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「これが私の生きる道!★オーブ奮闘編★ヘリオポリス前夜編3(ガンダムSEED)」

ヨシ (2007-03-01 21:51/2007-03-09 17:37)
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(コズミック・イラ70、十月上旬)

訓練開始から三ヶ月の月日が流れた。
最初に訓練を開始していたコーディネーター士官達や志願兵達で、ある程度の技量に達した者達は、訓練施設が新設されたオーブ本国や「アメノミハシラ」で教官任務と続きの訓練を行うべく、各地に散って行った。
これからは、数箇所で訓練生を選抜し、訓練を行い、コピーした「ジン」や消耗部品を生産して、新型量産モビルスーツの量産準備を整える事になっていた。

そして、OSの改良も順調に進んでいた。
キラがモビルスーツの操縦を習い始めた影響で、彼が新型OSの具体的なプログラムを思い浮かべ易くなったので、既に数回の大規模な改良作業に成功していた。
これには、操縦の簡素化やエネルギー消費効率の上昇や戦術リンクシステムの改良なども含まれていたので、コーディネーターパイロットは訓練の短縮化を、ナチュラルのパイロットには、見違えるような性能のアップをもたらしていた。
それでも、ここのナチュラルのパイロットの操縦する「ジン」二機か三機で、ザフト軍の一般パイロットの操縦する「ジン」一機と互角が誠一杯の状態であった。
地球連合軍のMAと「ジン」の戦力比が五対一である事を考えると、大分マシなのだが、まだまだ改良作業が必要というのが、俺を含む上層部の一致した意見であった。

「ユウナ。大分、上手になったじゃないか」

あの勝負から三ヶ月近くも経ち、俺とユウナはかなり気安い口をきく仲になっていた。
ユウナの方がそうしてくれと言っていたし、趣味等が良く似ていて休日に対戦ゲームで一緒に遊んだりもしていたので、公の席以外では呼び捨てにしていたのだ。
そして、ユウナのパイロットとしての腕の方だが、ナチュラルの訓練生の中では、普通よりも少し上といった順位にいた。
意外と運動神経や反射神経が良く、キラが改良したOSを上手く使いこなしているようだ。

「OSの改良のおかげだろう。しかし、キラ君は天才的だね」

「だから、彼は重要機密だ。表面上は、コーディネーター用のOSの改良作業を行う、カトウ教授の雑用をしている助手という設定だ」

「お隣さんは、気が付いているかな?」

お隣さんとは、モルゲンレーテ社の別部門の工場で新型モビルスーツの開発を行っているマリュー・ラミアス元技術大尉ご一行であった。
向こうは、「デュエル」という汎用機と「バスター」という砲戦仕様の機体が完成していたのだが、こちらが用意したヘボ教授の遅延工作に遭い、二機はOSの不備という欠点のせいで碌に歩く事すらできないでいた。
この前、囮の教授が開発したというOSで、百メートル程の距離を歩かせていたが、ゴールに着くまでに三分近い時間を要してマリューさんをガッカリさせていた。

「多分、今のところは大丈夫でしょう。ユウナ達の訓練のために、こんなに広いドーム型の演習場があるんだから機密は保たれていると思うよ。それに、覗いていたら・・・・・・」

「オーブ軍の情報部員に即座に始末されて、死体も発見されない」

「ユウナ君。怖ぁ〜い」

「あのね・・・・・・」

「でも、キラがいて助かっているよ。他の国では、数千人のSEが夜も寝ないでOSの開発を行っているのに、オーブでは三百人ほどの人員で済んでいるからね」

他の国では、分担して気の長い作業を行っているのであろうが、オーブでは、トール達が必要なデータや資料を整え、キラが大元を完成させ、モルゲンレーテ社のSE達が、細部の肉付けと細かい調整を行って、通常の何倍もの速度でOSの改定作業が進んでいた。
つまり、キラがいなければお話にならない状態なのだ。

「それなのに、モビルスーツの操縦訓練を?」

「モビルスーツの操縦の何たるかを知っているから、OSが開発できるんだよ。それにね」

「それに?」

「レイナに言われた事を真に受けているんだよ。(お兄さんみたいな人)っていう事は、一流のパイロットにならないといけないと思っているらしい。それに、ライバルのカナードは、既に一流のパイロットだからね」

だが、そのライバル関係とやらも、既にレイナの奪い合いという次元の低いものへと変化していた。
カナードが、「俺の存在意義」とか、「最高のコーディネーターの証明」とか、しょっぱい事を言わなくなったのは大分良い事であるのだが、少しどうだろうと思ってしまう自分もいたのだ。

「カナード君か。でも、キラ君もそれに負けずに上手だよね。彼を見ると自信をなくしそうだよ」

「でも。戦場には出さない。だから、軍の階級も与えていない。彼はあくまでもアルバイト扱いだ」

「どうしてだい?彼が戦力になるのなら」

「じゃあ。ユウナが、代わりにOSの開発をやってくれるの?」

「そういう事ね」

「それに、実戦で戦うっていう事は、相手を殺す事なんだよ。軍人でもないキラにそこまでの覚悟はないでしょう」

「そうだね。でも、僕も自信がないなぁ」

「あのねえ。ユウナが前線に出たら、お話しにならないでしょうが。ユウナは、この訓練で前線のパイロットの事を理解して、部隊の指揮に生かせば良いんだからさ」

「ヨシヒロの方が、よっぽど向いているのに」

「俺は、首長の一族じゃないからね」

「カガリを嫁に貰えば良い。アスハ家に婿に入れば良いんだ」

「婚約者とも思えないセリフだね」

「だから、僕は髪が長くて・・・・・・」

「はいはい。お淑やかで、胸が大きくてセクシーな人ね」

「カガリには、微塵も装備されていないオプションだよね」

「ユウナぁーーー!」

「えっ!聞こえてたの?」

「聞こえたわぁーーー!覚悟しやがれ!」

どうやら、カガリの「ジン」の無線にユウナの声が入っていたらしく、カガリは重斬刀を構えてユウナ機を駆け足で追いかけ始める。

「待ちやがれーーー!」

「カガリ!それ、訓練用のじゃなくて、本物ぉ!」

「知っとるわぁーーー!」

「助けてくれぇーーー!」

カガリ機は、全速力でユウナ機を追いかけていたが、ユウナは予想以上の速度で「ジン」を走らせていた。

「ユウナさん。ちゃんと新しいOSの性能を引き出していますね。凄いなぁーーー」

「引き出せないと、カガリちゃんに切り刻まれるからな」

数分後、新しいバージョンのOSの性能を確認に来たキラは、見学用の指令ブースの中で一人感心していた。
そして数ヵ月後、キラは俺の願いも空しく、戦いの渦中に巻き込まれる事になる・・・・・・。


「こんにちは。何なんです?ギナ准将」

午前の訓練の終了後、予定では今日の午後はお休みという事になっていた。
ところが、俺は急にギナ准将に用事があると言われて、カトウラボに呼び出されていたのだ。

「カザマ。遅いぞ。早くこれにやりたい事を書くんだ」

カトウラボの中は綺麗に片付けられていて、そこには存在感の薄いカトウ教授はおらず、サイ達カレッジ組とカナード、カガリ、ユウナ、ギナ准将、ホー一尉という不思議なメンバーが集っていた。
そして、室内に入った俺は、ギナ准将にいきなり紙と鉛筆を渡されていた。

「話がよく見えません」

「カレッジの学園祭でやる出し物の投票だ」

「へっ?何で俺が?」

「我々(コンピューター研究会)は、正式なサークルとして登録されているので、出し物を出す義務があるんです」

この中でリーダー格である、サイが代表して事情を説明してくれた。

「(コンピューター研究会)?」

「俺達が集まっても不自然にならないようにって言うから、作ったんですけど・・・・・・」

「うーーーーーーん?」

「思い出せませんか?」

「あっ!そうだ!フレイ避けだったよな」

「やっと、思い出してくれましたか」

実は、キラやカナードだけでなく、トール達にもOS開発を手伝わせる過程で、困った問題が発生していた。
それは、サイの婚約者であるフレイ・アルスターの存在であった。
彼女は、地球連合参加国の政府高官の子女の定番である、安全な中立国の学校に留学するという特例を使って、先月に入学してきたばかりであった。
だが、彼女はブルーコスモスとの繋がりも噂される大西洋連邦外務次官のジョージ・アルスターの一人娘であり、彼女にOS開発の秘密が漏れる事は決してあってはならない事であった。
そこで、サイ達は真面目にコンピューターサークルを営んでいて、国際的な大会に作品を出すまでに至っていると嘘を付いて、彼女の目を欺いていたのだ。

「でもさ。それなら、俺は不要じゃないの?」

「アマミヤさんは、校外顧問として登録されていますので」

「ギナ准将は?」

「同じです」

「ユウナとカガリも?」

「そうです」

「こいつは?」

俺は、一人でテニスボールを握って握力を鍛えている、ホー一尉がここにいる理由を尋ねる。
彼はここ一ヵ月ほど前から、誰も呼んでいないのに我々の集いに参加する事が多かった。

「我が呼んだ」

「ギナ准将。どうして、そんな事を・・・・・・?」

自称「武道の達人」で、世界中で修行経験のあるホー一尉は、ナチュラルなのにコーディネーター並みの身体機能を誇り、モビルスーツの操縦においてはギナ准将に次ぐ腕の持ち主であった。
ただ、性格が少しアレだったので、俺が司令部の強化のためと、ギナ准将の相手不足解消という目的のためにここに残していたのだ。

「荷物持ち程度には役に立つ」

「・・・・・・・・・了解」

俺は、何を言っても無駄だと感じたので、すぐに了解の返事を出してしまう。

「さあ。書いてください」

「わかったよ」

俺は、暗かった青春の日々を思い出しながら、自分の意見を紙に書いてミリィが持っている箱に投入した。
実は、俺は日本にいた頃から、まともに学校行事に参加した記憶がなかった。
手伝いで参加しようと思っても、歳の離れた連中にお客さん扱いばかりされていたからだ。

「では、開票します」

どうやら、この「コンピューター研究会」の会長は、年長者で一番しっかりしているサイであるようだ。
そして、ホワイトボードの前でマジックを持ちながら箱から紙を取り出しているミリィが書記という事なのであろう。

「ねえ。副会長っているの?」

「キラですよ」

「キラに役職?」

「副会長ですからね。会長が不在にならないと用事がありません」

「納得」

優秀ではあるが、日頃はボーっとしているキラに、サイは名誉職を与えているらしい。
サイは年長者の分、こういう点に非常に気が付く男であった。
だが、肝心のキラは、テーブルの隅で涎を流しながら居眠りをしていた。

「疲れているから、しょうがないよな」

「キラ。風邪をひいちゃうよ」

レイナが、自分の着ているカーディガンを脱いでキラにそっと被せると、近くにいたカナードの機嫌が急降下した。
レイナは純粋に優しいからやっている事なのだが、カナードにしたら大きなリードを奪われたような感覚に陥っているのであろう。

「では。開票します」

ミリィが、箱に入った紙を開けて中身を読み始める。

「喫茶店です」

「まあ。学園祭の出し物の定番だわな」

「そうだね」

俺の発言にユウナが相槌を打つが、なぜ彼が学園祭の出し物の定番を知っているかは不明であった。

「喫茶店・・・。喫茶店・・・。喫茶店・・・。これで喫茶店が四票です」

「おいおい。オリジナリティーがないな」

「武道喫茶」

四連続で定番の喫茶店だったのに、急に飛び出した異色の意見に全員が沈黙してしまう。
ただ、喫茶店である事に変わりはなかった。

「誰の意見?」

「俺だ!」

今まで、テニスボールで黙々と握力を鍛えていたホー一尉が元気に手をあげる。

「武道喫茶について説明せよ!」

「簡単だ。店員は柔道着・空手着・剣道着など思い思いの衣装に身を包み・・・・・・」

「それで?」

「戦いに勝てた客だけが、注文品を口にできるという」

「「「「「「「「「「却下だぁーーー!問題外!」」」」」」」」」」

ホー一尉以外の全員が、大きな声で提案を却下する。

「良い意見だと思ったのに・・・・・・」

「コーヒー一杯で、傷だらけになりたくないよな」

「言えてる」

トールの言う事は最もであり、全員が納得したように頷いた。

「えーーーと。次は・・・」

ミリィが気を取り直して、投票箱から次の紙を取り出す。

「第一回モビルスーツ講習会。(これで君も、オーブ軍のエースだ!)?」

「これは?」

「我だ!」

再びおかしな意見が飛び出したが、おかしな意見というものは、おかしな人が出すものだと、ギナ准将を除く全員がその場で思った。

「それで、具体的に何を?」

「客に試作中のブルーフレームとレッド・・・」

「機密です!却下!」

「では、次の紙を・・・・・・」

場の空気を察してくれたミリィが、すぐに次の紙を読み上げ始める。

「たこ焼き屋」

「これも、定番だな・・・。誰だ?」

「私だ」

今度はカガリが、自信あり気に手をあげる。

「でも、日系人以外の売り上げが期待できないなぁ」

「そうか?物珍しいという事で」

「おい!たこ焼きって、タコが入っているのか?」

「だから、タコ焼きなんだけど・・・・・・。というか、ホー一尉って、日本で修行経験ありなんでしょう?」

「あれだけは、どうにも受け付けないんだよ」

「外国人には、そういう人が多いみたいだね。これも、却下かな?」

「残念だなぁ」

「考えてみたら、たこ焼きを焼く道具がないわね」

カナの止めの一言で、カガリのタコ焼き屋の案も没になった。

「次は・・・・・・。(戦争と平和展)?」

「えらく堅いテーマだな。誰だ?」

「俺だ。この世界規模の戦争が始まって既に八ヶ月あまり、我々も世界の平和について・・・・・・」

カナードが、自信満々に手をあげて説明を開始するが、全員がシラケムードに移行していた。
軍に協力して戦争の準備をしている俺達が、青臭い学生運動家の真似をしてどうなるのであろうという考えと、本来楽しむべき学園祭で、クソ真面目な事など一ミリもやりたくなかったという点が大きかったからだ。

「却下!」

「何故だ?」

「学園祭は、楽しむものだからだ」

「学生の本分は勉強だ!」

「見事なまでに順応しやがって・・・。お前は、軍人でもあるだろうが!学園祭でまで勉強するな!というか、軍人が反戦運動にのめり込むな!」

「うううっ」

「次は、ハンドメイドパソコンの展示・販売?」

「誰だよ・・・?その秋葉原の電器屋みたいなアイデアは・・・」

ミリィが、再び空気を察して開票を再開するのだが、次のアイデアもかなり微妙なものであった。

「僕です」

「起きてたのか・・・・・・」

今度は、いつの間にか目を覚ましていたキラが、珍しくキッチリと手をあげる。

「僕達でハンドメイドパソコンを製作して、その販売を・・・」

「却下!」

今度は、俺ではなくてサイが大きな声で反対意見を述べる。

「どうしてさ?サイ」

「失敗すると、大損害だからだよ。ハンドメイドパソコンの不良在庫なんて、悪夢以外の何物でもないからな」

「大丈夫だよ。僕がちゃんと説明して販売するし、予定ではアラスカのジョシュアのマザーコンピューターのハッキングが可能な・・・・・・」

「キラの説明じゃあ、大半の人が引くよな・・・・・・」

「そうだね。ここの学生でも引くのに、一般のお客さんなら尚の事だろうね」

トールとカズイのツッコミに、全員が無言で頷いた。
それと、続けて何かヤバイ事を言っていたような気がするのだが、これもお約束なので軽くスルーする事にする。

「残り二票ですね。えーーーと。(メイド喫茶)です・・・」

再び場の空気を察したミリィが、最後から二番目の票を開けて中身を読むが、度々のくだらないアイデアに言葉を失ってしまう。

「これは?」

「お兄さんじゃないの?」

「レイナ。俺は、こんな二番煎じのアイデアを出さない。ユウナなんじゃないのか?」

「確かに僕だけど、ただの喫茶店よりはマシだと思うよ」

「でも、メイドの数が確保できない」

「そんな事はないでしょう。レイナ君、カナ君、ミリアリア君・・・・・・。少ないな・・・・・・」

ユウナが指を折りながらメイド候補を数え始めるが、少し人数が少ないような気がした。

「サイに頼んで、フレイに出て貰うとか?」

「フレイが、引き受けるかな?」

カズイの提案に、サイは首を傾げていた。
純度100%のお嬢様であるフレイが、そんな事をするとも思えなかったのであろう。

「私は、別に良いわよ」

「フレイ!」

急にカトウラボのドアが開き、中にフレイ・アルスター嬢が入ってくる。
今日のカトウラボには機密が存在しないので、サイに普通に呼ばれていたのだが、彼女自身が用事で遅れていたのだ。

「だって、面白そうだもの」

「そいつはすまないね」

「アマミヤさんも、出し物に参加するんですか?」

「ここの校外顧問になっている事を忘れていた」

「私も初耳です」

俺とフレイの関係は、かなり微妙であった。
彼女自身がコーディネーター嫌いで有名だったので、避けられるかと思っていたのだが、特にそういう事もなく、親友であるレイナとカナの兄として普通に接しているようであった。
ただ、俺自身はあまり頻繁にカレッジに来なかったので、会う機会が少なかった事と、彼女が時折思わせぶりな表情をするので、父親であるアルスター外務次官から、俺の正体を聞いている可能性があったのだ。

「これで四人か・・・。あっ!そうだ!ユウナ。カガリちゃんが入っていないぜ」

「えっ!私もやるのか?」

カガリは、俺の突然の指名に少し驚いているようだ。

「カガリか・・・・・・。大丈夫かな?」

カガリの事を子供の頃から知っているユウナは、少し心配のようだ。

「大丈夫だよ。顔もスタイルも良いんだから(黙っていればという条件はあるけどね・・・)」

カガリは少し言動が男っぽかったが、可愛い事に変わりはなかったし、少し訓練すれば大丈夫という事で、俺は賛成の意見を出す。

「僕は、子供の頃からカガリの事を知っているけど・・・・・・」

「いるけど。何だ?」

「公式の場以外で、スカートを履いているシーンを見た事がない・・・。彼女にメイドなんて不可能だ!というか!メイドへの冒涜だ!」

「うるさい!メイド服くらい着られるわ!」

「じゃあ。お願いね」

「えっ!?」

カガリはユウナの策略にはまり、メイド服を着る事を断れなくなってしまう。

「それでも、五人か。あと二人は欲しいな。裏方の男は、余るくらいだろう」

ギナ准将とホー一尉が、調理等で戦力になるとも思えなかったが、ただの喫茶店なので、裏の調理場などは男が五人もいれば十分であろう。

「じゃあ。誰かが女装するとか?」

「トール。この中で女装をして様になる男なんて・・・・・・。いたな」

「いた」

「適格者だな」

トール、サイ、カズイばかりでなく、全員の視線がキラとカナードに向いた。

「何で僕が!」

「そのアイデアは、受け入れられんぞ!」

珍しくキラとカナードの意見が一致して、二人は俺達の要求を拒絶する。

「では。多数決を取ります。キラとカナードが、女装をする事に賛成の人」

気を利かせたミリィが多数決を取ると、二人を除く全員が手をあげた。

「賛成多数で、(コンピューター研究会)の出し物はメイド喫茶で、キラとカナードが女装して女性陣の不足を補います。準備は明日からで、学園祭は、十日後です。では、今日はこれで解散」

サイの閉会宣言で全員が一斉に席を立つが、女装してメイド服を着る事になったキラとカナードは、放心したままであった。

「ところでさ。兄貴は何を書いたの?」

唯一、投票した意見が読まれなかった俺のアイデアについて、カナが質問をしてくる。

「ユウナのアイデアを上回る、壮大な規模の出し物さ」

「でも。それじゃあ、準備期間が足りないね」

「手間はそれほど変わらないが、幸せにできる人が多い」

「へえ。何なんでしょうね。見てみよう」

ミリィが、まだ開かれていない俺の書いたメモ用紙を開けて中身を読み始めた。

「コスプレ喫茶・・・・・・」

「メイド喫茶は、メイド好きにしか受けない。だから、俺は様々なコスプレをするコスプレ喫茶を考えたわけだな。採用はされなかったけど・・・・・・」

「それで、主にどんな衣装で?」

「セーラー服、ブレザー、ナースはピンクバージョンで、巫女さん、婦警さん、チャイナ服、着物、浴衣、客室乗務員・・・・・・。などなど多数の候補があるな。そして!」

「そして?」

「VIPルームを作って、そこを利用する人には、水着やランジェリーという特別コースも!」

俺が得意げに自分のアイデアを語っていると、既にミーティング自体は終わっていたので、次々にサイやユウナ達が姿を消して行き、最後には女性陣だけになってしまった。

「お兄さん・・・」

「どうした?」

レイナの呼び声で俺が我にかえると、そこには激怒したカガリ達が俺を睨みつけていた。

「あれ?ユウナ達は?」

「先に帰ったみたいだな。何しろ、我々はヨシヒロにしか用事がないからな」

カガリの発言で、女性達が全員一斉に頷く。

「どうして?」

「お兄さん。私達を、そんないかがわしい出し物に出すつもりなの?」

「あのですね・・・・・・」

「兄貴。見損なったわよ!」

「そうですね。酷すぎます!」

「セクハラです!」

カナ、フレイ、ミリィにも立て続けに文句を言われてしまう。

「でもさ。採用されたわけでもないし、俺は心の中の願望を語っただけで・・・・・・」

「「「「「先に読まれていたら、採用させるつもりだった癖に!」」」」」

放課後のカトウラボ内に、数発のビンタの音が木霊するのであった。


「痛いなぁ。あくまでもアイデアなのに・・・・・・」

俺がビンタをされた両頬を擦りながら文句を言っていると、カガリ達も帰り準備を終えてラボから次々に出てくる。

「おかしな事を言うからだ」

「そうですよ。では、私はトールと待ち合わせなので」

ミリィは、先に俺達と別れて中庭に走り出した。
多分、トールが待っているのであろう。

「私は、サイと食事の予定がありますので」

「デート?」

「違いますよ。友達も一緒ですから」

続いて、フレイも先に校舎を出て行くが、あの二人はあまり婚約者同士には見えなかった。
機密の関係で、俺がサイから二人の関係を聞き出したのだが、あの二人は婚約者というよりは、兄と妹といった感じの関係にしか見えなかったからだ。

「私は、一人で帰ろうかな。姉貴は、キラとカナードを選び放題だしね」

「私が?二人は友達なんだけど」

「お二人とも、可哀想に・・・・・・」

キラとカナードは、レイナを巡って毎日様々な争いをしていたが、肝心のレイナは、二人をただの友達だと思っているようだ。
俺は、あの二人が少し可哀想に思えてくる。

「カガリは、兄貴と帰りなよ。兄貴。帰りに味噌を買ってきて」

「何で俺が?」

「お母さんが、食費も入れてない居候に頼めってさ」

「あのババアめ!」

「言っちゃおうかなぁーーー」

「待てい!俺が、行かせていただきます!」

「プライドゼロね。兄貴」

「じゃあ。スーパーによってから帰ります!」

俺は、「カガリと帰ったら?」とカナに言われている事も忘れて、一目散に駆け出して行く。

「カガリ。早く追いかけないと」

「うん。ありがとう。カナ」

「友情に感謝しなさい。でも、兄貴は彼氏としては微妙だからなぁーーー」

「ありがとうなぁーーー!」

カナの独り言は、カガリには聞こえなかったらしい。
カガリは、全速力で自分の気になる人を追い始める。

「へえ。カガリって、ヨシヒロの事が気になるんだ。僕は冗談で(嫁にすれば?)って言ったのに・・・」

カガリが走り去るのと同時に、カトウ教授との所用を終えたユウナが話しかけてくる。
ユウナは、訓練終了後までヘリオポリスの外での公務は止められていたが、首長の一族としてそれなりの仕事を持っていた。
学園祭の出し物の話し合いはあくまでもついでで、本当はカトウ教授にOSの開発状況の確認をする事が本命であったのだ。

「ユウナさんって、カガリの婚約者ですよね?」

「そうだよ。親同士の昔からの取り決めでね。政略結婚になるのかな?」

「気になりません?」

「僕は、カガリを女性として見た事があまりなくてね。五歳くらいまでは、男の子だと思っていたくらいなんだ」

「それって、酷くありません?」

「幼い頃の無邪気な罪さ。それに、僕が代表首長としての支配権を強力にするためにカガリを嫁に貰っても、すぐに立場が逆になってしまうさ。何と言っても、カガリはあの(オーブの獅子)の娘だからね」

「ユウナさんは、好きな人っているんですか?」

「髪が長くて、おしとやかで、スタイルが良くて・・・・・・」

「姉貴みたいだ・・・・・・」

「あそこに割って入っても無駄でしょう。そういえば、カナ君は双子の妹だったよね。髪を伸ばさない?」

「お断りします」

「早っ!」

ユウナは、カナに速攻でフラれるのであった。


「ヨシヒローーー!」

「うん?」

俺がスーパーへの道を走っていると、後から聞きなれた呼び声が聞こえてくる。
振り返ると、カガリが全速力でこちらに向かって走ってきた。

「私も付き合う」

「カガリちゃんが?何か、他に頼まれた?」

「いや」

「何か他に欲しいの?」

「まあ。そんなところだ」

俺とカガリは、スーパーへの道を一緒に並んで歩く。

「そういえば、二人だけってものなかなかないよね」

「そうだな。普段は、誰かしらがいるしな」

俺とカガリが前に二人だけになったのは、例のマリューさんとの情報交換というか腹の探り合いの後だけで、あとは必ず他の誰かが一緒にいた記憶があった。

「たまには、デートってのも悪くないね。味噌を買いに行くというところが、ちょっといただけないけど」

「お前は、女性と二人きりになると全てデートなんだな」

「任せてよ」

「任せられるか!」

目的のスーパーに到着し、二人は調味料のコーナーで味噌を選び始める。
オーブでは日系人が多く住んでいるので、醤油や味噌が普通に置かれ、米などもスーパーの店頭に当たり前のように並んでいた。

「出汁入りの奴でいいか・・・・・・」

「出汁は取るから普通のやつで良い」

「誰が出汁を取るの?」

「私だ」

「えっ!お姫様が、味噌汁なんて作るの?」

「ヨシヒロのお母さんに習っているんだ」

「初耳だね」

「最近、ヨシヒロは早く家を出てしまうからな」

「管理職っぽい仕事も大切だけど、俺はまだ一パイロットして戦力にカウントされているからね。持ってきた(シグー)の試作機の改良と、訓練があるのさ」

俺がウズミ様から仰せつかった仕事は、オーブ軍にモビルスーツ隊を創設する事であった。
訓練生達の訓練プログラムの作成や、指揮官教育、モビルスーツのOSの改良と開発の手伝い、新型量産モビルスーツの開発の手伝い、オーブ軍に即した新しい戦術の構築など、部下に任せている分野もあったが、俺の関わる仕事は、かなりの多岐に渡っていた。
そして、実戦経験者がいないオーブ軍では、万が一の時には俺が指揮官兼一パイロットとして戦場に出なければならなかったので、パイロットとしての訓練と持ってきた「シグー」の改良作業も怠っていなかったのだ。
モビルスーツ関連のデータは多いほど良いという意見と、通常の「ジン」では実力を出し切れない俺のために、「シグー」(見た目はジン)は、既に数回の改良を受けて、完全なカスタム機になって各種のデータを取られていた。

「万が一の時には、戦場に出るのか?」

「出るよ。そして、また敵を殺すのさ」

「もし、ザフト軍が相手なら・・・・・・」

「今更だよ。でも、親友もいるからね。今も、向こうがそう思っているかはわからないけど・・・・・・。彼らが、目の前に現れない事を祈るしかない」

「ヨシヒロ・・・・・・」

「えーーーと。味噌はこれで良いのかな?」

「お前!」

「これは俺自身の問題だから、カガリちゃんが気にしても仕方がないでしょうが!さあ、行くよ」

「手を引っ張るな!」

頼まれた物を買った俺は、カガリの手を強引に引いてスーパーをあとにするのであった。


「待てったら!」

(もし、親友であるミゲルやハイネと戦う事になったら?)
そんな事を考えながら帰り道を急いでいた俺は、人気のない住宅地の中で、カガリに呼び止められて我に返る。

「ああ。ごめん・・・・・・」

「お前、本当は割り切っていないだろう?」

「割り切るとか、割り切らないの問題じゃないんだけどね。やるしかないんだよ」

「親友なんだろう?」

「そうだよ。でも、今は他国の人間だ。国同士が戦争になれば討つしかないね。俺もあいつらも軍人だから」

「ヨシヒロ・・・・・・」

「地球連合軍の兵士なら、顔も知らないから討ち易い。でも、ザフト軍は顔見知りが多いからやり難い。罪深い考えではあるけど、俺も感情のある人間だから・・・・・・」

「ヨシヒロは、プラントに戻りたいのか?」

「戻れたらどんなに楽か・・・・・・。でも、俺は、プラントでは指名手配犯でお尋ね者だ。日本にも帰れないし、地球連合構成国にも行けない。どうして、こうなってしまったんだろう・・・・・・」

俺は、ヘリオポリスに来てから初めて弱音を漏らした。
家族にも会え、居場所も確保でき、新しい友人もできたのに、心のどこかではまだ暗い感情を抱えていた。
今までは、表面上は明るくして誰にも悟らせなかったのだが、カガリの核心を突いた質問につい本音を漏らしてしまったようだ。

「よしよし」

「えっ?」

俺がガックリとうな垂れていると、カガリは急に俺を抱きしめてから子供をあやすように背中を叩き始めた。

「大丈夫だから。なっ」

「俺は、もう十八歳で・・・・・・」

「いいから!」

何が良いのかは不明であったが、俺は夕方の、今は無人だがいつ人が通りかかるかわからない住宅街の道で、自分よりも背の低いカガリに抱きしめられ子供のようにあやされていた。
誰かに見られたら少し恥ずかしかったのだが、次第に気分が楽になってくるのでそのままの状態でいた。
カガリのやっている事で何かが解決したわけではなかったのだが、心が癒されたのは事実であったからだ。

「お父様も私も、お前に負担をかけ過ぎている事はわかっているんだ。それに、私は始めはお前の事が少し気に入らなかった。でも、友達を討つ覚悟をしてまで、この国の事を考えてくれるなんて・・・・・・。ヨシヒロには、家族も友達もいるんだ。だから、自分一人で抱え込むなよ」

「カガリちゃん・・・」

そう言いながら、俺を見上げているカガリの顔は夕日の光に照らされ、俺には女神のように美しく見えた。

「カナードもキラ達もいるし、役に立つのかは不明だが、ギナやユウナもいるんだ。元気を出せよ。それに・・・・・・」

「それに?」

「私もいるし・・・・・・」

「カガリ」

過去の経験から非常に良い雰囲気になったので、俺はプラント時代の癖で躊躇なくカガリの唇に自分の唇を重ねた。

「うっ!」

カガリは何かを言いたいようだが、俺は気にせずに久しぶりのキスの感触を楽しんだ。

「どうしたの?カガリちゃん」

キスを終えてカガリの顔を見ると、始めは顔を赤くして呆然としていた彼女の表情が、次第に怒気を孕んだものになっていく。

「お前ぇーーー!いきなり、キスする奴があるかぁーーー!」

「えーーーっ!こういうシチュエーションでは、普通は行くでしょう」

「お前は、プラントで何人の女性にそういう事をしたんだぁーーー!」

「そうだな。あの時とあの時と・・・」

俺は、アカデミー時代のナンパ成功例を指折り数え始める。

「この!女たらしがーーー!」

夕方の住宅街中に、カガリ・ユラ・アスハの渾身のビンタの音が鳴り響くのであった。


「そこで、指折り数えるのは駄目でしょう」

「まさか、苦情が来るとは思わなかったから。ついね・・・」

この日の夕食は、頬に真っ赤なモミジを付けて一言も発しない俺と、俺と顔を合わせようともしないカガリによって奇妙な沈黙に包まれた。
そして、夕食後の俺の部屋でウーロン茶と袋菓子を食べながら、いつもの面子で反省会が開かれていた。

「カガリは、ああ見えても純情そのものだからね。いきなりは良くないと思うよ」

「我もそう思うな。あの男女に、恋愛経験は皆無であろうし」

ユウナとギナ准将に言われたら終わりだと思うのは、俺だけではないのであろうが、ここは素直に忠告を聞いておく事にする。

「いやあ。夕日に映るカガリちゃんの表情が、(もう準備オーケー)という感じだったからさ」

「本人に確認を取れば良いのに・・・」

「カナードは、そんな事を本気で言っているから駄目なんだよ。(キスして良いですか?)なんて聞いたら興醒めもいいところだ」

「世間一般ではそうなんだけど、カガリには聞いても良かったような気がするね」

「おっ!さすがは、婚約者!」

「その婚約者に、(カガリにキスをしたらビンタされた)なんて報告する君は、相当に駄目な人だよね」

「当たっているだけに、反論できない・・・・・・」

ユウナとカガリは婚約者同士であったが、ユウナに彼女と結婚する意志は全く存在しないようであった。
事実、このような事を話しても彼は笑っているだけであった。

「そういう自分はどうなんだよ」

「僕はまだ若いからね。もう少し遊んでからにするよ」

「カナに髪を伸ばさないかと言って、見事にフラれたよな」

「ギナ准将。そこで、ネタを明かさないでくださいよ」

「カナに?」

「どちらかと言うと、お姉さんのレイナ君の方が僕の好みに一致するかな?でもさ・・・・・・」

ユウナが視線を向けた方向では、キラとカナードが狂犬のような視線を向けていた。

「お友達状態から脱していないのにね」

俺の一言で、二人は今度は捨てられた子犬のようにうな垂れてしまう。

「ここは、ハッキリと好きだって言わないと駄目でしょう」

「そうだね。普通は、告白するよね」

「我もそう思うな」

「でも、恥ずかしいじゃないですか」

キラは、自分から告白するのが恥ずかしいようだ。
多分、この様子ではナンパなんてした事もないだろうし、女の子と付き合った事もないのであろう。

「じゃあ、一生友達のままだな。それに、レイナもいつまでも一人って事もないし」

「確かに・・・・・・」

カナードが俺の意見に賛同するが、彼もキラと五十歩百歩の状態で、女性との付き合いは皆無であろうと思われた。

「それで話は変わるけど、レイナもカナもミスカレッジコンテストに出るんだよね」

「ミスカレッジコンテスト?」

「学生が対象のミスコンテストですよ。他人の推薦のみでしか出られないそうで、レイナとカナとフレイが出るそうです」

ギナ准将の疑問に、俺は簡単に説明をする。

「我々の周りには美人が多いからね。でも、ミリアリアでも出られないのか。意外とレベルが高いようだね」

「ミリィは、綺麗というよりは可愛い系の娘だからね。でも、そのレベルの高いコンテストに妹が二人も出場か。兄としては、鼻高々というわけで」

「いつもと違う学園祭の雰囲気で、好きな相手に告白か。ミスコンに出れば、ライバルが増える確率もあるわけで、ここは大きなチャンスだと思うね」

「「よーーーし!俺(僕)が!」」

ユウナの一言で、カナードとキラが無駄な気合を入れ始めるが、二人の争いがどのような決着を迎えるのかは、まだ誰にもわからなかった。


「いきなりキスされたからビンタしちゃったの?それで、あのモミジの跡なんだ・・・」

ちょうど同じ頃、カナの部屋ではレイナとカガリが集まって、女性同士での報告会が開かれていた。

「いきなりだったから・・・。つい・・・」

「嫌だったの?カガリ」

「嫌じゃない。後でちょっと嬉しかった」

カガリは、下を向きながら顔を赤くしている。

「でもさ。兄貴のどこが良いの?顔は・・・・・・普通よりも少し上か。背もそこそこで、性格は・・・・・・優しいかな?財力も・・・・・・普通かな?でも、カガリの周りには、ギナ様とかユウナさんがいるじゃない」

「カナは、本当にあの二人が恋愛対象になるとでも?」

カガリの質問に、カナばかりかレイナも少し考え込んでしまう。
二人ともオーブを支配する首長家の子息だし、知力・財力・ルックスも悪くなかった。
だが、ギナはある意味何かを超越している部分があって、恋愛相手としては不向きであったし、ユウナも「悪くはないけど、ちょっと・・・」という欠点を抱えていた。

「でも、カガリはユウナさんと結婚するんでしょう?お兄さんとは、その前のお遊びみたいな感じで。政略結婚も国を維持するには、必要という事でね」

「レイナ・・・・・・。お前は、意外と冷めた物の見方をするんだな・・・・・・」

「だってねえ。カナ」

「そうよねえ。レイナ」

カガリには、二人が考えている事がすぐに理解できた。
そしてそれを瞬時に、そして同時に考えてしまう二人が、双子である事を再確認していた。

「確かに婚約の話は事実だが、まだ婚約だけだし、本当に結婚するとも限らない。それに、ユウナには、他にも数人の婚約者がいたはずだ」

「名家って大変ねぇーーー」

「本当よねぇーーー。でも、それで私に髪を伸ばせなんて言うんだ。ユウナさんは、要注意よね」

カナの心の中で、ユウナへの評価が数ポイント下落する。

「しかし、兄貴も意外と手が早いんだね。こりゃあ、プラントで相当遊んでいたな」

「お兄さんが?まさか」

「姉貴は、兄貴に変な妄想を抱き過ぎ。兄貴はどこにでもいる普通の男で、普通にスケベだから」

「そうかな?」

「姉貴は、いつもこんなんだからね。まあ、そういう部分が、モテる秘訣なんだけどね」

「キラとカナードか。それに、ユウナもレイナみたいな女性が好きなんだよな」

カガリは、レイナの事で報われない争いをしているキラとカナードと、何百回も同じような女性の好みを語るユウナの事を思い出していた。

「そうだよね。でも、私も姉貴と双子なんだけどね・・・。性格で損をしているかな?」

「カナは、髪を伸ばせばそれで良いんじゃないのか?」

「髪が長いと鬱陶しいからヤダ」

「背やスタイルや顔の造りは一緒なのにな」

カガリの言う通りで、二人は美人双子姉妹という事でカレッジでもそれなりに有名であったが、なぜか男性に声をかけられる事が多いのは、姉のレイナの方であった。

「見てなさい!ミスカレッジコンテストでは、私が勝利してやるから!」

「ミスカレッジコンテスト?」

「私とカナが推薦されて出る事になったの。それと、フレイもエントリーされていたわね」

「フレイか。あいつも、髪が長くてスタイルが良くて・・・・・・」

「大丈夫だって。兄貴もキスまでしたんだから、カガリの事が好きなのよ。多分・・・・・・」

「そうよね。多分・・・・・・」

「多分って・・・・・・」

「「兄貴(お兄さん)が、ただの女好きになった可能性も否定できない」」

「酷い妹達だな・・・・・・」

こうして、ヘリオポリスの一日は順調に過ぎていくのであった。


(同時刻、月プトレマイオス基地〜地球パナママスドライバー宙路間、クルーゼ隊旗艦「ヴェサリウス」艦内)

「アデス艦長。状況は?」

「輸送船五隻は、護衛の巡洋艦と駆逐艦の撃沈後に降伏。輸送船の回航要員を送って捕虜を収容しているところです」

あの事件がなければ、ヨシヒロ・カザマが着任する予定であったクルーゼ隊は、月と地球の間を航行する輸送艦隊の襲撃任務を行っていた。
戦力はナスカ級高速戦艦「ヴェサリウス」を旗艦に、ローラシア級巡洋艦「ガモフ」と「フユツキ」を従え、戦力は十分であったが、ここに来て地球連合軍の輸送艦隊の大幅な減少と、パイロットの練度不足のせいであまり積極的に動いていなかった。

「少ないな」

「ですね」

「今回のモビルスーツ隊の指揮は誰が執った?」

「ラスティーです」

「シホは、補佐に回ったのか。スズキ君はどうしたのかね?」

「クルーゼ隊長。私なら、ちゃんとヒヨっ子達を監視してましたよ」

二人の会話に、雑音交じりの無線で「シグーディープアームズ」に乗ったジロー・スズキが返答を入れてくる。

「そうか。なら安心だな」

「今日も出撃されなかったのですね」

「相手に手ごたえがないからな・・・・・・」

「はあ・・・・・・」

予定では、アスラン達がアカデミーを卒業後には、全員がクルーゼ隊に回されてミゲルが副隊長として面倒を見る事になっていたのだが、直前にまたマーレの横槍が入って、人事が大きく変化していた。
アスラン・イザーク・ニコル・ディアッカはマーレが引き取る事になり、彼らの上官として、ミゲルもマーレ隊の副隊長として赴任して行った。
彼らが来る事を見越して、数人のベテランパイロットを、他所の手薄な部分に異動させていたクルーゼ隊は深刻な人手不足になり、ビーム兵器搭載実験機「シグーディープアームズ」のテストをしていたジロー・スズキとシホ・ハーネンフースを、新型モビルスーツのテストも平行して行うという条件で引き抜き、ジローにラスティーとシホの面倒を見させていたのだ。

「しかし、こんな事は言いたくありませんが、いい加減マーレ隊長の我侭には勘弁して欲しいですね」

「アデス艦長。余計な事を言うと大変な事になるぞ」

「クルーゼ隊長なら、その辺の対策もバッチリなのでは?」

「余計な事は、漏れないようにはなっている。カザマ君の二の舞はゴメンだからな」

「ですよね。あれは露骨に怪しいですからね」

「あれは、ザラ国防委員長の最大の失敗だったな。マーレの後ろにある影を大きく感じ過ぎて、変な妥協をしてしまった。おかげで彼らは賭けに勝ち、続けてこのような無茶を要求を通し、ザフト軍将兵を露骨な派閥闘争に巻き込んだ。今は戦況が落ち着いているから良いものの、これからの事を思うと、頭が痛くなってくる」

「おや?自分のボスの批判ですか?」

「私も嫁がナチュラルなので、色々と難しい側面を抱えていてな。急がしいので、モビルスーツに乗っている暇もないわけだ」

「そうですか。(急上昇のマーレ)と(窓際寸前のクルーゼ)ですからね。しかし、最近の大西洋連邦の物資輸送の減少は異常ですね」

「別に、窓際でも給料は同じだからな。反逆者にされなければ良いさ。それに、物資の件は、わざわざ地球に運ぶよりは、月で生産した方がリスクが少ないという事なのだろうな。現に、月の裏面にあるアルザッヘルの鄙びた辺境の基地が、現在大幅に拡張中だそうだ。艦船の建造ドックや、各種兵器の生産施設まで備えた大規模なものになるらしい」

「でも、それだと地球で資源が不足しますね」

「そこで、オーブが出てくるわけだ。大西洋連邦国籍の船をオーブにレンタルし、そこに物資を満載して必要な国に輸送するという事だな。違法スレスレだが、違法とは言えない。そして、船員もオーブの船会社に転籍した者ばかりだ」

「こすい手ですね」

「ブルーコスモスにも顔を連ねている、ジブリール最高顧問のアイデアだそうだ。彼は、これで地球連合内に影響力を増大させた。そして中立であるオーブも、天秤が少し地球連合側に傾き、その件で最強硬派のアリシア議員達がエザリア議員を担ぎ上げて騒いでいる。もっと強圧的に要求を出せという事らしい。穏健派のカナーバ外交委員長は、輸送する物資の量の制限をオーブに提案したらしいが、プラントに制限が掛けられていない上に、物資もただの鉱物資源で兵器というわけでもないからな」

ここのところのザフト軍の通商破壊作戦は、成功率はうなぎ登りであったが、量は大幅な下落傾向にあった。
理由は簡単である。
破壊や拿捕できる輸送艦隊の量が大幅に減ったのに、ザフト軍の艦隊の数はそのままであったからだ。
ザフト軍としても、オーブ国旗を掲げた輸送艦隊を撃破したり拿捕するわけにもいかず、指を咥えて見ているしかない状況が続いていた。

「地球連合とプラントの生産力の差ですか・・・・・・。カナーバ外交委員長は辛いですね。ここで最強硬派の案を受け入れて、オーブに脅迫めいた提案を出せば、藪を突いて蛇を出しかねませんし・・・」

「それと、もう一つ困った事がある」

「まだ、あるんですか?」

「日本が、プラントと距離を置き始めた」

「それは、まずいですね」

「こちらの状況を性格に把握しているようだ。(ここで無用な争いをしているプラントは信用に値せず)という事らしい。それと、例の重光一等書記官が、アズラエル理事と極秘会談を行ったようだ」

「つまり、東アジア共和国から独立させてくれるなら、大西洋連邦との同盟も考えていると?」

「東アジア共和国が使えないとわかったら、アズラエル理事はすぐに切り捨てるだろうな。そして、今次大戦で大した被害を受けていない強国が、プラントの敵になるわけだ」

「最高評議会は・・・・・・」

「ここのところ、毎日が罵り合いだそうだ」

「最初は、面白いほどに上手くいっていた。最近はまだ表面化していないが、おかしくなりつつある。プラントも終わりですかね?」

元々、生産力に圧倒的な差があり、そのための非プラント理事国との同盟や中立国であるオーブやスカンジナビア王国を利用しての戦略だったのに、それが根底から崩れつつあるのだ。
一旦、戦況の針が向こうに向いたら、プラントは全面降伏を余儀なくされ、開戦前よりも厳しい条件で講和条件を結ばねばならなくなるであろう。
そして、その条件は講和でなく無条件降伏と言っても過言ではない内容になると思われた。

「ところが、最近大西洋連邦もおかしいらしい」

「例のアズラエル理事と、先ほどのジブリール最高顧問ですか?」

「そういう事だ。世界はこれから大きな混乱に巻き込まれるかもしれないな(世界が滅ぶのかは、運命のみぞ知るか)」

アデス艦長はクルーゼ隊長と腐れ縁になった影響で、聞きたくもない重要な外交機密を知り、クルーゼ隊長自身は、生き残りの手段を懸命に考え続けるのであった。


(同時刻、L4宙域内、マーレ隊旗艦ナスカ級高速戦艦「ダリ」艦内)

「アスラン。イザーク達は、大丈夫ですかね?」

「日頃、あれだけの大言を吐いているんだ。大丈夫だろう」

「ダリ」艦内のパイロット用の待機室内で、パイロットスーツ姿のアスラン・ザラとニコル・アマルフィーが万が一の事態に備えて待機していた。
L4宙域で活動する海賊の存在をキャッチしたマーレ隊長は、該当宙域にその討伐に赴き、イザークとディアッカを先鋒で出撃させ、アスランとニコルを予備戦力として残していた。
そして、出撃間際にイザークがアスランにこう言ったのだ。

「アスランは、指を咥えて見ているんだな。マーレ隊長は、俺の方が優秀である事に気が付いたらしい」

「悪く思うなよ。これは、命令だからな」

アスランとニコルは、ディアッカの言い方にも頭にきていたが、命令は命令なので素直に待機する事にする。
実際のところは、マーレが特に差別をしたという事でもなく、ただ単に順番で出番を回しているだけであった。

アカデミー在学中は「黄昏の魔弾」に特別な訓練を受け、赤服を着て卒業した五人の少年達の仲はあまり良くなかった。
万年二位だったイザーク・ジュールが、何かにつけて主席のアスランに食ってかかり、イザークと仲が良いディアッカがそれを面白そうに煽り、表面上は無視していても、内心では怒っているアスランをニコルが宥め、アスランを宥めているニコルをイザークとディアッカが優等生発言でバカにし、それにアスランが食ってかかり、騒ぎが最高潮に達した部分で常識人のラスティーが間に入るという事を繰り返していたのだ。
だが、マーレ隊長の横槍によって、四人はマーレ隊に転属する事になってしまった。
教官時代から全員と仲が良かったミゲルも一緒に赴任してきたので、モビルスーツ隊の指揮に影響は出なかったが、アスラン・ニコル、イザーク・ディアッカの諍いを止めるラスティーがクルーゼ隊に行ってしまったので、艦内では二対二で割れる事が多く、「ダリ」の乗組員達は、議員のお坊ちゃま達の子供の争いに見て見ぬふりをしていた。

「海賊側に大幅な援軍を確認!アスラン・ザラとニコル・アマルフィーは、(ジン)で出撃する事」

「了解って、誰にも聞こえませんか」

「イザーク達の尻拭いに行くぞ」

「アスラン。キツイ一言ですね」

「イザークは、常にキツイからな」

「言えてますね」

二人は「ジン」を緊急発進させ、その様子を「ダリ」のブリッジからマーレが満足そうに見つめていた。

「思ったよりも優秀で助かったよ」

「彼らを、カザマにでもぶつけますか?」

マーレの隣にいる、全ての事情を察している副官が質問をしてくる。

「良くわかっているじゃないか。オーブでモビルスーツ隊を訓練しているカザマは邪魔だからな。奴らに討ち取らせて、手柄にさせるのさ」

プラントが指名手配しているヨシヒロ・カザマの存在は、既にかなりの軍や政府関係者に知られていた。

「オーブは中立国ですが・・・」

「関係あるか!現状でオーブの戦力の増強は座視できない。違法ではあるが、ヘリオポリスで訓練している部隊は全滅させるか、少なくともカザマは討ち取る。なあに。目的を達すれば、頼みの戦力を失ったオーブには、形ばかりの抗議しかできないさ。我々と戦争をするという事は、中立を捨てるという事だからな」

コーディネーター至上主義者のマーレにすれば、地球連合とプラントの間でフラフラと泳いでいるように見えるオーブは唾棄すべき国でしかなかった。
そして、更に気に入らない事は、地球で迫害された多くのコーディネーターが、オーブに移住してその発展に力を貸している事であった。
マーレの考えでは、地球でぬくぬくと暮らしていた罪を認め、自分達に頭を下げてこちらに移住すべきだと考えていたからだ。
そして、そんな軟弱な国に少しくらい強硬な姿勢を取っても、戦争になる事などありえないとタカを括ってもいた。

「そして、議員の息子達に反逆者討伐の功績を与え、マーレ隊長への心証を良くすると?」

「それと、できたらアスランかイザークの内の一人と、ニコルとディアッカの内の一人を、カザマが道連れにしてくれるとありがたいんだけどな」

「えっ!」

副官は、マーレの衝撃的な発言に耳を疑ってしまう。

「どういう事ですか?」

「アスランが戦死すれば、パトリック・ザラは更に弱るからな。あいつはカザマの件でミソを付けているから、更に弱ってくれればこちらに都合が良いわけだ。イザークが死ねば、エザリア議員が感情的になって操り易くなる。夫を失ってから大事に育ててきた一人息子が戦死するんだ。その衝撃は、想像以上だろうな。ニコルとディアッカは、息子が死ねば父親が強硬派になるだろうという簡単な理由からだ」

「マーレ隊長は、そこまで・・・・・・」

「考えているさ。俺達は穏健派より少数の強硬派の更に一派閥に過ぎない。幸いにして、ザフト軍内部ではそれなりの勢力を築いているが、政治家や官僚や財界人に支持が薄いからな。積極的に動いて、無派閥の連中を取り込むしかないんだ。人は声の大きな奴に付いてくるものだからな」

副官は、本音を大声でペラペラと話すマーレを心配してしまうが、ブリッジ内の部下達は何も聞いていないような表情で任務を続行していた。

「心配するな。ここにいる連中は、俺の子飼いの私兵のようなものだからな。我らコーディネーターは人類の新しい希望なれど、その出生率の低さでその進歩を止められている。ならば、時間を稼ぎナチュラルの増長を止めるしかあるまい」

「そんな事が可能でしょうか?」

「幸いにして、穏健派は地球上の小汚いナチュラル共の争いに介入して同盟国を増やし、戦争の早期終結を図っているようだ。そこで、俺達は連中の目が手薄になるプラント本国で準備を開始する事にする」

「準備ですか?」

「そう。準備だ。クラインやカナーバは、ナチュラルとの共存を目標にしているようだが、月日が経てば奴らはゴキブリやネズミのように数を増やし、俺達を飲み込もうとするだろう。そこで、我々がプラントの政権を奪取し、奴らの罪の象徴である(ユニウスセブン)を落下させる作戦を計画している。あれが落ちれば地球は深刻な被害を受け、多くのナチュラル共が死ぬだろう。地球は核の冬に近い被害を受け、我々は脅威のなくなった地球から、空気と水の補給を簡単に行えるわけだ」

副官は、自分達の計画を嬉しそうに話すマーレに恐怖を抱いていた。
だが、それを悟られれば次に消されるのは自分なので、表情を変えないように努力する。 
「なるほど。コーディネーターへの脅威をなくすわけですね。でも、ナチュラルはコロニーにも住んでいますが・・・・・・」

「何で我々が食料の備蓄を進め、自給率のアップを目指しているのかがわからないのか?」

「まさか・・・・・・」

「そう。そのまさかだ。(ユニウスセブン)落下後は、環境の悪化した地球で奴らは残り少ない食料を巡って醜い争いを始め、更に人口が減るわけだ。そして、その頃には政権を奪取している我々が食料をコントロールし、宇宙で逆らう連中は軒並み飢えて貰う事になる。その時に、穏健派の連中がナチュラルとの共存を主張できれば良いがな」

「将来のビジョンは理解しました。ですが、それなら例の(ジェネシス)に建造に反対しなければ楽だったでしょうに・・・。噂によると、マーレ隊長はザフト軍の現場の将校の意見を集めて反対に回ったとか・・・・・・」

「そうだ。さすがに、あのジェネシスを照射すると、地球への被害が大きいからな。俺は地球に優しい男なんだ」

「はあ・・・・・・」

マーレ達がジェネシスの建造を認めなかったのは、「ユニウスセブン」落下作戦を行う時の通常戦力の減少を嫌ったからであった。
勿論、以前にマッケンジー臨時軍需委員長を激怒させた「メサイヤ要塞」計画へも反対を表明していたので、計画を無理に進めていた強硬派第二位の派閥を追い落とし、その勢力を自分達の派閥に吸収する事に成功していた。
そして、その第二位の派閥とは、エザリア議員の派閥の事であり、この件でミスをしたエザリア議員は、自身の影響力をこれ以上落とさないように、ザラ国防委員長よりも彼らを同志として選んでいた。

「マーレ隊長。どうして、あなたにそれほどの力が・・・?」

「俺に力などないさ。俺は最強硬派の方々の思い通りに動いているだけだ。だが、このまま十年もすれば、最年少のプラント最高評議会議長の誕生かもしれないがな」

マーレが、最強硬派の軍幹部や政治家達に気に入られている理由は、彼らの意図を素早く読み取り、その期待通りに動き、あまり過分な恩賞を期待しない点にあった。
だが、それも彼の計算の内で、彼はザフト軍内で非常に使い勝手の良い駒として重宝され、重宝されているが上に権限が与えられるというのが現状であった。
大きな目標を抱えている彼らにとって、マーレが気に入らない一パイロットの謀殺を企んだり、自分達の息子でもないお坊ちゃん達の配属先などどうでも良い事だからだ。
最近、ザラ派に属し、能力と常識を備えたユウキ司令や、優秀ではあるが何を考えてるのかが理解できないクルーゼ隊長よりも彼は重宝され、前の二人がザラ国防委員長の没落と共に窓際に移行しつつある現在、彼が強硬派の若手最有力幹部になりつつあった。

「最近、何をやっても上手くいくな。やはり、疫病神のカザマを追放した事が良かったようだな」

海賊の討伐完了の報告を背に、マーレは饒舌にこれからの計画を語っていたが、世界中で色々と動いているのは彼だけではなく、マーレ達も自身の想像を超える事態に巻き込まれる事になるのであった。


(十月中旬の週末、ヘリオポリス工業カレッジ内)

「(コンピューター研究会)は、メイド喫茶(モルゲンレーテ)をオープンさせました。お客様の来訪を歓迎します!」

あれから十日が経ち、工業カレッジでは新入生歓迎会を兼ねた学園祭が開かれていた。
俺達は、忙しいスケジュールを縫って準備を進め、ユウナの発案という最大の欠点を抱えているものの、メイド喫茶「モルゲンレーテ」のオープンに漕ぎ付ける事に成功していた。

「なぜに(モルゲンレーテ)?」

「寄付金が来たからです。スポンサーは神ですから」

全然仕事のない「コンピューター研究会」副会長であるキラが、冷静に理由を答える。

「なるほどね。でも、それは良いとして、キラとカナードのメイド姿が拝めなかったのは残念だね」

「僕は、全然残念じゃありません!」

メイド服を着る女性陣の不足という理由から、キラとカナードを女装させるつもりでいたのだが、危機感を感じたカナードが、日頃の朴念仁ぶりを振り払うかのように二人の女性を代わりに連れてきたので、二人の女装は中止という事になっていた。

「じゃあ。よろしく頼むね。立花ユリカ三尉とエミ三尉」

「ユリカって呼んでくださいね。教官」

「私もエミで良いですよ。教官」

俺は心の奥に多少の疑問を感じつつも、カナードが連れてきた二人の女性パイロットにメイド喫茶のウェイトレスをお願いする事にする。
立花ユリカとエミは、従姉妹同士でコーディネーターであり、ユリカの姉は日本国の官房副長官という要職にあり、祖父は世界で十本の指に入る特殊金属加工メーカーのオーナーであった。
彼女達は、コーディネーターでも差別される事が少ないという理由で、オーブの大学に留学していて、モビルスーツの操縦を習うために国籍まで変えて志願していた。
本当なら歓迎すべき事なのだが、スパイ目的とも考えられ、選考から外す意見もあったのだが、ウズミ代表の鶴の声でとりあえずは訓練を受けさせる事になっていた。
そして、肝心の成績であったが、コーディネーター訓練生の中で中の上という明らかに警戒感を抱かれないような成績を維持し、本当なら本国か「アメノミハシラ」に転属すべきところを、俺預かりになっていた。
性格も大人しく、俺が話しかけなければ会話もなかったので、いくらカナードの頼みとはいえ、ウェイトレスを引き受けた事が意外であったのだ。

「お休みのところを悪いけど、今日と明日は頼むね」

「任せてください。ところで、教官は調理を担当するんですか?」

背が低く中学生のようにしか見えないが、そういう趣味の客に受けそうなユリカが、俺の顔を見上げながら話しかけてきて、不覚にも少しドキドキしてしまう。

「そうだよ。日本の喫茶店の名物である(業務用レトルトっぽいカレー)の作製に勤しんでいる」

「わざわざレトルトっぽくですか?」

「いや。本当にレトルトなの。俺が作ってもねえ・・・」

「そうですわね」

今度は圧倒的なスタイルの良さを誇り、トール達の注目を集めているエミが俺に話しかけてくる。
彼女の胸の谷間に少し誘惑されそうになってしまったのは、他の人には内緒であった。

「レイナとカナとフレイとミリィは、鉄板で似合うからな。これで、バカな男の客が大量にお金を落としていくだろう」

「コーヒー一杯で、何時間も粘られると辛いですね」

「キラは、意外とお金にはシビアなんだな。大丈夫さ。三十分の交代制だから」

開店前にも関わらず、ミスコン出場者が三人もウェイトレスをしている喫茶店なので、入り口には多くの男性が並んで待っていた。

「男って、本当にバカだよな・・・・・・」

「それはないんじゃないの?そのバカが、世界の半分を支えているんだからさ。カガリちゃん。似合ってるね」

「そうか?」

カガリの声がしたので後を振り返ると、今日のために、メイド服を着ている彼女がいた。

「うん。新鮮で似合ってる。可愛いよ」

「ありがとう」

俺の一言で、カガリは嬉しそうな表情をしていた。
先日のビンタ事件の翌日、カガリは「ごめん」と小さな声で俺に謝り、それから学園祭の準備期間中は二人きりで家に帰るという、どこぞの青春真っ盛りの学生のような生活を送っていた。
だが、二人が付き合っているのかというと答えはノーであり、帰りの道でも色っぽい会話は皆無で、取り留めのない話をしているだけであった。
やはり、「オーブの獅子」の娘と正式に付き合うというのは、非常に度胸がいる事であったのだ。

「あのさ。二人で雰囲気の良いところを悪いんだけど、もう開店だよ」

調理室でミートソースを作っているユウナが、俺達に声をかけてくる。
まだ味は見ていないのだが、意外と手際は良いようであった。
何でも、ワシントン留学時に自炊をしていたらしい。

「カガリちゃん。お願いね」

「わかった」

「最初の言葉は?」

「お帰りなさいませ。旦那様」

「オーケーオーケー」

俺と別れて店内に向かったカガリは、レイナ達に教わった通りに接客を開始した。

「へえ。意外と様になっているじゃないか」

「婚約者としては、問題発言じゃないの?ユウナ」

「もはや、それも形だけだね。君に取られちゃったからさ」

「取られるのが嫌なら阻止しなよ」

「僕は、カガリを幼馴染で元気の良い妹くらいにしか見てないから」

「我も、オーブが滅んでもあの男女とは結婚しないであろうな」

同じく調理場でサンドイッチの作製に勤しんでいるギナ准将が、話に加わってくる。

「ギナ准将とカガリは、天敵同士ですからね」

「(ウズミのバカ娘)、(男女)。(モビルスーツバカ)、(最前線バカ)ですからね」

これは、ギナ准将とカガリが喧嘩をした時に呼び合うあだ名の一例である。

「我は、ちゃんと指揮を執っているではないか。それをバカ呼ばわりしおって!」

ギナ准将は怒ってはいたが、その手は正確にハムサンドを作っていた。
どうやら、見かけによらず意外と器用なようであった。

「いや。危ないから、うしろに下がって指揮を執って欲しいんですけど・・・。俺もいる事ですし・・・・・・」

痩せても枯れてもギナ准将は将官なので後方で指揮を執り、一尉である俺が前線に出るのが世間一般では常識であったからだ。

「ここまで来ると、アマミヤ教官の戦死の方が、オーブにとっては痛いんだがな・・・・・・」

「そうですか?俺は、他人に仕事を丸投げの男ですよ」

「アマミヤ教官は、人に仕事を割りふるのが上手い。それに、訓練生と言っても、オーブ軍の士官や士官候補生も多いし、彼らも将来的には指揮官や教官をやらねばならないのだ。何でもアマミヤ教官がやるのは良くない」

「ギナ准将・・・・・・」

「何だ?」

「珍しくまともですね」

「言えてる・・・・・・」

「お前らな・・・・・・」

ロンド・ギナ・サハク准将の第一印象は、やはり「モビルスーツバカ」で変な人であった。

「今日のお昼は、何にしようかな?」

そして調理場の隅では、ホー一尉がお昼の賄いメニューを懸命に考えていた。


「「「こんにちは」」」

「わざわざ悪かったな。マユラ、アサギ、ジュリ」

メイド喫茶は予想を超える繁盛振りで、俺達が遅めの昼食を取っていると、今度は同じ訓練生でも、ナチュラルでモルゲンレーテ社にも所属している三人が店内に入ってくる。
実は、一時間後にミスカレッジコンテストが開催される事になっていて、我々の仲間内から三人も出場する事になっていたので、助っ人を三人に依頼していたのだ。

「ユリカさんとエミさんと私達で留守を守りますから」

「そんなに忙しくないと思うんだよね。何しろ、本日最大のイベントであるミスコンに人手が集中するから」

「ですよね。でも、カガリ様にメイド服を着せちゃうなんて凄いですね。教官は」

「そうか?」

「普通できませんよ」

「私達では無理ですね」

俺は、マユラ達に尊敬の眼差しで見つめられてしまう。

「結果は投票で決まるらしいから、厨房兼務で悪いけど五人でよろしくね」

「教官。任せてください」

「でも、早く帰って来てくださいね」

ここ数ヶ月、見た目は大人しく可愛らしいユリカとエミについて、心の中で首を傾げながら、俺達はミスコン会場に出発する。
俺の戦場を生き残った勘が、二人に何かの違和感を感じていたのだが、それが何なのかはまだよくわかっていなかった。


「エミ。アマミヤ教官に、私のお色気攻撃が通用しないんだけど」

「ユリカ。アマミヤ教官は、ロリコンではないので無理ですわ」

「エミこそ!アマミヤ教官は、巨乳好きではないようね。おかしいな?少しオタクだというから、カナード君のお願いを聞いてメイド服を着てみたのに・・・・・・」

「この本も無駄でしたわね」

エミはポケットに本を入れていて、その本のタイトルは「男を落とす方法100」という、普通の神経をしている女性ならば絶対に買わない本であった。

「こうなったらさ。エミの魅惑のボディーで誘惑する?」

「他人事だと思って・・・・・・。そんないきなりは嫌ですわ」

「でもさ。ここ数ヶ月成果なしだよ。モビルスーツの操縦は上手くなったけど」

二人は、自分の祖父や日本国政府から特別任務を受けていた。
内容は簡単で、ヨシヒロ・カザマを誘惑して、日本の自衛隊に勧誘しろというものであった。
尚、スパイ行為等は素人がやっても絶対に成功しないので、絶対に手を出さないようにと諜報関係者に戒められていた。

「ていうかさ。男と付き合った事もない私達に無理な任務だよね」

「言えてますわ。自衛隊のハゲの人選ミスですわ」

二人は、日頃の本性を現して言いたい放題言い始める。

「とりあえず、モビルスーツの操縦の腕を磨いて、後の事は後で考えれば良いよね」

「ですわね」

二人は、日頃の我侭さを発揮して任務の放棄を決めてしまう。

「カザマ君は、どうします?」

「カガリ様がいるっぽいから無理だよね」

「「諦めましょう!そして、身近な良い男を!」」

元々、日本にいられなくなってオーブに留学していた二人に、国への忠誠心は皆無であった。


「あの二人。スパイの素質はゼロだよね」

二人は、ほとんど客のいない昼下がりの厨房内で、内緒話をしているつもりらしいが、話の内容は全てマユラ達に漏れていた。

「元々、素人なんだから仕方がないじゃん。アマミヤ教官の違和感の正体ってこれか。猫かぶりのブリっ子だったのね」

アサギは以前から、「あの二人は、何かを隠している可能性がある」と聞かされていたので、それとなく探っていたのだ。

「しかも、本音バリバリで言いたい放題。恐ろしい女達よね」

「でも、モビルスーツの操縦は上手いんでしょう?」

「アマミヤ教官の違和感その2よ。大企業のオーナーの孫娘だけあって、コーディネートは一流なのに、成績は中の上。同じコーディネーターとして、違和感を感じていたみたい」

ジュリの質問にアサギが答える。

「でもさ」

「何?マユラ」

「探るだけ無駄な二人よね」

「「言えてる」」

マユラの意見にアサギとジュリは、速攻で返事をするのであった。


「どうして!私が、ミスコンに出なきゃいけないんだよ!」

「そこを、何とかお願いします」

俺達がミスカレッジコンテストが開催される大講堂内に到着すると、先に会場に行っていたサイが、急にカガリに頭を下げ始める。

「エントリーされていた数人が、食中毒らしくて・・・・・・。実行委員会の連中に頼まれたんです。選ばれた事を誇りに思って。お願い!」

サイは知り合いの実行委員に頼まれたらしく、カガリに懸命に頭を下げていた。

「私は、ここの学生じゃない」

「ルール変更で、関係者ならオーケーなんだ。他にも、女性講師や食堂で働いている若奥さんとかも出る事になったから全然問題じゃない」

続けて、実行委員会の知り合いに事情を聞きに行っていたトールが、カガリに詳しい状況を説明する。

「それは、既にミスコンじゃない」

「カガリちゃん。シャレなんだから、気楽に出てみようよ。それよりも、一つ問題がある」

「何ですか?問題って?」

「問題って何だろう?」

俺の疑問に、サイとトールは首を傾げていた。

「その食中毒の原因が、うちの店でないかどうかだ」

俺、ユウナ、ギナ少将、ホー一尉というメイド喫茶「モルゲンレーテ」の調理者達について考えると、衛生面等で怪しい事このうえなかったからだ。

「よそのお好み焼き屋だそうです」

「なら、問題ないな。良く焼かないからだね」

オーブの学園祭で、お好み焼き屋が出る事が不思議ではあったが、日系人が多いのでそれもありなのだろうと思う事にする。

「そういう問題か?」

俺の意見にカナードが疑問の声をあげる。

「そういう問題だ。さて、カガリちゃんの意思は?」

「嫌だ。柄じゃない」

「俺としては、良い線を行っていると思うんだよね」

カガリは、日頃の言動のせいで男女的な目で見られる事が多かったが、顔も綺麗だし、スタイルも良かったので、ちゃんとすれば良い線を行くと俺は考えていた。

「とにかく、嫌なものは嫌だ!」

「じゃあ。こうしようか。出場して入賞したら、俺が何か一つカガリちゃんのお願いを聞くって事で」

「本当か?」

「家を買ってくれとかは無理だけど。できる事ならやりますよ」

「うーーーん。よし!出る!」

この程度の条件でこちらの要求を呑んでくれるとは意外であったが、カガリはミスコンに出る事を了承する。

「とにかく、お願いします」

「お願いします」

サイとトールは、嬉しそうにカガリに頭を下げ続けていた。


「それでは、ミスカレッジコンテストのスタートです!」

数分後、カレッジの学生と思われる司会者の宣誓でミスカレッジコンテストはスタートし、会場には多くの観客が集まっていた。

「最前列か。良い席をありがとうな。サイ」

「うちは四人も出場者を出しているんですよ。優遇されて当然ですって」

「サイの言う通りですよ」

俺達は、ミスコンの会場となっている特設野外ステージの最前列に陣取ってコンテストの様子を見学し始める。

「それでは、参加者の紹介を行います!まずは、情報処理科二年の・・・・・・」

元気の良い司会者の紹介で次々に参加者が紹介させていき、遂に「コンピューター研究会」から出場する事になったレイナ達が続けて紹介される。

「エントリーナンバー15番!工業科二年のレイナ・カザマさんです!」

「うっ!メイド服のまま!」

「衣装を準備している手間が面倒くさかったようで・・・・・・」

「メイド喫茶(モルゲンレーテ)の宣伝も兼ねているからね。これで、お客さんも増えると思うよ」

「意外と考えてるな。ユウナ」

俺の隣で一生懸命にメモを取りながら、ユウナがレイナ達がメイド服を着ている事情を説明する。

「何をメモしているんだ?」

「実行委員会に審査を頼まれてね。項目が細かいから、意外と面倒くさいんだよ」

いつの間に頼まれたのかは不明だが、ユウナが一生懸命に書き込んでいる採点用紙を覗き込むと、数十項目に及ぶ項目と点数欄が記載されていた。

「ふーーーん」

「続いて、エントリーナンバー16番!同じく工業科二年のカナ・カザマさんです!」

「カナもメイド服か・・・・・・」

続けてカナも紹介されたのだが、彼女もメイド服を着ていた。

「だから、宣伝だって」

「続きまして、エントリーナンバー17番!情報処理科一年のフレイ・アルスターさんです!」

「おっ!フレイか」

我が「コンピューター研究会」三人目の出場者であるフレイも紹介されたのだが、彼女も宣伝のためかメイド服を着て登場する。

「ふむ。若い頃のママにそっくりだな。胸も体も大きくなったものだな。我が娘よ」

「我が娘にセクハラ発言かよ・・・・・・」

後から変なオッサンの声が聞こえてきたので、後を振り返ると中年の男性が一人で無意味に感動していた。

「ヨシヒロ。フレイ君のお父さんなんだよ」

「あっ!そういえば!」

ユウナに指摘されて気が付いたのだが、フレイの親父さんといえば、大西洋連邦外務次官の要職にあるジョージ・アルスターであるので、本当ならばこんな場所にいて良い人物ではなかった。

「あの・・・・・・。アルスター外務次官で?」

「いかにも!私がフレイの父親のジョージ・アルスターだ。娘共々よろしくな。カザマ君」

「はあ・・・・・・」

アルスター外務次官は、俺の正体などとっくに知っているようで、俺を本名のカザマで呼んでいた。

「あの・・・・・・。大西洋連邦の外務次官ともなれば、色々と忙しいはずですが・・・・・・」

「そうだな。日頃は、分刻みのスケジュールを強要されているな。でも、今日は娘の晴れの舞台だ。是非見学せねば、天国のママが・・・・・・」

「はあ・・・・・・」

たかだか、カレッジのミスコンのどこが晴れの舞台なのかはわからなかったが、そこを突っ込んでも意味がないので、俺は核心を突く質問をする。

「それで、いかなるご用件で?」

「うーーーん。まあ、無いとは言わないが・・・・・・」

「言わないが?」

「後で、君達のやっているメイド喫茶で話をするとしようか。他にお客さんも合流する事になっているからな」

「わかりました」

アルスター外務次官は、それだけを言うとミスコンの見学に集中してしまったので、俺も視線を会場に戻した。

「続いて、エントリーナンバー20番!最後の出場者です!急遽、出場をして貰う事になりました!カガリ・ユラさんです!」

エントリーされた順番の影響で、最後にカガリが紹介され、彼女もメイド服に身を包んで会場に姿を現した。

「メイド服の参加者が四人もいますが、これは(コンピューター研究会)主催のメイド喫茶(モルゲンンレーテ)の従業員の方達にご協力をいただいたからです。ご協力を感謝します!」

「サイ」

「大切な従業員を、四人も参加させるんですからね。当然の事です」

どうやら、サイはミスコンの主催者側と交渉をして宣伝を約束させたようだ。

「全参加者の紹介はこれで終了しました。二次審査は水着審査となります。参加者の方達は、三十分以内に準備をお願いします」

司会者の一時休憩宣言に従って、俺達はレイナ達との合流する事にする。

「レイナ。カナ。フレイ。カガリ。水着はビキニ?ワンピース?」

カガリ達が待機している控え室に入室した俺は、何よりも誰よりも始めに一番大切な事を四人に尋ねる。

「お兄さん・・・・・・。他に聞く事はないの?」

「スケベ兄貴!」

「ビキニで〜す!」

「別にスケベな質問ではない!フレイのように元気に朗らかに行く事が、コンテストを勝ち抜く原動力となり・・・・・・」

「なあ。カザマ」

「どうしたの?カガリちゃん」

俺が不可思議な意見を述べていると、カガリが俺に話しかけてくる。

「水着の準備なんてしてないぞ」

「そうか!急に出場を頼んだから!」

「「しまった!準備してない!」」

サイとトールも準備をしていなかったようで、カガリのみが水着無しという状況になってしまう。

「こうなれば・・・・・・」

「何か策があるのか?ヨシヒロ」

カガリは、俺の解決策を興味深そうに聞いてくる。

「下着で出るという線で」

「ふざけるなぁーーー!」

俺は顔面に、カガリのパンチを喰らってしまう。

「コーディネーターである俺が、避けられないとは・・・・・・」

「お兄さん!セクハラよ!」

「兄貴。最低!」

「そうですよ!カガリ!私が用意した予備の水着を貸してあげるから」

「だが、フレイ嬢の水着では胸のサイズ等が・・・・・・」

「悪かったなぁーーー!」

今度は今まで静かにしていたギナ准将が、余計な事を口走ったためにカガリにライダーキックを喰らって部屋の隅に弾き飛ばされる。

「そこで、全てに備えるデキル男であるこの僕が、カガリの水着をちゃんと準備したよ。僕はカガリの幼馴染だからね。サイズもちゃんと把握済みさ」

次に、ユウナがカガリの水着を準備したと豪語するが、別に全ての幼馴染がスリーサイズを正確に把握しているという事も無かったので、ユウナはレイナ達に変態扱いで見られ始める。

「僕は、別にそういう目でカガリを見た事は一度も無いぞ!それで、僕が準備した水着を使うかい?カガリ」

「他に用意も無さそうだからな。ユウナの好意に甘えるとするか。それで、どんな水着なんだ?」

「これだよ。これぞカガリの乏しい色気を引き出す・・・・・・」

「乏しいは余計だぁーーー!」

カガリはユウナの鳩尾にパンチを喰らわしたが、ギリギリの線で彼は立ち姿勢を保つ事に成功する。

「ナイス・・・パンチ・・・。これが、用意した水着だよ」

ユウナが勿体ぶりながらカガリに差し出した水着のデザインで、更にカガリの機嫌が急降下する。

「こんな恥ずかしい水着を着られるかぁーーー!」

「ふぎょべきぃーーー!」

ユウナはカガリの渾身の蹴りを喰らい、同じく部屋の隅の壁のギナ准将が気絶している横で意識を失ってしまう。

「こりゃあ、水着というよりは・・・・・・」

「紐よねえ」

「どこで手に入れたのかしら?」

俺やカナやフレイが、全て紐のみでできている水着に呆れていると、突然控え室内に一人の中年男性が入ってくる。

「フレイ。ミスコン出場おめでとう!天国のママもさぞかし喜んで!」

「パパ!恥かしいから止めてよ!」

「アルスター外務次官・・・・・・」

「昔を思い出すな。私が貧乏学生だった頃、同じ大学に通っていた母さんもミスコンに出場してグランプリを取ってな。彼女は名家の娘で、私には高値の花だった・・・・・・」

「あの・・・・・・。昔を懐かしんでいるところを申し訳ないんですけど・・・・・・。時間が差し迫っていまして・・・・・・」

サイは、二次審査の時間が迫っている事を婚約者の父親である、アルスター外務次官に説明する。

「おっと!大切な用事を忘れていた!カガリさん。私が用意したこの水着で」

アルスター外務次官が差し出した水着は、ワンピースタイプの高級メーカー製の品物であった。

「なぜにこんな物を・・・・・・?」

中年のおっさんが、常に水着を持ち歩いていたら変態そのものなので、俺はフォローを兼ねてその辺の事情を聞いてみる事にする。

「実は、フレイに用意したのだが・・・・・・」

「ああ。娘さんにですか」

「用意したのは良いのだが、私の娘は予想以上に成長していてな。このサイズでは、特に胸が厳しいと思われるのだ。そこで、貧乳のカガリさんに・・・・・・」

「貧乳で悪かったなぁーーー!私の胸は標準だぁーーー!」

アルスター外務次官も余計な地雷を踏んでしまい、カガリのライダーキックを喰らってユウナとギナ准将の横で気絶してしまう。

「カガリ。せっかく、水着を用意してくれた恩人に・・・・・・」

「レイナ。それはそれ!これはこれだ!」

「パパ。可哀想だとは思うけど、年頃の女の子にその言葉は禁句よ」

彼は自分の娘にすら同情されないまま、数分にわたって気絶し続けるのであった。

「大西洋連邦の外務次官とオーブ軍准将二人がこの様か・・・・・・。世界は本当に大丈夫なのだろうか・・・・・・?」

そして、俺は気絶している三人を眺めながら、地球圏の将来を真剣に心配し始めるのであった。


「さあ。水着審査もこれで終了しました!あとは審査員の得点を集計するのみです!」

その後、第二次審査は予定通り行われ、俺達は気絶していた三人を引きずってミスコンの会場に戻っていた。

「ふむふむ。レイナは控えめにワンピースタイプで、カナとフレイはビキニタイプか・・・・・・」

「フレイ。大きくなったな。パパは感動したぞ!」

「あの・・・・・・。何が大きくなったので?」

「特に胸が・・・・・・。いや!全体的にだな!」

「(セクハラオヤジが・・・・・・)」

俺はアルスター外務次官の親バカというか、スケベぶりに呆れてしまう。

「最後の参加者の入場です!」

司会者の紹介と共に、カガリがアルスター外務次官の用意した水着を着て登場するが、なかなかに好評のようであった。

「おっ!カガリちゃん。似合うじゃないか」

「僕の用意した水着を着れば、すぐに優勝なのに・・・・・・」

「優勝はするが、痴女扱いだな・・・。更に、ユウナがウズミ様に抹殺されるだろうな」

「それは、考えていなかったな・・・・・・」

紐水着を用意してカガリにキックを喰らったユウナが、残念そうに手の中の紐水着を見つめる中、第二次審査も無事に終了し、いよいよ結果発表となった。

「さあ!審査員の得票の集計が終了しました!第23回ミスカレッジの栄光を掴んだのは!」

「誰なんだ?レイナか?カナか?フレイか?カガリか?」

俺達が期待に胸を膨らませて結果を待っていると、コンテストなどで定番の音楽(あの太鼓のやつだ!)が流れる。

「エントリーナンバー15番!レイナ・カザマさんです!」

「やったーーー!」

優勝は、正統系美少女であるレイナであった。
彼女は見た目と性格は大人し目なのに、水着審査で見事なスタイルを披露してそのギャップで高得点を叩き出したらしい。
やはり、いつの頃の男性も、ギャップというものに弱いようであった。

「続いて、準ミスは二人です。エントリナンバー16番のカナ・カザマさんと17番のフレイアルスターさんです!おめでとうございます!」

二人は、審査員の得点が同点になってしまったらしく、急遽二人とも準ミスという事になったようだ。

「フレイ!私の中では、ミスカレッジはフレイだけだよ」

「(バカ親父・・・・・・)でも、カガリちゃんは入賞しなかったか。残念だね・・・・・・」」

俺は、一人で勝手に盛り上がっているアルスター外務次官を横目に、惜しいかどうかはわからなかったが、入賞を逃してしまったカガリを残念そうに見つめる。

「ここは、俺がどこかに遊びに連れていくかな・・・・・・」

「えーーー。今回のミスコンは、予想以上の盛り上がりと僅差の勝負となりましたので、特別に審査員特別賞を設けて、その栄誉を称えたいと思います。20番のカガリ・ユラさん!こちらに、どうぞ!」

「えっ!私が?」

こうして、予想外の出来事でカガリも入賞を果たし、我が「コンピューター研究会」は、出場者全員が入賞という、最高の結果で幕を閉じたのであった。


「あーーーあ。レイナに負けちゃった」

「私もよ。華麗な妹の逆襲というシナリオが台無し」

ミスコンを無事に終えた俺達は、次なる目的地に向かって皆で学園内を歩いていた。
俺はまだ何なのか聞いていなかったが、ミスカレッジの初仕事という物を、学園祭実行委員会からサイとトールが仰せつかってきたらしい。

「フレイ。準ミスでも大したものじゃないか」

「ありがとう。サイ」

「そして、その美少女が婚約者のサイが羨ましい・・・・・・」

「アマミヤさん。そんな事を言われると、照れてしまうじゃないですか」

俺のお世辞に、フレイは満更でもないという表情をする。

「サイ。気を付けないと、婚約者を兄貴に取られちゃうよ」

カナがサイに要らぬ忠告をしていたが、それは考え過ぎというものであった。
彼女はコーディネーター嫌いで有名だったし、彼女の父親であるアルスター外務次官はブルーコスモスとの繋がりを噂されている人物だったので、俺は彼女にそういう感情を一切抱いていなかった。
しかも、俺の過去の女性遍歴は一夜の出会い専門で、後追いをしないタイプのものであったので、婚約者が近くにいる女性に手を出すはずも無かったからだ。

「あのね・・・・・・。俺は、そこまで節操無しじゃないんだけど・・・・・・」

「婚約者と言っても、親同士の話ですからね。お互いに他に好きな人ができる可能性もあるわけで・・・・・・」

「サイの言う通りですよ」

「ふーーーん」

俺は特に興味もなかったので、次の話題を振る事にする。

「カガリちゃん。約束だから、何でもお願いを聞くけど」

「本当か?」

「だって。特別賞でも、入賞は入賞だからね」

「やったーーー!」

俺は彼女のあまりの喜びように、何かとんでもない事を頼まれるのではないかと、少し心配になってしまう。

「それで、お願いって何?」

「これから、休日にたまにどこかに連れてってくれれば良い・・・・・・」

「そのくらいなら、オーケーだよ」

「(それって、デートじゃないの?)」

「(ミスコン入賞のご褒美って事にして目的を達するか。カガリらしからぬ遠回りな策だね)」

「(あんな男女とデートして楽しいのだろうか?アマミヤ教官は)」

「(僕も、レイナをデートにでも誘おうかな?)」

「(俺もレイナをデートに)」

何人かの人達がそんな事を考えていると、先頭を歩いていたサイとトールがカレッジの体育館の入り口で足を止める。

「体育館に用事なのか?サイ。トール」

「ええ。何でも、ある歌手がコンサートを開くそうなので、その人に花束を渡す役がミスカレッジになったばかりのレイナの役割という事でして・・・・・・」

「私が?それで、ある歌手って誰?」

「それが、誰も知らないんですよね」

「そんなわけがあるか!サイ!学園祭のパンフレットを見せろ!」

俺がサイから受け取ったパンフレットを見ると、確かにコンサートを開く歌手の名前が秘密になっていた。
普通の学校や去年までのカレッジでは、事前に来るゲストの告知等が普通に行われていたのに、今年は、「大物歌手がカレッジ体育館に来場します!誰なのかは、お楽しみに!」とパンフレットに書かれているのみであった。

「サイ。誰なのか聞いてないの?」

珍しく、キラが率先してサイに質問をする。

「実行委員会の数人しか知らない極秘事項で、俺にも教えてくれなかったんだ」

「誰なんだろう?大物歌手って」

「ミリィ。あまり過剰な期待は止めた方が良いよ。学園祭の予算を考えれば、有名な歌手なんて来ない事が確実なんだからさ」

「大物と言っても体が大きいとか、昔は売れてたけど今はそれほどでもでも無いとか、そういう事なんじゃないの?」

「ユウナの意見に俺は賛成だな。大方、そんなものだろうぜ」

俺達があまり期待をしないで体育館の関係者専用入り口に入ろうとしている頃、反対側のお客さん専用入り口では、不思議な団体が会場に入ろうとしていた。


「叔父様。本当に、こんな学園祭のコンサートに大物歌手なんて来るんですか?」

「ミリア。今日は、家族と近しい人達だけのお忍びの旅行なんですよ。だから、パパと呼んでください」

「はい。パパ」

この日、ヘリオポリスが崩壊でもしたら、世界は大きな損失を受ける事が確実であった。
オーブの首長一族の後継者が三人と、大西洋連邦外務次官。
そして、地球連合の対プラント戦争の補給・兵器配備などに大きな力を持つある大物人物が、家族と側近のみを引き連れてお忍びで旅行に来ていたからだ。

「あの・・・・・・。小父様。私は邪魔なのでは?」

「アヤ。君は、ミリアの大切な友人ですし、子供の頃から一緒にいるのです。だから、遠慮する必要なんてありませんよ」

「ありがとうございます」

「この数日は、忙しい戦局やら、ヒステリー母・娘やら、ジブリールのオカマ野郎やら、無能で話すだけで腹が立つ軍人共の事を忘れて、家族で楽しく過ごす事にしましょう」

「ムルタ。奥様とお嬢様を、ヒステリー呼ばわりは酷くない?」

「どうせ、お互いが打算だけで動いている冷めた表面上だけの関係ですからね。陰口くらい向こうも叩いているでしょう。それに、レイリアはアレの話を一方的に聞いているだけですから、私の事を憎んでいますし・・・・・・」

肩書きは地球連合軍需委員ながら、その影響力と権力は絶大なものを持っているアズラエル理事は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
父親の代には、ロゴスでも末席でジブリール財団より格下であったアズラエル財団を大きくするために、後継者の男子が存在しないある大規模な財団の一人娘と嫌々結婚した過去があったからだ。
アズラエル理事は、本当は自身の家庭教師を務めていた三歳年上のエミリアと結婚したかったのだが、その頃は健在だった父親の反対やら、財団を維持して従業員の生活を保障しなければいけないという大人の事情に逆らいきれず、先のお嬢様と結婚し、向こうの財団を吸収して今の規模に発展したという事情が存在していた。

「でも、奥様との関係は維持しなければ駄目よ。旧ゲイツ財団の派閥は今も強大な力を持っているし、我々に吸収された事をいまだに根に持っている人が多いから」

アズラエル理事の本妻の出身財団は、旧西暦にコンピューター関連の事業で莫大な富を稼いだ人物の興した会社が元になっていた。
その後、様々な事業を展開して、数百年でロゴスの上位構成員に顔を連ねるようにまでなっていたが、男子の後継者がいないという弱みをアズラエル理事の父親に突かれたのだ。

「そうなんですよね。そこを、ジブリールのオカマ野郎が、上手く突いているようでして・・・・・・」

「クロードに調査を頼んでいるから、もう少しすれば、何を企んでいるのかがわかるはずよ」

「エミリアは優秀ですよね。私よりも、トップに向いているのでは?」

「私はあくまでも、影の存在よ。さて、会場に行くとしましょうか」

エミリアは話を打ち切って、会場に入る事をみんなに勧める。

「ねえ。お母様でも、大物歌手の正体は不明なの?」

「ミシェルが、調べたんだけどね。何故か不明なのよ。まあ、別に誰でも良いんだけどね。今日は、アルスターさんと合流できればそれで良しなのよ」

「そうなんですか」

アズラエル理事、エミリア、ミリア、アヤが話をしていると、蚊帳の外に置かれた一人の金髪の少女が、ミリアの服の袖を引っ張りながらお願い事をしてくる。

「ミリア。ステラ。喉が乾いた」

「うーーーん。そう言われると喉が乾いたわね。アヤはどう?」

「私もお茶が飲みたいわ。ウーロン茶が良いな」

「パパは?」

「コーラが飲みたいですね」

「駄目よ。この前、主治医の先生に血糖値が高めだって注意されたばかりでしょう。アヤを見習ってお茶にしなさい」

「わかりましたよ・・・・・・。あの、ダイエットコークでも駄目ですか?」

「駄目!」

「とほほ・・・・・・。僕はジャスミン茶で」

「私は、100%のグレープフルーツジュースかな?ステラは、何が飲みたいの?」

「うんとねえ。オレンジジュース。ツブツブが入っているやつ」

「お母様は?」

「アイスレモンティーで良いわよ」

「聞いたわね?アウル。買ってきなさい」

「ちょっと!待てよ!何で僕が行かないといけなんだよ!」

ミリアは、ステラの傍にいる水色の髪の少年にジュースを買ってくるように命令するが、彼は断固としてそれを拒絶した。

「パシリの癖に生意気よ!」

「何で僕なんだよ!ステラに頼めば良いじゃないか!」

「だって、このグループの人員構成を考えなさいよ。まずは、一番偉いのはお母様!」

「僕じゃないんですか?ミリア」

アズラエル理事は、愛娘にエミリアとの実際の力関係を見破られて少し落ち込んでしまう。

「二番目がパパで、三番目は私。四番目はアヤで、五番目はステラで・・・・・・」

「ちょっと!待てよ!そこがおかしいじゃないか!普通は年上のスティングか、数ヶ月だけど生まれの早い僕だろうが!」

「だって、あの施設から私が引き取ったのはステラだけよ。アウルやスティングや他の連中は、ステラがどうしてもって言うからオマケなのよ。アウルは、ステラに感謝しないと」

「うっ!正論だけに反論しずらい・・・・・・」

この三人の少年少女達は、アズラエル財団が昔から行っていた「遺伝子をコーディネートしないで、自然にコーディネーターに匹敵する能力を持つ子供を作り出して、兵士として活用する」というプランの成功体であった。
本当は、戦局が厳しくなっていたので、催眠誘導や薬品投入で能力を強化して実戦に投入する予定であったのだが、思わぬ事情からそれを中止する羽目になっていた。
ジブリール最高幹部に研究所の場所を察知され、それを子飼いのマスコミにリークされる寸前だったのである。
実は、ジブリールも戦闘用コーディネーターである「ソウキスシリーズ」の一部や、刑務所で服役している犯罪者に刑の軽減と戦後の恩赦を条件に、薬物強化などをおこなった兵士の子飼化を進めているのだが、アズラエル理事が仕返しをしようとしても、証拠を掴む事ができなかったのだ。
そこで、アズラエル理事はエミリアに密かに証拠の隠滅を依頼し、彼女は穏便に自分の経営している孤児院に全員を送り込んで知らん顔をしていた。
そして、そこを偶然に訪れたミリアがステラを気に入り、護衛兼妹代わりとして常に自分と行動を共にさせていた。

「だから!あんたは、今言われた飲み物を買ってくるのよ!ドゥーユーアンダースタンド?」

「ちくしょう!この我侭女め!おい!スティング!お前も何か言えよ!」

「ジャスミン茶とウーロン茶と100%グレープフルーツジュースとツブツブオレンジジュスとアイスレモンティーだな。俺は、ポカリスエットが飲みたい」

「いいよ。はい。お金。おつりはお小遣いね」

ミリアは、スティングに少し多めにお金を渡した。
それと、ミリアは別に我侭というわけでもなかった。
エミリアとミリアは、アズラエル一族に名は連ねていたが、事情を知る連中からは常に陰口を叩かれる存在だったので、日頃は大人しくしていてあまり我を出すタイプではなかったからだ。
ただ、久しぶりに自分の父親の事を「叔父さん」ではなくて「パパ」と呼べる嬉しさと、自分と同年代の少年少女達と出かけられる事から、少しテンションが上がっていただけであった。

「スティング!お前!何の抵抗も無く飼い慣らされやがって!」

「失礼な。別に、理不尽な事を言われたわけでもないだろうに」

スティングはそう言い残すと、素直に頼まれたジュースを買いに行ってしまう。

「ちくしょう。俺は、絶対に媚びないからな!」

「お母様。こいつ。生意気」

「この年頃の男の子ってこんなものよ。ムルタも昔はこんな感じだったし」

「そうですね。年はもう少し上でしたけど、継ぎたくもない財団のために、勉強の毎日でしたからグレてましたね」

「ふーーーん」

「おい!ステラ!お前はこんな風になるんじゃないぞ!」

「アウル」

「何だ?」

「ジュース買って来て」

「お前の我侭が染ったじゃないか!」

「あんたの方が我侭なのよ!」

「二人とも、恥ずかしいから止めてよ」

四人の少年少女達が不毛な言い争いをしている横で、アズラエルとエミリアは他の真面目な話をしていた。

「エミリア。それで、レイリアの事ですが・・・・・・」

アズラエルは、エミリアに自分の本妻の娘について調査を依頼していて、その結果を彼女の口から聞いていた。

「クロードからの最新の報告では事実らしいわね」

「やはり、そうでしたか。それで、誰の?」

「ジブリールらしいわね。担当した医師の証言を金で引き出せたから事実よ」

「でも、彼は・・・・・・」

「ええ。同性愛者で、十代の中性的な少年が大好きで、女性に一切の興味は無いわ。人工授精の相手として、精子を提供した。それだけの事よ」

「あの女・・・・・・。この場で縊り殺してやりたいですね。打算で結婚したとはいえ、そこまで嫌われていましたか」

「あなたの死後、あなたの血を継がない娘とその婿がアズラエル財団を継ぎ、高笑いをする。そういうシナリオだったみたい。でも、それをした直後に隠していたミリアと私の存在を知って、激怒したらしいわね」

「そして、密かに私がミリアとその婿に財団を継がせようとしている事も察知されましたか」

「ジブリールは、旧ゲイツ財団の主要な連中と会合を継続して行っているわ。そして、それに奥様も加わっている可能性も・・・・・・」

「何となく彼らの計画の内容が見えてきましたね。でも、表立っては動けませんね。下手に騒ぐと、アズラエル財団が弱ったと思われて、ロゴスの他の連中や政治家や軍人達に舐められますからね」

「そうね。内部の事は私がやるから、あなたは大西洋連邦や地球連合のためにしっかりと働いて頂戴」

「こうなると、小物のジブリールの方が有利ですね。彼は、自分のために動き易いですからね。有用な意見は述べても、実行は他人に任せる。でも、その意見は役に立っているから、自分の功績となっている。これでは、どちらが使われているのかわかりませんよ」

「腐らないの。この数日は、そんな事は忘れて・・・って、無理よねえ」

「ええ。アルスター君が、面白い人物を紹介してくれるそうで」

「誰なのかしら?気になるわね」

エミリアは知らない振りをしていたが、実はこの顔合わせを計画していたのは、エミリア自身であった。

「おーーーい!ジュースを買ってきたぞ!」

そこまで話したところで、スティングが頼まれたジュースを買って戻ってくる。

「えーーーと。アズラエルのオッサンが、ジャスミン茶で」

「僕って、オッサンなんですか?」

「若作りはしていても、四十歳前なんだろう?」

「それは、事実ですけどね・・・・・・」

アズラエルは、渋々と頼んだ飲み物を受け取る。

「エミリア様が、アイスレモンティーで・・・・・・」

「僕よりエミリアの方が年上で・・・・・・。いえ。何でもないです」

アズラエルはエミリアに鋭い視線で睨まれたので、これ以上の発言を控える事にする。
彼は経営者でもあったので、引き際もそれなりにわきまえていた。

「アヤがウーロン茶で」

「サンキュー」

「ミリアが100%グレープフルーツジュースで」

「ありがと」

「ステラ。ツブツブのオレンジジュースは無かったぞ。普通のだけだ」

「残念・・・・・・」

ステラは本当に残念そうにオレンジジュースを受け取った。

「そして、俺がポカリで・・・・・・」

「スティング。俺の分は?」

「お前はリクエストをしなかったから、適当に買ってきたぞ。はい」

「サンキューって、何で(チェリオ)なんだよ!」

「うわっ!毒々しい色のジュースね」

「メイドインジャパン・・・・・・。私の祖国って、不思議の国よね・・・・・・」

なぜ、今だに「チェリオ」が売られていて、それがオーブにあるのかは不明であったが、買い物を頼まれると、不思議な物を一つ混ぜて買って来るのは、スティングの得意技の一つであった。

「エミリア。やはり、ミリアには友達が必要なようですね」

「ええ。明るくなって良かったわ」

その後、ジュースを飲み終えたアズラエル理事一行は、体育館のコンサート会場に入るのであった。


「カザマ君。いや、アマミヤ君か。こっちだよ!こっち!」

「アルスター外務次官。いきなりいなくなったと思ったら・・・・・・」

コンサート会場に到着した俺達が席の確保をしようと会場内を見渡すと、最前列でアルスター外務次官が手招きで俺達を呼び寄せ始める。

「いやね。ある方々と待ち合わせををしていてね」

確かに、アルスター外務次官の隣には、見た事があるような無いような連中がいて、俺達を興味深そうに見つめていた。

「アマミヤ教官。あの人物を知っているか?」

「そうですね。どこかで見た事のあるような・・・・・・」

俺はギナ准将の問いに、全記憶力を振り絞って答えようとしていた。

「誰だったかな?どこかで見た事が・・・・・・」

「僕は君の事を知っていますよ。我が軍の大切で有能な将官達を多数殺害してくれた元ザフト軍の(黒い死神)ですよね?」

「思い出しましたよ。環境差別団体のスポンサーで、我々の駆除を目論んでいるアズラエル理事でいらっしゃいましたか」

突然の面会となった俺とアズラエル理事は、お互いに警戒心と殺気を放ちながら一瞬も目を逸らさないで睨みあっていた。

「ヨシヒロ・・・・・・」

「呉越同舟というわけだな。しかし、アルスター外務次官も人が悪い。最悪の組み合わせではないか」

「ギナ准将。私が本当に組む事が不可能だと感じていたら、二人を引き合わせたりしませんよ。これでも忙しい身なので、無駄な事はしないのです」

「それで、これはアズラエル理事の意思なのですか?」

「いいえ。ユウナ様。引き合わせを依頼したのは、こちらのエミリア様です」

アルスター外務次官は、ユウナに四十歳前後の上品な婦人を紹介する。
ユウナの見立てでは、二十年前はかなりの美人であった事が想像された。

「へえ。アズラエル財団の金庫番のねえ」

「私をご存知でしたか。ユウナ・ロマ・セイラン様」

「僕が単独で知りようも無い。父上から聞いているだけですよ」

「普通の方は、教えて貰えませんからね」

「何か。空気が重いよね。カナード」

「お前・・・・・・。事の重大性を理解しているのか?」

「偉い人みたいだよね」

「お前ね・・・・・・」

カナードは、キラのあまりの天然ぶりに呆れ果ててしまうが、普通の一学生であるキラにしたら、まるで実感の沸かない出来事でしかなかった。

「いいか。良く聞け。あの男はムルタ・アズラエルという男で、かなりの規模の財団の会長だ。その他にも、環境団体であるブルーコスモスやら、大西洋連邦やらに多大な影響力を持っていて、今次大戦での地球連合側の最重要幹部と言われている実力者だ。わかったか?キラ」

「それで、そんな人が何の用事なんだろう?」

「そう言われてみると、不思議な話だよな。カザマは、そこまでの大物じゃないからな。普通はウズミ様と会った方が役に立つってものだし・・・・・・」

「サイ。空気が重いけど、一学生の僕達じゃねえ・・・」

「カズイの言う通りだな」

「早くコンサートが始まらないかしら・・・・・・」

「パパ。休みの時まで、こんな面倒を・・・・・・」

「お兄さん・・・・・・」

「今日の兄貴は、おっかないわね」

「ミリア。小父様は事情を知らなかったようね。エミリア様の策かしら?」

「みたいよね」

「ステラ。退屈」

「あーーーあ。退屈だな。スティング」

「しかし、アズラエルのオッサンと睨みあうなんて、度胸のある奴だよな」

「コーディネーターで敵だからだろう。でも、サシでやれば、あのオッサンの命日は今日だよな」

「お前な・・・・・・。一応は、雇用主なんだからさ」

俺とアズラエル理事が睨み合いを続け、周りが退屈そうにそれを見ていると、遂にコンサートの開始時刻となった。

「お待たせしました!今日!この会場にいる人は大変にラッキーです!今年はカレッジ始まって以来の大物歌手の方に来ていただきました。それでは!紹介します!プラント最高評議会議長の一人娘にして、プラント一の歌手であるラクス・クラインでーーーす!」

「オーブのヘリオポリスのみなさん。工業カレッジの学生のみなさん。こんにちは。私はラクス・クラインです」

「へっ?」

「えっ?」

「嘘っ!」

司会者の絶対にありえない紹介に、俺やアズラエル理事ですら睨みあいを止めて呆然とステージ上を見つめる中、ピンク色の髪をした歌姫が新作のドレスを纏って入場してくる。

「嘘だ!絶対にありえないぞ!おい!実行委員会!」

俺が物凄い剣幕で近くにいた実行委員の一人を問い詰めると、その迫力に負けた彼が真相を語りだした。

「当ても無いままに、多くの大物歌手の方に駄目元でアポを取ったら、少ないギャラにも関わらず、快諾してくれまして・・・・・・。条件は、無用な混乱を避けるために絶対の秘密保持で、それはこちらでも行うからと、そういう次第でありまして・・・・・・」

しどろもどろに事情を説明する実行委員を他所に、ラクス・クラインは自分の持ち歌を歌い始め、観客はそれに聞き入り始めた。
コズミック・イラ70、十月の中旬。
ヘリオポリスは戦火に巻き込まれてはいなかったが、政治闘争に渦には巻き込まれつつあった。


               あとがき 

パラレルなので、前作と違う設定が少し?あります。
その変のツッコミは容赦してください。
 

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