「おあよぉ……」
「……リン、おはよう」
欠伸を噛殺しながら、リンは朝の挨拶をする。
行儀が悪いなと思いながらも私はそれに答える。
「牛乳頂戴」
「……はい」
冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで渡す。
こうしないとリンは、牛乳パックにそのまま口をつけるのだ。
さすがにそれは勘弁して欲しい。
「……リン、それ飲み終わったら顔洗った方がいいよ」
「ん〜」
凄い顔してるから。
リンは腰に手を当てて、牛乳を一気に喉に流し込む。
……アレはよく見るけど、何かの決まりごとだろうか?
お風呂上りにも同じ様にして牛乳飲んでた。
一息で牛乳を飲み終わったリンは、そのままフラフラとリビングを出て行く。
……まるで昨日とは別人の様。
まぁ、慣れたからいいけど。
始めて見たときは驚いたな。
あの時は遠坂に対して持っていたイメージがガラガラと……
……イメージ?
「……私、今何を」
「アーチャー、おはよう」
「……おはよう、リン。
目は覚めたみたいだね」
唐突に持った変な既視感を私は思考のゴミ箱に投げ捨てる。
どうせ最後は同じ質問に到達するだけなのだから。
「……ご飯作ったけど、食べる?」
「そうね、普段は食べないのだけど、せっかく作ってくれたんだから食べるわ」
「ん、判った」
私はご飯と味噌汁をよそい、焼いてあった魚をお皿に出す。
味噌汁は白菜だ。
一般的な和風の朝食である。
「……ん〜」
「……リン?」
その食事と、私の顔を交互に見てリンは唸ってる。
一体如何したんだろう?
「いやね、これ絶対和食でしょ?」
「……うん」
そんなの見ればわかる。
「アーチャー、絶対に日本人じゃないはずなのになんで?」
あぁ。
そんな事か。
「……リン。世の中には不思議な事も在ると理解した方がいい。
私はもう、何でこんな事が出来るのか知るのは諦めた」
「……そうね、ごめんなさい。
今の貴方にきいても判らないわよね……」
そう、そんな事。
聞きたいのは私のほうなんだから。
やけに偏ってる知識と言い、本当に私は一体なんだったんだろう?
「いただきます」
リンがそういって食べ始める。
私もそれに習う。
……お箸も、何の違和感も無く使えるのは……絶対に聖杯からの知識と言う訳じゃない筈だ。
「そう言えばアーチャー、何か思い出した?」
「……掃除の仕方、洗濯の仕方、食事の作り方なんかは思い出したよ」
「いや、そう言うんじゃなくて……」
判ってるけど、仕様が無い。
本当にそんなことしか思い出せないんだから……あ。
「そういえば、一つ宝具を思い出した」
「……宝具!?」
そう。
昨日の掃除中に思い出した一つの宝具。
……決して手の届かないところを掃除する為に思い出したわけではない。
無いったら無いんだ。
確かに便利な宝具だったけど……
「……これ」
私は手のひらの上に、それを顕現させる。
……いや、見ても判らないかもしれないけど。
「何? 何か変わった?」
「ん……」
私はそれの密度を上げ、視覚に映るように調整する。
「……風?」
「そう。風王結界(インビジブル・エア)」
「へぇ……どんな事ができるの」
どんな事って……ん〜
「例えば……これで強度は結構在るから防御壁として使えるし、包んだ物を光の反射を利用して姿を消したりできる」
「サポート型の宝具って事?」
「……攻撃にも使えるけど、基本的にそう思っていいと思う。
それにこれ……鞘だから」
「鞘?」
「……うん」
何のと聞かれても困る。
昨日これを思い出したのも偶然だし。
これが鞘だから、きっと剣の宝具が在るんだろうけど、今の私には思い出せない。
「って事は、記憶が戻れば更に戦力が強化されるって訳か」
「……うん。戻れば、ね」
「まぁ、攻撃用の宝具もあるってだけ判ればいいわ。
何も判らずただ焦るよりはずっとね」
歯痒いな。
私は、リンの役に立てるんだろうか?
……そうだ。
「……リン、一つ聞きたい事がある」
「ん〜?」
「リンは……一体どんなサーヴァントを呼ぼうとしたの?」
「セイバーよ。過去の聖杯戦争で常に最後まで残り続けた最強の駒。
一説では、セイバーとして呼ばれるのは唯一人の英雄と言われてるけど……確実な情報じゃないわね」
「……そう」
……最強……か。
なら。
「……大丈夫」
「へ? 何が?」
「大丈夫。セイバーではなかったけど、リンが呼んだんだから私はきっと、最強だよ」
「え?」
「……記憶は無いけど、だから否定する要素も無いよね。
大丈夫……私は絶対にリンを勝たせるから」
そう、これは誓い。
何も判らない私を捨てないで居てくれたリンに対する誓い。
私は絶対に誰にも負けないサーヴァントになる。
相手がどんな伝説を持つ英雄であろうと、絶対にリンを勝利に導こう。
それが、私がリンにできる唯一の事だから。
「……判ったわ。ありがとうアーチャー。
期待してるわね」
「……うん。期待してて」
他の英霊がどんなモノか、私は知らない。
知る術を持たないから。
記憶があれば、生前接した他の英霊などから、その力を予測する事もできたかもしれない。
でも、私にはそんなものは無いから。
でも、だから。
私は自分が最強だと信じる事ができる。
他の力を知らない、要は井の中の蛙だけど。
でも、信じられなかったら貫けない。
だから、私は自分を信じてみる。
他ならぬ、リンのために。
「それはそれとして、今日は学校へ行こうと思うんだけど」
「……がっこう?」
唐突に話を変えたリンは、また聞きなれない言葉を出してきた。
……けど、どこかで聞いたような覚えはある。
「もしかして……」
「……すみません」
「いいのよ……ん〜そうね……勉強する場所……かな?」
リンはどうにか説明しようとして……なかなかいい説明が思い浮かばなかったらしい。
「……勉強……書庫みたいな場所?」
「違うわ。勉強を教える事を専門でやってる人が居て、多くの子供を集めて読み書き数学や一般教養を教える場所よ。
……少なくとも学校が始まったときの存在理由はそれだったはず」
「ふむ……なるほど。
……確かに子供たちに読み書きなどの教養を与えれば民の生活の水準は上がるかもしれない。
しかし……それでは働き手が不足するのでは?」
「今の世の中は機会なんかも多く取り入れられて農作に必要な人手は少ないのよ。
だから上流階級以外の子供たちも普通に勉強に励んでるって訳。
……最も、この国にはもう貴族なんてものも無いんだけど」
「……なるほど、いい世の中になったみたいですね」
この経験を政治に活かしたい所ですが、無理ですね。
根本にある水準が違いすぎる。
それでも参考にすべき点はある、か。
「アーチャー?」
「……なに?」
「記憶戻ったの?」
「え?」
「いや、何かどこかの政治家みたいな事言い出したから如何したのかなって思ってね」
……ん、確かに。
今の私は変だったな。
政治に活かすって何?
何で私がそんな事考えてるの?
「……ダメ。
たぶん、一瞬戻ってたんだと思うけど、それを認識できない」
「そう……もしかしたらアーチャー、何処かの国のお姫様か何かだったのかもね。
着てた服もそれっぽいし」
あぁ、あの服。
どういう原理か知らないけど、出したり消したり出来る便利な服。
リンが持ってる服と比べると、やっぱり少し違う感じがする。
見た目もだけど。
リンが持ってる服はなんていうか、あの服よりさっぱりしてる感じ。
「で、学校行くけど」
「……うん。
いいよ、行こう」
「いいの?」
いいのって……
「……何で?」
「いや、聖杯戦争中だし、止められるかなぁと思って」
「……私も見てみたいから」
「いやまぁ、止められても行くつもりだったから良いんだけどね。
じゃあ、霊体化して憑いて来て」
霊体化?
それって……なに?
「……リン」
「如何したの?」
「……どうやって?」
「…………あー」
なにその「そういうやこういう事すっぱり忘れてるんだっけか」って顔は?
さっきまでその話をしてたんじゃなかった?
「如何しよう?」
「……姿が見えたら不味いんだよね?」
「そうよ」
「……なら」
――風王結界――
□□の鞘たる神秘の風が私を包み込む。
それは光の屈折を調整し姿を隠し、内外の魔力の流れを受け流す護りの力。
……欠点として、中にいると魔力供給を受けられないと言う問題もあるんだけど。
「……これでいい?」
「風王結界……だっけ?
こんな事に宝具使わないでよ……」
「……大丈夫。
張る時に魔力使うけど、維持はマナを吸い上げて勝手にやってくれるから」
「そういう問題?」
「……うん」
何か疲れたような溜息を吐いた後、リンは歩き出す。
私もそれについて歩く。
……不思議な感じ。
こうして私はここにいるのに……私がここにいることを、誰も知らない。
――それは――
まさしく今の私の現状を物語っているかのようだった……
Fate/黒き刃を従えし者
歯車は廻り出す。
巻き込まれるものの感情など知る事もなく。
そして。
回り始めたものはもう止まらない。
後書き
次回でようやくランサー戦。
やっとここまで来たかと結構感慨深いものが……
まぁ、余分にだらだら書いてるからですが。
風王結界について。
聖剣の鞘であるアレですけど。
どうやら風そのものが宝具……というか、展開する魔術が宝具扱いされてるらしいので、この話ではかなり広く活用されていきます。
まぁ、ホロゥでもビル丸ごと包み込むように使われてましたし、その状態でも結構な防御力を誇っていたみたいなので問題ないと思うんですが。
あと、魔力の流れ云々は私個人の解釈です。
理由は鞘なんでいくらなんでもエクスカリバー本体顕現させてる状態と消費魔力同じなわけ無いだろうというのが外に魔力を逃がさない理由。
外から中に流せない理由はいちいち風王結界を解いてからエクスカリバー撃ってるから。
風王結界に包んだままエクスカリバー撃った事ないから出来ないのかなという単純な考えです。
ではレス返しを。
<<ケモリンさん
『生前から女性だった並行世界のエミヤシロウ』ではありません。
が、一部否定できない言葉も混ざってる事は確かです。
<<ケーナズさん
想定してるのに一番近い答えですね。
凛との関係は違いますが。
今回の話で予測できる人は予測するかもしれません。
そして今回も淡々と……全然進んで無いじゃんorz
<<powerLさん
お初です。
おっしゃる通りちょーっと苦しいですかね。
次の推理に期待です。
<<renさん
そうなんです。
平行世界の人間には変わりないんですよ。
……生まれてたかどうかは置いといて。
まったり進んでますよー
むしろ進んでませんよーorz
士郎達と会うのはこの調子だと後2話は掛かりそう……
時期尚早かなぁとも思ったけど、推理に躍起になってるみたいなので大きなヒントが……