「ランサーが来たぁ!?」
「…………うん」
リンの大声に、私は耳を塞ぎながらも頷いて答える。
「如何いう事!?
って言うか、何であいつが剣なんか置いてってる訳?」
「彼は本気で戦う為と言っていましたが……
何処まで信じられるかは……」
「そうね……」
リンの、至極もっともな質問にセイバーがランサーの言葉を伝える。
私としては嘘なんて言っていないと思うんだけど……
それを判断するのはリンだし、そうと決まったわけでもない。
だから、この場では言わない事にする。
その代わり――
「……少なくとも、剣に何か仕掛けて有る訳じゃない」
――事実だけを伝える。
「信じて良いんじゃないか?
何かあいつならやりそうだし」
「個人的な意見を言わせて貰えば……私もそう思います。
彼は少なくとも卑怯者ではない」
士郎とセイバーはどうやら私と同じ様な結論に至ったらしい。
士郎もセイバーも正面から立ち会った事が在るから、その気質はなんとなく理解しているんだろう。
「そう、ね……まさか本当にその理由だとは思わないけど、まぁ……
儲けたと思っておこうかしら」
「……リン?」
あげないよ?
貰ったのは私なんだから。
それに、そんな事をしたら幾らなんでもランサーに失礼だ。
「う゛……べ、別に売払おう何て考えて無いわよ」
「……ならいいけど」
剣を何か輝いた目で見るのはやめて。
どうも落ち着かないし。
私は剣を鞘から引き抜き、月明かりに照らし出す。
うっすらと青みが懸かった輝きを放つ、見事な刀身。
装飾は控えられており、シンプルな造りの柄。
それでいて優雅で、ともすれば美術品と間違えてしまいそうなその剣は。
しかし決して美術品などでは無いと、その全身で自己主張をする。
「……良い剣」
「そうなの?」
「はい。宝具の様な超絶的な力は持ち合わせていないようですが、
宝具並みの優れた概念武装です」
「それほどの!?」
私の呟きに、リンの質問がかぶり、セイバーが答える。
「えぇ。曲りなりにもクー・フーリンが所有していただけの事はあります」
「なるほど……それは確かに一級の概念武装だわ」
リン……それは聞き捨てなら無い。
「……リン、それは違う」
「はい?」
「……この剣がクー・フーリンの剣だから凄いんじゃない。
この剣だからクー・フーリンの剣になれたの」
「そうですね。
アーチャーの言う通り、リンの言い分はこの剣に失礼だ」
「うっ……わ、判ったわよ。
そんなに責めなくてもいいじゃない」
私はリンの言葉を最後まで聞かず、その青白い刀身をなでる。
「……よろしくね」
月の光を反射する輝きが、一瞬強く煌いた。
それは恐らく、剣が私の事を認めてくれた証なのだろう。
私はその刀身をもう一度、愛おしく撫でた。
Fate/黒き刃を従える者
剣については結局。
折角だから使えば良いと言う結論に至った。
まぁ、反対されても使う気だったし、何よりリンもこの事を令呪使ってまで止める気は無かったみたい。
一応警戒だけはしときなさい、と言うのがリンの言い分。
杞憂になるとは思うけど、リンの言う事ももっともだろう。
彼と私は、事実として敵なのだから。
「あ゛〜〜〜〜っ!!!」
教会からの帰り道。
大きな橋を渡っている途中でリンが大きな声を上げた。
「……如何したの?」
「如何したんですか、リン?」
「如何したんだ遠坂?」
殆ど同じタイミングで私たち三人がリンに質問をぶつける。
リンはそれが気に食わないみたい。
特に私がかぶってるのが。
「それよ! 何で私達こんなにほのぼの歩いてるのよ!?」
その言葉に私は士郎、セイバーと顔を見合わせる。
「何か問題が?」
「いや……どうだろう?」
私も訳が判らない……と、言うわけではなく。
実は私は、リンがそれを承知の上での行動だと思っていたのだけど。
どうやらまた発動したらしい。
「……でも、今から戦うのは無理」
「「……あぁ」」
「無理って何でよ!?」
本気で聞いてるんだろうか?
自分と照らし合わせたらどうだろう?
そもそもそれを言うなら、私に命令すればいいのにそれすらしてない。
それから士郎とセイバー、一寸気を抜きすぎてない?
「……リン、何でそう命令しないの?」
「そりゃ、今までほのぼのご飯食べたり一緒に歩いてたりする人間にいきなり襲い掛かれなんて言える訳……
……あぁ」
そう。
ここまで相手と一緒にいて、今更戦闘なんて雰囲気に持っていける訳が無い。
いや、ランサーみたいなのとの場合は別だろうけど。
あの手合いはきっと、戦闘はこの延長線上にあるものだから。
仲良く食卓を囲んだ後でも、やるとなれば本気でやりあえる。
……私とてそういう気質が無い訳ではない。
自己分析して気づいたけど、私はどうやら結構好戦的であるみたいだ。
此方から一方的に戦いを仕掛けるつもりは無いにしても、仕掛けられた物を拒む気がまったく起きない。
恐らくその寸前まで一緒に食卓を囲んでいた相手とでも、相手がその気なら私は殺しあう。
相手が戦って面白い相手ならなおさら。
受動的……ともいえるけど。
でも、まったくその気が起きない相手に対してまで、戦闘を仕掛けろと言われても無理だろう。
そういった理由で、この場での戦闘は勘弁して欲しい。
せめて仕切りなおしに一旦離れなければ気まずくて戦いどころではない。
「まぁ、言われてみりゃその通りだわ……でも、明日からは覚悟なさい!
見逃すのは今日だけなんだからね!」
リンが右手の人差し指をシロウに突きつけながら宣言する。
……いろんな意味で危ない行動だった。
しかしその相手の方はと言うと……
「ん? 覚悟って、俺がなんの覚悟するんだ?」
全然判ってなかった。
「―――――――――っ!!!」
あ、これは噴火する。
そう思った瞬間。
活火山『マウンテン遠坂』は爆発した。
「明日から敵だっつってんのよ!
何聞いてたんだこのへっぽこぉ!!」
へっぽこ……なんだろう?
物凄くぴったりと当てはまる形容だ。
うん。
これ異常無いと言うほどしっくりと馴染む。
「うわっ!?」
「……今のはシロウが悪いですよ」
「何だよセイバーまで……
それに、俺は遠坂と闘う気はさらさらないぞ?」
「どっちにしろ最後の一人を決める為に戦わないといけないでしょうが……
ま、教会に連れて行ったところであなたと私は条件的には対等。
これで私も気後れなく闘えるわ」
何か士郎の言に物凄く疲れた顔で返すリン。
まぁ、気持ちはわからなくもない。
その言葉に士郎は何か思う所があったのか、黙り込む。
そしてセイバーは……?
そういえばセイバー、何で何も言わずに唯聞いてるんだろう?
と、唐突に士郎が足を止めた。
私達も何事かと振り返る。
「ん〜」
「何? どうかしたの?」
士郎は何を考えているのか、空を見上げながら唸っている。
リンが士郎が見ているほうをつられて見上げながら質問する。
「いや」
そして士郎は、爆弾を落とした。
「遠坂って優しいんだな。俺、お前みたいなやつ好きだ」
リンのハートに999のダメージ。
リンは顔を真っ赤にしてうつむいた。
……でもまぁ、その意見自体には私も賛成。
「……うん。リンは優しいよ」
「だよなやっぱり」
「そうですね。魔術師とは思えないほどお人よしです」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!??」
リンは計り知れないダメージをおったらしい。
何か、褒められる事になれてないって言うか……
うん。
可愛いよね?
――唐突に、鈴の音のような高い声が響き渡る――
「ねぇ、お話は終った?
って言うか、何か物凄くむかつくんだけど?」
私達は――一瞬で回帰を果たしたリンも含め――声のした方を振り向く。
距離にして15、6m。
紺色の服をまとって額に青筋を浮かべた少女と。
2mを越す、鉛色の肌をした化け物が佇んでいた。
――圧倒される――
ランサーやセイバーと対峙した時に受けた圧迫感と同じ。
しかしそれよりも更に強い圧倒的な存在感。
「こんばんわお兄ちゃん」
その圧倒的な存在感と対照的に、邪気のない幼い声。
この少女は、しかしあの存在を御せるだけの力を持っていることを理解する。
「ふーん……トオサカの娘と似たようなの呼び出したんだ……
どっちがお兄ちゃんの?」
まるで物を見るかのような目で、私達を見下ろす少女。
その声に答える様に私は剣を抜き放ち、セイバーは武装してそれぞれのマスターを護る。
その行動で理解したのだろう。
「そっちの蒼い方がお兄ちゃんのサーヴァントなんだ」
その瞬間から私に用は無いとばかりに視線をそらす。
好機……などでは決して無い。
私達が斬りかかれない理由は決してマスターの方ではなく。
マスターが話している時にも絶え間なく私達二人に注意を払い続ける。
そして……恐らく二人同時でも防ぎきる事のできる存在が居るからだ。
アレが何のサーヴァントなのかは判らないけど。
間違いなくキャスター等ではない。
ならライダーか?
「リン、はじめまして。
私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「アインツベルン――――」
「ええ、そうよ。トオサカの当代さん」
リンはそれで、彼女が何者なのか判ったみたいだけど。
そんな事を気にする余裕は、今は無い。
「それじゃ、もういいね?
殺っちゃえ! バーサーカー!」
あぁ、バーサーカーなんだ。
なんて、悠長な事考えていられるはずも無く。
声一つ上げず鈍色の嵐は、その猛威を振るいだした!
「アーチャー!」
「……判った」
視線を交わす。
即座に理解する。
互いに一対一であれと相対するには分が悪い。
マスターを護りながらであればなおさら。
ならば。
私は全速、全力を持ってランサーの剣『セルスクラーフェ』でバーサーカーに斬りかかる。
否。
バーサーカーの剣を受け止める!
「はああぁっ!」
その一瞬の後。
振り下ろした剣を受け止められ動きの止まったバーサーカーを。
セイバーの繰り出す一撃が捉えた!
「なっ!?」
「……っ!?」
捉えたはずのその剣は。
しかし。
バーサーカーの肌を貫く事ができずに火花を散らす!
「くっ!」
ぶおんと、其れを然も当然とばかりにバーサーカーは剣を振るう。
その一撃一撃が石畳を砕き、空を引き裂く。
私は其れを躱し、セイバーが切りかかった所と同じ場所を攻撃する。
――が。
結果は同じ。
薄青い刀身は、甲高い音と共にその肌に弾かれる。
それで気づく。
「アーチャー、これは」
「……攻撃を無効化された」
セイバーの謂わんとする事を、私は引き継ぐ。
セイバーはそれに頷き、斧の様な岩塊を避けるために飛退く。
如何するべきか?
攻撃を無効化されるのなら、どれだけ同じ場所に攻撃しようと意味は無い。
となればするべき事は一つ。
ここでバーサーカーを倒せないのであれば。
『……リン!』
私は念話でリンに呼びかける。
正直それほど余裕は無いのだけど。
『どうしたの、アーチャー!?』
『……士郎を連れて橋を渡りきって、急いで!』
『判ったわ』
切羽詰ったのを感じ取ったのだろう。
凛はすぐさま士郎を引っ張って走り出す。
「一寸待て遠坂!
セイバーとアーチャー見捨てる気か!?」
「うるさい!
私達が逃げないとあの二人も逃げられないのよ!」
「だからって!」
「私達じゃ邪魔になるだけだってわからないの!?
それともあんた、あんなのと戦える!?」
「其れは……でも!」
「いいからとっとと来る!」
私も士郎に文句の一つも言いたいところだけど、状況がそうさせない。
こうしてる間にも、瀑布の如き剣戟は止む事がないのだから。
「ふーん……振りを悟ってとっとと尻尾を巻くなんて、まるで負け犬ね。
でも、逃がすと思ってるの?」
イリヤスフィールの全身が赤い文様で包まれ、深紅の閃光が凛たちを背後から襲う。
「セイバー!」
「判ってる!」
私がバーサーカーを食い止め、セイバーはその閃光の前に体を躍らせる。
次いで、直撃。
しかし其れは、セイバーの持つ強力な対魔力によって打ち消される。
問題は私。
セイバーが飛び出して十数秒とはいえ、この化け物を一人で相手にしないといけない。
遮蔽物があり、なおかつ自由に走り回れるだけの余裕があればいい。
しかし、この場に遮蔽物になりうる物は無く、私はバーサーカーの前からどく訳には行かない。
この場を空ければ、バーサーカーはリンと士郎を間違いなく、殺す。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「っもぅ! リンと士郎が逃げちゃうじゃない!」
どうやら彼女の射程外に逃げ切ったようだ。
セイバーも其れを感じて戦闘に戻る。
時間にして十八秒。
しかしその時間は、私の体に多くの傷を刻み込んでいた。
しかし致命的なものは一つとて受けていない。
其れは、即ちリンの死を意味しているのだから。
『渡りきったわ!』
『……そのまま走って。
家で会おう』
『判ったわ!』
「……セイバー抑えて!
落とすよ」
「判りました!」
セイバーがバーサーカーと打ち合い、私はその場から一歩引く。
魔力放出を全開にして跳び上がり。
「え?」
頂点まで届いたところでセルスクラーフェの切っ先を地面に向け、風王結界を最大出力で展開し。
私は魔力放出を最大にして頂点となるプラスでもマイナスでもない、つまり無重力となった空間を蹴る。
要は、武器の有無や蹴る場所の違いがあれど、校庭に穴を穿った時と同じ技。
「……はあぁ!」
異変に気づいたバーサーカーが最早止めるのは不可能と踏んだか、イリヤスフィールを護る為に跳び退き。
その手にイリヤスフィールを抱き上げるが早いか。
小規模な隕石と化した私は。
橋を真っ二つに折りその二人を下の河に叩き落した!
巨大な水しぶき一つ。
私とセイバーは。
「……逃げよう」
「えぇ」
湖の精霊の加護によって川の上を走って逃げた。
後書き
ふぅ。
やっぱり戦闘難しい……
何か微妙に長くなったし。
それに……
……まぁ、次回。
誰もここで出るなんて予想してないと思われる『彼女』が出て来ます。
レス返し
<<趙孤某<チョコボ>さん
はじめまして。
アーチャーの正体ですか……
ちょくちょくヒント出すけど、完全にばらすのはかなり後になるかと。
バーサーカー戦はこうなりました。
ケド……ふふふ。
<<renさん
むしろ神の仔に一流の剣士二人が挑む形となりました。
キャスターはどうなるだろう?
やっぱりお約束通り串刺しかな?
……誰の手によるかは判りませんが。
<<ハンプトンさん
何かランサーの行動が好意的に受け止められて一安心。
敵に塩を送るなって言う意見がまったく無いのは兄貴の人徳のお陰?
まぁ、やりそうだなぁと考えた私がいえる話じゃないですけど。