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▽レス始

「見習いが往く 第九回(ドラえもん+機神咆哮デモンベイン)」

ガーゴイル (2007-02-28 01:08/2007-02-28 14:24)
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――そこは仄かに明るく、広大な空間だった。
元は白かったのであろう、無機質な壁面は無数の弾痕により穿たれ、黒く変色している。
と思えば、ある壁はまるで炎熱に焼かれたかのように爛れ落ち、ある壁は瞬間冷却されたかのように罅割れている。
死に体とでも、言うのだろうか。
傷付くも、しかし尚も揺るがず、壁はそこに在り続ける――
そんな、壁に囲まれた空間に、無数の音が響く。
鉄が吼える音、氷雪が泣き叫ぶ音色、灼熱が猛る音色。
鉄刃が飛び、風が吹き荒れる。
音の中心は――表すなら、人外の戦場であった。
そこに居るのは、外道の技を扱う者達。
「……ッ!? デイープ・ワンズ、収束ッ!!」
死角からの斬撃に対抗すべく、書の衣を纏う魔術師は翼を集め防御を行なう。
しかし、無意味――
回転する魔刃はまるで紙切れでも断つかのように、容易く翼の防御を切り裂く。
だが、それすらも予想の範囲内だ。
「――ッ!!」
破裂音を立て、マギウスの身体が一瞬で大加速を得る。
斬られた翼を爆薬に仕立て、加速剤としたのだ。
加速する肉体に急制動を掛け、のび太は空を裂く魔刃を霊視る。
対する刃――その名は“バルザイの偃月刀”。
魔の技により鍛造された、魔刃に魔杖と為る存在。
その鋭き刃に、斬れぬモノは無い――
高速で回転し、遮るモノ全てを断ち切らんとする刃。
不気味に輝くその刃筋を見、我知らずのび太は冷や汗を流す。
――その時、彼の背後で影が二つ、翻る。
一つは赤、もう一つは青。
対照的な色を纏う、全く同じ造形の存在。
同一にして対等なるモノ――それは、双子の少女だった。
全く感情の色を宿さない、まるで人形のように無機質に輝く二対の瞳。
全く同じ動作で、一対の少女は猛禽の如く襲い掛かる。
「――のびた! ろいがーとつぁーるッ!!」
相棒たるルルイエ異本が警告する。
振り返るが、ワンセコンド遅かった。
卑猥なる双子――“ロイガー・ツァール”は既に間近に迫っていた。
刃へと変貌した細腕を振り上げ、赤と青の少女は同時に攻撃を仕掛ける。
これが白兵戦なら、決定打であっただろう。
だが――のび太の得手は剣ではない。
射手を自称する彼の得手――それは、
「――空の彼方により来たれ」
手に風が渦巻き、瞬時に固定化する。
生まれたのは緑色に輝く長銃。
「イア、ハスターッ!!」
双子の双刃よりも速く、弾丸を装填し、構え、撃ち放つ。
弾丸は風へと変じ、不可思議な嘶きと共に鎌風を撒き散らす
撃鉄音が二度響き、風は二つの異形の頭蓋を同時に撃ち砕いた。
しかし肉も骨も血も飛び散らず、少女だったモノは一瞬でその形を失い、紙片へと転ずる。
のび太は目も向けず、視線は空を漂う。
見えない敵を警戒するかのように。
道理である。何故なら、見えないだけで、敵はまだまだこの場に居るからだ。
「…………」
神経を張り詰め、意識を世界へと流し込む。
魔術的な隠蔽を施したのなら、喩えどんなにそれが完璧だろうと、世界に綻びが生ずる。
それを読み取るべく――のび太は目に映る全ての世界を魔術的に解析していく。
――瞬間、

ぞくりと、悪寒が背筋を気持ち悪いぐらいに撫でた。

翼を用い、能う限り加速する。
すると、どうだろうか。
とある空間に無数の皹が奔り、硝子の砕けるような感触と響きと共に、丸太のような豪腕がのび太が居た場所を地盤諸共粉砕する。
同時、砕けた“偽の空間”は渦を巻き、欠片が新たな虚像を作り出す。
現れ出でたのは、白き衣を纏う褐色の女。
現実と虚構の境を曖昧にする魔術具、“ニトクリスの鏡”の化身だ。
更に、欠片の渦の中からもう一つ影が生ずる。
漆黒色の肌を持つ、人とも獣ともつかぬ異形のモノ。
夢の国のングラネク山に棲むといわれる、奉仕種族“ナイトゴーント”である。
幻惑の魔具、そして強靭なる闇の獣。
――攻撃は、正に刹那であった。
迫り来る拳目掛けて、銃弾を一発放つ。
鼓膜を強く揺さぶる颶風の咆哮。
乾いた音を立てて、拳はミンチと化す。
生じた一瞬の隙を突き、のび太は再度翼で風を弾き、急加速を取る。
しかし――その先には、
「――……! しまったッ!?」
魔の閃き。
幻惑の影から、輝きを纏い白く燃える刃が飛び出す。
バルザイの偃月刀だ。
死角の、更に死角。
狙い済ましたかのように、輝く刃が喉元へと迫る――!
咄嗟に銃身に強化の呪紋を載せ、刃を防ぐが――勢いは尚も止まらず。
銃身に皹が奔る度、フィードバックが激痛となって脳髄を掻き回す。
神経が熱湯に浸される感覚、手指の感触は痛みのみへと代わり、破裂した毛細血管が肌を赤黒く変色させる。
冷や汗は脊髄に強烈とも言える死の気配を伝え、恐怖を喚起されたのび太の心臓は狂乱のリズムで暴れ狂う。
刃に圧され、ハスターが砕け切る。もう駄目だと思った――正にその瞬間!
「――ほばくけっかい……ッ!!」
刃に、無数の牙が突き刺さる。
黒き刃を噛み締めるのは――九つの首を持つ邪龍。
邪神の化身の一つ――ルルイエ異本に記されし拘束術式“九頭龍”である。
しかし――やはり、拮抗までには至らない。
バルザイに皹が奔る度、九頭龍も又、魔力のぶつかり合いに耐え切れず、弾けて消える。
「ありがとう、ルル」
だが、時間を稼げればこっちのものだ。
砕けたハスターを還元し、両手を無手の状態に戻す。
すると、翼から羽根が抜け落ち、紙片へと還り、両の手に収束していく――!
「ダゴンッ! ハイドラッ!」
生まれ出でたのは、二振りの湾曲刀。
弓形に曲がった刀身は水に濡れたかのようにぬらぬらと光り、刃を形成している鋼自体はまるで鱗を織り合せたかのような奇怪な造りだ。
銘を“ダゴン・ハイドラ”。
“深きものども”を従える夫婦神の名を冠する、呪われし双剣である。
柄の部分を交差させ、魔力を籠める。
鱗状の刃がはらりと解け、二色の色が混じり合い、新たな姿を固定化させる。
出来上がったのは、巨大な鋏型の凶器。
鱗状の刀身は片刃から両刃へと変わり、その異様な気配は大鋏というよりも処刑鎌を思わせる。
――……一応言っておくが決して“ゴンドラ”などと言う戯けた銘で呼ばぬよう気をつけられたし。
同時、九頭龍も限界を向かえ、一気に砕け散る。
勢いを取り戻すバルザイとダゴン・ハイドラの双刃が咬み合い、金属音と共に火花が散る。
拘束術式によって疲労していた所為か、一瞬の拮抗の後、バルザイは銀の鋏に噛み砕かれた。
快音を立てて砕ける鉄。
その破片は卑猥なる双子同様、紙片へと転じ、虚空へと還る。
――風に乗り、二重螺旋を描く紙片の群れ。
その隙間から、覗き見ていた者達が飛び出してくる。
片腕を無くした悪魔、幻を纏う邪悪な鏡。
のび太の動きは、迅速だった。
融合形態から双刃形態へと切り替え、二つの刃を其々の方向へと投げ放つ。
必中と両断の呪を含む二つの魔刃は、各々軌跡を描いて――脳天へと突き刺さる。
だが――瞬間、二体の異形が粉々に砕け散る。
幻影だ。
乱れ散る鏡の破片が輝きを放ち、一瞬、のび太の視界を晦ませる。
光に乗じ、二つの怪異が此方に迫る。
しかし――最早、彼は視覚で世界を捉えてはいない。
世界と神経が繋がる。肌が粟立ち、超常の感覚が襲いくる怪異を睨め付け、自然と身体が狙いを定める。
羽根が舞う。
デイープ・ワンズが迎撃の光を纏い、四方八方三百六十度に展開。
遠慮皆無の全方位射撃。
怒涛の一斉掃射が、空間を埋め尽くす。
為す術も無く、悪魔の総身が撃ち貫かれ、光の中へと消える。
しかし――
のび太の目前――台風の目ともいえる斉射の中心空間――が歪み、瞬きする間も無く白衣の魔女が顕現する。
ニトクリス。
鏡の化身たる彼女には、光の概念術はあまり効果が無かったのだ。
指先を針へと変え、ニトクリスはのび太の腹へと狙いを定める。
しかし――のび太の反射速度はそれよりも速い!
「――ルルッ!」
名を呼ばれただけで、ルルはのび太の意図を理解する。
思いは共に在り、常に通じている。
魔術師の番いたる魔導書は、自らの記述から最適のコードを選択。圧縮解凍。
のび太の目前で、無数の魔術信号が螺旋を描く。
一文字一文字が、狂気を齎す異界の情報の塊。
世界を侵し、神経を犯し、異なる法則が具象化する――
ニトクリスの指先が、渦巻く情報に触れる。
瞬間、ニトクリスを構成する字祷子が――喰われた。
指先から肘の辺りまでがごっそり消失し、喉から怪鳥の如く不気味な悲鳴が迸しった。
字祷子を飲み込んだ渦の隙間から、光が見える。魔の輝きが不気味に明滅を繰り返すその様は、まるで生物の瞬きを思わせる。
「――あたっくふぁいあーうぉーる」
攻撃型防御術壁。
迂闊に触れれば、結果は焼き尽くされるのみ。
片腕を失い、体勢を崩すニトクリス。
その隙を逃さず――二度、彼女の背に衝撃が突き刺さる。
天へと放ったダゴン・ハイドラだ。
弧を描いて宙を舞っていた刀は、血と魔力を求め、己の役目を果たす。
背を刃で貫かれ、ニトクリスはその場に跪き――頁へと戻った。
「――これで、四。次は……ッ!?」
息を吐く間もないとはこの事か。
ニトクリスを屠り、一瞬気を抜いてしまったのび太の背後に、巨大な影が降りる。
振り向く間も無く、全身が粘着いた糸で拘束され、更に昆虫めいた節足が絡まる。
糸、そして蟲のような外見――
「……アトラック・ナチャかッ!」
甲殻と女性の上半身を持つ異形――巣掛けるもの、“アトラック・ナチャ”。
ギチギチと威嚇音を鳴らし、鋭き節足でのび太の身体を締め付ける。
「……舐めるなぁッ!!」
発声と同時、糸に捕らわれた術衣が紅く発熱する。
第二の皮膚と化した魔術衣の表面で荒れ狂うのは、物体化した魔力そのものである。
血管の如く、黒い衣の表面を縦横無尽に走る魔術回路。
動作そのものが魔術式となり、意を篭めるだけで発動する――!
「マギウス・ウイング……ッ!!」
弾け飛ぶ。
糸を突き破り、節足を斬り飛ばし、悠々と天を突くそれは――黒き装甲翼。
しかし、通常の翼とは明らかに違う。
先ずは大きさ。目視で楽に三mを越える、鶴翼を思わせる巨大な漆黒。
次にフォルム。滑らかな闇色の表面は赤い脈動に覆われ、末端は鋭く研ぎ澄まされ、触れるだけで斬り刻まれそうな威圧感を湛えている。
最後に――その数。翼を構成するディープ・ワンズの数は明らかに増しており、パネルを継ぎ合わせたかのような、その独特な装甲翼は一対二枚から二対四枚へと増殖していた。
「――だんぜつ……ッ!!」
口訣が放たれる。
瞬間、頁の表面に無数の呪的信号が奔り、四の翼が閃く。
決着は一瞬。
アトラック・ナチャの硬い殻の表面に無数の黒い線が奔ったかと思うと、次の瞬間、ばらばらに崩れ落ちる。
鮮やかな切れ味。精錬された翼の動きは光よりも速い。
四散する血肉は、力を無くし本来の姿である頁へと戻っていく。
連発で襲ってくる、異形の者達。
辛くも撃退に成功したが、のび太とルルはそろそろ限界が近い。
どうしたものかと、思考を疾走させる。
だが――運命はまってはくれない。

――……ぞく……っ!!

言い表せない“恐怖”。
直感で、のび太は四翼を広げ、その場を飛び退く。
同時、今まで彼らが居た場所が――燃え上がり、凍結した。
見れば、そこには存在が二つ。
炎を従える褐色の女性、極寒を纏う白磁の女性。
秘める魔力は尋常ではなく、圧倒的な気配に一瞬意識が飛びそうになる。
見ているだけで神経が焼かれるような、脳髄が凍らされるような、凄まじい威圧。
――フォマルハウトより来るもの、炎の神性“クトゥグァ”。
――風に乗りて歩むもの、風の神性“イタクァ”。
最強の二。
その恐ろしさは、チカラを借り受けていたのび太達には、文字通り痛いほど良く解る。
無言で二柱は、手を振り上げる。
瞬く間も無い。
それだけで空気は凍結し、燃え盛る。
軌跡は青白い凍と燃の二色と為り、螺旋を描いてのび太を襲う。
「――ルルッ!!」
「…………ッ!」
判断は迅速。
飛び退くと同時、四翼の内二枚に術式を乗せ、前面に展開し神の二撃を防禦。
眩い閃光。
赤蒼と白がぶつかり合い、凄まじい爆圧と光量を生む。
拮抗するまでも無く翼は砕かれ、燃やされ、完全に消失。
――衝撃に、為す術も無く飛ばされる。
「ぐ……ッ!?」
咄嗟に残された双翼で制動を掛けるが、それでも衝撃全ては殺し切れない。
有りっ丈の術式を翼と両腕に回し、前後から同時に制御。
しかし、その隙を態々見逃してやるほど、目の前の二柱は甘くない。
陽炎。
寒波。
相反する二つのチカラ。
氷雪が全てを停止させ、炎熱が全てを焼失させる。
静と動、炎と凍、絶と滅。
反するモノであり、そして齎す意味は同一。
破壊が、迫る。
「――ダゴン・ハイドラッ!!」
声に反応し、地に転がっていた双刃が宙を舞い、再び主の手の中へと戻る。
刃を重ね、魔力を乗せる。
組み上げた刃は結印と為り、防禦術式“ルルイエの守護”が前面に発動。

――爆滅。

極低温と超高温が重なり合い、刹那の静寂が生じ――全てを吹き飛ばす爆鳴と轟音が空間を引っ掻き回す。
そして――のび太は飛び出した。
両の刃で爆焔を切り裂き、煙と衝撃に紛れて一か八かの奇襲を掛ける。
無論、それを笑って赦す訳も無く。無情に二柱は迎撃の一撃を、のび太に向かって放つ。
赤と蒼の矢。
直線軌道のそれを、のび太は真っ向からひたり、と見つめ――身を捻る。
動作はすぐさま回避へと繋がり、その動きはまるで直柱に纏わり付くコイルの如く、螺旋の軌道を描いた。
矢を避け切り、回転したままクトゥグァとイタクァへと特攻するのび太。
この行動は予想外だったのか――ほんの一瞬、動きが止まる。
その一瞬の綻びに全てを賭け、のび太は両の刃を二柱の胸に――衝き立てた。
手に伝わる鈍い感触。心臓を斬り裂き、確かに抉り潰す手応え。
血を吐くクトゥグァ・イタクァ。
その全身は焔と吹雪へと変わり、次の瞬間には雲散霧消した――
「――ふう」
二柱の消滅を見届け――そこで漸く、のび太は安堵の息を吐いた。
目立った攻撃系断章はこれで全ての筈だ。
故に、ここから先は片手間でも大丈夫だろう。
そんな一瞬の緩みが――全ての明暗を分かつ。

キリキリキリキリキリ――!

闇の中、光の中、不気味な響きが全てを巻き戻す。
それはネジの軋む音、歯車が軋む音、不自然と為った時間が軋む音――
音に釣られ、全てが逆行する。
散った炎と吹雪が凝結し、女性へと姿を戻す。
刃が輝き、闇夜から夢魔が這い出し、鏡は不気味な異形を照らし出す。
双子は手を繋いで風へと乗り、天へと掛けられた巣からは女郎蜘蛛が顔を覗かせる――
そして、その中心には、一人の少女が居た。
感情も息吹も存在しない、エプロンドレス姿の自動人形。
首から下げた大きな懐中時計が、無情に時を刻む。
「チコクダチコクダ、タイヘンタイヘン――」
アリスインワンダーランドでも気取っているのだろうか。
兎を模した少女人形――“ド・マリニーの時計”――は、逆行時間を順行時間へと戻す。
全ての時間が逆戻り。倒した筈の全ての断章が、綺麗に復活していた。
「は、ははははは……」
引き攣った笑みを浮かべるのび太。もう笑うしかない。
肩ではルルが、ふうと諦めた表情で溜息を吐いた。
そして――

「嫌ァァァァァァ!! いい気になってごめんなさぁぁぁぁぁぁぁいッ!!!!!」

――阿呆なレベルの大魔力が、のび太を一斉にフクロにしたのだった。


同時刻。
世界の何処かの海上。
其処は――嵐の真っ只中であった。
竜と死神が刃と爪を交差させ、残響は刃風と為りて全てを斬り刻む。
高速、神速、超速。
余りの速さに、時間も空気の流れも追い付かない。

それは――速さの闘いでもあった。

翼が広がる。
死神は一瞬で己の身を飛行形態に組み替え――竜の腹へと突貫していく。
渦巻く風は船首で螺旋の楔と為り、光すらも切り裂いていく。
轟っ、と空気が引き裂かれ、悲鳴を上げる。
そんな音すらも、死神は易々と砕き、追い抜いていく。
――嘶き。
竜の咆哮が風を巻き込み、螺旋と為りて死神を迎え撃つ。
死神の尖角と暴風の切先が拮抗し――次の瞬間、風は乾いた破裂音を残して、砕けた。
見事、尖角は竜を貫いた。
――しかし、僅かの間を置いて、砕けた竜は旋風へと変じ、その姿は再び完全なるモノへと戻る。
風であるが故に、万物流転。決まった形を持たず、物理攻撃は無意味に等しい。
『だったら……ッ!』
死の翼が死神へと戻る。
大鎌には渦巻く風が纏わり付き、風が轟ッと唸る度に、全体から凄まじい雷華が迸る。
『ラ・イ・ゲ・キィィィィィィィッ!!』
鎌を振り上げ、空間を断つ。
刃筋は風。衝撃は雷。
斬撃は瞬時に竜巻へと変じ、渦巻く風に囚われた竜の身に雨霰と言わんばかりに雷の洗礼が降り注ぐ。
風に身を削られ、雷に身を吹き飛ばされ、その時初めて、竜の喉から悲鳴にも似た痛々しい嘶きが漏れる。
好機、と見て、鬼械神の眼が鮮烈に輝く。

『……真っ二つにしてあげる!!』
『――早まるな、レディ!』

逸る娘に、叱咤の声を投げかける狩人。
しかし、少し遅かった。
稲妻と旋風を引き連れ、死神は鎌を振り上げ、更に更に更にギアを上げる。
フーン機関は蟲の羽音にも似た不気味な鳴動を繰り返し、膨大なミードもあっという間に飛翔力へと変換され、消費されていく。
音が消える、色が消える。
それは、全ての速さの向こう側――
『――――ッ……!!』
叫ぶ。
しかし、声は置き去りにされていく。
光よりも速く、風雷の牢獄目掛けて、死神の鎌が振り下ろされる――……!

だが――

鉄の巨拳が、死神を真っ向から打ち据えた。

『な……ッ!?』
避ける間も障壁を張る暇も無い。
速さは衝突衝撃へと変わり、全身が砕ける感触が脳に焼き付く。
海から生えた、巨大な腕。
拳にアンブロシウスを減り込ませたまま、鬱陶しげに腕を振る。
皹だらけになった鋼鉄の翼は、呆気無く吹き飛ばされる。
風に混じり、水銀の血と鉄片が撒き散らされた。
全身に痛みと電流が迸り、二重の苦痛の音色が喉から漏れる。
痛みでぼやける視界の端に、竜の直ぐ傍に――“ソイツ”は顕現した。
巨大な腕が海を突き破り、雄々しき巨躯が空気に晒される。
白銀色の装甲。温もり持たぬ電飾の眼光。そして――全身を覆う、圧倒的な闇の気配。
鬼械神ではない。人工物の気配から、それは確かだ。
しかし――アレは、最早人智の及ばぬ領域に達する物だ。
『…………』
巨人は無言で腕を振り上げ、更なる一撃を放つ――
『――くッ!?』
がたつく機体を無理に制御し、緊急回避。
空を斬る豪腕。
辛くも避け切るが――そのあまりにも強大なパワーに、衝撃波だけで装甲が大幅に削られる。
『吹け、ヒアデスの風!!』
魔神の五指から噴出す魔風の刃が、振り抜かれた豪腕を奔る。
乾いた響きを立てて、腕は縦に五分割されるが――
『……嘘ッ!?』
ハヅキが驚きの声を上げる。
無理も無い。
何故なら――割れた腕が、まるで生物の如く“再生”したのだ。
千切れた装甲から触手が蠢き、パーツを取り込んで新たな形を作り上げる。
無論。全ては金属、生物ではない。
だが、その凄まじく貪欲な生命力は、ショゴスや旧支配者を思わせる――
鋼の悪魔は、その無機為る瞳を竜へと向ける。
咎めるような、嘲るような。
視線に慄き、竜は恐れるような気配を上げ、畏怖の唸りを送る。
そして――

全てが、消えた。

風は霧散し、鋼の巨人は陽炎の如く揺らめいて消える。
まるで、幻であったかというように――
残された死神は、暫し呆然とし。
『……ふむ。何がどうなって――』
『……舐めやがって』
シュリュズベリイの呟きを途中で遮ったのは、ハヅキである。
彼女は明確な憎悪と怒りを浮かべ、憤怒の声で。
『あのファッキン共――次でぶっ潰す』
『――レディ、もう少しお淑やかに頼む』
教育を間違えたか、と内心呟く老人。

あんたが育てたからこーなったと切に言いたい。


「――ふん。クトゥグァ・イタクァを下したまでは良かったが……最後の最後で詰めを誤まりおって。全く、少しは成長したかと思えば……相変わらずの間抜けぶりだな」
ボロ雑巾と化したのび太を冷たく見下ろし、アルは自らの断章を回収する。
数多在る魔導書の中でも、最高位に近い魔力と智識を内包する伝説の書――“アル・アジフ”。
喩え断章だけでもその力は凄まじく、断章はその記述内容に準じ、姿をページモンスターへと変える。
今、のび太と対峙していたページモンスターは、アルの断章ほぼ全てに相当するモノ――。
その大群を目の前にして、無傷とは言えないが生き残るだけでも、相当な物だとも思うのだが――しかし、この古本お嬢さんは無情に容赦が無いのである。
「――まだまだだな。それに、能力の殆どをルルイエ異本に頼り切っているようでは、“見習い”の称号を返上出来るのは、まだ先のよ、う……」
突然、言葉を切って足元をふらつかせる。
そして、アルはその場に膝を折って、倒れそうになる――
それを咄嗟に支えたのは、脇で控えていた彼の伴侶、魔導探偵“大十字九郎”だ。
「――アル!?」
「アルさんッ!?」
驚きの声が上がる。
当の本人はバツの悪そうな顔で、ちゃっかり九郎の腕を確りと抱き締めつつ、
「ああ、すまぬ。――どうも最近、体調が思わしくなくてな……。食は細くなるわ、少し動いた程度で身体はふらつくわ……全く、我が事ながら不甲斐ない」
「更年期障害ですか?」
余計な事をほざくのび太の顔面に攻撃術式が大炸裂。
悲鳴も残さず眼鏡馬鹿は焼き尽くされた。
「のび太――その考え無しな失言癖……直した方がいいぞ」
それは無理な相談である。
九郎の呆れたような物言いは、しかし黒焦げと化したのび太には届かなかった。
「アルもあんま無茶すんなよ。――少しは身体に気をつかえ」
「汝の稼ぎが好ければ、ここまでの苦労も気遣いも必要無いのだがな」
「ひ、酷ッ!」
アルの辛辣な言葉に、涙目で打ちひしがれる駄目人間。
流石はのび太の師匠。至高の駄目人間である。
――ここは、野比家地下に極秘裏に作られた大規模空間。
未来の超技術によって作られたここは、ちょっとやそっとでは壊れない。
故に、大規模な魔術訓練にも十分耐え切れるのだ。
「……あ、アルさん。流石に高熱術式は死んじゃいます……」
漸く回復が追い付いたのか、よろよろと生まれたての小鹿のように起き上がるのび太。
全身黒焦げ、アフロヘア、黒い息の三拍子である。
元の姿へと戻ったルルが、起き上がっちゃダメと肩に手を掛けて、自分の方へ引き寄せる。
弱っているのび太に抵抗など出来るわけも無く、為すがままにルルの胸の中へと飛び込むのび太。
ふっくら温かくて、ぽよぽよした感触がすんばらしい。
辛い目に遭っても酷い目に遭っても、これだけでもう元気も勇気もやる気もリンリンで百倍で爆発だ。
単純である。
「……お前も大概丈夫だよな」
「し、師匠に似たんですよ」
半眼で言う師に、黒い息を吐きつつ答えるのび太。
「……いや、どっちかっていうとウエスト寄りじゃあねえのか? お前の耐久力」
「師匠――ばらしますよ? あんまり失礼な事をぬかしてると」
「何をばらすんですかッ!? いや何でもいいからばらさないで下さいお願いします!!」
トコトン地位が低い九郎であった。否。それでこそ大十字九郎、キングオブ底辺野郎。
その情けなさは弟子であるのび太なんぞ、軽く上回る――
「――まあそれは兎も角として。今日は最後までいけましたよ。前は、クトゥグァ・イタクァが出てくる前に負けていましたから」
「それでも、気を抜いた隙を突かれてあっさりやられたがな」
容赦ない一言。
うぐぅ、とのび太は声を詰まらせてしまう。
アルの冷徹な瞳に見据えられると、まるで蛇に睨まれた蛙のように、身体が言う事を利かなくなってしまう。
――最早、遺伝子レベルで逆らえないよう刷り込まれているのだ。
「――まあ。でも、冗談抜きで今は強くならないと。ちょっと、色々なんかやばいんですよね……」
「……最近起こってる妙な事件の事か?」
九郎の問いに、のび太は真剣な顔で首肯。
「――繋がってるんですよね、何故か。ギガゾンビもギラーミンも、全て僕と“アイツ”が昔関わって、終わらせた……終わらせたと思っていた事なんですよ。もしかしたらこの先も、こんな事が続くかもしれない、もっと大きな――取り返しの付かない大事件が起きるかもしれない。そう考えたら、いてもたっても居られなくて……」
「のび太……」
自嘲気味に笑うのび太。
「くするや静香ちゃんやジャイアンやスネ夫……アーカムシティの皆や沢山の人達が、僕の所為で傷付く……。一年前の僕は殆ど役立たずだったけど、今の僕達になら――出来るかもしれない」
それは、昨日の後悔と明日への希望。
失いかけ、大きく傷付き、躓き、嘆きと絶望にくれた過去。
這い蹲って、血みどろになって、涙を流して――それでも胸の中の希望の灯火を絶やさず、最後に自分達は未来を掴み取った。
弱かったから、だけど強かったから。
幾らその身が傷と血に塗れようとも、血涙を流そうとも、刃金が折れ矢が尽き果てようとも――心は折れない、諦めない。
だからこそ、今の自分が居る。愛する伴侶と娘が居る。
昨日より強くなった、そして明日は今日より強くなれる。
少しでも、護りたいから――強くなりたい。
遥か向うに存在する、神を断ち邪を滅する、無敵の刃金の様に――
「バーカ」
のび太の額に、こつんと九郎の拳が中る。
彼は呆れたように笑い。
「何もかも、一人で背負おうとするなよな。いいか、お前は俺の弟子なんだ。――ちったぁ、師匠を頼れよ」
「――汝が言えた義理ではないぞ。まあ、頼り過ぎるよりもマシといえばマシよ喃……」
咎めるように口を尖らせ、アルは九朗にそう言うが――彼女もまた、主同様、笑っていた。
「汝は一人ではない。妾に九郎が、九郎に妾が居るように――汝にも、比翼の翼、連理の枝たる伴侶が居る。そして、二人の愛を一身に受けた結晶の如き宝が居る。――何も恐れる必要は無い」
確信めいた言葉。

――互いが居れば、何だって出来る。

そう言ったのは九郎であったか、アルであったか。
頭の悪いのび太の記憶には、もうおぼろげになっていたが――確かに、そんな言葉が刻み込まれていた。
その時、ぎゅっと彼の頭を細腕が一際強く抱きしめる。
ルル――のび太の伴侶であり半身。精霊であり書物であるモノ。
彼女は、じっと濡れた瞳でのび太を見つめる。
「のびた……いっしょだよ」

――ずっと、いっしょだよ。

それは約束だ。
遠い日、出会った頃、拙いながら交わした約束。
決して忘れる事の出来ない――宝石のような記憶だ。
覚えている、覚えているとも。
あの日の君の事を、それから先も前もずっと――覚えているよ。
のび太は頷き、確りと己の伴侶の存在を確かめる。
温かい温もり、確かな鼓動、優しい息遣い。
とても安らぐ、存在――
「――うん。そうだよ。ずっと一緒だよ」
彼女の肩を掴み、縋り、立ち上がる。
並び立つ、見習い魔術師と魔導書。
まだまだ未熟なれど、その気迫は――
「辛い事も在る、苦しい事も在る。だけど愉しい事も在る、嬉しい事も在る、幸せな事も絶対在る。だから――ずっと離れず、一緒に生きていこう」
――また新たに、改めて、少年は誓う。

生きよう、と。

――夜が過ぎる。時間が過ぎる。
朝が来る。
果たして、待つのは幸せか、それとも災いか。
誰も知らない。時の流れに、任せるまま為り――


そして――
「……何で俺とのび太が枕を並べて寝なきゃならないんだ!? アルは何処いったんだよオイ!!」
「――あんた等貧乏夫婦が宿代無いからって家に押しかけるから悪いんでしょうが! 僕だって肩身狭いんですよ!! しかも飯は三杯お代わりするわ、家主を差し置いて一番風呂に入るわ……ッ! 少しは遠慮ってものをして下さい!! それにあんた等一緒に寝かせたら絶対ナニするでしょうが……寝床ぐらいでガタガタ言うな僕だって野郎と添い寝するなんて死ぬほど嫌なんですからぁ――!!!」
ちなみに女性陣は下の階で寝るらしい。
「血涙まで流すかオイ!? ――まあ、流石に図々しいかったよな。仕方ねえな……」
身に覚えがあり過ぎるのか、九郎は汗を掻いて少したじろき、溜息を吐いてのび太に従う。
「んじゃあさっさと寝るぞ。――悪夢はとっとと終わらせるに限る」
言って、九郎は布団の中へと潜り込む。
その隣に、大きな隙間を空けて、のび太が寝転がる。
そして、彼は真剣な顔で。
「師匠、寝る前に言って置きたい事があります……」
「何だよ?」
息を呑み、目を血走らせて、酷く冷たい声音で――

「……変な事をしたら、大声出しますからね……ッ!!」
「するか馬鹿ヤロォォォォォォォッ!!」

――見事なクロスカウンター。
それを皮切りに、第七十四回馬鹿師弟対決が勃発。
暴力言語による師弟の語らいは、夜明けまで続いたと言う――
思いっきり馬鹿である。


翌日、某所。
ここでは日本を代表する各機関と覇道財閥の協力の下、各地から出土された文化遺産の数々が集められ、大規模な展示会が開催されていた。
硝子ケースに収められた古代の遺産。まだ開場時刻前故に、会場には全く人は居ない。
ここは過去の溜まり場だ。未来と過去が交差する、不確定かつ不安定な時の場所。
――故に、不可思議な気配と空気が渦を巻いて、燻っていた。
「――昨晩は随分激しかったようだな」
「変な言い方止めろ。――ちょっと拳で世界経済の今後を話し合っていただけだ」
「そうです。主に殴り合いで世界情勢についてディスカッションしていただけですよ」
ぼこぼこに腫れ上がった顔で、師弟は壮絶にニコヤカナ笑みを交わす。
しかし目は全く笑っていない。
「はっはっはっはっ。それだけ生意気な口が叩けるなら大丈夫そうだなあ。俺の必殺世界恐慌肝臓砕きが極まった時は吐きそうな顔で喘いでたっつーのに――」
「師匠こそ、僕の奥義沈黙の月曜前歯折りを喰らった時は血反吐を吐いてビクビク震えていたくせに――」
はっはっはっはーと笑い合う師弟。
――剣呑な視線が交差する。瞬間、

「――今日こそ決着つけたらぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「――下克上ッ、上等ぉぉぉぉぉぉッ!!」

ぼがぎぃ、と再びクロスカウンターが頬に極まる。
第七十五回馬鹿師弟対決勃発。
――学習しない馬鹿共である。
その後ろでは、両者の相棒がやれやれと呆れたように肩を竦めていた。
「――師弟の仲が良好な事は全く以って素晴らしい事ですが……宜しいでしょうか、大十字様、野比様」
見かねて口を挟んだのは、超執事ことウィンフィールドだ。
拳撃の嵐を隙と隙を狙って、的確に口を挟むその仕事――正に素晴らしいの一言に尽きる。
「――これが、お二人に護って頂きたい、御依頼の品です」
ウィンフィールドの後ろには、厳重に護られた、一際立派な硝子ケースが鎮座していた。
円筒系のケースの中、それは――不気味な妖しさを湛え、輝いていた。
同時、それを目にしたのび太の顔が強張る。
その姿勢は、九郎の顎を撃ち抜き、拳を振り抜いた形で停止する。
ケースの中に在るモノ――それは、

「――“水晶髑髏”。とある古代文明の遺跡から発見された、覇道財閥が保有する――強力な呪具です」

結晶丸ごと一つから削り出した、精密かつ精彩な芸術品。
しかし、ソレの持つ気配は――酷く、禍々しい。
見つめるだけで引き込まれるような――否。“引き摺り込まれるような”、妖しい輝き。
邪な輝き。ソレも道理だ。何故ならコレは、邪なる神を崇め奉る為に作られた、魔為る一品なのだから。
「ミスカトニック大学に依頼し、厳重に封印を施した上に、邪気遮断の特性を持つ“狂”化耐性硝子のケースに防護して在ります。魔術師は勿論、一般人の目に触れても何ら問題は御座いません」
「確かに――この気配、普通のモノではないな。しかし……このような危険な代物を、何故態々人目に触れさせる?」
アルの問いは尤もだ。
ウィンフィールドは少し考え。
「……この水晶髑髏を掘り出す際、発掘は日本政府の学術チームと共同であたり――その際、大旦那様が日本政府と取り交わした約束の一つに、“発掘品の一般公開”という取り決めがありまして……何分、古い話ですので、私にも解りかねる事が御座いまして――申し訳御座いません」
「まあ、執事さんが悪い訳じゃあ……しっかし、コレ――ヤバくねえか、アル」
「ああ。封印越しにこれだけ闇の臭いを振り撒くとは……何処の遺跡から出土したモノだ?」
胸糞が悪い顔で、嫌そうに呟くアル。
その問いに答えたのは――のび太だった。

「――マヤナ文明」

ぼそり、と呟いたその言葉に皆が目を見開く。
特にウィンフィールドの反応は顕著だった。
「良く御存知で。――確かにこの水晶髑髏は、マヤナと称される太陽神崇拝系の古代文明の史跡から発見されましたが――何処でそれを?」
“マヤナの水晶髑髏”の情報は、厳重に管理されている筈。
怪訝そうなウィンフィールドの顔を、苦笑の笑みで見つめ、のび太は静かに言う。
「昔、色々あったんです」
そう、色々遭った。
それは遠い日の事。
友情の記憶、戦いの記憶、そして別れの記憶。
もう会う事は叶わないであろう――王と為った友との記憶だ。
同時に――闇の一端と接触した、苦難と闘争の記憶。

「――嫌な予感、的中だ」

苦々しそうに、警戒を露にした瞳で――のび太は水晶髑髏を睨み付ける。
光を照り返し、髑髏は鈍く輝くのだった。


入場開始の時間まで、のび太達は見回りと下見を兼ねて、辺りを見て回る。
整然と並べられた歴史の遺物の数々は微妙に好奇心をくすぐり、見る者の心に遠い過去を魅せる。
特に、明確な自我を持ってまだ一年と少しのルルは、幼い好奇心で目をキラキラさせていた。

「のびた、あれなに?」
「アレはドードー鳥とモアの剥製。昔は一杯居たんだけどね、絶滅しちゃったんだ。……天上世界に居た皆は元気かなあ」
「じゃあ、あれはなに?」
「金色の化石か……確か、置換化石ってヤツだよ。長い年月の中で、黄鉄鉱と化石の成分が入れ替わったんだ。昔、地底世界で似たようなのを見た事があるんだ」
「あれは?」
「大昔の石槍と毛皮の服。ああ見えて結構痛んだよ、あの槍。重いし硬いし」
「あのきれいなのは?」
「んーと……どっかの古城で発見されたヤツみたいだね。ミュンヒハウゼン――って、あー、あの時の幽霊城のか……」

等と、妙にリアルに感情たっぷりに解説するのび太。
まさか、ここにある展示品全てに彼が関わっているのではないかと思わせるほどだ。
「ま、そこまで出来過ぎてる訳ないか……。でも、覇道が関わってるだけあって、立派だなあ。仕事が終わったら、くするも連れてまた来たいよ」
笑い飛ばすのび太。
今回、くするは静香に預けてある。
流石に子供連れで仕事に来る訳には行かないからである
――尤も、彼は知らない。

何も知らない静香が、くするを連れてここに来る可能性がある事を――

まだ何も知らない夫婦は、ただいちゃつくのみである。砂糖を吐きそうな空気だ。
「うん。じょうそうきょういくにいいかも」
「だね。――あ、師匠とアルさんだ」
見れば、向うの壁に見慣れた二人が熱心に展示品を見ていた。
何を見ているのだろうと、壁一面の展示品に視点を合わせて見ると――

「――なあ、アル。……大昔の日本に、メガネザルなんて居たのか?」
「居る訳が無かろう。それよりも、妾はこの中心に描かれている青ダヌキの方が気になるのだが――」

七万年前の洞穴から発見された、日本新人の壁画を見て討議を交わしていた。
――のび太は思わずひっくり返った。
「ん――おう、のび太。……そんな所で寝るなよ」
「馬鹿は風邪を引かぬが、通行人の邪魔になるからな。疾く去ね」
壁画から目を外し、地面に寝転がるのび太を諌める九郎とアル。
「べ、別に寝てる訳じゃあ……もーいーですけどね」
溜息を吐きつつ、のび太は起き上がる。
その視線は七万年前の壁画――土人形を従える仮面の異形に立ち向かう青いタヌキのような神官と、それに従うメガネザルのような従者の絵――を見て、苦笑めいた笑みを浮かべる。
「……もう少し、かっこよく描いて欲しかったなあ」
多分この絵を描くよう指示した友の一人の顔を思い浮かべ、しかし嬉しそうに呟くのび太。
何だか、少しだけ嬉しいのだ。
その時、次の展示を見ていた九郎から声が上がる。
「――おい、のび太! これ見てみろよ!」
驚き、そして笑いが混じった声。
見れば、九郎はぷぷぷっと笑いを堪えた表情で。アルは腹を抱えて蹲り、プルプル震えた状態で。
九郎の指先には――
「お前そっくりじゃねえのこの像! 傑作だよなオイ!!」
その形状はのび太にとって懐かしく、忘れようとも忘れられないモノだった。
獣の身体に、人の頭。
これだけなら、スフィンクスを思わせるだけですむだろう。
しかし、その顔がのび太に酷似――いや、幼き頃ののび太そのままの顔であった。
大きさは子供程度。古いモノらしく、所々煤けていた。

「――あ、」

のび太が見たのは、これより大きなものだった。
大きかった。とても大きかった。見上げるほどに大きかった。
新たな大地へと自分達を導いた感謝に、命在る新たな者達が、“友達”が創り上げた――巨大な像。
しかしそれはもうこの世に無く、大事な親友達をソラへと飛ばす燃料と為った。
そう、ソレは遠い昔――もう二度と届かない、輝きにも似た時間。
手は届かない、しかし――
「――そっか」
満足そうに、しかし何処か寂しそうに、のび太は頷く。
「繋がっているんだね。この時間と、“君達”と過ごした時間は――何処までも、何時までも」
千切れた時間、孤立した時間、軸の違う時間、過ぎ去った時間。
届かない時間は――取り戻す事は出来ない、還る事は出来ない。
しかし、繋がっているのだ。
過去は未来へ、直接は繋がっていなくても――微かに、確かに、過去は未来へと繋がっている。
この時間は――全てへと繋がっている。
その事を、過去を振り返り、改めて再確認した。
「のびた……?」
ルルの声が、のび太を過去から現在へとシフトさせる。
現実へと戻ったのび太の顔を、ルルは心配そうに覗きこんで。
「――だいじょうぶ?」
気遣うような、そんな感じ。
見れば、九郎もアルも、大丈夫かと問うようにこちらを見ていた。
――のび太は笑う。
ここにも居る。掛け替えの無い人達が、護りたい人達が、共に闘う人達が。
――だから、大丈夫。もう大丈夫。
今までもそうだったように――これからも大丈夫。

「うん――大丈夫だよ」

それが、彼の“未来”を決める事に為る――


同時刻、空。
蒼き空。その中天に、朱金の光が不気味に輝く。
それは機械仕掛けの悪夢。チクタクチクタクと、無気味に無情に無様に、正確かつ歪な脈動を刻む。

「――任務、開始」

軋む音。
それは回る廻る、螺子/歯車/発条/鋼線/装甲/鉄骨――金属の叫び。
虚ろな刃金の天使の、泣き叫ぶような、響きであった――
朱金の刃が、空を割ち――舞い降りる。
戦いが、始まりつつあった――


更に同時刻、某海上。
大いなる海原、深遠なる海原の上を――高速で飛行するモノがあった。
ソレは輝きを纏い、ありとあらゆる障害を物ともせず、真直ぐに突き進む。
輝きこそ纏えども、ソレは闇であった、闇黒であった。
憎しみではない。それは怒り。激しき憤怒。
そして――魔を断つ、正しき怒りを持つ者だ。
輝く闇は、真直ぐ、己の“目的”の在る場所を目指す。
闇の矛先には大きく南北に伸びる、巨大な列島が見えていた――


――神はこの世に無く、悪意は牙を剥く――


あとがき
妙な所で切って申し訳御座いません。お久し振りです。
何とか第九話後悔です(誤字にあらず
キャラが上手く動かない……
次回から本格的にバトル開始の予定です本当です。
――次回もかなりお待たせしてしまうと思いますが、誠心誠意ガンバリマス!
では、恒例の返信ですよー!


>黒覆面(赤)さん
エロは面白いけど難しいです(汗
でも頑張ります。
無論、ネロのアレですとも。ショーウィンドウに飾ってあるそうです(マテ
師弟コンビのバトルは恐らく次回、多分瑠璃はその更に先になるかと……
では、次回も宜しくです。


>シヴァやんさん
常識レベルはのび太の方が上ですけど、馬鹿レベルはどっこいなのであまり変わらないです(マテ


>放浪の道化師さん
はい、どっからどーみても師弟です(きっぱり
フラグですか……無論ですとも(にやり
うい、頑張りますよー! 次回も宜しくです!


>剣さん
うい、元ネタは概ねその通りですー。
映画ネタは扱いが難しいけど、燃えるデスよ書いてて。
ハヅキと教授……今後の出番増やしたいです。
風邪ですか……喉をやられましたけど、何とか元気です。ありがとうデスヨー。


>パッサッジョさん
はい、どうもです。
好きなんですよね、剣。カードネタがやりやすくて。
無論。後半戦から出陣ですよー、今回もこっそり出てるし(ネタバレ
では、次回も宜しくです!


>ショウゴさん
はい、初めましてです。
のび太もウエストも書いてて楽しいんだけど……デモベキャラはアクが強いから、難しいです。
でも、そう言ってもらえると大変嬉しいです。頑張ります。
のび太と九郎は――見ての通りです、仲は良いですけどやり取りが暴力言語です。
では、次回もまた宜しくです!


>なまけものさん
どうもですー。
リルル変神ネタは劇物だった思うですが……概ね好評でほっとしました(何
私も教授とハヅキは好きですが、扱いが難しい……飛翔と遺跡破壊者にしか登場して無いから記述が少ないです(マテ
通報される前に吹っ飛ばされましたから無問題です(更にマテ
ヤドリ……リルルじゃないけど、出ますともええ(ニヤリ
では、次回に!


>ひげさん
はい、どもーです。
あの変態師弟には、生温かい視線よりも蔑みを含めた冷徹な視線が似合うかも(冷笑
バトルでもギャグでもはっちゃけを目指すデス。
では、次回も宜しくです!


>sigesanさん
はい、こんちわです。
経済面では圧倒的にのび太が上です。彼は貯金もあります、子持ちなので。
私も教授は好きです、はっちゃけ爺最高(マテ
――不死鳥の如く復活、そして満身創痍でバトルに挑むというのも燃えるのデスよ(にやり
では、次回も宜しくです!


>カツキさん
馬車馬は無理臭いので売られていく子牛の如く頑張ります(マテ


>ジェミナスさん
再改造はもちっと後です、ストロンガーって結構かっこいいですよね(マテ
うい、次はもうちっと早めに更新します(汗
では、次回に。


>アレス=ジェイド=アンバーさん
はい、毎度どうもです。
どうしようもないです、このぺド師弟は(マテ
ライカの来日は予定しておりません、すいません。
次からは今回出せなかった日本勢も絡めていきたいと思います。
では、次回も宜しくです。


>ATK51さん
気苦労が絶えないのです、のび太は。故にアーカムの自宅には各種胃薬が常に完備されているのです(マテ
ご安心めされい、リューガは“狂化”の予定はナッシングです。
……レーザー竹刀は無理だけど、ハイパーフォームは出せそうだな(更にマテ
うう、風使い対決は早々終了。だけど、後半に仕切り直しの二回戦があるのでそれで勘弁を……(汗
天に向かって土下座し、ドラえもんの単行本に向かって土下座したので、それでご勘弁を(更に汗
義理の父子か……ということは、呼び名は「義父さん」、もしくは「義父上」……瘴気を感じるデス。
では――次回も宜しくデス!


――では皆々様、次回にて又お会いを

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