮遊の呪文でしたし、スカートの一部分を辛うじて浮遊させる程度の才能しか無かったのではないかと予想します。
 義妹と朝倉の声の共通点については、大人の都合で気付かなかったという事で一つお願いします。

>Februaryさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 長門の眼鏡ですが、今の所はまだ考え中です。着けてた方が武装も増えるし小ネタの幅も広がるのですが、キョンにあの名台詞も言わせてやりたいですし。

>ナナシXさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 このssののび太は某ラブひなクロス作品のやさぐれのび太を目標に書いています。いつか絶対に超えてやる。
 学園都市の登場は考えていませんね。流石にストーリーが破綻しそうですし、何より出す理由がありませんから。
 オリジナルキャラの登場ですが、この紅井部長や演劇部の連中は後々もちょくちょくストーリーに絡ませたいと思っています。あらゆる意味で好き勝手出来そうな奴らですので。

>梨紅さん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 のび太は原作でも色々と多芸なので、この程度のスキルアップなら問題ないかと思います。

>rinさん
 ドラえもん世界が混じっているので、ロボットは人間臭くなるんですよ。逆に人間臭くないロボットなんてロボットではない、ただの機械です。
 あやとりで多重次元屈折現象は、……流石に無理ですね。

>鬼の刀さん
 改めてはじめまして、読んで下さってありがとうございます。受験おつかれさまです。
 のび太の進路希望と身体能力のギャップですが、まぁ「なせばなる」とも言いますしなさねばならぬ何事もです。
 え、あのブラコン義妹東大に行かなかったんですか? 漫画しか持ってないので知りませんでした。

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