「ア、アナタは……」
ネギは呆然とニット帽の少年の背中を見上げる。少年は笑みを浮かべ、黒獅子に向けている剣を構えた。
「さぁ、来い」
「…………中々、やるようだな、坊主。面白い!」
黒獅子は自分の攻撃を受け止めた少年に対し、その実力がタダ者ではないと感じていた。
「おい、子供教師。お前は、とっととあの女を助けろ」
「え? あ……」
言われてネギは、呆然と黒獅子と少年を見ている女性と、木乃香の方を見る。少年は、それだけ言うと黒獅子に向かって剣を振るった。黒獅子もその攻撃を鎌で受け止める。
「な、何やの、アイツ? いきなり出て来て……」
「ラス・テル マ・スキル マギステル 風の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス) 縛鎖となりて(ウィンクルム・ファクティ) 敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)!!」
「ああ! しまった!」
女性は、すっかり黒獅子と少年の戦いに気を取られてしまい、逃げることを忘れていた。しかし、その隙にネギの魔法が炸裂する。
「もう遅いです!! 魔法の射手(サギタ・マギカ) 戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!!」
ネギの放つ風の矢が女性に向かって襲い掛かる。
「あひい! お助け〜!」
女性は咄嗟に木乃香を盾にすると、ネギは大きく目を見開いた。
「あ! ま、曲がれ!」
すると風の矢はスッと彼女達からの軌道を逸らした。女性は不思議に思うが、ニヤッと笑みを浮かべ、木乃香を肩に担いだ。
「はは〜ん、読めましたえ。甘ちゃんやな。人質が多少怪我するくらい気にせず、打ち抜けばえ〜のに。
ホ〜ホホホ! 全く、この娘は役に立ちますなぁ! この調子で、この後も利用させて貰うわ!」
木乃香を盾にして逃げようとする女性にネギは表情を歪めた。杖を強く握り締めるが、生徒を盾にされては攻撃の仕様がない。
「おい! 何してる!? 早くあの女を助けろ!」
そこへ黒獅子と戦っている少年がネギに向かって叫ぶ。しかし、ネギは「で、でも……」と攻撃を戸惑ってしまう。
少年はネギのその態度に舌打ちすると、自分が助けに行こうとするが、黒獅子の攻撃に止められてしまう。
「大丈夫ですよ」
「へ?」
ふと隣から柔らかい声が聞こえてくる。隣を見ると、そこにはシンクが立っていたので、ネギは驚愕する。
「お、お兄ちゃん?」
思わず先程までシンクがいた所を見ると、そこには呆然と座り込んで、こちらを見ている明日菜しかいない。
シンクの体を見ると、服は血で赤くなっているが、既に傷口は塞がっていた。
「ど、どうして!?」
「一応、第七音譜術士なので癒しの術は使えますから……」
「お兄ちゃん?」
ネギは、いつものシンクと様子が違うので首を傾げる。シンクのように髪は逆立っておらず、またその表情も柔らかい。
ポン、とネギは頭に手を置かれて微笑まれる。
「お前……」
少年も今のシンクに驚きを隠せず、凝視する。
「アナタが何でココにいて手を貸してくれるのか分かりませんが……僕が隙を作ります。このかさんをお願いします」
「…………」
そう言うと、少年は階段上の女性を見上げる。
「このかさんを連れ去って……どうするつもりですか?」
「せやな〜。まずは呪薬と呪符でも使って口を利けんようにして、上手い事、ウチらの言うこと聞く操り人形にするのがえ〜な、くっくっく……」
女性の余りにも人道の外れた言葉に、ネギは絶句し、月詠と剣を交えていた刹那の額に血管が浮かび、怒りが露になる。
「屑以下だな……!」
黒獅子と戦っていた少年も、その女性の言葉には怒りを隠さない。
「ウチの勝ちやな。フフフ……このかお嬢様か。なまっちょろいおケツしよってからに、かわえーもんやなぁ。
ほなな〜、ガキども。お尻ぺんぺ〜ん」
木乃香のお尻を叩いて笑みを浮かべながら言う女性。
「このかお嬢様に何をするか〜!!!」
怒りのボルテージが最高潮に達した刹那は、一撃で月詠を吹っ飛ばして女性に向かって剣を振り被る。
「いかん!」
依頼主を守ろうと黒獅子が攻撃の手を止めると、その隙を突いて少年が胴体に手を触れてきた。
「!」
「烈破掌!!」
ズドン、と少年の掌の魔力が衝撃波を生み、ゼロ距離で食らった黒獅子は吹き飛ばされしまった。
「ふん」
刹那の攻撃に対し、女性はお札を出して結界を張る。刹那の刀を結界に阻まれ、女性にまで届かない。
「ぐ……ぅ!」
「刹那さん! ラス……」
「ネギ君。ネギ君はアスナさんを……少し揺れます」
シンクはネギにそう言うと、無言で手を高らかと掲げた。その掌に膨大な魔力が集約される。その手を地面に叩きつけると、巨大な陣が浮かび上がり、激しく地面が揺れた。
「な、何やーーー!?」
突如、起こった震動に女性はバランスを崩し、結界も消え去った。
「しま……!?」
「秘剣!! 百花繚乱!!!」
刹那の剣が振り上げられ、女性の手から木乃香が解放される。
「お嬢様!」
「っと」
が、木乃香は地面に叩きつけられる前に少年が受け止めた。刹那はホッと安堵の息を零すと、女性を睨み付けた。そこへ、ネギ、シンクも加わる。
「なな……何でガキがこんなに強いんや?」
女性は舌打ちし、この状況は不利と見て、巨大なおサルの式神を出し、その上に乗って空へ逃げる。月詠、黒獅子も尻尾に掴まって一緒に逃げた。
「お、覚えてなはれー!」
「あ……! 待て……!」
「追う必要はありませんよ、ネギ君」
追いかけようとするネギをシンクが制止する。
「このかお嬢様!」
「安心しろ。気を失ってるだけだ」
札や薬で操るようなコトを女性が言っていたので、心配になった刹那が駆け寄ると、少年が大丈夫だと答える。
刹那はフゥと額の汗を拭うと、少年から木乃香を受け取った。
「あの……お兄ちゃん?」
一方、ネギは明らかに様子がおかしいシンクに疑問に満ちた表情で話しかける。
「すいません、ネギ君。ちょっと待ってください」
シンクはそう言うと呆然としている明日菜の元へ向かって、膝を突き、彼女の頬に触れて微笑む。
「安心してください、アスナさん。シンクは無事です。今は、ショックで眠ってますけど……」
「え……?」
まるで自分はシンクじゃないというような台詞に明日菜、ネギ、刹那は驚く。
「立てますか?」
「あ、うん……」
シンクが無事、と言われて幾分か落ち着いたのか明日菜は手を引かれて立ち上がる。シンクはネギ達に振り返ると、スッと胸に手を当てて名乗った。
「僕はイオン。シンクの中で普段は眠っているもう一つの存在……アナタ達のコトは、ずっと彼の中で見ていましたよ」
「え? あ〜……」
「二重人格ってヤツかい?」
「そう思って頂いて構いません」
厳密に言うと違うのだが、説明するのは困難なのでイオンと名乗った少年は、カモの言葉に頷いた。
ネギ、明日菜、刹那は呆然とイオンを見つめる。シンクのような荒っぽさや捻くれた部分など微塵も感じさせず、逆に穏やかで凄く優しそうに見えた。
「ん……あれ? せっちゃん?」
すると木乃香は気が付いて刹那の名前を呼ぶ。刹那は顔を赤くして驚いた。
「あ〜、せっちゃん。ウチ夢見たえ……変なおサルに攫われて……でも、せっちゃんやアスナやネギ君にシンク君が助けてくれるんや……」
それを聞いて刹那はホッと安堵し、木乃香にやんわりと微笑みかけた。
「良かった。もう大丈夫です、このかお嬢様……」
久方ぶりに見る刹那の微笑みに、木乃香は目に薄っすらと涙を浮かべて笑った。
「良かった〜。せっちゃん、ウチのこと嫌ってる訳やなかったんやな〜」
「え? そ、そりゃ私かてこのちゃんと話し……」
刹那は顔をカァァと赤くして言うが、ハッとなって木乃香から離れて膝を突いた。
「し、失礼しました!」
「え……せっちゃん?」
「わ、私はこのちゃ……お嬢様をお守り出来れば、それだけで幸せ……いや、それも、ひっそりと影からお支え出来ればそれで……あの……」
もはや彼女自身何を言ったら良いのか分からないようで、背中を向けると「御免!」と言って逃げ出した。
「刹那さん……」
「う〜ん、イキナリ仲良くしろって言っても難しいかも……」
「大丈夫ですよ。2人が友達として接し合いたいと心の底で願ってるなら、ね」
イオンがそう言うと、明日菜は頷き、「桜咲さ〜ん!!」と大声で彼女を呼び止めた。
「明日の班行動、一緒に奈良回ろうね〜! 約束だよ〜!」
そう言う明日菜に刹那は目を丸くした。
「明日菜さん……」
「大丈夫だって、このか。安心しなよ」
「でも……って、誰?」
ポン、と明日菜に肩に手を置かれて木乃香は不安そうな表情だったが、ふとイオンに気付いて声を上げた。
「あ、あれ? そういえば、あの人も……」
いつの間にかニット帽の少年もいなくなっているコトに気がつき、ネギはキョロキョロと周囲を見回すが、ドコにも見当たらなかった。
イオンは少しだけ目を細めると、木乃香に向かって微笑みかけた。
「初めまして、このかさん。シンクの双子の弟のイオンと言います。シンクは、ちょっと私用があるので、僕が彼の代わりに来ました」
「え? そうなん? って、その服!? 血!?」
かなり順応力のあるイオンの誤魔化しに呆然となるネギと明日菜。が、木乃香は流石に彼の服のベッタリと付いている血を見て驚愕する。
「血糊です。ネギ君には初めて会うので驚かそうと思いまして」
「そ、そうなんや〜。へぇ〜……シンク君と顔一緒やけど、偉い性格ちゃうねんな〜」
「良く言われます」
すっかり木乃香と馴染んでいるイオン。
流石に2年以上、周囲から正体を隠して一組織のトップに就いていただけのコトはあった。
木乃香を誤魔化し、ホテルの部屋に戻ると、イオンは浴衣に着替え、既に敷かれている布団の上に倒れ込んだ。
ネギ達の前では気付かれなかったが、イオンはかなり汗を流し、息を荒くした。
「(僕に代わると……肉体の構造も変わるのか……)」
咳込みながらもイオンは静かに目を閉じる。彼の意識はまどろみの中へと引きずり込まれて行った。
「ん……」
イオンが目を覚ますと、そこは懐かしい執務室だった。窓の外からは陽光が差し込み、穏やかな風が流れている。
2年余りという短過ぎる人生の大半を過ごした執務室。そして彼の身に纏っている服は浴衣ではなく、かつて着ていた白い法衣だった。
「ようやく……繋がったようですね」
イオンは呟くと、硬く閉ざされている扉に手をかける。すると、音を立てて扉が開き、景色は一変する。
熱い。
岩とマグマの世界が広がった。イオンにとって、その場所は執務室よりも思い出が深かった。
自分が死ぬ直接の原因となった巨大な岩が聳えている。星の未来を記した惑星預言の譜石。
仲間達に看取られ、消滅したその場所。しかし今、譜石の上には、同一の存在でありながら敵だった少年が座っていた。
「また……会えましたね、シンク」
「……………」
黒い皮製の服と仮面。オラクル騎士団六神将の頃の戦闘服と正体を隠す為の仮面を付けたシンクは、仮面の奥からジッとイオンを見下ろしていた。
「目が覚めたようですね」
「…………ネギ達はどうなった?」
「心配ですか?」
「答えろ」
「大丈夫です。思わぬ加勢もあって無事にホテルへ帰りましたよ」
「…………そうか。
度々、聞こえていた幻聴は……アンタだったんだな」
エヴァンジェリンに操られていたアリエッタを殺そうとしたとき止めに入った声。あの時は気の迷いだと思っていたが、今は目の前の忌々しい少年が発したものだと確信するシンク。
「すいません……アナタにアリエッタを殺させたくなかった」
「何で僕の身体にアンタがいる?」
「詳しいことは……ただ僕もアナタも導師イオンのレプリカです。同じ第七音素で構成されていたから……コンタミネーション現象に近いものが起きたのかもしれません」
「ちっ……アリエッタとはこっちの世界に現れた時間が合わない、ラルゴは記憶喪失、そして、よりによってアンタと同じ身体とはね……」
「シンク……」
「とっとと出て行きな。僕は何よりもアンタが嫌いだ。アンタと同じ世界なんて見たくもない……僕はもう少し寝てるよ」
「…………分かりました。それまでネギ君達は僕が守ります」
「何で、そこでネギの名前が出てくるのさ?」
明らかに不機嫌そうな顔をするシンクに対し、イオンはクスッと笑った。
「僕も伊達にアナタの中で1年以上、この世界でのコトを見てきた訳じゃありません。アナタがこの世界で、色んな人と触れ合い、変わっていったのを知っています」
「何馬鹿なコト言ってんの? 僕は何も変わっちゃいない。ネギがどうなろうと知ったこっちゃないね」
「では何故、あの場でアスナさんを助けたんです?」
その質問にシンクは言葉を詰まらせる。
黒獅子の攻撃から明日菜を自分の身も省みずに助けた。シンクにとっても、あの時の行動は自分でも理解出来なかった。
だが、その反応だけでイオンは満足そうにシンクに背を向けた。
「人は変われます。それは僕の友人が証明してみせてくれました」
「……………」
そう言い残し、イオンは扉を潜って出て行った。
残されたシンクは舌打ちし、地面に座り込み、顔を俯かせると自分の掌を見つめた。
「…………ふん」
イオンは目を覚ますと、まだ夜だった。東の空からは朝陽が昇りかけている。大きく背筋を伸ばして布団から出て、窓を開ける。
「気持ちイイ空気です……平和な世界ですね」
「そう思うか?」
「!」
ふと呟いた自分の言葉が返される。驚くイオンは目の前の木を凝視する。木の枝には、ニット帽の少年が腕を組んで立っていた。
「この世界は一見、平和そうに見えるが、世界中では争いが絶えない。歴史も争いばかりだ……俺たちの世界と何ら変わってない。人の意識、という点においてはな」
「アナタは……」
「シンクはどうした? その身体は奴のモノだろう?」
「それが……不貞寝しました」
「ふ……アイツらしい」
「…………何故、アナタがココに?」
笑みを浮かべる少年に対し、イオンは眉を寄せて尋ねる。
「個人的な理由だ。俺は何としても元の世界に帰る……その手がかりを探してたら、お前らに出くわしただけだ」
「彼女の為ですか?」
「……………」
笑顔で問い返すイオンに、少年は口篭る。イオンは苦笑すると話題を変えた。
「しかし、僕らやアリエッタ、そしてラルゴまでいたとは……」
「…………俺が死んだ時点で、シンクとあの男を除けば、もう一人、最後の決戦で死んだ」
「彼女……ですか?」
「奴が、この世界にいるかどうかは分からん。敵か味方か、記憶があるかないかもな。
だが、折角拾った命……俺は何としても元の世界に戻らなくちゃならねぇ……いけ好かねぇ屑とはいえ約束しちまったからな」
「約束……ですか」
「それよりお前……身体は大丈夫なのか? 癒しの術にダアト式譜術まで使って……」
「心配してくれるのですか? 嬉しいです」
「バ、バカヤロウ! 誰が今更テメーの心配なんざするか!」
頬を赤くして怒鳴る少年にイオンは微笑む。その姿は、かつて自分が慕った友人と始めて会った頃を思い出す。姿も言動も。やはり本質的な性格は似ているのだと思うイオン。
「僕もシンクに約束しましたからね……ネギ君達は僕が守ります。その為なら多少の無茶もシンクは許してくれるでしょう」
「ふん……まぁ勝手にしな。俺もそろそろ行く」
「え? 一緒に来ないんですか?」
「誰が女子中生どもなんかと一緒に行くか!!」
「…………生徒の中に彼女そっくりな方がいたような気が……」
「あのお嬢様か? あんなショタコンとアイツを一緒にするな!!」
「す、すいません……」
でも、案外抜けてるところとか、純粋で何でも信じてるところとか、プライドが高い辺り、かなり似てるような気がするイオンだが、これ以上、言うと本気で怒られそうなのでやめておいた。
「でも残念ですね……アナタが一緒にいてくれたら心強いのに……」
「お前ならともかく、シンクの奴とは性格が合わん」
「そんな理由で……」
「じゃあな」と背を向ける少年にシンクは「あ!」と呼び止めた。
「あの……名前、何て呼べばイイですか?」
この世界では偽名を名乗る必要もない。が、イオンは気になって尋ねた。少年はしばらく黙っていたが、その口を開いた。
「…………アッシュとでも呼べ」
「その名前でいいんですか?」
「………ああ。名前などどうでもいい。俺は、どんな名を名乗ろうが、ルーク・フォン・ファブレとしての誇りは失っていない」
僅かながらニット帽の中から青い瞳を少年―アッシュは覗かせた。その瞳は迷いの感じられない、何か吹っ切れているようなモノが見えた。
アッシュは、木から飛び降りると、去って行った。イオンは、笑顔でその背中を見送ると、空を見上げた。
「元の世界に帰る……か。出来ることなら僕も……いえ、でもシンクはソレを望んでいない、か」
朝焼けでピンク色に染まっている空は、彼が世界で一番大切に思っている人の色を思わせるものだった。
「…………あ! アリエッタにどう説明しましょう……」
イオンは、そこで目下一番の問題にどう対応すべきか苦悩した。
後書き
ココでシンクからタッチして、アビスの裏ヒロイン。囚われのお姫様ことイオン様登場です。当初、イオン様は女装してクラスに溶け込まそうと思ったりした私は駄目でしょうか? イオン様は術に関してはシンクより上です。ラルゴが当初、封印術(アンチフォンスロット)で封じようとしたぐらいですから。でも体力ないので長時間戦えません。