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「宇宙への道第18話(宇宙のステルヴィア)」

ヨシ (2007-02-05 04:27/2007-02-05 09:57)
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(西暦2357年5月28日「ステルヴィア」司令室内)

「ミッションに、若干の変更点が出た」

「ジェネシスミッション」に向け、いつものように午前の訓練を終えた俺達三人は、そろって白銀司令からの呼び出しを受けていたが、本当に用事があるのは、しーぽんだけのようであった。

「外されるんですか?」

俺達予科生四人と「ビック4」の面々の中で一番訓練が遅れているしーぽんは、「自分がクビになるのでは?」と考えているようだ。

「むしろ、その逆だ。(アルキュオン)の目処が立った。君には、(アルキュオン)で参加して貰う」

「(アルキュオン)ですか?」

「(アカプス)で建造されていた同型機だ。ターナー博士が、技術陣の尻を叩いて予定よりも早く完成させたらしいな」

「グレートミッション」の立役者と噂されるターナー博士は、自身のツテを利用して、地球の最新兵器である「インフィニティー」の情報を入手し、その同型機の建造に着手していたらしい。
こうなる事を見越していたのか、地球をけん制するための物であったのかは不明だが、今となっては、戦力が増えて頼もしい限りであった。

「私が、一人でやるんですね?」

「厚木とのペアという意見も根強かったが、厚木は(ビアンカマックス)に搭載されている新型DLS対応の観測機器を使いこなしつつあるからな。俺は二人を分けて使う決断をした。片瀬も、厚木も頼むぞ」

「了解」

「了解です」

「話は以上だ。それぞれの持ち場に戻ってくれ」

迅雷先生は、先に視察に訪れたスルジェット弁務官の推薦を受けて、太陽系連盟から正式に「ジェネシスミッション」の総指揮官に任命されていた。
これだけの規模の作戦の総司令なので、分刻みのスケジュールを強いられているはずで、これ以上の無駄話は不可能であろう思われる。

「「「失礼しました!」」」

白銀司令の話が終わると、三人で司令室を辞して、格納庫への道を歩きながら話を始める。

「しーぽん。あれを一人で操縦するのか。凄いじゃないか」

「操縦と言っても、(インフィニティー)と役割を分けるだけだから」

今までは、「インフィニティー」一機で、射撃プログラムの修正とレーザー砲の射線の修正という二つの役割を行う予定であったものを、光太は「インフィニティー」でレーザーの修正を、しーぽんは「アルキュオン」でデータの収集と射撃プログラムの修正を、という風に二機に役割を分け、「インフィニティー」の性能に余裕を持たせる作戦のようであった。

「(ケイティー)部隊と俺から送信されたデータを、集めて、修正して、送って、光太のケツを叩く重要な任務じゃないか。頑張りなよ」

光太との壁を感じているしーぽんに、ただ頑張ってと言うのも酷なので、俺は光太を茶化しながら応援の言葉を述べる。

「ありがとう。孝一郎君。でも、私は新型DLSどころか、旧式のDLSも上手く使えないで・・・・・・。孝一郎君は、どんどん上達してるのに・・・・・・」

「それでも、シミュレーションのコンプリート率は50%に満たないからな。光太は偉大だよな」

「そうだよね」

最悪の状態を脱した俺には少しずつ訓練の成果が出ていたが、光太との実力の差は絶望的なものであった。
それでも、別に光太が敵というわけでもないので、あまり気にしないように心がけていたのだ。

「孝一郎は、一ヶ月前の約三倍の成績を叩き出しているじゃないか。それに、志麻ちゃんも、この前の宇宙人のデータを解析したように協力して」

「光太君。それは、協力とは言わないよ。私が光太君に頼っているだけ。私が(アルキュオン)を託されて機体が別になった以上、私は孝一郎君のように、一人で任務をこなさなければならないの。それに、私は光太君みたいに天才じゃないから」

「僕は、天才なんかじゃ・・・・・・」

「孝一郎君が全てを擲って一ヵ月間努力しても、ようやく光太君の数値の半分で、私はその三分の二でしかない。それに、本当は孝一郎君が(アルキュオン)に乗った方が良いのかも・・・・・・」

「志麻ちゃん・・・・・・」

「俺に(アルキュオン)に乗れって?無理無理」

「でも・・・・・・」

「あのさ。適材適所だって。俺にあんな複雑なプログラムの修正なんてできないから。俺は飛び回って情報を集めるだけで精一杯。それすら、予定数値に届かない可能性の方が高いのに」

「孝一郎君・・・・・・」

「さあ、悩んでいないで訓練訓練。俺は、先に準備をさせて貰うよ」

俺は、光太としーぽんを置いて格納庫に向かって走り出す。
俺の成績ではまだ不十分なので、訓練時間を一秒でも無駄にしたくなかったからだ。

「孝一郎。最近、おかしいよね」

「孝一郎君が?」

光太の意見に、しーぽんは少し首を傾げてしまう。
以前よりも、少し訓練時に凄みが入る事はあったが、それは「ジェネシスミッション」という大きなプレッシャーのためだと考えていたからだ。

「確かに、表面上は少し明るくなったし、訓練の成果も出ているけど・・・・・・」

「最近、アリサと顔を合わせないために、みんなとも疎遠になっているし・・・・・・。でも、ミッションが終了すれば・・・・・・」

「そこまで行くと、間に合わないかも・・・・・・」

「何が間に合わないの?」

「僕の勘でしかないけど、そんな気がする」

光太はたまに核心を突くような発言をするのだが、発言内容が抽象的で周りの人が理解し難い事が多かった。

「アリサに相談してみるよ。じゃあ、私もこれで」

続けて、しーぽんもその場を走り出した。
彼女も訓練が遅れている関係で一秒でも無駄にしたくなかったからだ。

「本当は、他人の事を心配している場合じゃないんだけどね・・・・・・」

新型DLSはともかく、恋人との関係でまだ悩んでいる光太は、一人その場で呟くのであった。


(5月29日深夜、大講堂入り口)

土星圏を最終防衛ラインと定め、そこで行われる事になった「ジェネシスミッション」に向けて、「ステルヴィア」は土星への発進準備を整えていた。
土星は誰が見ても遠く、その移動には時間がかかる上に、到着してからの準備も色々とあるので、数週間前に発進しなければとても時間に間に合わないからであった。
そして数日後に、「フジヤマ」に乗って地球に非難する学生達の中から、三分の一ほどの学生達がある人物から謎のメールを貰い、その内容に従って密かに夜中の大講堂に集合していた。

「合言葉は?」

「新世紀を我らに」

「オーケーです」

「変な合言葉だね」

「無関係な、散策好きの学生を避けるためですよ」

大講堂の入り口では、一組の男女が来訪する学生のチェックを行っていた。
メールを送ったのは、冒険や校則違反がちょっと好きで、教官などに漏らす事がないと判断された人達だけだったからだ。

「ジョジョ。晶。これで全員だ。中に入ってくれ」

「「了解」」

入り口で来訪者のチェックを行っていたジョジョと晶が講堂内に入ると、多くの予科生と本科生が集まっていた。
一段高い教官用のブースでは小田原大が立っていて、その隣では、木下ナナが大の携帯端末にコードを繋いでインジェクターの準備をしていた。

「小田原君。今日、この時間に我々を呼んだ理由を説明して欲しい」

「実は、ある悪巧みの相談なんです。でも、その前にある資料を見せますので、内容の秘匿を約束してください。まずは、それからです」

「了解した。僕に依存はないよ」

代表して質問した本科生が大の提案を了承すると、他の全員が無言で頷いた。

「まずは、太陽系連盟から公表されている(コズミックフラクチャー)の本当の正体についてです。ナナ」

「わかった。大ちゃん」

大の合図で、ナナがインジェクターの操作を始めると、そこには重要機密である「コズミックフラクチャー」の本当の正体が、次々に映し出されていった。

「おいおい。地球への影響は少なかったんじゃのか?」

「太陽系消滅の危機かよ」

地球政府や太陽系連盟から公表されていた、ある程度真相を伏せた報道内容と違って、大の携帯端末から流れてくる情報は、夜中に密かに起きだして集会に参加した価値を十分に秘めているようであった。

「小田原君。君は、この情報をどこから?」

「ニュースソースは秘密です。ですが、確かな筋からのものです」

「それで、君は我々を呼んで何をしたいんだ?」

「それについては、次の資料を・・・。ナナ」

「わかった。大ちゃん」

ナナが更にインジェクターを操作すると、今度は極秘であるはずの「ジェネシスミッション」の詳細な作戦内容が表示され始める。

「(ジェネシスミッション)の内容は以下の通りです。最終防衛ラインを土星圏の(ヴィジョン)に定め、その周辺に各ファウンデーションで組み立て準備をしていたレーザー砲台を設置して、そこから高出力のレーザーを前方に発射します。そして、(ケイティー)部隊と(ビアンカマックス)が、(コズミックフラクチャー)の詳細な情報を集め、そのデータを元に(アルキュオン)が射撃プログラムを補正。それを元に、(インフィニティー)が重力レンズで束ねて目標に照射。目標を消滅させます」

大の説明に従って、ナナがインジェクターの画像を切り替えていき、全員が一言も発しないで説明を聞いている。

「つまり、作戦の重要な部分を三人の予科生が背負っているわけだね」

「そうです。レーザーの射線を修正する音山光太。射撃プログラムを補正する片瀬志麻。最新の観測機器で最大量の情報を収集する厚木孝一郎。他にも、多数の学生が参加していますが、特に重要なのはこの三名なのです」

「それで?」

「ところが、彼らはメンタル面で問題を抱えていまして・・・・・・」

「なるほど。そこで、君達が密かに残って彼らのフォローを行うと?」

「話が早くて助かります。先輩」

「わかった。協力しよう。同じ学年なのに、古賀や御剣ばかりが活躍しているのもシャクだからな。君達がここに残ってもバレないように、偽装工作を担当しよう。みんなもそれで良いな?」

参加者の中でリーダー格を務める本科生の発言に、全員が無言で首を縦に振る。

「ただし!条件がある!」

「条件とは何ですか?先輩」

「俺達は残れないのに、厳罰覚悟で重大な規則違反に手を染めるわけだ。そこで・・・・・・」

「わかっています。僕達を残して良かったと思える、最高のショーを演出しますよ」

「わかって貰えて幸いだな。よし!これから細かい打ち合わせを始める。小田原君は、残留する人員のリストを提出してくれ。(ステルヴィア)関係者、学園関係者、(フジヤマ)の乗員と騙さねばならない連中は沢山いるからな」

こうして、俺達や大人達の預かり知らぬところで、大がリーダーとなって、新たな計画が立案されたのであった。


(翌朝早朝、日本地区東京都某市、厚木邸内)

「以上が作戦の概要であり、現在の成功確率は30%となっていますが、更なる努力でこの確率は数時間毎に上昇しており、(グレートミッション)の時と同じように作戦が無事に成功する事が期待されています。そこで、今日は番組の内容を変更して、三十分後に緊急討論会を行いたいと思います。参加ゲストは・・・・・・・・・・・・」

「お父さん。今日は、お休みですか?」

「いや。午後から出勤なんだよ。例の(ジェネシスミッション)関係の部品は、全部出荷済みだからな。この状況で、他の仕事なんてほんの僅かなのさ。母さんこそ、ちゃんと定期健診に・・・・・・」

太陽系連盟からの注文という事で、多少の精密部品や電子部品を会社で都合はしたが、「ジェネシスミッション」の関係で仕事はかなり暇であった。
多分、その反響で終わってからが忙しいと思うので、休める内に休んでおこうと思ったようだ。

「もう、出産は三人目なんですよ。その点はバッチリですよ」

「そうか」

早朝の厚木邸では、厚木孝一郎の両親が、早めの朝食を取りながら朝のワイドショーを見ていた。
先日、未確認飛行物体から「コズミックフラクチャー」の詳細な地図の入手に成功し、作戦の成功確率が上がってからは、地球政府や太陽系連盟は積極的に情報の公開を行うようになり、マスコミは入手した情報を元に様々な番組を流すようになっていた。

「今回の(ジェネシスミッション)実行に伴う、様々な統制や治安維持に必要な命令により、一部で暴動や抗議行動や略奪などが発生していますが、日本行政区内は、比較的落ち着いており・・・・・・」

テレビの画面では、若い女性アナウンサーが日本各地の様子を原稿を読みながら伝えていた。

「終末論者や、ファウンデーションが一番安全だと思っている者や、どさくさに紛れてなんて思っているバカか・・・・・・」

「人の考えはそれぞれです。仕方がありませんよ」

「それもそうだな」

「地球政府の高官筋からは、作戦の準備は順調であるとの情報も入っており、作戦で重要な役割を果たす(インフィニティー)とその同型機である(アルキュオン)の映像が公開されました」

次に、アナウンサーの声をナレーションに、テレビの画面には、巨大なロボットである「インフィニティー」と「アルキュオン」が映し出されていた。

「へえ。あんなロボットに音山君や片瀬さんは乗るのか。ご家族は心配だろうな」

「更に、次期オーバビスマシンの試験機である、通称(ビアンカマックス)が、初めてマスコミに公開され、そのパイロットが先のオリンピックで金メダルを獲得した厚木孝一郎君であることが、正式に発表されました」

「えっ!そんな話は初耳ですよ!」

「孝一郎は学生とはいえ、(ステルヴィア)に所属しているんだ。親にも話せない機密だって存在する」

中小企業のしがない課長でしかない自分にも、家族に話せない事が存在するのだ。
それが、宇宙開発を担う「ステルヴィア」ともなれば、様々な機密が存在するのであろう。
そして、最重要機密である試験機とそのパイロット達が公開された理由も何となく理解していた。
つまり、「未成年の子供達が一番危険なところで命を張るのだから、お前達はいい歳をして無用な混乱を起こすな」という事らしい。
マスコミの事をよく理解している、地球政府広報部のありきたりな策だとは思うのだが、効果が絶大である事もまた事実であった。

「ですが・・・・・・」

「あの子も、いつまでも子供じゃないんだ。そうか・・・。孝一郎も、音山君や片瀬君と同じように危険な任務に赴くんだな」

「その他にも、不足する人員を補うために、二十歳以下の学生達が多数動員され・・・・・・」

「お父さん・・・・・・」

「あの子達が、新しい時代に礎になっていくんだな。俺も歳を取ったわけだ。新しく生まれるわが子よ。お前のお兄さんは、本当に凄い男なんだぞ。日頃は恥ずかしくて言えないけど、俺はあの子の父親である事を誇りに思うよ」

「あなた・・・・・・」

普通ならば、オリンピックの頃からこの手の事を知ると、多数のマスコミ連中が厚木家に押しかけて来るのが常であったのだが、「ジェネシスミッション」関係で、地球政府から厚木家や片瀬家や音山家の家族に接近禁止命令が下っており、今日の厚木家は平穏そのものであった。

「尚、日本行政区の広報部には、厚木君に直接手紙を出したいので住所を教えて欲しいと、女子中高生や若い女性からの問い合わせが・・・・・・」

「あんなバカのどこが良いんだろうな」

「あなた・・・・・・。全部台無しです・・・・・・」

父親としては息子の事を誇りに思っていたのだが、同じ男としては少し意見が違ったらしく、彼は自分の息子に文句を言っていた。
所詮、この家族にはシリアスなシーンは似合わないようであった。


「というわけで、お互いにパイロットでいようという事になってさ」

ちょうど同じ頃、音山光太は、天文島音山研究所にいる自分の姉に通信を送っていた。
自分の恋人に避けられている状況を相談する事によって、解決しようという目的があったからだ。

「ふーーーん。でも、正解よね。あなたには、仕事と恋愛の両立は無理無理」

「自分はどうなんだよ!」

「えへへ。これ、なーーーんだ?」

「嘘!彼氏?」

自分の姉が一瞬見せた写真には、顔は良く見えなかったが、自分の姉と若い男性のツーショットが写っていた。

「もう一枚あるけどね」

「二股?」

「残念でした。一枚は、真人君でした」

「何だぁ。で、もう一枚は?」

「内緒」

「どうせ、友達か何かだろう」

「違いますよぉーーー。志麻ちゃんのお父さんに紹介された、若い売れっ子の小説家なんですよぉーーーだ」

「本当に紹介して貰ったの?図々しいな・・・・・・」

陽子はあのお休みのあとに、片瀬海人氏から新人で売れっ子の小説家を紹介して貰っていた。
小説家なら原稿はネットで配信すれば良いし、海人氏と知り合った経緯も同じマリンスポーツの趣味を持っているからという事だったので、天文所の婿として相応しい人物である事は確かであった。

「大きなお世話よ!それよりも、ミッションに集中しなさい。失敗したら復縁もクソもないわよ」

「わかってるよ」

「でも。孝一郎君まで、アリサちゃんと揉めているなんて知らなかった」

「向こうは、孝一郎の迂闊さが原因だから」

「あの子も、意外と女たらしの部分があるからね。ところで、知ってる?光太と志麻ちゃんと孝一郎君が、世界中のニュースで紹介されているのよ。特に、孝一郎君は前歴の関係で、日本中で大人気みたいよ。私も、友達から紹介してってメールが凄いのよ」

「そうなんだ。でも、今の孝一郎は・・・・・・」

光太が最近見ている自分の親友は、友人との接触すら避けて訓練に打ち込んでいて、その第一印象は、厳しい目をした山篭りをしているかのような格闘家そのものであった。
多分、テレビすら見ていない彼に現状を伝えても喜ばないであろう。

「あなたも、人の事を言えないでしょうが」

「どうしてだよ?」

「あなたが鈍チンだからよ。ミッションを頑張るのよ。じゃあね」

「あっ!待ってよ!」

陽子は、言いたい事だけを言うとアッサリと通信を切ってしまう。

「結局、何の解決にもならなかったか・・・・・・」

光太の苦悩の時間は、まだ晴れそうになかった。


「ねえ。本当に大丈夫?」

「何がですか?俺は絶好調ですよ。それは、結果にも現れていると思いますが・・・・・・」

数日後、訓練終了後に蓮先生の診断を受けていた俺は、彼女に心配そうな表情をされてしまう。
だが、俺にはなぜ心配されているのかが良く理解できなかった。
食事と睡眠とシャワー以外の時間全てを訓練に費やし、全てを擲っている俺の訓練状況は、順調そのものであったからだ。

「今の君は、初期の何倍ものスピードで成果を上げているわ。でも、周りが見えていないわね」

「周りですか?そんな物を見ている暇はありませんよ。俺は、(ジェネシスミッション)の事だけを考えて行動していますから」

「勿論、それが一番重要なんだけど・・・・・・」

「だから、俺はその事のみを考えているんです。では」

俺は、話は終わったとばかりにすぐに席を立って自室に引き揚げてしまう。
確かに、「ジェネシスミッション」は俺にとって最重要課題であったが、アリサとの事や、他の事をあまりグダグダと考えたく無かったし、それを蓮先生に指摘されたくないと無意識に思っていたようだ。

「困ったなーーー。こんな事を迅雷君に相談しても、わかって貰えないだろうし・・・・・・」

「それは、聞かれてみないとわからないな」

「迅雷君」

蓮が一人で嘆いていると、再び絶妙のタイミングで迅雷とレイラが入ってくる。

「蓮。何を心配しているんだ?片瀬の事か?」

「片瀬さんも心配だけど、それよりも、厚木君の方が深刻ね」

「厚木がか?あいつはスランプを脱して、鰻登りに成果を上げているじゃないか」

「やっぱり、迅雷君には無理だったか・・・・・・」

迅雷の予想通りの答えを聞いた蓮は、ガックリと肩を落としてしまう。

「何でだよ!厚木は、今までの軽い言動が消えて、真剣に訓練に取り組むようになった。成果も予想以上に上げている。上層部も安心している。不安な要素なんて、一つもないじゃないか」

迅雷は、現在の厚木孝一郎の状態を好ましく思っていた。
彼は全員の上に立つ総指揮官なので、上辺だけで判断してしまうのは仕方がない部分もあった。

「蓮。お前の言いたい事は、余裕が無さ過ぎで、何かがあるとすぐに壊れてしまいそうだって事だよな?」

「やっぱり、同じ女性じゃないとわからないか・・・・・・。まあ、迅雷君は忙しいからって理由もあるんだけどね・・・・・・。彼、真っ直ぐに目標を見つめ過ぎていて、周りが何も見えていないのよ。それに、心の休まる何かが一切存在していない。あれで、本番まで持ってくれれば良いけど・・・・・・」

蓮は、孝一郎の深層心理の状態を心から心配していた。
通常ならば、特に心配もする必要も無かったのであるが、恋人であるアリサ・グレンノースとの冷戦状態や、それに伴う親友達との関係の冷却化が深刻な事態を招きそうであると考えていたのだ。

「男なんて、気合を入れればああなるのさ。それに、あのプレッシャーの塊であるオリンピックを制した男なんだぞ。大丈夫だって」

「迅雷君は、わかってないなーーー。とにかく、私は忠告したからね。個別にフォローを入れてみるけど・・・・・・」

「蓮は、心配し過ぎなんだよ。じゃあ、俺は打ち合わせがあるから」

迅雷はそう言うと、一人で保健室を退室する。

「あれ?レイラは?」

「私は、別件で用事があるからな。時間は・・・・・・。10分くらいは大丈夫だな」

「そう。でも、迅雷君はやっぱり男よね。あの子の状態に気が付かないなんて・・・・・・」

「迅雷も、教官だけをしていたら気が付くさ。でも、今は太陽系一忙しい男だからな」

「ジェネシスミッション」の開始まで一月を切り、最高司令官である迅雷は太陽系一忙しい男となっていて、睡眠すら満足に取れない状態にあった。
レイラも、そんな彼に一パイロットの事で心配をかけたくないのであろう。

「あれーーー。レイラは、迅雷君を庇うんだ」

「あのな。蓮の想像している事は大体わかるが、迅雷は蓮の事が好きで・・・・・・」

「レイラは、どう思っているの?」

「私か?」

「そう。レイラの気持ちよ」

「正直、わからないよ。蓮と迅雷と私は、いつも3人でつるんでいたからな。あとは、それにスピアーズが加わって・・・。でも、スピアーズにはちゃんと他に彼女がいて、私達の事は異性の友達くらいにしか思っていなかった。迅雷は、蓮の事がずっと好きで。でも、蓮は他の男性と付き合ってばかりで・・・。友達なのかもしれないし、それ以上なのかもしれない・・・・・・」

自分の気持ちを正直に語るレイラは、蓮が見てもかなり女性らしかった。

「ふーーーん。そうなんだ」

「蓮こそ、色々な男と付き合った話は良く聞くが、どれも長続きしないじゃないか。本当は・・・・・・」

「私は、恋多き女なのよ。じきに良い男が現れるって」

蓮は、レイラの発言を止めて自分の意見を語り始める。
本当は、蓮も迅雷の事が好きであったのだが、「迅雷君には、レイラがお似合い」と勝手に判断して、わざと迅雷を翻弄する態度を取り続けていた。
こうすれば、彼の気持ちがレイラに向くと思っていたからだ。

「蓮が何を考えているかはわからないが、蓮も自分に素直になったらどうだ?」

「レイラもね」

お互いにそこまで話したところで、時間の迫ったレイラは保健室をあとにする。

「私も、人の事は言えないのかな?本当、みんな素直じゃないんだから・・・・・・」

レイラが去り、再び一人になった保険室で、蓮はまた一人呟くのであった。


(6月2日、「ステルヴィア」内、「フジヤマ」発着ゲート内)

いよいよ「ステルヴィア」が土星に向けて出発する事となり、「フジヤマ」の発着ゲートでは、地球に向かう最後の便が出発の準備を整えていた。
「ジェネシスミッション」まで、まだ3週間の時があるので、早すぎるような気もするのだが、、巨大な質量を持つ「ステルヴィア」が高速宇宙船のように容易に高速で航行できるはずもなく、これから2週間の時をかけて土星圏に到着し、更に1週間の時をかけて各ファウンデーションで分担して組み立てていた装備を降ろし、最後の準備を行わなければならなかった。
勿論、俺達のオーバビスマシン隊や「インフィニティー」の訓練や整備・調整も航行中の「ステルヴィア」内で行われ、そこまでしても、「ジェネシスミッション」の準備状況は時間ギリギリの状態であった。

「しーぽん。頑張ってね」

「うん。頑張るよ」

アリサは、しーぽんを優しく抱きしめながら最後の挨拶を行っていた。
アリサ達を含む予科生・本科生達はこの最後の便で地球に降り、「ステルヴィア」内には、「ジェネシスミッション」に参加する関係者のみが残る事となっていた。

「でも、最後の便まで残るなんて」

「色々と準備に借り出された影響かな?資材の搬入やら、組み立てやら、誘導やらね」

光太の心配に、ジョジョが当たり前という感じで答える。
「ステルヴィア」に所属するプロのパイロット達は、「ジェネシスミッション」本番に向けて色々と多忙であったので、作戦に参加しないオーバビスマシンを操縦できる学生は、様々な用件で忙しい日々を送っていた。

「でも、孝一郎もお嬢も久しぶりだよな。噂に聞くところによると、訓練は順調らしいじゃないか。本番でも期待しているぜ」

「・・・・・・・・・・・・。ああ」

最後の別れという事で、俺も久しぶりにみんなと会っていたのだが、特に話す事もないので、ジョジョの応援にも簡単に頷くだけであった。

「孝一郎。お前、最近暗いぞ」

「大きなお世話だ。さてと、俺にはやる事があるからな。先に失礼させていただくよ」

そんな事を言うつもりは無かったのだが、ピエールの「暗い」という発言にカチンときた俺は、早々にその場を立ち去ってしまう。
みんなの顔を見たので、見送りはこれで十分だと思ったからだ。

「孝一郎。大丈夫かな?」

「ピエールが、余計な事を言うから」

りんなは孝一郎の状態を真剣に心配し、大はピエールに非難めいた発言をする。

「僕のせいなのか?でも、最近の孝一郎はずっとあんな調子だぜ」

「そうだね。ピエールの言う通りかな。ここ2〜3日前からは、僕にでもああいう感じだよ。前は、もっとマシだったのに・・・・・・。藤沢さんや町田先輩にも、あんな感じでさ・・・・・・」

「光太君の言う通りだね。最近、訓練にのめり込み過ぎて、笑わないし表情に変化も無いし・・・・・・」

しーぽんと光太の発言で、全員が表情を暗くしてしまう。

「孝一郎って、ちょっと前は明るくて、何かをする時には自然とリーダー役になっていて・・・・・・」

「りんなちゃんの言う通りだね。でも、今はずっとあんな調子で・・・・・・。(ジェネシスミッション)が終了したら、元に戻るのかな?私、心配になってきたよ」

「しーぽん・・・・・・」

アリサは、しーぽんの言葉に表情を暗くする。
それでなくても、光太との事で完全に仲直りをしていないのに、更に別の件で余計な心配をかけているからだ。
しかも、その原因は完全に自分にあった事がアリサの心を更に暗くさせていた。

「やよいちゃんもアリサと口を利かなくなったし、孝一郎君に至っては、誰とでもあんな感じで・・・・・・。任務が大切だってのはわかるけど、あんな孝一郎君は嫌だよ。アリサ。仲直りできないの?やよいちゃんも・・・・・・」

「「しーぽん・・・・・・」」

しーぽんが少し涙を流しながら、二人の親友を交互に見つめ始めると二人は困ったような表情をしながらしーぽんを見つめ返していた。

「私は・・・・・・」

「アリサ。一つ聞いて良いかしら?」

「何かしら?お嬢」

ここ一ヵ月以上会話がなかった二人の間で、久しぶりに話が始まる。
やよいは、晶やナナとは普通に話をしていたのだが、アリサとは一言も口を聞いておらず、それはアリサも全く同様であった。

「アリサは、孝一郎君と仲直りするつもりはあるのかしら?」

「それは・・・・・・」

やよいの核心を突いた質問に、アリサは苦悩の表情を浮かべていた。
実は、周りから事件の真相を聞いていたので、既にその事では怒ってはいなかったのだが、自分があまりに意地を張りすぎた結果が、現在の氷のように冷たい、新型DLSの習熟の事しか考えてない孝一郎を作り出してしまったと考えていて、「自分は本当に彼に相応しいのか?」などと考え込む日々が増えていたのだ。

「あの件は私が全面的に悪かったわ。それは、謝る。でも、最近の孝一郎君は、アリサの支えが無いからあんな風になってしまったわ。(ジェネシスミッション)の事というか、新型DLSの事しか考えていない機械のような彼に・・・・・・。私は、あんな彼を見ていられない。もし、アリサに仲直りするつもりが無いのなら・・・・・・」

「お嬢。孝一郎の事を頼むね」

「えっ?」

「アリサ!本当にそれで良いの?」

アリサの即答にやよいですら驚きの声をあげ、しーぽんは大きな声を上げて真意を問い質していた。

「良いも何も。私と孝一郎は数ヶ月は会えないし、その間のフォローはお嬢に頼むしかないのよ」

本当は、密かに「ステルヴィア」に残留する事になっていたのだが、途中でバレると送り返される可能性があったので、この事は例え親友であっても当事者以外には秘密であった。
アリサも、自分の感情より友達との約束を取っていたので、「ジェネシスミッション」開始寸前までは、その所在を発見されるわけにいかなかったからだ。

「フォローをしている内に、孝一郎君が私を好きになるかもよ」

「それなら、それで仕方が無いわ。私が、孝一郎の事を信じてあげられなかった報いなのかもしれない・・・・・・」

「アリサ・・・・・・」

「だから、孝一郎の事を・・・・・・」

「わかった。あくまでも、友人としてやってみるわ。初佳もそろそろ動きだすだろうしね」

「お嬢・・・・・・」

「この状態で、孝一郎君を奪っても無意味だからね。私も、ミッションに集中しないといけないし」

「そろそろ時間だな。(フジヤマ)発進まであと5分か」

ピエールが、腕時計を見ながら「フジヤマ」の発進時間が迫った事を伝える。

「じゃあ。俺達はこれでな。光太。しーぽん。お嬢。頑張れよ。それと、孝一郎によろしくな」

「僕達は、地球で待機するよ」

「本当は、見てみたかったけど」

「じゃあね」

「やよい。頑張ってね」

ジョジョ、ピエール、大、ナナ、晶の励ましの言葉を聞きながら3人は、みんなをそのまま見送るのであった。


「えへへ。あそこまで演技すれば、絶対にバレないよね」

「りんなちゃんの言う通りだね。まさか、僕達の計画に気が付いている者はいないだろうし」

「ステルヴィア」への残留計画に参加した大達は、しーぽん達と別れたあと密かに発着場近くのトイレに集合し、その通風孔からあらかじめ準備していた隠れ家に向かって進み出した。

「確か、予備の食料倉庫だったわよね?」

「食料の確保が容易だからね。あんな物を運び出す人手と余裕はないから、そのまま放置されているし、誰も見回りにも来ないし。何しろ、3週間近くそこで生活をせにゃならないからね。必要な生活用品も整えてあるよ」

晶の質問に、大は自信満々に答える。
どうやら、みんなの知らない間に色々と用意を整えていたようだ。

「食って寝て洗濯して、俺達が実際にやる事の相談とその下準備ってところかな?」

「まあ。そんなところだろうね」

ジョジョの質問に答えながら先頭を進んでいた大が、あらかじめ緩めておいた鉄格子を外し、潜伏準備を整えていた予備の食料倉庫に侵入すると、そこには奇妙な珍客が待ち構えていた。

「やあ。グレンノース君も参加組だったんだね」

「御剣先輩!」

「おっ!愛しの彼のために造反行為すら行うか。愛だね。うん。愛だ」

「えーーーと。古賀先輩でしたっけ?」

「正解だ!(ビック4)に成り代わり、学生の操縦する(ケイティー)部隊の統率を行う古賀だ。よろしくね」

大達が食糧倉庫に降り立つと、そこでは古賀・御剣の本科2年生コンビが携帯コンロで鍋を作りながら待ち構えていた。

「でも、いきなりバレてるんだな」

「それは、違うな。俺と御剣は、大崎や酒井から君達の事を頼まれたんだ。彼らも優秀な学生だから、作戦の成功率を高めるために手段を選ばないのさ」

二人は、大達の「ステルヴィア」残留後の事を、偽装工作を担当している本科生達から頼まれていた。

「それで、この鍋は?」

「君達がここで潜伏すると聞いて、侵入警報のブザーや生体反応を測定するセンサーへの偽装が完璧かどうか、わざとセンサーに反応する事をしているんだよ。
君達、夕食はまだなんだろう?」

「ええ」

「じゃあ。詳しい話を聞きがてら、すき焼きパーティーを始めるとしましょうか。肉は・・・・・・。鳥と豚しかないけど」

「何か貧乏くさいですね」

「風祭君。残念ながら、ここに残っていた高級食材は、先に消費されてしまってね。それに、鳥や豚もなかなかいけるんだよ」

「とにかく、お腹が空いたから先に飯にしようぜ」

古賀の意見で煮えたぎる鍋に肉や野菜が投入され、全員が器に玉子を割ってすき焼きパーティーがスタートする。

「ところで、(ビック4)にはバレていないんですか?」

「多分、ケント先輩にはバレていると思う」

「どうして、そう考えるんですか?」

「小田原君。彼の情報収集能力を舐めない方が良い。彼には、笙人先輩も付いているからな。それに、御剣が寝物語でナジマ先輩に漏らしている可能性も・・・・・・」

古賀のかなり際どい一言で、若い予科生達は全員顔を赤くしてしまう。
多分、全員がその手の経験がないのであろう。

「古賀。女にフラれた腹いせか?僕は、情報は漏らしていないぞ」

「そうか?女で情報を集めるって話は、昔から良く聞くじゃないか」

「ナジィを女スパイみたいに言わないでくれ。あれは、僕の可愛い彼女なんだから」

「あのーーー。一つ良いですか?」

突然、古賀と御剣の話に、手をあげながら割って入ってくる人物がいた。

「風祭君か。質問かな?」

「はい。あの。寝物語って何ですか?」

「・・・・・・・・・(しまった!彼女はまだ12歳だった!)」

彼女の無知ゆえのストレートな質問を聞き、古賀は自分の発言を後悔し始める。
飛び級で、まだその手の話が理解できないりんながいる事をすっかり忘れていたからだ。

「御剣先輩とナジマ先輩って、一緒に寝ているんですか?」

「うん・・・・・・。たまにね・・・・・・」

御剣は、りんなが「寝る」という言葉を額面通りに受け取っていると瞬時に理解
して、そのまま誤魔化す事を決意する。

「ふーーーん。まるで、パパとママみたいだ。という事は、晶とジョジョも一緒に寝ているの?」

「えっ!俺達?」

「私は・・・・・・・・・」

無邪気で何も知らないりんなの鋭い質問が、今度はジョジョと晶にその矛先を変える。

「ええとねえ・・・・・・。俺達は、まだだ。うん!まだだ!」

「そっ、そうね!」

「何だ。まだだったのか・・・・・・」

「「ピエール!」」

残念そうなピエールの態度に、ジョジョと晶はユニゾンで抗議の声を上げる。

「大ちゃんとナナは?」

「僕?まだだよ」

「私は、いつでも良いんだけどね」

「「「「「「ぶっ!」」」」」」

ナナの爆弾発言に、当時者である二人と意味を良く理解していないりんなを除く全員が口に入れていたすき焼きを噴出した。

「みんな。汚いなーーー」

「りんなちゃん!それよりも、我々には重要な問題があってね」

「それもそうでしたね。御剣先輩」

「だろう?問題の深刻度は、一番が厚木君で二番目が片瀬君。そして、三番目が音山君というところかな?」

「あの・・・・・・。孝一郎が一番なんですか?」

今まで、大人しくすき焼きを突いていたアリサが、御剣に今日初めて質問をする。

「そうだね。音山君は、新型DLSを完璧に使いこなせるし、片瀬君との関係も様子眺めというところなんだよ。それに、(ジェネシスミッション)が終わればちゃんと仲直りするだろうしね」

「しーぽんは、どうなんです?」

「片瀬君なんだが、先ほど白銀司令に直訴をしてね。(アルキュオン)の操縦と情報処理を、旧式の(ビアンカ)と同じシステムに戻すように頼んだらしい」

しーぽんは、「アルキュオン」の制御を感覚的なDLSシステムから、得意分野であるプログラム操作に戻す事を白銀司令に直訴して、それを認められていた。

「でも、それで大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと僕は思う。彼女は、あの難物だった(ビアンカマックス)の操縦プログラムを構築した天才なんだよ。最初はスピードが伴わないと思うけど、徐々に慣れていくさ」

「それで、肝心の孝一郎なんですけど・・・・・・」

「厚木君か・・・・・・。彼は、見た目は大丈夫そうに見えるね。訓練の成果も順調で、本番までには80%近い調子に仕上がると思う。100%では無いけど、白銀司令は70%以上の成果を出してくれれば、作戦はほぼ成功すると予想しているからね」

「でも、それでどうして、一番不安定な要素を抱えていると判断しているんですか?」

アリサに代わって、大が御剣に続けて質問する。

「良く見ると、危なっかしいからだ」

「危なっかしい?」

「ここ最近の厚木を何かに例えるならば、真っ暗な部屋で平均台の上をゴール目指して疾走している状態に見えるからな。上手く行っている今は、下の平均台の細さが気にならないというか、知らない状態なので、がむしゃらに疾走しているが、何かの拍子で足を踏み外せば・・・・・・」

御剣の代わりに、一緒に訓練をする機会がある古賀が、大の質問に深刻そうな表情で答える。

「でも、ミッション終了まで持つ可能性もあるんですよね?」

「勿論、あるよ。でも、持たなければ結果はゼロになり、ミッションが失敗する可能性も上がるわけだ」

「そんな・・・・・・」

古賀の語る最悪の結果に、アリサは言葉も出ない様子であった。

「どうやら、君との一件が相当に堪えたようだね。それを忘れるように(家族のため)(太陽系のため)と言い聞かせて頑張っているようだが、成果をあげてる半面、俺と御剣ですら近寄り難い男になってしまった。ケント先輩や笙人先輩はおろか、町田さんですら最近は碌に会話をしていないそうだから」

「・・・・・・・・・・・・」

「それで、古賀先輩はどうしたら良いと?」

「本当は、すぐに彼の元に行ってフォローをいて欲しいんだけど・・・・・・・・・・・・」

「古賀先輩。それは、無理ですよ」

「そうだよな・・・・・・」

ジョジョの言う通りで、現時点で大達の「ステルヴィア」残留がバレると、厳罰の上で地球に送り返される可能性があった。
「ジェネシスミッション」に向け、土星〜地球間はおろか各惑星圏と土星との宇宙船の往来はかつてないほどに活発になっていて、それに便乗すれば、自分達は簡単に地球に送還されてしまう立場にあったからだ。

「なので、この二週間は亀のように首を引っ込めつつ、悪巧みの準備を行いますよ」

「小田原君。それで、具体的に何をする予定なんだい?」

「(ジェネシスミッション)の様子を、全太陽系に完全生中継ってどうです?」

「小田原君・・・・・・。君、大胆だね」

大の提案に、御剣は驚きを隠せないでいた。
基本的に「ジェネシスミッション」の様子は、後日に公開という事になっていたからだ。
この後日というのがミソで、これには、ある程度のお上に都合の良い修正を加えられる可能性もあった。
だが、大はそれを生中継すると宣言したのだ。

「ミッションのせいで、僕達学生はおろか、太陽系中の人が迷惑をこうむっていますからね。その様子を正直に正確に全面的に公開しようかと思いまして」

「でも、機材が無いぜ」

大の意見にジョジョが反論する。
「ジェネシスミッション」の様子を放映するには、それなりの機材が必要であるからだ。

「それを、この二週間で用意するんだよ。それに、中継には(ステルヴィア)のメインサーバーを利用します。どうせ、もう使わない物ですしね。最後まで有効に活用してあげないと」

「そうだったよな。(ステルヴィア)は、もう・・・・・・」

ピエールは、ミュションの詳しい作戦内容を思い出しながら、表情を暗くしていた。
「ジェネシスミッション」では、レーザー砲の射撃時に「コズミックフラクチャー」の活発な活動を少しでも抑えるために、無人にしたファウンデーションを突入させる事になっていた。

「(エルサント)、(オデッセイ)、(アカプス)、(ステルヴィア)の順番だ。勿論、3発目までにフラクチャーに命中させてくれれば、僕達は住処を失わないで済むが・・・・・・」

御剣の一言に、全員が再び表情を暗くしてしまう。

「とにかく。私達がやる事の確定とその準備を行わないと。そして、大人達に見つからないように準備するためには、様々な通風孔やら抜け道やらの把握に努める。よし!まずは行動あるのみよ!」

「「「「「「「「アリサ!」」」」」」」」

ここ一月あまり、元気が無かったアリサの復活に全員が大きな声をあげる。

「クヨクヨ考えてもしょうがないよ。大とナナとジョジョと晶は、大をリーダーにして中継の準備を行う。そして、私とりんなとピエールで・・・・・・」

「待った!」

「どうかしましたか?御剣先輩」

「グレンノース君は、僕が借りるよ」

「「「「「「「「えっーーーーーー!」」」」」」」」

御剣のそうとも取れる発言に、全員が驚きの声をあげる。

「そういう意味じゃないんだけど・・・・・・」

「どういう事です?」

「これを受け取ってくれ・・・・・・」

「「「「「「「「えっーーーーーー!」」」」」」」」

「だから!そういう意味じゃないんだって!そもそも、僕にはナジィがいるじゃないか!」

御剣は、怒りながらアリサに一台のノートパソコンを渡した。

「あの・・・・・・。これは?」

「昨日、技術陣が95%まで完成させた、新型DLSの最新補正プログラムだ。これをミッション本番までに完成させて欲しい」

「でも、私はプログラムは・・・・・・」

「実は、未完成の部分に技術的な事はほとんど不要なんだ。要は使う個人に合わせて細かい設定等の変更を行うってやつさ。手間と根気のみの作業なんだけど、ミッションの準備で、技術陣でそれを行う余裕のある連中は皆無だし、厚木君は現状で順調だからね。下手にDLSに手を加えて、成績を落としたくないというのが本音らしい」

「それで、員数外の私がですか?」

「僕は、絶対に必要になると思っている。パソコンには、厚木君の今までの飛行データ等も入っているから、彼の事をこの中で一番良くわかっている君に頼みたいんだ」

「そんな・・・・・。でも、、私は孝一郎とは・・・・・・」

「僕では無理なんだよ。DLSという物は、人間の視覚を利用するために、機械ともプログラムとも違う、人間の感覚的なものに大きく左右される物なんだ。だからこそ、彼の事を良くわかっている君にね。とにかく!頼んだからね!」

御剣は、データの入ったノートパソコンを強引にアリサに押し付けた。

「それと、(ビアンカマックス)はかつてないほどの長時間の稼動を余儀なくされるので、強制充電装置を用意する。これは、(ビアンカ)や(ケイティー)のコックピット内に簡単に積み込めるので、マニュアルを読んでおいてくれ」

今回のミッションでは、長時間の高速飛行が予定されていたので、「ビアンカマックス」用に強制充電装置がオースチン財団から提供されていた。
これを使うと数分でバッテリーの充電が完了するのだが、3回も使うとバッテリー本体がイカれてしまうので、その使用は今回のみの特例となっていた。

「私が充電に行くんですか?」

「誰が行くかはわからないけど、君もできるようにしておいてくれ。データとマニュアルは、そのパソコンに入っているから」

「わかりました」

「よーーーし!これで、各々が何をするかは大体わかったかな?ならば、あとはすき焼きを楽しむべきだ」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」

秘密の緊急ミーティングは終了し、それぞれの役割も決まり、すき焼きも順調に消化されていあったのだが、最後に再び大きな問題が発生するのであった。

「やはり、すき焼きにはご飯を入れるべきだと思うんだよね」

「御剣はそう言うけど、俺はうどんを入れるべきだと・・・・・・。小田原君もそう思うだろう?」

「そうですね。すき焼きにはうどんですよ」

「大ちゃんの言う通り」

「大は、うどんが好きだからだろう。俺はご飯がいいな」

「私もご飯が良い」

「カップルしてこれだからな。僕は餅を入れたいんですけど、ありますか?」

「うわっ!ピエール!邪道な!」

「別に邪道じゃないじゃないか!」

「邪道よ。孝一郎がよくそう言ってたもの」

「クソ!自分の意見じゃないのかよ!」

「ねえ。何を入れるの?」

「「「「ご飯!」」」」

「「「うどん!」」」

「餅!」

「駄目だこりゃ。先が思いやられるな・・・・・・」

結局、りんなの考案で汁を分割して好きなそれぞれが好きな物を食べる羽目になるのであった。


(数日後、「ステルヴィア」格納庫内)

「孝一郎君。おはよう」

「おはようございます」

「ステルヴィア」が地球圏を離脱してから数日の時が流れた。
土星圏への航行は非常に順調で、「ステルヴィア」も他のファウンデーションも予定より少し早く到着との事であった。
そして、俺の方も相変わらずで、自分一人で壁を作り必要以上に人との接触を持たず、ただひたすた新型DLSを使いこなせるように訓練漬けの日々を送っていた。
後日、この時の事を人に尋ねると、「何かに執り付かれたように訓練に集中していて、話しかける事を躊躇われた」との事であった。

「コンプリート率が62.51%か。凄い数値よね」

「駄目なんですよ。まだ足りなんです」

最近、訓練漬けで必要な事以外を人と話さなくなった俺に、今日は珍しく初佳先輩の方から声をかけてくる。

「本番まで、2週間以上もあるんだから」

「もう2週間しか無いんです。みんな危機感が足りないんですよ」

「ねえ。気が付いてる?」

「何がですか?」

「あなた。昔の私みたいよ。勉強の事しか頭に無くて、成績に焦って」

「それがどうだって言うんです?時間が無いんだから、仕方がないじゃないですか」

「えっ・・・・・・」

「じゃあ。俺はシミュレーションルームに行きますので」

俺は初佳先輩を置いて、シミュレーションルームへと向かう。

「・・・・・・。重症ね・・・・・・。やよい。どうする?」

「気が付いていたの?」

「こっそりと見てないで、話しかければ良いのに。グレンノースさんに頼まれたんでしょう?」

「頼まれたけどね。私じゃ駄目みたい」

ここ数日、やよいは様々な努力をして孝一郎に話しかけてはみたのだが、結果に特に変化は現れていなかった。

「私も話しかけてみかけど駄目ね。チャンスなんだけど、チャンスが生かせないなんてね。やっぱり、グレンノースさんじゃないと駄目なのかしら?」

「それは認めたくなんだけど、認めざるをえないかもね。それよりも、孝一郎君がミッション終了まで持つのか?それが、一番の心配ね」

二人の目から見ても、孝一郎の状態は異常であった。
あの年齢で、オリンピックで金メダルを取るくらいなのだから、集中力が人並み以上にあるのだろうが、のめり込み過ぎる様子を見ていると、すぐに限界が訪れるのではないだろうかと考えてしまうのだ。

「そうね・・・・・・。彼、大丈夫かしら?音山君もケントも御剣君も心配しているんだけど、この状況下では自分の事で精一杯だしね」

「しーぽんも大変なんだけど、孝一郎君も大変。でも、私はこの中で一番未熟な存在・・・・・・。私には・・・・・・」

二人の女性は、自分の友人や想い人の様子に頭を悩ますのであった。


「孝一郎君。来てたんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

しーぽんがシミュレーションルームで一人自主練習をしていると、いつの間にか孝一郎が現れて、一人で訓練を行っていた。

「コンプリート率63.23%か・・・・・・。もう、私じゃ追いつけないね。(アルキュオン)の制御を、旧式のシステムに戻して正解だったかな」

「・・・・・・・・・・・・」

「私も頑張らないとね。みんなの中で一番遅れているから」

「・・・・・・・・・・・・」

「あのね・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

その後、何を話しかけても、孝一郎が答えを返す事は一回も無かった。


「相手が片瀬さんでも、そういう状態なのね」

「はい」

しーぽんがシミュレーションルームでの訓練を終えてからXECAFEに行くと、そこでは先に初佳とやよいがお茶を飲んでいた。

「アリサに孝一郎君の事を頼まれた手前、何とかしようとは思うんだけど、あそこまでいってしまうと、私にはね・・・・・・」

「最近の孝一郎君は、ちょっと怖いです・・・・・・」

「そうね。それで、一番の親友である音山君にはどんな感じなの?」

「私とそれほど変わりません。(光太は完璧なんだから、遅れている俺に余計な面倒をかけるな)というニュアンスの発言をされたそうです」

「音山君も大変よね。彼女ばかりか親友にも避けられて」

「違います!私は、ミッションが終了するまではそれに集中しようと!」

「初佳。しーぽんを虐めては可哀想よ。それよりも・・・・・・」

その後、「ステルヴィア」の土星圏到着まで三人の密かな努力は続いたのであったが、孝一郎の心を解きほぐす事は不可能であった。


「ふう。ただいまって言っても、誰もいないか」

初佳達が密かに相談をしていた時刻から数時間後、規定の訓練に続き、独自の自主訓練まで行った俺は、暗い自室に一人で帰宅していた。
今は「ステルヴィア」時刻で夜の11時。
俺は、シャワーを浴びて簡単な夕食を取って寝るだけの生活を一ヶ月以上も続けていた。

「夕食は・・・・・・。カップ麺でいいかな?」

アリサがいれば怒られる事は間違いなかったが、今の俺は一人だし、ミッション参加者以外の避難はとうに完了していたので、食事は自炊するしかなかったのだ。
他に運び出す余裕も無かったので、食料自体はいくらでもあったのだが、俺に調理する余裕も技術も無かったので、冷蔵庫の中の食材はそのまま放置されていた。
現在のところ、XECAFEですら飲み物はセルフで淹れるという緊急事態に、俺の食生活は最低ラインを更新し続けていた。

「何とか目標値に届きそうだけど、何かが足りないような・・・・・・」

俺はお湯を注いだカップ麺を眺めながら、ここ一月半ばかりの事を考えていた。
今の俺は、過去のオリンピックと「ステルヴィア」受験のために全てを擲っていた時と同じ状態だと思うのだが、心の中の片隅に発生し始めていた闇だけは別であった。
あの時は、目標に達すれば輝ける未来が待っていると心から信じていて、その後、実際に楽しい日々を送っていたのだが、現在の俺は何とも説明し難い不安に襲われていた。
アリサは、多分前の事では怒っていないとは思うのだが、その件についてちゃんと仲直りをしないままでミッションに望む事になってしまったからだ。
もし、何かの間違いでアリサと別れる事になったら・・・・・・。
心の表面では、家族のため、人類のため、アリサに生き残って欲しいがためと綺麗事を並べていたが、俺は女の子一人にフラれる事を極端に恐れていた。

「(情けない男だよな。俺も・・・・・・。お嬢やら、初佳先輩にフラフラした罪かもな・・・・・・)」

結局、今の俺は無意識にその事を忘れるために、他人と壁を作って訓練に没頭しているのであろう。
訓練は必要であるが、あのような態度を取る必要が無い事は、誰よりもわかっていたからだ。

「(ミッションが終了すれば)か・・・・・・。本当に、終了すれば仲直りできるのだろうか・・・・・・」

そんな事を考えながらベッドで横になっている内に、俺の意識は遠のいていくのであった。


(6月18日、土星圏宙域内「ステルヴィア」司令室内)

「白銀司令。ミッションの準備の方は大丈夫ですか?」

地球圏を離脱した「ステルヴィア」は、予定通りに土星圏に到着し、それと前後して到着していた各ファウンデーションと共に所定の位置に待機しながら作戦の最終準備を整えていた。

「はい。レーザー砲台の組み立ては87%が終了で、設置は76%が終了しました。三日後に試射を行います。重力レンズの方は78%が完成し、今は照準の調整中です。試運転は五日後を予定しています。こいつの発生する重力に対するフラクチャーの挙動は、質量に比例するけど距離の2乗に反比例する性質を逆手にとってバランスを取ることで対処すれば大丈夫との技術部のお墨付きです。ファションからの退避は(アカプス)と(オデッセイ)で50%。(エルサント)で80%となっており、作戦開始には十分間に合います。それと、問題だった加速器の強度不足とプログラムの問題の方も解決しています」

織原司令とリチャード主任教授の問いに、迅雷は自信満々に答える。

「それで、(アルキュオン)の方はどうなっているんですか?」

「何しろ完成したばかりの機体ですし、あれも新型DLS搭載を前提としたものなので、制御系を含む各種の調整に難航しているそうです。ですが、作戦にはギリギリ間に合うものと思われます」

「そうですか。それで、厚木君の様子はどうですか」

リチャード主任教授は、更に質問を続ける。

「気合が入っているようですね。コンプリート率が75.69%で、本人は本番までに80%超えを狙うそうです」

「そうですか・・・・・・。でも、レイラ君と蓮君は心配しているようですが」

「大丈夫ですよ。あいつは、しっかりしていますから」

迅雷は一人確信していたが、前にも説明した通り、彼がミッション本番で走っている暗闇の平均台から盛大に転げ落ちる可能性を、リチャード主任教授も本気で心配し始めていた。


「ねえ。アリサ。手伝おうか?」

「りんなは、各通風孔の行き先のチェック!まだ、全部終わってないんでしょう?」

「手伝おうか?」

「大とナナは、メインサーバーへの侵入コードの解析が残っているでしょうが!しーぽんに聞きに行けないのよ!わかってる?」

「俺と晶は・・・・・・」

「ジョジョは食事当番!晶は掃除と洗濯当番!」

「では、全女性の僕であるこの僕が・・・・・・」

「作戦で使う宇宙船のマニュアルと簡易シュミレーションの習得は完璧なんでしょうね?操縦だけじゃなくて、メインサーバーとのリンクやら各種機材の調整と操作やらで、難しい課題を与えられていると思ったけど?それに、格納庫に置いてある(ビアンカ)の設定と調整と整備と・・・・・・」

「了解です!」

あれから、二週間の月日が経った。
アリサ達は、人がほとんどいなくなった事により誰も近づかない予備の食料倉庫内で寝泊りをしながら、様々な自分達なりのミッションへの準備を行っていた。
特に、アリサは「ビアンカマックス」と「アルキュオン」の整備で寝る暇も無い御剣ジェットに代わって、最新版新型DLSの個人向けの最終調整を行っていた。
作業自体はそれほど難しくなかったのだが、根気と努力が必要な作業で、アリサは寝食を忘れてこの作業に没頭していた。

「完成したからって、役に立つかもわからない物をよくやるよね」

「「「「「ピエーーール!」」」」」

「ごめんなさい!」

ジョジョ達の抗議の声に、ピエールは速攻で謝っていたが、アリサにはそのやり取りが聞こえていないようであった。

「アリサ。あまり根をつめるな。正直、作業量が異常だし、私達が手伝っても・・・・・・」

「晶。ありがとう。でも、私にやらせて。私が、今孝一郎にできる事ってこれだけだから」

「アリサ・・・・・・」

「さあさあ。みんなも所定の作業に戻ってね」

「わかったよ。ナナ。始めるよ」

「うん」

「晶。行こうぜ」

「了解」

「さーーーて。今日は、Lの3番通路から探索だね」

「保安部のオッサンに見つかるなよ」

「大丈夫だって」

アリサの指示で、全員がそれぞれの仕事に出発する。
こうして、誰も知らない「ステルヴィア」残留組も、独自のミッション達成を目指して密かに暗躍を続けるのであった。


(6月21日、「ステルヴィア」司令室内)

「作戦開始まで残り48時間となった。24時間前に全員を待機状態にしたいので一日ではあるが暫しの休息を取ってくれ」

白銀司令に呼び出された俺達を含む主要メンバーは、一日の休暇を告げられる。
だが、一人だけ例外が存在した。

「片瀬には悪いんだが・・・・・・」

「はい。(アルキュオン)の調整が終わらない以上は仕方がありません」

「(アルキュオン)担当の整備士達も、不眠不休でやっているからな。とにかく、絶対に間に合わせてくれ」

「了解です」

「では、残りのメンバーは解散だ!」

白銀司令の指示で、全員が用事は終わったとばかりに司令室をあとにする。

「厚木君。君は・・・・・・?」

「訓練をしてから寝ます。では」

俺はそれだけを言うと、みんなと別れてシミュレーションルームに向かって歩き出した。

「・・・・・・・・・。厚木君・・・・・・・・・」

「重症だな。彼女不在で、ここまで変わるか」

ケントと笙人は、後輩のあまりの変わり様に処置無しという顔をする。

「志麻ちゃん。僕も手伝おうか?」

「ううん。光太君は、重要なガンナーなんだからちゃんと休まないと」

「志麻ちゃんだって、ちゃんと休まないと」

「私は、自分の仕事が終わっていないから」

「でも、志麻ちゃんが本番で疲れていたら意味が無いと思うよ。ここは、分担して・・・。それに、前から言おうと思っていたんだけど、DLS抜きなんて無理だよ」

「光太君。それじゃあ、意味が無いんだよ!私は、自分がやらなければいけない事をちゃんとやろうとしているだけなの!そして、それにはDLSが邪魔なのよ!何でわからないのよ!」

「志麻ちゃん・・・・・・」

「光太君。お互いに頑張ろう」

しーぽんは最後にそれだけを言うと、「アルキュオン」のある格納庫に走り出す。

「こっちも重症だな・・・・・・」

「はかなく散る恋か・・・・・・。ひっ!」

余計な事を言った古賀は、今まで見た事もないような表情で光太に睨まれる。

「みんなは、普通に休むよね?」

「勿論だ。休むのも任務の内だ」

「笙人先輩の言う通り」

「私は休むけど、ジェットは(アルキュオン)の整備で無理よね?」

「そうだね。さて、僕も整備に行くとしようかな」

御剣もしーぽんに続いて格納庫に向かって走り出した。

「私とやよいも休むけど・・・・・・」

「厚木君を慰めにでも行くかい?」

「あの状態で?」

「私達が行っても無駄ですよ。今の孝一郎君を何とかできるのは・・・・・・」

「グレンノース君か・・・・・・」

初佳とやよいも処置なしという表情をし、古賀はアリサがここにいる事を知ってはいたがそれを話せないジレンマに陥っていた。


「何かしっくり来ないな・・・・・・」

「孝一郎君もなの?」

シミュレーションルームで数時間の自主訓練を行っていたが、なぜか調子が上がらないままであった。
そして、後から少し顔色の悪いしーぽんが俺に話しかけてくる。

「(アルキュオン)の調整と訓練は?」

「作戦開始時刻には間に合うよ。今日はちゃんと話してくれるんだね。今までは、ちょっと怖かったけど・・・・・・」

「・・・・・・・・・。不安だったからだ」

「えっ?」

「このまま、アリサに許して貰えないかもって考えると、訓練に没頭して現実を忘れるしかなかったから・・・・・・」

「でも!アリサは、孝一郎君を!」

「しーぽんだって、光太を拒絶してるじゃないか。そういう事だよ・・・・・・・」

「孝一郎君・・・・・・」

「さて。休憩だ。バラエティー番組でも・・・・・・」

俺はシミュレーションを中止してから、シミュレーションルーム正面の大型スクリーンのスイッチを入れる。
ここは土星で、地球の電波が届くのにかなり時間がかかるが、数時間遅れで地球のテレビ番組を視聴する事が可能であった。

「日本の番組・・・・・・」

「報道特番ばかりか・・・・・・」

日本のテレビ番組は、愚にも付かない報道特番ばかりであった。
元「ケイティー」のパイロット崩れの宇宙評論家やら、二流学者やらが出て言いたい放題言っていた。

「ここで、ミッションに参加する片瀬志麻さんのお母さんからメッセージが届いています。志麻さん見ていますか?」

「えーーーっ!」

画面内のアナウンサーの言葉に、しーぽんは驚きの声を上げる。

「志麻ちゃーーーん!見てるーーー!」

「ノリノリだね。千秋さん」

「ちーちゃんのバカ・・・・・・」

VTRは街中で撮影されたらしく、彼女はカメラに向かって一生懸命に話しかけていた。

「志麻ちゃん。あなたは、私に相談もしないで勝手に(ステルヴィア)に願書を出して宇宙に上がってしまいました。そして、それからちゃんと話し合いもしないままにここまで来てしまいました。それは聞く耳を持たなかった私が悪いとはわかっているんだけど、それを認める事がどうしてもできなかったの。だって、あなたは何にでも一生懸命に頑張り過ぎてしまうから。お母さんは心配で堪らなかったの。でも、私はもう何も文句は言いません。志麻ちゃん。私はあなたを愛しています。私と海人君が恋をして愛し合って、そして、あなたが生まれました。あなたは、私達の誇りです。志麻ちゃんがミッションを終了させて無事に家に帰ってくる事を祈っています。手料理を作って待っているからね」

「お母さん・・・・・・」

最近、感情を忘れつつあった俺ですらこみ上げてくるものがあり、実の娘であるしーぽんに至っては感極まって涙を流し始めていた。

「続いて、厚木孝一郎君のご両親からのメッセージを・・・・・・」

「父さん。母さん」

続いて、自宅のリビングと思われる場所で両親が椅子に座りながらカメラの方を向いていた。

「孝一郎。病気とかしてない?生水は・・・・・・」

「母さん。土星に生水は存在しない」

「寝冷えをしないように・・・・・・」

「ファウンデーションの温度管理は完璧だ」

「バカ親父め・・・・・・」

千秋さんと違い、うちの両親はどんな場面でも会話が夫婦漫才に発展する可能性があったので、警戒はしていたのだが、警戒してもどうにかなるものでもなかった。

「今日も定期検診に行ってね。生まれてくる子供の性別を聞いてきたのよ。女の子だって。きっと可愛い妹が生まれてくるわよ」

「良かったな。ちゃんと生まれたら顔を見に帰ってくるんだぞ。じゃあな」

両親がそれだけを言うと、画像が切れてしまった。

「そうか・・・・・・。妹なのか・・・・・・」

隣にしーぽんがいるせいもあったが、俺はここに来て亡くなった亜美の事を思い出していた。
彼女は誰にも抗えない病気で短い人生を終えてしまったが、十数年の人生は生きる事ができた。
だが、ミッションに失敗すれば、新しい妹は生まれてくる事すら不可能なのだ。

「アリサとの事は、後日に委ねるか・・・・・・。お兄さんは、頑張らないといけないな」

「そうだね。孝一郎君。私も頑張るよ。妹さんが生まれたら私にも会わせてね」

「おうさ。是非、顔を見に来てくれ」

「うん」

それから、二人はシミュレーションルームを出て最後の休憩を取るのであった。


(6月23日午前2時、「ステルヴィア」司令室内)

「白銀司令。作戦開始まで10時間を切りました」

「最前線の(エルサント)の避難状況は?」

「一部の機関部員と基幹要員だけです。一時間以内に全員の避難とオート操作の設定が終了します」

迅雷の質問に、オペレーターの女性職員が冷静に答える。

「(アルキュオン)の調整はどうなっている?」

「作戦開始一時間前に終了予定です」

「何とか間に合ったか・・・・・・」

「直前で操縦系統の切り替えをしましたからね。少し、ヒヤヒヤものでしたよ」

「そうだな。だが、間に合いそうじゃないか」

「ええ」

司令部に詰めている技術部員と共に、迅雷が安堵の表情を浮かべていると、突然司令室内に衝撃波が伝わり、直後に警報が鳴り響いた。

「何事だ!」

「大変です!(エルサント)が消滅しました!」

「なぜだ!?」

「詳しい原因は不明ですが、フラクチャーに変化!エネルギー反応が増大中です!」

「急いで原因を調べさせろ!ミッションの参加要員は、全員戦闘体制で待機!場合によっては、作戦の繰り上げも予想されるぞ!それと、(ケイティー)部隊を選抜して発進させろ!まずは、正確な情報からだ!」

司令室内に迅雷の指示が鳴り響き、全部隊は即座に臨戦態勢に移行するのであった。


(「エルサント」消滅20分前、某予備倉庫内)

「いやはや。二週間以上も、君達の存在に気が付かないなんてね」

「とっくに気が付かれていると思っていましたよ。笙人先輩もいますしね」

「僕達も、それどころじゃないからね。それで、古賀君と御剣君もグルだったんだね」

ケントが、アリサ達の潜伏を知ったのはほんの10分ほど前であった。
御剣が連絡を取るために、倉庫に向かうところをケントに目撃され尾行されてしまったのだ。

「御剣は、迂闊なんだよ」

「迂闊ってね・・・・・・。疲れてたし、今更見つかっても送還は無いと思って油断したんだよ!」

古賀の指摘に、御剣は半ばキレ気味に反論する。
彼は「アルキュオン」と「ビアンカマックス」の整備のために、碌に寝ていなかったからだ。

「それで、ここで君達は何をしているんだい?」

「よくぞ聞いてくれました!」

大は、ケントに「ジェネシスミッション」の中継計画や細かい付随作戦の説明を開始する。

「何とも、大胆だね。それで、準備状況は?」

「機材の準備は完了しました。第三格納庫の隅に発進させるだけの宇宙船に搭載が完了しています。勿論、機材の搭載と整備は・・・・・・」

「重要な部分は、僕がやって残りはピエール君に一任したけどね」

「それで、御剣君は睡眠不足なのか・・・・・・」

通常の整備に加え、そんな事を極秘でやっていたら寝不足になるのは当然の事と思われた。

「でも、中継するにしても、出力が不足しているだろう」

「それは、無人になる(ステルヴィア)のメンサーバーを拝借する予定です」

「どうやって侵入するんだい?」

「セキュリティーのコードは既に入手済みです。僕もしーぽんほどでは無いですけど、それなりに知識はありますし、この状況でコードの改定は行われませんしね」

「そこまで見抜いていたか・・・。しかし、これだけの計画を多くの人を巻き込んで行うなんて、君は意外と大物だったんだな」

「僕は、意外と人格者ですから」

「そうよね。大ちゃんは、将来は大物になるのよね」

「そう・・・・・・」

大はともかく、ナナのノロケにケントは顔を引き攣らせながら返事をする。

「それで、グレンノース君は・・・・・・」

ケントが部屋の端を見ると、アリサが一心不乱にノートパソコンのキーを叩いていた。

「グレンノース君・・・・・・?」

「ケント先輩。アリサは、孝一郎のために新型DLSのバージョン更新をしていまして」

「そうか。彼女はそれを厚木君に届けるつもりなんだな」

「はい。自分ができる事はそれだけだからって・・・・・・」

「愛だよな。うん。愛だ」

りんなの説明に古賀が一人で感心していると、急に大きな衝撃波に見舞われ、倉庫内に赤い非常灯が灯される。

「何事だ?」

「ケント先輩。(エルサント)が消滅したそうです」

大は自分の携帯端末を見ながら、ケントの詳しい状況を説明する。

「そうか・・・・・・。って!小田原君がどうして?」

「大ちゃん得意の不法アクセスよね」

「正解」

「あまり、自慢をされてもね・・・・・・。とにかく、僕は格納庫に向かうから」

ケントが急いで倉庫を出ようと扉を開けると、そこには懐中電灯を照らした笙人が立っていた。

「ケント。急ぐぞ!」

「笙人!何でここが?」

「無論。知っていたからだ」

「知ってたのか・・・・・・」

ケントは、友人である笙人がこの事を知らせてくれなかった事に少しショックを受けていた。

「秘密は、知っている人数が少ない方が・・・・・・」

「はいはい。初佳とナジィは、もう待機しているんだろう?」

「正解だ。我々も急ぐぞ!」

「わかったよ」

ケントと笙人は、格納庫への通路を全力で走り出した。


「ケント。笙人。遅いわよ!」

「遅い!」

「すまん!色々と立て込んでいてね」

「ケントの迎えで遅れた」

二人が格納庫に到着すると、先に発進準備を終えて待機していた初佳とナジマに怒られてしまう。

「作戦司令の白銀だ。君達は(エルサント)のあった地点に急行して、できる限りの情報を集めてくれ。こちらでも、何があったのかサッパリわからない。それと、くれぐれも無茶をしないように」

「「「「了解です!」」」」

「フラクチャーに接近すること自体が、十分に無茶だと思うけど・・・・・・」

「言わない。言わない」

ナジマの突っ込みに、初佳は冷静に答える。

「新型DLS。新型探知機器。更に改良された愛機。データ収集のために、フラクチャーに最接近。無茶の四重苦ですね」

「そうね。厚木君は、便宜上ケントの指揮下に入ってはいるけど・・・・・・」

緊急警報で格納庫に到着した俺は、「ビアンカマックス」本隊と新型DLSと探知機器の最終調整を終えて、コックピット内で待機していた。
既に、白銀司令からは偵察に参加するように命令を受けていて、「ビアンカマックス」は、その高性能な探知機器の性能を最大限に発揮すべく、フラクチャーにかなりの距離まで接近する事になっていた。

「先行部隊に選ばれた諸君!緊急発進で行くぞ!学生達は、古賀が後発の本隊の指揮を執るので、ケント・オースチンの指示で行動すること!」

「了解です!全機!発進!」

迅雷の指示で、「ステルヴィア」が所有する「ケイティー」の三分の一が出撃し、「エルサント」が消滅した地点に急行する。

「厚木。頼むぞ」

「了解です!」

性能差の関係で、「ケイティー」部隊の発進を見送った俺は、白銀司令の命令で「ビアンカマックス」を発進させるのであった。
俺は心に様々な感情を抱えたままの状態で、ミッション本番に臨む事になるのであった。


(一時間後、「ステルヴィア」内作戦会議室内)

「一時間後にミッション開始だと!無理だ!」

迅雷は、ミッションの主要メンバーを緊急で招集し、作戦開始を一時間後に早めるとういう決断を伝えたのだが、レイラは即座に反対の意見を述べる。

「そうですな。あまりに無謀過ぎるかと」

同じく会議に参加しているヒュッター教官も、冷静に反対意見を述べる。

「白銀司令。作戦を早める根拠を教えてくれないかね?」

指揮を混乱させないために、オブザーバーとしてのみ参加している織原司令が、迅雷に柔らかい口調で尋ねる。

「これは、先行した(ケイティー)部隊と(ビアンカマックス)から送られてきたデータです。フラクチャーの活動が活発化しています。今、作戦を始めないと、(オデッセイ)や(アカプス)。そして、この(ステルヴィア)も、本来の作戦開始時刻までに消滅してしまうでしょう」

「だが、片瀬の訓練も(アルキュオン)の整備と調整も終わっていないんだぞ!」

「命中精度は、九割を超えていると聞いている」

「しかし・・・・・・」

レイラは、自分の生徒を不完全な状態で出撃させたくないらしく、反対の意見を述べ続ける。

「(アルキュオン)の方も、コッピットの改良は終了しているんですよね?」

「確かに、終わってはいるが、テストが不十分だ。それに、駆動系の換装作業がまだ残っている」

迅雷の質問に、ヒュッター教官はいつものテンションで冷静に答える。

「機動性アップは諦めましょう。システムの最終調整は、発進後に片瀬君にやって貰うしかない。いいですね?」

「うーーーん。仕方がない」

「わかったわ」

迅雷の言う通りに、「アルキュオン」の調整の終了を待っていたら、全てが台無しになってしまう事は明白な事実であったので、二人はしぶしぶと了承の返事をする。

「片瀬。君にもわかったと思うが、この状況では(アルキュオン)を不完全な状態で出撃させるしかない。それでも、やってくれるか?」

迅雷は立場上、命令を出す事が可能であるにも関わらず、しーぽんに作戦への参加意思の確認を行った。
これが、今の迅雷にできる唯一の誠意であったからだ。

「はい。行きます。行かせてください」

「すまんな。片瀬。ちなみに、先行している厚木の調子はすこぶる良好だ。新型DLSと新型探知機との相性は万全で、コンプリート率は85.64%と今までの最高値を記録している。現に、この送られて来ている情報の三割が彼からの情報だ」

「孝一郎君。頑張っているんだ。よーーーし!私も!」

しーぽんの返事で、開始予定時刻を早められたミッションがスタートするのであった。


「(インフィニティー)の発進準備完了です!」

「(アルキュオン)の方は、とりあえずの機動と発進準備が終了しました。あとの調整は、作戦宙域で実施します」

臨時作戦会議の終了後、二人は自分の機体の最終立ち上げ作業を行っていた。

「志麻ちゃん・・・・・・」

「どうしたの?光太君」

しーぽんが、「アルキュオン」のコックピット内でできる限りの調整を行っていると、「インフィニティー」から通信が入ってくる。

「あの・・・・・・。その・・・・・・。僕は・・・・・・」

「光太君。孝一郎君が、先に待っているよ。頑張ろう」

「うん。それで、僕は志麻ちゃんの事が・・・・・・」

「大丈夫だよ。乗っている機体は別だけど、大丈夫だから」

しーぽんは、それだけを言うと通信を切ってしまう。

「志麻ちゃん・・・・・・」


「予定は早まったが、(ジェネシスミッション)のスタートだ。カウントを読み上げてくれ」

司令室内に移動した迅雷は、近くにいるオペレーターに作戦開始を告げる。

「カウント開始します。10・・・。9・・・。8・・・」

「みんな。聞いてくれ。思わぬアクシデントにより予定が少し早まったが、作戦内容に大きな変更はない。緊張せずにやってくれ」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

「3・・・。2・・・。1・・・」

迅雷が説明している間にも、カウントダウンの声は冷静に響き、遂に「ジェネシスミッション」がスタートする。

「(ジェネシスミッション)作戦開始!」

オペレーターのカウントダウンは終了し、迅雷は全参加部隊に対して作戦開始を宣言する。

「レーザー砲台ホイール回転。異常無しです」

「タツノオフジェネレーター起動!重力レンズ起動開始!共に、トラブルはありません!」

迅雷の作戦開始の合図と共に、各員は次々に予定の作業を無事に終わらせていく。

「大きな混乱は、ないようですね」

迅雷の隣にいるリチャード主任教授は安堵の声をあげ、織原司令とヒュッター教官もその意見に賛同するように首を縦に振る。

「よし!(インフィニティー)と(アルキュオン)の発進後に、(ケイティー)部隊を全機出動させるんだ!片瀬!音山!頑張ってくれ」

「「はい!」」

「作戦が無事に終了したら、厚木と合わせてどの教科でも優を一つくれてやる。厚木は前回の(ウルティマ)を合わせると2個目の優だな。羨ましい限りだ」

それからきっちり5分後に、重力カタパルトで「インフィニティー」と「アルキュオン」が打ち出され、ミッションはスタートした。


「藤沢は、向こうでケント先輩と合流してくれ」

「わかりました。古賀先輩」

同じく、「インフィニティー」と「アルキュオン」と共に発進する「ケイティー」部隊本隊も、発進準備を整えていた。
本来ならば、ケント達と行動を共にする予定であったやよいは、緊急発進という突発的な事件のために安全策を取って、暫くは古賀の指揮下に入る事になっていた。

「古賀先輩って・・・・・・。俺達は、同じ歳だろうに」

「でも、先輩は先輩ですよ」

「やれやれ。昔と変わらないな。藤沢は・・・・・・」

「古賀君も、相変わらずね。また彼女と別れたんだって?私がいなかった時期を含めると何回目?」

「うーーーんと。8回目くらいだったような・・・・・・」

「昔から女の敵よね」

実は、古賀とやよいは昔からの知り合いであった。
理由は簡単な事で、2年前は二人は同級生であったからだ。

「藤沢が朱書きで、(やっぱり、あの手紙は無し!)って書かなければね・・・・・・」

「あれは、若気の至りってやつね。予科生内でナンバーワンの人気を誇っていたあなたに純粋にあこがれて手紙を出してみたけど、実はとんでもないプレイボーイである事がすぐに発覚して、すぐに否定の手紙を出したのよね」

「それから、僕は真実の愛を求め続けているんだけどね」

「健闘を祈っているわ」

「正直、タキダ君なら余裕で勝てるけど、厚木君がライバルじゃねえ・・・・・・」

「残念でした。先輩。そろそろ行きますよ」

二人が久しぶりに気安い会話をしている内に、「インフィニティー」と「アルキュオン」は先に出撃し、「ケイティー」部隊本隊もそれに続くのであった。


「ねえ。本当に通路の探索を完了させているの?全然、しーぽんや孝一郎のいる場所に到着しないじゃない!」

「おかしいな・・・・・・。あっ!孝一郎は、先に出たみたい」

「それを先に言えーーー!」

「聞かれなかったからだよーーー!」

「2人とも。うるさい!」

「ピエールこそ五月蝿い!」

「エルサント」の消滅という緊急事態によって、アリサ達の作戦開始時刻も早まっていた。
大・ジョジョ・晶はメインサーバーの確保に向かい、アリサ・りんな・ナナ・ピエールは、友人達の姿を求めて、「ステルヴィア」の地面中に張り巡らされている通風孔を四つん這いで進んでいた。

「りんなが、ちゃんと調べないから!」

「あのさ。早く前進してくれないかな?」

「ピエール!前を見るな!このスケベが!」

言い含められていたにも関わらず、思わず正面を向いたピエールはナナに蹴りを貰っていた。
一番後方にいるピエールがまともに前方を見ると、四つん這いで進んでいる影響でスカートの中身が見えてしまいそうになるからであった。

「だったら、僕を一番前にしろよ!」

「ピエールは、道を知らないでしょうが!」

ナナとピエールが不毛な言い争いをしている内に、アリサとりんなは一応の目的地点に到着する。

「りんな。この上は?」

「うんとねえ。(ケイティー)と(ビアンカマックス)が置かれている格納庫だね」

りんなは、大に貰った地図を見ながらアリサの質問に答える。

「最悪、御剣先輩に情報を聞くか・・・・・・」

アリサが通風孔の蓋を開けて上の様子を探ると、そこには見慣れない筒状の巨大な物体が置かれている格納庫に出た。

「あれれ?(ケイティー)なんて一機も無いね」

「りんな。あんたは、2週間も何をやっていたのよ?」

「だって。警戒が厳しいし、同じような通路ばかりでさ」

「おや?君達は、居残りかね?」

「えっ!りんな。何か言った?」

「アリサこそ!」

年配の男性らしき声に驚いた二人が後を振り返ると、そこには何となく見た事があるような老人が穏やかな笑みを浮かべていた。

「どうも・・・。こんにちは」

「こんにちは!」

「こんにちは。お嬢ちゃん達は、元気なようだね。それで、お友達は何人いるのかな?」

「えーーーとですね。ここには4人で、他に3人です!」

「りんな!」

老人の問いに、りんなは素直に元気に答える。

「ほほほ。みんなで居残りか。感心。感心」

「えへへ。それほどでも」

「りんな。褒められた事じゃないから」

「そうだな。造反行為だからな。それに、どうせ作戦が始まっているのだ。隠れてないで出てきて見学でもしたらどうかね?」

「ははは・・・・・・。そうします・・・・・・」

更に老人の後ろでは、司令室から移動してきたお馴染みのヒュッター教官が立っていた。

「ナナ。ピエール。バレちゃったわよ。出てきなさい」

「アリサは無用心よね」

「それは言えてる」

「悪かったわね」

アリサは、文句を言いながら穴から這い出ていたナナとピエールの文句に適当に反論する。

「ところで、このデカイ物体は何ですか?」

「あんたは、切り替えが早いな!」

りんなは、目の前の老人に格納庫内に置かれている物体の正体を尋ねた。

「これは、(アルキュオン)のジェネレーターじゃよ」

「何で取り付けないんですか?」

「整備はあと一時間ほどで終わるのだが、(アルキュオン)は、既に出撃しとるからな・・・・・・」

「そんな・・・・・・。(ルュキョン)は、ジェネレーター無しだなんて・・・・・・」

「(ルッキョン)って・・・・・・」

隠密行動を発見された挙句、アリサのおかしなネーミングを聞かされたピエールはげんなりとした表情をしていた。

「(ルッキョン)。悪くないと思うけど・・・・・・」

「「「「御剣先輩!」」」」

「おや。このお嬢ちゃん達と御剣君は、知り合いなのかね?」

目の前の老人といきなり登場した御剣は知り合いのようで、二人は普通に会話を開始する。

「ええ。特に、グレンノース君には整備面で手伝って貰っていましたし、新型DLSの更新データの調整を依頼してしましてね。それに、(ビアンカマックス)の強制充電装置の取り扱いマニュアルを熟読しているのは、彼女だけでして・・・・・・」

「なるほど。では、お嬢ちゃん達にお願いするとしようかな?調整と整備を終了させたジェネレーターと前線に運んで装着する任務と、(ビアンカマックス)の充電と新型DLSの更新作業。正直、ここで空いているパイロットは皆無だからね」

「でも、意外でした。ターナー博士が、(ビアンカマックス)にも関わっていたなんて」

「ラルフ君とは協定を結んでいてね。新型オーバビスマシンが完成したら、格安で売って貰う代わりに、いくつかの技術や部品を提供しているのじゃよ」

「さすがですね」

老いたりとはいえ、「グレートミッション」の立役者であるターナー博士の影響力は、未だに健在であるようであった。

「それで、どうするかね?これだけの物を運ぶとなると・・・・・・」

「最低でも、三機の(ビアンカ)が必要ですね」

「私が行きます!」

「行ってくれるかね」

「はい。(アルキュオン)の射撃も、(ビアンカマックス)のデータ送信も一度で終わらない可能性が高い以上。私は、これをしーぽんと孝一郎に届けてあげたい。私は、そのためにここに残ったんだから・・・・・・」

「アリサ・・・・・・。わかった!私が乗せてってあげよう!」

「りんな・・・・・・」

「こんなに大きいジェネレーターを取り付けるんだから、アリサは現場に到着するまでマニュアルをちゃんと読んでおく事!」

「そして、二機目の(ビアンカ)は、予科生期待の星のピエール・タキダにお任せを」

「三機目は、私よね」

「そういえば、キタカミさんってパイロット科だったよね。他のクラスだけど・・・・・・」

「失礼ね。私は、ピエール君より実技の成績は上よ!」

「嘘!初めて知った!」

「とにかく!これで駒は揃ったわ!あとは、ジェネレーターの整備の手伝いと(ビアンカ)の発進準備を!それで、良いのよね?アリサ」

「ありがとう。ナナ」

それから一時間後、整備を終えたジェネレーターを搭載した「ビアンカ」三機がカタパルトに設置される。

「いい?三機の動きを同調させないと、明後日の方向に飛んで行ってしまうわよ」

「わかった」

「りんなちゃんに心配する要素は無いわね。むしろ・・・・・・」

「ええい!話しかけるな!僕は精一杯だ!」

「わかったわよ。それじゃあ、行くわよ!」

「発進!ゴーーー!」

りんなの合図で、ジェネレーターと搭載した三機の「ビアンカ」はカタパルトからうち出される。

「のわぁーーー!」

「ピエール!動きを同調させないさいよ!」

「ナナこそ!やっているのかよ!?」

始めは、お互いを罵りあいながら不安定な軌道で飛行していた「ビアンカ」であったが、徐々に操縦に慣れてきたのか、安定した飛行を見せるようになる。

「アリサ。落ち付いたよ」

「ありがとう。この手順通りにやれば私にでも・・・・・・。新型DLSの更新と充電は既にマニュアルを覚えたわ。あとは行くのみよ!」

アリサは、一人でノートパソコンの画面を見つめながら、自分が行うべき事の確認作業を行っていた。


「さてと。前回よりも早く到着したようだね。セキュリティーも更新が無かったから楽勝だったし」

「でもさ。この状況でダストシュートと登ったり、宇宙服を着て外に出る必要性があったのか?」

「まだ保安部の巡回があるからね。安全策を取ったんだよ」

大、ジョジョ、晶はアリサ達と別れ、無事にメインサーバーに到着していた。

「それで、何をすれば良いの?」

「格納庫に準備してある、宇宙船内の各種機材とのリンクの準備でしょう。他にいくつかのデータを探して・・・・・・」

「データ?」

「とにかく、先に、初期に決めた作業をやってくれないかな?ミッションの開始時間が早まった影響で、僕達の作業は大幅に遅れているんだよね」

「確かに、大の言う通りだな」

「そうね」

ジョジョと晶は、大の指示で、始めから決められていた作業を開始するのであった。


「誰が、ジェネレーターを持って出撃しようとしているんだ!俺は、許可を出していないぞ!」

アリサ達が、ジェネレーターを持って出撃しようとしていた時、司令室内で迅雷は一人吼えていた。

「生体コードを確認。予科生の風祭りんな。アリサグレンノース。ピエールタキダ。北上ナナの4名です」

「何で予科生が?」

地球に避難したと思っていた予科生達の突然の登場に、迅雷は驚きを隠せないでいた。

「避難命令を無視して!厳罰ものだぞ!すぐに発進を止めろ!そもそも、誰が発進の操作を行っているんだ!?」

「白銀司令。申し訳ありません。僕です」

突然、正面の大型スクリーンに格納庫内の映像が映し出され、そこには御剣ジェットが立っていた。

「実は、新型DLSの更新情報のインストールと強制充電器を使っての充電は、グレンノース君しかマニュアルを読んでいないんですよ。仕方がないと思ってください」

「御剣・・・・・・。お前・・・・・・」

「それに、ジェネレーターをここに置いておいても意味がないと思われますが?」

「確かに、そうだが・・・・・・」

「行かせてやってくれないかね?」

「ターナー博士!」

更に御剣の意見を補強するかのように、タナー博士の声と映像がスクリーン内に入ってくる。

「後々のためには、これが一番良いとわしは思うのじゃよ」

「ですが!」

「どうせ、ここに置いておいても何の役にも立たんのじゃ。作戦成功のためには、何でも利用すべきだと思うのじゃが」

「はあ・・・・・・」

迅雷が隣のリチャード主任教授を見ると、彼は無言で首を縦に振る。

「わかりました」

「余計な事をしてすまんね。司令官殿」

こうして、「ジェネシスミッション」へ参加するメンバーはほぼ出揃い、予定よりは早めであったが、作戦は無事にスタートするのであった。


            あとがき   

最後までもう少しだ!
頑張るぞ!

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