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「これが私の生きる道!★オーブ奮闘編★ヘリオポリス前夜編1(ガンダムSEED)」

ヨシ (2007-02-18 00:08/2007-02-24 23:16)
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(七月十日、クライン邸内の客間)


ヨシヒロ・カザマの反逆事件で、ミゲルやジローやスズキ教育部長以上に大きなショックを受けている女性がいた。
現プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの一人娘である、ラクス・クラインその人であった。

「何かの間違いだと思うのですが・・・」

「ですが、詳しい真相を調べる事もなく彼は指名手配され、彼の反逆を報告したマーレ隊長は、先の戦功を理由に自由に動かす事のできる戦力と権限を手にしました。これは、かなり危うい事態だと思います」

バルトフェルト隊長から、定時連絡のために派遣されたダコスタ副隊長も、今回の事件をにわかに信じられない内の一人であった。
ほんの少し前にアフリカで共闘し、多くの敵を倒してアフリカ大陸北半分をプラント同盟国であるアフリカ共同体の勢力圏に置く事に大きく貢献してくれたのは、彼だったからである。
特に、新型歩行モビツスーツ「バクゥ」の先行量産機を装備した部隊の指揮を、バルトフェルト隊長(現時点では、アフリカ方面軍司令)の代わりに見事にこなし、彼をして「自分の部下に欲しい」と言わしめ、日頃は碌に書かない上申書を上司に書かせる原動力となっていたからだ。

「バルトフェルト隊長も、怒っていましたね。(僕はカザマ君を副隊長にと、何回も嘆願書を出したのに、それを叶えないで宇宙に上げた挙句、マーレのような小物のお願いは聞いて、相性も良くないのにその下に配属させ、最後に彼は反逆者として処分されてしまった。更に、誰が見てもおかしいのに、みんながマーレに異常に優しい!これはあきらかにおかしい人事だ!)と仰っていました」

「ですわね。この事件の真相は、ちゃんと調べておこうと思います」

「ですが、(アンバー)の乗組員達も、(ジン)のパイロット達も・・・・・・」

結局、あの海賊のアジトがあった宙域から逃げ出す事に成功したのはマーレ一人で、「アンバー」の乗組員達と「ジン」部隊のパイロット達は全滅であった。
更に、かなり後方で待機していたナスカ級高速戦艦「ダリ」の乗組員達には、Nジャマーの影響で情報はほとんど伝わっていないようであった。

「確かに、憲兵の事情聴取の席では、(ダリ)の乗組員は何も話しませんでしたが、Nジャマーの影響下といえど、何も掴んでいないという可能性は少ないと思います。彼に先手を打たれない内に、早めに保護して情報を集めないと・・・・・・」

「こだわりますね」

「ええ。彼は(黒い死神)などと呼ばれ、いつもは、(自分は所詮は人殺し)などと言っていたそうですが、彼が敵に容赦をしないのは、味方の犠牲を一人でも少なくするためで、その目は戦場にいても、いつも未来の事を見つめていたようです。多分、彼はSEEDを持っておらず、政治家などになって世界を救う事はないと思いますが、彼の周りには多くの人が集まると思います。ここで、彼を失う事は我々にとって大きな損失です」

「ですが。彼を探し当てたとて、ザフト軍への復帰は不可能です。彼は軍法を犯して逃亡中という扱いですから。でも、たかが一隊長のマーレに何であんな力が・・・・・・」

確かにダコスタの言う通りで、現時点で彼を保護なり確保してもどうしようもなかったし、それよりも、ラクスの引きで出世するはずだったカザマの代わりに、マーレが軍の出世街道を歩きつつある事の方が、ダコスタには脅威であったし疑問でもあったのだ。

「簡単な事です。現在のプラントの情勢は、穏健派7割、強硬派が3割という状況です」

「それは、私も知っています」

「今回の戦争で、プラントは非理事国との同盟や、各地球連合支配地の独立の支援を決定し、対地球連合軍包囲網の展開に成功しつつあります」

「確かにそうですね」

「ところが、この作戦では地球上の国の、それもナチュラルとの連携が重要なので、コーディネーター至上主義者や差別主義者を現地に派遣できません」

クライン議長の指示で、地球に派遣されている指揮官は、上記の要件を満たす者となっているので、大半は穏健派の司令官で占められる事になっていた。

「となると、地球派遣軍はほぼ穏健派の独占で、宇宙は穏健派の人材が減った分、強硬派と穏健派の均衡状態であると?」

「そういう事です」

「と言う事は、マーレの罪を暴けば、強硬派に大打撃ですね」

「ザラ国防委員長は強硬派ではありますが、現実的に動く事のできる優秀な政治家です。ですが、御自分の派閥には、現実が見えていない方々が多く存在します。現時点で彼らを切る事は自分の足元を危うくする行為なので、それはできなかったのでしょう。ザラ国防委員長は判断ミスをしました。ちゃんと、真相を調べてマーレ隊長を処罰するべきだったのです。カザマさんの、開戦時からの活躍を知らないザフト軍兵士は一人もいません。地球出身だからという理由で出世もできず、最後に怪しい反乱の罪で処罰され、それを告発したのがカザマ嫌いで有名だったマーレ隊長です。おかしいと思っている方は沢山いると思います」

「カザマ君も不運ですね。彼は政争の道具として、無実の罪で処罰された可能性が高いわけですか・・・・・・。それで、これからどうしますか?」

マーレに力がある理由は簡単な事であった。
その現実が見えていない政治家や官僚や軍幹部の便利な駒として重宝されていて、多少の無茶も簡単に揉み消してくれるからであった。

「何もしません」

「何もしないのですか?」

「はい。ここで、強硬派の方々と力で対峙したら、地球に派遣されている軍人さん達が補給も受けられずに餓死してしまいます。今回の事件の真相を調べ、仲間を集め、強硬派の現実主義者の方々と妥協点を見出す・・・。これくらいですかね」

「そうですね。我々は、来年の四月に予定されているアフリカ大陸統一作戦の準備で忙しいですから」

「その頃には、私も地球に降りてコンサートツアーを行いたいと思います。それと、次の最高評議会議長選挙では、カナーバ議長の当選を目指さないと・・・」

クライン派と大体の考えは同じのラクスが率いる派閥は、今回の戦争でのプラント独立を支援していた。
それと、アフリカ大陸・中東・日本・台湾・中国大陸(チベット・ウイグル・内モンゴル・東北地方)南米などの地域の独立運動を支援し、同盟する事で、地球連合軍の国力と人口差からくる不利を補なおうとしていた。
上手く独立してくれれば、味方になってプラントの有利になるばかりでなく、戦後も友好的な同盟国としてコーディネーターの種の存続を助けてくれると期待されていたからである。
決して、純粋な好意からだけで行われているものではなかったのだ。

「ザラ国防委員長の当選では、非常に危うい事態になる可能性がありますし、マーレ隊長の力も増大するでしょうね・・・」

「私も後で知ったのですが、今回のカザマさんの件で中途半端というか、中立的な考えを持っていた軍人さん達のほとんどが、その所属派閥を決めてしまったそうです。政治的に無色だったカザマ副隊長の不自然な指名手配と、その原因と噂されているマーレ隊長の不自然な出世が、こういう結果を生んだそうです」

「どこにも属さないで強硬派に命を使い潰されるよりは、強硬派に尻尾をふって実入りを期待するか、穏健派に属して強硬派の無茶をかわすかですか?」

「ええ。更に元の考えを変える方などがいて、現時点でのプラントにおける強硬派とその賛同者と傍観者が四割で、穏健派の賛同者と傍観者が六割ほどです。たった一人の軍人の反逆事件で、プラントは完全に二つに割れました。これは、憂慮すべき事態です。今は、地球連合軍という大きな敵の存在があるので、大きな争いは起こっていませんが、水面下では、巻き返しを図る強硬派と防ぐ穏健派という武器を使わない戦いが発生しています。そして、その結果・・・・・・」

「手駒のマーレ隊長が、好き勝手にやっていると?」

「そういう事ですわ。ダコスタさん、そろそろお時間では?」

「そうでした。これから軍本部に顔を出して、補給の量を増やして貰うように交渉しようかと」

ダコスタは、これから軍本部に行って補給量を増やして貰うように交渉を行おうとしていた。
実はプラントの主導権争いの影響で、地球上の各国の情勢に少しずつではあるが、変化が起こっていたからである。
ほんの少し前までは、蜜月関係にあった日本と台湾が、微妙にプラントと距離を置き始め、それが補給に影響を来たし始めたからである。
アフリカ大陸の北半分の防衛と、プラントが現地の政府や国民に支持を受けるための援助と、来年に予定されている南アフリカ攻略作戦に必要な物資を確保する事は、プラント一国には重過ぎる負担であり、前述の二国の援助が減った影響は既に出ていたからだ。
多分、プラント一国では、アフリカ共同体と中東でユーラシア連合に抵抗しているイスラム連合に満足な支援を与える事は不可能であり、他にジブラルタルとカーペンタリアの防衛の事を考えると、これから先、更に補給量が減る可能性もあった。

「現時点で、南アフリカ攻略作戦の戦力の目処が立っていません。正面戦力はともかく、弾薬・燃料・消耗部品・食料・水・現地住民への宣撫工作に使う日用品など、日本に量を減らされた影響は既に始まっています。やはり、アフリカ大陸は広大ですよ」

ダコスタは、半ば諦めの表情で事情を説明する。

「それで、オーブはどうなのでしょうか?」

「あそこは、大西洋連邦の内部対立の影響を受けています。通商破壊工作を受ける船団護送を減らし、オーブに自国の輸送船と船員をレンタル出向させて荷を運ばせる。ブルーコスモスの最高幹部兼地球連合戦時物資担当委員長のジブリール氏のアイデアだそうです。おかげで、大西洋連邦には予定通りの物資が入り込んでいるとか・・・・・・。勿論、その膨大な量の仕事のおかげで、オーブの船会社はプラントの新規輸送分を受け付けてくれません。このままでは、来年には北アフリカを再び奪われてしまいそうな勢いです。」

「そうですか・・・・・・。オーブ船籍の船は、沈められませんですわね・・・・・・」

「あの物量が、攻め寄せてくるのです。一部の強硬派の方々は、蟻の群れくらいにしか思っていないようですが、蟻は蟻でも兵隊蟻ですから。連合軍は・・・・・・」

優秀な軍人であるダコスタのみならず、軍事に素人であるラクスから見ても、地球連合との物量差は驚異的であった。

「それで、大西洋連邦内部の対立とは?」

ダコスタは、ラクスに大西洋連邦の状況についても尋ねる。

「有益な意見を出し、実績を上げつつあるジブリール最高幹部と、プラントの支援の手を抜き始めた日本と極秘会談を行い、東アジア共和国の無用な恨みを買ったアズラエル理事との水面下での争いです。政府・軍・財界が反ブルーコスモスの穏健派と合わせて三つに割れて争っています・・・・・・」

現在、地球連合(特に大西洋連邦)は、三つの勢力に分裂していた。
プラントと講和を行い、適当なところで線を引こうと考えている穏健派と、始めは強硬派と思われていたアズラエル理事の、プラントを条件付の降伏にまで追い込んでその牙を抜いてから、将来のために有効活用しようと考えているブルーコスモス穏健派と、最近力を付けつつあるジブリール最高幹部の、現時点で、大きなコスト増とリスクを背負っても、今次大戦の原因とNジャマーの投下という許し難き罪を犯したコーディネーターの殲滅を今の内に済ませてしまおうというブルーコスモス強硬派に分裂し、それぞれに了政治家や官僚や財界人が引っ付いて無駄な争いを繰り返していた。

「そうですか。世界は、混沌の渦に巻き込まれたのですね・・・・・・」

「はい・・・・・・。でも三つに割れていますので、北アフリカへの脅威は、これでも減ったくらいですわ」

ラクスが、ダコスタに現在の世界情勢を説明すると、彼の表情は暗くなってしまう。

「でも、それも日本の件で帳消しですよ。それで・・・。やはり、何もしないのですか?」

「少しは行いますが、年が明ける頃まではお互いに戦力を蓄える時期ですわ。ザフト軍は第一目標を達成したので、次の第二目標の準備を・・・。地球連合は、新兵器であるモビルスーツの開発とパイロットの育成を・・・・・・」

「オーブとスカンジナビア王国は、どうなのでしょうか?」

「スカンジナビア王国は、他国の圧力。それも、ユーラシア連合からの圧力を受けると地政学的に中立を保つ事ができません」

「ラクス様の仰る通りですね」

「オーブですが・・・・・・。これをご覧になってください」

ラクスは、テーブルの上に数枚の写真をそっと置いた。

「(ジン)ですか?」

「はい。地球連合で大きな力を持つブルーコスモスの迫害を逃れて、地球上の各国に住む多くのコーディネーターやハーフコーディネーターが、オーブに移住しています。彼らは、宇宙に住む事を拒んだ人達でしすし、我々プラントのせいで生まれ故郷を追われたのに、その元凶の住処に移住したくないと主張しています。その点、オーブは法と理念を守れば普通に生活できるそうなので、そこに移住を始め、既にかなりの勢力を誇るまでに至っています」

「あの・・・・・・。話が見えないのですが・・・・・・」

ダコスタが首を傾げていると、ラクスは更に数枚の写真をテーブルに並べる。

「彼らは、自分の最後の住処を守るために、軍に積極的に志願しているそうです。勿論、国を守るために使用する兵器は・・・・・・」

「モビルスーツですか!」

「はい。今はジャンク品を修理したり、複製した(ジン)を使っていますが、じきに新規に開発したモビルスーツが・・・・・・。そして、彼らを訓練しているのが・・・・・・」

「カザマ君ですか!」

ラクスが指差した写真には、オーブ軍の制服を着て訓練生に指示を出しているヨシヒロ・カザマの姿が写っていた。

「プラントを追われた彼に、強硬派も穏健派も既に関係ありません。プラントがオーブの敵になるのなら、彼は我々を討つのです」

ラクスの表情は冷静そのものであったが、心なしか少し寂しげでもあった。

「ですが、オーブは中立国ですよ!」

「ダコスタさん。強硬派の方々が、オーブに制裁を加えるべきだという意見を出している事をご存知ですか?」

「何でそうなるんです?」

「(大量の資源や物資がオーブ経由で大西洋連邦に入っている事は、プラントの不利益になる。そこで、そんな不法を許しているオーブを討ち、カグヤのマスドライバーを占領すればカーペンタリアと合わせて強固な防衛拠点が完成し、地球連合各国への物資が減る事になる)そういう意見です」

「そんなバカな!」

ダコスタは、強硬派の連中のあまりに自分勝手で子供のような意見に呆れてしまう。

「オーブを討ったりなんてしたら、地球連合もスカンジナビア王国に圧力を加えて中立国が無くってしまいますよ!もし、そうなったら、不足する物資をどこから仕入れればいいのか連中は理解しているんですか?」

「していないのでしょう。自分達は優秀なコーディネーターだからどうとでもなると考えているようです。そして、以前なら勢力も小さく冷笑されて終わっていた彼らの主張がオーブに警戒感を抱かせ、それが軍備増強にも繋がっています。勿論、中立国として同盟国の戦力がアテにならないという理由と、大西洋連邦などを警戒しての理由もあるのでしょうが・・・・・・」

「しかし、大西洋連邦はお金持ちですよね」

「ジブリール最高幹部が、大量の資源や物資の輸送をオーブに頼んでいる理由の一つには、経済的な理由もあります。彼は輸送代金の大半を、軍事や民事を問わずに特許やパテント料や輸送させている物資の一部で支払っています。これがオーブで軍需物資にもなりますが、かなりの比率で民需品にも活用され、大西洋連邦に輸出されています。生産した資源を破壊しか伴わない軍需品のみにしか回さなければ、戦争に勝てても戦後に経済が破綻する可能性もありますが、これならそうなる可能性も少ないでしょう。一方、プラントは理事国に買い叩かれていた資源を適正価格で売る事が可能になり、財政状況は戦時にも関わらずそれほど悪くはありません。ですが、ジブリール最高幹部の策のせいで、資源を売る市場が存在しません。一部はオーブが買ってくれますが、必要量の半数以上を大西洋連邦の依頼で自分達が輸送賃を貰いながら、自分の国に運んでいるのです。そして、アフリカと中東の工業生産量などはたかが知れてしますし、大洋州連合と赤道連合の生産力も小さいですし、日本は資源国では無いので、色々な国から均等に資源を仕入れています。最後に、占領下の南米に資源を輸出できる道理もありません。当然、余った物資は、プラントで大量の兵器や軍需物資に化けるわけです」

「戦力が増えて万々歳・・・・・・のわけないですね・・・・・・」

「戦後に、兵器の不良在庫を抱えて国が破産する可能性があります」

「あの・・・・・・。オーブは、既に中立国ではありませんよね?」

「はい。経済だけで見れば、大西洋連邦の同盟国に近いですね。しかし、この策をアズラエル理事ではなくて、ジブリール最高幹部が行うとは、私も想像できませんでしたわ」

「でも、オーブには、多数のコーディネーターやハーフコーディネーターがいますよ」

「先に宇宙にいる2000万人を始末し、オーブにいる数百万人は、我々亡き後に圧力を加えて始末するのでしょう。その頃にはプラントは存在せず、同胞に援助も求められないでしょうから、楽に全滅させられるという事です。ジブリール最高幹部ですか・・・・・・。思ったよりも、強かな方のようですね」

「ラクス様・・・・・・」

ラクスの説明を聞いていたダコスタの表情は更に暗くなる。

「安心してくださいな。ダコスタさん。このままではジリ貧ですが、アズラエル理事も巻き返しを図るでしょうから、策はあると思います」

「はあ・・・・・・」

「では。私は、アスランと会う約束がありますので」

「いいですね。婚約者との楽しいひと時ですか」

「親同士の取り決めですから・・・。アスランはとても良い方なのですが・・・」

「そうですか」

ダコスタはそれだけを言うと、席を立ってクライン邸を後にした。

「また会う機会があると思いたいのですが、残念な事になってしまいました・・・・・・。とても、頼りがいのある方にみえましたに・・・・・・。いえ、一度会っておいた方が良いかもしれませんね」

無人になったクライン邸のテラスで、ラクスは誰に語るでもなく、一人呟くのであった。


(七月三日深夜、ヘリオポリスコロニー内)

親父と合流した俺とカナードは、ヘリオポリスコロニーの資材搬入口から夜中にこっそりと入港し、関係者以外立ち入り禁止の部屋に閉じ込められる羽目になっていた。
俺はお尋ね者だし、カナードもなかり特殊な事情を持っているので、他人の目に触れるわけにいかなかったのだ。

「カザマ。これが終わったら、本当に帰れるんだろうな」

「任せてよ。お宝を売った金を山分けにして、君は元の所属部隊に戻れるって寸法さ。あれだけの物資だから、いい金になるぜ。あっ!そうだ!せっかくだから、焼肉でも食べに行くか?」

実は、もうカナードがユーラシア連合軍に戻れるわけがなかった。
俺の事で、秘密を一つ抱えてしまったからだ。

「焼肉って何だ?」

「若いのに、貧しい生活を送っているんだな・・・」

「大きなお世話だ!」

「失礼する」

突然、室内に親父と一人の男性が入ってくる。
どこかで、それもテレビなどで見た記憶があったのだが、誰なのかが思い出せないでいた。

「どこかで見たような・・・・・・」

「アホ息子が!オーブのウズミ代表だ!」

「まさか!いちサラリーマンの親父と知り合いのわけないじゃないか。俺を担ぐなよ」

「カザマ。悪いが、本物のようだぞ」

カナードが、ウズミ代表の事を知っていたのが意外だったが、親父と同じ事を言っているので、彼は本物のウズミ様なのだろう。
正直いきなりの事だったので、実感が沸かなかったのだ。

「私が、オーブ首長国連合代表のウズミ・ナラ・アスハだ。君の事はそれなりに良く知っているよ」

「平和を愛するウズミ代表が、血生臭い死神の俺をですか?」

「なかなか骨があって、面白そうな若者ではないか。これなら、頼めそうだな」

「すいません。息子が失礼な事を・・・」

「親父。珍しく大人しいじゃないか」

「俺だって、今日始めて会ったんだよ!ロウ達と仕事をしていたら、通信が入ってきて、お前の事を教えてくれたんだ。そして・・・・・・」

「君との会見の席を設けたわけだ」

親父はモルゲンレーテ社の課長として、モビルスーツの開発と量産を行うために、ロウ達に依頼してあの場所の近くでジャンク品を拾っていたらしい。
オーブでも、まだモビルスーツの開発は始まったばかりで、割ける人員も少なく、親父が自分で先頭に立ってジャンク品の回収を行っていたのだ。
そして、たまたま俺が事件を起こした時に近くにいたモルゲンレーテ社の関係者が親父だったらしい。
これには、ウズミ代表も驚いたそうだ。
そんなわけで、ウズミ代表の命を受けた親父は現場に急行し、俺との再会となったようであった。

「親父の言う、特別な情報網はこれだったのか・・・」

「話を戻しても良いかな?それで、君はこの国の事をどう思う?」

「中立国オーブの事ですか?」

「そうだ」

「今は、とても上手く行っていますよね。でも、将来の事を考えると砂上の楼閣ですかね」

「砂上の楼閣か・・・」

俺はヘリオポリスへの帰還途中に親父から聞いた情報と、過去の歴史を振り返ってみてから、この国がかなり危うい状況にあると考えるに至っていた。

「オーブが中立でいられるのも、プラントと地球連合の思惑が一致しているからに過ぎません。もし、一方でもそれが破られれば・・・・・・」

オーブは大きな経済力と進んだ科学技術と近代的な軍備を持ってはいるが、物量差を考えると地球連合に、モビルスーツの破壊力を考えるとプラントに、数日で占領されてしまう可能性があった。
オーブは他の国と比べると、国土が狭く敵が戦力を集中させ易いからだ。
それに、懐がないという事は、後退して戦力を立て直すという事もできないのだ。

「第二次世界大戦の、ベルギーとオランダのようにならない事を祈っています」

「そうだな。あの二国は中立を宣言したが、ナチスドイツに蹂躙された・・・」

「宣言しただけで中立なんて、そんな虫の良い話はありませんからね」

「君の言う通りだ。そこで、君に一つお願いがあるわけだ」

「いきなりですね。ヘッドハンティングですか?」

「そうだ。君は、オーブ軍やオーブ国民の中から優秀な若者を集めて、オーブ軍にモビルスーツ隊を創設して欲しい。使用モビルスーツは、最初はジャンク品を回収して組み立てたり、独自に複製を行った(ジン)だが、すぐに新型量産モビルスーツを配備できるようにする。権限を君の父上に与えるから、開発スピードも上がると思う」

「・・・・・・・・・」

「君の身分だが、ヨシヒロ・アマミヤとして、オーブ軍一尉の階級とモルゲンレーテ社の係長の役職を与えよう。部署等は、あとで父上に聞いてくれ。それと、カザマ課長は部長に昇進させるから、その辣腕を振るって欲しい。社内と軍内にいる抵抗勢力は、無視してくれて構わない。正直、時間がないからな」

「いきなり部長ですか。やりがいはありそうですね」

サラリーマンである親父は、突然の昇進を少し複雑な表情で喜んでいた。

「・・・・・・・・・」

「どうしたのかね?何か不満でもあるのかな?」

ウズミ代表は、先ほどから黙っている俺に話しかけてくる。

「いえ。いきなりあんな事になったので、先の事なんてあまり考えていなかったのですよ。オーブのIDはあったから、密かに会社でも作って生きて行こうかな?って思っていたんです。でも、オーブがなくなってしまったら、意味のない事ですよね・・・。わかりました。ザフト軍で培った死神の技術をオーブで生かす事にします・・・・・・」

「カザマ君。君は、何も悪くない。君は、いつも精一杯やってきたじゃないか。日本もプラントもそれを認めなかっただけだ。だが、オーブは決して君を見捨てない。君の働きにちゃんと答える。だから、再び軍人稼業で悪いと思うが・・・」

「そのお言葉だけで十分です。私は、オーブが私を裏切らない限り、全力を尽くしてこの国を守ります」

ウズミ代表が、俺の事を知っていた事は意外であったが、俺は彼の言葉に素直に感動していた。

「ありがとう。それで十分だ。頼りにしている。それと、隣の少年だが・・・・・・」

意外と巻き込まれキャラである事が判明したカナードは、隣で次々に進んでいく事態にどうしようかという表情をしていた。

「カナードにも、別の身分を用意してください。俺の補佐をさせます。実戦経験は少ないみたいですが、才能は俺を超えるかもしれません」

「そうか。それは、こちらとしても助かる。階級は二尉で良いかな?」

「そうですね。でも、年齢からいって、会社勤めってのは難しいですかね?」

「工業カレッジがあるから、そこに留学生として放り込むか。モルゲンレーテ社は、アルバイト扱いで出入りできるようにしよう」

「お前ら、勝手に決めるなよ・・・・・・」

だが、カナードの小さい抗議は、俺とウズミ代表にあっけなく無視される。

「俺は、ユーラシア連合軍に戻るんだ!」

「それは無理!」

「何でだ?」

「君はこの席に同席して、オーブ軍の機密を聞いてしまったからね。おっと!逃げようなんて考えるなよ。この部屋の外には・・・・・・」

「護衛がいるのか・・・」

オーブの獅子と呼ばれるウズミ代表の移動に護衛が付かないわけもなく、部屋の外には相当数の護衛が待機しているものと思われた。

「それに、ユーラシア連合軍に戻ってから今日の事がバレると、確実にスパイ扱いだよ。良くて銃殺。悪くて、生体実験のモルモットだね」

「カザマ!俺を謀ったな!」

「今まで、気が付かなかった癖に・・・・・・」

あの戦闘の後から、終始俺のペースに巻き込まれていたカナードは、俺の謀略に気が付くのに時間がかかったようだ。

「それにさ。最高のコーディネーターだっけ?中立国のオーブなら情報が集め易いけどね」

「本当なんだろうな!奴の情報が、オーブで集められるんだろうな!」

「だから、協力してくれよ。それに、俺と訓練を重ねれば、技量も上がって奴を討ち易くなるぜ」

「そう言われると、こっちの方が良いような・・・」

「例のジャンク品を売ったギャラの半分が契約金だ。それに、オーブ軍二尉の給料とモルゲンレーテ社のアルバイト代とただでカレッジに行ける。第二の人生で大きく優位に立てるな。ユーラシア連合軍は、薄給そうだからな」

「こっちにしようかな・・・・・・」

能力はあっても、子供で社会経験のないカナードは、俺の誘い文句に次第に乗り気になってくる。
可哀想だが、能力があるとわかった以上、彼を引き止めた方が良いと判断したからだ。

「実は、カナード君に聞きたい事があるのだが、最高のコーディネーターとは、キラ・ヒビキの事かね?」

「何でそれを知っている!?」

ウズミ代表の爆弾発言に、カナードは声を荒げる。
今まで、探していた者の事を知っている人物が目の前にいたからだ。

「このヘリオポリスにいるからだ」

「俺は条件を呑む!」

カナードは、人生の目標がここにいる事を知って、即座にユーラシア連合軍を裏切る決意をする。

「でも。いきなり殺すのはなしだよ」

「要は俺の方が優秀だと証明できれば良いんだ!俺に負けた奴なんて、殺す価値がないからな」

「微妙に歪んでるよね」

「大きなお世話だ!」

「では、決まりだな。後で契約内容を書類で届けさせるから、サインをしておいてくれ。それと、キラ・ヒビキの事だが・・・・・・」

「すぐに会わせろ!」

「こんな夜中に?常識のない奴だな」

「逃げ出す可能性が、なくもないだろうが!」

「彼は、工業カレッジで学生をしているからな。逃げ出す事はないさ」

ウズミ様は、キラ・ヒビキとやらの最新情報をさらりと口にする。
どうやら、重要区画に閉じ込められているというわけでもないらしい。

「明日にカレッジで会えば良いだろうが・・・。さあ、そろそろ家に帰るぞ」

「じゃあな。親父」

「待てや!コラ!どういう事だ?」

「今日はここで、契約が終了したら住む場所を探すって事さ」

「家に住めば良いだろうが!」

「あのな。親父。プラントの連中も、俺が家族のところに逃げ出している事くらい一番最初に考えるんだよ。それで、そこに特殊部隊でも送りつけられたら、俺自身の身は自分で何とか守れるけど、レイナ達はどうにもならないんだよ」

「お前・・・・・・」

「俺は、もう向こう側に行ってしまったんだ」

プラントのアカデミーに通い、モビルスーツの操縦と指揮官としての教育を受けた俺が、中立国とはいえオーブでそのノウハウを教える事にザフト軍上層部が不快感を抱き、抹殺をみる可能性を否定できなかったからだ。
いくら偽名を名乗ったとしても、母方の苗字に変えただけだし、顔を整形しているわけでもないので、すぐに察知されてしまうであろう。
元々、中立国であるオーブは各国の人達の出入りが激しいので、隠し通し難いという事情があるのだ。
それに、ザフト軍上層部が小物という理由で放置してくれても、蛇のようにしつこいマーレが何をしてくるのかがわからないので、警戒するに越した事はなかった。

「いや。家族の元に帰りたまえ」

「ウズミ様。ですが・・・・・・」

「護衛は責任を持って行う。何しろ、君はVIPなのだからな。それに、護衛対象は纏まっていた方が護衛し易いという理由もある。それに、親不孝はこの私が許さない!」

「ありがとうございます」

「では、帰りたまえ。私は忙しい身なので、これからすぐに地球に降りる事になっているが、後の事は後任の責任者に尋ねてくれ。話を受け入れて貰って助かったよ。協力に感謝する」

「こちらこそ。拾っていただいて感謝します」

俺がお礼の言葉を述べると、ウズミ代表は笑顔を浮かべながら部屋を後にする。

「さあ。帰るぞ!カナード」

「俺もか?」

「お前だけを単独で護衛するほど、オーブに余裕はないんだよ。これからは、家で寝泊りして貰うからな」

「お前、随分と変わり身が早いな・・・」

「だから、生き残っているんだよ。クドクド考えても仕方がない。とっとと、帰るぞ!」

「何で、俺の意思を尋ねないんだぁーーー!」

俺は理不尽だと顔に書いてあるカナードを引きずりながら、親父とオーブの情報部の用意した車で帰宅するのであった。


「よし。ここでオーケーだ。ご苦労様」

モルゲンレーテ社の秘密区画から車で僅か十分ほどの距離に、従業員向けの社宅街があり、その中の比較的大きな家の前に車は止まった。

「ただいま」

「お帰りなさい。お父さん」

親父が家に入ると、そこにはパジャマを着た母さんが待っていた。

「こんな時間で悪いが、俺の他に客が二人いる」

「そうですか。会社の方ですか」

「まあ。そうとも言えるかな?入って来い」

親父に呼ばれた俺は、覚悟を決めて家の中に入る。

「どうも。久しぶり」

「ヨシヒロ!」

「色々あって、戻って来たよ・・・」

「ヨシヒロぉーーー!無事で良かったぁーーー!」

「ごめん・・・」

俺にすがりついて泣き叫ぶ母さんに、ただその一言しか言えなかった。

「家族の感動の再会を邪魔するつもりはないのだが、俺はいつその家に入れるのだろうか・・・?」

親子の感動の再会に割って入る事もできず、カナードは一人家の外で待ちぼうけを食らっていた。


「カナードさんでしたっけ?いつまでも、外で待たせてしまってすいません」

「いえ。そんな事は・・・・・・」

カナードは、基本的に自己中心的でマイペースな息子に比べて、常識人な母親の謝罪に心から感動していた。
人は本来こうあるべきだと、素直に思ったりもするのだ。

「でも、お兄さんが帰ってきてくれて良かったよ」

「うん。兄貴は、これからずっとオーブに住むんでしょう?」

「まあね」

騒ぎを聞きつけて起き出してきたレイナとカナも交えて、六人の男女がお茶を飲みながら話を続ける。
俺は約一時間の間、今までの出来事を全て偽りなく家族とカナードに話した。
実はアカデミーに入っていた事や、優秀な卒業成績を取って赤服を着て、モビルスーツのパイロットになって世界各地で戦っていた事。
そして、味方に裏切られて反逆者として処分されそうになり、反撃して今までの味方を多数殺害し、プラントにもいられなくなった事までを詳しく話した。

「そうか。仲間に裏切られて・・・」

「同じコーディネーターだからって話は、奴には通用しなかったようだな。そして、奴は自分の失敗をツテを使って揉み消し、俺は味方殺しの反逆者となったわけだ。実際に身を守るために反撃したんだから、人殺しである事は事実だな」

「そうか。お前、今までに何人殺した?」

「お父さん!」

「そんな事、言わないでよ!」

「あなた!」

レイナ・カナ・母さんが、一斉に親父の発言内容を咎め始める。

「さあね。一万人には達していないけど、千は軽く超えているかな?」

開戦から約五ヶ月。
俺は多数のMAや戦闘艦艇や戦車や戦闘車両や航空機や歩兵を討ち、多数の兵士を殺めてきた。
直接殺した兵士や、その家族と友人を含めると、一万人を超える人達に恨まれているかもしれなかった。
これは、いくら言い訳をしても覆る事実ではなかったのだ。

「そうか。でも、それも仕事だ。それに、俺がモビルスーツを開発すれば、それを兵士が使って多くの人が死ぬかもしれない。俺達は、同じ人殺しの親子だな」

「親父・・・・・・」

いまいち親父の言っている事の意味はわからなかったが、つまりは気にするなという事なのであろう。

「それで、そちらの方は?」

話が暗くなってしまったので、気を利かせたレイナが、食卓の端の席でお茶を啜っていたカナードの事を聞いてくる。

「何か腐れ縁で付いてきた。俺に負けた男だ」

「負けたのは事実だが、お前のせいで色々と面倒な事に巻き込まれているカナード・パルスだ」

「ふーん。でも、キラに似てるよね。親戚かな?」

カナがカナードを顔を見つめていたが、誰か知り合いに良く似た人物がいるらしい。

「何!キラだと!」

「うん。私達の同級生なんだけどね」

どうやら、カナの言うキラという人物は、ウズミ様の語っていたキラ・ヒビキの事らしい。

「カナード。意外と近くにいて良かったじゃないか」

「俺の今までの苦労って、何だったんだろう・・・」

俺はカナードの過去の事など知らなかったが、必要以上に最高のコーディネーターに執念を燃やしたせいで、相当に苦労をしていたようだ。

「俺に付いて来て正解だったな」

「カナードさん。すいません。お兄さんが色々と迷惑をかけて」

「いや・・・。そんな事は・・・」

カナードは年頃の男の子だったので、自己中心的でマイペースな兄の事で謝る十六歳の美少女の表情に、素直に感動して顔を赤くしていた。
多分、今までに女性に接する機会が少なく、免疫がなかったのであろう。

「カナード君は、カレッジに留学生として通う事になった。家で下宿するから、そこのところをよろしくな。幸いにして、部屋は余っていたからな」

親父はこうした事を見越してか、かなり広めの社宅を確保していた。
この家には、俺とカナードが個室を確保しても、まだ部屋に余裕があった。

「お父さん。そういう事は先に言ってください。何の準備もしていません」

母さんが、親父に抗議の声を上げる。
確かに、部屋は確保されていたが、中は空っぽで何の準備もしていなかったからだ。

「俺も荷物なしなんだよな。プラントに取りに帰るわけにもいかないし・・・。
ああ。珠玉のコレクション達が・・・。特にやっと全部集めた、○ンダムシリーズの初回限定版のDVD達が・・・・・・」

「お前は、事の重大性をわかっているのか?」

何よりもコレクションの事を心配している俺に、カナードが抗議の声をあげる。

「事件を起こしたのはカザマで、俺は今はアマミヤだ!そんな事は知らない」

「じゃあ、お前の元に戻ってくるはずがないじゃないか」

「そうだったぁーーー!」

カナードの的を得た指摘に、俺は大きな声を上げでしまう。

「何か変わったよね。お兄さんって・・・」

「確かに・・・。変わっていないのは、オタクな部分だけで・・・」

二人に言わせると、俺はかなり陽気な性格になったらしい。
勿論、本人にその自覚は全くなかったが。

「とにかく、もう遅いから寝ましょうよ。カナード君は、ヨシヒロの部屋に布団を敷いておくからシャワーでも浴びて寝てくださいね」

「ありがとうございます(何か、本人の預かり知らぬところで、次々に事が決まっているような・・・・・・。思えば遠くへ来たものだな・・・・・・)」

カナードの疑問は、流動的に変化する情勢の前には、海の波で流される砂浜の砂山のようなものであった。


「おはよう」

「おはようございます」

「「「「おはよう」」」」

翌朝、俺とカナードが起き出して下の食堂に行くと、既に朝食の準備が整っていた。

「カナード君は、今日はカレッジに顔出しだっけ?」

「そうだな。細かい手続きは俺が頼んでおくから、カナード君はヨシヒロとカレッジの見学に行けば良い。それと、ヨシヒロに頼んでおきたい事があってな」

親父は、俺とカナードの今日の予定を教えてくれる。

「頼みたい事って?」

「そこのカトウって教授に会って、(いつまでもモタモタしていたらクビだからな!)って伝えといてくれ」

「はあ?」

「事情は午後に説明する。とにかく、一字一句間違えないように伝えてくれ」

「わかった」

その後、朝食を終えた俺達は、カレッジへと向かうのであった。


(7月四日、午前九時、工業カレッジのキャンパス内)

オーブ首長国連合ヘリオポリス工業カレッジは、オーブでも最優秀な人材が集まってくる、日本で言うところの東大のような学校であった。
本土に資源を持たないオーブにとって、各種の科学技術と工業力の進歩は、国の発展にとって必要不可欠であり、食料の自給も完全ではないオーブが貧しいという事は、国民に餓死か出稼ぎという最悪の選択を迫らせる事となるからだ。
そもそも、オーブという国自体が、ソロモン諸島の無人島に世界各国の移民が集まってできた国なので、そこまで貧しかったら、人が集まって国ができるはずもなかったのだが・・・。

「最高のコーディネーターに早く会わせて欲しい」

「最高のコーディネーター?」

人生最大の目標である、キラという少年に早く会いたくてたまらないカナードは、レイナにその居場所を聞いていた。

「最高のコーディネーターって、キラの事?」

「そうだ」

カナードは、レイナの質問に自信満々に答える。

「ぷっ!」

「あはははははっ!」

「キラが、最高のコーディネーターだって!」

「今月では、最高に笑えるネタだったね」

「トールやミリィにも、教えてあげようよ」

「サイとカズイにもね」

カナードの答えを聞いたレイナとカナは、大声で笑い出してしまう。

「なぜだぁーーー!」

「だってさぁ。ねえ」

「そうだよね。姉貴」

どうやら、キラという人物に評価に、カナードとレイナ達では相当に開きがあるらしい。
俺も、最高のコーディネーターという者の正体を確認した事がなかったが、妹達の爆笑ぶりを見ていると、カナードが物凄い勘違いをしているように感じてきた。

「とにかく、キラとやらに会わせてくれよ。レイナ。カナ」

「お兄さんも、最高のコーディネーターって話を信じているの?」

「会ってみない事にはな」

「それもそうだよね。あっ!ミリィーーー!トールぅーーー!」

レイナは、自分の知り合いの姿を確認したらしく、手をふってカップルらしき男女を呼び寄せていた。

「おはよう。レイナ。カナ。あれ?隣の二人の男性は誰?」

「ひょっとして、彼氏だったりしてな」

こちらに駆け寄ってきた、茶色い髪のショートカットの少女とその彼氏らしい、少し顔色の悪い少年が俺達の事を聞いてくる。

「違うわよ。私達のお兄さんと、その友人でここに留学する事になったカナード君よ」

「始めまして。レイナとカナの兄のヨシヒロ・アマミヤです」

「留学生のカナード・パルスです」

俺に続きカナードも自己紹介をするが、彼は頑として偽名を使う事を拒否していた。
だが、ユーラシア連合にカナードの戸籍は存在しない上に、彼の事を知っているユーラシア連合軍関係者も少数で、俺と同様にすぐに居場所がバレるであろうという理由で、そのままで良しという事になっていた。

「あれ?ヨシヒロさんって、カザマじゃないんですか?」

「血筋の途絶えた母方の家に養子に入ったんだよ。日本って、そういう部分に拘るからね」

俺は、ミリィと呼ばれていた少女にとっさに嘘の言い訳をする。

「へえ。そうなんですか。私はミリアリア・ハウです。レイナとカナの親友です。ミリィって呼んでくださいね」

「同じく親友で、ミリィの彼氏のトール・ケーニッヒです」

「カナード君は、私達と同じ学年なのかな?」

「どうなんだ?」

カナードは、詳しい状況をまだ聞かされていなかったので、ミリィの疑問に同じく疑問で答えていた。

「俺に聞くなよ」

「カザマは、聞いていないのか?」

カナードは、なぜか俺の事をカザマと呼び続けていた。
俺は、別にどちらでも良かったのだが。

「何で知らないんだ?」

「とにかく!キラとやらに早く会わせてくれ!」

トールの疑問を遮るように、カナードはキラとの対面を切実に要求しだした。

「そうそう。ミリィ。聞いてよ。キラが最高のコーディネーターなんだって」

「「ぷっ!」」

カナの一言で、トールとミリィは地面にしゃがみ込んで笑い出してしまう。
特にトールなどは、笑い過ぎてひきつけを起こしているようだ。

「とにかく!早く会わせてくれ!」

「カナード。あまり気合を入れない方が良さそうだぞ・・・」

「最高のコーディネーターキラ・ヒビキめ!俺の目は誤魔化せん!」

「それで、キラは知らない?また寝坊?」

「来ているようではあるけど・・・・・・。ねぇ!カズイ!キラを見なかった?」

ミリィは、同じく通学してきた地味目の少年に声をかける。
どうやら、彼もレイナ達の親友であるようだ。

「キラか?中庭のベンチで寝てたぜ」

「また二度寝か・・・・・・。ちゃんと起こさないと、またカトウ教授にどやされるからな・・・・・・」

「キラって、バカなのか?」

「いいえ。工業科主席の天才ですよ。でも、遅刻・サボリの常習犯です」

「それで、主席なの?」

「何ででしょうね?普段もボケボケだし。俺達が探し出して起こさないと、半日寝ていた事もあるし・・・・・・」

どうやら、キラという人物は天才ではあるが、友人達に面倒を見て貰う事が多いようであった。

「とにかく!中庭に行くぞ!」

「カナード、気合入っているな」

「でも、期待するとガッカリしますよ。少なくとも、最高のコーディネーターでは・・・・・・」

カズイという少年の忠告も、カナードの耳には入らないようだ。
長年探していた仇のような人物を見つけたので、当たり前の事なのだろうが・・・・・・。

「とにかく、行くんだ!遂に、キラ・ヒビキとの対決の時が・・・・・・」

「キラ・ヤマトですけど・・・」

カズイの忠告も耳に入らないカナードは、教えられた中庭に向かって一目散に駆け出していく。

「キラ・ヒビキ!尋常に勝負!」

「スぅーーー。スぅーーー。スぉーーー」

「おい!起きろ!・・・・・・・・・・・・。おい!あの・・・・・・。起きてください・・・・・・」

「まだ眠いよ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

足が異常に早いカナードを追って中庭に行くと、茶色の髪で女の子のような顔をした少年が、ベンチに座りながら静かに寝息を立てていた。

「こいつが、キラ・ヒビキ・・・・・・」

「早く、対峙したら?」

「どうやってだ?」

「ああ。俺が起こしますよ。キラ、お前にお客さんだぞ」

「トールかぁ。まだ、眠いよぉ」

「お前が夜更かしして、ネットで遊んでいるからだろうが!」

トールが眠っているキラを揺すりだすと、キラは眠そうな目を擦って起き出した。

「お客さん?」

「レイナとカナのお兄さんだよ。それと、留学生のカナードだ」

「ふぇ?レイナとカナのお姉さん?」

「お兄さんだ!」

「始めまして。キラ・ヤマトです。二人の親友です」

キラは寝ぼけたような表情で、自己紹介を始める。

「レイナとカナの兄のヨシヒロだ。それで、一つ聞きたい事があるんだけど」

「何ですか?」

「君は軍人の経験は・・・・・・ないよね。モビルスーツとかに乗った経験は?」

「ありません。僕は、ただの学生ですから」

「うん。わかっていたよ。一応、確認の意味を込めてね・・・・・・。それで、カナード君。どうやって対戦する?」

「そんな・・・・・・。最高のコーディネーターが、ただの学生で、こんなボケ男で・・・・・・」

人生をかけて捜索していた人物のあまりのボケっぷりに、カナードは半ば放心していた。
多分、俺がカナードでも同じ反応をしたであろう。

「とりあえず、君の勝ちは堅いね。良かったじゃないか」

「そんな!バカなぁーーー−−−!」

俺がカナードの肩を叩くと、何かの限界を超えた彼は、いつまでも絶叫し続けるのであった。

「あの・・・。彼は、どうしたんですか?」

「悪い物でも、食べたんじゃないの?」

「まさか。私達の家に下宿しているから、同じ物を食べたわよ」

「レイナとカナって、男の子と同棲してるんだ」

「ミリィも、大げさね・・・。あくまでも、下宿よ」

「でも、そこから二人の恋が始まったりして・・・。髪が長いのはいただけないけど、結構良い男じゃないの。キラに似てるけど、しっかりしてそうだし」

「確かにそうだな」

「後で、サイとフレイにも紹介しておくか」

カナードが絶叫している横で、トール達はこれからの事を楽しそうに相談していた。
世界規模で戦争が始まって、はや五ヶ月。
中立国オーブは、いまだに俺の想像を超える平和を享受していた。


「僕達も付いていきますよ」

「すまんな。モルゲンレーテ社関係の事なので、席を外してくれないか」

「講義をサボり損なってしまった・・・」

俺が絶叫を続けるカナードを引きずって、カトウ教授の研究室に向かおうとすると、キラ達が講義をサボって付いてくると言い始める。
だが、事は機密に属するので、俺達はそれを断ってから、カトウ教授の研究室の前に到着する。

「ふーーーん。OS関係の研究を行っているのか・・・・・・」

「モビルスーツとOSの関係は、切っても切れないからな・・・・・・」

モビルスーツだけではないが、この時代の兵器と機動用のOSとの関係は不可欠であった。
要は、人間の動作の限界を超える部分をあらかじめ設定していたOSが補うという役割があったからだ。
モビルスーツという兵器は、開戦後数ヶ月で、かなりの数が地球連合軍に鹵獲されていたが、ナチュラルの兵士が使用するには大きな問題を抱えていた。
それは、モビルスーツの動作を補助するOSの不出来が原因であった。
モビルスーツを上手く素早く操縦するコツは、決められた動作を素早くこなす身体能力の良さと、状況を確認する動体視力の良さなどで決まった。
コーディネーターは、その手の能力を調整されている人が多かったので、ナチュラルに取っては、お粗末で骸骨のような基本的なOSでも訓練次第で十分に動かす事ができたのだが、地球連合軍では、例外的に極一部に存在しているコーディネーター並みの能力を持ったナチュラルの兵士か、信頼性に目を瞑って、コーディネーターの兵士や傭兵に運用させるという場当たり的な対応のままであった。
なので、兵器として重要な「数を揃える」という条件を満たせずに、戦況の不利を覆せないでいた。
そこで、俺達と親父に与えられた課題は、新しい高性能なモビルスーツの開発と量産、パイロットの訓練、ナチュラルでも使えるOSの開発、モビルスーツを使った戦術の構築などが主な任務であった。

「要するに、ハーフコーディネーターとナチュラル用の改良OSの開発をカトウ教授に頼んでいて、その成果がいまいち出ていないので、俺が催促と最後通牒を付き付けに来たという事か」

「そういう事なんだろうな」

「カナード。大丈夫なのか?」

「何がだ?」

「キラが、あんなんだけど・・・」

「あれは、俺を欺く擬態だ!俺はそれを暴いて、全力を出した彼を圧倒する!さすれば、俺の最高の証は立てられるわけだ」

どこかで聞いたようなスポ根アニメのライバルキャラのようなセリフだが、とりあえずの流血の事態は避けられたようだ。
というか、あんなキラを倒しても、最高の証が立てられるはずもなかったのだが・・・。

「随分と希望的観測に立った発言だな・・・・・・」

「奴は優れたライバルが不在だったおかげで、あのようなボケボケ男になってしまったんだ!そこで、俺が奴の才能を引き出す事にする!まずは、このカレッジで主席の座を奪い、奴の対抗心を煽るわけだ」

「ふーーーん(でも、キラが対抗心を燃やすかどうかから疑問だよな・・・)」

「とにかく、研究室に入るぞ!」

俺とカナードは、カトウラボの中に入るのであった。


「始めまして。カトウラボの主任教授のカトウです」

「モルゲンレーテ社特殊装甲機械製造部係長のアマミヤです。オーブ軍の一尉でもあります」

「同じく、テストパイロット兼オーブ軍二尉のカナード・パルスです」

カトウラボの研究室にはカトウ教授の他に、一人の色つきの眼鏡をかけた少年が手伝いらしき事をしていた。

「臨時で助手をしているサイ・アーガイルです」

「ああ。君がトール達が話していた」

「トール達を知っているんですか?」

「今朝、会ってね。それに、苗字が違うけど、俺はレイナとカナの兄なんだ」

「そうだったんですか。話には聞いた事があったんですが」

「それで、悪いんだけど・・・」

「そうですね。機密事項ですからね。俺は席を外します」

サイ・アーガイルは、素直にラボを退出して行く。

「それで、カザマ部長は何と?」

「(いつまでもモタモタしていたらクビだからな!)って伝えといてくれだそうです」

「人手が足りないんですよ!最高の成果を求める癖に、機密確保という命令のせいで、人手を増やせないんです!」

カトウ教授は、開発環境の厳しさに根をあげそうになっていた。
確かに、普通は多くの人員で人海戦術で行うのだろうが、ここにはサイという助手が一人しか存在しないからだ。

「彼は良いんですか?」

「サイ君は、オーブの経済界の重鎮であるアーガイル海運の跡取り息子です。彼の父上もこの計画に賛同していて、資材の極秘調達と輸送に力を貸してくれています」

「納得です。ですが、他にそういう人材はいないのですか?」

「一人だけ即戦力になる生徒はいますが、彼は学生ですし・・・」

「学生ですか?」

「工業科主席のキラ・ヤマトです」

「えっ!キラがですか?」

「正直、私よりも優秀でして・・・・・・」

「そうですか。親父に相談してみます」

「お願いします」

俺とカナードはそれだけを話すと、カトウラボを後にしてモルゲンレーテ社に向うのであった。


「はいよ。これが正式な社員証と軍のIDだ。社内は作業服で、軍の施設には、軍服で動いてくれだそうだ。それと、カナード君にはカレッジの学生証も渡しておく。学年は、レイナ達と同じにしておいたからな」

カレッジに隣接されているモルゲンレーテ社の工場の入り口で、俺達は社員証を受け取り、案内された事務所内で細かい労働条件等の説明を受けていた。

「大体、こんなものだな。ヨシヒロは、三日後に訓練生達が到着するから、彼らの面倒を見つつ、新型モビルスーツの開発を手伝ってくれ」

「了解だ。それで、何人くらいなんだ?」

「第一陣は、四十名くらいだ。軍内で戦闘機のパイロットを中心にコーディネーターとハーフコーディネーターの兵士を厳選した。それと、ナチュラルでも、能力に優れた人物を数人・・・・・・」

やはり、第一陣のパイロット達は、OSが完成していないので、コーディネーターのパイロットが中心になるらしい。
彼らが、「ジン」を上手く乗りこなしてくれる可能性が一番高いからであろう。
そして、モビルスーツに慣れた頃に、新型機の機種転換訓練を行えば、戦力の増加にも繋がるからだ。

「歯切れが悪いぞ!親父」

「実は、ウズミ様から預かったパイロットが四人ほどいてな。ナチュラルだけど・・・・・・」

「ナチュラルが、(ジン)を使うのか・・・・・・」

ナチュラル用のOSは、カトウ教授の苦悩を見ればわかるように、思ったほどの成果を上げていなかった。
ここで、ナチュラルの訓練生を受け入れても、「ジン」をゆっくり歩かせる事くらいが関の山であろう。

「お前が乗っていた(シグー)の試作品だっけか?それと、ジャンク品を組み立てたり、密かに複製した(ジン)を二十機ほど用意している。コックピットを参考にしたシミュレーションも用意しているから、それで訓練を行ってくれ」

「用意が良いな。了解だ」

「カナード君はカレッジに通い、空いた時間でカトウラボの手伝いと、ヨシヒロの補佐をしてくれれば良い」

「わかった」

カナードは、素直に返事をする。
彼にしてみれば、キラとの長い勝負の始まりなのであろう。
多分、物ぐさそうなキラには、暑苦しいだけの奴になりそうではあるが。

「でさ。カトウ教授が人手が足りないってさ。人員を回してやれよ。いくら新型モビルスーツが完成しても、OSが駄目なら動く棺桶だぜ」

いくら俺やコーディネーターの兵士達が、上手く使いこなせる高性能モビルスーツを開発しても、ナチュラルが使えなければ数が揃えられず、仮想敵国の軍勢に物量で押されてしまうからだ。

「そうだな・・・。オーブの人口の三割がコーディネーターとハーフコーディネーターで、ウズミ代表が、地球連合参加国内で住む事ができなくなったコーディネーター難民を積極的に受けれているから、彼らの中から志願兵をもっと募れば、数は確保できる。だが、それだけでなく、ナチュラルもモビルスーツが運用できるようにならないと・・・・・・」

戦争が始まり、Nジャマーを落としたプラントの連中と同じコーディネーターは、かなり肩身の狭い思いをしていた。
途上国では、プラント・オーブ・日本・台湾の援助が身を結んだ上に、エネルギー技術の向上を図れたので、それほど恨まれてはいなかったが、大西洋連邦・ユーラシア連合・東アジア共和国では、餓死者までが出る有様であった。
特に大型で古いタイプの原子炉を使っている、中国・ロシア・インド・東欧諸国などの被害は深刻で、コーディネーター憎しの感情から、コーディネーター市民の虐殺事件なども起こっていた。
そこで、多くのコーディネーターが安住の地を求めて移動していたのだが、宇宙に上がるのは嫌という人も意外と多く、更にインテリが多いために、最近のプラント国内での穏健派と強硬派の対立を察知している人も多く、「移民先で同じコーディネーターに迫害される可能性に晒されるよりは」と、法を遵守するなら、移住を拒まない方針のオーブに移住するコーディネーターは、確実に増えていた。
そこで、モビルスーツを運用可能で、兵士としても優秀なコーディネーターの志願を積極的に受け入れる事となったのだ。
「今の内に訓練しておけば、万が一の時に慌てないですむ」というウズミ代表の考えで、多くのコーディネーターがオーブ軍に志願していた。

「カトウ教授が、優秀な生徒を推薦している。彼とカナードにやらせれば良いさ。それに、補助の研究員や助手を付ければ」

「その手でいくか。わかった。その生徒には、特許料を払う条件で秘密を厳守して貰う」

「何か、レイナとカナの友達みたいだよ」

「レイナとカナにも手伝わせるか・・・」

「いいのか?巻き込んで」

「今更、日本にも帰れないし、レイナとカナも護衛対象になっている。オーブに移住した期間が短い俺達は、生まれた頃からオーブにいる連中よりも、国のためにという感情を少し多めに持たねばならない。多分、三日後に来る連中の中にも存在するさ」

「そうか」

「だから、彼らをなるべく死なせないようにしてくれ」

「努力はするさ。それに、最初は生き残る訓練を重点的に行う。どのみち、現時点では、ザフト軍の精鋭部隊とはまともに遣り合う事すらできないんだ。実戦に生き残る回数を上げる事が、オーブ軍モビルスーツ隊の第一歩だな」

「それが懸命だな」

「カナードも心得ておいてくれ。いきなり、お前のようにはいかないんだ」

「わかった」

「では、次の要件があるので、案内しよう」

俺達は親父の案内で、次の場所へと移動した。


「これは?」

「先ほど話した(ジン)の再生工場だ。ジャンクから足りない部品を再生して、改良も加えて完成という事だな」

工場の奥の区画では、三十機近い「ジン」が様々な改良を加えられたり、整備されたりしながら訓練の時を待っていた。
だが、はっきり言って、これだけの「ジン」をジャンクが元になっているからとはいえ、勝手に生産しているオーブの行為はかなり違法スレスレであった。
というか、違法であろうと思われる。
そして、なぜこんな事をしているのかと言えば、モビルスーツの生産ラインを整える経験を積むためでもあるようだ。

「でも、全機の仕様が違うようだな」

「テストと訓練を同時に行って貰う。様々な改良や装備の追加、OSの改良を行った(ジン)に順番に搭乗して貰い、集めたデータをここで解析し、結果をカトウラボに送って、OSの改良に生かすというわけだ。まあ、最終段階で引っかかっているけどな・・・・・・」

「そして、端にあるのは、俺の(シグー)か・・・・・・」

工場の端では、黒い「ジン」がその存在感を示していた。
あれは、見かけは「ジン」そのものだが、中身は「シグー」の試作品というかなり変わったモビルスーツであった。

「しかし、マーレってのは、バカだよな。反逆者として始末する予定のお前に高性能機を渡すなんて」

「いや。奴は運が良いんだ。もし、あれに奴が乗っていたら、俺が確実に始末していたからな」

「随分と自信があるんだな」

カナードの自信たっぷりの意見に、俺は少し感動してしまう。

「お前にはまだ勝てないが、アレなら何とかなりそうだ」

「かもな・・・。多分、俺を油断させるためと、いくら(シグー)が高性能機とはいえ、七対一なら負けないと思ったんだろうな」

俺に新型機が与えられた理由は、実は別に存在していた。
「シグー」という機体は、中立派であるアマルフィー技術委員長と強硬派に属する技術部長の二人が指揮を執って開発した二系統の機体が存在していた。
そして、アマルフィー技術委員長が開発した機体は、反逆者である俺が持ち出してしまったので採用は中止になって、技術部長の開発した機体が正式採用となり、中立派のアマルフィー技術委員長がその評判を落とすという、マーレと裏の事情を知る連中の一流の政治謀略であったらしい。
だが、その事を俺が知ったのは大分あとの事であった。

「なるほどな。よし!次に行くぞ!」

俺達は親父の誘導で、更に奥へと足を運ぶのであった。


「元大西洋連邦軍技術大尉のマリュー・ラミアスです。今では、一旦軍籍を抜けてモルゲンレーテ社の契約社員になっています」

更に奥の工場では、まだどんなモビルスーツかも判別が付かないモビルスーツの部品が置かれていて、そこで一人の女性社員が工員達に指示を出していた。
彼女は、髪を肩まで伸ばしたかなりの美人で、そのスタイルの良さは、モルゲンレーテ社の作業服の上からでも際立っていた。
だが、軍人は軍人を知るなので、俺はどう見ても彼女と工員達がプロの軍人にしか見えなかった。

「元大西洋連邦の軍人さんですか・・・・・・」

「ええ。中立国の兵器開発に、直接交戦国の軍人が関わるわけにもいかないですから」

モルゲンレーテ社の社内で、大西洋連邦軍の元軍人がモビルスーツの開発をしている理由はこうであった。
開戦以来、多くの損害を受けた大西洋連邦では、ハルバートン准将がモビルスーツの開発を政治家に働きかけていたが、既得権益を守ろうとする軍の長老達のせいで上手く計画が進んでいなかった。
そこで、経費節約のためにモルゲンレーテ社と共同開発を行い、オーブで量産可能な状態にまで持って行き、生産された機体をオーブから輸入すれば良いという結論に達したらしい。
軍の長老達は、OSの不備でモビルスーツの性能がいまいちである事を知っていたので、最悪、コーディネーターとハーフコーディネーターの兵士や傭兵に高性能な少数のモビルスーツ隊を任せ、他は従来の兵器の改良品を量産して数で押していくという方針になっていた。
つまり、現時点でもモビルスーツは脇役の兵器と考えられていたのだ。
そして、マリュー元大尉達が軍を一時離脱している理由は、本来の計画では、そのまま現役の軍人を入国させるつもりだったらしいが、この計画をウズミ代表に察知されてしまい、計画を推進していたサハク家とセイラン家が、ウズミ代表との妥協点を見出した結果であった。
それは、開発の応援要員は軍を必ず一時的に退役させる事と、完成したモビルスーツと専用の運用艦である新造艦の試験と訓練は、必ず月で行う事であった。
なので、計画では、完成した新兵器達はオーブ籍の輸送船で月まで曳航する事になっていた。 
かなり際どい国際法スレスレの手ではあるが、プラントでもそうやってオーブから必要な軍需物資の購入を行っていたので、お互い様という事もあったのだ。

「それで、モルゲンレーテ社の契約社員ですか」

「さすがは、(黒い死神)ですね」

「知っていたんですか・・・・・・」

「我々のボスである、ハルバートン准将の情報収集能力を舐めない方が良いわよ。あなたの反逆事件は、もう世界中の国に知られているわ。勿論、オーブにいる事もね」

既に俺の起こした事件は、世界中に知れ渡っているらしい。
だが、俺は小物なので、戦場で少し被害が減って好都合くらいにしか思われていないのであろう。
少なくとも、俺はそのように考えていた。

「それで、多くの味方を殺した俺を討ちますか?」

開戦以来の俺の戦果を考えると、彼女の知り合いや、もしかしたら恋人などを殺しているかもしれなかったからだ。

「まさか。私は一旦軍を辞めてまで、この仕事に全てをかけているのよ。そんな、無駄な事はしないわ。それに、あなたはもうザフト軍の軍人ではない。私も、今は大西洋連邦軍の軍人ではない」

「納得です」

「そういえば、自己紹介を聞いていなかったわね」

「モルゲンレーテ社特殊装甲機械製造部係長のヨシヒロ・アマミヤです」

「同じく、カナード・パルスです」

「二人とも、若いわね」

「マリューさんって、いくつなんですか?」

「女性に年を聞くなんて失礼ね」

「綺麗なお姉さんが、守備範囲にある事の確認ですよ」

「あら。嬉しいわね。私は二十六歳よ」

「俺は、十八歳です」

「ちょっと、厳しいかな?それとも・・・・おっと、これからミーティングだったわね。では、私はこれで」

マリューさんは、答えをはぐらかしながらその場を立ち去ってしまう。

「お前も、度胸があるよな」

「どうして?」

「彼女には、婚約者がいたそうだ。そして、彼はMAのパイロットだった」

「それは、残念。口説くチャンスはないかもしれないね。でも、新型モビルスーツに新造戦艦か。お金持ちの国って違うよね」

「それについては、こちらで話がある」

親父は、空いている予備の事務所に入ると、ポケットの中から数枚の簡単な図面を取り出した。

「マリュー元技術大尉が指揮を執っている、通称(G)と呼ばれる五機の新型モビルスーツとそれを運用する新造戦艦の設計図だ」

「何々・・・。(ストライク)(イージス)(デュエル)(バスター)(ブリッツ)の五機は、ビームライフル・ビームサーベル装備で、アンチビーム粒子を塗布した特殊シールドの装備か・・・。そして、フェイズシフト装甲?」

「実体弾のダメージを防ぐ新装甲だ。実は、これだけはガードが堅くてな。パクろうと必死になっている。ちなみに、新造戦艦にもラミネート装甲なる新型装甲が使われる予定だ。これは、物が大きいので無事にパクれる可能性が高い」

「あのね・・・。パクるって・・・」

「向こうも奪われるのは想定済みさ。でなきゃ、新兵器の製造を他国で行うなんて、尋常な話ではないさ」

確かに親父の言う通りに、新兵器の開発を、それも他国の国営企業で行っている事自体が異常な事であった。
きっと、大西洋連邦軍の上層部は、これでオーブに恩を売っているつもりなのであろう。

「向こうは、不可解な事が多いよね」

「大西洋連邦軍では、もう一つの新型量産モビルスーツの開発計画があるからな」

「もう一つあるの?」

「ああ。アズラエル財団が、中心になってやっている奴だ。それほどの性能ではないが、数で押すって事らしいな」

「俺達の天敵のあの連中か。何せ、アズラエル財団の理事はブルーコスモスの親玉だからな・・・・・・。でも、数で押されるのは痛いな」

アズラエル財団理事のムルタ・アズラエルは、噂に聞く限りでは、相当に冷酷で守銭奴でコーディネーター嫌いで知られていた。
つまり、俺とは永遠に相容れない考えを持つオッサンであったのだ。
そして、地球連合軍が新型量産モビルスーツを開発している事に、俺は脅威を感じていた。
はっきり言って、図面ではこんなに高性能ではあるが、完成度が未定のそれも五機しかいないモビルスーツよりも、アズラエル理事の計画の方がよっぽど脅威であったからだ。

「どちらにしても、新型機のお目見えは年が明けてからで、うちの量産機の完成もその一ヵ月後ってところかな?」

「フェイスシフト装甲は、量産できそうか?」

「まだ何とも言えないな・・・。大西洋連邦でも、まだ理論のみしか完成していない代物だ。予想では、オーブ一国の国力と生産力では、大きな負担がかかる可能性があるという事しか現状では言えない。そこで、先ほどのアンチビーム粒子塗布の装甲と、実体弾を防ぐ新型合金の開発を行って二枚装甲を作り、それを完全にモジュール化したモビルスーツに取り付けるという計画案もあるって事だ」

「つまり、交換用の装甲を大量に用意にして、脱着を簡単にして、整備の時間を短縮するわけだ」

「そうだ。そうやって、パイロットの生存率を上げるわけだ」

「そうか。それなら、安心して任せられるな」

「と言っても、俺は指揮を執るだけさ。俺の専門は・・・」

「バッテリーなんだろう?」

「パワーと稼働時間を上げる、新型バッテリーを用意するさ」

その後、三人で細かい事項を確認してから、これからに備えて早めに帰宅するのであった。


(七月七日、早朝、カザマ邸の食堂内)

あれから、三日の時が過ぎた。
今日は遂に、訓練生達の到着の日である。
俺は今日に備えて、工場内で修理や組み立ての終わったオーブ版「ジン」のテスト起動を順番に行い、整備士達に整備に関するコツなどを教えていった。
モビルスーツを動かすと一番負担のかかる部分の説明や、重点的に整備をした方が良いところや、多く消耗する部品の解説など、俺はモビルスーツのパイロットの訓練ばかりでなく、整備士達も早くモビルスーツの整備に慣れるように、様々なアドバイスをしていたのだ。
そして、カナードも忙しい日々を送っていた。
カレッジに通ってキラと成績で張り合い、午後の時間はカトウラボでOSの開発で争って全面敗北し、(さすがに、キラはカトウ教授に天才と言われるだけはあった。だが、カナードもかなり優秀ではあったが・・・)残りの空いた時間で俺の補佐をする事になっていた。
結局、OSの開発はキラとレイナとカナに手伝わせ、更に追加でトールとミリィーとカズイも加えて行う事となった。
彼らの両親は、モルゲンレーテ社の社員や公務員であったので、情報を他国に流す危険は少ないと判断されたようであった。
そして、キラが開発に関わっているナチュラル用のOSは、既にハーフコーディネーターなら完璧に、ナチュラルでものらくらとではあるが、基本動作くらいは何とか行えるレベルに達していた。
多分もう数ヶ月で、ナチュラルでも実戦で使用可能なレベルのOSが完成するとの事であった。
そして、この事はマリュー元大尉達には絶対に秘密であった。
万が一の時には、大切な切り札になる可能性があったからである。 

「しかし、キラって男は天才なんだな。普段はボケてるけど」

「そうね。あれだけの複雑なOSを、簡単に組んでしまうんですもの・・・」

「あとは訓練と様々な動作のデータを取って、そのデータを組み込めば・・・」

「確かに、プログラミングの腕は認めよう。だが、総合力では俺の方が」

朝食の焼き鮭を解しながら、カナードが負け惜しみを言う。
ここ数日で、カナードは完全に我が家に馴染み、トール達とも仲良くするようになっていた。
そして、気を抜くとカレッジの中庭で居眠りをするか、トリィという電子ペットと遊んでいるか、ネットを繋いでボーっとしているキラを迎えに行く役目に落ち着いていた。
表面上は、「俺は、ここにいる予定ではなかった」とか「俺は、簡単に馴れ合うつもりはない」とか「俺は、キラを超える事が目標なんだ」とか言っていたが、意外とここでの生活が気に入っているようであった。
だが、今日の早朝に、彼は最大の不幸に見舞われる事になる。

「やっぱり、駄目ね」

「何がですか?」

カナードは、よく世話を焼いてくれる母さんには、丁寧な口調で接する事が多かった。

「髪よ。女の子でもないのに、長すぎよ。カナード君は」

「そうだな。売れないグループサウンズのメンバーでもあるまいし・・・」

「親父は、いくつなんだよ・・・。というか、いつの人間だ・・・」

俺のツッコミを無視して、母さんは大きめの布をカナードの首の周りに巻いて、奥の部屋からハサミを持ってくる。

「本当に切るんですか?」

「そうよ。長さは・・・・・・」

「中途半端だと、キラと同じように見えるわよ」

「レイナと言う通りだな・・・。軍人でもあるんだし、ここは五厘刈りで・・・」

「ありえない!」

「三分刈り」

「寒いじゃないか!」

「今は夏だぜ・・・・・・」

そもそも、気候と温度が管理されているコロニー内で寒いはずもなかった。

「じゃあ。妥協してスポーツ刈りで」

「そもそも、切る必要がない!」

「願でもかけてるの?」

「いや」

「じゃあ、いいじゃん。髪が長いとシャンプーとかが大変だろう?」

「別に気にした事はない」

「じゃあ、リクルートスーツを着た新社会人な感じで」

「俺の意思は無視かよ!」

カナードの抗議も空しく、彼は昔のフレッシュマン(死語)のような髪型にされてしまい、カレッジ内でトール達に爆笑されてしまうのであった。


「おはようございます」

「おはよう」

俺がカナード達と別れて、モルゲンレーテ社の工場の隣に隣接された訓練場の脇にある臨時の司令室に入ると、そこでは、一昨日に親父に紹介されたキサカ一佐が待ち構えていた。
彼はオーブ陸軍の特殊空挺部隊に所属するエリート将校で、三十代後半にして一佐の地位にある軍の出世頭であった。
最近では、ザフト軍に若くして出世する軍人が多くいるようであったが、それはザフト軍の人員構成が歪な事と、戦争で実力主義が取られている事と、モビルスーツのパイロットは戦果を挙げやすいという、三つの理由からなっていた。
本当なら、キサカ一佐でも出世は早いくらいであったのだ。
そして、十八歳にして一尉の俺も、かなり特殊な例であった。

「キサカ司令。訓練生達は到着しましたか?」

「ああ。到着したぞ」

キサカ一佐はウズミ様の知己で、俺が自由に手腕を発揮できるように名目的な試験特殊装甲師団(モビルスーツ師団)の師団長に任命されていて、外部との折衝や、オーブ軍内部に根強く存在する「モビルスーツ不要論」を唱える幹部の妨害等の排除や、自分の得意分野を生かした機密の保持等に活躍してくれる事になっていた。

「ところで、彼は?」

「俺の補佐をやらせようと思ってな。参謀長の・・・」

「アマギ一尉であります。よろしくお願いします」

先ほどからキサカ一佐と俺を待っていた鼻が大きい若い将校が、大きな声で挨拶をしてくる。

「こちらこそ。よろしくお願いします。私は、アマミヤ一尉です」

「それで、アマミヤには、大隊長の任務に就いて貰おうと思う。要するに、ここのナンバー三で、現場の責任者だな」

師団にしては幹部の階級がかなり低かったが、これはオーブ軍内の保守派の無用な妬みや非難をかわすためであった。
キサカ一佐の意見で、「あくまでも実験的な兵器を装備する師団ですよ」と彼らにアピールする事が目的らしい。

「わかりました」

「それで、訓練生の事なのだが・・・・・・」

「何かありましたか?」

「大分、第一陣が増えてな・・・」

「増えるのは大歓迎です。一日でも一分でも一秒でも長く訓練すれば、それだけ生き残れますから」

「君がそう言ってくれるとありがたい。実は、サハク家とセイラン家の方からも人が送り込まれているし、外国からの留学生にも関わらず、情報を聞きつけて志願した者もいるのだよ」

「それは大歓迎ですね。でも、なぜそんな事を気にするんですか?」

「セイラン家とサハク家は、アスハ家と対立関係にあるからな・・・」

オーブという国の最大の特徴は、氏族という過去の貴族制度に似た人達がいて、その中でも大身の五大氏族の中の一人が、代表首長の地位に就いて国を治めるという点にあった。
長所としては、権力が一点に集中しているので、決断が早く俺のような無茶を行う事もできるのだが、短所としては上が無能だとまともに国が機能しないという点にあった。

「どこの息がかかっていようと、誰と対立していようと、優秀なパイロットはパイロットです。オーブをちゃんと守ってくれます。それに、大西洋連邦と違って、オーブに派閥抗争をしている余裕があるとも思えませんが・・・」

「ほお。若いのに、なかなかハッキリと物を言うではないか」

「我も、なかなか気に入ったぞ」

突然、仮設司令部に二人の男女?が入ってくる。
それは、長身で人形のような容姿をした、美しい双子の姉妹か兄弟であった。

「申し遅れたな。私の名前は、ロンド・ミナ・サハクだ」

「弟のロンド・ギナ・サハクだ。我を鍛えて貰おうか!(黒い死神)よ!」

「どういう事です?」

「弟をお前に預ける。基本的な訓練は終了しているから、実戦方式で鍛えて欲しい。私も忙しい身ではあるが、時間があれば訓練を受けたいのだ」

「それは、大歓迎です(キサカさん。彼らは?)」

俺は隣にいるキサカ一佐に、小声で二人の事を尋ねる。
俺は普通の常識人として、アスハ家とセイラン家の当主の事は知っていたが、サハク家については、そんな名前の首長家があるくらいの認識しか持っていなかったのだ。

「サハク家は、血筋を重視しない家柄だ。あの二人の姉弟は、養子でお前と同じコーディネーターなんだ。それと、サハク家は以前は裏の仕事を専門に行う陰の一族でな。今もそれに変わりはないが、宇宙関係の権益をかなりの割合で重視していて、オーブ宇宙軍の最高実力者でもある。本拠地は、あの(アメノミハシラ)だ」

「そうですか。オーブでは、重要な方達なんですね。始めまして、私はヨシヒロ・アマミヤ一尉です」

「お前が、一尉なのか?」

「若造ですけど、我慢してください」

「違う。私のところに来れば、すぐに一佐にしてやるぞ。どうだ?」

「はあ。一佐ですか・・・」

俺はミナ少将のいきなりの引き抜きの話に、少し驚いてしまう。

「ミナ少将。あまり露骨に引き抜きは・・・・・・」

「ウズミの夢想家が、ケチだから悪いんだ」

キサカ一佐の苦言に、ミナ少将はしれっとした態度で答える。
どうやら、アスハ家とサハク家の仲はあまり良くないようであった。

「私は忙しいのでこれで帰るが、その気になったらギナに言ってくれ。宇宙軍のモビルスーツ関連の事は全てお前に一任しよう。それでは」

ミナ少将は、言いたい事だけを言ってから風のように去ってしまった。

「・・・・・・・・・・・・」

「さて、これから訓練生の紹介をしようか・・・」

そう言ったキサカ一佐の表情は、少し疲れているようであった。


「よろしくお願いします!マック・ハワード二尉です!コーディネーターです」

仮説司令部の外では、予想より多くの若い男女が集まっていた。
始めは三十人くらいと聞いていたのだが、俺の事を聞きつけたミナ少将が、自分のところで訓練中だった連中までこちらに送って寄越し、セイラン家も息のかかった訓練生を送り、ウズミ様も追加の人員を送ったので、人数は総勢で八十人を少し超える規模になってしまっていた。
当然、全員を頭で覚えるのは不可能に近いので、俺は携帯端末で写真を取りながら自己紹介をさせて、データを集めていた。
その時にナチュラルかコーディネーターかを名乗らせていたが、それは純粋に訓練プログラムを組む時のための参考にするためであった。
それに、最近になって気が付いた事であったが、ナチュラルでも反射神経と運動神経が抜群で、コーディネーター用のOSが使いこなせる可能性のある者と、コーディネーターでも、キラ達が改良をしているOSの補助が必要か、あった方が良いと判断される者もいた。
そして、ハーフコーディネーターは、能力がコーディネーターに近い者と、ナチュラルに近い者とでそれぞれに対応が違うので、これはなかなかに骨が折れる作業であった。

「アサギ・コードウェル准尉です。ナチュラルです」

「マユラ・ラバッツ准尉です。ナチュラルです」

「ジュリ・ウー・ニェン准尉です。ナチュラルです」

「へえ。女性が三人もいるのか」

アカデミーのパイロット専科では、全体の一%ほどしかいなかったが女性パイロットも、オーブ軍では、かなり比率が高めであった。

「短期士官養成コースを放り投げもとい、繰上げ卒業して参加しました」

「モビルスーツの搭乗経験は?」

「ないです。戦闘機や戦車ならありますが」

「上等だ。未経験の方が癖が付いていなくて教え易い」

「次は俺だな。オーブ軍一のいや、世界一の格闘王バリー・ホー一尉だ!あれは、俺が熊野の山奥で・・・」

「(バカ決定・・・)」

俺は、ホー一尉の備考欄にバカと記載しておいた。

「モトユキ・ババ一尉です。戦闘機部隊の中隊長をしていました」

「(将来の幹部候補だな・・・。沈着冷静そうで、適正があるな)」

俺は、ババ一尉の備考欄に要指揮官教育と記載する。

「それと、次は・・・」

オーブ軍の陸・海・空・宇宙軍からや、一般人で適正試験を通った連中が紹介を終え、残りは五人となっていた。
合格者達は、大半がコーディネーターとハーフコーディネーターで、極一部にナチュラルの適正試験の上位者が入っていた。
やはり、OSが完成していないので、現実的にすぐに戦力にし易いコーディネーターを優先したのであろう。
だが、OSさえ完成すれば、先に教育した彼らが新しい生徒を多数抱え、ナチュラルの比率も上がってモビルスーツパイロットはその数を増やす。
これが、俺の計画の骨子であった。

「昨日、オーブ国籍を取りました。立花ユリカ訓練生で〜す。モビルスーツの操縦を教えて貰えるそうなので志願しました。コーディネーターで〜す。ヨロシク〜」

「同じく、立花エミ訓練生で〜す。理由は同じで〜す。コーディネーターで〜す」

「・・・・・・・・・(何だ、このバカ女達は・・・)」

「(エミ。大成功よ。お祖父様からの任務はちゃんと達成しないとね。モビルスーツの操縦技術と運用技術。それに、改良を加えられるOSのデータ。何が何でもモノにして楠木重工で生かさないと)」

「(そうですわね。いつまでも、財閥系の企業の天下でない事を連中に思い知らせないと。日本国新型量産モビルスーツは、楠木重工が主導的立場に立つ!うちは装甲関係のみだけど、ミツビシやトヨタの連中が乞食のようにうちにノウハウを貰いに来る。たまらない魅力ですわ)」

「(エミ。発想がヤバイ)」

「(そして、ここで良い男もゲットですわ)」

「(それは、私が先よ!)」

「キサカ一佐。あのバカ女達は何をコソコソと?」

「日本の有名な企業の跡取りらしいから、色々と事情があるんじゃないのか?ウズミ様から、少しくらいなら情報を集めていても放置しておけだそうだ」

「ふーーーん。商売って大変なんだね」

後に、この二人が猫を被っていた事に俺は気が付くのであったが、現時点ではただの学生あがりのバカ訓練生にしか見えなかった。

「カガリ・ユラだ。ナチュラルだ」

次の訓練生も女性であった。
キサカ一佐は、何か事情を知っているようであったが口を噤んでしまい、現時点では、ただのお転婆な少女にしか見えなかった。

「年は?」

「十六歳だ」

「ギリギリだな」

「カガリ。年齢制限で引っかからなくて良かったね。最後は僕の出番かな?真打は最後に登場するものなんだね」

「余計な口上は良いから、早く自己紹介をしてくれ」

俺がせっつくと、最後に、俺と同い年くらいの紫色の髪の青年が自己紹介を始める。

「やれやれ、せっかちな教官殿だね。僕の名前は、ユウナ・ロマ・セイランだ。名前を聞いての通りさ。セイラン家の跡取りの僕にとっては、これも帝王学の一環でね」

「そうですか。でも、落ちこぼれたら合格は出しませんよ。俺は実力のみでしか評価しません。それが、どこの家の方であろうともです。アカデミーと同じく、成績順位もちゃんと出します。セイラン家やサハク家の方々が、ドベや落第で恥をかかないようにしてくださいね。それと、ゲタを履かせるつもりもありません。ワイロも貰いませんし、便宜も一切図りません。恥をかきたくなかったら、死ぬ気で付いてきてください。では、順番にシュミレーションで適正検査から行う!モタモタするな!」

「「「「「了解!」」」」」

こうして、コズミックイラ・70の七月七日に、後世の人が「カザマ学校」と呼ぶ、オーブ軍モビルスーツ教育師団がスタートした。
俺が反逆者としてザフト軍を追われてから、一週間後の事であった。
この俺の行動が、加速した歴史の流れに何をもたらすのか?
現時点では、誰も答えてはくれなかった。


         あとがき

ステルヴィアの最終話は、次に必ず・・・・・・。

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