二人の少女はベッドの上で混乱していた。
二人とも下校途中だったはずだ。
一方の少女はかつて兄と慕った人狼の攻撃を辛うじて剣で受け止め、もう一方の少女はクラスメートの少年とその場面に出くわした。
その筈だった。
何故いきなりこんな所に寝ているのだろう。
周囲を見渡すが、見た事も無い部屋の中であった。こんな所に来た憶えはない。
ただ一つ分かる事は
「あ、あの杜崎さん? 凛ちゃん?」
二人の間に割って入るように横になっていた少年はシメなければならないという事だけだ。
「式森君。この状況、なんて説明するつもり?」
「貴様、このような不埒な真似をしてただで済むと思うな!!」
その反応に少年は何故か嬉しそうで、少女達は怒りの中『……マゾ?』と疑ってしまった。
ともあれ戦闘のプロである少女達による、一般人の少年に対する一方的な暴力が始まった。
「人の家でそんなに暴れないでくれないかい。
家具も随分壊してくれたものだね。」
紅尉がそう言いながら部屋に入ってきた時には、部屋の中の物や和樹が破壊され尽くしていた。
「杜崎君や神城君がここまで元気という事は……」
紅尉が自分の眼鏡に魔法をかけると、和樹、沙弓、凛の三人の姿に数字が被さって見えるようになった。
他の二人は6桁の数値を叩き出しているのに対し、和樹の数値は5だ。
「全く。式森君、また魔法を使ったね。
死にたいのかね、君は。」
嘆息しながら和樹の魔法行使を咎める紅尉だが、今の和樹は答えられる状態ではない。
全身を切り刻まれて血達磨になり、あちこちの関節が破壊されて、肉が潰されている箇所も多く、生きているのが不思議なくらいの惨状である。
もっとも意識はあるようで、時折呻いている。
「紅尉先生?
何処なのですか、ここは。」
「何処も何も、私の家だよ。
なんだい、まさか保健室に住んでいるとでも思っていたのかい?」
「い、いえ、そういう訳ではありませんが。」
紅尉は凛の質問に答えながら和樹に歩み寄り、回復魔法による治療を始める。
「全く派手にやってくれた物だ。式森君の骨に防護ルーンを書いておいて正解だったよ。
やっておかねば間違いなく君達に殺されてしまっていた所だ……なんだね君達、式森君までその視線は。」
三人とも目で『何時の間にそんな事したんですか?』と訴えている。
「君達も加減や躊躇がないのかい。
見知った人間をこんな目に合わせて、君らの手や刀についた血糊を見てごらん。」
「「えっ。」」
紅尉に言われて自分達の体や凛の刀に付着した和樹の血と、瀕死の和樹を今更ながらに見比べる沙弓と凛。
「いや、これは当然の仕打ちなのではありませんか?
私達は軽く撫でただけです。」
「軽く撫でただけでこんな風に死に掛けるわけがないだろう。」
「防御が弱い式森が悪いんですよ。
私達ならあの程度の攻撃では、こうはなりません。精々戦闘不能くらいですよ。」
紅尉はふぅ、と一息つくと少女達に言った。
「魔法で強化された君達の攻撃をマトモに浴びたら、人間は普通こうなるんだよ。
君達がその程度で済むのは防御魔法で防いでいるからだろう。一般人の式森君に無茶言うんじゃない。
一回防御魔法無しでマトモにその刀で斬られてみるかい?」
「それは魔法回数が少ない式森の方が悪いんです。」
「……魔法回数をあまりに重視しすぎる風潮も考え物だね、全く。」
魔法エリートに限らず、一般人や和樹のような落ちこぼれをも含めて、世間の見方は大体紅尉よりも凛に近い。
魔法が使えないにもかかわらず退魔師を打ち倒してしまえるユウや伊沢の凄まじさも、これでは一般には認知されない。
彼等は一撃必倒という重いリスクを背負い、射程と言う埋めようのない差を抱え、防御魔法によって多くの攻撃手段を封じられ、あらゆる魔法による搦め手を一方的に使われながら、それでなお魔術師を、退魔師を倒しているのだ。
冷静に考えてみれば化け物以外の何者でもない筈なのだが、世間一般では精々この少女達より若干劣る程度の扱いになってしまうだろう。
一般人と言う時点で軽く見られてしまうのが、この魔法世界なのである。
格闘技に限らずあらゆるスポーツが魔法によって魔術師に占領されている世の中なのだから、当たり前といえばそれまでなのだが。
「それにしても一体、どういう経緯でここまでやれたんだか……」
「式森君がどういう経緯で私達に何をしたのか話そうとしなくて、尋問してたらこうなったんですけど。」
沙弓がそう紅尉に返答する。
「答えは聞けたのかい?」
「いいえ。」
「だろうね。」
そこで紅尉は考える。和樹が使った魔法は記憶消去の類だろうか。
それにしてはおかしい所があった。
糸繰りに奪われたはずの彼女達の魔法回数が元の数値に戻っているのだ。
ただでさえ魔法回数が回復する事は奇跡に等しいと言われているのに、1万回以上回復させるような荒業など和樹の魔法以外に有り得ない。
「確かに式森君が君達に何をしたのかは、私も興味がある。
だが、どういう理由でそれをしたのかは知っている。式森君が口を割らない理由もね。」
「では、教えていただけませんか?」
「いいや、駄目だ。世の中には知らない方が幸せな事もある。
式森君が口を閉ざして守ろうとしたのは秘密なんかじゃない、君達の幸せだよ。」
紅尉の物言いは、少女達に有無を言わせなかった。
「とりあえず服を洗濯機にでも入れておきたまえ。血が固まると面倒だぞ。
刀の手入れも必要だ。後、風呂にも入って体に付着した血も洗い落とすといい。
換えの服は妹の物がある筈だ。
神城君には大きすぎるが、他に女物の服がないから我慢してくれたまえ。」
「「妹?」」
ボロ雑巾のような状態の和樹まで目を見開いている。
「ふむ、知らないか。まあ誰かに話した憶えも無いから、当たり前といえば当たり前か。
私には紫乃と言う妹がいてね。
まあ美人ではあるんだが死体愛好者というか死者愛好者というか、特殊な趣味をしていてね。
ゾンビやら幽霊やらをコレクションしているせいか、男がトンと寄り付かないんだ。」
そりゃぁ寄り付く訳がないだろう。
三人の心は一つになった。
「そ、そんな人の服を着ろと……」
「人の妹に向かってそんな事を言うのかい。
それに服を血まみれにして台無しにしたのは君達だろう。」
そう言われてはグゥの音も出ない。
二人は風呂場と洗濯機の場所を紅尉から聞かされて、部屋を出て行った。
紅尉は二人が出て行ったのを確認すると、和樹に話しかけた。
「さて、もう喋れる位には回復したんじゃないか?
君は彼女達にどんな魔法をかけたんだい。聞かせてくれないかね?」
「時間の巻き戻し、ですよ。
彼女達の時間を下校位まで戻したんです。
だから彼女達にとっては記憶の欠落とかじゃなくて、本当に下校していた次の瞬間にあのベッドに寝てた事になります。」
「……なるほど。
魔法回数が回復したんじゃなくて、そもそも使った事、奪われた事がなかった事にされたから減っていない、という事かい。
こんな凄まじい大魔法をあっさりとやってのけるとは、全くとんでもない魔力もあったものだ。」
時間の制御、しかも逆行ともなれば神話や伝説の世界でもそうは見られない大奇跡である。
「とはいえ、『迂闊な事をするんじゃない』と咎めないわけには行かないな。」
「でも二人とも、糸繰りのせいで精神的に凄い状態にされちゃってたじゃないですか。」
「確かに彼女達が負った精神的な傷は深手だったが、それでも気長なリハビリを続けていけば、誰かの支えさえあれば退魔行にも出られる位には回復できたんだぞ。
それに引き換え、君の魔法回数の方は回復する見込みなど皆無に近い。
今回みたいに使った事を無かった事にしようにも、時間の巻き戻しだなんて大魔法、君以外の誰にも不可能だからね。」
「いや、そう思って僕の時間も一緒に巻き戻そうと思ったんですけど、どうも上手くいかなかったらしくて。」
「……そんな希望的観測で、貴重な魔法を使わないでくれたまえ。
この調子で使っていたら、君は寿命を全うするどころか夏休みに入る前に死んでしまうぞ。」
紅尉はそう和樹に警告する。
「そして、誰も僕なんかと結婚しなくて済みますよね。」
「式森君!?」
和樹の言葉に驚く紅尉。
「いや、僕だって死にたかないですよ。
でも自分の事です。なんとなく分かるんですよ。
僕の中の『魔法を使ってはいけない』っていう心理的なブレーキの効きが大分悪くなってきてる、って。
きっと先生の言う通り、夏休み前に僕、死んじゃうんでしょうね。」
「……全く、なんで魔法回数なんて因果な物があるんだろうね。」
和樹の言葉に、紅尉は自分ではそれを止める事ができないだろう、と確信せざるを得ない。
紅尉は会話の終了と共に和樹の治療を終え、部屋から出て行った。
「さぁ、聞いての通りだ。君達の身に何が起こったのか、糸繰りと聞けば大体分かるだろう?
全く、だから『知らない方が幸せな事もある』と言ったんだ。」
紅尉は魔法で聞き耳を立てていた少女達に向かって、そう言い放った。
それを遠くで聞いていた少女達は、押し黙るしかなかった。
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その翌日の夕方。
「沙弓っ、大丈夫? 大丈夫なの!?
ねえ、式森君、沙弓は、沙弓は!?」
「な、山瀬さん?」
「千早、なんでこんな所にいるの?」
転校していったはずの沙弓の友人である山瀬千早がシンを伴って、街へと歩いていた沙弓と和樹に走り寄ってくる。
本来は溌剌さと清楚さが同居した美少女である千早だが、沙弓の事を案ずるあまり思い詰めた悲しい雰囲気を纏っている。
「いや、彼女にとっちゃダチの一大事だろ?
糸繰りって奴のせいで、精神的にえらい事になってるって。」
「えと、金田が呼んだの?
っていうか拙いって、杜崎さんの前でその名前を出しちゃ。」
「あー、二人とも、それなんだけど……」
沙弓が昨晩聞き耳を立てて聞いていた内容をシンと千早に話す。
「……という訳で、式森君のお陰で事無きを得たわ。文字通りの意味でね。」
「なんで杜崎さんがそれ知ってる訳?」
その話を聞いた千早に安堵の色が……浮かばず、かえって蒼ざめる。
「し、式森君、あと、魔法5回、なん、だ……」
震えた声を絞り出す千早。
「え? う、うん。」
「ば、馬鹿野郎!! お前、自分が何してんのか分かってんのかよ!?
魔法使っちまって少ない回数になっちまった奴ぁ、元からその回数の奴よりチリになりやすいって話、知らないわけじゃないだろう?
お前、魔法使っちまって5回になっちまったって事は、元から5回の奴よりチリになりやすいって事なんだぞ!」
和樹の返答に激昂するシン。
「か、金田、心配してくれてるんだ。」
「たりめーだ。何処の世界にダチに死んで欲しい奴なんかいるかよ。」
そのやり取りに、沙弓は昨夜の和樹と紅尉の最後の話題を思い出してしまう。
千早の不安が少し、彼女に伝染してきた。
「と、ともかくさ、山瀬さん遠くから来てるから、すぐ帰らないと遅くなっちゃうよ。
あの、杜崎さん、危ないかもしれないから送ってあげてよ。
僕なんか、いてもいなくても同じだろうしね。」
「確かにそうかもしれないけれど、千早は一緒に送って行きましょ。
私、昨日あんな事があったから、なんだか生活のリズムが狂ってるのよ。
電車の中で眠って寝過ごしてしまうかもしれないわ。」
「え? うん。
山瀬さん、それで良いかな?」
「うん、良いよ。」
和樹の目には、千早がなんだか弱弱しく見えた。
「おかしいなぁ。
山瀬さんはそもそも糸繰りにはやられてない筈なんだけど……」
和樹は首を捻りながらも、彼女達を伴って駅へと消える。
一方シンは今日は沙弓と凛が和樹の手によって事無きを得た事をユウや伊沢に伝える為、街へと向かったのだった。
ちなみにその頃、駿司は
「よかった、よかった、よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
凜、凜、りぃぃぃん! 私は、私は私は、許してくれとは言わない。
だけどな、だけどな、謝らせてくれぇぇぇぇぇぇっ!!」
「は、離れろ。く、苦しいっ!!」
和樹の魔法によりそもそも陵辱を受けた事がない身になった凜に、泣きながらベアハッグをかけていた。
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電車の中、和樹は猛烈な居心地の悪さを感じていた。
千早が震えながら不安の色を浮かべた目をして、「死なないで」「魔法を使わないで」と震えた声で繰り返し訴えてくるのだ。
千早のような非常に美しい少女がそんな様子でいるのだから、非常に目立つ。
そして車内中の視線が和樹を貫くのだ。
何だアイツ、あんな冴えない野郎があんな綺麗な女の子を泣かせてるのか!?
ほぼ全ての視線がそう言っていた。
あまりにもしんどすぎる状況である。
と、そこへ沙弓が別の話題を振ってきた。
「ところで式森君。昨日何があったの?
私と神城さんが糸繰りにやられたのは分かったけど、その糸繰りから私達を解放したのは誰?
それにどういう経緯で私達が紅尉先生の家にいたわけ?」
「えとね、糸繰りを倒したのは僕だよ。取り込まれた所を内側からね。
お前なんか消えろ、砕け散れって思うだけで良かったから、僕なんかでもどうとでもなったよ。
杜崎さんや凜ちゃんは、奇襲受けた上にトラウマみたいな心理的弱点を衝かれて一気に押し切られちゃったから一瞬で斬って落とされただけで、本当なら僕なんかよりずっと強い精神力で糸繰りを返り討ちにしてたと思う。
多分、あの時はたまたま運が悪かっただけだよ。
そうでなけりゃ、二人とも僕なんかにあっさりやられるような相手に負けるはずないしね。」
「……そう。」
そもそも体験しなかった事になったとはいえ、やはり怖気のする話である。
「それで夢の中で僕が糸繰りを倒した丁度その頃に、糸繰りに拉致されてた僕の体を伊沢さんと人狼の駿司さんが探し出してね。
途中で一緒になった神代と金田と一緒に、君や凜ちゃんを寝かせている紅尉先生の家に運び込んだんだ。」
和樹はこの後の出来事を、憶えている範囲で詳細に沙弓に語った。
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和樹の目を覚ましたのは、凜の悲鳴であった。
「あ、あああ、く、来るな来るな来るな。いい子にするから、ちゃんとしゅぎょうするからうわ、うああ、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
「あ、り、凜、ちゃん?」
「和樹君、気が付いたの?」
和樹を背負っていたユウは、和樹の声と動きに反応して和樹が起きた事を悟り、彼を下ろす。
「り、凜。一体これは……」
「どうも糸繰りが彼女を支配する際、君に関するトラウマか何かを利用したようだね。
それで、君を見て糸繰りを連想してしまっているようだ。」
「そ、んな……」
紅尉の解説に愕然とする駿司。
「一体、何をしたんですか?」
「それは……」
「いや、話す前に場所を移そう。ここでは神城君の声でゆっくり話す事はできない。」
「え、ええ。」
和樹はそう言い、皆と共に部屋を出ようとする。
すると、今まで恐慌状態に陥っていた凜が
「い、行くな、行かないでくれ式森。」
「え……?」
いつの間にか和樹のすそを掴んで離さなくなっていた。
「あ、あの……」
「一緒に居てやってくれ。
糸繰りを倒した君は、彼女達にとっては悪夢から解放してくれた存在だからね。
君といる事こそが最も彼女達の精神を安定させるだろう。」
「そ、そうですか?」
そう言われた和樹は、一人少女達の下に取り残された。
後から伊沢に聞かされた事だが、和樹抜きでの男達の会話の内容は大体以下のような物だったという。
まず駿司が、凛のトラウマとして考えられる事柄を伊沢達に話した。
なんでも凛が本家に連れて来られた当初、駿司は凛の兄のような存在として振る舞い、凛は彼の事を慕っていたという。
それが彼女が小学校に上がるか上がらないかの頃を境に、彼女を次期当主として厳しく教育しなければならなくなり、それに伴って彼女への接し方も厳しい物とならざるを得なかった。
結果、凛が中学生になる頃には、駿司には敵意の篭った視線しか向けようとはしなくなってしまったというのだ。
その話を聞いたユウが激昂して駿司に掴みかかり、伊沢やシンに止められる。
ユウは家庭内に居場所がない事の辛さを訴え、その苦しみを小1の女の子に味あわせてはトラウマになるのも当然だ、と駿司を糾弾する。
そこにシンも加わる。
「ガキってのは小さけりゃ小さいほど、味方が必要なもんなんじゃないんスか?
それなのにあんた、ちっちゃい女の子の目の前で、味方から敵に豹変しちまったんですよ?
そりゃトラウマにもなっちまいますよ。
もっとこう、なんかやりようなかったんですか?」
そのシンの訴えを聞き、その事について常々謝りたいとは思っていたが、立場や考えすぎが邪魔をすると駿司は返答する。
その駿司に突っ込んでいったのは伊沢だった。
「少し前にな、ダチの土屋って奴に『あんたに何が分かる』ってお決まりの台詞を言った事がある。
その時にな『わからねーな。わからねーから聞いている。』と返されたよ。
ま、改めて考えてみりゃ当たり前なんだが、言われてみねぇと分かんねぇもんだな。
口で言わないで、何が分かるだの分かってくれだの思っていても、相手にはわからねーよ。
キツい言い方だし俺に言えた義理でもないが、それはあんたが自分の口でケリをつけるべき問題だ。違うか?」
その後も駿司と凛についての話題がしばらく続いたらしいが、結局「いつか凛が回復した頃に、駿司が彼女に頭を下げる。」という結論に達した。
また駿司の話から『凛の精神面での脆さの原因は神城家本家の教育方針の拙さにある』と感じた伊沢は、しばらくは彼女を神城家に近づける事は出来そうにないと判断する。
駿司はその判断に従って、『凛は糸繰りにやられてしまった為、しばらくは退魔師として役に立たない。無理をして本家に連れ戻すと心的外傷をいたずらに刺激して回復を遅らせてしまう恐れがある。』と本家に連絡する事にした。
沙弓についても、凛に近い状態にある事は容易に想像できたので、杜崎家にも同様の連絡をいれておく事にしたが、今日はもう遅い。
今日のところはコレで帰ってしまおうという話になり、伊沢が和樹を呼びに、少女達がいる部屋へと戻っていったのだった。
一方の和樹は、ずっと不安に震える少女達に両腕を抱えられていて、彼女達にドギマギし続けていた。
伊沢から話を聞き、一緒に帰ろうと立ち上がろうとしても、少女達が決して腕を放そうとしない。
紅尉にも、彼女達の精神の安定の為には和樹が必要であり、逆に和樹が居ないと彼女達は不安で仕方がないと言われてしまう。
その為和樹は、彼女達と共にそのまま紅尉の家に泊まる事になったのだった。
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「それで、皆が帰って杜崎さん達が眠った所を見計らって、時間を巻き戻して、後は知っての通りってとこ。」
「……なんでそんな魔法を使ったのよ。
そのままだったら、私も神城さんも自分の物にできたとか考えなかったの?」
「そんな女の子の弱みに付け込むような真似できないよ。
それにあんな経験、女の子にとっちゃ有るより無い方が良いに決まってるもの。」
「不都合な事をリセットしちゃったみたいでスッキリしないんだけど。」
「僕が勝手にやった事だから気にしないでいいよ。
……それに、ホントに凄い状態だったから。
正直、見ているだけでも辛かったよ。痛々しかった。
マゾ呼ばわりされちゃうだろうけどさ、二人して僕をタコ殴りにする位で丁度良いよ。」
「……そう。」
この話をした後、千早は和樹に訴えるのをやめた。
親友を思ってしてくれた事を咎める事ができなかったからだ。
しかし、それでも和樹の回数が一回減った事が、彼女には恐ろしくて辛くて仕方がなかった。
それを紛らわせようと、彼女は必死になって和樹に話題を振る。
その姿はとてもいじらしく、またどこか悲しかった。
その後、千早を家まで送り届けた和樹と沙弓は、千早の顔色が前より悪くなっている事を彼女の妹である山瀬神代に咎められてしまう。
それに対する沙弓の返答は、
「魔法回数一桁の知り合いが魔法を使ったなんていう、心臓に悪い事を知らされちゃったからかしらね。」
という物である。
神代はそれに対して深く追求しようとしたが、和樹と沙弓は遅くなる事を理由に早めに切り上げてしまう事にした。
……断じて沙弓が、ちゃんと和樹の事を好いている千早を差し置いて和樹と一緒に帰る事が後ろめく思ったからではない。筈である。
その帰り道。
「式森君。」
「何?」
「私と神城さんをモノにするチャンスをふいにするなんて、どうかしてるわね。
それとも私達みたいなのには魅力を感じないのかしら?」
「違うよ。多分もう僕には女の子を好きになる資格なんてない。
一生独身がお似合いだよ……もう長くないだろうからね。」
「何よそれ。悲劇の主人公気取ってるつもり?」
「かもね。」
そんな会話が、和樹と沙弓の間で交わされた。
沙弓を伴って自分達の街へと戻った和樹は、伊沢や土屋から『迂闊に魔法を使うな』と咎められてしまった。
その時には、既に二人とも和樹が纏う死の影に気付いていたのかもしれない。
ともかくも和樹に残された魔法回数は後5回。
和樹の命が失われるまで、残された時間はそう多くはなかった。
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という訳で、ナポリ在住の仕立て屋並みの勢いでフラグを破壊したフラグクラッシャー和樹君でした。
魔法使わずにいれば、退魔師コンビはそのまま自分の物だったというのに……
その和樹君ですが、にんげんの巻が一巻で終わったのを見るに、二度目使ってからの命はマジで短いハズです。
ホーリーランドの連中がいますけど、彼等にしてもまぶらほヒロイン達同様に死に目掛けて突っ走る和樹を止める事は不可能でしょう。
なので、不吉な記述が多数ありますが、気にしないで下さい。原作まぶらほもこんなもんです。
しかし時間回帰魔法、なんだか嫌われそうだな……
それと、詳しく書かなあかん所を少しはしょっちゃったかも……
ともあれ、それではまた今度。
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