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▽レス始

「霊能生徒 忠お!〜二学期〜(十九時間目)(ネギま+GS)」

詞連 (2006-12-18 01:47/2006-12-18 16:19)
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 人生の不条理。蔦に絡まり逆さ吊になった小太郎は、それを感じずにはいられなかった。
 あの横島忠緒という女にズタボロにされた挙句、チャクラを破壊されかけたことに関しては、まあいい。戦いである以上、命を奪われないだけあるいはましかもしれない。
 不条理と思うのは、敵に関してではなくむしろ味方についてだ。

「何で女やねん」

 千草から紹介された時、女だなんて聞いてない。いや、男だとも言われなかったが、つまりはこちらが勝手に勘違いしていただけだ。

(そういえば、ケイ単体を指して『彼』とか『少年』とかっていうの、地の文で使われとらんかったなぁ)

 妙な電波を受信するほどに、ショックを受けている小太郎。
 その背後から、ケイの泣き声が聞こえてくる。

「うぅ…見られちゃったよぅ…グスグス…お嫁にいけないよぅ……」

 背後から泣き声が聞こえる。改めて聞いてみると、なるほど、『嫁』という単語のせいかもしれないが、確かに女の子っぽい声だ。
 どうしようか?
 いや、何かしなくてはならないと言うこともない。仕事上の相方であって、男だろうが女だろうが特に問題はない。それはともかく、ケイは今泣いているし、ケイがあそこで横島に飛び掛って暴走し手くれたおかげで助かったのだ。
 お礼と慰めくらいは言っておくべきだろうと、小太郎はぶら下がった状態のまま、痛む体に鞭打って振り向いて

「こっち見るなっ!」
「ぶばらっ!?」

 視界に肌色の何かが入ったような気がした瞬間、小太郎の横っ面を強烈な打撃がぶち抜いた。上下逆さで振り子運動をしながら、小太郎は意識を失った。


 霊能生徒 忠お! 二学期 十九時間目 〜コインのクイーンの逆位置(高すぎたプライド)上〜


 無間方処の出口の近くを流れていた川の、真ん中にある平らな大岩の上で、横島と夕映が向かい合って座っていた。
 のどかはそわそわと、両者を交互に見くらべる。
 横島は胡坐を欠きながら憂鬱そうに、夕映はいつもの無表情で正座している。
 一見すれば横島が夕映に説教を食らっているような構図だが、実際は逆だ。それに夕映の表情の中に不安さがあるのが、のどかには分かった。
 だが、反面横島の表情の下は全然読めない。

(だ、大丈夫だよね?大丈夫だよね!?)

 まさか横島が夕映に対して、小太郎にしたようなことをするとは思えない。いや、思いたくない。

『あまり調子乗ってると―――消すぞ?』

(いや、そんないはず…!けど…だけど…あうあう!)

 助けを求めてネギとアスナを見るが、しかしネギはまるで自分が叱られるかのように居心地が悪そうにしているし、アスナは横島に対して怒っているような期待しているような複雑な目を向けている。横島の憂鬱そうな表情の理由はそれだった。
 頼りになりそうなカモとちびせつなは、どうやら事態を静観するらしい。
 万が一の時、夕映を助けれるのは自分だけ。だが、そうと決まったわけでも…

(そ、そうだ!こんな時こそこの本で)
「なぁ」
「うひぅっ!」

 横島の声に、横島に見えないようにこっそり本を呼び出そうとしていたのどかは奇妙な声を上げてしまう。
 慌てて口を押さえて周囲を見渡せば、岩の上にいる6人の視線が自分に集中していた。
 そんな彼らを代表するように、横島が口を開く。

「えっと…のどかちゃん?一応のどかちゃんにも言っておきたい話だから、真面目にな?」
「す、すみません…」

 一応真面目に心配していたのですけど、という言葉を呑み込んでのどかも夕映の隣に正座した。

「さってと…ま、夕映吉は、俺の言いたいこと大体分かるよな?」
「はい。あの時…入り口で横島さんの警告を無視して走り出したこと――――では、ないですね?」
「ん、ご明察」
(えっ?)

 てっきりそのことを怒っているのだとばかり思っていたのどかは、二人のやり取りに驚く。それはネギやアスナも同じだったらしい。

「あ、あの、横島さんはお二人が危険に飛び込んで来たことを怒ってるんじゃないんですか?」
「いや、自分の安全に関しては自己責任だろ?
そもそも、俺がオカルトの世界に始めて足を踏み入れたのだって、かなりチャランポランな理由だったからな。説教できる立場にねえよ」

 むしろ夕映吉のほうがまだましかもなと、横島は肩をすくめて見せる。

「俺が言いたいのは、別のことだ。
 なあ、夕映吉?
 お前は割りと頭いいから、自分の身が危険に晒されるってのは想像付いてたろうし、その辺はそれなりに覚悟してたよな?」
「…はい」

 ややタイムラグのある夕映の応答。横島は頷いてから、こう続けた。

「じゃあ自分以外の奴らの―――のどかちゃんやネギ、それから敵の身の危険については、覚悟してたか?」

 夕映が次に返事をするのには、かなり長い時間を要した。

「……覚悟した、つもりでした」
「『でした』、か。それで、『できたいた』のか?」

 今度の問いに関しては、夕映の答えはなかった。
 そのやり取りを聞きながら、のどかは横島の怒っている理由をなんとなく理解した。
 ああいう世界に足を踏み入れるということは、自分の行動如何で誰かの命を救いもするし奪いもする。その責任をしっかりと背負う覚悟もなく入ってきたことを怒っているのだ、と。

「ですが!だからといって自分が何かできるかも知れないのに、何もせずにしているというのも無責任な行為では…」
「その場合、自分は何も知らなかったっていう言い訳ができる。踏み込んじまえば、できない。ま、俺がそれに気付いたのは、いいわけ不能なまでにどっぷり首まで使った頃だけどな。
 それと…本心から以外の言い訳すんな」
「……すみません」
「それと…のどかちゃんも、大体俺の言いたいことが分かったよな?」
「えっ…あ、はい…」

 急に話を振られて戸惑いながらものどかは首肯した。

「まあアレだ。今後魔法関係のことに関わるかどうかは置いておくとして、とりあえず修学旅行中はノータッチで頼むぜ。流石にフォローできる状況じゃねえしな。
 知っちまった以上どうしてもじっとしてられないなら、あまりやりたくない手段だが、文珠で記憶を消させてもらう。
 分かったな?」
「分かりました」
「は、はい…」

 二人の返答に満足したような安心したような様子で頷く。その横から、カモが顔を出してくる。

「今回は意外とソフトタッチっすね、姐さん?」
「当たり前だ。朝倉やお前は事態の最悪さを完全に理解した上で、面白半分でクラスメートを危険に曝した挙句、反省の色がなかったじゃねえか。
 ま、それを言っちゃあ、夕映吉はのどかちゃんを危険に曝したわけだが?」
「う…す、すみません。のどか」
「ううん、いいよー、夕映」

 夕映に応えながら、のどかはほっとしていた。
 最悪の場合『足手まといは…死ねぇい!』的な展開すら覚悟していたが、横島の説教は最終的には自分達を心配してくれてのことだということが分かったからだ。
 さらに朝倉とカモに向けられた『消す』という発言の真意も『記憶を消す』という意味だったと、カモとの会話でなんとなく察した。

(よかった…やっぱり横島さんは横島さんだ…)

 本当の横島は、やはり自分が知っている、図書館島の本棚から現れた横島だった。
 のどかは納得しかけ、しかし、同時に何かを忘れていることに気付く。
 そう。それはついさっきの…

「でさ…さっきから気になってるんだけど、何でそんな怖い目で睨んできてるんだ、アスナちゃん?」
「決まってるでしょ」

 アスナが、今にも掴みかからんとするような表情で、横島を睨む。

「さっきの結界の中でのこと!
 どうしてもう戦えない相手にあんな酷いことをしようとしたのよ!」

 あの時、すでに勝負が付いていたはずの相手に加えた暴行。
 そのことについて、アスナが横島を問い詰めた。


 小太郎達への横島の対応。
 それについてはネギや夕映、のどかも横島に問いたいことだった。
 だが、下手に物分りのいいネギ達の思考が、アスナのように横島を問い詰めるという行為にブレーキをかけていた。なぜなら、横島の行動は合理的だったからだ。

「だって仕方ないだろう?俺だってしたくなかったよ」
「でもしたじゃない!他に方法はなかったの!?
 説得したりとか、なんか霊能力でペケペケってやるとか!」
「ペケペケって…ドラえもんじゃないんだから。
 大体他に方法ってどんなのがあるんだよ?」

 拗ねた様に口を尖らせながら横島は言う。

「捕まえたところで、俺達にはあいつらを閉じ込めておけるような施設はない。
 能力封印系の術なんて知らないし、かけたとしても解かれる可能性がある。
 説得する時間もないし、戦力差を少しで詰めるためには見逃すわけにはいかない。
 あの状況で他にやりようなんてあるのか?」
「うっ…」

 横島の反論に、アスナは呻く。
 アスナにしても何らかの代案を持った上で横島に噛み付いたわけではない。ただ横島の行動を容認できなかっただけだ。
 なぜなら、横島の行動は自分が昨日見つけた信念に悖るからだ。
 誰かが傷つくのを見逃して後悔したくない。だが、できることならもちろん説得するし、なるべく怪我をさせないようにする。
 子供っぽい、具体性の欠いた考えだという自覚はある。だが、そんな困難な課題と向かい合っていくことも含めて『戦う』と決意したのだ。
 そして、横島がやったことは、そんなアスナの信念に反している。
 あの時の横島の行動には、迷いがなかった。
懊悩も苦悩も、ほとんど感じられなかった。
 ―――極端な言い方をすれば、傷つけることを諦めていた。
 そんな態度は、アスナにしてみれば許容できるものではなかったのだ。

「と、とにかく!もっとこう…なんていうか…一所懸命さが足りないというか…」
「なんだそりゃ?」

 論理性が全く欠いていると自覚すらしているアスナの言葉に、横島は渋い顔をして突っ込む。アスナは結局いい反論が思いつかずに悔しそうな顔をする。
 話はもう終わりか、と横島が言いかけた時、今まで黙っていたネギが口を開いた。

「やっぱり……僕も横島さんは間違っていると思います」


(ネギ先生?)

 ネギの言葉に、一番驚いたのはた夕映だった。
 横島の行動は倫理的にはどうか分からないが、とことん論理的に考えた時、もっとも無難な方法だった。確かに小太郎やケイには大きな苦痛を強いることになるかもしれないが、死者を出すわけでもなく、敵の戦力を潰せるチャンスを見過ごすわけにもいかないのだから。
 ネギの反論に驚いたのは横島も同じらしく、驚いた表情でネギの言葉の続きを待っている。

「この前―――エヴァンジェリンさんとの問題の時、カモ君の意見で茶々丸さんを闇討ちしようとした時、言ってたじゃないですか。
 自分の臨むことのために戦って相手を害することを選択するのは、その責任をとる自分達の自由だって。
 僕は…もう戦えない相手を痛めつけるようなこと、出来ません!」
「――そりゃつまり、戦うのを止める、ってことか?」

 確認するかのような横島に対して、ネギは首を横に振る。

「違います。木乃香さんやクラスの皆さんを守るためには戦います。
けど…無抵抗の相手や明らかに実力差がある相手を痛めつけるのは―――そんなことの責任や覚悟を背負うことは僕には出来ませんし、見過ごすことも出来ません」
「甘いな。仏心を出して痛い目に見ることだってあるぞ」
「はい。分かってます。けれど…それがマギステル・マギ(偉大な魔法使い)を目指す、僕の譲れない一線なんです」
「あの時、俺を巻き込むように武装解除撃ったのも――その一線のためか?」
「……はい。けど、それだけじゃないです」

 横島の指摘にネギは僅かな動揺を表したが、しかし逃げなかった。そして、逆に反論に転じた。

「だって……あの時の横島さんは、横島さんらしくないです」

 それは、前半の理由に比べればあまりに子供っぽい理由だったかもしれない。それは単なる主観による決め付けに過ぎず、一笑に付されてもおかしくない言葉だったかもしれない。
 だが、誰も気付かなかったことだが、その一言は横島に大きな同様を与えた。
 横島らしくない。その言葉で、明らかに横島の表情が凍りついた。
 誰も気付かない変化は、やはり誰も気付かないうちに横島の表情の下に消えた。
 代わって表情を覆ったのは

「仕方ないやないか!」

 という横島の、半泣きの表情だった。


「えっ?」

 いきなり作画の崩壊した横島の表情に、重い反論を覚悟していたネギは、毒気を抜かれて目を丸くする。
 それはアスナ達も同じらしく、呆れたような表情を浮かべた。それに気付いていないかのような風に、横島は涙を流すというよりも吹き出させながら叫ぶ。

「俺だってホントはこんなキャラじゃないってのはわかっとんのや!けど普段はこういう役割は美神さんや隊長や西条がやるから普段はむしろお前らサイドなのに…!
 けどお前ら全員甘すぎるから、仕方なくこういう役しとんのに!
 だからって皆で攻めるなんてあんまりやないか!」
「えっ、あ、よ、横島さん?」
「ちょっと、お、落ち着いてよ」
「あ、あの〜は、ハンカチどーぞー」
「うううっ…ありがとうな、のどかちゃん」

 ハンカチを受け取り、涙を拭く横島。
 その道化た様子を見ながら、ネギは呆れながらも、少しだけ嬉しくなる。

「ふっ…姐さん。俺っちは分かってたぜ!仲間の為にあえて嫌われ役を引き受けるその心意気!本当に女にしておくにはもったいねぇ漢っぷりだぜ!」
「分かってくれるか!カモォッ!」
「姐さぁん!」
(横島さんだって…本当はあんなことしたくないと思ってるんだ)

 それはアスナやのどかも同じらしく、調子の良いカモと、分かっててそれに乗っかる横島のやり取りを、困ったような呆れたような表情で眺めている。
 その一方で夕映とちびせつなは、横島の言葉に不審を感じていた。
 いや、ウソをついている、とは思っていない。横島は事実を言っているのだろう。
 だが何か違う。
 事実を言っているのにそれが真実ではないような―――そう、まるで騙し絵やピントのずれた写真を見せられているような感じがしていた。
 だが、それを問い詰める時間は与えられなかった。
 テレビのノイズのような音がしたかと思うと、突然ちびせつなの姿が霞み始めた。

「あっ…!?」
「どうしたの!?」
「い、いけません!本体の方で何かが…!連絡が途だ…」

 言い終るより早く、ちびせつなは小さく弾け、名前が書かれた紙に戻る。

「か、紙に戻った!どうなってるのよ!」

 動揺するアスナに答えたのはカモだった。型紙を拾い上げて検分する。型紙自体に異常はないということは…

「こ、こりゃまずい…刹那の姐さんの方に何かあったな」
『え〜〜〜っ!?』

 驚きの声を上げるネギ達。その中で横島が飛び上がる。

「まずい!すぐに戻らないと…!」

 だが横島が駆け出す前に、横島の携帯が着信音を上げた。
 液晶を見ると、そこにあったのは茶々丸の名前。
 手袋越しの感触の鈍さに苛立ちながら、横島は通話ボタンを押す。

『横島さん、救援をお願いします』

 だが、受話器越しに聞こえてきた茶々丸の声は一見落ち着いているようで、しかしどこか焦りを孕んでいる。
 そのことに、横島は顔を青ざめさせる。
 茶々丸が――エヴァが危険ということは

「まさか道真か!」
「何があったんですか!?」

 ネギの問いを手で制しながら、横島は茶々丸の応答を待つ。受話器からは、ノイズとは違う何かがはぜるような音がする。

『はい。今は菅原道真と交戦中です。場所は大阪城の―――』

 通話はそこで切れた。次に続くのは電波が届かないという自動メッセージ。そこには、茶々丸達の様子を知る手がかりなどなく、横島はすぐに切る。
 それから不安そうな表情をするネギ達に、厳しい表情を向ける。

「まずい。エヴァちゃんの方で道真が出たらしい」
「道真って、あの有名な怨霊ですか!?」

 流石に道真の話は聞いていなかったのか、いきなり飛び出したビックネームに夕映が目を剥く。
 横島は夕映に頷き返してから、いきなりの事態に混乱しているネギとアスナに目を向ける。

「ネギ!俺はエヴァちゃんを助けに行く。お前は刹那ちゃんと何とかして連絡とって、可能ならすぐに助けに行け!」
「は、はい!」
「それと、文珠を残ってるだけ全部返せ!手元のだけじゃ道真の相手なんて出来ん!」
「わ、分かったわ!」

 アスナは言うと、唯一つ残った文珠を横島に渡す
 これで文珠は五つ。

(エヴァちゃんと連携すれば――勝てるか?)

 五分五分以下かも知れないと思いつつも、見捨てるわけにはいかない。
 なぜならエヴァはこちら側の最高戦力なのだから―――

(……戦力、か)

 そこまで考えたところで、横島は再び、ネギに言われたことを思い出す。

『横島さんらしくない』

(そんなこと、俺が一番良く知ってるよ)

 胸中だけでそう呟いて、思考はそこで切り上げる。

《翼》

 アスナから受け取った文珠に文字を込めて発動すると、横島の黒いマントが黒い翼に変わる。一度羽ばたかせて確認。大丈夫そうだ。

「行って来る!」
「気をつけてください!」

 横島はネギに頷いてから、叫ぶ。

「サイキックウィィィィィング!」

 自分が自分らしいと思う台詞を意識的に選んでから、横島は飛び立った。


 建築物が所狭しと並び立つ大阪市街の一角に、巨大な緑の領域がある。大阪城公園だ。
 だが、休日には散歩や観光で賑わうその場所にはすでに人気が絶え、代わりに焦げ臭い煙が立ち込めていた。
 火事だ。
 若葉を茂らす木々を炎の赤が彩っている。大阪城や大阪ホール自体はまだ無事だが、広域に広がる公園のところどころから、熱を孕んだ煙が立ち上っている。煙と共に舞い上がる火の粉のいくつかは、いずれ新たな餌を得て、同じように黒煙の柱を作る。
 確実に広がる火の手。
 パチパチと生木が弾ける音に混じり、サイレンの音がする。
 大阪市の消防が出動したのだろう。消防車が大阪城の近くまでやってきて放水を始める。火の手の上がりの酷いのは、東の外れ。外堀のさらに外の大坂ホールの北だったが、まずは文化財の保護が最優先ということだ。
 それは二重の意味でただしい判断だった。
 なぜなら、火の手の激しいそこには、この火事の原因たちがいたのだから。


「煙いな」

 眷属であるコウモリから作り上げたマントで、エヴァンジェリンは口元を押さえる。常時展開されている結界が呼吸を妨げる熱や粉塵は除去するが、だからといって気分的にはよくない。
 そして良くないのは、エヴァが置かれた状況もだった。
 エヴァは木陰に座り込んでいる人影に問う。

「茶々丸。大丈夫か?」
「申し訳ありません、マスター。戦闘力は30.53%ダウンです」

 満身創痍の様子で、茶々丸は答える。
 四肢マニュピレーターの欠損などはないが、損傷は無数であり、表皮には熱による変質や焼き跡が付き、そのいくつかは未だ煙を上げている。

「特に電装系の損傷が酷く――」
「報告はいい。言われても分からん」
「すみません」

 いらだたしげに言うエヴァに、謝罪する茶々丸。その殊勝な態度が、自分の行動がただの八つ当たりだということを自覚させ、エヴァはさらに気分を害する。だが、幸か不幸かそんな居心地の悪さを感じる時間はなかった。

「警告します!二時方向から…!」
「分かっている!
 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 エヴァは答えて、茶々丸が示した方向を向き、呪文を唱える。
 エヴァの向いた方向、煙と植え込みを掻き分けて、二つの影が飛び出してくる。

「GREEEI!」
「GYUUU!」

 飛び出たのは、昨日の夜に旅館に出てきたのと同じ姿の鬼だった。だが、その体に満ちている霊力は桁違いだった。

「白夜の国の(トゥンドラーム・エト) 凍土と氷河を(グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ)
こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)!」

 腐葉土を突き破って氷の槍衾が生える。一匹は自らそれに突っ込んで自滅。紙に変わる。だがもう一方は、ツララを体に刺しながらも、それを砕き折って突撃してくる。

「迎撃します…!」

 名乗り出た茶々丸は、目からビームを発射。場所は氷柱の刺さった傷痕。

「GAAAAAAAAA!」

 資金で貫かれた式神は断末魔を響かせて紙に変わり、紙はビームの熱で燃え尽きる。
 だが、安心は出来ない。
 式神が消滅すると同時に、式神が保持していた霊力を遥かに上回るエネルギーを察知する。方向は――

「正面!斜め上方です」
「くっ!見つかったか!」

 エヴァは歯噛みをする。見上げれば、煙で暗くなった空に、白い直衣姿が浮かんでいた。その右手には、輝く雷。

「燃え尽きろ!」

 極大の光の束が、降り注ぐ。
 まるで地上の全てを押し流そうとでも言うような光の本流に、逃げ場所はない。

「氷神の大盾(レクシオ・アクイローニス)!」

 氷の精が、巨大な六角形の結晶が生じ、集積する。
 氷盾(レフレクシオー)の上位魔法。
 10メートル以上の高さの巨大な氷の盾が生じ、道真の雷の前に立ちふさがる。
 激突。
 雷の余波が、木々を薙ぎ倒した。


 それと同じ頃、刹那は京都の町並みを走っていた。
 右手で木乃香の手を引き、左手で攻撃を防いでいた。
 クナイの一種――千本だ。

 シュヒュッ

 飛来する細長い金属の棒を、空気の音と襲撃者が投擲の瞬間に放つ殺気を頼りに受け止めていく。
 千本の束を握り締めながら、刹那は殺気の元を探る。だが厳密な位置を特定することは出来ない。襲撃者は立ち居地を変えながら、散発的に投げてくる。

(こちらを分散させるつもりか…!)

 一般人である(さよを一般と分類していいのかは疑問が尽きないが)三人と、自分と木乃香を分けるのが目的なのかもしれないと、刹那は予測する。
 確かに攻撃には殺気が込められているが、しかし必殺というほどでもない。攻撃しながらこちらをばらけるのを待っているだろう。現に足を止めようとすれば、攻撃の鋭さは増していく。

「せ、せっちゃん!どこ行くん?足速いよー」
「ああっ、すみません、木乃香お嬢様」

 大分息を上げている木乃香に刹那は謝罪する。
 まだもう少し走れそうだが、いつまでも走り続けるわけない。
 更には、他のメンバーの体力も限界が近い。

「あ、あの!桜咲さん!なんでマラソンなんですか!?」
「ちょ、ちょっと桜咲さん!何があったのよ!?
 借金取り!?昔のオトコ!?てゆーか夕映ものどかもどこ行ったのよ!?」

 空を飛んでいるさよや、涼しい顔のままのザジはまだいい。問題はハルナだ。先ほどから『死ぬー』などと言いながら走っている。喋っているところからまだ余裕を感じられるが、もう五分と持たないだろう。

(早くどこかに逃げ込まなくては…!)

 なるべく遮蔽物と人の目が多い場所が望ましい。
 走りながらその条件に見合う場所を探す刹那。
 しかしその条件に合う場所を見つけたのはハルナだった。

「はぁッ!あ、あれ!?ここって…!シネマ村…!じゃん!こ、ここに来たいんだったら…そ、そういえば、はひ…いいのに…!ゲホゲホッ…」

 息も絶え絶えのハルナの言葉に、刹那はこれだと思う。
 ここならば条件があっている。

「すみません皆さん!私、こ、この、か…さんと二人きりになりたいんです!ここで分かれましょう!」
「へっ!?そ、それはどういうことですか?」

 さよの問いに、刹那は応えず木乃香の膝裏と背中に手をやって

「お嬢様、失礼します!」
「ふえ?」

 失礼とは思いつつも、許可を待たずに持ち上げる。お姫様だっこというやつだ。
 刹那は跳躍し、壁を越えてシネマ村に入る。

「またCGやー」

 腕の中で、木乃香がそんなことを言っていたのが聞こえた。


 残されたハルナは息を整えながら、壁の向こうに消えていく刹那の背中を眺めていた。
 あのジャンプ力はいったい……いやそんなことより重要な問題がある。

「女の子同士で二人っきりって、まさか…!」
「えっ、早乙女さん、それってつまり……えっ、え、えええっ!?

 ハルナの言わんとしている事を理解したのか、さよは顔を真っ赤にする。

「ああああのあのっ!あのお二人ってそうなんですかぁっ!?」
「確証はないけど…たぶんね!私のラブ臭センサーは伊達じゃないわよ!」
「そそそ、そんな…ふ、不潔です!け、けど…だけど!うわああああぁぁぁぁぁぁっ…」

 さすが六十年前の生まれ、免疫はないが興味は人一倍らしい。
 赤くなった両頬に手を当てて、イヤンイヤンと体を捩る。

「とにかく追跡するわよ!者共!このパル様につづけぇっ!」
「お、おーっ!」
「…(無言のまま拳を上げるザジ)」

 かくして、ノリノリのハルナを筆頭に、三人もシネマ村へと入って行ったのだった。
 そんな騒がしい三人組が去った後の駐車場に、小柄なドレス姿の少女がやってきた。淡い色のロリータ調のドレスを着て、両手に一対大小の刀を携えている。
 月詠だ。
 彼女は嬉しそうに、シネマ村の門の前で可愛らしげに小首をかしげる。

「うふふ…ほんまにシネマ村に入っていったわー。
 メドーサはんの言うた通りや」

 じっくりと追い詰めていけば、人の目と遮蔽物や隠れ場所が多い施設――シネマ村に逃げ込むと。

「下準備はすんでるって言うてるし…。
 さあ、楽しませておくれやす、刹那センパイ」

 嬉しそうに、月詠は頬を歪ませて笑顔を作った。


 衝撃に近い爆音と閃光への対策の為に切っておいたセンサー類を再起動。
 最初に使えるべき主の無事を確認し安堵してから、続いて自分の体を確認する。

(全身の消耗率9パーセント強。戦闘能力は30パーセント以上低下)

 これでは盾にもなれない。
 自分の能力の不足に対する不快なノイズ。自分が悔しがっていると、茶々丸は判断する。
 次に確認するのは自分達の置かれている状況。
 エヴァが作った大盾は、半ば砕かれつつも健在な姿で自分達の前に聳えている。
 そのすぐ背後は植物の一本に至るまで無事だった。だが、それ以外の範囲以外の植物は、すべて原型を失っていた。
 緑の枝葉は半ばが炭化し、まだ色を残す部分もゆっくりと炎に飲まれていく。

(これが……伝説の怨霊の力)

 一瞬で様変わりした風景を見ながら、茶々丸は道真の恐ろしさを改めて思い知る。
 単純な威力で言うなら、エヴァとて引けを取らない。エヴァの奥義とも言うべき広域殲滅呪文『こおるせかい』『おわるせかい』ならばこれ以上のことが可能だろう。
 だが、道真とエヴァでは決定的に違う点がある。

「どうした?逃げてばかりでは話にならんぞ?」

 道真の声が、ほぼ真上から聞こえてきた。
 エヴァと茶々丸が見上げた瞬間、目の前の氷壁が、縦に断ち割られた。

 ガギンッ!

 舞い散る氷の欠片の中に、扇子の振り下ろした姿の道真の姿があった。
 氷塊を、扇子の一振りで叩き割った。そのことを、エヴァと茶々丸は理解した。
 大小様々なサイズで降り注ぐ氷の破片から逃れて距離をとる二人。道真は高いところからその様子を睥睨しつつ、袖から式神の紙型を取り出す。

「オン!」

 一言の呪いにより、紙は神となる。
 6体の鬼式神だ。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)・闇の30矢(オブスクーリー)!」

 エヴァは回避しながら、使い追いすがる鬼達に向けて魔法を放つ。
 一匹に当たり五本ずつの闇の矢が鬼に突き刺さり、鬼達をただの紙に戻す。
 その隙を、道真は突く。
 鬼達を盾にしながら、道真はエヴァに追いすがり、至近距離で爪を振る。

「くっ、氷盾(レフレクシオ)!」

 魔法無しの力技で叶うはずもなく、エヴァは打ち合いを避けて防御魔法を作る。

 ギンッ!

 盾は一撃で砕ける。一撃とはいえあの道真の攻撃を受けきったのだから、十分以上の活躍だ。
 だが、二撃目までは支えきれない。

「終わりだ!」

 道真の爪が、エヴァに届いた。

 ゾクッ!

「マスター!」

 茶々丸の悲鳴。道真の爪がエヴァのわき腹を掠め、血に染まる。
 それは初めての有効打だった。苦痛に表情を歪ませるエヴァだが、しかしその程度の痛みで動きを止めるほど、エヴァは柔ではなかった。

「離れろ、下郎!」

 無詠唱で氷の矢を自身の周囲に作る。それは同時に、道真を魔法の矢で囲んだということ。数は無数。

「凍りつけぇっ!」

 後方に跳躍しながらエヴァは魔法を発動。
 魔法の矢は四方八方から道真に殺到し、その姿は凍結した水蒸気の霧の中に消えてゆく。
 一方飛び退いたエヴァは、焼け焦げた落ち葉の上に膝を付く。

「マスター。お怪我は…」
「案ずるな。大した事はない」

 言いながらも、脇腹を押さえるエヴァの手の指間からはあ、鮮血が零れている。
 放っておいていいような傷ではないが、しかしエヴァが再生をしようとする様子もない。

(いいえ、出来ないのですね)

 茶々丸は、その理由を察する。
 魔族の攻撃は肉体的なダメージは元より、アストラルサイドの――霊魂に対する破壊力も兼ね備えている。
 道真の攻撃は、エヴァに通じているのだ。エヴァとしても、肉体的なダメージよりも自分の本体である魂魄へのダメージを気にしているからこそ、魂に負担をかける再生が出来ないのだろう。

(やはり、不利です。記録上、マスターは自分に致命傷を与えることの出来る相手との戦闘経験が薄いはずです)

 茶々丸は、古参の従者であるチャチャゼロから、エヴァの戦歴を聞いている。その記録から、茶々丸はエヴァの戦歴をファイルにしてメモリーに保存している。
 だがそれを検索しても、エヴァはこの二百年、自分を害する可能性のある相手と戦ったことがほとんどないのだ。
 そもそも吸血鬼はその種族自体が強力であり、ましてエヴァは『最強の悪の魔法使い』の称号を欲しいままにしている。エヴァにしてみれば世界中を見渡してみても、自分に匹敵する実力者など一握りであり、交戦回数など数える程度だ。
 エヴァの最大の弱点。それは実力の伯仲している相手――力押しでは勝てない相手との戦闘経験がほとんどないところだった。
 その点、道真は最悪の敵だ。同じパワー型であり、基本は遠距離からの撃ち合いを得意とするタイプであり、しかし近接格闘が苦手というわけでもない。
 全く同タイプの物が、同じ戦術でぶつかった場合どうなるか?
 答えは簡単だ。単純に力が強い方が、勝つ。
 そして――

(マスターは菅原道真の怨霊には勝てません。相手は詠唱を必要としないのですから)

 単純な攻撃力なら、エヴァも見劣りするものではない。だが、相手は同等威力の攻撃を詠唱無しで撃つことができるのだ。
 同じ威力の砲台同士の潰しあいなら、速射性が勝る物のほうが強い。

「マスター。ここは撤退するべきです」
「そのようなこと…出来るわけなかろう?」

 茶々丸の進言をしかしエヴァは一蹴する。
 最強を名乗る者としての矜持が、撤退を許さない。まして相手は自分を見くびり、そのプライドに泥を塗った相手だ。退く訳にはいかない。

「それに…向こうも簡単に引かせてくれそうにもないからな」
「その通りだ」

 道真が、氷の粉塵の中から歩み出てきた。
 ダメージらしいダメージを受けた様子は見られない。

「辞世の句は読み終えたか、小娘?」
「それはこちらの台詞だ、怨霊め」

 憎まれ口を叩こうにも、どうにも切れが悪い。
 道真は嘲りの笑みを浮かべ、エヴァは悔しげに顔を歪ませる。
 作戦の差でも、頭数の差でもなく、単純な力の差で押されている主人。
――そんなかつて想定したこともない悪夢の中で、茶々丸はエヴァに黙って連絡した(言ったら機嫌を損ねるだろうと思った)横島の、一瞬でも早い到着を祈っていた。


 炎上する大阪城公園の中で、エヴァの窮地は続いる。


つづく


あとがき

 今週末テストの詞連です。それも複数。
 時間、ないねん…。
 落とすと、やばいねん…。
 ともかくレス返しを一人ひとりに差し上げる事ができそうにないほどに忙しいです。
 ですがまずはお礼を。
 23氏、D,氏、黒川氏、ロードス氏、P氏、盗猫氏、彩氏、doodle氏、鉄拳28号氏、雑木林氏、はてな氏、ikki氏、TS大好き氏、こちょう氏、いしゅたる氏、仲神 龍人氏、九頭竜氏、山の影氏、菜萎詩氏、Heckler氏、司書氏。
 コメントありがとうございます。
 プライベートの時間が厳しいので、まとめて返信させていただきます。
 一番コメントの多かった、横島が黒くなった原因および、普段のふざけた態度のギャップについて。
 違和感あるのは当たり前というか、今回読まれて解ったかもしれませんがそれを前提に描いています。
 もう少し後で描写しようかと思ってたんですが、なにやら納得いかんという声が多い上、しばらく休むので、このままほっぽって置くのもなんですから、今回触りだけ少し出しました。
 ただ言える事は一つ、横島自身も自分の違和感については自覚しています。
 それといしゅたる氏の『必要に応じて黒い皮をかぶる原作横島』『必要に応じて原作横島の皮をかぶる黒横島』という発言は結構いいところを突いてます。

 テストは金曜には終わるので土日をかけて次回を書き上げる所存です。では…

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