「それじゃ、行って来るけど……」
修学旅行初日、白いカッターシャツの袖を肘の部分まで折り、黒いネクタイという初めて、まともな仕事に向かうシンクを見送るエヴァンジェリンと茶々丸。
「一応、カレーは多めに作ったからね。後、冷蔵庫に材料分けて置いてあるから、自分で炒めるなり何なりして適当に料理してよ。
それに洗濯物だけど、無造作にタンスに入れないで、ちゃんと皺にならないよう畳めよ」
「分かったから、とっとと行けい! この専業主夫!!」
すっかり主夫業が板についてしまい、エヴァンジェリンに注意するシンクだったが、元々、茶々丸と2人で暮らしてたので、今更、言われなくても分かっている。
「じゃあ、行って来るよ」
「ああ、行って来い。土産は八つ橋と木刀で構わんぞ」
「…………土産期待してるんだ」
「マスターは、本当は一緒に行きたがっているのですが、呪いのせいで……」
「余計なこと言うな、茶々丸! とっとと行け!」
「ハイハイ」
鞄を持って出て行くシンク。
「やれやれ、やっと静かになる……」
「少し残念そうに聞こえますが?」
「お前、最近、生意気だぞ?」
「ふぅ……」
大宮駅から新幹線に乗り込み、生徒達とは違う車両でシンクは席にもたれかかる。
彼は今回、ネギの京都での任務に同行することになった。
ネギは学園長から関西呪術協会の長へ送る『親書』を預かっている。
日本には、関東魔法協会と関西呪術協会という二大魔法組織があり、昔から両組織は仲が悪い。
そんな中、西洋魔術師であるネギが修学旅行で京都に行くことを先方が拒否して来た。そこで、学園長はネギを関東魔法協会の和平の使者とし、東と西を仲直りさせるよう親書を渡した。
シンクの仕事は、そのサポートである。
ちなみにネギはこの他にも京都へ行く目的があった。
「父親探し……か」
ネギの父であるサウザンドマスター。彼に再会することがネギの最大の目標である。その手がかりとして、かつてサウザンドマスターが京都に暮らしていたという情報をエヴァンジェリンから聞いた。
故にネギは修学旅行先でサウザンドマスターの手がかりを見つけるつもりだった。
「(しかし和平の使者ねぇ……10歳のアイツにそんな大役が務まるかどうか)」
『僕は使者なんです!』
『偉いんですよ!』
『僕は悪くありません!』
「ぶふ!!」
なぜか某7歳の親善大使を重ねてしまい噴き出すシンク。
ツボに嵌まったのか腹を抱えて「クックック……」と低く笑う。他の客は、その姿に異様なものを感じ、引いてしまった。
「…………隣、いいか?」
顔を見せないよう腹を抱えていたシンクに、声をかける者がいた。シンクは教員とも違う車両に乗ってるので、他の一般客が大勢いる。
振り返ると、ニット帽を目深に被り、表情の伺えない黒い革ジャンを着た少年が座席の切符を見せて立っていた。その少年にシンクは眉を寄せる。
「(赤い……髪?)」
その少年は、短い赤い髪をしていた。
燃えるような真っ赤な髪。ふとシンクの記憶の中に2人の少年が思い浮かぶ。
少年はシンクの隣に座ると、本を読み始めるが、ふと見られている事に気づき、顔を彼の方へと向けた。
「何か?」
「あ、いや……何でもないよ」
もし彼が自分の知っている人物なら、何らかの反応を示す筈だ。
シンクは頭を横に振ると、自販機で買ったお汁粉を飲む。
「キャーーーー!!!」
「!?」
その時、後ろの車両から叫び声が聞こえた。
乗客達は何事かと思い、ザワつくが、シンクだけは席から立ち上がって駆け出した。
ニット帽の少年は、不思議そうにその後姿を見ていたが、意味ありげに唇を緩めた。
時は少し遡り、ネギ達もシンクとは別の車両で新幹線の中を楽しんでいた。
「雷の呪文」
「うそーーー! アリちゃん強い!?」
席を向かい合わせにして魔法のカードゲームを楽しんでいる面々。
アリエッタもその中に混じっていた。
どうやら彼女が連勝してるようである。
「ねぇね! アリエッタ、どうしてそんな強いの? このゲーム、めっちゃやり込んでるじゃん!」
ハルナが興奮気味に尋ねると、アリエッタは手札で恥ずかしそうに口元を隠して答えた。
「暇なとき……一人で遊んでた」
「痛い! 痛いよ!」
部屋で一人寂しく、ポツンとカードゲームで遊ぶアリエッタの姿を想像する。一人で『えい、水の魔法』『うわ、やられた』などと言ってる姿は電波系か友達いない系である。
ハルナと裕奈がギューッと両側からアリエッタを抱き締める。
「アリちゃん、今度、私の部屋泊まりにおいで! もう一晩でもゲーム付き合うからさ!」
「そうだよ、アリエッタ! アンタ、ちょっとは私達ともコミュニケーション取りなさい!」
「皆……」
ジ〜ン、と感動するアリエッタ。ちなみに、彼女はココにいる生徒の中では3歳も年上なのであしからず。
「あはは、賑やかで楽しーなー」
生徒達の和やかな光景を見て微笑むネギ。
「よーよー、兄貴。そろそろ周囲に気を付けた方がいいんじゃねーか?」
「え? どういうこと?」
「じじいが言ってたじゃんか。道中で妨害行為があるかもしれねえって。もう西からスパイが入り込んでるかもだぜ!?」
「えっ!? スパイ!?」
カモの忠告に声を上げて驚くネギ。
「…………炎の呪文。ハルナに5点の攻撃」
「うわ! また死んだ!?」
「アリちゃん、師匠って呼んで良い!?」
一方、カードゲームではまたまたアリエッタが絶好調だった。
「恐怖のカエル地獄のカードが効いてましたね」
「くっそー。にっくきカエルめ……」
ハルナは罰金のチョコレートを5個、出そうと鞄の中を漁る。そして、チョコの箱を開けた瞬間、「ゲコ」という鳴き声が響いた。
「キャ、キャーーー!!!」
「カエルーーーー!?」
なぜかカエルがチョコの箱から飛び出し、次々と生徒の水筒や弁当箱からカエルが飛び出して来た。
「な、何ですか、このカエルの団体さんはー!?」
ネギもカエルの大量発生に驚きながらも、何とか明日菜と共に袋に入れていく。
「ゲコ!?」
しかし、その中の一匹をアリエッタが鷲掴みにした。
「カエル……」
ジーッとカエルを見つめるアリエッタ。他の生徒達は気持ち悪いカエルを鷲掴みにし、尚且つ見つめるアリエッタに奇異の視線を向ける。
「(じゅる)」
「ゲコォ!?」
「ちょっとアリエッター! 何、涎垂らしてんの!?」
「丸焼き……」
「アンタ、ドコの野生児よ!?」
立派に野生児なのだが、そのことを皆、知る由もない。彼女の中でカエル=気持ち悪いではなく、カエル=非常食なのだ。
そこへ、アリエッタが掴んでいるカエルを誰かがヒョイッと取り上げた。
「何の騒ぎ、コレ?」
「お兄ちゃん!?」
返して〜、と手を伸ばしてくるアリエッタの頭を片手で押さえつけて、もう片手でカエルを掴みながらシンクが状況の説明を求める。
「な、何だかカエルが一杯出て来て……」
「カエル、ねぇ……」
関西呪術協会がネギの親書を奪う為にしては、やるコトが余りに幼稚過ぎる。子供の悪戯レベルだ。
「ネギ、落ち着いて……」
「あ、あれ!? ない!? 学園長から預かった親書が!」
「「何!?」」
シンクとカモは揃って驚愕する。が、上着の裏ポケットから出てきた。
「何だ、下のポケットにあった」
「ビ、ビックリさせんなよ、兄貴ー」
安堵したのも束の間。ネギの目の前を一陣の風が抜けた。
「あーーーーっ!」
何と、一羽の燕が親書を咥えて行った。
「ったく! ドジが!」
舌打ちし、シンクは燕を追いかける。それに遅れてネギも走り出した。
幾つかの車両を駆け抜けるシンク。
シンクは燕を打ち落とそうと、手に魔力を込める。しかし、燕の進行方向に一人の少女がいた。
少女は目にも留まらぬ速さで腰の得物で燕を斬った。
「(速い……!)」
それを間近で見たシンクは、目を細める。
「待てーーー!」
遅れてネギもやって来た。黒髪を横に束ねた少女は、ハッとなって拾った親書をネギに渡す。
「さ、桜咲さん?」
その少女はネギのクラスの生徒である桜咲 刹那だった。
「ネギ先生……あの、コレ落し物です」
「あー! コレは僕の大切な親書! あ、ありがとうございます、助かりました!」
「それは先生のモノですか?
気をつけた方がいいですね先生――特に……向こうに着いてからはね……それでは」
「あ、どうもご親切に……」
それだけを言うと刹那は去って行った。その際、シンクともすれ違うが、2人は互いに視線を交わすだけで何も言わなかった。
「オイオイ兄貴! 何が『どうも』だよ!?」
ネギの言った言葉に納得いかないのかカモが文句をつける。
「あの女メッチャ怪しいじゃねーか。気を付けろよ!!」
「えっ!? どーゆーコト」
「兄貴見てみろ!」
カモが床を指差すと、そこには真っ二つに切られた燕の紙型があった。
「コ、コレは!?」
それを見て驚愕するネギ。カモは、刹那が関西呪術協会のスパイではないかと疑い、ネギは絶句する。
エヴァンジェリンに続き、またもや生徒が敵かもしれないという事態に言葉を失ってしまうのだった。
京都に着くと、ネギ達一行は清水寺を訪れた。
『清水の舞台から飛び降りたつもりで』と言われるように、その高さに初めて訪れた生徒達はテンションを上げる。
「これが噂の飛び降りるアレ!!」
「誰か!! 飛び降りれ!!」
「では、拙者が……」
捲くし立てる風香に楓が答えようと飛び降りようとするが、あやかが「おやめなさい!」と止めた。
「ここが清水寺の本堂。いわゆる『清水の舞台』ですね。
本来は、本尊の観音様に能や踊りを楽しんでもらうための装置であり、国宝にも指定されています。有名な『清水の舞台から飛び降りたつもりで……』の言葉通り、江戸時代実際に234件もの飛び降り事件が記録されていますが、生存確率は85%と意外に高く……」
神社仏閣仏像マニアの夕映が、トリビアを披露した。そして更に、この先に進むと恋占いで女性に人気な地主神社があると説明すると、そういうコトに対し、例に漏れず皆が反応した。
「ではネギ先生、一緒にその恋占いなど」
「は、はぁ?」
真っ先に嬉々としてあやかがネギを誘う。
「ちなみに、そこの石段を下るとあそこ。有名な音羽の滝に出ます。
あの三筋の水は飲むとそれぞれ健康・学業・縁結びが成就するとか……」
「縁結び!? それだ! ホラ、ネギ君行こ行こー!」
まき絵と鳴滝姉妹に背中を押され、連れて行かれるネギ。
シンクは生徒に押されっ放しのネギの姿に嘆息する。
「「テンション高いな、ホント」」
ふとシンクの呟きに誰かの声が重なる。
「「ん?」」
ネギの生徒の長谷川 千雨だった。彼女は丸い眼鏡の奥の切れ長の瞳をシンクに向けると、彼から離れて行った。
「…………どうしてネギのクラスは、こうも個性的な奴が……」
「シンク」
「ん?」
そこへ、クイクイッとアリエッタが服を引っ張って来た。
「京都といえば抹茶です」
「だから?」
「…………飲んで」
「イヤ」
「…………髪の色―――」
「ゴーヤの時の二番煎じ?」
いい加減、髪の色で弄られんのも嫌になってきたシンクは、前髪を摘んで一言。
「…………染めよっかな?」
「緑っ子じゃないシンクはシンクじゃない」
「僕の存在意義って何さ?」
「…………空っぽなとこ」
「アンタ……性格悪くなってない?」
「…………アニスやネクロマンサーほどじゃないです」
しかし、否定しないアリエッタに、シンクは表情を引き攣らせた。
3−Aの面子は恋占いの石のある地主神社へとやって来た。
石で恋愛成就したら世の中、恋人だらけだが、女性というのはすべからく占い、特に恋占いには目ざとい。
それが迷信であろうがなかろうが、実践したいと思うのは常なのだろう。
「へー、目をつむってこの石からあの石へたどり着けば恋が成就するんですかー」
「遠っ!」
20mぐらい離れている石を見て、皆が驚く中、あやかが目を閉じて先頭を切った。
「で、では早速クラス委員長の私から……」
この場合、クラス委員長は何も関係ない。
「あ! ずるい! 私も行く〜!」
「わ、私も……」
それに続いてまき絵、のどかも目を瞑って歩き出した。まき絵はあやかに続いて石に向かっているが、のどかは全くお門違いの方向に向かっている。
「(ふふっ! まき絵さん達には悪いですが、この程度の試練……武芸百般、様々な段位を取得した私には造作もありませんわ……雪広あやか流! 恋の心眼術!)」
あやかの目が不気味に光ると、彼女は一直線に石に向かって駆け出した。
「ターゲット確認! 行きますわよ!」
「お〜! 何か、いいんちょ凄いぞ!」
その声援にまき絵は薄っすらと目を開けて、あやかの後を追って走る。
「ずるーい!! いんちょ、目開けてるでしょ!?」
「ホホホ!! まさか! これで私と某N先生との恋は見事成就ですわ!」
石が目前に迫って来た二人だったが、突然、ズボッと体が沈んだ。
「きゃあ!?」
「あンッ!?」
何故か石の前に落とし穴が掘ってあり、2人は落っこち、その中にはまたもや、大量のカエルがいた。
「きゃああああ!!」
「ま、またカエル!?」
「だ、大丈夫ですか、まき絵さん!? いいんちょさん!?」
「何やってんだか……」
シンクは穴の中に飛び込むと、悲鳴を上げる2人を腕に担いだ。
「な、何!?」
「ちょ……ネギ先生以外の殿方が、そんなに気安く……」
「あ〜、もう暴れるな!」
同年代の男性に密着されるのは、流石にあやかにまき絵も恥ずかしいのか暴れるが、シンクは一喝すると壁に足をかけて穴から飛び出す。
「おお〜!」
「シンク君、かっけ〜!」
裕奈やハルナが、シンクの一連の行動に絶賛し、キラキラと目を輝かせる。
「お兄ちゃん、コレは……」
「ふん。これぐらいの嫌がらせしかしてこない連中なんて敵じゃないさ」
が、シンクとネギは、ふと刹那がジッと背後から自分達の方を見ているコトに気が付いた。
「お、お兄ちゃん……」
「放っておけ。あの女が何かしてきたなら遠慮なくやれる」
「ちょ……僕の生徒だよ!」
「分かってる……その辺は考えてある」
そう言ってネギを抑えるシンクだったが、当のネギは不安そうだった。
音羽の滝……『健康・学業・縁結びのご利益』があると言われてる三つの滝だが、本来は『仏・法・僧への帰依』、『行動・言葉・心の三業の清浄』を表している。
が、若者達にとって、本来の意味などどうでも良く、観光宣伝のご利益の方が大事である。
「ゆえゆえ〜! どれが何だっけ〜!?」
混雑している音羽の滝に3−Aが並んでやって来る。
「右から健康・学業・縁結びです」
「よ〜し! 左、左ーーー♪」
一斉に左の滝に柄杓を伸ばす面々。
「お、お待ちなさい、皆さん! 順番を……」
一応、注意しているあやかも、しっかりと柄杓を伸ばしている。
「あのー皆さん……あまり他の人の迷惑にならないように……」
「無理だね。聞いちゃいないよ」
「はぅぅ……」
ネギの注意も虚しく聞いて貰えず、悲しそうな声を上げた。
「で? アンタは飲まないの?」
シンクは隣で抹茶ソフトを食べているアリエッタに何気なく質問してみる。が、彼女は顔を俯かせて答えた。
「アリエッタの好きな人……もういません」
「あっそ……」
分かり切っていた返答に、シンクは特に興味なさそうに反応した。
「むっ……」
「う、うまい! もう一杯!!」
飲んだ連中は僅かに頬を紅色に染め、どんどん飲みだす。
「ぷっはぁーーー! 何コレー!?」
「た、確かに効きそうな霊験あらたかな味……」
「いっぱい飲めば、いっぱい効くかもーー!」
「何か変じゃない?」
「…………」
明らかに変な様子の生徒達にシンクが呟くと、アリエッタが無言で柄杓を伸ばして滝の水を飲んでみる。
「これ……お酒です」
「ええーーーー!?」
飲まなかった連中は驚愕し、唖然となって飲んで酔い潰れてる連中を凝視している。
シンクは屋根の上に上がると、そこには何故か酒樽が置いてあり、酒が流れるように仕組まれていた。
「ん? 何かお酒くさくないですか?」
「いえ、その……甘酒ですよ! 新田先生、瀬流彦先生!!」
そこへ通りかかった新田と瀬流彦を誤魔化すネギと明日菜。その後ろでは見つからないよう、夕映が物凄い勢いであやかの頬を平手で叩きまくっていた。
「もう一杯、飲むです」
「やめんか」
その騒ぎを他所にアリエッタは再び飲もうとするが、シンクに止められる。
「…………新幹線のコトといい、シンク、アリエッタに恨みあるですか?」
「どっかの吸血鬼に操られて、僕、大怪我したんだけど?」
「…………」
そう言われては抵抗できず、アリエッタは柄杓を引っ込めた。
「やっぱり、あの桜咲って奴の仕業に違いねぇって!」
「う〜ん……」
宿泊先のホテル嵐山のロビーでネギ、シンク、カモが話し合っていた。あくまでも刹那が犯人だと主張するカモにネギは首を捻り、シンクは黙っているだけ。
「確かにちょっと怪しいと思うけど……でも……」
新幹線での式神、地主神社で自分達を見ていたこと、そして何故か先ほどの酒事件のとき、彼女の姿は見えなかった。確かに怪しいと思う点は大いにある。
だが自分の生徒を疑いたくないネギは、何とか弁解しようとした。
「ちょっと、ネギ! シンク君!」
そこへ明日菜とアリエッタがやって来て話が中断された。
「とりあえず酔ってる皆は部屋で休んでるって言って誤魔化せたけど……一体、何があったっていうのよ?」
「じ、実は、そのー……」
「言っちまえよ兄貴!」
魔法がバレている明日菜に隠す必要が無いので説明するようネギに言うカモ。ネギは渋々ながらも、この状況で誤魔化すのは、まず無理なので明日菜に事情を説明した。
「え〜!? 私達3−Aが変な関西の魔法団体に追われてる〜!?」
「はい。関西呪術協会っていう……」
「道理で……あんなカエルだの変だと思ったのよ。
また魔法の厄介事か〜」
「す、すいませんアスナさん」
申し訳なさそうに謝るネギに対し、明日菜は柔らかく笑った。
「ふふっ……どうせまた助けて欲しいって言うんでしょ? いいよ。ちょっとだけなら力貸したげるから」
「ア、アスナさん……」
ジ〜ンと感動するネギ。
「そうだ、姐さん! クラスの桜咲 刹那って奴が敵のスパイらしいんだよ! 何か知らねーか?」
「え〜!? スパイって桜咲さんが?」
カモの言葉に驚く明日菜は「う〜ん」と考える。
「そ、そうね。このかの昔の幼馴染って聞いたことあるけど……。
ん〜、そう言えば、あの二人が喋ってるとこ見たことないな……」
「む! 待てよ姐さん。このか姉さんと幼馴染ってことは……!?」
「あ! そういえば……待って……!」
そう言ってネギは鞄から生徒名簿を開いて見せた。
「あ〜! み、見て見て! 名簿に京都って書いてあったよ〜!」
桜咲 刹那の欄には『京都・神鳴流』と書かれていた。
「何かの流派か……」
「やっぱり、奴は間違いなく関西呪術協会の刺客だ!!」
カモは京都出身という事で刹那が敵だと断言した。
しかし、その言葉にアリエッタは、眉を寄せると急に背中を向けた。
「どうしたの?」
「ちょっと……行くところがあるです」
そう言って去って行くアリエッタの背中を見つめるネギ達。
そこへ、浴衣姿のしずなが、ネギとシンクに教員は早めに風呂に入るよう言ってきたので、その場は解散となった。
「ふぅ……」
桜咲 刹那は、お風呂へ向かう廊下を歩いていた。彼女の頭の中にあるのは、『任務』のコトについてであった。
「刹那」
「? アリエッタさん?」
ふと呼ばれて振り返る。そこにはアリエッタが立っていた。
「アリエッタもお風呂行くです」
「はぁ……」
別に断らなくても良いのだが、アリエッタと刹那は並んで風呂へ向かう。
「このか……」
ある人物の名前が出て、刹那の肩がピクッと揺れた。常人には、気づかない反応。しかし、アリエッタは気づいた。
「アリエッタ、お爺ちゃんに、このかの友達になって守るよう頼まれた、です。だから、アリエッタは、このかに極力魔法関係を関わらせないよう、彼女の傍にいた……その間、ずっと感じてたです。刹那の視線」
最後の言葉に、刹那の切れ長の瞳が大きく開かれ、アリエッタを凝視する。彼女は笑顔を浮かべ、刹那の方を向いた。
「刹那、このかの幼馴染……何で声をかけてあげないの?」
「私は……影ながらこのかお嬢様をお守りするのが役目ですから」
顔を俯かせて答える刹那。
彼女は修学旅行の班で6班だったが、エヴァンジェリン他2名欠席のため、彼女とザジしかいなかった。
刹那は、ネギの提案で5班に入れて貰ったが、そこには木乃香がいた。その時、木乃香が一緒の班になったことで声をかけたが、刹那は一礼して何も言葉を交わさなかった。
アリエッタは、その時の木乃香を悲しげな表情を思い出す。
「友達じゃ……ないですか?」
「そんな恐れ多い……私はお嬢様と身分が違い過ぎます」
女湯の暖簾を潜り、2人は制服を脱ぐ。アリエッタは上着を脱ぎ、下着に手をかけると、ポツリと呟いた。
「でも……このかを守ると言って、刹那はこのかを悲しませてるです」
「!?」
その言葉は刹那の胸に突き刺さった。
それは彼女が前々から抱いていた感情。敬愛する主、守るべき対象、そして過去の友達。
身分、そして彼女しか知らない自身の秘密のため、あくまでも影に徹することを誓った。その結果、自分の態度が木乃香を傷つけているコトを心のどこかで感じていた。
そのことを指摘された刹那は、唇を噛み締め、思わず声を荒げた。
「私は……アナタのように堂々とお嬢様の傍にいられる訳じゃないんです!!」
普段、寡黙な彼女が声を荒げ、まるで言い訳するように叫ぶ姿にアリエッタは呆然となる。
それに刹那もハッとなり、慌ててタオルを取って風呂場へと駆け込んだ。
「し、失礼します……」
「刹那……!」
アリエッタも下着を脱いでタオルを取り、人形を掴むと急ぎ、彼女の後を追った。
「ふぅ……」
ネギとシンクは2人で温泉に浸かっていた。
「風が流れてて気持ち良いね〜」
「そうだな。これで桜咲 刹那の件さえなければな〜。
アイツ、いつも木刀みないなの持ってるし、魔法使いの兄貴じゃ呪文唱える前に負けちまうよ」
おまけに式神使いというカモの言葉にネギはガクッと肩を落とす。
「う〜ん、魔法使いに剣士は天敵だよ〜」
その時、カラカラと扉の開く音がしたので、ネギとシンクは振り返る。
「ん? 誰か来たよ?」
「他の男の教師だろ」
新田か瀬流彦だろうとシンクは気にせず、再び湯に浸かる。
「刹那、待ってです」
「「!?」」
が、その声と言葉を聞いて、ネギ、シンク、カモは驚愕する。
ネギが振り返ると、なぜか刹那とアリエッタが入って来ていた。入り口は別々だったが、どうやら混浴のようだった。
「は〜……背はちっちゃいけど綺麗な人だな〜」
「こ〜ゆ〜のを大和撫子って言うんだぜ♪」
「(こ、このガキと小動物は……!)」
刹那の体を洗う姿を見て、感嘆するネギとカモに対し、シンクはコソコソと逃げ出そうとする。
「刹那、さっきは言いすぎたです……謝る」
「いえ……私こそ激昂してしまい、申し訳ありません」
が、そこでアリエッタと刹那の会話が聞こえたので、シンクはピタッと止まり、ネギとカモも2人の会話に耳を傾ける。
「でも、ココで何が起こってるですか? ネギ先生もシンクも何かしてるようだし……」
「…………魔法使いのネギ先生や、その兄と言われてるシンク殿なら何とかしてくれると思ったのですが……」
その刹那の台詞にネギとカモは絶句する。彼女がネギが魔法使いであるというコトを知っていたのだ。
ネギは、やはり刹那がスパイだと思い、練習用の予備の杖をギュッと握り締める。しかし、それが刹那の鋭敏な察知能力を働かせた。
「(殺気!?)」
刹那は小石を弾いて電灯を壊して明かりを消す。
「(しまった! 見つかった!)」
「(今の内!)」
ネギは急ぎ逃げようと湯から上がる。シンクも暗い内に逃げようとする。 が、刹那は愛刀の柄に手をかける。
「鳴流奥義……斬岩剣!!」
正に一閃。咄嗟にネギはしゃがんで避けるも、風呂場の岩が豆腐みたいに切り裂かれてしまった。
ネギは岩が真っ二つされたコトに驚きながらも呪文の詠唱に入る。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風花・武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」
強烈な風が巻き起こり、刹那の刀が彼女の手から離される。
「(あと少し!)」
その間、シンクは出口に向かって走る。
「逃がさないです!!」
「え?」
しかし、その前に虎型の魔獣を召喚し、それに跨ってアリエッタが立ち塞がった。
一方、得物を弾かれた刹那は、笑みを浮かべ、手を伸ばし、ネギの首と股間を掴んだ。
「ぎゃぴ!?」
「何者だ、答えねばひねり潰すぞ?」
冷たい視線で睨み、股間の手に力を入れる刹那。
「って、アレ? ネ、ネギ先生?」
「あわわわ……」
そこで刹那は、自分が脅している人物がネギであるコトに気が付いた。
「…………シンク?」
「…………」
一方、シンクの方でもアリエッタが、呆然と彼の名前を呟いた。ちなみにココは風呂場。シンクには当然、下半身にタオルを巻いている暇など無い。
つまり今、彼らは素っ裸。フルオープン。アリエッタに至っては、魔獣に跨ってると言うシュールな姿だ。
シンクは、サウナでもないのに体中から汗を垂れ流している。異様に冷たい汗を。
「あ、す、すいません、ネギ先生!!」
刹那はネギだと分かると慌てて手を放した。が、余りの行為にネギは涙を流して怯えている。刹那も、自分の手で握っていたモノにハッとなり、慌ててフォローを入れた。
「いえっ! あの、これは……その……! 仕事上、急所を狙うのはセオリーで……えと、ご、ごめんなさい先生!!」
「やい、てめぇ! 桜咲 刹那! やっぱりテメェ、関西呪術協会のスパイだったんだな!!」
唐突にネギの頭のカモがビシッと刹那を指して言うと、彼女は慌てた。
「なっ! ち、違う、誤解だ! 違うんです、先生!」
「何が違うもんか! ネタは上がってんだ、とっとと白状しろい!!」
「私は敵じゃない。15番、桜咲 刹那。一応、先生達の味方です」
「「……へ?」」
「どわああああああああああ!!!!!!」
刀を鞘に収めて言う刹那の言葉に唖然となるネギとカモ。その時、シンクの悲鳴が轟き、そちらを見ると、アリエッタの魔獣がシンクを押さえつけていた。
「お兄ちゃん!?」
「シンクの馬鹿! エッチ! スケベ大魔王!!」
「ちょっと待て! 不可抗力だ! 頼むから、その最低な称号を取り消せ!」
「煩い! シンクなんか大っ嫌い!!」
涙を浮かべて激昂するアリエッタ。魔獣の口が大きく開き、シンクを喰らおうとする。
「お、お兄ちゃん!?」
「ひゃああああああああ〜〜〜〜〜!!」
突如、別の悲鳴が脱衣所から届いた。それに反応するネギと刹那。
「い、今の悲鳴は!?」
「このかお嬢様!?」
「おい! 今の悲鳴、聞こえなかったのか!? 早く放せ!」
「イオン様のレプリカがスケベ大魔王……許せないです」
「だから、不可抗力だって言ってるだろうがーーーー!!!」
好きな人にすら見せたことの無い裸体を見られたアリエッタの耳には、木乃香の悲鳴は聞こえてなかったのだった。
後書き
シンクはスケベ大魔王の称号を手に入れました。合掌。
さて、今回は新幹線でシンクが出会わせたニット帽の少年。そして次回は、あの人が登場します。
TOAも温泉ネタが欲しかったです。スパに水着では、イマイチ。