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「退屈シンドローム 第21話(涼宮ハルヒの憂鬱+ドラえもん)」

グルミナ (2007-03-10 15:42)
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「彼を殺して、涼宮ハルヒの出方を見る」

 出入り口を封鎖され密室と化した教室の中、クラス委員長朝倉涼子の発した突然の殺人宣言は、一度は落ち着きを取り戻しかけていた僕の動揺を再び揺り起こすには充分過ぎる位の威力を発揮していた。

「……何言ってるのさ朝倉、笑えない冗談はやめろよ」

 こんな時に常套句しか言えない自分のボキャブラリーの貧弱さが恨めしい。もう三年以上会っていない嫌味でキツネ顔でデザイナー志望の御曹司ならば得意の口先八寸で幾らでも丸め込んでくれそうだけど、今この場にいない奴の事を考えてもどうにもならない。

「冗談だと思う?」

 朝倉はあくまで普段通りの調子で問い掛ける。優等生の仮面の裏に隠れた朝倉の真意を読み取る事は僕には出来ない。

 刹那、ナイフを握る朝倉の右手が閃いた。横薙ぎに迷い無く振り抜かれる朝倉の斬撃に僕は咄嗟に紅井部長から預かった紙袋を持ち上げ盾代わりにしたが、所詮ただの紙の塊に大した防御力がある筈も無く中身の衣装共々あっさりと朝倉のナイフに切り裂かれた。僕の身代わりにズタズタに切り裂かれた衣装が散らばる。嗚呼、……明日ハルヒに何て言い訳しよう。

「……別に貴方を殺しても構わないのよ、野比君?」

 一瞬、朝倉の双眸が妖艶に細まった。

「貴方かキョン君、或いはその両方が死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こす。多分、大規模な情報爆発が観測出来る筈。この膠着状態をどうにかするまたと無い機会だわ」

 まるで教室で女子同士固まっている時と同じ無邪気そのものの笑顔で告げる朝倉の言葉に、この瞬間僕の中の何かが切れた。

「……そんな事の為に、君は人を殺そうとしているのか?」

 自分でも驚く程平坦な声で、僕は朝倉に問った。心臓が破裂しそうな勢いで脈動し、まるで全身の血液が沸騰するような感覚が身体中を迸る。

「そんな事の為に、君は誰かの命を奪おうとしているのか? 君はそれで何も思わないのか!?」

 朝倉に掴み掛かりそうな勢いで激昂する僕の眼を正面から見返し、朝倉はまるで感情を通わせていないような声で、一言。

「思わないわ」

 その瞬間、朝倉の顔から表情が消えた。

「わたしには有機生命体の死の概念が良く理解出来ない。死ぬのが嫌とか、殺されるのが怖いとか、貴方達が自己他者を問わずその生命活動の停止を忌避している事は学習したけど、それが何故かは理解出来ない。だからわたしは貴方達を殺す事に何も思わない、何も感じない」

 まるで詩を朗読するように淡々と告げる朝倉に、僕は爆発寸前だった思考が急速に冷えていくのを感じた。朝倉は死と言うものを理解していない。だからきっと僕やキョンを殺しても、きっと本当に何も思わないのだろう。

「キョン君が死ぬか、野比君が死ぬか。貴方がわたしの邪魔をするか、しないか。今わたしにとっての優先事項はそれだけよ」

 大人しくしていれば見逃してやるが邪魔するならばお前を殺す、朝倉は暗にそう言っている。自分と友達の生命を天秤に掛けろと、僕に決断を要求しているのだ。そりゃあ人間誰だって自分の命が一番だし、友達庇って自分が殺されるなんて冗談じゃない。普通の感性を持っている人間ならばそう考えて当たり前だ、当たり前なんだよね?

 ……だから僕は、きっと普通じゃないのだと思う。

「……解った」

 呟くようにそれだけ言って、僕は不意に足元に手を延ばした。使い物にならなくなったコスプレ衣装に混じって床に転がっているミシン糸を拾い上げ、お手玉のように宙に放って弄ぶ。アイロン掛けたら溶けるって紅井部長が言っていたから、材質は多分アクリル製。一回も使われていないと言うか封すら切られていない新品だから、長さも充分過ぎる位ある。

 怪訝そうな眼で僕を見る朝倉の視線を自覚しながら、僕は徐に口を開いた。

「人間は良く『やらなくて後悔するよりも、やって後悔した方が良い』って言うけどさ、あれ絶対嘘だよ。僕はやって後悔した事もやらないで後悔した事も経験あるけど、どちらも同じ位苦しかったから」

 此処でキョンを見殺しにして自分が生き存えたとしても僕はきっと後悔に押し潰されてしまうだろうし、キョンの代わりに自分が死んだとしてもそれはそれで僕は後悔を遺すだろう。どちらがマシかなんて、考えたくもない。

 何より、喩えどちらが死んだとしても朝倉は決して救われない。死の概念が理解出来ない、朝倉はそう言っていた。違う、それは解らないのではなく知らないだけだ。これから様々な経験を積む内に、色々な人間と触れ合う内に、朝倉もきっと死の意味を知るだろう。

 死と言うものは、きっとそれ単体では怖くも何ともないものだと僕は思う。人が他人の死を怖がるのは、その人が自分の中の世界から消えてしまうから。人が自分の死を怖がるのは、自分が大切な誰かの中の世界から消えてしまうから。これは何の根拠の無いただの戯れ言だが、少なくとも僕自身はこの戯れ言を全力で信じている。だってこれは他の誰でもない僕自身が、他ならぬ僕自身の人生の中で見つけた一つの答えだから。

 朝倉が今後の人生の中でどんな答えを見出すのか、それは僕には解らない。だけどもしも今朝倉が僕達のどちらかを殺してしまえば、喩えどのような答えを見つけたとしてもきっと朝倉は後悔する。そして多分もう二度と、朝倉が昨日生徒会室で見せた優しい「人間」の顔を浮かべる事は無くなるだろう。それが僕は気に入らない。

「……だから僕は、君を止める」

 週末の探索の時に古泉相手に言った言葉、どうやら撤回する必要があるらしい。キョンやハルヒに手を出せば容赦無く潰すと啖呵切ったのは良いけど、現実の僕はそこまで冷徹にはなりきれていない。

 朝倉は止める、僕もキョンも殺されてなんかやらない。取り敢えずそれが今の僕の最優先事項だ。自律進化の可能性だとか膠着状態の打破だとか、そんな訳の解らないものの為にキョンの命や朝倉の未来が消えてしまうなど冗談じゃない。二人揃って生き延びて、何も欠けていないいつも通りの明日を迎えて、それで今日の事は青春時代のほろ苦い思い出の一つとして終わらせて、いつか酒の肴に笑ってやる。

「……出来るかしら?」

 嗤うような栄美を浮かべながら朝倉はそう呟き、ナイフを腰だめに構えた姿勢で突っ込んで来た。速い、だけど対応出来ない程ではない。それに今回は僕にもある程度の余裕があった。横に転がり込むようにして朝倉の突撃を躱し、僕は脱兎の如く駆け出した。同時に手の中のミシン糸の封を切り、クルクルと手に巻き付けながら糸を引き出す。

 僕は机の間をジグザグに縫って朝倉との間に距離を確保しようと試みるが、対する朝倉は一直線に僕に向かって来た。机が勝手に動いて朝倉の進路を妨害しないようにしているのに対して、逆に僕の周りには机の一団が包囲網のように迫って来る。まるでモーゼのようだと微妙に思ったのは朝倉には内緒だ。

 正面からは朝倉が迫る、それ以外からは机が迫る。縦方向も横方向も逃げ場無しの四面楚歌。だから僕は、取り敢えず上に逃げる事にした。バリケードの如く周りを取り囲む机の一つに飛び乗り、少し離れた別の机の上に跳ぶ。ほんの数秒前まで僕の行く手を阻んでいた机の包囲網も、上に乗ってしまえば逆に朝倉から逃げる避難路へと早変わりだ。行儀が悪いとか言ってくれるな、こう見えても僕だって必死なのだ。

「成る程、そう来るか」

 朝倉が興味深そうな顔で何やら頷きながら一人ごち、まるで魔法の呪文でも唱えるように何かを囁いた。テープの早回し二十倍速みたいなその「呪文」は、声と言うよりも寧ろ音に近かった。早口にも程がある。

 途端、僕の乗る机の周りを取り囲んでいた机の軍勢に変化が起きた。僕の足元で蠢く机の一部が宙に浮き、最寄りの机の上に乗る。僕が上方向に活路を見出したように、朝倉もまた三次元的に包囲網を展開してきたらしい。

 ……これは、朝倉からの挑戦と受け取っても問題無いんだろうね。

 僕は視界の端で余裕の表情を浮かべている朝倉を一瞥し、周りを囲む高さ二倍増しになった机の一つに飛び乗った。朝倉が再び例の早口呪文を唱え、二段積みだった机の上に更に机が追加される。僕と朝倉の間で、見えない火花が散った。と、後日キョンは語った。

 そこから先は互いに意地の張り合いだった。僕が机を登ったと思ったら、朝倉は更に机を積む。そして僕はまた登り、朝倉はまた机を積む。登る。積む。登る。積む。その繰り返しだ。僕が男の意地を賭けてひたすら上を目指したように、きっと朝倉もまたこの時、宇宙人のプライドを賭けて机を積んでいたんじゃないかと思う。

 ……話が全く関係無い路線に突っ走っていると言う事に僕が気付いたのは、七段目に突入した辺りでうっかり足を踏み外して足場の机共々ジェ○ガの如く崩れ落ちて床に嫌と言う程頭をぶつけた後だった。

「……何やってんだよ、お前は」

 呆れたようなキョンの声に、僕は漸く当初の目的を思い出した。ごめんキョン、朝倉との勝負に熱くなり過ぎていて君の事すっかり忘れてたよ。

「どうしたの? 逃げてばかりじゃ何も出来ないわよ?」

 笑いを押し殺したような顔で僕を見下ろしながら、朝倉が安っぽい挑発を仕掛けて来た。言いたい事はそれなりに解る、君を止めるとか格好良い事をほざいておきながら次の瞬間あっさり逃げの一手を打たれたらそれはもう期待外れも甚だしい事だろう。それは別に言い訳しない。だが敢えて言い訳させて貰う、僕は木登りが苦手なんだ。だから朝倉、何の打つ手も無い僕の無力を嗤わずに純粋に足を滑らせた僕のドジを笑うのは頼むからやめてくれ。穴掘って地底の恐竜の国にでも逃げたくなるから。

「……君の方こそ僕一人を捕まえるのに随分と手間取ってるみたいじゃないか」

 朝倉の挑発に僕も挑発で返してやる。目尻に涙浮かべてタンコブ擦りながら言っても格好悪いだけだと言うのは自分でも解ってはいるのだが、男の子には意地があるのだ。

「……そうね、確かにこのままじゃ埒が明かないわね」

 朝倉は考え込むような顔で左手の指先で顎を擦り、

「じゃあちょっと趣向を変えてみましょうか?」

 そう言ってパチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、僕の巻き添えでバベルの塔よろしく床に崩れ堕ちた机の一団が突如一斉に宙に浮き上がった。そしてまるで隕石のような勢いで僕に向かって落下して来る。そう言えばこの手の超能力は宇宙人の専売特許だったなと頭の隅で思いながら僕は慌てて立ち上がり、安全圏へと一目散に逃げ出した。障害物が宙に浮いている分逃げ場には事欠かないが、頭の上から机が降って来るのはちょっとした恐怖だ。

 椅子がリノリウムの床に衝突し、床をへこませながら砕け散る。生徒机がリノリウムの床に激突し、床に穴を開けながら中身を盛大にぶち撒ける。教卓がリノリウムの床に激突し、床をぶち抜いた。

 閉鎖空間の崩壊に負けず劣らずのスペクタクルな光景が、僕の目の前で繰り広げられていた。一年五組の教室は、今紛れも無く宇宙戦争の戦場だった。飛び交っているのはただの机や椅子だが。

 雨のように降り注ぐ机や椅子の間を縫うように逃げ回る僕の隙を衝くように、朝倉がナイフを振り上げながら接近して来た。僕は咄嗟に床に手を延ばし、偶々床に落ちていた誰かの三色ボールペンを拾って迫り来る凶刃を受け止める。机の中に筆箱ごと忘れて帰ったのだろうか、僕の足元には他にもシャーペンや消しゴム、中身をぶち撒けて空になったペンケースが転がっている。何処の誰だかしらないが君の忘れ物に最大級の感謝を贈ろう、君の忘れ物は僕の命の恩人だ。

「……一万円札の人はこう言った。ペンは剣よりも強し、と」

 僕は某天の道を往き総てを司る男のようにニヒルな笑みを浮かべて格好付ける僕だったのだが、

「そんな訳無いでしょ」
「そもそもその格言は『文学の力は武力に屈する事は無い』と言う意味であって、ペンが物理的に剣より優れている訳じゃない」

 申し合わせたような朝倉とキョンのダブルツッコミと共に、僕の命の恩人はあっさりと切り払われた。赤と黒のインクがまるで血のように床に滴り落ちる。すまない三色ボールペンの持ち主の誰か、僕は命の恩人を守り切れなかった。そしてキョン、君は一体どっちの味方なんだ。

 僕は手の中に残った三色ボールペンの残骸を放り捨て、大仰に息を吐きながら眼を閉じた。この至近距離から朝倉が二太刀目を振るえば、今の僕には避ける事受け止める事も出来ないだろう。大体予想していた事だ、どんなに逃げ続けていてもいつかはこうなると言う事は。

 ……そう。髭でグラサンで悪人面の某特務機関総司令風に言うならば、これもシナリオ通りだ。

「……逃げないって事は、打つ手が無くなったって事かしら?」

 朝倉の問いに僕は敢えて口を開かない。それを無言の肯定と受け取ったのか、瞼の向こう側で朝倉がナイフを構える気配を感じる。

「……ちょっと待てよ野比! 何やってんだよ!!」

 すっかりと傍観者に回っていたキョンが狼狽えたような声で叫ぶのが聴こえる。まぁキョンにしてみれば放課後の教室でナイフを持ったクラス委員長に殺されかけた上に友達が目の前で自分の代わりに殺されようとしていると言う中々レアな恐怖体験の真っ最中な訳だから、取り乱すのも無理は無い。……トラウマにならなきゃ良いんだけど。

「逃げろよ! 今ならまだ間に合うだろ!? 勝手に諦めてんじゃねぇよ!!」

 ……最初は僕の命を惜しんでくれるキョンの叫びに友達として胸の奥が熱くなったけど、こうも長々と喚かれ続けていると逆に鬱陶しくなる。キョン、煩い。

「何か最後に言いたい事はあるかしら?」

 まるで処刑執行直前の死刑囚を相手にしているような朝倉の律儀な問いに、僕は思わず苦笑を漏らした。そう言えば、昔小人の星でも同じ事を言われたな。

「……そうだね、じゃあ一つだけ」

 勿体付けるようにゆっくりと眼を開き、僕は朝倉の顔を正面から見据えながらたった一言だけを発した。

「言い忘れてたけど、僕はあやとりも得意なんだ」

 瞬間、僕の指先が閃き、空気が……動かなかった。

 朝倉はナイフを腰だめに構えたまま、まるで見えない糸にでも縛られているかのように1ミリもその場を動かない。いや、実際に縛られているのだ。朝倉の腕が、脚が、首が、胸が、腰が、全身の総てが透明な糸に絡め取られている。

 僕は目の前の空間を指で弾いた。瞬間、ギターに似た音が壁や床に反響し、同時に教室中の大気が震える。いや、正確には震えたのは大気じゃない。震えたのは僕が朝倉から逃げる片手間に教室中に張り巡らせた、ミシン糸の結界。いや、糸だけじゃない。砲弾みたいに僕を狙って落ちて来た机や椅子が、窓の消えた壁に寂しく取り残されたカーテンレールが、そして天井からぶら下がる蛍光灯さえもが、朝倉を絡めとる蜘蛛の巣の一部となっている。

「考え無しに逃げ回ってた訳じゃないんだ?」

 ミシン糸に拘束されながら、朝倉は関心したような眼で僕を見上げた。僕は口の端を僅かに持ち上げ、朝倉を見下ろしながら口を開いた。ミシン糸が制服や皮膚に食い込んでいて中々見ていて痛々しい。

「勿論考え無しに逃げ回っていたさ。だけど、別に無計画に逃げ回っていた訳じゃない」

「……どっちも同じじゃないのか?」

 キョンのツッコミを僕は取り敢えず無視した。別に言い返せなかったから現実逃避している訳ではない。

「僕の隠し芸その一、名付けて人間マリオネット。オリジナルと言うか本家本元は代々受け継がれる由緒正しい捕縛術らしいけど、僕のコレは半分独学の上に所詮趣味の延長線上だから一々糸を張って回らなきゃならないのが難点かな」

 ちなみに本家本元の使い手は殆ど指先の動きだけで対象を捕縛し吊るし上げにしてしまう化け物だ、ライバルっぽい関係にあるらしい何処ぞの剣術道場師範共々人間じゃないと思う。

「朝倉が容赦無く落として来る机から逃げ回りながら、僕は教室のあちこちに糸を張って回っていたんだ。後は諦めたフリをして朝倉を油断させて、隙を見て一気に縛り上げただけ」

 まぁ口だからこそ簡単に言えるが実際にやっている身としては実はとんでもなく神経を使っていたりする訳だが、別にどうでも良い事なのでこの場では割愛する。

 僕は次にキョンを見た。

「キョンが焦って叫んでくれた時は嬉しかったけど、実は内心ヒヤッとしてたんだ。下手に勇気出されて助けに来でもしたらどうしよう、って。キョンが糸に引っ掛かって朝倉にバレましたなんて事になったら本末転倒だからね。身の程を弁えていてくれて助かったよ」

「お前等みたいなデタラメ共の万国ビックリショーに割って入る程俺は無謀じゃねーんだよ」

 落ち着きといつもの調子を取り戻したのか、挑発とも取れる僕の言葉にキョンはクールに大人の対応を返した。だけど何気に僕も人外扱いされてるのは気のせいかな?

「野比、お前が涼宮の睨んだ通り普通の人間じゃないのは良く解った。だけど仮にも自分の命を狙ってる奴の目の前で種明かしするのは拙いんじゃないか? 漫画だろうが特撮だろうが、決着のついていない敵の目の前でベラベラと手の内を喋るキャラは大抵その後形勢逆転されて敗北って言うのが王道だ。ある意味死亡フラグだぞ」

 縛られた朝倉を警戒したまま、キョンがそう言いながら近づいて来た。縁起でもない事言うなよ。

「前半無視するけど、その心配は無いよ。見ての通り朝倉は全身を拘束されてる、指一本動かせはしないさ」

 キョンの懸念に短く返し、僕は改めて朝倉を見た。キョンの言葉も一理ある、念の為に取り敢えずナイフは取り上げておいた方が良いかもしれない。

 だけどこの時、僕は自分の勝利を信じて疑っていなかった。四肢の自由を奪われた朝倉は最早何も出来ないと安心していたし、この後何とかして朝倉を説得すれば万事解決だと思っていた。

 全部でこそないが、これで朝倉の殺人未遂騒動は終わりだと、思っていた。

 だけど僕が朝倉の右手に手をのばしたその時、止めていた筈の空気が動いた。

「……情報結合、解除」

 いきなりだった。

 朝倉が小さく呟いた瞬間、教室中に張り巡らせていたミシン糸がヒカリゴケでも生えたかのように煌めき出したかと思うと、紅茶に入れた角砂糖のように微小な結晶となってサラサラと零れ落ちていく。当然、それは朝倉の身体を捕らえていた糸も例外ではない。何それ、そんなのアリ!?

 糸の拘束から解放された朝倉は大きく背伸びしながら、制服に付着した結晶の粒子を左手で払い落としている。

「……どうするのさ、キョン。君がのたまった録でも無い未来予想図が着々と現実になりつつあるよ?」

「お前がさっさとトドメ刺さないのが悪いんだろうが。いや刺したらそれはそれで大問題だが」

 余りにも唐突な展開に僕とキョンは互いに責任を押し付け合いながら、さり気なく後退りして朝倉から距離を取る。僕の隠し芸その一が破られた時点で本当に打つ手が無くなってしまった僕だけど、実はキョンにも不思議パワーがあるとかそんなご都合主義は無い訳?

「あたしも言い忘れてたんだけどね、野比君」

 まるで世間話でもするように気軽に口を開く朝倉に、僕とキョンは自分でも笑ってしまう位に身を竦ませた。

「……情報って、弄ればこんな事も出来るのよ?」

 刹那、空間が爆砕した。としか言い様が無い。突如眼の眩むような閃光が僕の視界を奪い、気付いた時には見慣れた一年五組の教室はその面影も残してはいなかった。床や天井は焼け落ちたように崩れ去り、その向こう側には極彩色の空が拡がっている。机や椅子は粘土細工のように瓦礫と融合し、塔のように堆く延びている。

 ……そこはまさに、異界だった。


ーーーあとがきーーー
 前回の演劇部が思わぬ大反響でビックリのグルミナです。『退屈シンドローム』第21話をお届けします。
 vs朝倉戦前編の今回ですけど、何の伏線も無くいきなり糸を登場させてしまいイマイチ納得のいかないまま上げる事になりました。次に糸が登場する機会があれば、戦闘描写の研究も含めてもう少しマシな出来になるように努力していきたいと思います。

>九重 武広さん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 『狂科学者ウェストの華麗な冒険』、自分も観てみたいです。(ナニ
 元ネタは勿論某魔を断つ剣です。

>kouさん
 ミシン糸でお約束はちょっとキツいですね、細すぎますから。今回の朝倉捕縛はもう少しエロく書けたのではないかとも書き上げた後に思ったんですが、今の技量では逆に描写が解りづらくなりそうだったのでそのままにしました。エロ縛りはまた次の機会と言う事で。
 のび太とキョンの命、本当に風前の灯になってしまいましたが、それより長門が来るまでどーやって話を保たせるのかがまず問題です。(爆
 ……銃、出そうかなー。ドラえもんとジブリ作品お得意のデウスエクスマキナ手法でも使って。
 誤字報告ありがとうございます、修正しておきました。

>rinさん
 演劇部は不条理の塊です、朝倉の情報制御空間とは別の意味で異界です。
 のび太の場合寧ろ異常事態になったからこそ落ち着きを取り戻せたんですよ。JYカス委員長のご乱心には慣れていませんが訳の解らないSF的強敵相手ならば百戦錬磨ですから。普通は逆なんでしょうけどね。

>meoさん
 七人の桃太郎、四人目は某サムライトルーパーのように鎧を装着して、挙げ句お供の動物も鎧に融合合体させちゃう桃太郎なんてどうでしょ?
 谷口の乱入はしっかり用意してあります。しかもこのssの今後の方向性を決定づける重要なシーンになると思います。

>No.9さん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 のび太が異世界人ですか、中々鋭いですね。実は当初はその予定でプロットを組んでいました。この『のび太』の生まれた世界は鉄人兵団に侵攻されていましたが、このssの舞台の世界では鉄人兵団侵攻の事実はありませんから。ある意味異世界です。でも原作に本物の異世界人が出て来たら辻褄合わせが面倒になるのでやめました。

>ロクバさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
>無人島で十年間サバイバル
 ……あ、そう言えば現在進行形でまだサバイバル中なんですよね。本物ののび太。
 誤字報告ありがとうございました、修正しました。

>蒼夜さん
 演劇部の皆さんはSOS団に負けず劣らずのイロモノ揃いです。ちょこちょこと出て来てはストーリーを引っ掻き回してくれるでしょう。

>Februaryさん
 きっと誰もが勝利の鍵と目していたであろうミシン糸、あっさり破られちゃいました。本当は今回長門登場まで書くつもりだったんですけど、本編無視の男の意地と宇宙人のプライドの激突に出番を喰われました。(爆
 ……次回はシリアスに戻ります。多分。

>砂糖菓子さん
 銃撃戦、書きたかったです。というか書きたいです。銃はアンブレラマグナムリボルバーで!
 のび太はウォルターと言うよりもネギまのエヴァンジェリンに近いと思います。あそこまで反則級ではないですが。必殺仕置人云々の台詞は是非煎れたいと思っていたんですけど、尺の都合でカットしてしまいました。勿体ない事をした……。

>YANさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 パーマンとこのssの世界観の関係については、ウルトラマンメビウスが来る前の地球みたいなものとお考え下さい。他にはSPIRITS世界で仮面ライダー一号が現れる前のニューヨークとか。

>鬼の刀さん
 卒業おめでとうございます。
 小学生時より進歩したとは言えウチのssののび太は所詮こんなもんです。銃器も無ければテコンドーも使えませんし、魔導書の恋人もいなければ巨大ロボも呼べません。あくまでこののび太は一般人レベルです。
 ……でもウチののび太が一番『のび太』らしくないのはなんでだろう。

>HEY2さん
 ミシン糸はあっさり破られちゃいましたしコウモリ耳は衣装共々まっぷたつです。読者の予想を斜めに裏切る、それがグルミナクオリティ!
 ……ちなみにこのオオコウモリ耳、のび太に付ける予定です。

>Zeelさん
 はじめまして、読んで下さってありがとうございます。
 あれ? のび太スカート以外に物浮かせてましたっけ? 

>パーマニズムさん
 今回の話はシリアスとギャグの乖離に失敗してしまい、何やらぬるーい引きになってしまいました。次回は徹頭徹尾シリアスバトルで最初からクライマックスです。
 のび太の獣耳萌え設定は本ssオリジナルですが、正式に採用するかどうかはまだ未定です。

>龍牙さん
 朝倉戦は次回からが本番ですね。書く方にとっては。上の方へのレスでも書きましたが、所詮糸持ってようがスキルアップしようがウチののび太はこんなもんです。格好付けてもすぐに天狗になるから結果的に勝機を逃す。ウチののび太は三枚目〜。

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