懐かしいと言う、その感覚に違和感を覚える。
私は何故、懐かしいと感じるのだろう?
この身が過去の英雄のものだと言うのなら、この街に、この場所に接点など無いはずなのに……
もし接点があるとしたら、それは何時?
どんな理由があって私はこの街の事を知ったのか?
その疑問は結局。
――私は誰?――
始まりへと帰ってくるだけだった。
そう、何もかもそこから始まる。
この街の事にしても、掃除にしても料理にしても。
何故私がこんな感覚を覚えるのか、何で私がそんな事出切るのか。
全ては、結局その疑問に行き着いてしまった。
「アーチャー?」
リンの声に、私は思考の渦を抜けて振り返る。
「……何?」
「ボーっとして如何しちゃったのかと思って、ね。
私の声、聞こえてなかったでしょ?」
どうやら、さっきからずっと話しかけられていたらしい。
気づかなかった……
ダメだね。
暫く、無駄な自問は控えよう。
「ごめん。大丈夫」
それで、一体何を言っていたのか。
要約すると、時間が無いから今日は街の一番高い建造物の屋上からざっと見るだけにとどめよう、と。
そういう事だった。
確かに、すでに日も沈み、女性が歩くには少々危険な時間になってきてる。
私は、了承の意を伝えた。
リンは慎重な面持ちで通りを歩く。
恐らく目的は、ここからでも目立っているあの高いビルだろう。
一体何のビルなのかは判らないが。
ただ目的地に向かうだけにしては、リンの顔は険しい。
「……リン、どうしたの?」
「え?」
「怖い顔……してる」
あぁ、と。
一言呟いて私に向き直る。
「アーチャーが気づいてないって事は、マスターか」
「……?」
「さっきから誰かに見られているのよ」
「…………」
私は周囲に目を向けた。
風も使って、何か異質なものが居ないか探る。
……でも、結局何も判らなかった。
「……ごめん、私には判らない」
こちらに視線を向けられているわけではなく、魔力行使も感じられない。
向こうだけに位置を知られるのは気持ちいいものではないけど。
この状態では仕方ない。
「やっぱり、マスターみたいね」
「……うん」
「まぁいいわ。放って置きましょう。
向こうから手を出してきてくれるなら、手間が省けるってもんだし」
「……判った」
周囲に防護壁を巡らせて、不意打ちに対する防御を取る。
これで、先手を打たれても余程の事が無い限りは大丈夫のはず。
……それこそ、先制で宝具の洗礼でもない限りは。
「如何したの、アーチャー?」
「何でも無い。……ただ警戒はしておいた方が良いと思って」
「当然よ。期待してるわ」
「判った」
でも、心配していた不意打ちもなく、その視線はビルに入った後で消えたらしい。
「……凄い」
足元には宝石を散らしたように煌く街。
空には優しい光を湛えた月と、微かに輝く数々の星。
自然では決して在り得ない。
しかし、人工物だけでは決して無い。
人の作りし物と、世界の作りし物の合わさった幻想的な景色だった。
その絶景に、自身の役割も忘れ、ただ見入る。
「如何? ここなら見通しがいいでしょ?」
「…………うん」
リンの一言で、私は忘れかけた自身の役割を思い出す。
私は、この街を把握する為にここに来たのだった。
さっと街を見渡して。
……自身の能力の一部を初めて知った。
ズームアップ、と言うのだろうか。
一部を注視した時、その部分だけを大きく映し出す。
私の目は、そんな能力を持っていた。
「如何? 明日またしっかり案内するつもりだけど、ざっとした作りは覚えておいてね」
「……大丈夫」
「え?」
「……ここからなら、この新都中を見渡す事ができるよ」
そう。
私の眼は、この高所から街を見下ろすだけで細部まで街の作りが見て取れる。
さすがに隣町まで見る事は出来ないけど。
それでもこの街の事を知るには十分すぎた。
「そう、アーチャーって本当に弓兵なのね」
「……うん、自分でも驚いた」
言葉のやり取りを済ませると、リンは私から少しはなれた所に立つ。
……下見を邪魔しないようにとの気配りだろうか?
それならば、と。
私は再び街を見下ろす。
……やはり、どこか懐かしい感じのする町。
でも、その疑問は心の奥に。
今の私では、それに答える事などできないから。
「……リン?」
ふと気が付くと、リンはなにやら険しい顔で下を見下ろしている。
さっきのマスターでも見つけたんだろうか?
「……リン、敵でも見つけた?」
「いいえ。ただの一般人よ、私たちと関係ない、ね」
それじゃあさっきの顔はなんだったんだろう、とも思うけど。
リンがそう言うのならそうなんだろう。
必要なら、リンの方から話してくれるだろうし。
「……行こう」
大体街を把握できたところで、リンに声をかける。
「もういいの?」
「……うん」
二人連れ立ってビルを降りる。
でも、やっぱりリンは少し険しい顔をしていた。
黒き刃を従えし者
家に帰り着いたのは、9時を少し回った時間だった。
家を出たのが6時過ぎだから、3時間弱といったところだろう。
深山町と新都の移動時間を考えれば随分と急いで回ったことになる。
……いや、実際にはビルに登っただけとも言えるけど。
「アーチャー、お風呂かえたけど先に入る?」
「…………?」
……おふろ?
「おふろ?」
「……そうよ。お風呂」
おふろ……おふろ?
ん……と。
「リン……」
「……もしかして」
「……おふろって何?」
やっぱりか。
そんな顔で天井を見上げた。
私もつられて上を見る。
修繕したばかりの屋根は、しかしその痕跡をまったく残さず完璧に直っていた。
リンの魔術は凄い。
アレだけの規模のものを簡単に直せるんだから。
「あー、まぁいいわ。
一緒に入りましょう」
「……うん」
リン曰く、風呂とは『一日の疲れと汚れを落とし、次の日に備える場所』なんだそうだ。
リンはオレンジ色のボトルから乳白色の液体を出して、身体を拭きながら泡立てているみたい。
私もまねをしてみる。
生憎、リンが手にしているスポンジは一個しかなかったから、乳白色の液体を手に落とし、それを身体につけて広げる。
……う〜ん。
ぺたぺたと、その液体を身体に付けてみても、なかなか泡立た無い。
やり方が悪いんだろうか?
むしろ、ぬるぬるした液体が身体に纏わり付いて気持ち悪いくらいだった。
「……リン」
「…………えぇ、判ったわ。
洗ってあげるから一寸こっち来なさい」
「うん」
何故か私から微妙に視線を逸らせつつ、手招きをして私を呼ぶ。
後ろを向けと言う仕草で、私はリンに背中を向けた。
スポンジの感触が背中を走る。
それは直ぐに、身体に塗られたあの液体を吸い込み、泡に変えて身体を包み込む。
その感覚はくすぐったく、それで居て気持ちが良かった。
一日の疲れを癒してくれる、と言うのはこういう事だろうか?
背中側を洗い終えたので、今度は正面から向き合う。
……リンの身体、綺麗。
汚れが無く、適度に筋肉が付いている体は、それで居てふっくらとしていて。
そう、本当に、綺麗。
「……あー……そう見つめられると恥ずかしいんだけど……」
「……?」
恥ずかしい?
こんなに綺麗なのに。
……でも、それなら仕方ない。
私は視線を動かして、今度はリンの顔を見る。
その顔は一寸困ったような恥じらいを写していた。
「……リン?」
「判ってるわ。洗う……のよね?」
私は百合じゃない。
私はロリじゃない。
私はノーマル。
……と、変な事を呟きながら、それでも私の身体を洗ってくれる。
洗い終わって、シャワーで泡を流す。
気持ちよかったから、少し残念。
「アーチャー、もう一回後ろ向いてくれる?」
「……? 判った」
もう一度リンに背中を向けると、頭からお湯をかけられた。
「少し目をつぶってなさいね」
「うん」
頭に冷たい感覚が起きて、それをリンの指がかき混ぜる。
それは直ぐに泡となって私の髪を包み込んだ。
髪の中を走るリンの指が気持ちいい。
「いい、しっかり目閉じてるのよ」
こくん、と。
声を出す代わりに首を動かす。
暖かいシャワーが、私の頭に降りかかった。
くっと息を止めて、泡が流れ落ちていくのを感じる。
泡が完全に流れた頃には、少し息が苦しくなってたけど。
泡を流し終えて直ぐ、また冷たい感触。
もう一度洗うのかな?
と思ったけど、今度は髪をすくようにその液体を伸ばしている。
「……リン?」
「リンスよ。ケアはちゃんとやらないとダメよ。
せっかく綺麗な髪してるんだから」
何の事だかわからなかったけど、とりあえずうなずいておいた。
それを流すと、お湯を張った場所に入るように言われる。
結構広い場所で、人が2、3人余裕で入れるだろう。
リンは今度は自分の身体を洗い始めた。
……さっきは判らなかったけど。
どうやら身体を洗う液体と、髪の毛を洗う液体、そして最後のあれも全て違うものみたい。
自分を洗い終えると、リンも入ってきた。
『湯船』と言うらしい。
「如何? 気持ちいいでしょ?」
「……うん」
ふわふわ浮くような、この感覚がとても好き。
意図せずに、顔に笑みが浮かんでくる。
しょうがない、嬉しいんだから。
随分とゆったりとした気分になる。
確かにこれなら、一日の疲れが抜けてくれそう。
お風呂は、本当に一日の汚れと疲れを落としてくれる、素敵な場所だった。
後書き
えーと。
ごめんなさい、変な方向に話が行っちゃいました……
一応、15禁にしておこうと思います。
レス返し
<<雪憐さん
指摘ありがとうございます。
早速修正しました。
<<BLESSさん
更新の速さは……何時まで続くか判りませんが(爆
エミヤシロウじゃないですが当たらずとも遠からず、です。
どうなっているのか、もし気づけたら凄い。
ぜひとも推測してみてください。
メイド服OR黒のワンピース……
そういえば服装を書いてなかったなぁ、と反省。
彼女は召喚された時、黒いドレスを身にまとってました。
そして料理人の心得として、エプロンを纏わずという事はありえません。
よって、黒いドレスの上からエプロンつけた状態で料理してたんです。
……萌ません?
<<renさん
今のアチャは子供同然なんですよね。
なので恋愛に発展するかは微妙です。
一話から
<<donさん
ごめんなさい、確かにオリです。
一応既存キャラの改変になるかと思いますけど。
設定上完全に別人ですから+オリをつけました。
赤い弓兵女性化かどうかについては、今はご想像にお任せします、としかいえません。
<<シマンチュさん
いや、いい目をお持ちのようで……
当たらずとも遠からずです。