鏡を抜けて、横島は部屋の真ん中に行き、そこに落ちている玉を拾い上げた。
「―――やっぱり、流石に文珠を複製することは出来ないってわけか」
拾い上げたのは文珠に似たガラス球。霊力は感じられない。
横島は自分が通り抜けてきた鏡に目を向ける。その中には、やはり文珠を摘みあげた自分の姿があった。
鏡の中の自分が摘み上げているのは、鏡を通り抜ける前に置いてきた本物の文珠。
「さてと、だったら向こうのは…」
横島は逆方向――自分が入ってきたのとは正反対の側にある鏡に向かって歩いてゆく。
触れて、視界が光に包まれて、そしてまた先ほどとほとんど同じ光景が見える。
鏡以外何もない部屋の真ん中に、文珠が一つ。
だが、先ほどと違う点が一つあった。その文珠の放つ霊力だ。
部屋の真ん中に落ちている玉は、先ほどの部屋にあったガラス球とは異なり、霊力の存在を感じることが出来た。
これはつまりどういうことか?
「やっぱり、この結界は鏡像の部屋が無限に続いてるんじゃなくて、一組の部屋がループしているだけか…」
手の中で文珠を転がしながら、横島は鏡に映る部屋を睨みつけた。
いかに霊力とは言えど保存則を超えることは出来ない。
これは、横島が本格的に霊能を学び始めた頃に、美神から教えられた大原則の一つだ。
確かにオカルトを前にしたとき、運動量、質量、エネルギー等の保存則は容易にぶっちぎられる。だが、そんな霊能でさえも、そこに霊力を数値として加えた場合、やはり厳然とした等式が成立する。
つまり霊力で何もない空間に物質を生成することは出来るが、それはあくまで霊力を対価としたものであり、霊力が有限である以上、無限に物を作ることは出来ないということだ。
横島はそこに着目した。
「いくら魔法だって、無限ってのはないだろうからな」
部屋を作っているのはおそらく魔力だろう。
だが、その魔力だって無限のはずがなく、したがって部屋が無限にあるはずもない。更には、エヴァンジェリンの話によれば魔力と霊力の互換は不可能(厳密には可能だが、それは熱を電力に変えるような手間を必要とする)なので、おそらく文珠の複製品を作るのは不可能だろう。
ならば、この部屋にある文珠は、おそらく自分が置いてきたのと同じもの。
「結構ケチな仕組みだよなぁ」
鏡を扉にして、二つの部屋を交互にループさせる。さらに部屋に何か傷をつければ、鏡を挟んで反対側の部屋に、鏡像となるような傷を発生させる仕掛けを仕込む。おそらく通常の物質をおいた場合でも、その鏡像体を対になる部屋に発生させるのだろう。
この仕組みによってただの二つの部屋のループを、合わせ鏡の無限回廊であるかのように錯覚させる。その無限という幻想によって、対象の抵抗心を失わせるというわけだ。
ケチだが、非常に有効な手段である。
「ま、種が分かったからって厄介なのは変わらねーけどな、チクショウ!」
横島は頭をかきむしる。
この結界の正体を見破った時点で、横島はいきなり手詰まりに陥った。
理由は、狭さだ。
これが本当に魔力の大きさに任せた無限回廊なら、その無数の部屋のどこかに術の中心があると推測されるので、しらみつぶしにしていけばよい。
だが、部屋が二つだけということは、つまりその術の中心がこの二つの部屋のどこかにあるということになる。この、鏡以外何もない部屋のどこかに、だ。
「探しようがないっつーの」
やはり鏡を壊すしかないのかな、と横島は考えるが、それはいくらなんでもないだろう。あまりにも分かり易過ぎて、かえって怪しい。
「俺は言われた通りに動く使いっ走りで、こういうの考えるキャラじゃねーのにな…」
情けない顔をして胡座をかきながら、鏡の向こうを見つめる横島。鏡の中では、類稀な美少女が情けない顔をして胡座をかいている。
類稀な美少女―――つまりは少女になってしまった横島自身だ。
「あれ?」
と、ここで、横島はとある違和感に気付く。
この一組の、鏡合わせの部屋にあるのは、鏡と、そして自分だけ。
「まさか…」
横島は出したままにしておいた文珠に文字を込め、投擲。
投げた先は鏡だ。
文珠が鏡に接触すると同時に鏡は一瞬光を放つ。それが収まった時に横島の目に入ったのは、こちらに飛んでくるガラス球。
「よっ、と」
飛んできたガラス玉を横島はキャッチ。鏡の中の横島も、当然それをキャッチして…
キィンッ!
鏡の中の横島だけが、まるで金縛りにあったかのようにその動きを止めた。
それを見て、横島はガッツポーズをする。
「よっしゃ!」
飛び起きる横島。鏡の中の『横島』も起きようと身じろぎするが、文珠の力によってそれが出来ない。その際、部屋全体でバチバチと放電のような現象が起こる。結界が壊れかけているのだ。
横島はそれらを無視して鏡に触れる。すると鏡は不安定に揺らぐ光を放ちながら、横島を取り込んで、金縛りにあった『横島』がいる部屋へ横島を通す。
光が収まった後の視界に、横島は『横島』を捉えた。
「よう、俺」
『……、…』
パクパクと、口と表情だけを真似る『横島』。だが、その目つきはどこか空ろだ。
その様子を見て、横島は昨日のラブラブキッス大作戦で使われた式神人形を連想する。いや連想も何も、『横島』は式神人形そのものだ。
「まさか、鏡に映った自分が術の中心だとは思わなかったぜ」
『………、…………………………………………………………』
横島の口の動きを、『横島』――術の中心である式神がトレースする。
(しっかし上手く考えたもんだよな)
横島は感心しながら式神を眺める。
鏡を見ながら、横島は不審に思ったのだ。いや、そもそも横島が眺めていたのは鏡などではなく、鏡像の部屋を映す画面のようなものだ。
ではその画面の中にいる自分は一体何者なのか?
その疑問に至って、横島はようやくこの結界の中にいる、自分と『鏡』以外の存在に気付いたのだ。
「後はコイツを殺せば外に出られるってわけか」
横島は手に持っていた《縛》の鏡文字が入ったガラス玉を投げ捨てて、栄光の手を作る。
対して《縛》の文珠を握ったまま動けない『横島』は、横島の台詞にあわせて口をパクパクさせるだけ。
横島はそんな『横島』を見ながら剣状にした栄光の手を振り上げ――
「ああ…自分の偽者とはいえ、女の子斬るのは気が引けるな…」
だが、躊躇いの色が見えない太刀筋で振り下ろした。
光の中で、夢幻は崩壊した。
「…!」
ガラスが砕けるような音と、まるであの鏡を抜ける時のような閃光。
それらは一瞬で去り、横島の目と耳は別のものを捉える。
風にそよぐ竹の葉のサラサラという音と――
竹の林の間を伸びる風情ある石畳の道と――
殺る気全開でこっちに向かって爆走してくる半獣――
「のっぴょぴょーーーーーん!!」
横島は無様ながらも、何とか小太郎の体当たりを回避したのだった。
霊能生徒 忠お!〜二学期〜 十八時間目 〜ソードのキングの逆位置(無法地帯)5〜
「のぅわっ!?」
驚いたのは小太郎も一緒だった。
いきなり自分の進行方向に黒服の女が出現したかと思うと
「のっぴょぴょーーーーーん!!」
だ。
驚愕による緊張と、一発ギャグによる脱力。相反する力の微妙な均衡で硬直した小太郎。
そんな小太郎の意識を再び動かしたのは、首の後ろの皮を掴まれた感触だった。
掴んだのは先ほど突然現れた『のっぴょっぴょーん女』。とっさに背後に回りこんだ彼女は、その細腕からは想像つかないような握力と腕力で、小太郎を子犬のように摘み上げる。
「うひぃっ!?」
「何で人狼が…って、あれ、コイツ。ひょっとしてゲーセンの…」
「な、何す…あ、ね、姉ちゃんは横島…!離さんかい!?」
「のひっ!?」
のっぴょぴょーん女の正体に気付いた小太郎は、爪の生えた足でキックをする。横島は小太郎の首から手を離すと、ほうほうの体で引き下がる。
小太郎も追撃せずに、ケイの前まで引き下がった。
(ど、どないなっとんねん!アイツはメドーサが引き付けてたんとちゃうのか!?)
(わかんないよ!ひょっとしたらメドーサを倒したのかも…!)
だとしたら、まずい。小太郎とケイはここに来る前にメドーサと横島の戦いを目の当たりにしていた。あれだけの戦いを繰り広げ、しかも勝ったような相手に自分達が叶うはず―――
―――のっぴょぴょーーーーーん!!―――
(……勝てそうな気、せーへんか?)
(…だね)
「な、何でいきなりこんなことになってるんじゃ…!」
一方の横島は、心臓をバクバクとさせながら、荒い息をついていた。
横島がなぜこんなところに出たかといえば、ここがあの鏡合わせの結界が発動した場所だからだ。
無間方処の出口と入り口は同じであり、あの結界の配置もその入り口のすぐ近く。だから、出入り口付近で戦闘していたネギ達の間に出てしまったというわけだ。
「横島さん!」
「ん?お、ネギとアスナちゃん!無事だったのか?」
「はい!
横島さんも無事のようでよかったです。夕映さんから罠にかかっちゃったって聞いて、心配していたんですよ。ついさっきまで」
「うん!ホント、心配してたんだからね!ついさっきまで」
「……なんで過去形を強調するんだ、お前ら」
「そりゃ『のっぴょぴょーん』じゃ心配すんのは無理ってもんすよ」
アスナの肩の上で、カモが呆れたように言っている。
その背後には、全く同意だというように夕映とのどか、そしてちびせつなが頷いていた。
「夕映吉とのどかちゃんも合流できたみたいだな。…って、あれ?何で刹那ちゃんがこんなところに、しかも随分縮んじゃって…」
「あ、いえ。私はちびせつなと言いまして…」
「っておい!こっちほっといて勝手に和むな!」
悠長なちびせつなの自己紹介を遮って、小太郎が叫ぶ。
見れば完全に臨戦態勢のケイと小太郎がこちら睨んでいた。
「『のっぴょぴょーん』女!そこどけや!俺らはそこのネギとアスナっちゅー姉ちゃんと戦ってんねん!邪魔すな!」
「そうそう!それに『のっぴょぴょーん』の姉ちゃんはメドーサと戦ってたんじゃなかったの?」
「一発ギャグを連呼するな!
それにメドーサからは逃げて来たに決まっとるやないか!
あんなのと何の準備もなしに戦えるか!」
横島の言葉にケイは内心安堵を覚える。
メドーサが無事だったことにではない。目の前の横島という女が、あのメドーサよりは弱いということを確認できたからだ。しかも外見上は分からないが、ひょっとすれば何かしらのダメージを受けた可能性だってある。
(勝てるかも、ね)
希望的観測の結果だが、多少の勝機は残っている。さらには状況からして向こうが逃がしてくれるとは思えない。
(月詠の姉ちゃんの腕を斬っちゃったらしいしね)
ふざけた態度だが、ただそれだけでないことは月詠の件や千草の話から聞いている。この状況で、敵であるこちらを放って見逃すような相手だとは考えにくい。出口をネギ達に押さえられた場合、この無間方処は自分達を閉じ込める檻になる。逃げるのは不可能だろうし、そもそも小太郎がそんな消極的な作戦に乗ってくれるとは思えない。ならば、むしろこちらから向かっていったほうがまだ勝算がある。
こちらから打って出るのが吉。ケイはそう判断した。
一方の小太郎としては、そんな計算など全く頭にない。
(へっ…女を殴るのは趣味やないけど…この姉ちゃんとは本気でやり合いたいわ!)
逃げたとはいえ、上級の悪魔と互角に渡り合う戦闘力。勝敗どうこう以前に全力でぶつかり、あわよくば勝ってやりたい!
冷静な計算と、純粋な欲求。二つの違う経路で、しかしケイと小太郎は同じ結論に達していた。
(うわぁ…今度は子供かよ)
闘志を燃やす二人を前にして、横島はやる気なさげなため息を漏らす。
(月詠ちゃんといい、この二人といい…関西呪術協会って人手不足なのか?)
なぜこうにも戦いにくい相手ばかりが目の前に立ちふさがるのか?
(千草さんだってええ乳しとるのに勿体無い。どうも巡り合わせが悪いなぁ)
相手が美形で、金持ちで、女にモテてるやつならば一片の躊躇いもなく斬り捨てられる。だが残念なことに、上の条件のいくつかを満たす面子であるピートと西条は味方。
(気が滅入るな、マジで)
だが、そうとも言ってはいられない。
(倒さんと、ネギ達がマズイもんなぁ)
正義の味方を気取るつもりはない。一昨日の夜に言ったとおり、東西が仲良くなろうが決裂しようが全面戦争になって何人死のうが、横島にとっては知ったこっちゃない。
(ま、目覚めは悪いし、お近づきになりたい美人とかも混ざってるかもしれないし、それにネギ達が巻き込まれる可能性があるから、放っておくわけにもいかんけどな)
可愛い女の子や、子供やらに乱暴を働くのは、できれば避けたい。それは横島が心の奥に持っている良心から来るものか、それとも小市民的な臆病さから来るものかは分からない。だが、横島は避けたいとは思っているのは本当だ。
(けど、見ず知らずの相手と同じ釜の飯を食った相手じゃ、なぁ…)
目の前の二人は子供とはいえ他人で、自分の背後にいるのは(こちらは色々と偽っているが)友達だ。
天秤は容易に傾く。
「やるか」
まるで定食をAセットにするかBセットにするかを決めたかのように呟いて、横島はアスナの肩にそっと手を置いた。
「アスナちゃん。下がってろ。結構疲れてるだろ?」
「えっ?」
強くはないが、有無を言わせない言葉。
アスナは戸惑いながら振り向こうとして―――その膝裏を軽く押された。
それだけで、アスナは膝が崩れる。膝カックン、というやつだ
「きゃっ…!」
「あ、アスナさん!?」
「ネギと一緒に待ってろ。すぐ片付けるから」
「ぼ、僕も…」
「お前も休め。ボロボロな顔しやがって」
尻餅をついたアスナとそれに駆け寄るネギ。横島は二人を置き去りして、歩み出る。そして、小太郎のレンジのギリギリ一歩前に立つ。
その後姿に、アスナは見覚えがあった。
あれは――あの夜の…
「横島さん!あの、ひ、酷いこととかしちゃ駄目だからね!
う、腕とか切り落としたりとか!」
「うっ、腕ぇっ!?」
ネギが何か驚いたような声を上げるが、アスナにはかまってる暇はなかった。
「とにかく、なるべく穏便に!ほ、ほら!文珠とか」
「悪いが、文珠は残りが少なくて無理だ。
ま、殺しはしないから。もっとも、メドーサ達は腕くらい平気でくっ付けれるみたいだから、もっと別の方法で『壊す』けど」
「こ、壊すって…」
グロテスクな想像をしようとして、しかしアスナの想像力では間に合わない。ともかく何とか小太郎達の安全を確保してやろうと言葉を捜すアスナ。
何でさっきまで戦ってたガキ達の為にこんなことを、と脳味噌が煮詰まりかけたとき、援護射撃が背後から来た。夕映とのどかだった。
「あああ、あの!横島さん、あの子達は本当はそんな悪い子じゃないとおもいます!だだだ、だから…その…なるべく酷いことは…」
「それに話を聞いた限りでは、横島さんの戦闘力はかなりのものと聞いています。ですから適当に実力差を見せ付けた後に交渉。もしくは、ネギ先生の魔法で捕獲というのは…」
「夕映吉」
夕映の言葉は最後まで聞かれることはなかった。
遮った後、横島は小太郎達に尋ねる。
「一応訊くが、この件から手を引いてくれるか?」
「嫌や!折角面白そうなん見つけたのに放っておけるかい!」
「なんだかんだ言っても千草姉ちゃんには世話になったしね。目的もあるし」
「―――だってさ。それに、ただでさえ駒数に差があるんだ。ここで潰しておくに限る」
「はん!上等や!」
横島の言葉に息巻く小太郎。
一方横島の背後では、普段と違う横島の口調に夕映が動揺していた。
(潰す…殺さないと…しかし…)
違和感と怖気が夕映の中に生じた。それは、横島が合わせ鏡の中に消えた時に感じたのと、同じ感覚だった。
自分が怪我をする覚悟、場合によっては命を奪われる覚悟。それはしてきた。シミュレートしてきた。だが…では、他人の命が奪われるという状況は…?
(覚悟…した、はず…)
覚悟。
その単語が、酷く重く感じられた。それと同時に、自分が口にした『カクゴ』という単語は、まるでそれとは別の、まるで発泡スチロールで出来た張りぼてのように感じてきた。
(実体験と、シミュレートの差という奴ですか?)
思い描いていたとは違う、遥かに重い現実。
だが、それでも夕映は抗って言葉を続けようとするが、
「夕映吉よ」
その前に、横島が来る。夕映ははっとして顔を上げるが、横島は振り向いていない。
「後で、説教な」
凪の海のような穏やかな声。そこには怒りもいらだちも感じられず、逆に優しさもも感じられない。柔らな無情。そんな形容が出来る言葉。
栄光の手を作りながら小太郎達に、軽いノリで言う。
「ってなわけで。とりあえず殺しはしないから安心しろ」
「言っとれ!行くで!」
「うん!」
小太郎の声にケイが頷き、戦闘が始まり――
ガズッ!
――次の瞬間、ケイが真横に吹き飛んだ。
時間差つきの左右からの挟撃。
それが小太郎達の戦術だった。だが、その目論見は一瞬で外れた。
横島は先に到達する小太郎ではなく、ケイに攻撃をしたのだ。それも、予想より数段速い動きで。
横島は栄光の手を棒――霊波如意棒に変え、振る。目標はケイ。
「ッ!!!?」
とっさにハンズ・オブ・グリーン――緑樹の手でガードするケイだが、踏ん張りどころのない空中ではどうすることも出来ず、そのまま真横に飛ばされる。篭手は、半ば砕けている。だが、深刻そうなダメージはなさそうであり、また小太郎から見て、横島は隙だらけだ。
横島は、小太郎を見ていない。
(ハッ、あんだけ大口叩いといて、これで終いか!?)
期待はずれかと思いながら蹴りを放つが、だが横島に届く直前に光る六角形の板で遮られる。サイキックソーサー。霊力の盾だ。小太郎は技の名前は知らなかったが防がれたということだけは理解できた。
一瞥もせず、ろくな集中もせずに、自分の全力の一撃を防がれた。そのことに、小太郎は戦慄する。
だがそんな時間も、ケイを心配する時間も小太郎には与えられない。小太郎の着地と同時に、横島は小太郎の足の地面に、霊波如意棒を突き立て、小太郎の足を引っ掛ける。
「とっ…!」
後背に向けて押し倒され小太郎は、とっさに受身を取り、自分の勘と転ばされた勢いに任せて後転。
その判断は間違いなかった。一瞬前まで小太郎の体があった場所を、横島のブーツが踏みつけ、石畳が砕ける。
小太郎は冷や汗をかきながら、次は間合いを取るべきか、それとも前に出るべきかと一瞬だけ迷う。だが、その一瞬すらも与えられない。
その石畳を砕いた一歩を震脚として、横島は如意棒を突き出した。
「カァァァッ!」
獣じみた方向が、少女の口から漏れる。
その瞬間、小太郎は全身に衝撃を感じた。
額、肩、胸、腹、腰に各二発ずつ。
痛みを感じたのと、それが横島の攻撃だと気付いたのは同時だった。
「ぐはぁっ!」
後方に吹き飛ばされる小太郎。横島は如意棒を伸ばし、更に打ち据えようと構える。だが、そこに小太郎への援護が入った。
「巽象招来!」
林の中から、ケイの声。次の瞬間、横島の足元から竹が生える。
「サイキックブースト!」
横島はあえて前に出て小太郎を追う。しかしケイによって稼がれた時間のうちに、小太郎は体勢を立て直していた。着地の前に竹に掴まり、その勢いと竹のしなりを利用して跳躍、横島の上を飛び越える。
「ちっ…」
横島が小さくしたうちをして振り向けば、そこには空中を舞う小太郎と二本の竹に両手をつけているケイ。
(巽――木行系の術を使うのか)
ならばと、横島はタロットを4枚取り出す。金星を示す女帝のカードと、山羊座、水瓶座、そして魚座を司る、悪魔、星、そして月のカード。
ケイは、両手から霊力を放射し、竹を加工。丸ごと二本の竹を竹とんぼにし―――
「行っけぇい!」
「秋の四宮!太白に力を与え木気を克せ!」
ケイの発動の方が早かったが、勝ったのは横島の術だった。
金克木の理に従い、事象は顕現する。竹とんぼが横島にたどり着く前に、まるで一気に数百年の時を経たかのように、竹とんぼ達は風化しチリになる。
「ウ…ソ…」
自分の術に自信を持っていたケイは信じられずに、目を見開く。
だが、目の前の光景はさらに進行する。ケイの竹とんぼを全てくらい尽くしたのにも飽き足らず、横島の霊力はさらに他の竹を蝕む。
一秒と経たない内に、ケイの周辺に立っていた青竹が黄色く染まり、塵になって枯れ落ちる。そのことに慌てたのは小太郎だった。竹を足場にしようとしたところで、急に枯れたのだ。
「ぼけっとすな!」
「…!?」
小太郎の言葉にケイは我を取り戻す。だが、遅かった。
気付いた時、横島は舞い散る砂埃を突き抜けて、ケイのすぐそこにまで近づいていた。
回避よりも早く、剣状になった横島の一撃が振りぬかれた。
「くはっ…!」
流石に刃は作ってないが、しかしそれで威力が減るわけでもない。急所である右わき腹に、横島の霊波刀が叩き込まれた。抵抗できないまま、ケイは体を折って弾き飛ばされる。
「この…!」
それを見て、小太郎が敵を打とうと背後から踊りかかる。小太郎には珍しい不意打ちの攻撃。だが、それすらも横島は読んでいた。ケイを殴り飛ばした栄光の手を地面に刺す。
「伸びろ!」
小太郎の視界から横島が消えた。栄光の手を伸ばすことで上に逃げたのだ。横島は栄光の手をキャンセルし、再度構築。それと同時に小太郎は上を見て横島を発見する。
「そこや…!」
空中の横島に追いすがるように跳躍。だが、それがそれは誤った選択だった。
横島は栄光の手を差し出して、叫ぶ。
「サイキックハンド!」
栄光の手が、巨大化した。
「なっ!?」
小太郎の視界を、光が埋め尽くす。まるで巨人のもののような巨大な手が、小太郎を押しつぶすように迫ってきた。そして…
「ぴぎぃっ!」
小太郎は、栄光の手に押しつぶされた。だが、力加減をしているのか、小太郎は動けないだけでそれ以上のダメージを受けた様子はない。
「は、離せ!」
暴れる小太郎だが、人狼の腕力、気の力を振り絞っても、横島の戒めが解ける様子はない。横島は地面に爪を立て、それを取っ掛かりとして自由落下よりも早く体を地面に戻す。
「コタ!」
ふら付きながらも、ケイは小太郎を助けようと駆け寄ろうとするが、しかし先に地面に到達した横島がタロットを取り出した。
「金牛!鎮星に力を与え拘束を成せ!」
ケイの足元の石畳が割れ、濃い泥が飛び出しケイの足元にまとわりつく。万全の状態のケイだったら辛うじて避けれただろう攻撃。だがダメージを受けていたケイに、回避は不可能だった。
「うわっ…!」
悲鳴が終わった時には、ケイの体の肩から下は泥の中に飲まれ、その泥はまるで岩のように固まり、その動きを封じる。
「くっ…巽象招来!」
ケイは土行を以って、横島の拘束を破壊しようと、手に持っていたドングリに霊力を込め、発芽させる。
木克土の原理により、本来なら横島の戒めは解かれるはずだった。だが、ドングリの根はまるでケイを包む土が岩であるかのように、根を食い込ませることが出来ず、双葉のまま枯れ果てる。
ケイには分からなかったが、それは術の構成の差と、そして横島が竹林を枯らす時に使った金行のせいだった。
一方、その間にも小太郎は横島の栄光の手から脱出しようとするが、しかし横島の微妙な力加減と、そして人間離れした霊力が、小太郎の脱出を許さない。
「ま、あきらめろや」
必至な形相の二人に、気楽な様子で言う横島。
わずか二十秒未満。
それが、横島が小太郎とケイを無力化するのに要した時間だった。
「す…すごい!横島さん!」
「よっ!横島の姐さん!日本一!」
「流石ですね」
歓声を上げるマスコット二人組みとネギだったが、残りの三人はそれどころではないほどに驚いていた。
「えっ…え、ええっ?」
「な、なんですか!?あの出鱈目な強さは!」
目の前で起こったことに認識がついていけずに目を白黒させるのどかと、何とか理解しながらも、しかし信じられないとった面持ちで叫ぶ夕映。
ネギとアスナの二人がかりで、散々苦戦したあの二人を三十秒足らずで捕まえた。
「よ、横島さんって…本当に強いんですね…」
「うん。私もそれは知ってたつもりだったんだけど…」
夕映の言葉にアスナも目を丸くして相槌を打つ。横島の特訓で、そのとんでもなさが骨身に染みているはずのアスナも、横島の戦いを実際に目の当たりにして驚いていた。
そもそも、横島がまともに戦っているのを見たのはこれが初めてだった(一昨日の夜はショックの方が大きくてまともに見れてなかった)。
そして、それはネギにしても同じだった。
「すごいですよ、横島さん!僕達が二人がかりでも苦戦したたのに、こんな簡単に…!」
横島に駆け寄る興奮した様子のネギ。
ネギが横島の戦いを見たのは二週間以上前の一度きり。エヴァンジェリンとの戦いでだけだ。その時にはただ呆然と、何が起こったのかわからなかった。横島から特訓を受けた今は多少なりとも分かるようになり、だからこそレベルの違いが理解できた。
横島の戦闘力は、自分達と桁が違う…!
過剰ともいえる褒め称えに、横島は首を傾げて問い返す。
「え?お前、こんなのに苦戦してたのか?」
「す、すみません…」
「こんなのやて!?」
落ち込むネギと憤る小太郎。それを見ながら、アスナは少し安心する。散々攻撃はしたが、だが月詠にしたような致命的な攻撃はしていない。
(とりあえず……横島さん、手加減してくれたみたいね)
胸をなでおろすアスナ。
だが、それは――
「じゃあ…手っ取り早く済ますか」
「何をですか?」
「言ったろ―――――壊すって」
「えっ、それはどういう…」
ネギの答えは、
「ガァァァァァァァァァァッ」
小太郎の悲鳴だった。
「小太郎君!?」
「コタ!」
ネギとケイが、それぞれ悲鳴を上げる。
アスナは驚きながらも状況を把握した。
横島が、何かしているのだ。
「横島さん!何してるのよ!」
「何って…拷問?」
横島は半疑問系で応える。それと同時に、再び小太郎が悲鳴を上げる。
その時アスナは、小太郎の体が僅かに光っているのが見えた。その光は、横島の栄光の手や、サイキックソーサーの光と同じものだった。
横島が小太郎に霊力を流し込んでいる。
そのことをなんとなく理解したのは、小太郎が三度目の悲鳴を上げた時だ。
「や、止めなさいよ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって…く、苦しそうじゃない!」
「そりゃそうだ。動けないようにダメージ与えてるんだから」
「だからどうしてよ!?」
「言ったろ。壊すためだって」
「…!?」
会話になってない会話。その果てにアスナは気付いた。横島は、明言した通りにするつもりだと。
言葉を失ったアスナの後を引き継ぐ形でのどかが言う。
「どうしてそんなことをするんですか!?」
「だから、さっき言ったろ?ここで潰しておかなきゃ後々大変だからな。
状況のまずさはネギから説明されてるんだろ?」
「そうですけど…けど!ここまですることは…!」
「必要だ」
言い切った横島は、再び小太郎に霊力を流しこむ。小太郎は悲鳴を上げて、そして変身が解けた。髪が再び黒く変わり、体も元の子供の体型に戻る。
「ま、こんなもんだな」
横島は言うと、栄光の手を戻す。戒めを解かれた小太郎だが、起きる気配はない。それを見て、ケイは顔色を変えた。
「コタ!小太郎!小太郎ぉぉっ!」
「安心しろって。死んでないし、殺すつもりもないから」
ケイに言う横島の表情を見て、アスナは恐怖した。
横島は笑っていた。それは楽しげなものではない、苦笑に分類するものだった。困ったような、気まずいようなそんな、苦笑。
だが、それはあまりにも状況にそぐわない。
「な、にを…する、気や…」
「コ、コタ!」
「お?意識があるか。流石人狼」
「狼や、ない…狗族や…」
「違うのか?ま、いいや」
もはや気力だけで減らず口を叩く小太郎に、横島は面倒くさそうに小太郎の手を取って引き上げた。
その時を、小太郎は待っていた。
「ぅりゃあああっ!」
まさに死力を振り絞って、せめて一太刀というつもりで放った拳。
だが、それすらも届かないほど、横島との実力差は絶望的だった。
「ま、当然そう来るわな」
死にかけのふりをして一撃。自分も良くやった手だ。
微妙な懐かしさを感じながら横島は空いた手で、小太郎の最後の一撃を無情に掴み、再び霊力を叩き込む。
「――――!!?」
悲鳴を上げることもできず、小太郎は痙攣して、その後、完全に力を失う。
「く、くそぉ…」
「ってまだ意識あるのか!?丈夫だな、お前」
「も、もういいでしょ!横島さん!もうやめてあげて!」
涙に曇る声でのどかが懇願する。だが、横島は気まずそうな顔をするだけで止める様子はない。
「って言われてもなぁ。
ちゃんと動けないようにしてからじゃないと、危険だからな。チャクラを抉るのは」
「チャ、チャクラ?」
聞きなれない単語にのどかは首をかしげた。だが横島の意図を理解できた小太郎は、初めて顔色を変える。
「や、やめろ!」
「ん?まだ動くのか?」
「!っぁぁあああああっ!」
数分前まで竹林だった荒野に、小太郎の耳をつんざく悲鳴。
その光景に一番ショックを受けていたのは、ネギだった。
呆然と、ネギは横島の凶行を見ていた。
(違う…)
ネギは胸中で呟く。
違うと、こんなはずではないと。横島さんはこんなことをする人じゃないはずだと。
(横島さんは強くて、綺麗で、かっこよくて、頭も良くて―――正しい)
ヒロイン……いや、ヒーローだ。ネギにとって横島は、そんな存在だった。
だが、目の前の光景はそんな信仰を否定している。目の前にいる横島は、もう動けない相手に、さらに苦痛を与え続ける。
言っていることは、正しいかもしれない。
チャクラとは、全身にある魔力濃度の高いラインが集まっているところだ。魔法を使う際はそこを経路にし、霊力もその経路を伝達させられる。
チャクラを破壊すれば、下手をすれば一生戦えない。少なくとも修学旅行中は安全だ。けれど…
(違う…間違ってる)
横島がやっていることは、間違っている。
言っていることも、意図も正しいかもしれない。
けれど…これは違う!
「止めてください!横島さん」
そう、ネギが叫ぼうとした時だった。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
横島の背後で、ケイの霊力が跳ね上がった。
「!?」
突然に跳ね上がった霊力に、流石の横島も驚いて振り向く。そこでは、ケイが半獣化しようとしていた。
力の制御が甘いのか霊力が漏れ、霊力のない夕映やのどかでも、オーラのようなものが見えた。
そして、その漏れる霊力が体を包む土の拘束に罅を入れる。
「マジかよ!」
そこまでの霊力があるとは想像していなかった横島は顔を引きつらせる。
そして―――拘束は完全に崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
土くれを跳ね飛ばして、ケイが横島に突撃する。髪は逆立ち、目は完全に猫のそれになり、掌は大きく、爪は長い。
小太郎をぶら下げて立ち尽くしている横島に、ケイは力任せに爪を振るう。
はたして爪は、横島に届いた。
ただし、残像だけに。
「惜しいな」
声が聞こえたのは斜め後ろ。ケイの視界の端に、黒い服の裾がなびいている。
首を曲げた時には、既に横島が栄光の手を構えていた。
篭手が振り下ろされる。回避は出来ない。
ただでさえ戦闘で痛めつけられた体で、なれない半獣化で酷使した体は、既に悲鳴を上げている。
篭手が…自分が知ってる『横島』の…兄ちゃんのとそっくりの篭手が……
恐怖に、ケイは目を瞑る。
「ケイッ!」
まぶたの裏の闇の中で、小太郎が自分の名前を呼んだ気がした。
そして…痛みは来なかった。
「?」
恐る恐る目を開けると、横島の拳が目の前で寸止めされていた。その向こうには、驚きに凍りついた横島忠緒の表情があった。
どうしてと問う前に、横島が声を絞り出す。
「ケイ…って、まさか…美衣さんの…息子の…」
「かあ、ちゃんの名前…?」
呟きの交換。だが互いの疑問を問いあう前に、第三の声が横から割り込んできた。
「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」
ネギの魔法が、飛んできて―――
「うおぅっ!?」
「にぎゃっ!?」
横島は避けて、ケイだけが直撃を食らった。
(止めなきゃ)
ネギが呪文を唱え始めたのは、ケイが拘束を打ち砕く直前だった。
(止めなくちゃいけない!)
誰を、という意識よりも先に、まずそんな思いが浮かんでいた。
ケイを、ではない。横島を、でもない。あるいは逆に、その両方をかも知れない。
とにかく、これ以上戦いを続けさせてはいけないと、ネギは呪文を唱える。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
半獣化しかけたケイが駆け出し――
「惜しいな」
回避した横島が栄光の手を振り上げる。
(止める!)
決意を持って、ネギは魔力を解き放つ。
「風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)!」
編み上げられた魔力は魔法として解き放たれ、二人の纏ったものを消し飛ばそうとする。
「うおぅっ!?」
「にぎゃっ!?」
結果として、術を受けたのはケイだけ。横島はぶら下げた小太郎ともども効果範囲外に飛び退いている。
「コ、コラ!何しとる、ん…だ?」
横島の怒声にネギは身をすくませかけ、しかし後半の萎み加減に、ネギは不審を感じる。
横島を見てみれば、横島はケイの方を見て、目を零れそうなほどに見開いていた。
「お、おま…」
ぽかんと開けられた口で、横島が呟く。
ネギは首をかしげながら、ケイの方を見て、そして横島と同じような表情をした。
ネギ達は、それを見てしまった。
目の前にいたのは、ケイだった。
当然のことだが、武装解除の魔法は服を吹き飛ばす。本来は武器と鎧だけを弾き飛ばす魔法だが、だがとっさだったため余計なものを吹き飛ばしてしまっている。
だからこそ、ネギ達は見てしまった。
いや、見れなかったというべきか?
だって…ないんだもの。
存在しないそれは、いわゆる男性のシンボル―――おちんちんだ。
ネギと横島にとって見慣れた(横島は最近見てないが)それが、ケイにはなかった。
更にいうなれば、何の障害も無く大気に晒された胸が、僅かに膨らんでいる気がする。
このことから分かることは一つ。
『お前は女の子だったんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
横島と、そしてなぜか小太郎が、一緒になって叫ぶ。
「ふえ?」
その声を聞き、ケイは目をぱちくりとさせる。
それからもう一度瞬きして、ようやく体がスースーしているという事実を悟る。
恐る恐る、という風に首を曲げて自分の平たい胸を見下ろして、自分が全裸だということに気付く。
さて、ここでケイの心情を考えて欲しい。
相棒が痛めつけられるのを見て憤り、助けに飛び出したところで返り討ちを覚悟し、しかし次の瞬間、憎むべき冷酷無比な敵がなぜか自分が母ちゃんのことを知っていて、挙句いきなり裸にひん剥かれ、ネギや小太郎という異性(横島は今、女)に兄ちゃんにも見せたことがないヌードをご披露。
知能が高い化け猫とはいえ所詮は子供。脳の両々が振り切れてする行動は
「み、見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
癇癪を起こし、わけもわからず泣き叫ぶことだけだった。
そして……先ほどを遥かに上回る勢いで、ケイは霊力を暴走させた。
横島の施した、木を克する金の気を中和し、侵食し
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
植物が、無秩序に大量発生した。
「ぼぶれぇっ!」
「あべも゜!?」
「うわっ!」
ネギは辛うじて回避。しかし最も近くにいて、しかも予想外の事実に驚いて固まっていた横島と小太郎(小太郎自身はもう動けなかっただけだが)はそれぞれ別方向にはじき飛ばされた。
地面から生えてくる木や竹や巨大シダ植物やその他、良くわからない緑色の何か。
ネギはそれを避けながら、地面が植物で耕される音の合間に、アスナ達の悲鳴を聞いた。
「ななな、何よ!何が起こったの!?」
「か、癇癪だと思いますが!」
「け、ケイ君って女の子だったの!?」
「皆さん!大丈夫ですか!?」
ネギは木々を避けながら声のする方へ向かう。茂った草を掻き分けると、そこには蔦に絡まって、あられもない姿を晒す三人がいた。
「ムハーッ!」
「って鼻息荒くするなこのエロガモぉっ!」
「きゃ、ネ、ネギせんせー、み、見ないでぇっ!」
「どうでもいいから助けてください」
「は、はい!」
三者三様の悲鳴を上げる少女達を、ネギは蔦を解いて助けようとする。だがネギが蔦に手をかけるより早く、アスナの背後の茂みを掻き分けて、白刃が飛び出し閃いた。
「きゃん!」
「あぶぶっ…!」
「あたっ」
支えを失い尻餅をつく三人。その背後に、助け手が現れる。それは横島だった。
「ひっ!」
「って、いきなり悲鳴を上げて後ずさるってどうよ?」
顔をしかめる横島。ちなみにその髪には小枝が絡みつき、頭の上には土塊が乗り、そこから花が咲いている。間抜けな姿。一瞬、さっき小太郎にやったことが、何かの記憶違いのように思えてしまう。
アスナ達がなんと声をかけようかと迷っている間に、横島がネギに言う。
「とりあえず、逃げるぞ」
「えっ…け、けどこのままにしては…」
「暴走に疲れたら、すぐに収まるって。とにかく逃げるぞ!」
「あ、あの…横島さん」
「なんだ、夕映吉?」
「だから吉は…いえ、それより良いんですか?
ケイさんと…お知り合いなんでしょ?」
夕映の疑問に横島は深いため息をつきながら頷いた。
「ああ。だから逃げようって言うんだ。
こっちだって事情が複雑なんだよ」
まさか兄ちゃんは女の子になってましたなど言うわけにもいかない。
(それに、思いっきり殴っちまったしなぁ…)
友達らしい小太郎というガキも散々痛めつけてしまった。穏便な説得は無理っぽい。
(なんでケイがここにおるんや!つかアイツ男だったはずだろ!?)
頭を抱える横島。
それに対してネギは少し考える。
事情は良く知らないが、どうやら横島はケイ君…いや、ケイさん?と知り合いで、ことを構えるのを嫌がっているらしい。
ならば、早くここから離れた方が良い。
(もう、あんな横島さんは見たくない)
何気なくアスナを見ると、その意見はアスナも同じなのか頷き返してきた。
「分かりました。こっちです!」
ネギはのどかを抱えて杖に跨った。
つづく
あとがき
一晩置いてようやくあとがきを追加した詞連です。
うむぅ。『忠お』では女の子ケイは必要とされてなかったか…。
さて、あとがきを打ち込む前に書かれたレスに答えるような内容を書くのは販促っぽい気もしますが、ケイについて少々。
実はケイは男にしようか女にしようか悩んでました(つか去年GSコミックを中古で纏め買いするめで、ケイのオフィシャルな性別があやふやでした)。
ケイを出したのはパワーバランスの補正と、後々のとある展開の実現のためです。
最初は横島的に殴りやすいだろう男の子で行こうと思っていたのですが、この横島が撤退するシーンの理由付けや、構図的な問題(立ち位置が小太郎と被る上、ネギと同年代の女の子がアーニャしかいない)などの理由を加味した結果、女の子にした方が都合がよかったので、Night Talekr独特の風習(レスで突っ込まれましたが結構限定的な趣味だと思われます)を利用させていただきました。
が、以外に悪触感。
忠お!の読者は猫耳少女は好きじゃないらし女の子ケイを期待していなかったようで。
まあ、書いてしまった以上責任以ってこのまま行きます。
不快に感じられた方は申し訳ありませんでした。なお、これ以上性別が変わるキャラは居ない予定です。
では、レス返しを。
>はてな氏
横島が最初の一歩を踏み出した理由よりは夕映の方がマシだと主張してみたり。ま、文珠獲得話辺りは横島君も人間的に成長してますけど。
それと、実は結界に入ってから次回の話まで、本来のプロットなら一話であり、わざわざ夕映を持ち上げる意図は特にありませんことを明示しておきます。
>ASU氏
ケイはこんな感じの処理になりました。
ちなみにケイが女の子だった設定を使ったのは、ここで暴走させて横島を引かせるためっていうのが理由の四割だったりします。
>D,氏
夕映はダーク横島を見誤っていたことを思い知ってます。次回はお説教編。
>tito氏
誤字に関してはとにかく謝りながら精進していくしかありません。がんばります。
>lsm氏
以前のレス返しにも書いたことかもしれませんが、原作世界にも普通の宇宙飛行士やら麻帆良工学部やら大図書館やら、夕映が興味を引きそうなものは沢山あるのに、しかし退屈しているようでしたし、そんな彼女にとってGSという職業が実在したいるとしても、行動は変わらなかったと推測します。
夕映関係は、本来原作ではまだこの段階では関わってない子なのであまり活躍させることはできないかもしれません。ご了承を。
>P氏
来ました、伝説の台詞。ある意味文珠を上回る業ですよねぇ…。
>鉄拳28号氏
誤字指摘、毎度ありがとうございます。
夕映は…子供ですよ。だって、原作だってそんなもんですし。まあ、いろいろ彼女なりにも考えることがあるのでしょう。経験不足は否めないでしょうが。
>ZEROS氏
こんな感じで出ました。ケイに対してはこんな落ちで。
まあ、夕映は頭でっかちな所が弱点ですし…。経験積めば頼りになるかと。
>眉猫氏
なあなあでは終わりませんとも。たとえ世界設定が矛盾していてもこの辺りをおざなりにしないのが、私のボーダーラインです。
>doodle氏
はい、ちっちゃい子が多いです。
半獣化は暴走です。
ルイーダの酒場。…LV23まで育てた遊び人、消えちゃった…orz
と、作者の苦い思いでは置いておいて、次回もがんばります。
>不破蒼真氏
はじめまして。
なぜ、ウチだと夕映吉だけがこんなに嫌われるんだろう?だってネギまキャラって全体的にあんな感じじゃないですか?個人的には夕映は割合好きなのに…。
ま、対人関係の経験が薄そうですから、夕映は。麻帆良祭りでものどか関連で、のどかの気持ちは考えてもネギの気持ちはガン無視してましたし。そこが弱点かもしれませんね。
>米田鷹雄(管理人)氏
えっと…すみません。消さないでください。せめて誤字を直すまではなにとぞ…!orz
>ジン氏
多分、魔法の矢の捕縛は力ずくで破れると思います(あくまで気、魔力などを十分込めた場合ですが)。というか『簡単には脱出できない』とは言っていても『脱出不可能』とは一言も書かれてませんし。漫画でもフェイトが一分足らずで脱出してましたしから、がんばれば可能でしょう。
まあ、世界観の無理やりっぷりは、読者の皆さんの寛容さに頼るわけで申し訳ないです・
>saga氏
>どうにもGSの方に優遇の比率が傾きすぎている気がする。
そうでもないでしょう、というより、GSキャラの経歴から考えてそのくらい優遇しないと魔法使いの平均能力が霊能力者に対して圧倒的に上ということになりますから。
なぜなら、GSキャラのほとんど全て――特に美神や西条やピート、雪之丞などのメイン戦闘キャラは日本有数という設定ですし、そうなると少なくとも彼らの実力は、刀子先生レベルは無くてはそれこそ矛盾します。
作者的には強さのランク(作戦、相性、美神流除霊術を考慮せず)は
キーやん&サッちゃん
アシュ様、ハヌマン
――――超えられない壁―――
道真、小竜姫、メドーサ
全力エヴァ、タカミチ、学園長、
横島♀、西条、ピート、刀子、神多羅木
――――割と厚い壁―――
龍宮、楓、刹那、麻帆良祭ネギ
クーフェ、茶々丸、麻帆良祭アスナ
現時点の『忠お』アスナ、現時点の『忠お』ネギ・小太郎・ケイ
――――普通の壁――――
初期ネギ・初期アスナ
GS試験突入時の横島
というのが、目安です。
なおシチュエーションやその時のテンションで上下変動しますので『タカミチはメドーサに絶対勝てない』という意味ではありません。
>うにきらい氏
夕映だっていろいろ考えてるんですよ、ただ情報が少なくて失敗方向に爆走しているだけで。ま、今回で少し方向修正できそうですが。
上でも描きましたが、ただの力尽くは無理でも気やら魔力やら霊力やらを全開にすれば(月でのメド様のように)脱出するのは可能じゃないでしょうか?
フェイトなんかちゃんと手順を踏んだからとは言え、スクナ戦では一分足らずで抜けてましたし。
>歌う流星氏
GSのお約束といっていただけると幸いです。
泥舟のような世界観ですが、漕げる所まで(設定的にも実生活における時間的にも)漕いで行こうと思います。
>缶コーヒー氏
ぬう!夕映に隠れて流されがちなカモの行動を突っ込むとは!通ですね。
ま、毒食わば皿までということで納得してください。あの状況では既に巻き込んじゃったと言っても過言では無く、あのまま放っておく方がのどかと夕映達にとって危険ですから。
あと、アスナの能力ですが―――ぶっちゃけわかりません。
アスナのマジックキャンセル能力の詳細は(アニメ版では設定がありましたが)原作ではどうしてそんな能力を持っているかもわからない状況ですし。
ただ一つ言い訳としては、『原則的に』魔法は誰でも覚えれるのであり、タカミチのような例外もあります(先天的に発動キーが詠めない等)。アスナの能力もその逆バージョンという事で。
さて、次は17日の予定。
全開のあとがきでも申しましたが24日以降、リアルの忙しさより来年の一月下旬か二月くらいまで休む事になります。つか、下手をしたら17日もヤバイかも。
もしクリスマスまでに更新がなかったら、詞連は冬眠したものと思ってください。
では…。