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「.hack//intervention 第9話(.hackシリーズ+オリジナル)」

ジョヌ夫 (2007-02-16 00:47)
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『Δ隠されし 禁断の 聖域』での出来事から3日。

つい3日前までは、そこに他では見られないような古びた聖堂があった。

『The World』は基本的に背景やオブジェクトを多くのエリアで使いまわしている。
世界10ヶ国語に対応する、2千万人以上のプレイヤーが募る世界最大規模のネットゲームだから当然と言えば当然のこと。
使いまわしでもしないと、CGクリエイター達が過労死してしまう。

だからこそ、このエリアは特別であった。

実はこのエリアとその他では、微妙なCGクオリティの差がある。
例えば、草原のフィールドなどは一見すると本物みたいに見えるが、草木の1本1本はほぼ同じ形をしている。
に対して、この聖堂は椅子の配置、石壁のレンガの1つ1つに至るまで精巧に作られているのだ。
無論、使いまわすことを考えれば草原に対する手間とたった1つの聖堂、どちらに力が注がれるか自明の理というものだろう。


だがそれも過去の話。

今そこにあるのは、半壊状態の聖堂。
扉側半分がまるで虫に齧られたかの如く無くなっており、見るも無残な姿に変わってしまっていた。


その光景を呆然と眺める1人の男がいる。


「これを……あの少女が…………」


かつてこの地を訪れた時、彼は“華”と出会った。

その“華”――――放浪AIリコリスは望まれぬ失敗作。

それでもこの世界で生きようと抗うも、最期には自らの意志でその運命を受け入れた。

そして彼女は…………世界の何処かに咲く一輪の“花”として生まれ変わった。


男はかつて聳え立っていた聖堂に思いを馳せながら空を見上げる。


「リコリス……」


嘆息気味に呟く。

3日前出会った、いやようやく動きを捉えた正体不明の男……ヘレシィ。
常にその傍に付き添っていたらしい少女は、あの時同じ場所で出会った彼女と瓜二つであった。

尤も、向けられるものは憎悪であったが……。


「彼女も…………きみと同じ“試されし夢産みの失敗作”なのか?」


彼――――アルビレオの問いに答える者は誰もいなかった。


.hack//intervention 『第9話 戸惑いの心』


《sideアルビレオ》


俺が“偏欲の咎狩人”について聞いたのは今から3ヶ月程前の事だ。


始まりは俺が勤務するCC社(『The World』を制作・運営している会社)の管理セクション内にあるオフィス。

『The World』でのデバッグ作業に目処を付けた俺は、ログアウトして碧衣の騎士団長“アルビレオ”からシステム管理者“渡会一詩”に戻る。
そして襲ってくる眠気を覚まそうとコーヒーを入れていた時の部下からの報告が切欠だった。


「お疲れ様です、渡会さん」

「ん? ああ、君か。確か……」

「柴山です、柴山咲ッ! ちょっと前に自己紹介したばっかりじゃないですか」


ああそうだ、つい先日配属された研修を終えたばかりの新人。
出会ってからずっと叱ってばかりの俺の部下だ。
長時間のログインのせいか、はたまた眠気のせいか頭が多少回っていないようだ。

全く……これじゃ上司の立場がないな。


「済まない、忘れていたわけじゃないんだ。
 ただついさっきまで一仕事していてな……っと、言い訳しても始まらないか」

「あ、いえ気にしないで下さいッ!
 渡会さんがオフィスにいっつも缶詰状態だってのは他の方達に聞いてますから……」

「……そうか」


俺は『The World』の前身である『fragment』の時代からこのネットゲームに携わっている。
いや正確に言えば、当初英語だった『fragment』の日本語版への移植作業に参加した時から、か。

当時、俺は目の前の部下と同じくぺーぺーの新人。
それ以前にCC社そのものが設立されたばっかりで、俺みたいな奴等がゴロゴロ転がっている。
そういう状況での初仕事だった。

師匠とも言える尊敬すべき上司に、自分の不甲斐無さを毎日のように怒鳴られる。
それは俺だけに対応する話ではなく、他の同僚達の中には同様の扱いを受けて辞めていく者も多数いた。

後に残った俺達新人にあったのは、ただひたすら全てを注ぎ込むゲームへの愛。


その時の名残か、俺みたいに今でも関わっている連中は『The World』に異常な程の愛情を注いでいる。
そういった奴等の仕事ぶりは新たに入ってくる者達にとって憧れになっている…………らしい。


「で、どうした? コピー取りは済んだのか?」

「あ、はい。それが終わったんで報告しようとしてたところなんです」

「分かった。次の仕事を用意するからちょっと待ってろ」


入れ終わったコーヒーをデスクに置き、次の書類を用意する。
彼女が現場に入るのはもう少し先の話だ。

まずは新人らしく、書類に目を通しながら仕事の一部に触れるくらいが丁度いい。


「あの……ちょっといいですか?」


そんな時に柴山の控えめな声が耳に入ってきた。


「……どうした?」


それに対して俺は顔を向けることなく答える。

悪いが質問に答える暇があったら、さっさと次の仕事に取り掛かりたい。
俺も自分のところに届いた書類に目を通さなくてはならないのだから。


「BBSで話題になってる“偏欲の咎狩人”についてなんですけど……」

「BBS? そういえば最近見てなかったな……どんな内容だ?」


ここのところ、というかこのゲームが始まって以来、毎日のように大量のバグ報告が送られてくるからそっちに目が向いていた。
部下に任せられることは全て任せてはいるが、それでも俺が担当する部分は多い。

世界最大とも言われる『The World』の世界は広い。
そしてその分些末なバグらしきものは大量に存在し、日々その対応に追われている毎日なのだ。

だから自分でBBSを覗く余裕も無かった。


「通称“偏欲の咎狩人”。
 名前・レベル・クラスその他全てのデータを誰も知らずルートタウンで見かけた者は1人もいない。
 常に黒いローブで身を隠し、傍には必ず謎の黒い幽霊少女が浮かんでいる。
 主に初級〜中級のエリアに出没、出会った初心者PCに高レベルなアイテムをあげる割にトレード条件はBBSの書き込みなどの誰でも分かる情報ばかり。
 そして…………初心者を狙うPKを100以上キルし続けているPKKでもあるってものなんですけど……」

「…………何だソイツは?」


俺は少なからず驚かされた。


データが不詳というのはプレイヤー側からしたらそう珍しいことでもない。
広大なネットゲームの中で人々は様々な役割を演じている。

例えば初心者のサポートをすることを目的としていたり。
例えば『The World』の秩序を守らんと立ち上がった者達によって築かれた自治集団であったり。

だからそういった“謎の人物”を演じるソロプレイヤーが存在してもそう不思議は無い。


だがそれ以外はあまりにも異質すぎた。

ルートタウンで見かけたものがいない。まずこの時点でありえない。
『The World』はレベルごとにいくつかのサーバーに別れており、それぞれに1つルートタウンがある。
そこからモンスターの出るフィールドへゲートを通して移動、ダンジョンを探索、そして再びルートタウンに戻る。
それが本来の流れであり、同時にルートタウンに人が集まる所以でもあるのだ。

そこにはいつの時間にも必ず多くの人が滞在している。
なのに誰も見かけたことがない? ログアウトもせずにずっと同じエリアにいない限りそんなことは不可能の筈だ。
…………削除対象である放浪AIを除けば。

次に黒い幽霊少女。これについては保留だな。
その幽霊とやらがPCなのかNPCなのか、それ以前に本当に存在するのかすらはっきりしていないから。

同様にトレードに関しても、だ。
別に利害だけでトレードをするわけじゃない。
何かこだわりみたいなものを持ってそんなことをしている可能性も否定できない。


そして一番の問題は最後の項目。

確かにあの世界にはネットゲーム特有のプレイヤー殺し、所謂PKが存在する。
俺自身、何度かその場に居合わせて対応したこともあるくらいだ。
PKが公的に否定されている『The World』では他と比べて少ないと聞いている。

そんなPKを態々100人近く葬り去る理由とは一体なんだろうか?


「その書き込みはいつ頃から?」

「えっと、確か『The World』の運営が始まってから2ヶ月程経った頃のことだったと思います。
 その頃から誰かは覚えてないんですけど、“偏欲の咎狩人”の名前がBBSに載ってました。
 それからずっと書き込みは続いてます。尤も所詮BBSですからどこまで真実かは……」

「それはそうなんだが……」


BBSには大小様々な情報が集まる。

レアアイテムの情報やレベル上げにお勧めのエリアから、個人での伝言板としての役割も果たしている。
その中には憶測や冷やかしによって書き込まれた全くのデマも多く存在する。
以前見た時には“レベル5バイン”とかいうモンスターがいて、ソイツを倒せば名前の通りレベルが5倍になる、なんてものもあった。
こちらの想定していないモンスターの安直な名前に思わず吹きそうになった覚えがある。

この噂もその類なのか? しかし何かが気になる。
ルートタウンにいないことといい、黒い幽霊少女といい、その行動といい。
それぞれの一貫性の無さが逆に妙な信憑性を感じさせる。何だか気味が悪い。


だがまあ、どうせ俺の管轄外だ…………今のところは。


「不正ユーザーの対処はGM(ゲームマスター)の仕事。
 あっちにハッキリとしたクレームが届けばそれなりの対応はするだろう。
 真偽の程が定かでない以上、俺達は先に確実な方を処理すべきだ。…………ほら、新しい書類」

「あ、はい……それもそうでした」


柴山に書類を渡し、置いてあったコーヒーに口を付けながら一息つく。

そして自分に届けられた報告書の方に目を通しながら、


「……柴山」

「はい、何でしょうか?」

「GMとの連絡を怠らないように他の奴等に伝えろ。
 この件、もしかすると…………厄介な仕事になるかもしれない」

「わ、分かりましたッ!」


こうして柴山がオフィスを出て行き、この話も一旦の終わりを告げる。


この時の俺にとって、彼等は“実在していたら面倒だな”くらいの印象でしかなかった。


しかし事態は俺がリコリスと出会うことで急変していく。


リコリス……『The World』で遭遇した放浪AIの1人。
俺は彼女と関わることで、様々な真実を知ることとなった。

放浪AIの削除を主目的に編成された碧衣の騎士団。
俺達は削除すべきバグとして彼等を日々葬り去ってきた。

だがリコリスは最期の別れの時に言っていた。
この仮想世界には“モルガナ・モード・ゴン”と呼ばれる神が存在する。
アルビレオが持つデバッグアイテム『神槍ヴォーダン』はその神が授けたもの。
碧衣の騎士団は、俺は……その神に操られし走狗に過ぎないのだ、と。


彼女との出会い、そして別れはほんの数日間のことだった。
なのに……いや、であればこそ彼女の最期は俺に重くのしかかっていた。
それだけ彼女の存在が俺にとって大きなものだったということだ。

俺はそれ以来、騎士団の意義というものに揺らぎを感じるようになってしまった。
“ただ『The World』をより良いゲームにしたい”そんな自分の信念に基づいて創られた碧衣の騎士団。
それが実際には神などというかけ離れた存在にいい様に使われるだけの使いっぱしりだった、なんて始末だ。


その傷が癒えぬまま、俺は彼等との邂逅の時を迎える。


ある時、プレイヤー側からの要請が送られて来た。
そのPCの名は“昴”。『The World』の秩序を守ろうとする一般PCで形成された紅衣の騎士団の長だ。
直接ゲーム内で会ったことはないが、その規模の大きさから噂くらいは認識していた。

彼女等がシステム管理者との繋がりを持つに至ったのはつい先日のこと。
半年間のこれまでの働きが功を労し、CC社側からも認められた。そういうことらしい。


昴からの要請内容は、あるPK記録の確認。
以前からその要請はシステム管理者側に来ていたようだ。
その時は実在すら定かでないPCに構っている暇は無い、とGMから後回しにされていた。
だが、つい先程ようやくそのPCの名前も確認されたのですぐにでも調べて欲しい、とのことだった。

更にその件はGMの方だけでなく、俺達デバッグチームの管轄内の事項となった。
理由は連れ添う黒い幽霊少女。その姿形が最近削除した筈の放浪AIに酷似しているという部下からの報告が上がったのだ。


「……何、だと?」


それを聞いた時、普段決して部下には見せない驚きを露にしてしまった。

リコリスを神の槍で葬ったのがつい数日前。
俺は確かに彼女を自らの槍で消し去り、彼女自身その運命を受け入れた。
そして彼女は世界のどこかに咲く一輪の“花”として、静かに佇んでいる筈なのだ。

“偏欲の咎狩人”と“黒い幽霊少女”

随分昔にそんな話を部下から聞いた気もするが、すっかり忘れていた。
そんな憶測だらけの情報を調査するより先にすることが山積みだったから。
主だった被害や苦情は来ていないのもその1つの要因だったかもしれない。


リコリスが生きている、なんてことはありえない。
だが俺の頭にふとある考えがよぎった。

“試されし夢産みの失敗作”が本当に彼女1人だけだったのか? と。

リコリスはアウラと呼ばれる存在の為に生み出された試作AIだ。
試作というものは通常1つだけで済むことはほとんどない。
試しに作ってみて、欠点が見つかり、また試す。それが新たなものを作り出す上での過程だと俺は思っている。

アウラが何者なのか、それは分からない。
しかしそれが完成するまで、幾重もの失敗が繰り返されるのではないか?
そうなると放浪AIの中にはリコリスと同じく、失敗作として捨てられた試作AIがいるのかもしれない。


そう考えた後の俺の行動は早かった。
すぐに部下を呼びつけ、可能な限りの情報を集めるよう命じる。
昴からの情報にあった“ヘレシィ”の名を中心にして。

が、どうやらそれは無駄足だったらしい。

指示を言い渡した部下が、控えめな声で済まなそうに話しかけてきたのだ。


「あ、あの……渡会さん」

「どうした?」

「す、済みませんッ! 先程報告し忘れていたことがあったんですけど……」


報告忘れ? 全く…………これはまた後で叱り付ける必要があるな。

だが今は置いといてやる。
一刻も早くあの人物……いやどちらかと言えば少女の方の調査を進めたい。


「…………何だ?」

「紅衣の騎士団長からの要請の中に、“明日件の人物と接触を図る”という「何処でだッ!」わ、渡会さんッ!?」

「あ、いや……済まない」


いきなりの大きすぎる手がかりに思わず声を荒げてしまう。

まさかこんなにも早く邂逅の時が来るとは思いにもよらなかった。
既に俺自身の中では、PKに関する項目など後回しになっている。
とにかく会ってみたい、その衝動だけで動いているようなものなのだ。


俺の豹変にビクつきながらも部下は報告を続ける。


「ば、場所はΔサーバーの初心者用ダンジョン……ヘレシィと名乗るPCからの指定だそうです」

「……分かった。そのエリアのワードを教えてくれ」

「碧衣の騎士団を動かすのですか?」


部下のそんな質問に対して俺は、


「……いや、今はまだ事実関係がはっきりしていない。だからその場には“アルビレオ”だけで行く」


そう答えることで、自らの真の思いを誤魔化すことにした。

今の俺にとって既にバグの削除という単純な問題ではなくなってしまったのだから、その為の機関を動かすわけにはいかない。


当日、俺は待ち合わせ場所のアイテム神像部屋へ向かう昴達3人の後を付けていった。


当初予定していた昴以外の2人が如何なる人物かは知らない。
だが彼等が一般PCであるのなら、少々厄介なことになってくる。

俺達デバッガーの仕事が本来表に出ることはまずない。
いつか部下の1人が“影の軍団”などと称していたが、ある意味的を得ている言い回しだ。
尤もそんな遊び心のある集まりではないが。

よって基本的にその現場を一般PCに見せるわけにはいかないのだ。
それに彼等がいては件の人物を結界に閉じ込めることも出来ない。

俺は頭を振りつつ、とりあえずはその問題を先送りにした。
今1番重要なのはヘレシィと黒い幽霊少女の存在、更に噂の真偽を確認することだ。


そして昴達がアイテム神像部屋の扉を開く。

俺はその扉が閉まるのを確かめ次第、すぐにその傍に近づいた。
アイテム神像部屋は他と比べて狭い。だからギリギリまで扉に近づけば言葉は読み取れる。

互いの挨拶から始まる会話。

話の内容から、先程の一般PC達がそれぞれ“ミミル”“ベア”という名前だと分かった。

“俺の名前はヘレシィ”その言葉から判断するに、“偏欲の咎狩人”とやらは男性PC。
だが幽霊少女らしき声はなかった…………1番の気がかりの正体が掴めず俺はヤキモキしてしまう。


途中でヘレシィが場所の変更を指示する。
彼曰く、“敵が一体も出ないルートタウン以外の場所”らしい。

昴達はその言葉の場所の見当も付かないようだったが、俺には一箇所だけ該当する場所を知っていた。
それはリコリスと出会い、この世界の真実をほんの少しばかり体験した場所。

もしや、という俺の予感は的中。


“場所は……『Δ隠されし 禁断の 聖域』だ”


先に行くと告げたヘレシィはそう呟きながら消えた…………ような気がした。

俺はすぐにその場から『精霊のオカリナ』で脱出、Δサーバーのルートタウンであるマク・アヌへと向かった。


……………………

………………

…………


本来ならルートタウンを介さなければ別のエリアへは行けない。

だから俺の計画としては、彼等の会談が終了するまで傍で待機。
その後解散の時を見計らって同時にダンジョンから脱出、転送先のダンジョン入り口、若しくはルートタウンで待ち伏せするつもりだった。
噂のこともあるので念の為に部下に命じて、外からヘレシィのPCを操る本体の調査もさせている。
PCの名前さえ分かれば、そこからリアルの人間まで辿り着くのはそう難しいことではない。

なのにいつまで経っても彼等はカオスゲートに姿を現さない。
何故か先に昴達が着いてしまい、一瞬俺と昴の目が合ってしまったが彼女はそのまま去っていく。
残りの2人は俺の存在にすら気づくことなく、すぐに昴の後を追っていった。

まあ昴は碧衣の騎士団の存在は知っているらしいが、その構成員については伝えられていないから当然か。
そもそも俺達の存在を一般PCに過ぎない彼女が知っていること自体が珍しい。


5分、10分と無意味な時間が過ぎていく中、俺は一度ログアウトする。
“ルートタウンには現れない”あの噂が本当かどうか、部下に確かめることにしたのだ。

メニューのログアウトの項目にカーソルを合わせ、選択。

俺はその確認もせずにコントローラーを置き、部下に問いただす。


「おいッ! 奴は今何処にいるッ!?」

「そ、それが「さっさと答えろッ!」は、はいッ!
 まず、ヘレシィという名のPCは……『The World』上のどこにも存在しませんでした」

「存在しない? つまりその名前は偽名ということか……」


その可能性は考えなくも無かった。
が、まさか仮想世界で偽名を名乗るPCがいるとは思わなかったのだ。


「はい、それで先程までダンジョンにいたのは、渡会さんを含めて全部で5人。
 もし本当にあの黒い幽霊少女が存在するとしたら、それはおそらく……」

「放浪AI、か?」

「そうなります」


放浪AIはゲームの中以外からは探知できない。
これは初めて放浪AIが現れてからずっと続く現象だ。

ただのNPCなら普通に識別できる。
無論、PCであっても同様だ。
その中間とも言える放浪AI達だけが、システム側の認識から逃れられるのだ。


「なら問題のPCは今何処に? その所在くらいは普通に分かる筈だが?」

「……あのダンジョンから最初に抜け出したPCは、結局未だにルートタウンに来ていません。
 その後すぐに“アルビレオ”が読み取った情報の中にあったエリアの探索を始めたところ……」

「……いつの間にかそこに居た、というわけか」

「…………はい」


つまり噂は正しかったわけだ。

ルートタウンを介さない、言い換えればエリア間の移動が可能なPC。
これは明らかな不正仕様。これで完全に俺達の標的対象になったことになる。

どのような細工をして、放浪AIのような機能を手に入れたのか。
この『The World』においてそんな所業を成せるのは、CC社の関係者か若しくはかなりの手腕を誇るハッカーぐらいだろう。
どちらにしても全うな理由で行うようなことではない。

とにかく今すぐ俺もそこに向かう必要があるな。


「よし、俺はすぐにログインし直す。
 お前はそのPCの本名とその他全ての情報を調べ上げ、報告書に纏めろ。
 もし相手が高レベルのハッカーの類であれば、そんなところからリアルに辿り着くのは難しいだろうが情報は欲しい。
 放浪AIの件は…………俺に任せろ」

「どうなさるおつもりですか?」


俺はそんな部下からの純粋な質問に一瞬戸惑ってしまう。


バグだから削除すればいい?

リコリスと同じような存在かもしれないのに、本当にそれでいいのか?


(いや、俺のすべきことは決まっている……)


「勿論…………削除する」


“世界”の核心である神から授けられたデバッグアイテムで“世界”の秩序を守る。

たとえ犬と罵られようと、それが俺の信念でありシステムの守護者たる俺の役割なんだ。


俺はそう心の中で呟きつつも、結局迷いは完全に消え去ることはなかった。


そしてそのまま俺は…………かつて“悲しい思い出”と出会った場所で、“黒き憎悪”とまみえることになる。


あとがき

アルビレオの今までの経緯の巻。
彼はどっちかというと主人公よりシェリルの方を追いかけてます。
ところで主人公に良い印象を持つ人っていつ出てくるんだろ?

次回は紅衣の騎士団の話になります。
といってもあくまで触り程度にしか出てきませんけど。


レス返しです。


>ACさん

問答無用の暴走です。
でも実はその背景に隠された秘密みたいなのがあったり。
主人公が途中退場した今、彼の足跡を追っていく人々の話が中心になります。

しばらく主人公は活躍できませんが、SIGN編ではシェリルが頑張る予定です。

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