その日、和樹は夢を見ていた。
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夢に見た場面は、幼い夕菜に雪を降らせて上げた場面……ではない。
「土屋さん。
うちのクラスの人間って、僕以外のほぼ全員が人道なんてクソ喰らえのゲスで、そうでない連中も僕以外はそいつ等の悪巧みに参加するのが普通です。
それに守銭奴も多いから、ウチの連中間違いなくトゥルーの売買に手を染めています。つまり僕のクラスメートって一人残らず全員敵なんですよ。
僕という例外を除いて皆強力な魔術師で『使う』奴も多くて、特に杜崎さんっていう背の高い女の子は小さい頃から妖相手の殺し合いを前提に徹底的に仕込まれた退魔師です。
しかも仲が悪くて連携が取れない割に集団で行動しますから、キングの手駒に集団で行動する強力な魔術師軍団がいるって事になります。
ウチのクラスの連中に束になってかかって来られたら、伊沢さんや神代がいくら強くても歯が立ちません……悪くすると殺されてしまうかもっ……!!」
「とりあえず落ち着け。」
場面は脱法ドラッグ事件の最中。
自分のクラスメート達が一人残らずトゥルーを捌いていたキングという男の手下になっていると考えた和樹が、どうすればクラスメート達を全滅させられるのか、と土屋に相談している場面であった。
「大体……ちょっとまて、そんなにヤバイのかお前のクラス?」
「はい。言いたかないですけど殺されかけた事だってありますよ。
みんなはその事を全然悪いとは思ってないみたいですけど。
まあ殺人は流石に大半の連中はしないでしょうけれど、それも後が面倒だからでしょう。
それに、退魔師は敵を殺すのに躊躇しません。
女の子で退魔師である杜崎さんなんかに戦場(街)で出くわしたら、基本的に女の子を殴れない神代なんて一方的に殴り殺されてしまいますよ。
だからキングがウチの連中を使ってこない今のうちに、なんとかして全員まとめて病院かあの世に送っておきたいんです。
何か良い方法ありませんか?」
他の2−Bの面々が聞いたら『自分達を殺人鬼の集団みたいに言うんじゃない』と抗議しそうな事を並べる和樹。
しかし、普段2−Bの人間が和樹にしている事を思えば、ここまで悪し様に言われるのも無理は無い。
比較的マトモな部類である沙弓等も、仲丸などの悪巧みに参加して和樹に敵対的な行動をとる事が殆どなのである。
本人自体が和樹の言う「ゲス」である仲丸や和美に至っては、もはや弁明の余地などない。殺人鬼ではないにしろ、凶悪な犯罪者予備軍である事は確かなのだから。
しかしこの和樹の訴え、実の所全くの濡れ衣である。
理由は簡単、ドラッグキングの存在を知る2−B生徒は和樹のみだからである。存在自体を知らない相手に取り入る事など出来るはずもない。
もっとも、誰か一人でも和樹以外の2−B生徒がドラッグキングの存在を知っていたならば、和樹の懸念が現実の物となっていた可能性は大いにある。
……そしてその場合、伊沢達は無残に敗北していた事だろう。
魔法が使えるというアドバンテージを持ち、無力な一般人である和樹を魔法で袋叩きにするのに微塵の躊躇も憶えず、しかも基本的に集団で行動する2−Bという存在は、回数の少ない人間にとっては最強の召喚獣ベヒーモスにも匹敵する脅威である。
またキングの配下になっているという事はトゥルーに汚染されている可能性も高く、その場合薬物中毒に起因する忠誠心により「互いに対する反目や過剰な利己主義により、自滅する事が多い」という弱点が解消されてしまう。
いくら伊沢やユウが「魔法が使えない」というハンデを覆してしまえる鬼神であるとはいえ、キチンとした統率を持った2−Bなどというとんでもない物に出くわしてしまえば、勝ち目など無い。
彼等以外にも相当数の強者達がトゥルーを排除するべく戦っていたが、彼等とて強力な魔法と1クラス分という物量、挙句の果てには沙弓という高い戦闘力まで備えた2−Bと交戦する羽目になったなら敗北は必至である。
流石に伊沢側の全戦闘要員を投入すれば倒せるが、そもそも伊沢達は2−Bだけを相手にしていればよい立場ではない。
彼らはキング一派との圧倒的な戦力差を覆さなければならないのだ。その片手間に2−Bの相手など出来るはずもない。
その為、事前に2−Bを壊滅させておこうという和樹の判断は賢明以外の何物でもない。
「あの世ってお前なぁ。」
「手加減なんかしている場合の相手じゃないんですから、しょうがないじゃないですか。
それにあいつら集団で一人を狙うんですよ。
土屋さん、退魔師1人を含めた38人の魔術師を纏めて倒せる自信ありますか?」
「た、確かにそりゃ無理だが、んな大人数で来るとは限らないだろ?」
「それが自分達よりもずっと非力な僕に対してさえ、男子生徒全員かクラス全員で対処するのが2−Bの基本なんです。
僕相手ですらそうなのに、危険な強敵である伊沢さんや土屋さん、神代相手に戦うんだったら、どんな卑劣な事だって全く躊躇無くやってきますよ。
正面から全戦力を投入して袋叩きにしようとするのは、ウチの連中の行動としてはまだマシな方です。」
「マジか?」
「大マジです。」
「じょ、冗談じゃねえ。
いくらなんでもパンピー相手にリンチするのが普通の魔術師軍団となんてやりたかねーぞ。」
土屋とて一人二人ならばやりようはある。
しかしほぼ確実にそんな大人数で押し寄せてきてこちらを袋叩きにしようとしてくる連中が相手では、同じ一般人が相手でも物量で押し切られてしまうだろう。
大体、魔術師相手に勝ち目がある伊沢やユウ、土屋の方がおかしいのであり、普通は1対30どころか魔術師1人対一般人100人でも一般人に勝ち目は無い。
魔法が使えないという事はそれほど大きなハンデなのだ。
例えば、家屋一軒瓦礫に変える事など、魔法が使える者であれば5歳児でもコンクリートをも軽々と砕く攻撃魔法を連発して片付けられる簡単な仕事であるが、魔法なしで同じ事をしようとすれば伊沢のような達人にとっても非常に困難な時間のかかる作業となる。
つまり、攻撃力において一生かかっても覆しえない絶対的な差が存在するのだ。
また、その攻撃力を実現する攻撃魔法をも防ぐバリアは、当然の事ながら魔力を帯びない人間の拳で貫ける物ではない。この手のバリアは格闘技のガードよろしく極短時間にしか展開できない事が殆どであるが、入念な準備をすれば数分から数十分張り続けることもできる。
強化型の防御魔法ならば接触できるだけマシとはいえ、それでも車に撥ねられた程度であれば痛いで済む。
このように防御力においても圧倒的な差があり、またその圧倒的な防御力は極僅かな例外を除いて魔法が使えない者の攻撃をシャットアウトしてしまうのだ。
勿論、間合いに関しては述べるまでもまく、また魔法でしかできない誘眠や幻覚、石化などの搦め手も存在する。
この絶対的な、人の身で超えられる筈も無い凄まじい壁を、磨き抜かれた力と技のみで覆しているのが、伊沢でありユウであり土屋なのである。
彼等のような鬼神など、回数10万回オーバーの超エリートよりも希少な存在である。
「しかし、だからといって皆殺しは、なぁ?」
「最初は神経毒でも盛ろうかとも思ったんですけど、ウチの学校給食じゃないから盛るタイミングが……」
「初っ端からそれかよ……」
コイツも2−Bの流儀に毒されてんじゃねーだろうか?
土屋はついそう思ってしまう。
「あと砒素の粉末を教室内に充満させるとかも考えたんですけど、どうやって現物を調達するかが問題になってくるんですよね。
それに皆、無駄に用心深いから、僕が考えるような物じゃ引っかからないと思うんですよ。
討ち漏らしがいても大半は意識不明か死亡させておきたいんですが……
やっぱり僕の魔法を7回全部使ってでも、クラス名簿使って僕含めた全員に呪殺を仕掛けるとかしかないんでしょうか?」
「……そういう消す方向から離れろ。」
「でも中途半端じゃ回復魔法ですぐ復活されちゃいますよ。」
「ようはそいつ等に何もさせなきゃいいだけだろうが。」
土屋はそう言って和樹を宥める。
恐らくクラスメート達がユウや伊沢、土屋といった友人達を袋叩きにし、強大な戦闘力を有するユウ達相手に手加減できず勢いあまって殺してしまう光景を想像してしまい、それが脳裏から離れなくなってしまったからだろうが、和樹らしくない凄惨で過激な発想である。
「何もさせないって……」
「何もできないように手足を縛って、動けない隙に薬物売買に関与してたってぇ証拠握って警察に突き出すんだよ。
お前、ここは法治国家だぜ?」
「でもそう簡単に尻尾を掴ませてくれるか……」
「掴めなくっても、動けない間は戦線から離脱させられるだろうが。」
テンパっている和樹に比べ、遥かに常識的な意見を述べる土屋。
また、この彼の意見は彼の戦闘スタイルであるレスリングにも通じる発想である。
レスリングは打撃や関節技などで敵を直接傷つけるより、バックを取る、組み敷くなどして相手の動きを封じる方面に長けた格闘技である。
意識がある限り魔法を使われてしまう恐れのある魔術師相手にも、防御魔法で防ぎ辛いチョークスリーパーでオトしてしまうという戦い方ができる。
傷つける事無く制圧する。それを可能にする戦闘スタイルがレスリングなのである。
「でも、どうやってですか?」
「葵学園って魔術学校なんだろ?
なんかの本で見た『ギアスの契約書』ってのが十枚単位であれば、多分何とかなる。」
「な、何とかって、本当ですか?」
「ああ、だが誰かしら先公の助けがいるがな。
誰かいねぇか? そいつ等に恨みがある先公。」
「……ウチの先生なら、一人残らずありますけど。」
「そ、そうか……」
一体コイツの日常ってどんなんだろう?
一瞬、その一言に脳裏を占領される土屋であった。
ちなみにギアスの契約書とは、署名した人物に契約を厳守させる魔法がかかった魔法の書類である。
魔法回数を消費し、ある程度のガイドラインに沿って契約内容を記入できるタイプと、予め契約内容が記入されているタイプの2種類がある。
後者は製造にも使用にも魔法回数を消費する事が無い為、魔法の物品としてはかなり安価で手に入る代物である。
しかし効果が効果であるためその使用には制限が設けられ、また購入できるのも教師など一部の職種の者に限られている。
「土屋さん、とりあえずウチの担任の中村先生に電話してみますね。
中村先生とは魂の親友ですから、僕の紹介なら土屋さんの話も真摯に聞いてくれますよ。」
土屋には最早ツッコミを入れる事も出来ない。
どういう経緯で魂の親友になったか、薄々感づいたが、悲しい話になりそうで聞く事ができなかった。
そんな土屋の前で、和樹は携帯電話を取り出し、慣れた手つきで担任の中村の携帯電話に繋げる。
「あ、先生、あのですね……」
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「ゆ、夢……?」
「ゆ、夢……? じゃないわよ。何よ今の夢。」
和樹が目覚めると、そこは朝の教室であった。
どうも登校して席に着いた直後に居眠りをしてしまったらしい。
「な、何? 杜崎さん? 今の夢って?」
「今、式森君が見ていた夢の話よ。誰よキングって。
人を勝手にそんなのの手下なんかにしないで。」
どうも彼女、魔法で和樹が見ていた夢を覗いていたらしい。
他にも彼の夢を覗いていた者がいないかと、周囲を見渡してみる和樹だが、他のクラスメート達は別の話題で持ちきりらしい。
「……別にそのまんまの内容の夢だよ。
みんながキングって名乗ってた奴と一緒に脱法ドラッグをばら撒いていると思って、戦力として投入される前に全滅させなきゃいけなくなったから、その方法を土屋さんに相談した時の夢。」
「なんで私までそんな重犯罪の片棒担がなきゃなんないのよ?」
「だって薬物売買って人道にもとる行為だけど、物凄い儲かるんだよ?
仲丸や松田さん辺りが食いついて、B組会議の議題に上って、満場一致で皆でキング一派に入る事が決まる。
もしB組の僕以外の誰かがキングの存在を知ったなら、間違いなくこうなってたよ。」
「う゛っ!!」
和樹の断言にグゥの音も出ない沙弓。
確かに和樹の言う通りであると、彼女自身も思ってしまったからである。
そしてB組会議が開かれ、そこで「キング一派に入る」という決定が下されてしまったなら、沙弓自身もまた間違いなくキングの戦力となる。
大体、和樹がキングと敵対している時点で、どれほどキングが危険な存在であろうと考えなしにキングの下に走っていってしまうのが2−Bである。
どういうわけか、B組の総意は極力和樹と敵対するよう動いてしまうのだ。
そして、沙弓などの比較的マトモな人間もその総意には何故か従ってしまう。
そう考えれば、自分が薬物売買の片棒を担いでしまう事も充分有り得ると、沙弓は認めざるを得ない。
そしてキングの戦力としてのB組も、大体和樹の分析の通りの存在である。
強力な退魔師である沙弓を含む38人の魔術師が、一人ないし二人のターゲットを各個撃破していく、非常に凶悪な手駒としてキングの前に立ち塞がる障害を排除していた事だろう。
こんな恐ろしい戦力が本格投入される前に、事前に壊滅させておこうという和樹の判断はこの上なく正しい。
「はぁ、自分だけは犯罪者予備軍じゃないと思っていたのに……」
「B組会議に出席してる時点で犯罪者予備軍だよ。
僕はそうじゃないから。」
「何よ自分だけ潔白みたいに。
いくら正当な理由があったとはいえ、クラスメート全員を神経毒やら砒素やら呪殺やらで全滅させようと考える人間のどこがマトモなのかしら?」
「あの時はテンパってたんだよ。
……犯罪者予備軍辞めたかったら、B組会議に出るの止めたら?」
「足抜くのが難しいのよ。まあ、考えてみるわね。
私だって、薬物売買の片棒は流石に担ぎたくないけど、B組会議で決まってたら間違いなくそのキングって男の手下になってたわけだし。
下手したら私自身、薬漬けにされてたかも……」
ふとその情景を想像してしまい、怖気を覚える沙弓。
「でも式森君、あなたなんでそんな話に関わってた訳?」
と沙弓が和樹に質問している途中で、担任の伊庭かおりが教室に入ってきた。
和樹の魂の親友である中村先生は、彼女の赴任によりめでたく入院する事が出来、B組での過酷な日々によって患った90を超える数の持病の治療に専念している。
彼女の入室を見て、クラスメート達が次々に着席していく。
沙弓もまた質問を続ける事を断念し、着席する。
「おーし、お前等静まれぇ。
もう知ってる奴もいると思うが、今日からこのクラスで生活する羽目になる転校生がいる。」
「転校生?」
少なくとも和樹自身は初耳である。
どうも沙弓以外のクラスメート達が話題にしていたのは、この転校生についての話だったらしい。
「んじゃ、入って来い。」
かおりがそういうと、ピンク色の髪の少女が入ってきた。
美しい少女ではあるのだが、正直和樹はもう二度と見たくないと思っていた顔であった。
彼女は本気で和樹の事を好いているのに、和樹は彼女を振らなければならないからだ。
優しい気性の和樹には非常に難儀な事である。
だが逃げ切れなければ、和樹自身と彼女との間に生まれた子どもが破滅する事になる。
非常に辛くて悲しい作業を、彼女が目の前にいる間中ずっと繰り返さなければならないのだ。
更に彼女は非常に嫉妬深く、その嫉妬心に任せて和樹とシンを丸焼きにし、直後友人である和樹とシンを丸焼きにされて怒りを爆発させたユウと死闘を演じた猛女でもある。
暴走時のユウ相手に臆する事無く戦う、非常に強力な魔術師である彼女の手綱など、和樹に握りきれる筈が無い。
彼女に捕まったが最後、死ぬまで振り回され続けるだろう。
その意味でも逃げ切らねばならず、また振り切ってしまえない相手である。
少女の名は、そう
「はじめまして皆さん。私の名前は式森夕菜と言います。
そこにいる和樹さんの妻としてやってきました。
これからよろしくお願いします。」
その直後に何が起こったのか、書く必要はないだろう。
次に和樹が目覚めた時、視界には保健室の天井があった。
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いつもはザコキャラ軍団でしかないB組。
冷静に判断するととんでもないという話でした。
この後は保健室に続くわけですが、そこでやるべきまぶらほイベントは全部消化済みなんで、沙弓に対キング戦の顛末を話す展開になるかなぁ? と。
ま、ホーリーランドサイドから語るべき内容は非戦闘要員である和樹視点では話せませんから(つか、アニマル本誌でもそこまで話が進んでない)、まぶらほサイドのオリジナルストーリーになるでしょうけどね。
伊沢達が必死こいて戦っている横で、和樹とかが何をしてたかとかそんな感じになると思います。
あ、そうそう。ホーリーランドの戦闘要員達ですが、本文にある通り途方もなく強いです。
こういうクロス物の場合、こんな戦闘力の強化はあんまりやらない方が良いんですが、今回の場合ホーリーランドの連中の強さを元のままにすると「和樹と舞穂以外のほぼ全てのまぶらほキャラ(千早のような非戦闘要員や、廊下を行きかっているだけのモブキャラ女子生徒まで)は、一人でホーリーランドの全戦闘要員を一方的に蹂躙できる」という酷い話になってしまいます。
本文にあるように魔法の有無は洒落にならん差なので。
で、その差を解消する為には、ホーリーランドの連中も魔法を使えることにするか、魔法無しでも対抗可能なほど強い事にするかの二つに一つ。
ホーリーランドという話の根幹部分に近い「拳に宿る意味」とかが台無しになるのを防ぐ為には、連中を強化しない訳にはいきませんでした。
強さを元のままにしておこうとするあまり、話の根幹をぶち壊しにしては本末転倒もいいところなので。
しかしホント、2−Bが1−Bだった頃の一年間って、どんなんだったんだろう……
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