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▽レス始

「見習いが往く 第十回(ドラえもん+機神咆哮デモンベイン)」

ガーゴイル (2007-03-03 06:17/2007-03-04 12:54)
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――始まりの鐘は、唐突で劇的だった。
正面の硝子戸が粉微塵に吹き飛び、破砕音がビリビリと空気を振るわせる。
轟音と噴煙の向う――その先には、“天使”が立っていた。
朱と金を織り合せた、強固な鋼。
仮面に隠されたその双眸には――何も浮かんではいない。
『…………』
無言で天使は地を蹴り、一足飛びに距離を詰める。
狙うは――ケースに収められた水晶髑髏!
「――のび太ァッ!!」
「はい、師匠ッ!!」
声に応じ、魔術師は駆ける。
同時、至高の魔導書二冊の頁が翼を広げるように解け、己の主と合一する。
――漆黒の魔術衣に身を包む、二人のマギウスが疾駆する――!
「ヴーアの無敵の印に於いて――力を与えよ、力を与えよ、力を与えよッ!」
指にて印を刻み、口訣を唱える。
焔が奔り、手の中に鋭き刃が鍛造される。
魔刃にて魔杖たる存在――バルザイの偃月刀である。
対するのび太も、己の刃を召喚する!
「深淵より来たれ、忌まわしき番よ……ッ!」
頁が水煙と化し、手中にて凝結、結晶する。
鱗状の刃紋を持つ双刀、ダゴン・ハイドラだ。
刃を執る二人のマギウスはすぐさま斬りかかり、その切先は真直ぐ天使を捉える――だが!

「「――――なッ!?」」

天使は両の手の甲で、刃を見事受け止める。
刀身は半ば装甲を斬り裂くが、両断には至らず――その刃は、天使の刃金の骨肉にて絡め捕られる。
『…………ッ!』
一呼吸。
その動作のみで、刃ごとマギウスは放り投げられる。
双翼を羽ばたかせ、二人の魔術師は体勢を立て直すが――全てはもう遅かった。
天使は戦乱の渦を抜け、硝子ケースへと拳を伸ばし、一息で砕く。
甲高い音色と共に、砕け散る硝子。
キラキラと輝く欠片を纏い、天使は鎮座する髑髏へと手を伸ばす――
「させるかぁッ!」
疾く速く、九郎が刃を展開し、偃月刀を投げ放つ。
高速で回転するそれは、障害物などモノともせず、一直線に空を断つ。
髑髏を小脇に抱えた天使は、虚ろな眼で一瞥し、空いている方の手で拳を作り――

――裏拳。

人類など遥かに凌駕した人外の反応速度と動体視力により可能となる、常識外れの一撃。
拳は的確に回転する偃月刀の峰へと中り、そして弾く。
ひしゃげるような音色と共に、偃月刀は力を失い、明後日の方向へと吹き飛ばされる――
「――今だ、のび太ッ!!」
激が飛ぶ。
魔術師の声に、天使は視線の方向を変える。
見れば、死角の更に死角から、鋏刀を握り締めるマギウスが高速で忍び寄っていた。
「――――ッ!!」
無声の気合、裂帛の気迫。
鋏が狙うのは、髑髏を支える腕。
その二対刃は確かに装甲と咬み合い――
『……………ッ!』
叩き折られる。
中指を立てるように握られた拳の尖角が、鋏の刃と刃を繋ぐ合わせ目を正確に貫き、刃を砕いたのだ。
無論、天使も只では済まず、前述の二撃も含め、夥しい斬撃痕が両腕の装甲へと残る。
しかし大して気にした様子も無く、髑髏を確保した天使は翼を広げ、退こうと背を見せた。
彼女は失念していたのだ。
三人目の“敵”を――
「――私を忘れてもらっては困りますね」
ファィティング・ポーズを取る、執事ウィンフィールド。
タンタタンと足元は軽やかなステップとリズムを踏み、その視線と拳は凍て付くほど冷たく、鋭い。
「――フッ!!」
弾けるような呼吸、同時、引絞られた弓矢の如く、ウィンフィールドは疾駆する。
軽やかなその肉体は一瞬で天使の懐へと入り込み、その拳は装填される弾丸の如く、限界まで張り詰められたバリスタの如く、力を蓄え、そして――!

「奥義――鎮魂曲・怒りの日」

放たれた拳は天使の鳩尾を穿った。
装甲は軋み、内部機構は掻き乱され、回路/鋼線/鉄骨が貫かれ、破砕した。
しかし。致命傷には至らない。
相手が人間ならば、喩え魔術師であろうとも背骨をも砕く必殺の一撃も、異形のマシンが相手では僅かに力不足だ。
砕かれた装甲を庇うように、掌で押さえ、天使は広げた翼に紫電を纏う。

<LIGHTNING FLUSH>

閃光。
眩き光が視界を飲み込み、目蓋を灼く。
――光が晴れたそこには、既に天使の姿は無かった。
だが、遠くからまだ、羽ばたきと電子の火花の音色が聞こえる。
遅くは無い、遠くも無い。
故に――追撃が始まるのだ。

これが――長い長い一日の始まりだった。


――町の片隅。少し大きなアイスクリームショップ。
そこの真っ白なテーブルに、くするは目をキラキラさせてついていた。
「るゆー♪ あいす、あいすー♪」
こんもりと硝子の器に盛られた、色とりどりのアイスクリーム。
小さなスプーンを懸命に操って、アイスの山に挑むくする。
口の周りにクリームの髭が出来てしまっているのはご愛嬌。
にぱっと笑ってアイスを頬張るくするは、見ているだけで心が安らぐ。
――というか、余りの可愛さに約一名壊れている。
「はぁ……はぁ……はぁ……ニコニコ笑ってアイスを食べるくするちゃん、白い液で顔をべたべたにしてるくするちゃん、はぁ……はぁ……はぁ……」
「静香ちゃん、鼻血。あと少しでいいから人目を気にして」
鼻血を垂れ流す静香に、スネ夫はそっとティッシュを差し出す。
静香のバニラアイスは、クランベリーソースをかけたかのように真っ赤に染まっていた。
「全く……ジャイアンは何食べる?」
「ん――カツ丼」
スネ夫はイスごとこけた。
「じゃ、ジャイアン……流石にアイスショップにカツ丼は――」

あったりする。

スネ夫は改めて現代経済の歪さを思い知った。
「――お、うな丼もあるな。両方頼んでいいか?」
最早何も言うまい。
人生って何だろうってスネ夫がアンニュイに浸った、その時だ――
蕩けた顔でアイスを頬張っていたくするの顔が強張り、彼女は目を見開いて――
「――お姉ちゃん、伏せて!」
え? と聞き返す間も無く――

天空で、旋風が炎える――!

町は、騒然となるのだった。


眼下で慌てふためく民衆を目にし、のび太は焦ってしくじったと舌打ちを突く。
焼け焦げた翼と術衣に魔力を通し、修復を開始。
目の前には、拳に雷を纏わせ、拳撃を揮う朱い天使
そして、漆黒の刃に炎を載せ、剣の雨を見舞う黒きマギウス。
雷撃が、剣風が、炎が、鉄拳が……!
横入りする隙など微塵も無い、怒涛の応酬。
刃が肩を狙えば、拳は肋骨を狙い、炎が渦を巻けば、雷撃が中心を穿つ。
刃の腹で拳を防ぎ、逆立てた羽根で剣を払い、炎と雷はお互いを喰らい消滅する。
一進一退、千日手。
そして――
『…………ァッ!!』
顔面狙い。スパークする拳が、九郎の顔へと迫る。
勢い良く拳が鼻骨を圧し折り、砕く。
だが、

「――残念、偽者だ」

砕ける。
九郎の全身に無数の皹が奔り、一瞬で粉々に砕け散った。
現実と虚構の境を曖昧にする、ニトクリスの鏡。それの幻影である。
現実の裏側、虚構の向こう側から、漆黒の弾丸が飛び出す――!
「俺は――ここだァ!!」
その手には黒と銀の兇器。
右には重厚なる赤。苛烈なる赤。装飾を施されながらも無骨。何より兇暴。前面下方に設置された弾倉に闘志を装填する破壊の象徴――自動拳銃“クトゥグア”
左には精錬された銀。沈美なる。研ぎ澄まされた刃の如く美麗。何より冷酷。6ある弾倉の最下部より死を吐き出す殺意の象徴――回転式拳銃“イタクァ”
二挺の殺意をその手に従え、腕を交差し、水平に構える。
――無数の殺意が、一瞬で撃ち尽くされる……!
灼熱、爆熱、焦熱。
冷却、極寒、凍結。
莫大な熱を持つ獣牙が焼き尽くし、撃ち砕き、焼滅。
吹き荒ぶ凍て付く風が奪い尽くし、狙い貫き、凍滅。
しかし、その対極の破滅を受けて尚、天使は揺るがず、負けを知らない。
両腕の装甲が螺旋状に啓く。
スパーク。
啓いた装甲は激しく回転し、火花が激しく明滅を繰り返す。
生じた雷は両の腕に蓄積され――腕は、まるで雷の螺旋の如く、牙を剥く。

<SPIRAL SMASH>

渦巻く雷の嵐。
銃弾は悉く渦に捕らわれ、飲み込まれていく。
囚われ、もがく焦熱と冷気。
それ等を突き貫け、天使の拳が飛ぶ。
展開した偃月刀の刃でそれを防ぐが、僅かに浅い。
間を置かず、拳の連撃が驟雨の如く襲い掛かる――

――甘い。

笑みを浮かべ、九郎は後ろへと退く。
彼の影には――
「デイープ・ワンズ、一点集中……一斉射撃ッ!!」
無数の羽根を従える、魔術の徒が一人。
放たれる無数の爆光。
それ等一つ一つが、破壊の力を凝縮させた滅の光だ。
触れれば字祷子が悉く喰い尽され、砕かれ、焼き尽くされるのみ――
光を見止め、天使はすぐさま拳を退き、翼を大きく広げる。
満ちる火花、雷華。
羽根が抜け落ち、紅き雷の爆弾と為り、降り注ぐ……ッ!
閃光と紅雷がぶつかり合う。
風が炎え、空気が弾け飛ぶ。
鉄をも融かす灼熱の吐息。
黒衣が風を弾き、熱から術者を護るが――それでも追い付かず、黒衣の端は徐々に焼け焦げていく。
無論、天使も又、熱に打ち負け、徐々にその装甲は焼け爛れていく。

雷、光、炸裂。雷、光、炸裂。雷、光、炸裂。雷、光、炸裂。雷光炸裂。雷光炸裂。雷光炸裂。雷光炸裂雷光炸裂雷光炸裂雷光炸裂雷光炸裂雷光炸裂雷光炸裂雷光炸裂――!

それは、終末にも似た光と熱の豪雨。
地上の人間達は、慌てふためき、叫びを上げる。
そして、悲劇は起こる。

――天使の放った一撃が、僅かに軌道を狂わせ、地へと墜ちた。

元々の推進力に重力加速度の後押しを得、空気摩擦により一際激しく燃え滾る雷。
紅い断末魔は、一直線に地へと向かった――


紅い光を見止め、静香の思考は一瞬、活動を停止した。
非現実な光景、在り得ざる現象、しかし、魂と記憶に刻み込まれた経験が――それの存在を認めてしまった。
危ないと思っても、足が動かない。
向うに吹き飛ばされた友と愛すべき幼子が叫び、懸命に走り寄る――が、間に合わない。
雷が弾け、ビルの一角を吹き飛ばし、墜ちる瓦礫の影が――頭上を覆った。

あ、死んだ。

静香は冷静に、そう結論した――


――機械仕掛けの脳髄に、ノイズが奔る。
それは歓喜、それは絶望、それは憤怒。
感情も記憶も無い、悪夢によって形作られた回路と骨子に、夥しい熱と冷気が同時に満ちる。
エラーか、それともバグか。

如何でもいい、そんな事は――如何でもいいッ!

吼える。
それは忘れた筈の――イノチの叫び。

“止めろ……我に従え! 貴様に自由など無い!!”

五月蝿い。黙れ。消えろ。
何かが弾ける音がする。
それは糸を千切る音。
人形を縛る、操りの糸を断ち切る音だ。
視界に映るのは、只一人の姿のみ。
死に瀕する、一人の少女。
何もかも忘れ、何もかも失って――それでも、覚えている。

この魂が、“失われた”時間を――未来を。

何を覚えているかさえも解らない。だけど、これだけは言える。
助けなくては――あの人を。
絶対、助ける――否。助けたい……ッ!
脳内で、体の中で、悪意が叫ぶ。
糸を新たに紡ぎ、自分を縛ろうとする。
ふざけるな――
身体が紫電に包まれる、迸る雷が糸を焼き尽くす。
明滅する電気仕掛けの脳髄に、フラッシュバックする映像。

それは――

『私は――……』

天使になる、とそう言った――

風が、吹いた。


――九郎が動くよりも速く、のび太は四枚に増やした翼で空を吹き飛ばす。
それは墜落にも似た、超高速の音速飛行。
垂直に地面へと飛ぶ彼は、風を斬り、音を超え、友の居る所を目指す。
速く、速く、速く――もっと速くッ!
限界が何だ、無理が何だ!
もっと速く――でなければ、助けられない!!
のび太の神経伝達速度が加速する。
目は雷光の瞬きをも見切り、耳は風の声音を聞き分け、肌は目にも見えぬ塵の感触を判別する。
世界が、加速する――
「ルル、全魔力を加速に回して――早く!」
「うんっ!」
翼が赤く脈打つ。
無数のパネルが収束し、装甲翼は更に力強く羽ばたく。
しかし、それでも追い付かない。
影は、静香を押し潰そうと――ゆっくりと迫る。
「間に合えぇぇぇぇぇッ!!!」
加速する魔力に耐え切れず、全身の毛細血管が音を立てて破裂を繰り返す。
血汗と血涙が意思とは無関係に溢れ出し、全身を紅く染め上げる。
紅い残痕を残し、漆黒が墜ちる――!

だが、

稲妻が、残痕を追い越す――
「な――ッ!?」
驚愕。
それは高速世界でも捉えきれない、神速の雷。
光すらも追い越す、素粒子レベルの加速世界。
刃金の雷が、翔ける、翔ける、翔ける――!

風を震わせる残響は、悲しみ、怒り、憎しみ、そして憬れにも似た――叫びであった。


目を瞑り、末期を待つ。
暗闇が世界を覆い、彼女を押し潰す、その瞬間――

<MAXIMUM――ELECTRONIC SMASH>

熱。そして爆音。
肌をチリチリと焼く高熱圧と共に、鼓膜が破けんばかりの破裂音が直ぐ傍で炸裂する。
更に、目蓋を閉じていて尚、網膜を焼く――凄まじい閃光。
熱風、轟音、そして凶光。
その全てが収まったのを見計らい――静香は恐る恐る、目蓋を開く。
そこには――

稲光を纏う、戦天使の姿。

啓いた腕の装甲から高圧電流の残滓をちらつかせ、全身から夥しい残熱を放射する、絡繰仕掛けの人形だ。
天使は、冷たいが――微かに熱の篭った瞳で、静香を見つめていた。
「――あ」

フラッシュバック。

見た事も無い筈なのに。初めて会う筈なのに。
何故か静香は一瞬、彼女を……“懐かしい”と、そう思った。
『…………』
噴煙と稲光を引き連れて、静香を助けた天使は、無言で歩み寄ってくる。
冷却機構により急速に冷やされ、展開された装甲は通常形態へと戻る。
そして、ゆっくりと――静香の身体を掴んだ。
「――え?」
疑問の声に、天使は答えず――天へと、飛んだ。
浮かぶ。
天使に半強制的に導かれ、静香は空を舞う。

簡単に言うと、拉致られた。

「き……きゃあぁぁぁぁぁぁッ!?」

状況は全く好転せず、静香の悲鳴が虚しく響く。
――その姿は、天使諸共空の彼方へと、消えたのだった。


「――お姉ちゃんッ!?」
連れ去られる静香を見て、くするは悲痛な声を上げた。
短い脚で頑張るが、手は届かない。だから――
「るゆ……ッ!」
魔力を編み、式を織る。
アル・アジフの施した封印が制御を掛けてくるが、一切無視。
手指で印を切り、ほんの一瞬だけ、その身に秘めた膨大な魔力と忌まわしき瘴気を解放する!
「るゆぅぅぅぅぅ――ッ!!」
世界が発狂する。
アスファルトの大地に無数の亀裂が奔り、縦横無尽に張り巡らされた水道管が一斉に弾け飛ぶ。
噴き上がる水柱。
激しき水の流れは瘴気と魔力により、己の形を確定し、仮初の命を得る。
それは、単眼の水蛇だ。
水は見る見るうちに濁り、腐り、澱む。
汚泥と腐水により構成された水蛇は威嚇音を上げ、高速で疾駆する天使を狙う。
だが――

電光→発熱→爆散ッ!

その工程はコンマ一秒にも満たない、一瞬の出来事だ。
忌まわしき水蛇は呆気無く消滅し、結果、反動が全てくするに跳ね返る。
細腕に奔る無数の青筋、破裂する血管、砕け散る肉と骨。
――印を結んだくするの右腕が、ズタズタに引き裂かれた。
激しい痛み。悲鳴が出ないほどの、凄まじい痛みだ。
神経までやられたのだろう。傷口自体に焼きごてを押し付けられたような、重い熱が生じる。
迸る血液。地面に生じる血溜り。全身が、赤く赤く染め上げられる――
幼子は、悲鳴も上げず、血溜りの中に倒れ伏した。
「――くするッ!」
地へと降りたのび太とルルが、急いで駆け寄り、抱き起こす。
のび太とくするの血が混じり合い、二色の赤が二人の身体に鮮やかなグラデーションを描く。
構わない、躊躇しない。
抱き締める。愛おしい存在を。
傷付きボロボロになったくするの右腕に治癒魔術を施し、のび太は必死に呼び掛ける。
「くするっ……!!」
全身血塗れ、白い肌に染み込む赤。
それが酷く美しく――恐ろしい。
のび太の神経に、恐怖の冷たさが浸透する。
薄らと力無く、くするが瞳を開く。
「あ、ぱぱ……」
「しゃべっちゃだめ。じっとして」
そう言ってミニマムモードのルルは、くするの頬に付いた血を拭う。
「でもまま、お姉ちゃんが……」
「――安心しろ。俺達も居る」
声の方を見ると、そこにはマギウス・スタイルで空に浮かぶ九郎とアルの姿が。
「くする、良く頑張ったな。――後は我等に任せろ」
「……やだ」
アルの言葉に、くするは静かに、しかし力強く否定を返す。
何? とアルは目を見開く。
ヨロヨロとくするはゆっくりと立ち上がる。
その目に宿るは、苛烈な炎。
それは意志だ。
――くするは、静かに意志を燃やしていた。
「くするも行く。お姉ちゃんを――助けにいく」
そう言って、くするは瞳を閉じ、傷口に魔力を集める。
――胸の中で、忌まわしき力が激しく鼓動する。

“世界”が繋がる。

死の夢を見る邪悪なるモノと、その欠片たるくするの世界が、微かに繋がる。
ボロボロに傷付いたくするの右腕は、ずるり、と溶け堕ち――再び己の容を取り戻す。
無数の顎門と鮮血色の眼が存在する、異形の腕。
しかし、その姿は一瞬で切り替わり、人の腕の形へと変わる。
「――もう、くするは逃げないよ。眼を逸らさないよ。どんなに傷付いても、どんなに苦しくても――助けたいって気持ちがあるから。この気持ちは、決して消えないから。……これは、ぱぱとまま、そして九郎お兄ちゃんとアルお姉ちゃん達が教えてくれた事だよ」
それは護りたいと思う意志。
それは父の怒りであり、母の祈り。
それは――斬魔の意志、無垢なる祈り!
呪われた邪悪な力をも利用し、成し遂げたいという、只管な幼子の純粋な気持ち――
「――くする」
のび太は軽く溜息を吐いた。
そして、肩の上に飛び乗ったルルへと顔を向ける。
ルルも、微かに苦笑の表情を浮かべ、首を振って答える。
それに、のび太は困ったような表情で――首肯した。
「参ったなぁ……」
しかし、迷いは無い。
既に、その意志は決まっている。
師匠へと顔を向けると、彼等はしたり顔で。

「流石はくする――汝よりもしっかりしておる」
「言えてるな」
「お黙りやがって下さい、師匠」

少し傷付くのび太だった。
はぁ、と再び溜息。
「くする――危ないから、僕とルルよりも前に出ちゃ駄目だよ」
「――うんッ!!」
手を取る。
優しく、そして強く、お互いを確かめ、慈しむかのように――握り締める。
そして、声が唱和する。
それは呼び声だ。
命無き鋼鉄の獣、刃金の牙にして鋼の騎馬たるモノを呼ぶ――魂の咆哮。
蒼き空に、声が響く。

「「「――“blue fox”ッ!!」」」

空間が弾ける。
エキゾーストが激しいビートを奏で、大地に火炎の轍を刻み残す。
それは蒼き鋼鉄を纏う、人造の獣。
魂無き、科学の落とし子。
名を――“blue fox”。蒼き狐。
突き上げるような排気音は心強く、その人造の瞳に宿る輝きは魔を断つ刃金の煌き。
四肢の代わりに二輪で大地と天空を駆ける、天衣無縫のサイドカー。
それが、魔学兵装“蒼き狐”。
見習いマギウスの親友が遺した、最高傑作である。
シートに跨り、ハンドルを握る。
サイドには娘が飛び乗り、空には翼を広げた師が飛翔する。
アクセルを引絞れ。エンジンを過熱させろ。ただ前だけを見ろ。
――無垢なる獣は、歓喜のエキゾーストを響かせる。
「――のび太!」
声が飛ぶ。
そこには、二人の友。
のび太はにこりと笑い、グッと親指を立てサムズアップ。
――親友達も、親指を立てて笑みを返した。

「――往くよ」

風が破裂する。
否。我等は風と為るのだ。
疾風の如く、迅雷の如く、駆けていく。
追う為に、助ける為に、護る為に――
闘為る者達は――駆けて往く!


海原に赤き日が落ちる。
水面は鮮血にも似た輝きに満たされ、揺ら揺らと不確かにその身を震わせる。
潮風が鼻に突く。
そこは、海に面した都市の端の端。
埠頭、いわば港である。
しかし、そこは既に打ち捨てられ、忘れられた場所であった。
元は倉庫であったのだろう、赤錆に塗れた金属の壁。
瓦礫とポンコツが無残に転がる、既に朽ち果て、風化した、滅びの場。
そんな、イノチすらも存在しないそこに――二つ、影が落ちていた。
一つは鋼、戦、血染め色の天使。
一つは人、命、血の通ったか弱き少女。
膝を折り、少女は地べたに腰を落としたまま、微動だにしない。
否、出来ないのだ。
――目前で黙したまま、仁王立ちする天使が居るからだ。
仮面に隠れた冷たい眼で、静かに少女を見つめ続ける天使。
何を考えているか、解らない。
静香は何か言おうとするが、意思に反して声は出ない。
――萎縮しているのだ。
声帯が張り詰めたかのように緊張し、全身の筋肉は雁字搦めに縛られたかの如く、指先一つ動かない。
只、凍り付き、無形の金属塊と化したかのように――動かない、動けない。
汗も涙も流れない。
ただ、無感動な時間が過ぎていく。
その時だ。
『――何故……』
天使が言葉を綴る。
まるで壊れたラジオから発せられているかのような、罅割れたノイズに満たされた、とても少女のモノとは思えない声。
『――何故……』
再生機能が狂ったレコーダーのように、ただただ同じ言葉を繰り返す。
『――何故、何故、何故……ッ!!」

何故、と。

泣き叫ぶ迷い子のように、理不尽な理由で親を失くした幼子のように、光を見失った亡霊のように――
天使は、何故、と繰り返す。
『何故、私は貴女を助けたの? 何故、私には何も無いの? 何故、何故、何故……! 貴女を見る度に! 動力機関が掻き乱される! センサーが狂う! ありもしない“映像”が頭脳に浮かぶ!! 何故、何故、何故ッ……何故なの!?』
静かを引き摺り起こし、胸倉を掴み上げる。
苦しげな表情を浮かべる静香。
しかし、天使は狂ったように。
『私は貴女なんて知らない! 否――私には“何も”無い筈なのに!! ノイズが、バグが、エラーが!! 私を狂わせる! 全て貴女の所為!! 何故なの――ッ!!』
叫ぶ。

『貴女は――私の何なの!? 教えてよ……私の事をッ! 何でも良いから、名前だけでも、私の事を……教えてよォッ!!』

操り人形の叫び。
それは、喪われた筈であった感情の復活。
今彼女の全てを占めているのは、悲しみ、怒り、絶望、そして祈りと羨望。
たった一つの希望と可能性に縋って、彼女は泣き叫ぶ。
教えて、そっと囁いて。

“私”の事を 少しでも良いから 

抱えていた水晶髑髏を投げ捨てて、天使は慟哭する。
それは――全てを見失った、子供のようだった。
静香は何も言えない。
だが、何故だろう。
既に恐怖も畏怖も無かった。
ただ、彼女が――可哀相に見えた。
それは同情ではない。
ましてや代償でも偽りでもない。
心の底から、静香は彼女が可哀相に思えた。
夕日が、朽ち果てた大地に差す。
赤き光に照らされる、少女と天使。
同時、潮と錆とオイルの臭いを孕んで、風が吹く。
風と赤い光の中、静香は見た。
天使、仮面に覆われた頭蓋。

そこからたなびく――“桃色”の長い髪を。

――瞬間。静香の中で、全ての欠片が合致した。
記憶、疑問、既視感、感情、魂――!
全てのピースが当て嵌まり、爆発する。
それは、忘れようとも忘れられない、魂の記憶――
「まさか、あなた……!?」
その時、

“――いい加減に、しろぉぉぉぉぉ!!”

闇が、天使から噴き出す。
それは悪意、邪悪、瘴気――
闇黒をそのまま結晶化させたかのような、どす黒い気配。
闇色のオーラは天使を飲み込み、屈服させようと、神経を苛む。

“貴様には何も必要ない! 貴様は人形だ――我等に従う、哀れな人形ッ! 人形は使われるだけで充分だ……感情も魂も記憶も必要も無いのだァァァァァ!!”

身勝手な悪意。光を蝕む瘴気。許されざる邪悪――
“ソレ”は天使を肉体的に精神的に、支配していく。
『あ、アアァァァガアアアアアァッァァァァッ………ッッッ!!!』
身体を縛る呪詛の糸。
精神に鋳型が嵌められ、拘束される。
――天使は、闇黒へと堕ちて往く。


噴き上がる邪悪の意思。
虚空を踏み締めて疾駆する“blue fox”に跨り、のび太は焦りを見せる。
「――不味い!」
――頁が舞う。
二重螺旋を描く紙吹雪は、蒼の装甲に纏わり付き、ユーグリッド幾何学を全て無視してその容を組み替える。
サイドカーが、大型武装二輪へと、姿を変えた。
「おーるこんぷりーと……!」
更に加速。
赤光を弾き、魔弾の如く、空を突き進む――そして、

闇の中に、翔び込んだ……ッ!

――纏わり付く瘴気、果実が腐り果てたかのような甘い腐臭。
そこは既に、闇の領地と化していた。
さほど時間もかけず、目的の二人は見つかる。
崩れ落ちた静香と、俯いた姿勢で動かない天使。
「……ぱぱッ! お姉ちゃんを――」
「解ってる……ッ!!」
背の娘に応え、のび太は全身に防護の術式を展開。
そのまま、静香の下へと、突っ込む!
だが――闇は、全てを赦さない。
身勝手な悪意を、押し付けてくる。
『鬼殺ァァァァァァッ!!』
拳を放つ堕天使。
その挙動は、今までの全てを超えている。
――輪の一部を、粉々に砕く。
獣は脚をもがれ、無様に地べたを這いずる。
術者と精霊と娘は、非情にも、大地へと投げ出された。
しかし、そこは然る者。
翼で姿勢を制御し、制動をかける。
腕の中に娘を抱き、軽やかに魔術師は地面へと降り立った。
「くする、静香ちゃんの所に。こいつは――僕が引き受ける」
記述選択。
頁が抜け落ち、手の中でマテリアライズ。
それは渦巻く風、名状し難き者の力。
ここで一つ解説と補足をしよう。
――元々ルルイエ異本とは、水の支配者“大いなるC”を崇拝する書物である。
故に、敵対神性であるハスターの力とは窮めて相性が悪いが、その力を使用出来ないのかと問えばそうでもない。
明確な敵対神性である、風の支配者“ハスター”。“大いなるC”の復活を阻止する者に力を貸すと伝えられる、流浪するモノ。
その実体は極めて不確かで、正体は定かではない。
だが、対処法が無いのかと問えば――答は否である。
存在するのならば、それと対抗する術は必ず存在する。
ルルイエ異本に記される無数の邪神崇拝の記述の中には、そうした対立神性“ハスター”への言及、若しくは彼の存在への“対処法”が存在しているのだ。
のび太が使う魔銃“ハスター”は、そうした記述から術式を編み、魔導器へと組み込ませた……言わば、変則的な魔法の杖なのである。
元々のび太は、魔術師としてはまだ未熟。故に余りにも強大な“大いなるC”の力の制御に、肉体と精神が耐え切れないのだ。
――故に、そこで考えられたのがハスターの力。風の力で水の邪気を抑え付ける。対症療法。

未熟なのび太が“大いなるC”の力を借り受けられるようになるまで、と謂わば補助器として造り出されたのが――魔銃“ハスター”なのである!

風の中で緑光が集う。
生まれ出でる旧式手動長銃。
担ぎ、構え、狙う。
照準の中で踊るは、闇に堕ちた機械仕掛けの天使。
十字の狙いは――仮面の中心へと、定められた。
躊躇いは死に繋がる。
故に魔術師のび太は、反射的に引き金を引こうとする。
だが、しかし、その時だ。
くするに抱き起こされた静香の、悲痛な叫びがのび太の指先を僅かに曇らせた。
「――ッ!? のび太さんッ! 駄目ェッ!! その子は――――ッ!!」
しかし、間に合わない――

風の塊が、天使の眉間で弾けた。

鉄さえも容易く砕く、刃と衝撃の暴風。
弾かれたように首が大きく仰け反り、苦痛の呻きさえも漏れない。
人ならば、首が折れるか頚椎がイカれるか――それぐらいの大衝撃。
しかし、人ならざるチクタクマシンは、全く大事無い。
ゴキゴキと首を鳴らし、顔を真直ぐに戻す。
しかし、直接暴風弾を受け止めた仮面の被害は甚大だった。
大きく皹が無数に奔り、今にも砕けそうな気配である。
否、既にボロボロと破片が零れ落ち、その全体は現在進行で崩れていた。
そして――

快音を立てて、面が割れる。

顔面を拘束していたモノが喪われた事により、その素顔と長い髪が完全に露になる。
流れ落ちる、桃色の輝くような艶の長い髪。
光を弾く、磨かれたような美しさの白い肌。
洛陽に照らされる、無機質ながら穏やかな顔立ち。
その全てが――彼と彼女にとって、見覚えがあった。

彼――のび太は驚愕により言葉を喪う。
彼女――静香は予測が的中した事に、彼女も又、言葉も無い。

溢れ出す闇、邪悪、狂気。
全てが現実感を失う。
のび太は掠れた声で、呟くやふに、天使の名を呼んだ――

「……リ、ル……ル……?」

――歴史改変により、永遠に消失した“殺された未来”と共に消えた機械少女、リルルの変わり果てた姿が、そこに在った。


天使――否、リルルは応えず、無言で拳を揮う。
その顔には狂気のみ。
操られ、奪われ、全てを失くした哀れなヒトガタ。
何も解らない、何も得られない――そうなった少女は、とうとう自意識さえも奪われて、ただただ攻撃を繰り返すだけの存在となった。
如何すれば良いか、のび太には解らなかった。
予想外としか言えなかった。
彼女は天使になっていた――そう、闘う為の天使と為って、敵と為って、この世界に戻ってきた。
ならば、闘うしかないのか? 倒すしかないのか?

――殺すしか、ないのか?

呆けるのび太。
そのマヌケなツラに――バァンッ と重い一撃が炸裂した。
リルルの攻撃ではない。
攻撃の主は――ルルだった。
何時の間にか元の大きさに戻った彼女は、夢を見ているような空ろな瞳で、彼の瞳を真直ぐ見つめ、
「――しっかりして」
それは叱咤だった。
彼女なりの、のび太への叱責だった。
彼が悩んで、呆けたままでは如何にも為らない。むしろ実態が悪化していくだけ。
助けたいのなら、護りたいのなら、ボケっとしているな。
紅く腫れた頬に手を添えて、のび太は呆気に取られたかのように、言葉を失う。
そして次の瞬間、彼は表情を覚悟の容に改める。
「そうだね。僕がしっかりしなくちゃ――駄目だよね」
目線が鋭く、細くなる。
視線の先には、闇色のオーラに囚われたリルルが居た。
何も無い狂気の表情で、拳を握るリルルが居た。
のび太は頷き、覚悟を決めて――突っ込んだ。
マギウスウイングを斬撃形態へと移行させ、四の閃を同時に放つ。
拳が消える。
五月雨の如き拳の弾幕が、同時に放たれた四撃を迎え撃ち、全てを叩き落す。
拳に穿たれた翼は紙片を散らし、バラバラに引き千切られていく。
「――――ッ!!」
翼を退き、代わりにのび太自身が拳の雨の中へと身を投げ出す。
放たれる高速の連撃。
だが、その全てが――弾かれる!
種は、のび太の周囲を浮遊する装甲パネル。
防禦術式“ルルイエの守護”をダウンロードした、ディープ・ワンズである。
拳一発に付き、ディープ・ワンズが五、過負荷に耐え切れず破壊されていく。
――弾ける、弾ける、弾ける。
ディープ・ワンズが破壊される度、リバウンドにより神経が焼き切れ、血管がぶち切れていく。
だが、少しも怯まず、揺らがない。
痛みも苦しみさえも耐え切り、忘れ、喩え“死んでも”――のび太は退かない!
拳の弾幕を突っ切り、のび太はリルルの懐深くへと潜り込んだ。
予想外の事態に、リルルの判断が一瞬遅れる。
のび太はすかさず、術式を展開。
選択した術式は――拘束術式“九頭龍”。
九の竜頭が掌から生じ、その強靭な顎と体躯を以って、リルルの全身を束縛する!
だが――それでも時間稼ぎにしかならない。
瘴気と雷撃が竜頭を焼き払い、呪縛を少しずつ解呪していく。
身体が壊れても、砕けても、滅びても。
機械の少女は、痛みを覚えず、苦しまない。

だって、ソレを感じる意識さえも、奪われたのだから――

右の下腕が千切れ、断面から鋼線と鉄骨と回路の破片が顔を覗かせる。
しかし、狂った少女は頓着せず、まだ無事な左腕の拘束を無理矢理破壊し――握った拳を、天高く振り上げた。
終わりだ。そう告げるかのように。
拳が、振り下ろされる。
その時――

「――止めて、リルルッ!」

少女の声が、全てを停めた。
静香だ。
下手をすれば発狂しかねないこの絶対狂気の領域で、脂汗を浮かべながらも、彼女は二本の脚でしっかり立っていた。
立っているのも辛いだろう。本音を言えば、ここから逃げ出したいだろう。
しかし、彼女は逃げない。自身がソレを許さない。
彼女の中に、友を見捨てるというふざけた選択肢は――元から存在しないのだから。
拳を止め、リルルはレンズの瞳を大きく見開く。
視線の先、静香は……泣いていた。
ぼろぼろと大粒の涙を零し、だけどそれでも、彼女は確りとリルルを見つめていた。
「お願い、リルル――もう止めてッ! もうこれ以上、傷付かないで……!」
泣いていた。友を想って。
沢山傷付いて苦しんで、でも、泣けない彼女の代わりに。
全てを奪われ失って、泣き叫ぶ彼女を想って。
そして――何も出来ない、何もしてあげられない自分が悔しくて悔しくて。
只自分に出来るのは、泣く事と、名前を呼ぶだけだ。
――機械仕掛けの人形が何よりも求めていた、名前を……
ふらつきながらも、確実にゆっくりと、リルルに歩み寄る静香。
くするが必死に止めるが、静香は聞かない。
リルルは――黙って、静香を見つめていた。

“――殺せ”

渦巻く闇、リルルの中で澱む闇が、そう命じる。

“――ソイツを殺せ。ソレはお前を惑わせる、狂わせる。殺せ、殺すんだ……早くッ!!”

しかし、リルルは動かない。
呆けたように、静香を見つめる。

“何をしている! 早く殺せ! 拳を突き立てればそれで終わりだ! さあ、早――”

「――嫌……」
闇の言葉は、遮られた。
リルルの、拒絶という意思によって。

“……何?”

闇が問い返す。
信じられない、そんな意味を篭めて。静かに問い返した。
「……嫌、嫌、嫌……――絶対に、嫌ッ!!」
リルルは答える。
失われた筈の感情、意識。
しかし彼女は取り戻す。
その声には涙が混じり、怒りが混じり、激しくココロを燃やす。

「嫌よ――出切る訳が無いッ! 殺せるわけが無い……静香さんを、のび太君を――大事な“友達”を殺せるわけが無い!!」

失われた全てが、戻る。
意識、感情、記憶――そして、魂。
機械仕掛けのピノキオは、愛おしい親友の涙によって、心と魂を取り戻した。
ソレは奇跡だ。
人によって作られ、人によって呼び起こされる――奇跡という名の必然だ。
「だって、だって私は――……ッ!」

彼等の為に、天使になったのだから――

“フザケルナァァァァッ!!”
闇が苛烈に吼える。
神経を、精神を、肉体を。
最早、修復不可能になるまで破壊しようと――
だが、忘れてはいないか? 
奇跡は、まだ続いている――

『――ふざけているのは、どっちだ?』

漆黒の弾劾。
ソレは凝縮されたエーテルの塊だ。
実体無き異形さえも撃ち伏せる、破魔の鉄槌。
夕日の中、赤き天空に――闇色の天使が、羽ばたく。
紅き光の中、黒き闇が顕現する。
瞳が輝く。
鉄が踊る、羽が舞う。
闇の中に――刃金の天使が舞い降りた。

『暗黒天使サンダルフォン――推して参る』   

漆黒の刃の――復活であった。


「さ、サンダルフォン!? ど、どーして……」
突如現れたサンダルフォンに、のび太が驚く。
サンダルフォンはのび太の方を向き、何でも無いような口調で。
『――あの程度で、俺が死ぬわけ無いだろう? 自己修復装置をフル稼働させて傷を塞いだ後、ハンティング・ホラーの追尾装置とミラーカタパルト発生装置で、ここまで全速力で駆けつけて来た――大した事じゃ無い』
サンダルフォンの台詞に応えるかのように、何時の間にか“blue fox”の隣に鎮座していた漆黒の大型二輪――ハンティング・ホラー――がクラクションを鳴らした。
「んで、俺達がこいつのナビゲートをしてやったわけだ」
更に声が飛ぶ。ご存知、元祖魔導探偵“大十字九郎”その人である。
肩の上では、SDバージョンのアルが胸を張り、
「うむ。まあ、その所為で少々遅れたが――まあ赦せ」

うわあ腹立つ。

心の中でこっそりのび太はそう想うが、口には出さない。出したら最後でごうとぅーへるだから。
『そういう訳だ。――さて、随分ふざけた真似をしてくれたな、下衆が』
怒りを露にするサンダルフォン。
彼は正義とは決して口にしない。
彼の行動理由は怒り。赦せない、そう想う気持ちが闇黒の翼を突き動かすのだ。
正しき怒り、無垢なる憎悪。
彼もまた、魔を断つ者なのである。
『どうも貴様のやり口は、俺の感に障る。――大人しく正体を見せろ』
有無を言わせない口調。
――押し黙る闇。
だが、次の瞬間――

“は、ハハハハ、ハハハハハハハハハハハハ――――ッ!!”

壊れたように笑い続ける悪意。
狂ったように、否。既に狂った存在は、可笑しくて仕方がないと、嗤い続ける。

“舐めた真似をしてくれるのはどっちだ……赦さん、貴様等は――皆殺しにしてくれる”

ドロリ、と“闇”が零れ落ちる。
同時、リルルは苦悶の表情で、地面へと倒れ伏した。
「――リルルッ!?」
駆け寄ろうとする静香。
だが、近寄ったのび太が押し留める。
二人の目前で、更に更に闇が零れ落ちていく。
ドロリ、ドロリと。
粘着質の液体、いや、ソレはゼリーにも似た、緑色の半固体生物。
鋼の隙間から、右腕の断面から、リルルの全身から――緑色の粘着く闇の液体が、零れ落ちていく。
のび太と静香の顔が強張る。
彼等は知っていた、ソレの正体を。
宇宙に巣食う、悪意の塊の名を――!

「「――アンゴル、モア……ッ!!」」

“覚えていてくれたか……嬉しいぞ、地球の子供達よ。嬉しくて嬉しくて……ハラワタが煮えくり返るッ!!”

それは予言に記された、恐怖の大王。
決まった形を持たぬ故に、命無き物に寄生し、姿を偽る悪魔の生物。
遠い昔、全身を固められ、ブラックホールの中へと消えた筈の存在。

“私は帰ってきた、蘇った! “あの方”に力により――更に更に強力な存在となって!!”

――更に広がる、緑の汚泥。
そこ等じゅうに転がるガラクタ、ポンコツ、瓦礫、鉄屑を取り込んで、身体の中で自由自在に組み上げていく。
そして――悪夢が、組み上がる。
継ぎ接ぎの巨人。
全長七十mを超える、異形の怪物。
ソレは全身の隙間に緑色の粘液を満たした、悪魔の借体だ。
更に眼を引くのは、巨人の胸の部分。
出鱈目に組み上げられたガラクタの隙間に、気を失ったリルルが組み込まれていた。
顕現した邪悪なる存在。
戦士たちの眼が、鋭く光る。

“――おっと、コレを忘れてはいかんな”

巨人の手指が、小さな何かを摘み上げる。
――水晶髑髏だ。
アンゴルモアは拾い上げた髑髏を、丁寧に摘み、そして――

“往くがいい、望む所へ――!”

投げる。
不可視の力が加わり、物凄い速度で髑髏は海の向うへと飛んで往く。
それを見止めた九朗は、鋭い表情で声を飛ばす。
「のび太ッ! 追えッ!!」
「し、師匠!? 何言ってるんですか!? だって、アンゴルモアが――」
「何を言っているのは、汝の方だ。――この程度の輩、我等の敵では無いわ」
反論しようとするのび太を、一刀両断したのはアルだ。
その眼には、只真直ぐで強靭な煌きが宿っていた。
「で、でもリルルが――」
「あの子、お前の友達なんだってな――」
のび太の瞳を、九郎は赤へと変貌した瞳で見据える。
思わず気圧されてしまう。
軽く笑顔を浮かべ、九郎は応える。
「言ったろ? ちったぁ頼れって。ソレとも何か――俺とアルが信用出来ねえのか?」
その問い方は卑怯だ、とのび太は想う。

信用していない訳――無いではないか。

『俺も加わらせてもらうぞ。――倫敦での借りを返さなければならない』
マスターオブネクロノミコン、闇黒天使。
この面子に、反抗できる訳が無い。
ふぅ、と諦めたように溜息を吐き、
「――お願いします。リルルを……助けてあげて下さい」

「「――応よッ!!」」
『任された……ッ!』

快い返事を聞き、のび太は背を向ける。
肩の定位置に小さくなったルルが降り立ち、髪を掴んで座った。
同時、主の要請に従い、蒼き狐が空を滑って横に付く。
「ぱぱ、くするも忘れないでよ?」
ちゃっかりシートに乗っていたくするの言葉に、のび太は苦笑を浮かべた。
目指すは海、水晶髑髏の向かう先。
――倒してやる、とのび太は誓う。
友を傷付けた、苦しませた黒幕を――叩き潰すと、胸に誓う。
「――往くよ!」
爆裂にも似たエキゾーストが、耳に心地良く響いた。


空へとカッ飛んだ武装二輪の姿を見送り、改めて魔術師と戦天使は悪意へと向き合う。
『――君はこいつに乗って、安全な場所まで逃げろ』
ハンティング・ホラーを自動操縦へと切り替え、静香に促す。
しかし、静香の顔には躊躇うような表情が浮かんでいた。
ふっ、とサンダルフォンは仮面の下に微笑を浮かべ、
『安心しろ。あの子は――必ず助ける』
嘘偽り無い言葉。
それを聞いて尚、静香にはまだ躊躇があったが――自分が足手纏いになってはいけないと思い、大人しくハンティング・ホラーに乗る。
――少女を乗せた大型バイクは、軽く音速を超えて、安全な場所までブッ飛ばすのだった。
『――さて、如何する? 大十字九郎、アルアジフ?』
「決まってるだろ――アルッ!」
「うむ、何時でも往けるぞ」
彼等の意思は決まっていた。
解り切ったサンダルフォンの問いに、“魔を断つ者”達は強い頷きを以って応える。
始めから理解していたサンダルフォンも頷いて、彼等から離れ、距離を取る。
今から始まる、儀式の邪魔にならぬ為に――
マギウスウイングが解け、無数の長方形へと姿を変える。
詠唱形態――魔導書が最大の力を発揮する形態だ。
そして、彼等は唱える。
聖句を謳う。鋼を、刃金を、“魔を断つ剣”を呼ぶ――世界最強の聖句を謡う!

「憎悪の空より来たりて――」

ソレは燃え滾る憎悪の空より零れ落ちた、一雫の涙。

「正しき怒りを胸に――」

ソレは穢され奪われた命の流した血に宿る、正しき怒り。

「「――我等は魔を断つ剣を執る!」」

二人の声が重なる。
誓いと祈りが重なる。
ソレは求める声。
剣を、我等に剣を。――魔を断つ剣を呼ぶ、強き願い。

「「汝、無垢なる刃――デモンベイン!!」」

ソレは無垢なる者、ソレは無垢なる刃、ソレは“DEMONBANE”! 
自らを“魔を断つ者”と名乗る、最弱無敵の刃金、神を超えし不折の剣!
聖句に応えるかのように、天空に光が集い、螺旋を描く。
雲は吹き飛び、空は割れ、雷が轟く。
光の中心――無数の可能性の渦が集い来たりて、己の存在を確定させる。
在り得べからざる物質が、其処に存在するという限り無く零に近い可能性。
無数のゼロが集約され、其処に完全なるイチが生まれる。
――可能性に導かれ、荒れ狂う紅い空に、“魔を断つ剣”が生れ落ちる――!


I'm innocent rage.

I'm innocent hatred.

I'm innocent sword.

I'm DEMONBANE.


機神の咆哮を聞き、邪悪が慄く。
――その名はデモンベイン。
因果を超え、魔を断ち斬る神殺しの刃。
邪悪全てをブッ飛ばす、荒唐無稽のデウス・エクス・マキナ。

今此処に――日出ずる国に、魔を断つ剣が降臨する……!


あとがき
いい所で切ってすいません(土下座
第十回、今回は最速でお届けしました!
何とか出せたよデモンベイン! やっと出せた嬉しいよ!!
次回はデモンベイン主役のバトル、無論サンダルフォンも活躍ですよ!
では、恒例の返信と往きましょう!


>名前など無いさん
ハスター云々に関しては文中で述べた通りです。まあかなり後付ですけど(笑
殴り合いに関しては、のび太もまあ鍛えてますし、何よりノリですから。それに、殴り合いに必要なのは筋力だけじゃあないですよ。急所を的確に狙い貫くとか、ね?
うい、次回も頑張りますよー!


>鈴音さん
はい、初めましてですよー。
確かに……もしかして22世紀の教科書に載ってるかもしれませんねえ、のび太。もしくはタイムパトロールの要注意人物リストにとか(マテ
私の作品ですか? えーと、今集中的に書いてるのはネギま!とFateのクロスと、同じ場所に投稿しているネギまオリジナル主人公短編連作、それと別所に投稿しているエヴァンゲリオンと終わりのクロニクルとのクロス作品ですね。多分もーちっとあるかもしれませんが、絶賛停止中なので(汗
私みたいな駄目人間……尊敬なんてそんな(汗
では。次回も宜しく!


>なまけものさん
うい、まいどどうもですー!
誤字脱字報告マジで感謝、有難うデス。即刻修正しました。
――なんでそー鋭いかなー(汗
ネタ元は大体そんな感じ。幽霊城は好きなエピゾートなので。
うい、次回も頑張りますよー!


――では皆々様、次回にて又お会いを

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