「式森と結婚する気が無ければ、早急に帰って来い、と?」
『そうだ。』
「納得いきません。
だいたい私が葵学園に入学したのは私個人の意思であり、式森の遺伝子云々とは無関係だったはずです。」
『だが、お前をこれ以上葵学園に居させる理由が無い。』
「帰る理由もありません。
それに高い競争率の中、多くを蹴落として葵学園に入学した身です。
ほんの2ヶ月しか経たない内に帰ってしまう訳には行きません。」
『何を馬鹿な事を。お前は我が神城の跡取り、何よりも退魔師としての修行が大切な身ではないか?』
「……この間ある男に不覚を取り、それ以来再戦の機会を窺っています。
彼奴に勝ってからでなければ、この街を離れる事はできません。」
『ほう、面白い事を言う。
無論、相当の使い手だろうな? よもや腕が落ちていたから不覚を取ったなどと言う事はあるまい?』
「断じてあり得ません。
乏しい魔法回数をその戦技にて補い、強力な魔術師をも魔法無しで屠ってしまえる恐るべき鬼人です。
仮に私の腕が落ちていたとしても、その男が恐ろしい使い手である事には変わりありません。」
『ならばその男と二人がかりであれば、我が神城家最強を誇る駿司にも打ち勝てるか?』
「そ、それは……」
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伊沢がバイトしているバーの裏。
バイトを終えた伊沢は帰ろうとした所で、神城家に仕える人狼、神城駿司と名乗る見知らぬ青年に捕まって上記の話を聞かされた。
「という話が凜と本家の間であってね、僕は君と凜の二人と戦わなくてはならなくなった。
本来神城家とは無関係の君には迷惑な話だろうが、凜とのタッグ、引き受けてはくれないだろうか?」
「あの、あー、そのなんだ。つくづくすまん。」
駿司の話が終わり、彼に同伴していた凜が頭を下げる。
彼等と伊沢の他には、駿司が伊沢と接触する為に頼った和樹と、下校途中で和樹と共に駿司と遭遇してそのまま付いて来る事になった沙弓の姿がある。
伊沢はため息を一つ吐いてから、駿司の話に答えた。
「いや、良い機会だ。
神城……神代とごっちゃになってややこしいな、まあいい。
神城だけ、と言わず杜崎も連れて帰って、二人まとめて精神面を鍛え直してやってくれ。」
「ちょっ、」
「なんで私まで!?」
少女達は抗議の声を上げる。
「二人とも、いくらなんでも精神面がなってなさ過ぎだ。
下手しなくても式森の方がよっぽどしっかりした精神力の持ち主だぞ。」
「ちょ、僕以下は言いすぎですよ、伊沢さん。」
「そうでもないさ。
なあ杜崎。式森以外のお前のクラスメートがキングの存在を知っていたなら、間違いなくお前を含めた式森以外のクラスメート全員で奴の片棒担いでた筈なんだよな?
それに去年の学園祭、葵学園じゃ葵祭というらしいが、あれで式森が死にかけた時、お前も仕掛けに一枚噛んでいたんだろ?
そうでなくとも計画を立てたB組会議ってのに出てはいただろ? そして見過ごした。
あの時の事はな、式森だけじゃなくてお前のダチの山瀬まで一緒に死に掛けたって聞いてるぞ。
お前達退魔師は特別な精神修養をしているとテレビか何かで聞いたがな、クラスメートに付和雷同してドラッグをさばく、ダチを殺しかける、そんなのは精神修養以前の問題だ。
あんな結婚話にテンパって、見ず知らずの式森を斬り殺そうとした神城も似たようなもんだぜ。
二人とも『二度と葵学園に通うな』とは言わないが、一度根性を叩き直した方が良い。
その為の場所を神城家本家が用意してくれると言うんなら良いじゃないか。
今のお前達が精神攻撃系統の妖に出くわしてみろ。ろくな抵抗もできずに終わるぞ。」
伊沢が辛辣な指摘をする。
厳しくするべきところでは厳しく接する事ができる。この辺り、夕菜と言う例外を除き女性に優しいユウとは異なる。
「き、厳しいですね。」
「当たり前だ。妖のくせしてキング一派にいやがった糸繰りの事を思い出せ。
一応奴は俺が倒したが、何ヶ月かしたら必ず復活するんだぞ。
その時にこいつ等みたいな精神修養がなってない退魔師なんかいたら、足手まといどころか敵の戦力として計算しないといけなくなる。
ただでさえ倒し辛い相手だっていうのに、さらに操られた退魔師なんかにかまってられるか。」
糸繰り。
犠牲者を夢の中に誘い、その夢の中で屈服させ支配下に置いた犠牲者の肉体を意のままに操る変種の夢魔だ。
その本体は犠牲者が見せられている夢そのものであり、現実世界にある糸繰りの体は本体と現実世界の接点となり、犠牲者を本体である夢の世界へと誘う為の釣り糸でしかない。
よって、その体を破壊する事ができても糸繰りを倒せた事にはならず、いずれ復活を果たす。
脱法ドラッグ事件の時、伊沢は糸繰りの肉体を破壊する事しかできなかった為、糸繰りの復活は確定事項である。
とはいえ現実世界での体は糸繰りにとって重要な物であり、これが無ければ犠牲者を支配し続けるどころか、夢を見せる事もできない。
糸繰りの体は、現実世界と糸繰りの本体である夢の世界を結ぶ重要なパイプなのだ。
またそれだけに体は糸繰りにとって複雑で修復し辛い物でもあり、一度破壊されれば向こう半年ほどは復活できない筈である。
なおスペアの体は用意できないと言われている。
また糸繰りの支配は、ある程度精神力が弱い相手にしか効かない。
そうでなくとも糸繰りの夢の世界では魔法の力より何よりも精神力がモノをいう為、弱い精神力の持ち主以外は恐ろしくて取り込む事ができない。
侵入者の精神力によって内側から破壊されるのが糸繰りに有り得る唯一の死因であるだけに、なおさら恐ろしい。
その為、ドラッグで若者達の精神力を削ぎとっていたキングとは利害が一致しており、彼の協力者となっていた。
そして糸繰りは
「ほう、それは良い事を聞いた。」
こんな声をしていた。
「なっ!!」
伊沢が驚きの声を上げた瞬間、彼の頭上から真剣を持った男が飛来してくる。
大上段に構えた刀を振り下ろした男は、しかし狙いを外され、その直後駿司の鉄拳を顔面に浴びて吹っ飛ばされる。
「くっ、キング一派の残党かっ!!
真剣野郎なんて、厄介な連中連れてきやがって。」
「気をつけろ、薬に手を染めて破門にされた神城家の者達だ。
皆、正規の訓練を受けている。」
「道理で。随分『使う』奴等だと思ったら、そういう事だったのか。
式森、下がってろ。まだ来るぞ!!」
「は、はいっ!!」
言われるがままに伊沢達の背後、バーの裏口へ入る和樹。
建物の中ならば外よりは安全だろうという判断だ。
「杜崎さんも凜ちゃんもこっ……伊沢さん後ろっ!!」
「っつぅっ!!」
和樹が叫ぶと同時に凜の凶刃が背後から伊沢に襲い掛かる!
その寸前に殺気を感じていた伊沢は咄嗟に体を転がして避け、沙弓による追撃が飛んでくる前に体勢を立て直して彼女の攻撃を捌く。
伊沢に襲い掛かってきた少女達の目は虚ろで、意思の光が全く見えない。
「ちぃっ、堕ちるの早すぎるぞ!!
出て来い糸繰りっ!!」
少女達の猛攻を必死にいなしながら伊沢が叫ぶ。
魔法が使えない彼にとって真剣は一撃で全てが終わる危険な攻撃であり、魔法で強化された沙弓の四肢もまたコンクリートを豆腐の如く破砕する恐るべき凶器だ。
しかも単純に2対1という戦力差も響いている。
実力的には彼女等よりも伊沢の方が上なのだが、流石に必殺の攻撃力を持った少女を二人同時に相手にするのは辛い。
そこで伊沢は後ろに下がりながら、二人同時に仕掛けられず、また刀の太刀筋が著しく限定される狭い路地へと戦場を移して戦力差を補う。
駿司も破門された神城家や杜崎家の人間達に足止めされ、すぐには救援に向かう事はできない。
だが、駿司の前に彼らは猛烈な勢いで数を減らしていった。
彼らの実力が沙弓や凜に比べて大きく劣っており、容易に倒されてしまう為だ。
また駿司は魔法が使えるため、伊沢ほどには相手の攻撃力を恐れなくて良いという部分も大きい。
元々数も決して多くはないので、彼等が稼いだ時間は極僅かだった。
程なくして駿司は伊沢の救援に向かい、伊沢が彼女等の攻撃をマトモに受けられるよう、そして伊沢の攻撃が防御魔法でシャットアウトされないよう彼の両腕に魔法をかける。
防御と攻撃の幅が劇的に広がった伊沢と駆けつけた駿司という戦力増強に、少女達はなす術なく敗北した。
その直後。
「クククククッ、魔法が使えないくせに馬鹿強いのは相変わらずだな。」
「「っ!!」」
声がした方を見ると、路地の突き当たりにあるビルの屋上に奇怪な人影があった。
棒人間を悪意に満ちた戯画に無理やり変えたようなその人影は、グッタリとした和樹を抱え、その首筋にナイフを突きつけている。
それが糸繰りの体だった。
「だが、それも所詮は手が届く範囲での事。そこからこちらへ攻撃を仕掛ける事はできまい。」
「式森っ!!」
「おっと、妙な事はしてくれるな。」
ナイフの角度を僅かに変えた糸繰りに、伊沢は歯軋りする。
その伊沢の隣から、弾丸のような勢いで糸繰りに突撃する駿司。
だが彼の攻撃は空を切る。
糸繰りが伊沢に話しかける前に使っておいた転移魔法が発動し、和樹諸共姿を消してしまった為だ。
「おいっ!!」
『クククククっ、責めてやるな。
可愛い妹の貞操がかかっているのだから、見ず知らずの男の一人や二人、見殺しにしようと言う気持ちにもなる。
それももう手遅れだがな。クククククっ。』
「妹の貞操だと?」
糸繰りが念話で伊沢に話しかける。伊沢が聞き返すも、糸繰りは一方的に言うだけ言って念話を切ってしまった。
「くそっ、奴の復活はまだ数ヶ月は先だった筈なんだがな。
……いや、迂闊な事を口走った俺のミスか。」
伊沢はそう毒づき、足元に転がる二人の少女を見やる。
「ともかくこの二人をどうにかしないとな。
普通に病院……は拙そうだな。」
携帯電話を取り出す伊沢の前に、明らかに憔悴しきった顔つきの駿司が降りてくる。
その憔悴の理由が気になったものの、電話が繋がった伊沢はその相手との会話に意識を向けた。
「もしもし、伊沢です。」
『ふむ、君から私に電話するとは珍しい事もあったものだ。』
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「糸繰りか。まさかこんなに早く復活するとは、私も想定外だったよ。」
伊沢と駿司、そして紅尉の三人は、沙弓と凜を紅尉の家の客室に寝かせる。
念のため、厳重な呪縛と魔封じを彼女等にかけている。まだ糸繰りの支配下にあると考えられるからだ。
「しかし、式森が心配です。
糸繰りは回数を喰いますからね……」
糸繰りは支配下に置いた犠牲者の魔法回数を吸収し、自分の物にする事が出来る。
生存の為に必要な行為ではないものの、糸繰りという妖にとっては当たり前の行為である。
だが、単に夢の中に取り込んだだけの相手の魔法回数は吸収する事ができない。あくまでも支配下に置く必要があるのだ。
「流石に人質をそうそう簡単にチリに変えるほど短絡的な奴ではなさそうですが、それでも式森にとっては1、2回が致命傷になりかねません。」
「いや、式森君についてはそこまで心配しなくてもいいと思う。
恐らく糸繰りは彼の魔法回数を一回も奪えないだろう。
肉体的に傷つける恐れはあるが、それでも殺してしまう事は無い筈だ。」
紅尉は伊沢の懸念を打ち消す。
「それよりも、問題は彼女達だ。」
紅尉が寝ている少女達に目を向ける。
彼女等の横には、抜け殻のようになっている駿司の姿もある。
「あの二人がどうかしたんですか?」
「二人とも女性の退魔師なんだよ。糸繰りの被害者としては、考えられうる最悪のケースだ。」
「女の退魔師? それがどうしたんですか?」
「ああ、退魔師ではない君にはピンと来ない話だったかな?」
そう言ってから、紅尉は解説を始める。
「まあ時間も無いから簡単な説明になるがね、糸繰りという妖は夢の中で支配下に置いた女性を陵辱し、その女性に自分の子供を産ませる事がある。
生まれてきた子供は母親の魔法回数の10分の1を奪うと共に、それに応じた強さを持つんだ。」
「なっ!!」
「君が知らないのも当たり前だ。一般には伏せられている情報だからね。
考えてもみたまえ。
悪夢から覚めたと思ったら、自分が妖に犯され孕まされたのは事実だった、などと知らされたなら、その女性が受けるショックは計り知れないぞ。
それこそ、折角助かった直後に、その弱った心を我が子に付け込まれて再び悪夢の世界で陵辱される羽目にもなりかねない。
だから『あれは夢だった』で済ませる事ができれば、それで良いんだ。
だが、妖と戦う職業である退魔師はそうはいかない。
だから女性の退魔師が陵辱された場合、自分が糸繰りの子供を孕み出産したのは事実であると理解してしまうんだ。
それがトラウマになり、退魔師として二度と使い物にならなくなるケースも多い。
まだ処女であろう彼女達にとって、これはキツいぞ。」
「そ、そいつはまた……」
どうも凜と個人的な繋がりがあるらしい駿司が憔悴しきっているのも当然である。
「ともかく早急に糸繰りを探し出す必要があるな。
だが闇雲に走り回っても見つかる物でもないか。」
「なら彩雲寮の式森君の部屋に向かいたまえ。
あそこで駿司君に彼の匂いを覚えさせ、それを頼りに捜索するんだ。
式森君は君に対する人質だからね、その近くに糸繰りが居るはずだ。」
「なるほど。そういえば人狼だったな。狼という事は犬並みに鼻が利くという事か。
おい、彩雲寮に行くぞ、場所は分かるな?」
「えっ? あ、ああ。」
気の抜けた様子の駿司を引っ張るようにして、伊沢は彩雲寮へと向かっていった。
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一方、件の糸繰りは和樹を抱えて思案していた。
彼を夢の中で徹底的に苦しませるのは確定事項だ。少女達のように隙を衝いて一瞬で斬って落とす必要は無い。
何しろ美味しい獲物であった薬物中毒患者が、あの雪によって治療され、関東一円から姿を消してしまったのだ。
魔法無しで自分の肉体を破壊した上に、盟友であったキング一派を壊滅させた伊沢にも匹敵、あるいはそれ以上の復讐対象なのである。
彼や伊沢に復讐する為に、キングの元で蓄えた力の殆どを使ってでも、無理をしてこの短期間に体を修復したのだ。
あっさりと楽にしてやるつもりなど無い。
今は普通の誘眠魔法で眠らせてある。
自分の能力で眠らせると、そのまま本体である夢の中に放り込んでしまうからだ。
さてどうしたものかと、糸繰りは無防備な和樹に対して記憶検索の魔法をかける。
どうも彼は女性に対して優しく、また自分の事をひたすら無力な存在であると認識しているようだ。
まあ周りの人間全てが魔術師である中、唯一の一般人として生活しているのだから無理は無い。
それに、実際問題学力は高くなく、体力的な面でも男性でありながら女性の平均を下回る惨状である。
実際問題、本当に無力なのだ。
それが祟って碌な抵抗もできずに袋叩きにされる事もあるが、伊沢やユウといった信頼できる強者と交友関係にあるためか、自らの無力を嘆く事はそう多くない。
ここか。
そんな人任せで自己否定の塊のような男、苦しませるまでも無く支配下における。
丁度いい具合にこの男は女性に優しく、そして足止めに使わせてもらった二人は退魔師の女だった。
退魔師である以上、魔術師学校の生徒である和樹ともある程度知った仲ではあるだろう。
無力とは自分自身では何もできない事、他者の助けが来ない状況では目の前でいかなる凶行が行われようとも眺めているしかない事を思い知らせてやる。
こうして、糸繰りはとんでもない地雷を踏んでしまったのだった。
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「ううっ……ここは?」
和樹が見渡すと、そこには何もない薄暗い空間が果てしなく広がっていた。
「ゆ、夢? そうだ、あの時棒人間みたいなのに……っ!!」
和樹はここが糸繰りの夢の世界である事に気付いた。
そもそも糸繰りに関する知識を伊沢に与えたのは彼である。
キング一派を殲滅した後、伊沢からキングに手を貸す妖と交戦した事を聞かされ、その妖について調べてみた事があったのだ。
『いずれ復活する』という事実を知った時『もし今回調べなかったら、半年後に不意打ちされていた』と、皆して恐れ慄いたものだ。
その時、調べた図鑑の糸繰りの項目に、棒人間のような生物の写真が添えられていたのだ。
と、和樹の耳に女性の悲鳴が聞こえてきた。
所々に艶のかかったような、そして恐慌状態にある事を容易に想像させるその悲鳴は、和樹の知っている声だった。
振り向くと一糸纏わぬ少女が二人、ビクンビクンと蠢く無数の触手に縛り上げられた上に局部を貫かれ、乱暴に扱われていた。
沙弓と凜だ。
「な、も、杜崎さんに、凜、ちゃん!?」
和樹にはあまりにも刺激が強すぎるその光景に、彼は思わず目を丸くして声を上げてしまう。
その和樹の声を聞いた瞬間、二人は目を見開いて更なる恐慌状態に陥るが、口の中に触手を突っ込まれて悲鳴をあげる事すらできない。
「くっ、やめろぉぉぉぉぉっ!!」
和樹が叫んだ瞬間、彼女等を陵辱していた触手は消え去り、少女達は力なく倒れ伏す。
「し、式森……く、ん?」
和樹は彼女等に駆け寄っていったが、辿りつく前に彼女達の様子に異変が起きる。
「「あ、ああひ、あひぁあ、アァァァァぁーーーーーーーーーーーっ!!」」
「杜崎さんっ! 凜ちゃんっ!!」
体を激しく痙攣させながら快楽と嫌悪感の入り混じった絶叫を上げたのだ。
腹部にいくつもの出っ張りが出ては、引っ込んでいく中、彼女等の女性器から得体の知れないおぞましい物が這い出てくる。
「「いや、いや、イヤァァァァァァァァァッ!!」」
「消えろぉぉッ!!」
少女達の絶叫に呼応するように和樹が叫ぶと、少女達の子宮から這い出た物が消滅する。
『何故だ、何故貴様は自由に動ける!? 何故、俺の支配下に入らない!?
貴様のように自分を低く軽く見ている奴が、俺の支配を撥ね退ける精神力を持つはずが無い!!』
糸繰りの声が辺りに響き渡る。
和樹はなるべく見ないようにしながら消耗しきった少女達に上着を被せて糸繰りに返答する。
「お前が伊沢さんと戦った後、お前の事を調べたんだ。
だから対処法だって分かってる。
この夢の世界の中じゃあ、より精神力の強い者が思い描く事が具現化されるんでしょ。
だったら、この中でお前より強い精神で『砕け散れ』と思えば良いだけだ!
思うだけならタダ! 僕にだってできる!!」
和樹がそう言った瞬間、空間に亀裂が走りひび割れていく。
『な、何故だぁぁぁっ!! 貴様のような虫けらなぞ、いかに無力であるかを突きつけ、グアァァァァァッ!!』
驚愕しながら砕かれていく我が身に絶叫を上げる糸繰り。
彼にしてみれば、陵辱されている様を見ているしかない和樹の無力感を刺激する事で、問題なく支配下におけると思っていたのだ。
それがただ一言二言で糸繰りの思惑を全て覆してしまったのだから、驚愕するのは当然である。
「そんな当たり前の事突きつけられたって、今更へこまないよ!
きえ」
「ま……まって式森君。」
糸繰りの消滅を願おうとする和樹を制止する沙弓。
マトモに動くどころか、話すのさえ億劫のようだ。
「な、何、杜崎さん?」
ふと沙弓の方に振り返る和樹だが、彼女の完璧に近いプロポーションを上に被せられた上着のみが隠しているという姿は和樹には刺激が強すぎる。
彼は慌てて目をそむけてしまった。
「い、糸繰りの、倒し方は、もう少し違うの。
この世界、その、ものが糸繰、りの本体だから、消滅させ、たら、巻き添えで、私、達まで……」
沙弓はそこまで言うと呼吸に専念してしまった為、和樹はそれ以上の事を聞く事はできなかった。
だが、このままでは自分達も碌でもない事になる事だけは確かなようだ。
という事は砕かれていく世界に巻き込まれるのも拙いだろう。
和樹はそう考えると、思わず少女達を抱き寄せた。
「えっ……」
「ちょっ……」
突然の事で目を丸くする沙弓と凜。
だが、完全に味方である和樹に抱きかかえられる事で、彼女等の精神にいくらかの安堵が芽生えた。
もはや何もかもが糸繰りの思うがままに弄ばれる先ほどとは状況が違うのだ、和樹が助け出してくれたのだと実感できる。
その一方で和樹はこの危機をどう乗り切ろうかで頭が一杯だった。
このまま崩壊するに任せては自分達までどうにかなってしまう。かといって、止めてしまえば糸繰りを倒す事など不可能だ。
幸い今の糸繰りに精神力などあってないような物なので、こちらが願えばそのままの結果が具現化されるだろう。
と、そこまで考えた所で閃いた。
「そうか! 糸繰り、精神崩壊しろ!!
自分の魂を打ち砕けぇぇぇぇっ!!」
丁度その頃。
現実世界で和樹の元へと辿りついた伊沢達と、街中で伊沢達を見かけて追いかけてきたユウとシンは、倒れ伏した和樹と絶叫を上げて小さな結晶へと姿を変える糸繰りの体を目撃したのだった。
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「一体、何が起こったんだ!?」
見つけたと思った敵がいきなりもがき苦しんだ後、小さな結晶へと姿を変えたのだから、伊沢がそんな台詞をはくのも当たり前である。
「誰かが夢の中で糸繰りを倒した……という事だな。
あの結晶は、力だけが残った糸繰りの残骸。言ってみれば死体だ。」
妖についての知識を持つ駿司がそう答えるが、本人自身信じられない様子だ。
「凜達は既にやられてる。他に犠牲者がいても全員支配下だろうから……
信じられないが、彼が倒したとしか考えられない。しかし……」
状況的に和樹が倒したとしか思えないのだが、とても彼の精神力が強いようには思えない。
駿司はその事に戸惑った。
「いや、コイツの精神力って地味にすげーっすよ?」
そんな様子をみて、シンが駿司に話しかける。
「何だって?
彼については聞いた話でも、接した時の印象でも、ただの落ちこぼれの学生のようにしか思えなかったんだが。」
「その『ただの落ちこぼれ』やってる時点ですげーんですよ。
コイツが通ってる葵学園が全寮制の魔術師学校だってのは知ってますよね?」
「あ、ああ。」
シンはユウが背負った和樹を叩きながら言う。
「それって、自分以外一人残らず魔術師で、自分だけパンピーって世界で暮らしてるって事っすよね?
大の大人が10人集まっても5歳児の魔術師一人にも歯が立たないこの世の中で、右を向いても左を向いても魔術師しか居ない環境で自分だけがパンピーなんすよ?
ましてやアイツの運動能力は下の下。
だからユウや伊沢さんみたいな魔法無しで魔術師を叩き潰すなんつー非常識な真似もできません。
駿司さんって言いましたっけ?
あんた想像できますか? 周り中テメーなんて蟻みてーに踏み潰せる奴しかいない環境って。」
「……」
駿司は言葉が出ない。
「和樹の奴、そんな所でただの落ちこぼれ学生やってるんすよ?
しかもクラスメートの大半と意見がぶつかって、フクロにされる事だって珍しくないっていうじゃないですか。
勇気か無謀かって言われたら、そりゃ無謀になるでしょうけど、んな真似できる奴の精神力が強くない訳ありませんって。」
「なる……ほど……」
駿司はシンの話に頷かざるを得ない。
なるほど、確かに彼の方が凜などより遥かに強固な精神力を持っているだろう。
「とりあえず紅尉の所に戻ろう。
女達の方も支配から解放されているはずだからな。」
「あ、ああ。」
重苦しく答えて伊沢と共に紅尉の家に向かった駿司を出迎えたのは、彼の姿を見るなり恐慌状態に陥ってしまう凜の姿だった……
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「コイツの精神力って、地味にすげーッすよ?」
コレを始めとしたシンの台詞を書きたいが為に書いた話のはずなんですが、何故に陵辱? ま、描写は軽めですがね。
そもそもエロ書けない体ですんで。
とりあえず悲惨な目に合った彼女達ですが、少なくとも現時点では退魔師として使い物になりません。
多分、妖みただけで恐慌状態に陥るかと……
あと沙弓の方にも凜なみに重大なダメージがあります。
和樹の目が届かない所でB組のくくりで動く事になると、それだけで精神的にヤバイ事に……こっちのほうが日常生活に支障をきたすなw
駿司さんカワイソスという展開ですが、一応次回に救いを用意する予定です。
それでは。
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