西条輝彦は、日本でもトップクラスの霊能力者だ。
西条には、取り立てた天分はない。横島のような文珠も、タイガーのような精神感応もない。だがそれでも、西条は彼らと並ぶ霊能力者の評価を得ている。
西条にあるのは、余人より遥かに勝る霊力だけ。だが、それですら全国全世界を見渡せば無二ではない。
だが、それでも、西条はトップクラスの霊能力者だ。
なぜか?
それは、美神親子と同じ理由―――技術だ。
横島の霊力が消えた場所に行った西条を待ち受けていたのは、人払いの結界と一山いくらで売れそうなほどの、下級魔族や鬼達だった。
絶体絶命、と普通の魔法使いや霊能力者は言うところだろう。命乞いか逃げ出すかだ。
だが、西条はあくまで紳士だった。
穏やかな微笑を浮かべつつ、優雅な動作で一言。
「やあ、君達。少々尋ねたいのだが、ここに一見美少女だが中身は煩悩尽くしの変態という奇妙な生き物はいなかったかね?」
返事は、飽和攻撃に近い遠距離攻撃の雨と、続く無数の白刃だった。
霊能生徒 忠お! 二学期 二十時間目 〜カップの7の逆位置(幻想の崩壊)〜
耕されたアスファルトの上を、泥跳ね一つない白いスーツが駆け抜ける。
西条だ。目指す先には片腕を落とされた魔族。ギリギリ中級と言ってもいいレベルかもしれない。西条の手には吸引札が一つ。
「吸引!」
抵抗は愚か悲鳴すら許されず、魔族は札の中に封じられる。
「さて…尋問用の証人は捕まえた、と」
呟きながら吸引札を懐にしまう西条。
その背後から、子鬼の一匹が飛び掛る。
ズバッ!
西条は逆手に持った霊剣ジャスティスの刃を脇の下から突き出して、子鬼の額を貫く。
塵霞と代わる鬼を見届けながら西条は懐から拳銃を取り出す。
発砲。銃弾は銀ではなく、最近開発された対霊破魔能力が付加された合金製。値段が安く、着弾と同時に砕けることで殺傷能力を増す凶悪な一品。人外と言えど当たったらたまらない。
接近しようとしていた敵に牽制の銃弾を叩き込みつつ、破魔札を準備。
「ふっ!」
銀の銃弾でダメージを受けた下級魔族を一匹斬り、破魔札を投げ別の一匹を撃破。
その余韻に浸ることなく、西条は跳躍。
直後、西条の体があった場所を、炎の槍が貫く。西条に被害はない。
「…少し裾が焦げたね」
いや、少々のダメージはあった。スーツの裾が、僅かに煙を上げている。
戦闘が始まってから初めての負傷(?)だ。
振り返った西条は、やはり余裕の笑み。
「オーダーメイドの品で、なかなか高いんだよ?」
笑顔を向ける先には、並み居る鬼やら魔族やら。
その数は、西条を待ち受けていた時と比べて大分減っている。だが、減ったとは言っても指折り数える程度には程遠い。
向けられる鋭い敵意と、それに混ざる若干の戸惑い。
「お前はん…何もんや」
鬼の一匹が飛び掛るタイミングを計りながら言う。
鬼の疑問はもっともだった。
目の前のこの男は、ただの人間だ。特殊な能力もない、ただの人間。
人間にしては霊力が高いが、あくまで人の枠。単なる霊力の強さなら、上回っているものが何体もいる。神鳴流のような特殊な技術を使っているわけでもない。
しかし実際は、半数近くの仲間の撃破の代償が、上着の裾を焦がしただけ。
それならばなぜ自分達はここまで圧されている?
正体を見極めんと眼力を込める鬼。
だが目の前の人間からは、既に見切っている情報以上のものは見えない。
刺すような視線の中で、西条は気軽く肩をすくめる。
「僕はただの人間さ」
そう、自分はただの人間。特殊な才能のない、ただの人間。それは西条が一番良く知っていた。では、なぜこの場に、このように無事に立っていれるか。
理由は簡単だ。それは技術―――果てしない基礎の反復の末に、たどり着いた境地だ。
拳銃で牽制し、不用意に近づいてきた者とダメージを受けたものをジャスティスで斬り、そして好きあらば強力な破魔札で攻撃。
それは道具使いである美神親子を代表とする現代霊能力者のもっとも基本的なスタイル。なんの変哲ない、基礎中の基礎。何の特殊性も、特化性もなく―――だからこそ全てに対応できる万能にして究極のスタイル。奥義。そう言っても良いかも知れない。そしてそれは天与の才が関わる『アート』とは異なる、純粋な努力でのみ磨きかげることが出来る『スキル』―――技術だ。
特殊な霊能にも、美神令子のような柔軟な(反則やら裏技やら言われる戦術を思いつく)発想力もない西条が見つけた道。
「僕はただの人間。ただの人間だから、ただの人間らしい方法を使って戦っているだけだよ。愚直に、ね」
愚直に、素直に、真剣に、必死に…。自分は自分に出来る修練を、可能な限り磨き上げたに過ぎない。他の大多数の霊能力者と変わらない。
だが、もしも―――もしも唯一余人と異なる点があるとすれば、それは動機だ。
それは胸にもえる正義と、そして…
「ただ、交友関係が少々特殊でね」
それは妹のように思っている女性や、ムカつくアホな出来の悪い弟のような男や…。
そんな、彼らに纏わる仲間達。彼らの隣に立つ為には、
「この程度のことでおたついていたら、命がいくつあっても足りないのさ。
さて――」
前置きしてから、表情を引き締める。
「もう一度訊こう。横島君はどこに行った?
答えてもらうとありがたいが、答えたくないならそれでもいい。
何もせずに消えると言うなら、僕も君達と争う意思はない」
「…ありがたい申し出やけど…ワシらは喚びだされた以上、はいそうですかと帰る訳にはいかんのや。
自分の意思で参加した連中は、とっくに逃げ出すか兄さんにやられてもうたわ」
「勤勉だね。美徳だよ」
言いながら、西条は上着を脱ぎ捨て、ジャスティスを正眼に構え言う。
「ならば、僕も真剣に相手をしなくてはならないね。
―――来たまえ。胸を貸そう」
あくまで優雅に、西条は襲い掛かる敵の群れを迎え撃つ。
横島は、悪寒を感じた。
「…なんだか、気に入らない奴がめちゃくちゃいい格好をしたような気がする」
無駄な霊感を働かせながら、横島は高空を西へ飛んでいた。
眼下には既に緑は見えない。あるのはアスファルトで舗装された大阪の町並み。
これが暇な状況なら、自分が通っていた小学校でも探すところだが…
「そうは言ってられんなぁ…」
横島が目指す方向――灰色の町並みにぽっかり開いた緑の空間。
マッチの先端程度の大きさ程度にした見えない場所から、パッと見で分かる程の黒煙が立ち上っている。そして、時折強大な力の動きを感じる。
エヴァンジェリンと…そしておそらく道真だ。エヴァと正面からやりあえる戦力は、道真くらいだ。
「どうか大阪城だけは潰さんでくれよ、エヴァちゃん…!」
大阪城は食い倒れ人形、通天閣に並ぶ大阪のシンボルにして魂の支柱。幼い時分、特撮番組で怪獣によって破壊された時は、思わず画面に詰め寄って叫んでしまったものだ。
「問題は、戦ってるのが光の巨人じゃなくて、エヴァちゃんってことだ」
エヴァだって大停電の時の豪快さから考えて、敵を大阪城ごと氷付け、くらいやってもおかしくない。和風の古い建物が好きだというのを考慮に入れても―――五分以下。
「氷の城は札幌雪祭りで十分だっちゅうねん!」
急がなくては!現実の建築物はウルトラマンとは異なり一週間では再建されないのだ!
「急げぇぇぇっ!」
脳裏に浮かぶのは、地面を掘り破って現れて、大阪城を蹴倒す巨大エヴァンジェリン。
文珠で翼に変えたマントを羽ばたかせ、横島は加速した。
ある意味重要な、しかしある意味同でもいいことを妄想しながら急ぐ横島。
その想像の根底にあるのは―――エヴァへの信頼だった。
エヴァは、強い。
それは停電の夜、手合わせをして理解している。後で知ったことだが、あの時のエヴァは魔力を半分に減じられている状況だった。
魔力が半分、ということは単に戦力が半分になるということではない。力が半分になるということは、選択できる選択肢が半分に減ることだ。そして選べる手が一つ減ると言うだけで、戦力は格段に減る。まして半減したならばどうなるか。
力が半減すると言うことは、単純に戦力が半減することではない。下手をすれば五分の一にまで戦力が下がる。
言い換えれば、今のエヴァの能力は、あの夜の十倍。相手があの道真と言え、そう簡単に負けるはずがない。
自分が合流すれば負けはしないし…運が良ければ勝てる。
その予測があるからこそ、横島はギャグチックな妄想をすることが出来たのだ。
エヴァンジェリンは、強い。
その信頼がフィルターとなり、横島に一つの判断ミス―――茶々丸の増援要請を、単なる茶々丸の過保護過ぎ、心配し過ぎと思わせてしまった。
その楽観は数分後、エヴァと道真の姿を見て、覆された。
エヴァの最大の強みは、要約すれば真祖の吸血鬼であることだ。
そして、最大の弱点は真祖の吸血鬼であることだった。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは最強の魔法使いだ。
生物が持ちうる最高レベルの圧倒的な魔力。
人間個人で保有するなどまず不可能な莫大な戦闘経験値。
なぜそれを、彼女が得ることは出来たのか?
理由は天佑と、エヴァ自身の弛まぬ鍛錬と、そして真祖という不幸。
「不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)」
その名が示すとおり、エヴァは不老不死――永遠の時間を持つ存在だ。
Drカオスの、朽ちる速度を遅くした、ポテンシャルが常人のそれと代わらないまがい物とは異なる、完全な不老と、ほぼ完全な不死。
人から外れた存在であるゆえに与えられた莫大な魔力。
長き時間と少々の負傷では死なぬが故に得る事が出来た経験値。
彼女が闇に落ちる理由となった真祖という呪は、皮肉なことに彼女を護る祝福でもあった。彼女が六百年の永きに渡り生き延びたのは、彼女自身の資質と努力と同じくらい、その『祝福』――真祖の能力が大きい。
そもそも、生物として吸血鬼は人間を超えた存在だ。
かつて、エヴァは横島に言った。
「牛や豚が草を食み、その牛や豚を人が食らうのと同じように、私が人の血を吸うのは自然の流れ。生態系の下位のものが上位のものに刃向かうなど、本気で出来ると?」
ウサギが鷲に敵わないように、鹿が獅子に敵わないように―――吸血鬼は人間より強い。それが摂理だ。物体が落下し、太陽が東から昇り西に沈むように、人は吸血鬼に劣る。
もちろんそれは絶対ではなく、個々の資質と努力しだいだ。
だが、人と吸血鬼ではスタート地点が歴然と違う。
血反吐を吐き、魂魄を磨耗させ、一握りの者がようやく辿り着ける地点が、吸血鬼達のスタートラインだ。ましてエヴァは更に己の力を磨き続けた。それも長くとも百年という、通常の人間がもつ時間制限を無視して。
エヴァの立つ場所は、余人の手が届く場所ではない。
孤高の存在。
その言葉が似つかわしいほどに彼女の力は傑出し、匹敵するものなどほんの僅か。
それが…エヴァンジェリンの弱点―――自分より強い相手、自分より『力』のある相手との戦闘経験がほとんどないという弱点を育てる土壌となった。
エヴァは、強い。魔力や技術はもとより、通常の攻撃ではダメージを与えることすら出来ない。故に、彼女が勝利するには一つのことを気にかければ良いだけだ。
すなわち―――敵から目を離さないこと。
不意を突かれなければ、罠に嵌められなければ、また隙を突かれ、罠に嵌められたとしてもそれを踏破してしまえば、問題ない。
敵から目を離せなければ…正面からぶつかり合えば、勝てる。
故にエヴァにとっての戦いとは、相手の罠と策を見切ることに終始する。相手の仕掛けた罠を踏み砕き、策を暴き立て、それが終わった瞬間、彼女の勝利は確定する。あとは正面からぶつかり、蹂躙するだけだ。
それこそ強者の―――闇に君臨する女王の戦いだった。それが魔法使いとしての実力を得て以来のエヴァの戦いのパターンであり、その土壌がエヴァの弱点を育てた。
今まではそれでよかった。どんな魔法使いも、人外も、ドラゴンも、出会った魔族たちですらも正面から撃ち合って負けたことなど殆どなかったし、そしてこれからもないだろう。
だが、今目の前にいる存在は―――菅原道真は、その類ではないのだ。
四方八方から襲い掛かる式神。上空には雷球を手にする道真。
その中央にエヴァと茶々丸がいた。
「終わりだ!」
道真の雷が放たれ、式神ごとエヴァ達を飲み込む。
雷撃が解き放たれる。
滅びの輝きは式神たちを焼き尽くすと、次に周囲の草木に伝わる。雷撃の通り道は一瞬で高温と成り、発火する。
エヴァが今までいた場所は業火に包まれる。これで終わりかと思う道真。しかし、気を引き締める。理由は背後に生じた魔力。
振り向けば、悪趣味な金の魚をあしらった城の屋根に、小柄な少女の姿があった。
エヴァだった。道真が作った雷撃の影を利用し、大阪城の軒先の影へ移動したのだ。
あの人形の従者の姿は見えない。見捨てたかどこかに隠れているか?
視線をめぐらす道真を睨むエヴァは、宙に昇りながら呪文を詠唱。
「来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 闇の精(グラキアーレス・オブスクーランテース)…!」
半ばまでエヴァが呪文を詠唱した時、エヴァは気付いた。
嘲笑。それが道真の口元に浮かんでいた。
嘲笑、嘲り、侮り…。
こいつは自分をバカにしているのか?
この闇の福音を、不死の魔法使いを、最強の悪の魔法使いを!
怒りに任せ、魔力を高める。制御可能なライン最大限の魔力を込める。
「闇を従え(クム・オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット・テンペスタース) 常夜の氷雪(ニウァーリス)!!」
「御武御雷勅天降…」
一方、道真も印を組み、呪を唱える。
「闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」
「急々如律令」
発動は同時。
闇色の吹雪をエヴァが放つ。
極大の雷撃を道真が放つ。
激突。両者は中間でぶつかり合う。威力は互角―――ではない。
「私を侮った罪―――購ってもらうぞ、怨霊!」
エヴァは更に魔力を込める。未だかつて、闇の吹雪には込めた事のないほどの量の魔力。
それにより―――魔法が変化した。
ゴウッ!
魔力量が術式の限界を超えた。まるで氾濫した水路のように魔力が零れだし、しかし精霊とエヴァの精神力が、それを制御するバイパスを形成。
黒の本流が太くなり、その周囲に魔法文字が浮かんだ二重三重の青白い天輪が現れる。
それはもはや『闇の吹雪』とは異なる術だった。そして外見の変化は、威力にも反映される。
道真の雷をエヴァの闇が押し返す。
その光景に、エヴァは笑みを浮かべる。
「どうだ見たか!これが私の力だ!」
撃ち勝ちを確信したエヴァは受けた屈辱を返すように、力強く叫ぶ。
だが、相反する力の激突による閃光の向こうに見える道真の顔は、まだ嗤っていた。
「!」
エヴァが目を見開く先で、道真はエヴァの魔法を支えながら、片手で袖から紙を取り出す。
式神用の型紙。
(バカな!)
今、自分は全力で魔法を撃っている。それを支えながら、別の術を使うことなど…できるはずがない!
だがエヴァの予想を裏切り道真は、撃っている雷にこめるのと匹敵する力を型紙に込め、投げた。
「行け!」
投擲したのは六枚。それぞれが両手を跳ねに代えた鬼となり、空中で魔法を支持するエヴァに迫る。
「チッ!」
『闇の吹雪(改)』を強制終了させ、横に移動するエヴァ。
道真の雷がエヴァの真横を通り抜ける。その余波を常時展開している魔法障壁に力を注いでキャンセルしながら、エヴァは寄って来る鬼達に応じるべく魔法選択。
どうやらこの鳥鬼達は、先ほどまでの鬼達より遥かに強い。
「よくも邪魔をしたな…!」
魔法発動。処刑の剣(エンシス・エクセス・エンス)。それも二刀。
エヴァは飛翔。それは氷の翼を持った鳥のよう。
絶対零度の翼を持った猛禽は、六匹の敵に正面から切り込む。
すれ違いざまに両断。二匹。
刃に触れた部分は強制的に気化。それに際し、状態変化に必要な熱量を奪われ、切断されない部分は凍結。
急回頭したエヴァは無詠唱で魔法の矢を放ち、追撃。
鬼達は魔法の矢を口から雷撃を放ち迎撃するが、しかしエヴァまでは撃墜しきれない。
三匹を撃破。残り一匹は翼を掠めるものの生存。だが先端を失い、半ばまで凍りついた翼では、ろくな飛翔もままならない。
止めを刺そうと目を向けたとき、道真が動く。再び、霊気を練り、雷を放たんとする。
エヴァは舌打ちをして、とりあえず近くの獲物を撃破。
鬼が断末魔を上げた直後、道真は雷撃を放った。
迫り来る雷に対し、呪文の詠唱時間はない。
エヴァは両手の刃を十字に構え、魔力を込める。
「耐えろ!」
氷の精と、そして自分に叱咤する
直撃。
「マスター!」
光の中に消えたエヴァの姿に、茶々丸は悲鳴を上げる。
影をゲートにして移動した時、エヴァは茶々丸を大阪城の中に移動させた。
展示物にまぎれ、窓枠につかまり外を覗く茶々丸は、満身創痍だった。
外装に無事なところはなく、足は既に片方欠けている。
「くっ…」
光学センサー系を強制キャンセル、再設定。
光が収まった空に、茶々丸はエヴァの姿を発見する。
両手の剣は既に砕け消え、服が多少焦げているが、無事だ。
安堵のため息をつく茶々丸だが、そのセンサーが察知した情報に凍りつく。
道真が二撃目を放つ。
呪文詠唱無しで放たれる、闇の吹雪に匹敵する威力の雷。
それを前に―――エヴァは避けるそぶりが見えない。
防ごうと言うのか魔力を練るが、その集中度は鈍い。
原因は不明だが、エヴァが魔力の集中に手間取っていて―――このままでは間に合わない。
声も忘れ息を呑む茶々丸の目の前で、道真が雷を放った。
迫る雷を見ながら、エヴァはもがき、必死で魔力を集めようとするが、だが上手くいかない。まるで手で汲んだ水のように、魔力が指の間から零れていく。
焦り、零れ、それにまた焦るの悪循環。
迫る雷に、エヴァは震える。恐怖ではなく、怒りに。
(こんな…こんなはずでは…!)
こんなはずではない。最強の魔法使いだ。
最強の、この世で誰も敵うものがいない魔法使いのはずだ。
それがなぜ…!
(なぜ勝てない!?)
忌まわしい封印は解かれ、その全力を存分に振るうことが出来る。
その全能をもってしても、なぜ勝てないのか?
(私は…この程度だとでも言うのか…)
エヴァは、立ちふさがるものの全てを捻じ伏せてきた。
軍隊も、魔法使いも、それらが使う悪魔も、ドラゴンさえ捻り潰してきた。
伝説を倒し、更なる伝説を打ち立ててきた。
だが…
相手は本当の伝説。日本最大の怨霊。上級魔族。
(……本物の伝説には…敵わんとでも言うのか…)
吸血鬼は人より強い。それは自然の摂理。
ならば、魔族は吸血鬼に…?
(上級魔族相手には…通じん…のか?)
絶望が、頭をもたげる。
エヴァを支えるものの一つに、一種の選民思想がある。
自分は吸血鬼、自分は真祖。下等な人間より優れた存在である。
それは厳然たる事実であり、同時にもっとも苛烈で孤独だった最初の百年の間、彼女を支えたものだった。
それが、吸血鬼より遥かに高いポテンシャルを持つ者を前にして―――上級魔族を前にして…
(勝て……な…い…?)
…崩れる。
自分は負けた。その認識が闘う者に最も重要な要素―――傲慢なまでの意思を奪う。
術式が放棄され、精霊が散る。
雷が近づき、視界が真っ白になって…。
「何ぼやっとしてるんだ!?」
真横から、闇にさらわれた。
次の瞬間、衝撃が全身を打ち抜いた。
道真は、吸血鬼の少女の顔から怒りの色が消えた時に勝利を確信した。
まあ、よくもった方だろう。
道真がそう思ったとき真横から何か黒いものが、獲物を掻っ攫っていった。
先ほどの姿を消した人形かとも思ったが、視認する前に雷が目標を直撃。
その際に僅かな霊力を感じたが、自分の攻撃を防げるほどのものではない。
終わりか。
道真は再びそう思い、そしてその予想は再び裏切られた。
「よう…千年ぶりか?」
声がした。
僅かに驚き、納得する。
なるほど……確かに自分に対抗できるのは、この小娘以外にはコイツか、と。
「ようやくお出ましか、待ちくたびれたぞ。道化師、横島忠夫よ」
「げ、俺の正体知ってるのかよ…」
左手でタロットカードを突き出し、右手にエヴァを抱えた横島は、嫌そうな顔を作って言う。なぜわざわざ表情を作ったかと言えば、そうしなくてはみっともなく泣き出しそうだったからだ。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!)
横島は焦っていた。
状況が予想していたのとあまりに違っていたからだ。
(何でこんなにエヴァちゃんが追い詰められてるんだ!)
ややエヴァが不利なところに自分が助けに入り、道真を引っ掻き回す。道真の足を引っ張りまわしたところで、隙を突いてエヴァが道真を倒す。
これが、横島の書いた筋書きだった。だが、そのシナリオは根底から覆されていた。
駆けつけてみればエヴァはピンチで、茶々丸の姿はない。
(ひょっとしたら茶々丸はもう!?)
「エヴァちゃん?茶々丸はどこだ?」
最悪の予想をしながら、横島は右手で抱えたエヴァに小声で問う。だが、エヴァはぼうっとした表情のまま。
焦った横島はもう一度問う。
「おい、エヴァジェリン!」
「…!?な、き、貴様!気軽に触るな!」
「ごぉっ!」
急に活力を取り戻したエヴァの足が横島をける。
その衝撃で―――左手が崩れた。
「!?」
「わっと!?」
まるで炭で出来ているように、崩れ落ちた横島の左手にエヴァは目を見開く。いや炭のようにではなく、炭だった。横島の左手の肘より先は、完全に炭化していた。ただ左手の指先で握られていたカードだけは無事な絵柄を見せている。
横島は崩れ落ちる左手に握られていたカードを回収する。
「ど、どうしたんだ、その手は!?」
「ちょっとな…」
「ふむ…防いだ、ではなく逸らした、と言うわけか」
横島の使った手を見切ったのは道真だった。
横島は口を開かないが、雰囲気が肯定していた。
使ったのは恋人のカード。金星のカードでもあり、その金気を用いて雷気――電気を誘導したのだ。
だが完全には誘導しきれず、その余波が横島の左腕を焼いたのだった。
一瞬で炭化し、痛みを感じる暇もなかったのはせめてもの救いだ。
「ったく…こんなことになるなら、文珠をケチるんじゃなかった…」
横島は文珠を取り出すと文字を込める。
《戻》
発動。文珠が消えると横島の腕は服を含めて、全て回復する。
「あ〜、まだ痺れてる…」
情けない半泣きの表情をしながら、横島は状況を考える。
(これで、残りは3つ…。《一》《時》《開》《封》すら使えねぇか。
しかも…左手のチャクラがしかり繋がってない)
通常の雷撃ならそんなことはなかったろうが、今の雷は道真の霊力で作られた雷だ。しばらく左手ではサイキックソーサどころか霊波刀も使えないだろう。
横島は隣を浮遊しているエヴァに向けて小声で問い直す。
(で、茶々丸はどこだ?)
(ダメージを負って戦闘不能だ。城の中に隠している…)
(マジかよ…)
横島の表情が流石に引きつる。
茶々丸はこの面子の中では、レベルは数段下だが貴重な戦力だ。いれば戦術の幅がかなり広がるのだが…。
(それに、なんかエヴァちゃんも元気がないし…)
何らかのダメージを負ったせいか、どことなくいつもの覇気がない。
最大戦力は不調。こちらも万全とは言えず、文珠も残り僅かで、おまけに切り札を使うには文珠が足りない。
(どないせっちゅーんじゃ!)
予期していなかったピンチに、横島は内心で泣き叫んだのだった。
つづく
あとがき
お久しぶりです。色々忙しくててんてこ舞いしている詞連です。
年末年始が忙しくて、おまけに年度末も忙しいです。四月まで投稿は不定期な上、変なところで切る様になると思います。どうかご容赦ください。
一応、全般的に言われることに反論を。
エヴァが弱すぎって言いますが…道真って、アシュタロスやハヌマン、キーやん&サッちゃんなどの突き抜け組を無くせば、おそらく最強クラスですよ?フェンリルと互角以上に戦えるですよ、きっと。それにあっさりエヴァちゃんが勝つほうがおかしいですよ。
ま、エヴァちゃんもやられっぱなしではないので、期待していてください。
>希望氏
はい、がんばります。
>D,氏
本当に横島らしい横島…どうでしょうね。とりあえずなさけない奴っていうのが椎名先生のイメージだって聞きましたけど。
>sara氏
一応、私的な考えとしては、道真の方が馬力自体は強く、そしてエヴァは自分より魔力やら霊力が高い相手と戦ったことがなく相手が悪かったって事で。
>九頭竜氏
別に横島は定規じゃありませんからね。一応相手のキャラや態度によって説教を変えます。
一応解説するなら
対ネギ・アスナ:完全に分かってなかったから、軽く脅した。
対朝倉(初期):まあ、ばれてしまった以上、半端にばらして探られて、危険に突っ込んでくるより、説明しておいた方がリスクが減りそう。故にソフトに。
対朝倉(二回目)&カモ:状況分かってんのに、無関係なクラスメートを危険に晒した。その馬鹿ップリが自分のルシオラに対する態度と少々重なったのでぶち切れた。
対図書館ズ:危険への認識が甘すぎだが、普通に生きてきたのならこんなもんだろうと、自分がバイトを始めた頃のことを考えて甘めに。しかも結構夕映は考えれる子だから反省しているとふんだ。
対ネギ・アスナ(二回目):ネギが自分の意思でそうすると決意した以上、それを止める権限がないから容認。後悔するのはネギ自身なんだから、ってことで。割とドライです。
こんな感じですね。
>GHOST氏
はい。読んでくれれば分かると思いますが横島は無理やり取り繕いましたよ。
無理やりの取りつくり、そこもキーワードです。
>のえ氏
お待たせしました、再開です。しばらく不定期ですがお付き合いください。
>三輪車氏
ううむ…リアリティについては、少々同意ですね。
もっとも私はリアリティ、というより論理の整合性を気にするタイプのつもりですが。
とりあえず、心の隅には止めておきます。
>鉄拳28号氏
エヴァちゃんが道真に押されている理由は今回の通り。
ま、学園にいた頃は、封じられている代わりに学園から護られているようなものでしたから…ということでご了承ください。
>眉猫氏
ま、甘さを削り落としたらネギじゃないし。
そもそも一般人には手を出さないって暗黙の了解もありますしね…。それに、夕映のどかに対しては、もう関わった以上今更どうこう言っても単なる愚痴ですから、大人の胎動ってことで。
>23氏
非難する、指導するってことはようはその責任を取るってことですからね…それに、何だかんだで世の中の半分が甘さや人情で回っていることも理解していますし、ということで。
>黒川氏
ネギサイドの甘さは、ある意味原作の負債みたいなもんですからね…私みたいな系統の作家にとっては…。
説教キャラは横島以外にもしてもらいたいですが…説教してやるだけの義理がネギ達にあるキャラがいないし(龍宮隊長はお金を貰うか一緒に仕事するかしないとしてくれなそう)
>ZEROS氏
西条の旦那のバトルでした。
>ポラリタ氏
上でも言いましたが、エヴァちゃんと道真は総合的な力は、若干道真が上ですが、相性が悪いってことで。
あと相転移っていいますが…某機動戦艦の相転移とは違いますよ?冷却ガスを噴出するちょっと特殊なレーザーカッターに過ぎません。
>SIMU氏
こちらこご無沙汰です。末永く続けれるようにがんばります。
>サツキ氏
ホールの名前、ありがとうございます、修正してきます。
格闘でもさせようかと思ったんですが、触れた瞬間電撃で丸こげ、っていう図が思いついちゃいましてお蔵入りになりました。
>JUDO氏
ケイの女性化OK出してもらえて嬉しいです。
とりあえず原作の敵はそろそろ打ち止めですね。
一応修学旅行が終わるまでは敵の弾切れはないので安心してください。
>yopi氏
まとめ読みご苦労様です。「仕方ないやないか!」面白かったですか?…一応周囲の反応を含めて伏線なんですが…。
>HOUMEI氏
ありがとうございます、がんばります
>ギズモ氏
アドバイスありがとうござます。参考にさせていただきます。
>EXE氏
前述の通り、横島の基準は
1:ちゃんと考えているか
2:情報をしっかり得ているか
です。その点において、それぞれのお説教における相手の状況が違いますからね。ばらつきがあるのは当然です。
あとエヴァと道真の戦いは、実力的には同じですが相性が悪かったのでこうなりました。
終了。
さて、何とか書ききりました。
重ねて言いますが四月になるまで少々不定期になるやも知れません。
どうぞ平にご容赦のほどを。
では…。