「紅衣は消えた。 だけど、司達は無事だったみたいね」
何処か分からぬ空間。 そこには無数のモニターが【彼女】を取り囲んでいた。
それに彼女の後ろには何処か見た事があるPCが三人並んで待機している。 それは後に【三蒼騎士】と呼ばれる存在の偽りの形であった。
【SING】と呼ばれた物語は異端の騎士が関与する事がなかった為に、多少細部は変わったものの、史実通りに物語を終えた。
これに関しては彼女はどうでも良かった。
自分の狙いはあくまでも、【彼】。 【彼】が関与しなければ、どうでもいいのだ。
「さて、次はあの【魔女】の物語……だけど変わってるしねぇ……」
【彼女】の手元に一冊の本が現れる。 だけど【彼女】はそれに見向きもしない。
それどころか、用無しと言わんばかりに、本を真っ二つにする。
「【魔女】の物語が始まるまでにあの二人もこの【世界】に戻ってくるでしょう」
【彼女】はそれだけ言うと、手元に二本のダーツを取り出し、正面に投げつける。
「ならば、私は一体何をすればいい?」
横から【彼女】に突然の声がかかる。
だが、【彼女】はそれの声に対して、驚く様子はない。
「まだ、貴方が表立って動くには早すぎるわ。 暫くは私と一緒に裏方ね」
「了解した。 君に従おう」
「へぇ……」
「どうかしたのかね? 私が君の指示に従うのがそこまで変かね?」
「ええ。 貴方は従われるより、従わせるほうが好きでしょう。 なのに、そこまで素直に従うなんて、気味が悪いじゃない」
【彼女】がそう答えると、声はくっくっくと笑い声が聞こえてくる。
「まさか、あのまま朽ち果てる筈だった私を救ってくれた貴方様に歯向かうなど考えておりませんので」
「ふふふ、別に構わないのよ。 私も【彼】と【奴】を殺した後は、どうでもいいの。 そうね。 もし貴方が私を救ってくれたら、目的達成後は貴方の【モノ】になってもいいわよ」
「ほう。 それはそれは。 構わないので?」
「ええ。 言ったでしょう。 私の目的は【彼】と【奴】を殺す事。 その後は貴方の好きにしなさい」
それは【彼女】の紛れもない本心であった。
声の主も【彼女】の本音に気がついたのか、気分がよさそうになる。
そうなれば、あの時、出来なかった事が可能になる事を何よりも誰よりも知っていた。
本来なら、ネットの海で消滅する筈であった【自分】を救うという偉業を成し遂げている。 しかもそれが【未来】の世界で、という事もある。
それ程の力を持つ者が自分の【モノ】になれば、己の目的も達成出来る。
「でも貴方にも他に目的があるんでしょう」
「その通り。 まずは私の目的を邪魔してくれた【死の恐怖】を殺さねば気がすまない」
「でも、まだ【死の恐怖】はこの【世界】には現れない。 まぁ、貴方の為に色々と布石は打ってあるから、その内現れるはずよ」
「ありがたき幸せ」
「さぁ、行きましょうか【榊】」
「ええ。 我等の目的を達成するために」
それだけ言い、二人と【偽りの三蒼騎士】はその場から姿を消した。
残されたのは、真っ二つにされた【.hack//ZERO】と言う本と、ダーツが突き刺さる【サイリス】と【昴】の画像だけが残された。
.hack//Dawn 第12話 痕爪三刻・次舞台零
「……終わってたのか」
俺はマク・アヌにあるホームにて、微妙にショックを受けていた。 イメージとしてはorzみたいな。
ショックを受けた内容は簡単。 俺が大学受験やら、新しく住むマンションやら、新しいバイト先やらの準備でごたごたしている間に【.hack//SING】が終わっていた事だ。
はっきり言って、かなりショックだ。 メールだけは出来るだけ毎日チェックしていたが、【SIGN】で唯一繋がりがある【昴】からは何も連絡がなかったしな。
まぁ、全部が終わった後に、昴からメールで連絡が来たんだけど。 内容は暫くザ・ワールドにはこれない事や、相談しなかった事についての謝罪が書かれてあった。
昴が何か現実でやるべき事が出来たのだろうと思う。 背けていた世界に立ち向かったのだろう。 詳しくは、知らんけどね。
さて、俺はどうするかな。 確か、ゲーム編が始まるまでは半年ぐらい時間があった筈だし。 うーむ、半年の間、なんかあったっけ?
「まぁ、覚えてないからいいか」
覚えてない事を詮索してもしょうがない。 なら久々にレベル上げをするかね。
レベルは上げておいても損はないし。 新しい武器とかも調達したいしな。 うん。 そうするか。
俺は、ホームから出ると、まずは久々なので、回復アイテムの調達をする事にした。
買えるアイテムは店で購入。 【尊酒シーマ】など、店で売ってないレアアイテムは、トレード出来る人から、出来るだけ調達する。
うむ。 これでいいかな。 いらなかった武器や防具なんかも有効に処分できたし。 いらない装備なんかはただ売るだけに存在しているんじゃないしな。
「これでいいかな」
「あー!」
「ん?」
突然の大きな声に反応して、振り向くと、そこには露出が多い、褐色肌の重剣士がいた。
はて、このPC。 どっかで見た事ないだろうか?
「あんたがサイリス?」
「ああ、そうだけど」
俺の名前はBBSなんかでも最近よく見る事が多い。
バルムンクやオルカみたいに、凄いイベントをクリアしたような有名人ではなくて、初心者をサポートする事で有名なだけだ。
だから、知り合いでない相手でも俺の事を知っていても不思議ではないのだが、
「あんたが、昴の事を手篭めにした訳?」
「ぶっ!?」
この言葉に吹きました。 マジで。
■□■□■
reverse/ミミル
あたしこと【ミミル】が【サイリス】と呼ばれるPCの名前を知ったのは、司を巡る事件に巻き込まれている時だ。
その事件の間に知り合い、仲間となった昴が時折もらす名前の多くが【サイリス】だった。
この真面目な子が、心の底から信頼しているPCにあたしは思いっきり興味を持った。
だから知り合いであり、ザ・ワールドの古参プレイヤーの一人であるベアに尋ねる事にしたのだ。
『【サイリス】って誰?』
と。
それに対する答えはすぐ返ってきた。
それは数多のイベントをクリアした、と言う武勇伝ではなく、初心者をサポートしている者と。 そして、ザ・ワールドの古参プレイヤーである事を。
なるほど、とあたしは思う。 多分だが、昴はその【サイリス】っていうプレイヤーに色々とサポートとしてもらったのだろうと。
だけどそれだけではなかった。 ベアの話だと、昴が長を務める【紅衣の騎士団】の相談役。 と言うより、昴個人の相談役だと言う。
なんで、そんな事を知っているかと、言うと。 紅衣の騎士団の中で昴を神聖化するプレイヤーがいる。 そのプレイヤー達の嫉妬とかの眼差しを受けているらしい、と。
つまり【サイリス】は色んな意味で有名だった。
そこで終わればよかったのだが、更に好奇心が増してきた。
だからぶっちゃけて昴に聞いてみたのだ。
『昴って【サイリス】の事、好きなの?』
この質問を思いっきり適当だ。 なんとなくこんな質問をして、否定されたら【サイリス】の事を色々聞いてやろうと思っていた。
が、予想だに反して、昴は思いっきり慌てまくった。 それこそあたしが唖然とする程。
これが確信。 間違いなく昴は恋してるのだと。
それから根掘り葉掘り聞いた所、昴はまだ【サイリス】に対する気持ちが分かっていないのだと。
まぁ、それは分かる。 そもそもここは仮想の世界だ。
ここで恋した所で、現実でうまくいくとは限らないのだし。
それで居て、司を巡る事件は終わった。 その後もあたしはザ・ワールドをやめる事はなかった。
そして今、あたしはその【サイリス】と共にいた。
■□■□■
【Λ 刻まれし 滅びの 堕天使】
「レベルがすぐ上がるわ」
「そりゃそうだろ」
あたしの言葉にサイリスが少し疲れたように答えた。
二人はパーティーを組んでダンジョンに潜っているのだが、そのエリアのレベルが問題だった。
【ミミル】のレベルは35。 それに対してサイリスは53。 そしてエリアレベルは56とミミルにとってはかなりきつい場所なのだ。
普通にプレイしていれば、やってはこないだろうし。
だけどレベル上げに来たサイリスに無理矢理ついてきた為に、こんなレベルがあいた場所になってしまったのだ。
「だから、そっちのレベルに合わせた場所で良いって言ったのに」
「いいの。 そっちのレベル上げなんだし。 それにあたしだってレベルがぐんぐん上がるしね」
事実だった。 ダンジョンに入る時は、28しかなかったレベルも最深部に来た時点で35までレベルが上がっていた。
しかしその分、サイリスの苦労しているのだけど。
「まぁ、別にいいけどね」
サイリスは苦笑しながら、そんな言葉を口にする。
ここまで来てあたしがサイリスに対して思った事はただ一つ。 サイリスは人がいい。 と言うかお人よしなのだ。
あたしが色々と聞いてまわると、サイリスは丁寧に一つ一つ疑問に答えてくれる。
なるほどね。 昴はこんな所に惹かれたのかな?
なのでザ・ワールドではちょっとタブーな質問を聞いてみた。
「サイリスってリアルでは何してる人なの?」
「その質問はザ・ワールドじゃタブーなんだけど」
「まぁいいじゃん」
「はぁ……4月から大学生だ」
「へぇ……」
うむ。 許容範囲内。 全然OKだ。
だけどまぁ、実際に昴の恋が実るかはあたしには分からない。 それを成せるのは本人達だけだし。
まっ、あたしの好奇心が満足出来たから別にいいか。
「おっ、アイテム神像の間ね。 あたしはいいからサイリスがどうぞ」
「いいのか?」
「ここに来れたのはあたしじゃなくてサイリスのおかげなんだしね」
「分かった」
うむ。 素直が一番。
中身はどうやら
「さて、帰ろうか」
「……」
「ん、どうかした?」
ダンジョンからの脱出アイテムである精霊のオーブを使おうとしていたあたしなのだが、サイリスが無言だ。
「このダンジョン、後一つ行ってない部屋があるよな」
「うん。 でも宝箱も魔方陣もない場所だけど?」
「……」
「気になるわけ?」
「ああ」
サイリスの声が微妙に堅い。 もしかしたら何か気になる事があるのかもしれない。
「なら、行ってみようか?」
「いいのか?」
「まぁ、どうせ後一部屋だしね」
ここまで無理についてきたんだし。 最後までサイリスに付き合ってもいいと本心で思った。
■□■□■
「本当に何もないわね」
最後の部屋はL字型になっている。 まぁ、宝箱も魔方陣も何もないんだけどね。
壊せるようなオブジェクトもないから、行っても意味はないような気がする。
が、
「何……これ?」
部屋の一番奥の壁には奇妙なものがあった。
そこの壁一面に切り刻まれた傷があったのだ。 まるで三つの爪で引き裂かれた傷みたい。
「トライエッジ……」
「【トライエッジ】?」
「……」
サイリスは何か知っていそうな雰囲気だけど、黙ってしまう。
だけど本当になんだろうこれは? 普通に考えればありえない傷だ。 ザ・ワールドでは建物やダンジョンの壁などをプレイヤーが傷つける事は不可能だ。
ならば、これはCC社側が用意したイベント用の傷なのだろうかと思う。
が、あの事件を体験していたあたしは、そう簡単にはその考えを肯定する事は出来なかった。
「……帰るか」
「そうだね」
あの傷の事は気になるが、簡単には答えてくれそうにないし。 帰るしかない。
だけど音がした。 なんだろう?
サイリスもそれを感じ取ったらしい。 あたしとサイリスは先程この部屋に入ってきた入り口のほうに顔を向ける。
「……他のプレイヤーか」
「なんだ……びっくりした……」
少し経ってやってきたのは、男性PCで組まれた3人パーティーだった。
どうやら音は彼等が入ってきた時の音らしい。
「帰るぞ。 PKだったら面倒だしな」
「あ、うん」
こうしてあたし達はダンジョンを後にした。
■□■□■
「今日はありがとね」
「別に構わない。 なにかあったらまた連絡してくれ」
「ありがと」
Λサーバーのルートタウンに戻ってきたあたし達。
今日は中々の収穫だった。
昴が気にかける人物の事を見れたし、レベルも上がったし。 うーん、いい事尽くめ。
ただ一つ気になるとすれば、あの【トライエッジ】って言う傷がもの凄く気になるけどね。
reverseout
■□■□■
「まさか、【ミミル】だったのとはなぁ……」
今日、出会った人物がまさか、あの【ミミル】だったとは思わなかった。
【SIGN】が終わってからも出会えるとはな……。 まぁ、別にいいんだけどね。
つーか昴を手篭めにって……。 俺そんな事してないぞ。
「しかし……【三爪痕】があんな所にあるなんて……」
これは純粋に驚いた。 まさか、あんな場所に刻まれているなんて。
これで更に分からない。 あの【トライエッジ】達の動きが。
奴等は間違いなく、【俺】がこの【世界】に来た経緯などを知っている。 それでなければ、あんな意味深な事を喋る事は出来ない。
だから分からない。 奴等の動きが……奴等の考えが……。
■□■□■
そして次なる舞台はZEROの物語……。
続・あとがきっぽいもの
やぁ、みんな。 SSを書くに至って俺は一つの悟りを開いたのさ。
他のオリキャラ訪問SSが、基本的な設定を守っている作品が多い。
ならさ、一つぐらい無茶苦茶混沌なSSがあったっていいじゃないか。
オリキャラ主人公とすばるんがカップルになったっていいじゃないか。
だからさ、うちの.hackは混沌な設定で行こうと思うんだ。
ってなわけで、そんな電波が到来したのか、あきらかにフライングしすぎな人が出てきました。 多分、呼んでくれた人は誰も想像しなかった人です。
私も出すとは思ってなかった。
とまぁ、次回からZERO編に入りたいと思います。 まぁ、オリ展開なんだろうけど。
レス返しだと思う
・冬8さん
始めまして白亜です。
家の主人公はそんなもんです。 まぁ、他の所に比べると危機感が足りないのも事実ですけど(苦笑)
SIGN編は主人公を投入してもかえって悪くなりそうなので、やめました。
まぁ、登場人物は後々出てくる予定ですので。
・趙孤某さん
アルビレオ生存フラグを立てるにはこれしかなかったので。SIGN編で何をやっていたかはそのうち書きます……多分。
ZEROのカールは既に別人。 書いてる本人もびっくりなぐらい別人。 誰だこいつ?
誤字は修正しました。 ありがとうございます。
・ATK51さん
リコリスをあれで終わらせたら、いろんな意味で救いがないので、あんな展開にしました。
カールがメインになるのは次回からです。 まぁ、既に別人だけど。 あっちの話との関連は……ちょいと無理かもしれないです。 何も思いつかないしorz
真理子さんはヒロインフラグを立てちまったのか、この後もどんどん関わってきます。
次回もまた見てやってください。