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「雪の後3改訂版(まぶらほ+ホーリーランド)」

平成ウルトラマン隊員軍団(仮) (2007-02-11 00:34/2007-02-11 00:55)
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その日もユウと沙弓は神社で殴り合っていた。
魔法が使える分沙弓が有利な上に、ユウには女性を殴る事に対する抵抗があった為、殴り合いというにはやや一方的な内容ではあったが。

もっとも、この殴り合いはユウの防御スキル向上の為に行われているので、ユウが一方的に攻撃されている状態でもさほど問題では無い。

「なるほど。
最近アイツの防御が様になってきてたのには、こういう裏があったんだな。」
「にしても女殴れねぇ奴に女あてがうか?」

二人の戦い、というよりはスパーリングを観戦しながら、伊沢と土屋は言った。

「別に大した理由はありませんよ。
ウチのクラスって妙に『使う』奴が多いんですけどね。
その中で話が分かりそうな相手が彼女だけだったんですよ。」

土屋は自分の台詞に相槌を打つ和樹に違和感を感じていた。
今日に限って制服姿なのだ。
少なくとも彼が和樹の制服姿を見るのは、今日が初めてである。
それに話をしている時はそうでもないが、あまり浮かない顔をしている。

「何かあったのか?」
そう聞いてみても
「はい。でも巻き込む訳にはいきませんから。」
と応えてそれ以上話したがらない。


とはいえ、この場にはお節介で親切な気質のシンと土屋がいる。
和樹もそう長くは口を閉ざしていられなくなり、結局は口を割り、紅尉との会話の内容を包み隠さずその場にいる全員に話す事になった。

「……遺伝子、ねぇ。
しかもその紅尉って先公は、逆に凡人が生まれる可能性が高いって言ってんだろ?」
「はい。」

その話の内容に土屋は、いや沙弓以外の全員は大いに驚いた。

「名家ってぇのが相手だから、単なる喧嘩自慢の俺等は無力。
下手すりゃ俺達にまで危害が及ぶ。だから巻き込めないってか?」
「……はい。」
「ざけんな。」
「へ?」

土屋は相槌を打つ和樹を叱責した。

「人の事、喧嘩しかできねえ馬鹿野郎と思ってんじゃねえ。
確かに俺は頭ワリーが、説得だったらお前なんかよか上だって自信あるぜ。
伊沢だってそうだ。いや、コイツは頭の出来だってお前より上だぞ。
大体そんなもん、テメェ一人で抱え込んだって解決できなきゃしょうがねぇじゃねえか。」
「それは、そうですけど……」

そこへ伊沢も加わる。

「俺達にも協力させろ。
土屋も言ったみたいに、俺達だって殴り合いしかできないわけじゃない。
そんな理由でガキを作ったらお前だけじゃない、相手の女やお前のガキだって不幸になる。
そんな事を見過ごすわけには行かない。
一緒に知恵を絞って、弱腰すぎて交渉には向かないお前の代わりに相手との折衝をする位しかできないだろうがな。」
「ありがとうございます。でも」

今度はシンが加わる。

「でもじゃねえよ。
大体、今伊沢さんや土屋さんが言ったくらいの内容でえらい目に合わされる、ってんなら、お前のダチだって時点でもうやばいんだよ。
大体さ、ユウのダチって事で病院送りにされても「アイツのダチやめねえ」って誓い合った仲だろ、俺等?
そんな信用ないか?」
「……ありがとう、金田。」

そんな中、

「ウチのクラスじゃあんな光景見れないわよね。
これは涙じゃないわ。目の汗よ……千早カムバック

と転校していった親友の事を思い出し、沙弓は一人はらはらと泣いていた。


そんな中、ふと思い出したように和樹は言った。

「そういえば杜崎さんとこも名家って事で良いんだったっけ?」
「え、ええ。貴方と結婚しろ、なんていう連絡も来てるわ。
もっとも本家に何言われようと、貴方との結婚なんてあたしはごめんだけど。」
「え? じゃあ杜崎さんは、この件に関しては味方と思っていいのかな。
よかったぁ。」

和樹はほっと胸を撫で下ろした。

「……和樹君、和樹君。」
「お前、切ない対応されたのに胸を撫で下ろすなよ。」

ユウとシンは、そんな和樹に複雑そうな表情で突っ込みを入れた。

「でも杜崎さん。
ただ単に和樹君との結婚が嫌だ、ってだけで命令してきた人達納得させられるの?」

ユウはその事に疑問を感じる。
そもそもそれだけでケリが付くのであれば、こうも思い悩まずに済みそうなものである。

「大丈夫よ。ウチのクラス、葵学園2−Bの実態を詳細に報告して、
『お互いに2−Bの生徒同士だから、どうやっても結婚しようなんて思えない』
って言えばそれで確実に説得できるわ。」
「……毎回思うんだけど、あんたや和樹のクラスってどんなクラスなんだよ?」

シンの切り返しに、和樹と沙弓は互いの顔を合わせてから、シンの方に向き直って泣き出す。

「「世の中にはね、知らない方が良い事もあるんだよ(あるのよ)」」

和樹と沙弓は声をハモらせ、涙ながらに実感を込めて言った。

「そ、そうか。」

シンは気圧されて引き下がった。


「じゃあ、俺達の基本方針を決めたいんだが。」

沙弓についての話が切りあがったのを見計らい、土屋が話を切り出す。

「基本方針っつっても、そもそも俺達にできる事なんて知れてるだろ?
ちょっと思いつく範囲じゃ、彼女みたいに結婚して来いって言われた女が直接来た場合には、その女を説得して味方につける。
説得した女達には、結婚しない事を前提に時間稼ぎのカモフラージュとして式森と行動を共にしてもらう。
名家に紅尉の話を通す為の窓口になってもらう事もあるだろう。
今回の話によると名家ってのは優秀な子孫が欲しいんであって、式森の遺伝子が欲しいわけじゃないからな。
式森の遺伝子が目的と合致しないものかもしれない、っていう情報を向こうに流せば、少しは及び腰になるはずだ。少なくとも時間稼ぎにはなる。
こんなとこか。」
「そういう説得は僕より土屋さんの方が上手そうですよね。」
「おう、任せろよ。
どうせ嫌々やってくる女ばっかだ。
連中にとっても結婚しないで済むなら、そっちの方が良いに決まってるだろう。」
「じゃあ、もっと警戒しなきゃなんないのは、もっと別な手段に訴えてきた場合ですよね。」
「そうだな。」

と、和樹達が作戦会議を開いていると、そこへ聞き覚えの無い少女の声が三人分聞こえてきた。
三人が三人とも好きに話しているので良く聞き取れないが、みな和樹の名前を口にしている。
声はだんだんと大きくハッキリしてくる。

「チッ、噂をすればって奴か。」

伊沢がそういった時、鳥居の方から少女の人影が三つ現れた。
金髪でスタイルの良い少女と小柄で巫女服のような服を着た少女、ピンク色の髪を特徴的な髪型に纏めた少女の三人である。
和樹と沙弓はそのうち二人に見覚えがあった。
スタイルの良い少女は三年生、葵学園の陰の支配者といわれる有名人、風椿玖里子。
小柄な少女は一年生で、いつも制服を着ずに巫女服のような服を着ている神城凜だ。

「和樹さん、こんな所にいたんですね。
こんな夜中に不良と一緒にいるなんて危ないですよ。」
とピンク色の髪の少女が言う。

「ああ、それよりもあんたとはやる事やんないと。」
「ちょっと待って下さい。ふしだらですよ玖里子さん。
大体、和樹さんとそういう事していいのは、妻である私だけなんですからね!!」

ピンク色の髪の少女は玖里子と口論を始めた。
その横で凜が刀を抜き放つ。真剣だ。

「貴様が式森和樹か。
私は本家から貴様と、」

とそこまで凜が喋った所で土屋が割って入る。

「その辺の事情はこっちも把握してる。こいつと結婚してこいって言われたんだろ?
もっとも、お前は見た所ほかの女より乗り気じゃねえようだが。」
「当たり前だ。成績、運動は共にいたって平凡、趣味は特にこれと言ってない。また取柄もまったくない男。それがその男だ!
そして私はそんな男を生涯の伴侶にしなければならぬ。この上ない屈辱だ!!」
「ならお前は俺達の味方だな。こっちもそんな結婚コイツにさせるわけには行かねえ。
ダチの人生をそんな下らない理由でぶち壊しにされたらたまったもんじゃ無いからな。」
「は?」
「え?」
「なに?」
「あれ、僕、土屋さんの友達?」
「いや、ただの知り合いでもいいが、それじゃこの場は色々面倒そうだろ。」

凜と一緒にあっけにとられる和樹。
また、口論していたほかの二人の少女も、土屋の話に目を丸くしている。

「ちょっと、それってどういう意味ですか?」

ピンク色の髪の少女が土屋に食って掛かる。

「言った通りの意味だ。
コイツとお前らの誰かが結婚したが最後、待っているのは身の破滅だ。
根拠も話してやろうか?」

そう言って、土屋は紅尉の話、つまり「和樹の子供はどれほど優れた母親から生まれても、魔法回数数十回程度の凡人に生まれる可能性が高い」という話をした。

「……紅尉が言ったの? それ?」
「ええ、そうですよ。」

信じられないといった顔の玖里子に、和樹が応じる。

「だが、はいそうですかと引き下がれれば苦労はせん。
いっそその男を斬って捨ててしまえば話は早い。」
「ちょっ、おいおい。真剣なんざチラつかせるんじゃねえ。
頭いーんだろお前ら。
どういう短絡思考してんだ。」

抜き身の刀を手に近づいてくる凜の姿に慌てる土屋。
刀を抜き放った時に魔法を使ったのか、刀からは魔力が迸っている。
と、伊沢が前に出て彼女の前に立ち塞がる。

「なんだ貴様は?」

凜は伊沢を見上げる。

「斬り殺すとは穏やかじゃねーな。」

伊沢がそう言って構えると、凜は不敵に笑って正眼に構える。

「ふん、素手で私とやりあうだと?」
「一応グローブをはめてる。刃物を受けるのは無理だが、裸拳よりかはマシだ。」
「ちょっ、退魔師の凜に喧嘩売るつもり?
あんた使用回数何回よ?」
「78だ。78回。エリートじゃねーパンピーじゃあ、まあ多いほうだな。」
「な、ななじゅうはちぃ?」
「ちょっとそれで17万回の凜さんの相手をするつもりですか? 無茶です!
下がってください。彼女から和樹さんを守るのは、妻である私の役目です!」

と、外野の少女達が口々に叫ぶ。


しかし伊沢と凜を挟んで反対側の和樹達は、別の観点から伊沢の心配をしていた。

「ちょ、伊沢さん! 真剣ですよ真剣!!
受け止められる篭手もないのに真剣の相手なんて無茶ですよ!!」

和樹がこう叫べば

「彼女は退魔師、妖相手の殺し合いのエキスパートよ。
一旦相手を敵と認識したら、殺してしまうのに何の躊躇も無いわ!」

と沙弓が続ける。彼女自身退魔師の家系であるので、退魔師の性質をよく理解している。

「伊沢さん!」
「真剣持ってたキングの手下と同じ、剣を強化する戦闘スタイルだ!
退魔師らしいいし、そいつ魔法だけじゃねえ、『使う』ぞ!!
何の準備もなしに相手するなんて無理だ!」
「剣強化したって事は、ぶった斬る気満々って事じゃないッスか。
ヤバイですよ、伊沢さん!!」

ユウや土屋、シンも叫ぶ。
こちら側は、凜の回数よりむしろ真剣と、伊沢と和樹を斬殺する事に躊躇していない凜の様子の方を警戒していた。

だが、伊沢は不敵に笑う。
いや、よく見れば冷や汗をかいている。
一撃で致命傷になる刃物を相手にする緊張は流石にあるようだが、それでも勝算は充分あるといった表情だ。

「心配いらない。
前にやりやった木刀の奴、タカって言ったな。
あいつが前に『長いモンはな、剣士が持たなきゃ刀にならねーんだよ』って言ったらしいんだ。
なら、今の彼女が持ってるのは刀じゃない、ただの長い刃物だ。やりようならあるさ。」
「ほう、私が剣士ではないだと?
その物言い、あの世で後悔しろ!!」

凜の鋭い突きが伊沢を襲う。
が伊沢はそれを紙一重でかわしざまに、彼女の左袖口を左手で掴んで彼女の左側に回りこむ。

「何?」

凜が戸惑いの声を上げる。
少なくともこの体勢では左腕を自由に振るう事はできない。
彼女は刀を両手から右手に持ち直して伊沢を突き刺そうとするが、

「悪いが、『持ち直して』『突く』隙はやんねえ。
ボクシングの攻撃は全て1タイミングだ。」

それより早く伊沢の掌底が凜の顎を打ち抜き、彼女の意識を刈り取ってしまった。


「う、嘘でしょ……」

少年達も少女達も、この秒殺劇に言葉を失う。

少年達は『躊躇い無く振るわれる殺傷力の高い刃物』という恐ろしい脅威を前に、有効な防御手段が無いにもかかわらずそれを冷静かつ迅速に排除した伊沢の手際に、少女達は回数が二桁の喧嘩屋が17万回の退魔師を破ったという事に驚いていた。

凜は魔法を使っていた。和樹を斬り殺す為に剣鎧護法で刀や自分自身の身体を強化していたのだ。
一方の伊沢は全く素の状態である。使用回数が二桁なのだから当然といえば当然だが。
魔法に通じている少女達にはその違いが見て取れていた。
その為、彼女等の目には、伊沢が勝つ要素など微塵もないように思えていたのだ。

「あの雪の後からこっち、頭が偉く冴えてな。
昔、今よりやさぐれてた時期にヤクをキメてて、そいつやめるのに苦労した覚えがあるんだが、どうも後遺症みたいなのが残ってたみたいだな。
それが雪でなくなった感じだ。」
「ちょっとまて、お前本調子じゃなくてあの強さだったのか?」
「良い事ばっかじゃないぜ。
あれ以降、かなり軽めのタバコじゃないときつくて吸えなくなっちまったからな。」

伊沢は軽口を叩きながら刀と鞘を拾う。
刀を鞘に納めた伊沢は、それを土屋に預けた。

「流石にこいつはとりあげといた方がいい。土屋、持っててくれ。」
「あ、ああ。」

そして伊沢は残った少女達に向き直ってこう言った。

「さて、話の続きは彼女が起きてからでいいな?」

彼女達は伊沢の言葉に頷かざるを得なかった。

「しっかしまあ、よくこんな得物持った相手をあっさりと……」
「見た目ほど余裕って訳じゃなかったんだぜ?
なにしろクリーンヒット貰っちまったら即あの世行きだし、手足ぶった斬られてたりしても洒落になんねーからな。
勿論、受けるなんて出来やしない。たとえかすっただけでも、一発被弾しただけでアウトだ。
彼女の精神状態がああでなけりゃあ正直ヤバかったし、俺もやり合おうだなんて考えなかったろうな。」
「精神状態だと?」

土屋は伊沢に聞き返す。

「ああ。
彼女が俺や式森を殺そうとしてたのは、退魔師うんぬんだなんてご大層な理由じゃない。
テンパッてて後先やら何やらが見えなくなってただけだ。
つまりある種のパニック状態だ。
殺気もだだ漏れだったおかげで挙動が手に取るように分かった。ガキの頃から殺し合い前提で鍛えてるってんなら、そんな事ありえねぇハズだ。パニクってた証拠だな。
しかもあの女は俺の回数を聞いた。
魔法って奴が便利すぎるせいか、回数が多い奴はどうしたって少ない奴を見下す傾向にある。」
「つまりあの子はパニクってた上に伊沢さんの事を舐めてかかってたって事?」

ユウは以前、
「パニックに陥った奴を仕留めるのは簡単だ。こっちは逆に落ち着き、相手が良く見える。パニクった方は何も見えねえ。」
と岩戸という男から聞いた事がある。
凜はパニックに陥っていた上に、強力なファイターである伊沢を舐めてかかっていた。
ならば、凜の実力が伊沢を遥かに凌駕していない限り、彼女の斬撃が伊沢に届く事などあり得ないだろう。
一撃必殺、死亡の恐怖をなんとか克服できれば後は仕留めるだけだ。

「回数は金髪の女に聞かれなくても言うつもりだった。
タカの台詞言ったのも、魔法使う時間をおかずに向こうから得物で攻めさせる為の挑発だな。
まあ、得物から変なモンが出てたし、最初ッからいくらか魔法がかかってたみたいだがな。
実は結構ひやひやモンだったんだぜ?
全部俺にこう思わせるフェイクだったら、そこに転がってんのは彼女じゃなくて俺の死体だった筈だからな。」
「そう見えないんだけど。」

ジト目で伊沢を見つめる玖里子。

「魔法が使えるあたしだったら、彼女の剣を受けて防ぐ事ができたわ。
なんでそんな危険を冒して、貴方が行ったのよ?」

沙弓の台詞にはこう応える。

「お前の家の味方と思われるとややこしい事になりそうだったし、さっき言った通り充分な勝算があった。
それにお前やあの連中の魔法もあてにさせてもらってたんだ。
お前、治療魔法使えるよな?
それにあの二人も名家っていうなら何万回って回数で、俺一人治療するならわけないだろう。
神代達がお前やあいつ等を説得してくれると思って、それをあてにさせてもらった。
斬られても場所が頭とか相当ヤバい所でなけりゃあ、まあ生き延びられる計算だ。」

以前伊沢をリーダーとする少年達が脱法ドラッグ『トゥルー』をばら撒いていたキング一派と戦った際にも、魔法使用回数が4桁以上の味方の不良達が回復魔法で伊沢ら戦闘要員の負傷・疲労を治す衛生兵として立ち回っていた。
伊沢はその時の彼等と同じように、この場にいる少女達をあてにしたらしい。

「痛いのはどうなんですか。刀で叩き斬られたら尋常じゃなく痛いと思うんですけど。」
「まあそれはそうだが、そもそも痛いのが嫌なら、喧嘩なんてしてねえよ。
確かに殴る蹴ると刃物じゃ痛さが違うってのはあるけどな。
と、起きたみたいだぜ。」

話を打ち切った伊沢の視線の先で、凜はよろよろと立ち上がってきた。
そもそも身体的なダメージはほとんど無く、アゴを掌底で打ち抜かれて無理やり意識を刈られていただけである。

「な、何が起こった?」

と口にしてはみたものの、自分が倒れていたという事から「敗北した」という事は分かっている。

「お前が油断してるのを良い事に奇襲させてもらった。それがハマっただけだ。」

と伊沢が応える。
次いで、周囲から先程伊沢が話していた内容が凜に説明される。

「ぱ、パニックなど私はそんな!!」
「そうでなけりゃ、俺の方が一撃でやられてたよ。
お前がパニクってたおかげで攻撃が読みやすくて、一発で死ぬ攻撃だってのにあまり恐怖心に足を引っ張られずに捌けた。
正直言ってこっちの勝因はそれに尽きる。
そっちの精神状態がマトモだったら、俺がなすすべなく斬殺されて終わりだ。
もっとも、まともな状態だったらそもそも俺や式森を殺そうだなんて思わないだろうがな。
殺しは重たいぜ?」
「む、むう。」

凜はぐうの音も出ない。
ボクシングという拳の戦闘スタイル相手に、真剣という強力な得物を使って敗れたのだ。
力量差は勿論、自分の心理的な問題をも認めなければならない失態だろう。
それに伊沢が言った通り殺人罪は重い。
刑罰としては勿論、道義上でも最悪かそれに近い位置に置かれる物で、戦争状態など余程特殊な場合でなければおいそれと行えるものでは無い筈である。
その殺人を行おうとしていた自分の精神状態は正常でなかった、と彼女は認めざるを得ない。

「じゃあ、凜ちゃんだったよね? 君が落ち着いた所で話を」
「ちょっとまて、何故私の名前を馴れ馴れしく言うんだ!!」

男性陣の中で唯一彼女の名前を知っていた和樹の台詞に、過剰反応する凜。

「だって苗字で呼ぶと神代と被るんだもん。」
「は、かみしろ?」
「うん、コイツ。フルネームは神代ユウ。
これでも見た目からは想像出来ないほど強いよ。
まあ、防げる防具も無しに真剣なんて相手にしたら負けちゃうだろうけどね。」

と、今度はユウが反応する。

「ねえ和樹君、あの子も神代って苗字なの?」
「うん、字は違うけど読みは一緒。
ウチの一年生で神城凜ちゃんって言って、美人で優秀って事で有名な子だから、僕も名前だけは知ってるんだ。
まあちょっとしたアイドルだね。」


「で、あんた達の目的は、結婚をやめさせるって事だったかしら?
悪いけどこっちにも事情があるのよ。
さっきの紅尉が話したっていう平凡の遺伝子の事を聞いたからって、あたし達がここで勝手に判断していい範囲じゃないのよね。」

玖里子は凜の暴走によって脱線した話の軌道修正を試みる。

「俺達だってそっちにはそっちの立場があるくらいは分かってるぜ。
いくらエリートだ回数5桁だ6桁だ、お前らパンピーや不良とはわけが違うんだ、って粋がって見せた所で、『家』っていう大人にシメられたらどうしようもねえ。
なんのこたぁねえ、その辺に関しちゃ警察やヤクザにシメられたらどうしようもねえ俺達とそんなに変わらねえ立場のガキだってくらいは承知してる。」
「ちょっとまて、私達が貴様達と変わらんだと? そんな事あるわけが……」
「そんな事あるから、お前ら「見ず知らずの式森と結婚して来い」だなんて理不尽な命令に逆らえないんだろ?」
「ぐっ。」

土屋は自分の言葉を否定しようとした凜を鮮やかに切って落とす。

「俺達は、少なくとも俺はお前等の事を、名家の手先みたいには思っちゃいない。
式森と同じ今回の騒動の被害者で、一緒になってこの難局を乗り切るべき相手だと思ってる。
お前らだって、そんな命令で仕方なく一緒になった回数少ない旦那と結婚なんて嫌だろ?」
「そんな事ありません。私は和樹さんの事を愛してるんです。
遺伝子目当ての玖里子さんとは違います。」

ピンク色の髪の少女はそう断言する。

「信用できない。」

と険しい目つきのユウが彼女の言葉を否定する。

「どうしてですか!!」
「だってさっき、君は回数が少ない事を理由にしてあんなに強い伊沢さんの事を舐めたじゃないか。
それなのに、伊沢さんよりさらに70回も少ない和樹君とマトモな夫婦生活が送れるなんて思えないよ。」
「それとこれとは話が別です。
いくら和樹さんの回数が少なくったって私の回数でカバーします。
私は和樹さんを愛せます。」
「愛しているから、和樹君に憐れみの視線を浴びせながら生活するの?
自分より劣った、自分とは違うっていう、優越感の混じった憐憫の目で、落伍者を見るような目で、回数なんて生まれつきの理由で!!」

徐々にユウの語気が荒くなる。
言っているうちに自分で自分のトラウマを掘り返してしまったらしい。

中学生時代イジメに遭って引き篭もった時から、家族から浴びせられるようになった曖昧な寛容と憐憫、落伍者を見る目。
それは「自分達は、落伍者であるユウとは違う。落伍者であるユウは自分達より劣った存在である。」という認識の表れである。
それに気づいてしまった事で家庭内から居場所を失った当時のユウは、自殺未遂を図るほど追い詰められてしまった。
その精神的負荷から逃れる為にとった逃避行動として、立ち読みしたボクシングの本を頼りにひたすらパンチの素振りを続けた、という事がファイターとしてのユウの原点である。
……家族の目は、未だに優越と侮蔑の混じった憐憫の視線をユウに向けている。

「ちょっとあんた言いすぎよ。」
「落ち着け神代。
あの女も味方につけて、口裏合わせとか色々してもらわないといけないんだぞ。
喧嘩腰でどうするんだ。」

土屋と玖里子がユウを制止する。

「で、でも……」
「落ち着いてよ神代。彼女達って良いとこのお嬢様なんだよ?
伊沢さんのカリスマ伝説なんて知るわけ無いじゃない。
知ってれば、回数なんかで伊沢さんを判断したりしないって。」
「カリスマ伝説? 何ですかそれ?」
「別に、ただの喧嘩屋ってだけさ。
それなりに名が売れてるってだけのな。」

ピンクの髪の少女の疑問に伊沢が答える。

「ただの喧嘩屋って言ったってな、この界隈の不良の中にも回数5桁の奴ぁ探せば結構いるもんだ。
そういう奴等もぶちのめしてないと、路上のカリスマだなんて言われやしないぜ。
実際、回数少ない事を理由にコイツを舐めて突っかかる回数自慢の身の程知らずが定期的に沸いて来るんだが、ほとんどがその場でぶちのめされてる。」

土屋が伊沢の言葉を補足する。
その後、さらに土屋はこう続けた。

「でも、まあこんな世の中で、魔法も万能に近い便利さだ。
回数多い奴が回数を基準に物考えたって責められる事じゃない。
けどな、回数を基準にしちまう奴が8回の式森と付き合うのは根本的に無理があるぞ。」
「そんな事ありません。私は和樹さんを愛してるんだから無理じゃありません。」
「……夕菜ちゃん、その自信の根拠は何?」
「愛です。」

夕菜というらしいピンクの髪の少女は、そう断言した。

「その愛があってお互いに回数の差なんていう壁も無い家庭だって、壊れる時は壊れるんだぜ?
悪いが、回数が何万回もあって回数で人を判断する事に慣れてる女と、8回しかなく自分を落ちこぼれと信じて疑わない式森なんていう夫婦が上手くいくとは俺には思えない。
上手くいかずに破綻した家庭ってのは良く見かけるが、良くある話で流すんじゃない。
当人達にとっちゃ洒落にならない話だからな。」
「……そういやお前、親父が失踪してるんだっけな。」

土屋は以前本人から聞いた伊沢の過去を思い出していた。

「俺なんかまだマシだぜ?
昔荒れてた頃にな、母親と妹を死病で亡くした上に残った父親に売春させられて、その父親も失踪しちまったっていう女の身体を買った事がある。
買ったって言っても、やる事やらないでお互いの父親の事で愚痴ってただけだがな。
たしか音邑って言ったっけな、葵学園の生徒だ。」
「え? 音邑先輩?」

伊沢が出した音邑という名前に玖里子が反応する。

「知っているのか?」
「あたしの二年先輩よ。
卒業目前で死んでしまって、身寄りが無いからってんで学校でお葬式したのよ。
本人と直接会った憶えは無いけど、その時に色々やらされてたから、妙に憶えてるわね。」
「そうか。俺も会ったのは一度きりだ。
死んだのを知ったのも新聞でだ。
死因が魔法がらみの奇病だった事と本人が美人だった事、それと悲惨な境遇が、記事的に美味しかったらしい。ニュースでも結構流れてたぜ。
彼女には破綻した家庭ってのがどれだけ洒落になってねえのか、家庭が破綻するって言うのはどういう事か、詳しく教えてもらったよ。
言葉一つでテンパッてた自分が恥ずかしくなるくらいな。」

伊沢がボクシングからドロップアウトした切欠を思い出し、自嘲する。

「でもそんな事、今の私達には関係ありません。私達の愛は永遠に不滅です!!
そんな愛情の欠片も無いお父さんと一緒にしないでください。」

夕菜はしきりに自分の和樹に対する愛情を主張する。

「そうは言うがな、彼女の父親も母親と妹が死んじまう前までは真っ当な父親だったそうだぜ。
ガキの頃の優しい父親が懐かしくなる事もあったらしい。
そのせいか、「何度殺してしまおうと思ったか分からない」と言ってたが、結局実行できなかったそうだ。
元はそう酷い父親だったわけじゃなかったのが、母親と妹の死が切欠でとんでもないロクデナシに変わっちまったらしい。
家庭が破綻するって事は、こういう事だ。ただの家庭不和じゃ済まない。」
「私達はそうはなりません。」

伊沢の言葉に夕菜は耳を貸さない。

「……なんで君そんなに僕に入れ込んでるの?
君や風椿さんだって、凜ちゃんと同じで僕との結婚なんて嫌なはずでしょ?
言われるがままに僕なんかと結婚して自分で産んだ子供に辛い思いをさせちゃうよりも、ここで家に命令された結婚なんてしなくて済むよう一緒に頑張ろうよ。ね?」

と、その和樹の言葉を聞いた瞬間、夕菜はさぁっと蒼ざめる。

「か、和樹さん、それ本気で言ってるんですか?」
「え? いや、だって事実でしょ?」
「そんな、私の事を憶えているから、憶えていてくれたから、四月の大雪を降らせたと思ったのに……」
「あっ、ちょっとそれどういう……!!」

夕菜は震えた声で言った後、後ろを振り向いて走り去ってしまった。

「憶えているから? 僕、彼女と会った事があるの?」
「……少なくとも夕菜ちゃんの方はそういう感じだったわね。」

和樹に対して玖里子が相槌を打つ。

「それにしても四月の大雪とあんたに、なんの関係があるのかしら?」
「え? ああ、あれはコイツの仕業だぜ。
この界隈にばら撒かれたトゥルーって薬を一掃してヤク中にされちまった連中を助ける為に、成分がヤク中治す霊薬になってる雪を降らせたんだよ。」

玖里子の一言にシンが何気なく応えると、ギョッとした表情になった女性陣が和樹に視線を向ける。

「あれ、言っちゃ拙かったか?」
「かなり、ね。」
「だが、聞かせちまった以上はしようがねえな。」

土屋がシンをフォローするが、彼とても拙いとは思っている。
彼女達が『結婚しなければ雪を降らせたのが誰か、その情報をヤクザや麻薬密売組織に売る』と言い出しかねないからだ。
もっとも少なくとも沙弓と凜の方は和樹との結婚を嫌がっているため、そのような手段に訴える事は無い。
夕菜もこの場にはおらず、警戒するべきは玖里子一人である。
自然、男性陣の視線は彼女に集中する。

「な、何よ。」
「いや、これをネタに俺達強請ってこねえかなってな。
ちょっと考えりゃすぐ分かるが、ヤク捌いてる連中にこれ聞かれると拙いんだよ。」
「いや、流石にそこまでダーティには行かないわよ。」
「そうはいうが、名家って奴は多かれ少なかれ汚ぇ所がある、ってのが一般的なイメージでな。」
「大体、僕の遺伝子目当てで風椿さん達やあの夕菜って子を僕のところに送り込んでくる、って時点で充分汚いって。」

玖里子は慌てて否定するが、伊沢と和樹が追撃する。
特に和樹の突っ込みは非常に的確であったので、玖里子は反論できずに話をそらした。

「そ、それにしてもとんでもない魔力ね。」
「そのとんでもない魔力が、紅尉って先公の話の論拠になってんだよ。
遺伝子の潜在能力は式森の時点で使っちまったから、もう残りカスもねえ。
残ってんのは、高名な魔術師の血がいくら混じっても、ひたすら平凡であり続けた式森家の『平凡の遺伝子』だけ、だそうだ。」

少しでも玖里子を引き込もうと、土屋は彼女の言葉にこう付け加えた。

「ところで貴様、夕菜さんはどうするんだ?
まさか放っておくわけじゃないだろうな?」

話が一旦切れるのを待って、凜が和樹に凄む。
和樹の発言が彼女を泣かせてしまった事に、怒りを感じているらしい。

「いや、俺達の目的は今回の結婚話をぶち壊しにする事だ。
なら、追わないのも一つの手だぞ。」

伊沢の言葉に、ギョッとする和樹と凜。
伊沢はその和樹の様子を見て、ため息をひとつ吐いてからこう続ける。

「……もっとも、お前にそれができるとは思わないがな。」

それを聞いて和樹と凜の表情は柔らかさを取り戻す。

「でも追った所で、何をどう憶えてないのか分からないんじゃ、謝りようが無いですよ。」

そんな台詞を言う和樹に、ユウとシンが助け舟を出した。

「でも、なんか雪に関係あるんじゃない?
彼女、憶えているから雪を降らせたんじゃないか、って言ってたから。」
「そういやお前、十年くらい前に魔法を使った時も雪を降らせたって言ってなかったか?
なんか泣いてる女の子にせがまれたとか何とか……」
「うんそうそう。
引越ししてばっかりで友達ができないって言ってた女の子に『僕は世界一の魔術師』なんて大法螺吹いちゃってさ、それで引くに引けなくなって……ひょっとしてその時の子?」

そう言えば、その女の子の髪はピンク色だった気がする。
髪型もあんな感じだったような。

「そういえば、その話ならあたしも夕菜ちゃんから聞いた事があるわよ。
雪を降らせてっていうお願いを聞いてくれた男の子に、お嫁さんになってあげるって言ったとか何とか……それってあんただった訳?」

和樹達の昔話に玖里子が加わる。

「そんな風に想い続けた相手に、あんな台詞を投げかけられたわけか。
夕菜さんが泣くはずだな。」

これまでの話を聞いていた凜が嘆息する。
一方の和樹を含めた男性陣の心境は複雑だ。
いくら彼女が本気で和樹のことを好いていても、彼女の家が神城家や風椿家と同じような考えを持っていると思われる以上、彼女と和樹の結婚は断固として回避しなければならない。万が一結婚してしまったら、和樹とその子供は高確率で地獄行きである。
とはいえ、あんな風に女性、しかもかなりの美人を泣かせてしまうのには、非常に大きな抵抗がある。
この二律背反が彼等を苛んでいた。

「ちっ、まさか寄越されてくる女の中に、本当に式森と結婚したい奴がいるとは思わなかったぜ。」

土屋が毒づく。
男性陣にしてみれば、結婚して来いと言われてきた女性は、みんな和樹との結婚を嫌がっているだろうと考えていたのだ。
だからこそ、結婚を回避する為の協力を取り付けるのは簡単であるとも考えていた。

夕菜は想定外でなおかつ対処の難しい相手であった。

「と、とりあえず追ってみます。こんな夜中に一人は危ないですよ。」
「あの子なら大丈夫よ。そこらのちんぴらなんか精霊魔法でちょちょいのちょいよ。」
「いや、彼女自身が危ないんじゃなくて、過剰防衛で障害のマエがつく方が怖いんですよ。」

そう言って走り出す和樹を、シンが追う。

「おいおい、お前一人だったら普通にお前が危ないだろうが。一緒に行こうぜ?」
「え? ああ、うんそうだね。」

二人は連れ立って、夕菜が走っていった方へ向った。


夕菜は割とすぐに見つかった。神社の敷地内にまだいたのだ。
彼女はうずくまって泣いていた。

「夕菜ちゃん、だったね。
あの時は名前聞かなかったから、君の名前を知ったのは本当についさっきだけど。
風椿さんが君の名前を呼んでたのを聞いただけだから、苗字も分からないよ。」
「思い出して、くれたんですか?」

夕菜は和樹の言葉に顔を上げる。

「思い出したというかなんというか、君に雪を降らせてあげた事自体は最初ッから忘れてないよ。
そうじゃなくて10年以上も経ったんだから、その分だけ成長した一度会ったきりの女の子が君だ、なんて分からなかったんだよ。
君が走って行っちゃった後、『雪を降らせてくれた』っていうのをヒントにあの時の記憶を掘り返して、そういえば髪の毛の色と髪型があの時の女の子と同じだったっけ、って思ったんだよ。
その事を聞いた風椿さんもその話を君から聞いた事があるって言って、それでやっと君だって特定できたんだ。」
「……酷いです。私は一日だって和樹さんの顔を忘れた事なんて無いのに。
あの小さな世界一の魔術師さんが成長すれば絶対こうなる、そんな素敵な男の子を見せられて、結婚して来なさいって言われた時、渡し嬉しくて嬉しすぎておかしくなるかと思ったんですよ。」

夕菜がにっこりと笑う。
だが、

「でも世界一の魔術師だなんて大法螺も良い所だけどね。」
「あんな雪降らせといて、何が大法螺だよ。
俺に言わせりゃ『女にゃトンと縁がない』っつーほうが、もっととんでもない大法螺だよ。
あれだけ美人な沙弓とクラスメートな上に、一時期千早っていうとんでもなく可愛い子連れてた癖によ。」

このシンの台詞を聞いた瞬間、その表情は悪鬼のそれに変化する。

「誰ですか、千早さんって?」

鈴を転がすような、地獄の底から響く声が彼女の口から発せられる。
その凄まじい変貌振りに、蒼ざめ、足が笑ってしまう和樹とシン。

「へ? ゆ、夕菜ち、ちゃん?」
「な、何をそんなに……」

夕菜のあまりの迫力に声が震える二人。

「誰ですかと聞いてるんですよ。
千早さんって、どこの泥棒猫ですか?
和樹さん、そんな泥棒猫に現を抜かすなんて……あの雪の日から、和樹さんの妻は私なんです!!
他の女に目を奪われるなんて……」

声に含まれる怒気が一字一句ごとに加速度的に増していき、彼女の周囲には無数の光球が浮かぶ。
それらが熱を発しているのか、周囲は途轍もなく暑くなる。
そして

「お仕置きです!!」
「「それ、お仕置きっていうより粛清ぃぃぃぃぃぃっ!!」」

それらが和樹とシンに襲い掛かる。
すっかり竦み上がっていた二人はマトモに避ける事ができず黒焦げにされた。
その直前に現場に駆けつけてきたユウがその惨劇を目撃する。

「シン……ちゃん? かず……き、くん……」

目の前で、大切な、かつて守れずに病院送りにされた友人が二人、再び……
ユウから殺意の妖気が立ち上る。

「和樹君の事……愛してるって言った君が、なんで……こんな……酷い事を……したんだ。」

その声はあくまで静かに、ただ途轍もなく重く。
あるのは静寂の中に凄まじい闘争本能を秘めた黒い怒り。

「浮気者には当然の仕打ちです。
なんですか千早さんって。私というものがありながら、そんな泥棒猫に現を抜かしていた和樹さんの方がよっぽど酷いです。」
「山瀬さん? 悪いけど……僕には、君よりも彼女の方が和樹君に……似合うと思う。」

ユウの一言に、和樹に制裁を加えた事で収まりかけていた夕菜の怒りが、再び激しく燃え上がる。

「なんて言いました?
もしかして、あなたもその千早さんっていう泥棒猫の差し金ですか。」

その声はあくまで女性らしくたおやかに。しかし聞けば、裏に凄まじい情念が蠢いている、と気づかない者はいないだろう。
あるのは激しい嫉妬心に裏打ちされた、業火のごとき激怒。

「僕は……君を……許さない。」
「それはこちらの台詞です!! キシャァァァァァァァァァァッ!!

こうしてデビルキシャーVS狂戦士ユウ、二大怪獣大激突(初戦)が始まった。
……結果だけ述べると、この二大怪獣大激突はユウの勝利に終わり、彼が夕菜にトドメをさそうとした所を伊沢に鎮圧されてひとまず事態は収集した。


ちなみに二大怪獣が激突する横で、和樹とシンは剪紙成兵という玖里子が操る簡易式神によって死地から救出され、夕菜以外の少女達によって治療を施されていた。

「ふぅ、あれだけ派手にやっといて、まだあそこまで動けるなんてなんて奴だ。
消耗してなかったら、やられていたのは俺……か?」

暴走状態だったユウを辛うじて倒し、嫌な汗を拭う伊沢。
その彼に、意を決した玖里子が話しかける。

「あの、ちょっといいかしら?」
「なんだ?」
「あんた達、あたし達と和樹を結婚させたくなかったみたいだけど、ごめんなさい、あたしやっぱり和樹と結婚するわ。」
「へ? ちょっとどういう意味ですか?
この連中に合わせれば、あんな男と一緒にならずに済むかも知れないんですよ?
そうでなくとも、何が良いのか分かりませんが、夕菜さんが結婚したいと言っているのですから、あの男は夕菜さんと結婚させ、私達は夕菜さんに取られたとでも言えば良いではありませんか。」

凜がギョッとした様子で、玖里子の言葉に反応する。
ギョッとしたのは凜だけではない、その場にいて意識がある者全員だ。

「あ〜〜それなんだけど、いっくらあの子がアイツの事本当に好きだって言っても、こんな風に丸焼きにするんじゃいつか殺しちゃうわよ。
今回だってあたし達の処置が早かったからもう意識が戻るくらい回復してるけど、もしあと10分も遅れてたら死んでしまってた可能性だってあるわよ。
それよりも、一旦風椿家で和樹を保護して、その後平凡の遺伝子の危険性を理由に時機を見て離婚しちゃえば、宮間家だってアイツからは興味を無くすはずだわ。
夕菜ちゃんと宮間家から和樹を守るには、これ以上の手は無いと思うわよ。
結婚中、和樹と子供を作らないように、相手の事極力意識しないよう努力する必要があるけど。」

玖里子から想定外の新プランを提示されて戸惑う男性陣。
信用しても良い物かどうか判断が付きかねる。が。

「うう……玖里子さん……和樹さんとの浮気……許しませ……」
「「「「「「「…………」」」」」」」
「その話はまた今度にしてくれ。
いくらなんでも、あの調子で暴走している相手を一日に二回相手にするのは辛すぎる。」
「わ、分かったわ。」

その後、ユウは伊沢、夕菜は玖里子が送る事になり、二人の怪我を魔法で治療した後、この場は解散する事となった。


その帰り道。他の少女達とは別に一人で葵学園女子寮『朝霜寮』に帰っていた沙弓はほっと一息ついた。

「全く、楽な仕事だと思ってたのに、なんでこんな事になったのかしら?」

転校により葵学園を去る事になった親友、山瀬千早を思い、沙弓は一人ゴチる。
千早が和樹に好意を持っていたのはまる分かりだったので、彼女が転校した時『それでも千早が和樹のことを好きなようであるならば、遠距離恋愛になっても彼女の思いを果たさせてあげよう』と密かに誓っていたのである。

たまに届く千早からの手紙やメールからは、和樹への思慕がありありと透けて見えていたので、おりを見て和樹と千早を再会させてやれば、それで済む。
二人が引っ込み思案である事を差し引いても、所詮和樹に好意を抱く物好きなど親友以外には存在しないので、気長にやればよい。
たったそれだけの簡単な仕事である。沙弓はそう考えていた。
しかしそれも今日までであった。

「前途は多難だわ。」


数日後、伊沢がバーテンダーのアルバイトをしている店に、紅尉が訪ねてきた。
彼はカウンターに立つ伊沢の姿を見つけると、彼の目の前の席に座る。

「やあ、久しぶりだね。」
「ええ、久しぶりです。」

伊沢はまず、氷の入った水を紅尉の前に出す。

紅尉の顔を見る度に、伊沢はある言葉を思い出す。
いや、その言葉は決して忘れた事が無い。別の、やはり死んでしまった少女に手渡されたロザリオ同様、その言葉は常に伊沢と共にあった。
紅尉の顔を見る度に、その言葉は浮かび上がってくるのだ。

『神様って酷いですよね。
今になって、あんな王子様に会わせてくれるなんて。
おかげで死ぬ覚悟ができていたのに、覚悟が鈍っちゃったじゃないですか。
私、これ以上決心が鈍る前に行かなきゃ。』

それは、伊沢と会った翌日に音邑けやきが紅尉に遺した言葉であり、紅尉が最後に聞いた音邑けやきの言葉であった。
その後、病気にかかっていたのが治っている、けやきが気にしていた楓の木の下で、チリの山とそこに埋まったけやきの制服……つまり彼女の亡骸が見つかった。

この言葉を紅尉から聞かされた時、伊沢は彼女と会った夜の事を思い出した。
互いの父親について愚痴ったまでは、和樹達にも話した事がある。
しかし、それ以降の事を知っているのは、土屋と……紅尉だけのはずだ。

体を売る羽目になっているけやきに、
『もしなんだったらできる範囲であんたが自由になるのを手助けしてやる。
それが無駄でもトウがたてばあんたの商品価値は下がる。そうなれば借金を口実にして売春させている連中とも手を切りやすくなる。そこから先ならあんたは自分の人生を生きられる。』
と語り、
『寝物語のつもりなら、もうちょっと気の聞いた話をお願いね。』
と笑われた事。
話だけで帰ろうとした伊沢を呼び止める、けやきの震えた声。
心底男性を嫌悪するようになっていた心身をねじ伏せ、辛そうに
『いつもガラも顔も性格も悪い男を相手にしなきゃいけないから、たまにはカッコいい男の子としたいな』
と声を絞り出すけやき。
その彼女の哀れなほど震えた身体を優しく、しかししっかりと抱きしめると、震えも嫌悪も徐々に薄れていき、最後には伊沢に全てを委ねたような穏やかな顔で、伊沢の上で眠りに付いたけやき。
それらを思い出すたび、とてもその翌日に命を落としてようには思えない。

「あなたは、式森に『俺達を頼るな』と言ったそうですね。」
「……彼女達に会えば、君は音邑君の話をする事になるだろうと思ったからね。
彼女の話は君にとっては辛い思い出だろう。」
「過ぎた事です。とはいえ、たまにこう思うこともありますがね。
彼女にとって俺は何だったのか……」
「それはいわゆる『白馬の王子様』でいいと思うがね。
ただ、巡り合わせの問題か出会うのが少し遅すぎただけさ。
もう少し早ければ、それを悔いているのは君だけじゃない。
彼女が破滅していくのを目の当たりにしながら何もできなかった私や、彼女の友人達も同じ事だ。」
「……おしゃべりはここまでにしましょう。
ご注文はなんにしますか?」
「そうだね、何にしようか……」

コップの中の氷が音を立てて傾いたのはその時だった。

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切った所から先の追加と、その前の部分の手直しをちょっと。
雪の後3改訂版です。

伊沢VS凜、修正しました。たしかにびびんないのは異常ですよね……
ただ、まぶらほとクロスさせた関係上、東京在住の神城家の下っ端の一部がトゥルーに汚染されてキング側につき、ユウ達と戦った可能性が高いので(まぶらほ原作にも修学旅行中の和樹達を真剣もって追い回した挙句、破門食らった逝っちゃった連中もいるので。そんな調子じゃドラッグの誘惑を撥ね退けられずに嵌まる奴もいるでしょう。)その時に充分な準備をした上で真剣相手に散々戦った事にしました。
ビビリ方が足りないのはそのせいという事で。

というかキング一派、まぶらほとクロスしてるから洗脳や石化などの問答無用系魔法とか召喚獣とか投入しててもおかしくないんだよな。
……よく勝てたな、この世界の伊沢。
伊沢側にも衛生兵が追加されてるけど、それにしたってなぁ。

んでその伊沢ですが、音邑けやきと接触した事があることにしてみました。
本来まぶらほキャラなのに、何でホーリーランド(しかもかなりキツめの伊沢過去編)にしっくりくるんだか。
ラストの紅尉とのやり取り、渋くしようと思ったんですが、当方の力量ではこれが限界っす。

……デビルキシャーVS暴走ユウ、ちゃんと描写した方が良かっただろうか?
でもこいつら得意レンジがあまりにも違いすぎるから、間合い確保できた方が一方的にボコれるから、絵的にあんまり美味しくないんですがねw

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